八一五年。

 あれから、四年の月日が流れた。
 マ神はドルークを襲い、四本の御柱のうち三本までを消滅させた。あとは、イライに残るザ神のみ。
 その余勢をかって、マ神の軍──黒童子の軍が各地を蹂躙した。ドルークや東部自治区は完全に崩壊した。東部勢力ではイライのみが唯一要塞都市となっている。無論それはイライの力によるものではない。そこに墜落し、マ神からイライを保護している空を行く人々の力によるものだ。
 各国はマ神の軍による攻撃で次々と滅ぼされた。
 混乱著しいガラマニアが最初の標的となった。ガイナスターを初めとする上層部は、何とか民衆を西域へと逃れさせたが、半数以上の民が失われた。
 続いてジュザリア。こちらは組織だって抵抗が行われたものの、圧倒的な勢力の前に敗北し、国王リボルガンが部下と共に西域へ逃れた。
 さらにはマナミガル。女王がいなくなったこの国はしばらくカーリアが代行していたが、さすがに疲弊した国で持ちこたえることはできず、やはり西域へと逃れてきた。
 こうして、西域には現状、マ神に対抗しようという者たちが全員集っていることになった。
 アサシナのクノン王と、摂政のレムヌ王太后。大神官ミジュア。騎士ミケーネとゼノビア。
 ガラマニアからはガイナスター王と王妹のドネア。さらには副官のタンドと神官ローディ。彼がアサシナに戻ってくることについては波紋を生んだが、ミジュアのとりなしによりおとがめなし、となった。
 ジュザリアからはリボルガン王。そしてマナミガルからはカーリア。さらにはアサシナの前王家の娘であるファル。
 そして、彼ら全員を束ねるのは何故か。
「さ、がんばってね、レオン」
 サマンがにこにこと笑顔で言う。
「分かっている」
 もう何度も話し合いを繰り返してきたことだ。この期に及んでそれを否定するつもりはない。
 だが、歴史の裏側から表側に回るということが、まさかこういうことだとは全く思いもよらなかった。
 アサシナの一室に二人がテーブルに向かい合って座っている。レオンは腹立たしそうに、サマンは楽しそうに。
「それにしてもあのレオンがこんな地位に就くなんて思わなかったな」
「どのレオンかは知らないが、俺はただ自分のやるべきことをやるだけだ」
「それが世界を救うこと、だよね」
「今のところはな。世界を救うのに都合がいいならやるだけのことだ」
「数日前まで絶対いやだって言ってた人の台詞とは思えないけどねえ」
 ふふん、とサマンが笑う。
「お前にはいろいろと迷惑をかけたな」
 突然レオンが話を変える。
「どうしたのよ、突然」
「お前が俺を心配してくれていたのは分かっている。そうでなければこれだけ長い間、一緒に行動することはできないしな」
「別に、レオンのためじゃないよ」
 サマンは笑顔で言う。
「あたしのためだから」
「お前の?」
「そう」
 少し、緊張をはらんだ声。
「あたし、あなたのことが好きみたいだから」
「そうか」
 あっさりと一言で返す。
「それだけ?」
「それ以外に何を言えばいい?」
「俺も好きだよーとか、まだバーキュレアのことが忘れられないんだーとか」
「俺に告白することに何も意味がないことなど、お前には分かっているだろう。俺は機械天使。年も取らない、お前と同じ時間を生きられない存在だ。無駄な願いなら最初から諦めろ」
「あなたの子供を産むくらいならいいかなと思ってるんだけど?」
 にっこりと笑って言う。
「何を」
「誰だって愛する人の傍にはいたいものでしょう?」
「どこかで聞いた台詞だな」
「マ神になったルウさんが言ってた台詞」
 そういえばそんなこともあったな、と思い返す。
「逆にあのとき決まったの。私、実は昔、ちょっとウィルザにあこがれてたことがあって」
「そうだとは思っていたが」
「でもルウさんがいたから、割と早くに諦めてたんだ。で、その後であなたに出会って」
「バーキュレアがいたから諦めたのか」
「まあね。でも、バーキュレアさんは亡くなって。というか、その後あなたとずっと一緒にいたから、少しずつ好きになっていたんだんだけど。でもあなたのバーキュレアさんへの気持ちは分かっていたから、言い出すこともできなくて」
「だろうな。俺もいまだにあいつのことは引きずっている」
「でも、あたしだって五年、待ったんだよ」
 サマンは強気で言う。
「バーキュレアさんとも五年。あたしとも五年。あたしは、バーキュレアさんのかわりにはなれなかった?」
「なれないな」
 あっさりと切り捨てる。
「お前とバーキュレアとでは存在が違う。あいつは俺の背を守るものだったが、お前は俺の心を守るものだ」
「心?」
「そうだ。俺が自暴自棄になったとき、必ずお前が俺を助けてくれた。それについては心から感謝している。俺が戦場でバーキュレアに頼るのとは違う。俺は精神的にお前に頼っている」
 サマンは大きく目を瞬かせる。
「もしかしてあたし、褒められてる?」
「俺にしては最大の賛辞だと思うが」
「それなのにあたしを選んではくれないの?」
「マ神との戦いが終わって、俺が人間に戻るようなことがあるなら、考えてもいい」
 むう、とサマンは膨れる。
「じゃ、それまで待とうかな」
「いつまでかかるか分からないのにか?」
「だって、あたしたちが勝つにせよ負けるにせよ、もうそれほど長い時間じゃないでしょ。人類の拠点はこの西域だけ。マ神との最終決戦なんて、もう目の前だもの」
「確かに」
 うん、とサマンは立ち上がってレオンの背後に回り、彼を背中から抱きしめる。
「あたし、あなたと一緒にいられると安心するんだ」
「そうか」
「だから、死なないでね」
「善処する」
 そしてサマンが離れるのを待って立ち上がる。
 いよいよ、時間だった。
「景気づけの話には良かった?」
「最悪だ」
 サマンの言葉に憎まれ口を叩くレオン。
「おかげでこの先の最悪なイベントが、案外楽なものに見えてきた」
「じゃ、感謝してよね」
「そうしよう」
 そうしてレオンは部屋を出ていく。
 目指す場所は、西域の神殿。







第四十二話

対マ神大同盟







 儀式が始まる。
 マ神の手が各地に伸び、既にこの西域だけがザ神信者、ゲ神信者の拠所となっている。
 この西域が落ちれば、もはやマ神を止めることは誰にもできない。
 だからこそ、この場で行われる儀式には意義がある。
「マナミガルを代表し、騎士団長カーリア、承認いたします」
「ジュザリア国王リボルガン。承認する」
「ガラマニア王ガイナスター、承認する」
 三カ国の代表が次々に承認し、そして最後。
「アサシナ王クノン。レオン殿を我らのリーダーとして承認いたします」
 クノンが最後に宣言する。そして、大神官ミジュアがじきじきにこの大同盟のリーダーとしての証、グラン大陸をかたどった紋章が渡される。
 これは、グラン大陸最後の希望。
 レオンがこの同盟軍を率い、マ神と戦う。大陸の意思が、彼を表舞台に引き上げた。
 そしてそれを、全てのグラン大陸住民が承認する。
「ここに四カ国の総意に基づき、対マ神大同盟を結成する」
 鬨の声が上がる上がる。それは、マ神に故郷や家族を奪われた人たちの期待と希望の声。
「俺はいままで、一人で生きてきたと思っていた」
 レオンは神殿に集まった人々に向かって言う。
「だが、俺はいつも誰かに助けられて生きてきた。俺をいつも支えてくれた人、影からバックアップしてくれた人。俺はそうした人たちの期待に応えたいと思う。そして、マ神を許せないと思う人たちの先頭に立って戦おう。何故ならば、俺も全く同じ気持ちだからだ」
 レオンは一息ついて、はっきりと宣言する。
「マ神との戦いの中で亡くなった俺の恋人、バーキュレアに誓おう。俺は必ず、マ神を倒す!」
 また一段と大きな声が響いた。






「しかしお前がこの同盟軍のリーダーとはな」
 儀式が終わると、要人たちは政庁へ集合した。
「お前も賛成しただろう、ガイナスター」
「適任者だと思ったからな。さすがにこの段階で、どこかの国がリーダーシップ取るとしたら顰蹙をかうだけだ。団結するならどこの国にも縛られてない奴が一番いい」
 ガラマニアの被害は甚大だった。ガイナスターがマ神との戦いを最後まで諦めなかっただけに、ほとんどの兵士が戦死し、逃げられたのはごく少数だった。
 だがそれでも生き延びた兵士たちはガイナスターに忠誠を誓っている。それだけこの人物のカリスマ性が高いということの証明でもあった。
「お兄様は好戦的すぎますから」
 ドネアがつんとして言う。
「その点、レオン様でしたら安心できます」
「私も同感です」
 カーリアが力強く頷く。
「バーキュレアもレオン様のことを認めておりました。ならば無論、マナミガル騎士団の忠誠は全てレオン様に捧げられるものです」
「そんな忠誠は俺には必要ない。マ神さえ倒せればそれでいい」
 レオンが言うとそろった一同が頷く。
「これからの方針をみんなに伝えておく。まずマ神は俺一人では倒せない。だから強大な力を持つ人間を仲間に加えなければならない」
「誰を?」
「決まっている。ウィルザとかいう男だ」
 そもそも自分はまだウィルザという人物に出会っていない。だが、既にゲ神の力を三つ手に入れ、マ神とも戦うことができるほどの力の持ち主であることは間違いない。
「俺がザ神の力を四つ、そしてウィルザがゲ神の力を四つ手に入れれば、マ神との戦いは有利になる。問題はどうやって取り戻すかだ」
「あいつはどこにいやがるんだ?」
 ガイナスターが尋ねる。
「ニクラと聞いた。決して融けない氷の中にいると」
「ちっ。マ神の技ならそう簡単じゃねえだろうな」
「だがウィルザを仲間にしなければ勝ち目はない。マ神は旧アサシナから動けないから、ここを攻めてくるのは間違いなくケインだろう。だとしたらケインと互角に戦えるのは俺だけだ」
「つまりレオンがニクラに行くことはできねえってことだな。じゃ、俺の出番だ」
 ガイナスターが言う。
「私も行きます。我が主が囚われているのに、私が何もしないわけにはいきません」
 ローディが名乗りを上げる。
「ミケーネ。君にも行ってもらえるか」
 レオンがじきじきに指名する。
「私が?」
「そうだ。君が適任だ。ニクラでの戦いは個人の強さが必要になると思う。ガイナスターとミケーネがいなければウィルザを救出することはできないと思う」
「では、レオンに従おう。三人でいいのか?」
「私も参ります」
 そこに手を上げてきたのはドネアだった。
「何言ってやがる。足手まといだから黙ってろ」
 ガイナスターが妹を叱る。
「いいえ。ウィルザ様はガラマニアのために力を尽くしてくれました。今、ウィルザ様が危機だというのなら助けなければなりません」
「だから俺が行くんだろ」
「私では役に立たないかもしれません。ですが、私のようなものも今のウィルザ様には必要なのだと思います」
 ルウがマ神となった。その事実をウィルザがどう考えているのか。確かにそう考えるとドネアのような女性がいてくれたらウィルザも多少は気持ちが和らぐのかもしれないが。
「ではドネア姫にお願いしよう」
 レオンがさっさと決めてしまう。レオンの決定には誰も逆らうことができない。それが取り決めだった。
「では、どうやって移動すればよろしいですか」
 ローディが尋ねる。するとレオンは頷いて答えた。
「実はそれが、今回のリーダーを引き受けるきっかけにもなった」
「と、申しますと?」
「今まで俺が動けなかったのは、ウィルザと俺はまだ会うことができないというザ神の言葉があったからだ。だから俺の変わりにウィルザを迎えに行ける奴がいるなら問題ないということになる」
「その方法があるというのか」
 ミケーネが尋ねる。
「あるというか、その方法が向こうからやってきてくれたというべきかな」
 レオンにしては珍しくはっきりしない言い方だった。
「OKだ。入ってきてくれ」
 レオンが傍の扉の方に向かって言うと、そこからふたりの人物が入ってくる。
 いや。それは『人』ではない。
「嘘」
 サマンは手を口にあてた。それはしばらく会えなかった、姉の姿。
「副神官リザーラ! もう、会えないものと思っていたが」
 ミジュアが言うとリザーラは「ご無沙汰しておりました」と答える。
 そしてその隣にいる人物。
 黄金の鎧を着た、無表情の女性戦士。
「彼女は俺の仲間で、友人だ」
「あなたにそうおっしゃっていただけるとは光栄です、レオン」
 抑揚のない声でその女性は答える。
「彼女はアルルーナ。かつて、旧アサシナで預言を行っていた『機械天使』だ。彼女が四人をニクラまで連れていく」







リザーラとアルルーナ。
機械天使の助力を借り、物語はいよいよ最終局面へ移る。
アサシナに攻め込むマ神の軍。
レオンはその攻撃に対して打った手とは。

「自分一人の命ですむのでしたら、安いものです」

次回、第四十三話。

『アサシナ決戦』







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