八一一年、春。

 ジュザリアを出たレオンとサマンはドルークへとやってきていた。
 理由はない。ただ、レオンが何となくそちらへ足を向けてみただけだった。
 ただ、そこにはザ神の神殿がある。
 ザ神の言うことは今一つ要領を得ない。何をすればいいのか、具体的な指針が欲しい。
 もっとも、それがないのだというのなら、自分がやりたいようにやるだけなのだが。
「でも、どうしてドルークなの? 他の神殿じゃ駄目なの?」
 何故か一緒についてきたサマンが尋ねる。
「イライの神殿は十年に一度しか開かないからな」
「ふーん」
「それにドルークの神殿にいた奴が一番俺に具体的な指示を与えた。だから話しやすい相手だと思っている」
 西域へ行け、八二五年の崩壊を止めろ、などなど。まだ一度も会っていない最後のザ神と違って、ドルークのザ神は指示が分かりやすい。だからこそ自分が何をすればいいのかを明確にしてくれそうな気がしていた。
 二人はドルークの神殿に入る。かつてサマンの姉、リザーラが治めていた神殿。そこに二人で入る。
「変わらないなあ、ここは」
 サマンが言うが、レオンはあえて追及せずそのまま神体のところに赴く。
 リザーラの代理として派遣された神官がいたが、まるでかまわずにレオンはザ神に語りかけた。
「久しぶりだな、ドルークのザ神」
 声にした瞬間、二人の周囲が突然暗い闇に覆われた。
「わっ」
「驚かなくていい。ここはザ神の空間だ」
『ええ、お久しぶりですね。歴史の裏側から、表側へと回ってきた方』
「俺のことか。だが、歴史の表側と言われても、俺はまだ何もしていない。今日はお前に、俺がこれからどうすればいいのか、アドバイスをもらおうと思ってきた」
『はい。事情は分かっています。マ神が復活した今、私たちに残された時間は少ない』
 が、その言葉はサマンを驚愕させた。
「マ神が復活ですって!?」
『そうです。ウィルザはマ神の復活を止められなかった。今、ウィルザはマ神によって幽閉されている状態です』
「ニクラでか」
『はい。復活したマ神はおそらく、我らザ神を滅ぼすために行動するでしょう。この神殿にももうすぐマ神の部下たちがおしよせてくるに違いありません。おそらく私が、私のままであなたに会えるのもこれが最後』
 レオンが顔をしかめる。
「状況が見えないな。お前の知っていることを教えろ」
『そうですね、まずは何からお話しましょうか』
「まずウィルザがどうなったか、詳しく」
『詳しいことは私も存じません。が、ニクラでマ神と対峙したウィルザが、マ神に捕まったことは間違いありません』
「じゃあ、ルウさんはどうなったの?」
『存じません』
 きっぱりとザ神が言う。
「知らないのか?」
『私のデータベースの中に、その名前は存在しません』
「存在しない? ウィルザの恋人だと聞いたが」
『はい、私もそう伺っています。ですが私のデータベースにそのような人物は登録されていないのです』
 妙な話だ。
 いったい何が起こっているのか、この段階では判断できない。
「なら、次にマ神が行うのは?」
『四つのザ神殿、全てを崩壊させること』
「破壊するということか」
『ええ。正確には、私たちザ神の機能を停止し、完全なマ神の部下とすること』
「どうやって?」
『それを説明すると長くなりますが、我々ザ神の生まれから話さないといけません』
「かまわん。時間が短いようで、それくらいの長さはあるだろう」
『でしたら』
 ザ神は了解して説明を始める。
『我らザ神は、マ神によって生み出された存在です。マ神はこの世界へやってきたとき、この地で活動していた五柱のゲ神たちを捕らえ、まさに柱に変えてしまいました。五柱のゲ神のうち逃れられたのは一体だけで、残り四体は今も柱に捕らえられたままです。こうしてザ神は生まれました。ザ神はもともとゲ神だったのです。ゲ神は死ぬと召霊石を残しますが、それがゲ神の正体。その召霊石を機械の体に埋め込んだもの、それがザ神です。従って、マ神がザ神を滅ぼすのならば簡単、その外側の体を破壊して、内側に眠る召霊石を取り出せばいい。それでザ神を滅ぼすことができます』
 さすがにサマンは驚いてがくがくと震えていた。
「ざ、ザ神とゲ神が、もともとは同じ……?」
『そうです。それが別のものと認識されているのは、マ神が人間たちにザ神を紹介したとき、ゲ神のかわりにザ神を信仰するように仕向けたからです。神の秘密は人間たちの間には一切伝わっていません』
「なるほどな。だから四つの力か」
 だがレオンはさほど感慨を受けたというわけではなく、今まで納得のいかなかったことがようやく理解できた。
「俺がザ神の力を与えられたとしても、四体のザ神全員から力を与えられなければ、満足な力にはならないということか」
『そうです。もっとも、本来の力の四分の一もの力を与えられれば、その時点で発狂してもおかしくないくらいなのですよ。あなたはこれまでドルーク、イライ、アサシナと三つの力を与えられました。最後の一つを手にすれば、もはやあなたは人間としてとどまることはできません。完全にザ神となることはまちがいありません。それも、召霊石を必要としない『完全なザ神』になることができるでしょう』
「そんなものに興味はないが、そのウィルザという男は逆にゲ神の力を手に入れたのではなかったか?」
『そうです。ゲ神の力を続けざまに三段階まで与えられました。今のあなたと同じだけの力を持っていることになります。ゲ神から最後の力を与えられなければ、マ神にはかなわないでしょうが』
「実際捕らえられたわけだからな」
 そのときだった、暗闇の空間が確かに大きく揺れた。
「何だ?」
『どうやら、マ神がアサシナに到着したようですね』
「アサシナ?」
『旧王都の神殿です。マ神はそこを根城にするようです』
「だが、アサシナ地下のエネルギーは」
『はい。マ神といえども既に止まってしまったシステムを再起動することはできません。マ神は自分の力でこのグラン大陸を滅ぼすつもりです。我々ザ神と、それからゲ神を滅ぼすことによって』
「どうすれば止められる?」
『まず、あなたが最後のザ神に会うことです』
「どこにいる?」
『あなたはご存知のはずです』
 そう言われても、聞いたことがない以上どうすることもできない、と考えていると、
「あ」
 サマンが口を開いた。
「そういえば、アタシ、知ってる」
「は?」
「確か緑の海って聞いた」
 レオンは珍しく呆然とした。
 確かに積極的にザ神の神殿を探していたわけではない。だが、この段階まで、一年も一緒に行動していた相手がまさか知っているとは。
「何故それを先に言わない!」
 知っていれば、先に緑の海に行ったというのに。
 だが、それを聞いたサマンはむっとして答えた。
「聞かれてもいないことをどうして言わないといけないのよ!」
 確かにもっともな話だ。だが、さすがに今のは落ち着いていられない。
 何故だか、ザ神が笑ったような気がした。







第四十話

滅亡の鐘がなった日







『あなたが四つ目の力を手に入れれば、必ずや道は開けるでしょう』
 改めて話を元に戻す。レオンとしてはまだ言いたいことが山ほどあったが、ここはこらえるしかない。確かに聞かなかったことは聞かなかったのだから。
 そのとき、続けて地震が起こった。
「何だ?」
『アサシナの神殿が解放されました。アサシナのザ神が完全に滅びました』
 顔をしかめる。マ神は打つ手が早い。
 だが地震はさらに続く。
「今度はイライでも落とされたか!?」
『イライには違いありませんが、落ちたものは別のものです』
「なに?」
『空を行く者たちの船がイライに墜落しました』
「なんだと?」
『どうやら空を行く者たちはマ神からザ神を守るために、イライを封鎖するつもりのようです。マ神の知恵が結集したあの船ならば、マ神も簡単にイライに侵攻することはできないでしょう。ということは、マ神が次に狙うのはドルークと緑の海』
「いよいよ時間がなくなってきたか」
『ええ。レオン、ぶしつけなお願いで申し訳ありませんが』
「わかっている。俺の意思とは関係ないが、俺にしかできないことを放棄するつもりはない」
『はい。それでこそレオンです』
 それを聞いてレオンは顔をしかめた。
「俺を知っているようは口ぶりだな」
『知っています。あなたの正体も何もかも。ですが、それはあなたが約束の時、約束の場所で自分で記憶を取り戻さなければ意味がありません。ただ言えることがあるとすれば、あなたにはもうすでに全てのヒントは与えられています。考えればあなたは自分で自分の正体をつかむことができるかもしれません』
「自分の正体か」
 レオンは少し考えたが、あえてそれをやめる。
「今さらどうでもいい話だな。俺にはバーキュレアと五年付き合ってきた時間が全てだ」
『バーキュレアはあなたのためにその命をかけました。あなたはその想いにどう応えるつもりですか?』
「余計なことを」
 苦虫を噛み潰した顔で答える。
「俺があいつに求めていたのはそんなことじゃない。完全な俺の一目ぼれだ。それをあいつ、一生俺の心に傷をつけやがって」
『ですが、あなたの傷は徐々に癒されているようですね』
「もう一年近くになる。いつまでも感傷に浸っていられるか」
『それだけでなければいいと願っています』
 何のことか分からなかったが、レオンはため息をつく。
「俺の行動を決めるのは俺だ。他の誰でもない」
『ええ。なるべくなら、あなたの今後をこれからも見守りたかったのですが、もう時間がそんなに残されていないようですね。さあ、早くお行きなさい。たとえ私がマ神の部下になったとしても、私はあなたの幸せを願っていますよ』
「ザ神」
 最後にレオンは尋ねた。
『なんでしょう』
「お前の名は?」
『名?』
「そうだ。神が五柱もいれば、呼び名が必要だろう。それとも地名ででも呼び合っていたというのか?」
『いえ、あることはありますが、その名で呼ばれることももうなかったので、意外だっただけです』
 やはりザ神は笑っているような気がする。
『私はルーン。空と海を司るもの』
「ルーン、世話になった」
『いいえ。あなたにはこれから世界を救っていただかなければなりません。私にできることがありましたら』
「お前は他の三体と違って、随分と俺に優しくしてくれるな」
『そうですね。あなたのことが好きなのかもしれません』
「光栄だ。神にも性別があるのか?」
『はい。アサシナのラグとイライのリートが男、緑の海のレネと私が女です』
「ゲ神は?」
『あの子は──』
 それを言いかけたとき、空間の中に電気のような衝撃が流れた。
『早い。マ神はもう、行動を開始しているようです』
「のんびりはしていられないということか」
『はい。すぐに緑の海へ』
「分かった。お前とはいろいろとまた話したいことがあるが」
『もう、その機会はないでしょうね。さようなら、運命をつかさどる方。あなたの未来が、どうか幸せでありますように』
「ああ。お前も、せめて安らかに」
 そして、空間が解除される。
 神殿の内部は今までと何も変わらない。三度の地震で神官があわてているのが分かる。
「どうするの、レオン」
「ああ。すぐに移動する。マ神がドルークを先に攻めてくれるならありがたいが、緑の海なら時間勝負になる」
「じゃあ、急ごう」
「ああ」
 そうして二人は走り出す。
 ようやくはっきりとした目的地に、二人の足取りはどこか軽くなっていた。







マ神はついに侵攻を開始した。
八二五年を待たず、物語はさらなる混乱へと誘われる。
そしてレオンとサマン、二人が向かう神殿。
緑の森で待っていた人物は。

「誰だって愛する人の傍にはいたいものでしょう?」

次回、第四十一話。

『風の音が消えた日』







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