アルルーナが四人を連れてニクラへ向かったのと、ケインが黒童子を引き連れて西域に攻め込んできたのとは、時間的な差でいえばわずか十二時間、半日だった。
 もしアルルーナたちを先に出すことができなければ、完全に足止めを受けて脱出はかなわなかっただろう。運が良かったのか、それともそれすらマ神の掌の上なのか。
 だが、別にそうだとしてもかまわない。問題はガイナスターたちがウィルザを取り戻すことができるかどうか。後は四人任せだ。
 自分はこの国を守る。それがリーダーとなったものの責任なのだから。
「勝ち目はあるの?」
 サマンが尋ねてくる。悲観的になっているわけではない。単純に自分がどう考えているのかを確認しているだけの質問。
「なければ全員で逃げている」
「そうよね。あなたが何の勝算もなしに戦うはずがないもの」
 随分と自分のことが分かっている口ぶりだった。まあ確かに、サマンほど今の自分が分かっている者もいないだろうが。
「ここにはゼノビアとリザーラがいる。局地戦で信頼できる指揮官が二人いるなら負けはない。あとは戦局を有利にするためにどうするか、それだけだ」
「メンバーは?」
「リザーラとタンド、これだけいれば充分だろう。本体はレムヌ王妃とリボルガン王に任せる」
「アタシは?」
「俺が来るなと言ったところでお前はついてくるんだろう」
「もちろん」
 くすくす、とサマンは笑う。
「あなたも、アタシのことよく分かってるね」
「五年も一緒にいれば考え方くらい見える」
 相手が自分のことを分かるなら、自分も相手のことが分かる。そういうものだ。
「さて、作戦会議だ」






 こういうとき、つくづくバーキュレアという人材がどれだけありがたかったかが分かる。ゼノビアやカーリアは優秀な騎士だ。だから安心して指揮を任せることができる。だが、自分の背を安心してまかせられるほどの戦士ではない。
 五年前、彼女が亡くなったときからずっと感じている。自分の背中を気にしながら戦うのはひどく大変だ。バーキュレアが一緒にいてくれたときは、問題を解決するのが自分で、その自分を守るのがバーキュレア。役割がはっきりしていた。だからこそ自分は自分のことを考えなくてもよかった。それだけの余裕があった。
 今は、違う。






 戦争が始まる。ケインの率いる黒童子の軍が一斉に攻め込んでくる。
 とはいえ、人数ではこちらの方が上だ。ただ、黒童子は圧倒的に強い。並の騎士では歯が立たない。それこそゼノビアやカーリアですら互角が、不利になるほどの強さだ。
 そこでレオンが指示したのはたった一つ。
 集団戦法。
 五人がチームを一つ作る。一人が黒童子の攻撃を受ける。その間に残りの四人が後ろに回って攻撃する。五人がかりでちょうどいいくらいの相手だろう。いや、それでもこちらが不利かもしれない。守備力の高い戦士を先頭に、両サイドに二人ずつの戦士を配置する。四人にはスピードが要求される。装備も最低限にしなければならない。
 残りの問題は、黒童子が分散せずに集中攻撃をしかけてくることだ。だが、過去の例を見る限り、黒童子はせいぜいが二、三体の集団で動くことはあってもそれ以上の人数にはならない。もし二人以上の黒童子がいるならば、二チーム、三チームで一体ずつ誘導して、確実に個別に叩く。その連携がうまくいくかどうかが勝負の分かれ目だった。
「ひるむな! 人数では我らが勝っているのだ! 一体ずつ確実に倒すのだ!」
 ゼノビアの凛とした声が戦場に響く。
「もっとひきつけてから倒しなさい! 先頭が突出しては駄目よ!」
 カーリアからも的確な指示が飛ぶ。戦況は膠着していた。
「強いな、黒童子は」
 戦況を見て呟いたのは、御歳十歳になるクノン王。
「姉上。一つ、お願いがあります」
「はい」
 傍に控えていたファルが答える。
 イブスキ家とデニケス家。二つの王家によるわだかまりはこの二人の間には存在しない。もっともクノンとしてはファルに対する負い目があるのだが、ファルはそんなことは気にしないでほしいと、二人の仲は完全に姉弟のものとなっている。
「僕がもしこの戦いで亡くなったら、あなたに国を継いでほしい」
「陛下。戦われるおつもりですか」
「僕が一般の兵士以上に剣を使えるのはご存知でしょう。今は兵士が一人でもほしいとき。特に魔法が使える者は相手の攻撃を食い止めることができます。ゼノビアとカーリアさんが両翼を守ってくれてはいますが、そのおかげで中央が弱い。僕はそこを守りにいきます」
「ですが、危険です」
「かまいませんよ。勝てるならばね」
 クノンは言って、笑う。
「自分一人の命ですむのでしたら、安いものです」
 ファルとてクノンに力がないとは思っていない。それどころか、十歳にして黒童子と渡り合うだけの国王の力は異常だと思う。
「では、陛下にも一つお願いがあります」
「なんでしょう」
「私も、お供に加えてください」
「姉上!?」
 クノンが意外だという声を上げる。
「私は他に何もすることができません。ただ少しでも回復の魔法や効果の魔法でみなさんをお手伝いすることができればいいのです」
「危険です。僕はあなたを守れるほど強くはない」
「かまいません。それこそ、陛下のお言葉を借りるのでしたら、こうでしょう?」
 にっこりとファルは笑った。
「自分一人の命ですむのでしたら、安いものです」







第四十三話

アサシナ決戦







 そして四人は戦場を大きく迂回し、敵軍の背後まで回りこむことができた。
 彼らが目指しているのはケインただ一人。この不利な戦いも、敵の総大将をおさえてしまえばそれで終わりだ。敵将を叩く。それが絶対的な勝ち方。
「黒童子は?」
「十体といったところだな。さすがに本隊は人数が多い」
 タンドが冷静に答える。
「なら、俺が全力で戦わなければどうにもならないな」
「全力って、今まで全力じゃなかったの?」
「バーキュレアが死んでから、一度も」
 対マ神大同盟ができたのは今年だが、事実上は三年も前からそれに対して動きは出ていた。その中でレオンは誰よりも黒童子を倒し、その力をアピールしてきた。
 だが、その力は全てセーブされたものだというのだ。
「なんで?」
「攻撃八、防御二。自分の背中が安全でないのに全力で攻撃はできない」
「だからバーキュレアさん?」
「そうだ。だが、今回はそうはいかないな。さすがに十体の黒童子とケイン、全員を相手にするのにセーブしていたのでは敵うはずがない」
「で、どうするの?」
「全力で行くと言っている。自分を守ることは考えずにな」
「レオンは大丈夫なの?」
「難しいな」
 あっさりと答える。
「それじゃ駄目じゃない!」
「ああ。だからお前に任せる」
「は?」
「お前がバーキュレアの代わりをやれ。俺の命をお前に託す。敵を倒そうなどと考えなくてもいい。俺の背に迫る攻撃を防ぐだけでいい。それができれば俺が全員倒す。リザーラとタンドは俺が敵を倒しやすいようにフォローを頼む」
 二人が小さく頷く。
「というわけだ。責任重大だぞ」
「う」
 サマンは呻いたが、首をぶんぶんと振る。
「でも、それができればアタシもレオンに認めてもらえるよね。バーキュレアさんの代わりになれるって」
「何度も言わせるな。お前はバーキュレアの代わりじゃない。お前は俺の心を守る者だからな」
「むー」
 サマンが唇を尖らせる。が、それを傍から見ていたリザーラはくすくすと笑った。
 サマンは気づいていないのだろうか? 今のはレオンの遠回りな告白だということに。
「行くぞ」
 そして、四人は一斉に駆け出す。
 最初が肝心だ。相手が油断している間に、ケインに気づかれないうちに、何体の黒童子を倒すことができるか。
「虚空の嘆き!」
 タンドがゲ神の最強魔法を放つ。その攻撃を受けた黒童子たちが一様に動きを止める。さらには、
「ノヴァ!」
 リザーラがザ神の最強魔法を放つ。これで完全に足が止まった。
 そこへレオンが踊りかかる。一撃で一体の首を刎ね、返す刀でもう一人を倒す。
 さらには攻撃を続ける。もう一人、さらに一体。そして五体目を倒したところで、敵の動きが元に戻る。
(五体か)
 可能ならあと二体は倒したかった。いや、まだ大丈夫だ。ケインはまだ戦闘体勢に入っていない。
「レオンか!」
 奇襲をかけたレオンに、ケインが叫ぶ。
 だが、ケインと口論をしている暇などない。ケインが本気でかかってくる前に黒童子は一体でも減らしておかなければならないのだ。
「クーロンゼロ!」
 周囲を凍結させる魔法を放つ。と同時に、
「ラニングブレッド!」
 リザーラの炎の魔法がその空間を破壊していく。急激な温度変化が二体の黒童子をさらに沈める。さらに、
「雷神撃!」
 タンドの極大魔法が落ちて、さらに一体を黒焦げにする。
(あと二体!)
 だが、時既に遅し。ケインがそこまでは待ってはくれない。レオン一人を敵と見定め、一気に攻撃にかかってくる。
「よくもやってくれたものだ。一瞬で八体もの黒童子を倒すとはな」
「お前を倒すためなら、どんな技だって使うさ」
 作戦変更。ケインとの一騎打ちで、黒童子残り二体。ならそちらはリザーラとタンドに任せる。二人の力ならば凌げるはず。隙を見て自分もそこに攻撃を加える。
「だが、そこまでだ」
 ケインが剣を振り下ろす。一合、二合と剣をあわせるが、さすがにマ神の片腕、その勢いはザ神の力を全て吸収したレオンと五分。いや、ケインの方がわずかに力が強いか。
「私の力が上がっているのが分かるようだな」
 ケインが黒フードの向こうで笑う。
「マ神が力を蓄えれば蓄えるほど、私の力も上がる。封印されていた頃は全く力がなかったが、封印が解けた今となっては!」
 強烈な一撃が、レオンを剣ごと弾き飛ばす。
 二人の間に、わずかな間ができる。レオンは左手を差し出すと、ケインめがけて魔法を放つ。
「プラズマウェーブ!」
 ケインめがけて電撃が一直線にほとばしる。無論、ケインとてザ神の魔法を正面から受けるつもりはない。軽く回避する──その延長線上に、別の黒童子の姿。
「なにっ?」
「いまだ、リザーラ!」
 プラズマウェーブを受けて足が止まった黒童子の顔面に、リザーラの拳が入る。ザの機械天使の力は、黒童子の頭部を破壊するのに充分な強さがあった。
「ちっ、この私をたばかるとは」
「遅いぞ、ケイン」
 黒童子が倒されて動揺するケインに迫るレオン。
「だが、油断をしたのはお前の方だな、レオンよ!」
 その背に、残った最後の黒童子の攻撃が迫る。
「油断してるのはそっちでしょ!」
 その黒童子の攻撃は、サマンが全力で防ぐ。動きの止まった黒童子に、タンドの雷神撃が落ちる。
「とどめだ、ケイン!」
「くそおおおおおおっ!」
 レオンの剣が、ケインの右肩を貫く。
 鮮血。
 と、同時に、
「貴様ごときにこの私がやられるか!」
 ケインは左手をレオンに向けた。
「ラニングブレッド!」
 強大な火球がレオンに直撃する。さすがに、正面からの攻撃まではサマンも防げない。
 レオンは空中を舞い、そのまま背中から大地に落ちる。
「いやああああああああああっ! レオンっ!」
「とどめだ!」
 その倒れたレオンに向かってケインが飛び掛る。その怪我した右腕を、レオンの心臓めがけて繰り出す──
 腕が、肉を貫く場面を見た。
 サマンも、リザーラも。
「貴様……」
 だが、レオンの体には変化がない。
「何をしている、サマン」
 ごふっ、と血を吐いたのはタンド。
「この男を守るのはお前の役目だろうが」
「た、タンド!」
「貴様」
 腕を抜こうとするケインに対し、タンドはその右腕を両手で握る。
「放せ!」
 抗うケインが左手で相手の顔を殴る。タンドの仮面が大地に落ちる。
 そこに現れたのは、火傷でただれた男の顔。
「さすがに致命傷だな」
 タンドの声はどこかに悟りが入っていた。
「タンド!」
「気にするな。もはやこの傷では助からぬ」
 そしてタンドが最後にゲの力を高める。
「自分一人の命ですむのならば、安いものだ」
「な、やめろ、タンド!」
 レオンが動かない体を必死に動かそうとする。が、ゲ神の力を最大に高めたタンドを止めることはできない。
「さらばです、ガイナスター陛下」
「くうううううっ!」
 ケインが左手で自分の顔をかばうようにする。
 直後、そのタンドの体が爆発を起こした。
 目の前で、レオンはその光景を見た。見させられた。
「タンド……!」
 頼りになる人間だった。確かに気に入らないところは多かったが、それでもガイナスターへの忠誠、ガラマニア王国への愛国心など、敬うべきところが多い人物だった。
 それなのに。
「ぐ、うう……」
 ケインはその攻撃を受けて、瀕死のダメージを受けていた。
「右腕が、完全にやられたな」
 見ると、ケインの右腕はどこにも存在しなかった。タンドの体内にあっただけに、完全に修復不能のところまできたのだろう。
 倒れたレオンの前に、リザーラとサマンがたちはだかる。今のケインならば、こちらの方が有利。
 戦闘体勢に入った二人を相手にするのは不利とみたか、ケインの姿がその場から消える。
「逃げたわね」
 リザーラが顔をしかめる。
「逃げてくれてよかった。お前たちまでケインに殺されては困る」
 レオンが何とか立ち上がる。
「ちょ、レオン。無理しちゃ」
 大丈夫だ、とサマンに微笑む。
「タンドの分まで、やることができたからな。とにかくこれで、アサシナはしばらく安泰だ」
 リザーラが肩を貸す。見ると、戦場にも変化が起こっていた。今まで尋常ならざる力を誇っていた黒童子たちが、突然混乱したようにその力をなくしている。人数の少ない黒童子たちはあっという間にその数を減らしていった。
「戻るぞ」
「うん」
「回復したら、最後の戦いに向かう」
「じゃあ」
「王都アサシナ──いや、その前に立ち寄っておくところがある」
 レオンが言う。
 今年は約束の年。
 最後に、どうしても尋ねておきたいことがある。

「イライへ行く」







アルルーナに連れられ、四人はニクラへとやってきた。
ニクラの大氷柱に眠るウィルザの姿。
マ神の力が込められたその柱を溶かすことはできない。
アルルーナの導きが、彼らに一つの決断をさせる。

「私は彼に、伝えなければならないことがあるのです」

次回、第四十四話。

『目覚める救世主』







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