すぐにドネアのゲの魔法で回復したウィルザは、目の前にそびえ立つ氷の柱に触れる。
　目の前には力尽きたローディの姿。最後に自分を押し出したせいか、その右腕があとほんの少しのところに来ている。
「ローディ」
　両手をその氷の柱に叩きつける。
「ぼくは君に、そんなことをしてもらいたかったわけじゃない」
　無論、そんなことをしている場合ではないということは分かっている。
　だが自分にとって大切な人間が、自分のためにその命を落としたのだ。
　せめて最後の別れを惜しむ時間くらい、誰に責められようか。
「ローディ、君に誓う」
　ウィルザははっきりとした声で言う。
「ぼくがこの世界を救う。君の命を決して無駄にはしない。マ神はこのぼくが必ず止めるから、ここで見ていてくれ」
　大きく息を吐き出す。そして振り返る。
　そこにはミケーネ、ガイナスター、ドネア。それに──
「お久しぶりですね、ウィルザ」
　金色の鎧に身を包んだ機械天使がいる。
「アルルーナ」
「覚えていてくれましたか」
「もちろん。君とはいろいろあったしね。それより、どうして君がここに。旧王都にいたんじゃなかったのかい」
「ええ。ですが私は、あなたに伝えることがあったからこそここまで来たのです」
「伝えること？」
「そうです。あなたに道を示すために」
　だが、それを聞いたウィルザは顔をしかめる。
「待ってくれ、アルルーナ。それをやると、君の寿命が縮む」
「そのようなことを言っている場合ではありません。あなたは現状を把握できていますか？」
「現状？」
　目の前でローディが亡くなったことで、そこまで気が回っていなかった。すぐに世界記とコンタクトを取る。
（世界記）
『承知している』
　そして、世界記から情報が流れ込んできた。

８１１年　アサシナ旧王都にマ神来訪
マ神がアサシナの旧王都に訪れ、ここを本拠地としてグラン大陸各地に侵攻を始める。
８１１年　空を行く者たちの船墜落
イライに空を行く者たちの船がイライに墜落。その後イライへ外界からの干渉ができなくなる。
８１１年　ドルークのザ神殿消滅
マ神の侵攻により、ドルークのザ神殿は滅びる。
８１１年　緑の海のザ神殿消滅
マ神の侵攻により、緑の海のザ神殿は滅びる。
８１２年　ガラマニア滅亡
マ神の侵攻によりガラマニアが滅亡する。ガイナスター、ドネアはアサシナに逃れる。
８１３年　ジュザリア滅亡
マ神の侵攻によりジュザリアが滅亡する。リボルガン王はアサシナに逃れる。
８１４年　マナミガル滅亡
マ神の侵攻によりマナミガルが滅亡する。国王代行カーリアはアサシナに逃れる。
８１５年　対マ神大同盟
四カ国の首脳により対マ神大同盟が成立する。

「八一五年。もう五年も経っていたのか」
　ウィルザは目を細める。マ神に封じ込められたのが、彼の感覚ではついさっきのことだった。氷の柱に封じ込められている間は完全に意識がなかった。
　意識を取り戻したのは、ローディの熱を感じたからだ。
「そうです。そして、今年が最後の年です」
　アルルーナが宣託する。
「なんだって？」
「今年が最後です。グラン大陸も、あなたも」
　その言葉にガイナスターたちが顔をしかめる。
「どういう意味だ」
「兄上、今は」
　ガイナスターが近づこうとするのをドネアが止める。今はアルルーナとウィルザの会話が優先だということだ。
「何故だ。まだ半分じゃないか」
「残りの十年を使っている者がいるからです」
「え？」
「あなたも知っているはずです。歴史の裏側を歩む者──レオン」
　確かに知っている。名前だけは。あのアサシネア六世の件でも活躍していたと聞いた。それに、
（三人はレオンのことを知っているみたいだな）
　ガイナスター、ミケーネ、ドネア。いずれもレオンという名前に反応している。特にミケーネの反応が大きい。
「ですが、あなたが歴史の表舞台から降りたために、レオンが表舞台に出なければならなくなりました」
「どういうことだ？」
「現在、対マ神大同盟を率いているのはレオンです」
　なるほど。もし彼がどこの国にも所属していないというのなら、公平な判断ができるだろう。
「なら、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「レオンの正体は？」
　空気が変わる。それを答えることはアルルーナには許されていないのか。返答に間があった。
「あなたの、半分。それ以上は言えません」
「ぼくが表で、彼が裏ということか？」
「そうともいえますし、そうではないともいえます」
「それ以上は答えられない、か」
「はい。私はこれ以上を説明することはできません」
「そうか」
　するとウィルザは目を閉じて考える。
　今年が最後。
　ということは、これから行うことが自分にとって最後の行動となる。何しろ、今年中にマ神を倒し、このグラン大陸を滅亡から救わなければならないのだ。
　方法はたった一つ。
　アサシナの旧王都まで行ってマ神を倒すことだ。
　だが、今の自分にそれはできない。マ神との力の差は歴然としていた。今挑んでもかなわないに決まっている。
「アルルーナ」
「はい」
「君に、負担をかけるのを承知で、聞いてもいいのかな」
　自分ではどうにもならない。
　ここで彼女の助けを借りるのは間違っているのは分かっている。
　だが。
「それを伝えるために、私はここまで来たのです。私の最後の任務です。リザーラともよく話し合って決めたことです。私はあなたに、この世界を守るための最後の方法を伝えるために、ここまで来たのです」
「なら、尋ねる。アルルーナ」
　ウィルザは顔をしかめる。
「はい」
「ぼくの道を示してくれ」






第四十五話

ザ神とゲ神






「はい。ウィルザ」
　そして彼女は最後の託宣を行う。
　人に道を示し、それを至上命題として生を受けたザの機械天使。
　この願いは彼女の寿命を縮めるのは分かっている。
　だが、それ以上にもはや時間が足りない。
　グラン大陸を救うには。
「あなたの進む道の先に、ゲ神の王がいます」
　道が示される。
　ウィルザの頭の中にすぐ、かつて三つの力を受け継いだ神像の姿が思い描かれた。
「ゲ神の王？」
「そうです。そこであなたは、ゲ神の最後の力を得る。ゲとザ、二つの神の力の全てを合わせたとき、マ神を倒すことができるでしょう」
　ぴし、とどこかで妙な音がした。
（なんだ？）
　その音を聞いた瞬間、ウィルザは異常な緊張に体が包まれるのを感じた。
　いつか。
　どこかで。
　似たような音を、聞いた気がする。
「ザは神の座。ゲは神の外。座は精神、外は肉体。その両者の力を全てあわせたならば、マ神と同じだけの力を手にすることができるのです」
「ぼくがゲの力を全て手に入れるということか？　でも、ザの力は」
「それはレオンが既に手にしています」
「そうか。ならぼくが最後の力を手に入れれば」
「そうです」
　また、ぴし、という音。
　不安と焦燥が駆り立てられる。
　分かっている。
　このまま会話を続けることの意味を。
「あなたはゲの神となり、レオンはザの神となる。そのとき初めて、二人は会うことが許されるのです。その前に会ってしまってはマ神を倒せない。だから今まで、あなたたちの邂逅は意図的に回避されてきたのです」
「意図的に？　誰によって」
「ゲ神と、ザ神によって」
　音が止まらない。
「アルルーナ」
　ウィルザの目から涙が流れた。
「ぼくはいつか、どこかで、こんな音を聞いた気がする」
「そうですか。それは、別の選択をしたあなたが聞いた音なのかもしれません」
　アルルーナは初めて、その顔に微笑を見せた。
「じゃあ、君は」
「そうです」
　重い声が、部屋に響く。
「活動を停止します」
　分かっていた。
　そんなことは、彼女に道を示してもらった段階で、分かっていたことだった。
「その前に全てを伝えなければなりません。いいですか、ウィルザ。あなたはこれまで、決して許されない罪を犯し、その罪を償うために生き続けてきた。もう何十万年も昔のことです」
「何を」
「あなたがあの少女に惹かれるのは当然のことです。何故ならば──」
　何故ならば。

「あの少女は、あなたが罪を犯す前にたった一人、愛した女性の生まれ変わり」

　それは。
　いったい、何の冗談だ。
「あなたは、あの少女に会うためだけに、全ての罪を償い続けてきたのです」
　言っている意味が分からない。
　それは、まさか。
「ぼくが、世界記に会う前の記憶……なのか？」
「そうです。世界記はその使命から、あなたに伝えることを許されていない。ですが、消滅を目前に控えた私ならば」
　にぶい音が、響いた。
「最後に、ウィルザ」
「アルルーナ」
「全てが終わったら、もう一度私のところへ来てください。あなたに、祝福をさしあげます」
「祝福？」
「そうです。あなたが、あなたの最愛の人と結ばれるように、最後の選択を、あなたに」
　そして。
「さようなら、私の数少ない友人。あなたに会えたことは、私にとって何よりも嬉しいことでした。そして、同じことをレオンにも伝えてください」
「アルルーナ」
　彼女は、完全に活動を停止した。
「待て、アルルーナ。まだ聞きたいことがある」
　ゆっくりと近づいて、彼女の石の体に触れる。
　機械天使の体は冷たい。そこに血は流れていない。
「聞きたい、ことが」
　だが。
　その後は、ただ嗚咽に変わった。
「う、ぐっ」
　何が悲しいのか分からない。
　ただ、どうしようもない感情が自分の体の中を渦巻く。
　アルルーナが活動停止したのが悲しいのか。
　それとも、記憶をなくした自分が悲しいのか。
　いや。

　最愛の女性であるルウと、戦わなければならないことが悲しいのか。

「でも、ぼくは戦う」
　それはもう決めたこと。そして、決めたことは覆さない。
「ぼくはルウを倒して、この世界を倒す。たとえそれが、ぼくの愛する人だったとしても」
　そして。
　そして、可能ならば、あの頃のルウを取り戻す。
「今度こそぼくは、彼女と共に生きる。そのために」
　ウィルザはもう動かないアルルーナを抱きしめる。
「ごめん、アルルーナ。そして、ありがとう」
　ローディにも誓った。
　だから、アルルーナにも誓おう。
「ぼくはグラン大陸を救うよ。そして、君がぼくのために願ってくれたことを果たす。ぼくは、ルウと幸せになる。なってみせる。必ず」
　そして彼は振り返った。

「ガイナスター。邪道盗賊衆のアジトへ案内してくれ」






多くの謎は解けても、全ての謎は解けない。
最後の力を求めて、ウィルザはゲ神の王を訪れる。
だが、覚悟せよ。力を手に入れるとは、人間の器を捨てること。
過去にない力を手に入れるウィルザに待っているものは。

『旅人よ。最後の力は汝が完全なゲ神となるに等しい。それを望むか』

次回、第四十六話。

『四つ目の力』






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