ウィルザがミヅチへと変化し、炎の海を一気に飛び越える。
ガイナスターはその背に乗るのは二回目だが、ミケーネやドネアはこれが初めてとなる。
「おいウィルザ、そろそろ話してくれるんだろうな」
ミヅチの上からガイナスターが話しかける。
「そうだね、何から話そうか」
ミヅチとなってもウィルザの精神は変わらない。その声もいつも通りに聞こえてくる。
「まずはお前の正体からだろ」
ガイナスターの言葉は容赦ない。一番知りたいところを突いてくる。
「ぼくの正体か」
少し間があって、それから答える。
「ぼくはこの世界の人間じゃない。そう言っても信じるかい?」
「それから?」
ガイナスターは、だからどうした、という感じで言う。
「いや、だから、ぼくは全く別の世界から」
「だからなんだと言っている。お前がここにいて、俺たちの仲間であることには変わりない。問題はお前がその世界から何のために来たのかということだ」
確かに、共に行動する仲間がこの世界の住人でなければならない理由はない。とはいえ、そう言ってくれるのはウィルザとしてはありがたい。特に恩のある相手だけに、嫌われないのは嬉しいものだ。
「ありがとう、ガイナスター」
「感謝なんかいらねえから、さっさと全部説明しろ」
「そうだな。本当に何を話せばいいのか分からないけど、ぼくはとにかくこのグラン大陸を救うためにこの世界にやってきた。この大陸が選ばれたのはぼくの意思じゃない。ぼくは過去に何か罪を犯して、その代わりに世界を救うという罰が課されたらしい」
「ほう。では今お前が行っているのは罪滅ぼしということか」
「そうなるのかな。正直、ぼくの記憶は抹消されているから、何故、どんな罪を犯したのかっていうのは知らないんだ。ただずっと、気の遠くなるほど長い間、いろいろな世界を救い続けてきた。そのたびに記憶をなくして、また新しい世界へやってきて。その繰り返し」
「ではこの世界に来た記憶以外は持っていないということか」
「そういうこと」
「だが、おかしな話だ。お前はもともと『トール』とかいう男ではなかったのか。記憶を失くしているというは聞いていたが、お前がこの世界の人間ではないというのは解せん」
「あ、うん。この体はもともとこの世界の人間のものだよ。ただ、ぼくの意識は違う世界からやってきているんだ」
その言葉の意味を理解するのにガイナスターは少し時間がかかった。
「つまり、お前はこの世界の人間に憑依している、ということか」
「それが一番正しい説明だと思う。正確には死んだ体に乗り移ったっていうところだけど」
「死んだ?」
「ああ。この『トール』という体の持ち主は、八〇五年の末、イライで邪道盗賊衆によって殺された。次の日に結婚式を迎える予定だったのにね」
「ルウとか」
「そういうこと」
「なら、俺がお前を殺したということか」
「ぼくは殺されていないよ。殺されたのはトールというこの体の持ち主」
「ふむ」
ガイナスターは考えてから答えた。
「つまり、俺の部下がこの体を殺したから、お前も都合よくこの体が手に入ったということか」
思わぬ発想の転換に、ウィルザは吹き出してしまった。
「そうとも言えるね」
「ならお前は俺に感謝してもいいくらいだな」
「そうかも」
一人の人間を殺しておいて感謝も何もないのだが、確かにウィルザにとってはありがたい話ではあった。そうでなければ別の体を捜さなければならないところだった。
「あの、いいですか」
ドネアがおずおずと尋ねる。
「どうぞ、姫」
「ではウィルザ様は、いつまでこの世界におられるのですか」
その質問の答は既に誰もが分かっていた。何故なら、先ほどのアルルーナとの会話で明確にされていた。
「八一五年十二月までがぼくの活動限界みたいです」
「ではもう、あと何日も」
「そうみたいですね。確認してびっくりしました。正確には今日は何日ですか」
「十二月二九日。今日を入れて今年はあと三日だ」
ミケーネが答える。
「あと三日か」
ウィルザは少し、飛ぶスピードを落とす。
「充分だ。それだけあればゲ神の力を手に入れて、ルウを倒すことができる」
三人からの返答はない。
ルウを倒す。それはウィルザの中では既に規定の路線なのか。
「お前、それでいいのか?」
「何が?」
「ルウを倒す、と。それでお前は満足なのか」
「どうせぼくはこの世界をあと三日で立ち去る人間だよ。その前にぼくがこの世界にしてあげられることは、マ神を倒すことだけだ」
「お前自身のことを聞いている」
ガイナスターが苛立ったように言う。
「心配してくれているのかい?」
「誰が!」
「大丈夫だよ、ガイナスター。あの氷の柱に閉じ込められる前に、ぼくは既にルウと戦う決心はできていた。そして、ルウを倒すことがルウを取り戻すことになると信じている。どのみちマ神を倒さなければ、ルウを取り戻すことはできないんだしね」
「覚悟は決まっているということか」
「もしかしたら、ぼくがこの世界に来たのは、ルウがいたからなのかもしれない」
徐々に高度が下がる。それは、目的地が近づいた証。
「ぼくが過去に何をしたかは分からない。でも、ルウとの決着は絶対につけないといけないんだ」
そして、森の中に降り立ったウィルザは人間の姿に戻る。
「ガイナスター、案内を」
「ああ。ここはアジトの東側だな。イライの近くだ」
時刻は既に夕方。目の前には泉があって綺麗な花も咲いている。
「このようなときでも、花は咲くのだな」
ウィルザと同じものをミケーネも見ていたのか、その花を見つめる。
「ホラレの花か」
「ホラレ?」
「ああ。魔除けの効果があるというので、旅人がよく感想させて持ち歩いているな」
「魔除けか」
ウィルザはその花を一輪摘むと、懐にしまった。
「何のつもりだ?」
「ゲン担ぎさ。悪いことが起こらないように、って」
「ふん」
ガイナスターは鼻を鳴らすと、こっちだ、と案内を始める。
四人は早足で森を抜け、その先にかつて邪道盗賊衆のアジトだった場所にたどりつく。
そこに、いた。
十年前と変わらずに鎮座するゲ神の王が。
第四十六話
四つ目の力
その神像に近づくと、四人はすぐに暗闇の空間に飲み込まれた。
「な、なんだこれは!」
ゲ神の加護を受けていないミケーネが声を上げる。だが他の三人はなれたものだった。
「久しぶりだな、ゲ神の王」
すると暗闇の中に、その神像の姿が輝きを帯びる。
『人としてありたくば我が前に現れるなと忠告したはずだが。旅人よ。最後の力は汝が完全なゲ神となるに等しい。それを望むか』
「人を捨てる覚悟はできた。ぼくもゲ神になる。それならかまわないだろう?」
『ザの機械天使といい、難儀なことよ』
ゲ神の王は別段感慨が湧いた風ではなかった。だが、別に相手を止めようとしているわけでもなさそうだった。
「ザとゲの力を合わせればマ神に勝てる。そう信じてぼくはここまで来たんだ」
『左様。此度のマ神は、過去に起こったいずれの戦いよりも強い。それはマ神が受肉していることに他ならぬ。マ神が受肉したのも初めてならば、そなたに四つ目の力を授けるのも初めてのこと。成功するかどうかはまさに『神すら知らぬ』こと。失敗すれば死。それでも、望むか』
「望む。そして信じている。ぼくは、この世界を救えるのだと」
『──承知』
少しのためらいの後、ゲ神の四つ目の力がウィルザに注がれる。
瞬間、体中の血液が沸騰したかのような熱が生じる。自分の体が作り変えられていく。
意識が途切れそうになる。
痛みとか、熱とか、そういうレベルではない。このままでは、自分の意識が。
消滅する。
これが、ゲの力そのものなのか。
『旅人よ』
どこか声が届いたが、それを認識できるほどウィルザの意識に余裕はなかった。
『思い出すことができるか。汝の罪を。汝が何を成し、いくつの世界を滅ぼしたかを。その罪をあがなうために、どれだけの世界を救ってきたかを。出会った友を。倒した敵を。愛した女性を。思い出すのだ。汝は、七つの世界を救うためにこの場にいるのだということを』
瞬時に、頭の中をさまざまな記憶が甦っては、消えていく。
そう。確かに自分はいくつもの世界を渡ってきた。
滅びかけた世界を救った。
世界を支える少女を救った。
永劫の夜に太陽をもたらした。
封印されていた世界を解放した。
腐っていく大地と人々を浄化した。
墜落しようとする世界を食い止めた。
そして。
世界に絶望して、全ての世界を消滅させようとした。
それは失敗してしまったが、後悔はなかった。
もはや。
思い出すこともできない、かつて失った女性に殉じるために。
ああ。
そうだ。
自分は、確かに一人の女性だけを追い求めていた。
今まで一度も思い出したことなどなかったのに。
最初の、一番最初の記憶。
自分に微笑みかける彼女。
見えなかった。
その顔がぼやけて見えなかった。
何度思い出そうとしても、彼女の顔を思い出すことができなかった。
それなのに。
今は。
思い出せる。
そう。
そこにいた彼女の顔は、確かに自分の知っている顔。
(ルウ)
いったい、どれだけの時を超えてきたのだろう。
一万年か。
十万年か。
百万年か。
だが、これが最後。
全ての罪をあがなった先に。
求めていたものがある。
罪をあがなった自分に与えられる『赦し』。
(ぼくは、君に会うためにここまで来た)
最後に会えると信じていた。
どのような数奇な運命をたどっても。
必ず、最後は救われるのだと。報われるのだと。
「君に、会えると──!」
体中の熱が引いていく。
これを制御すれば、自分は完全なゲ神となる。
それでいい。
その力がなければ、彼女と結ばれることなどないのだから。
『覚醒したか』
だが、ゲ神には分かっていた。
記憶が戻ったのは、ほんの一瞬。
この世界に受肉して活動する以上、彼の記憶が表面化することは絶対にない。
彼はこれからも知識としてルウをかつての恋人と認識するだろう。だが、それを常に思い出していられるわけではない。
それは、罪をあがなっても赦されない絶対のルール。
ただ赦されているのは、彼が選択を間違わなければ最愛の彼女と、今度こそ結ばれることができるということ。
『旅人よ、気分はどうだ』
ウィルザはしばらく放心していたが、やがてはっきりとした意識が戻る。
「ぼくは、これで、ゲ神に?」
『そうだ。お主はどこまでも人間の規格に留まらぬ。それも、記憶を失う前のお主の力量によるものなのだろうが』
「分からない。今、一瞬、何かを思い出しかけたような気はするけど」
『お主の記憶には残っていなくても、お主の魂には刻まれている。安心せよ。【お主は次の選択でその望みがかなう】。ゲ神の四つ目の力を手に入れた以上、それが最後の選択となろう』
「信じていいのか?」
『人間は神を信じる。が、神は何を信じればよい?』
逆に問われた。確かに、もはや神となった自分は何を信じればいいのだろう。
『運命を信じよ』
「運命?」
『運命は変えられる。それこそが、お主に課せられた最大の罰ではないかな』
そして暗闇の空間に色が戻ってくる。四人がその場に立ち尽くしていると、目の前の神像が徐々に小さくなっていく。
『旅人よ』
くくっ、とその神像が笑った。
『我もこれが最後だ。最後ならば、最後らしく振舞うとしよう』
その体が徐々に人間のものへと変化する。
「ゲ神?」
長い銀色の髪が風に流れる。かなりの長身。ガイナスターやミケーネよりも高い。しかも美形。
「そうだ。カイルと呼ぶがいい、旅人よ。私も力を貸そう。私の力ではマ神に及ばぬが、露払いくらいはできよう」
「感謝する、カイル」
「気にするな。私もいい加減、マ神から隠れているのに飽きたところだ。兄姉たちの仇もとらねばならぬしな。さあ、旅人よ。次が最後だ」
「次?」
ウィルザはカイルを見上げる。
「そうだ。イライの神殿。そこでお主は最後に会わねばならぬ男がいる。誰かは、分かるな?」
最後の邂逅の時。
歴史の表と裏が、ついに向き合う。
そして、二人の関係も明かされる。
これが、真実。
『ふざけるな!』
次回、第四十七話。
『表裏一体』
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