現在、イライの村は完全にバリアが張られていて、周囲からの侵入を一切防いでいる。それらはマ神の技術。かつてマ神がこの世界を滅ぼすために作った技術のいくつかを、その子孫たちが利用して逆にマ神からの侵攻を食い止めていた。
 空を行く人たちの船がこのイライに落ち、それ以後この地域は完全に遮断された。そこに入っていくのは通常、不可能。
 だが、彼にはできる。ザ神の四つの力を手にしたレオンならば。
「なるほど。見事な障壁だ」
 村を囲む障壁は目に見えるほどだ。青白い光が立ち上り、全ての侵入を防いでいる。
「入れるの?」
 サマンが尋ねる。同行しているのはサマンとリザーラの二人だけ。あとはすべてアサシナを守るために置いてきた。
「入ることは難しくない。バリアを壊す必要もない」
 障壁に触れたまま念じる。すると、その部分にぽっかりと穴が開く。
「さあ、二人とも入れ」
 サマンとリザーラが急いで中に入ると、レオンも中に入る。そうすると自然に障壁は元に戻った。
「さすがはザの力を全て手に入れただけのことはありますね」
 リザーラが感心する。
「だが、そのザの力はもうほとんどが失われてしまっている。弱い者から力を失い、ザの加護の元では生き延びることができない。全員そろってゲ神に改宗する必要があるかもしれないな」
「そんな」
「ザ神が滅ぶということは、ザ神に守られていた人間たちも滅びるということだ。滅びたくなければ、人間がザ神から独立するしかない」
「でも、それは」
「今はまだ大丈夫だ。最後のザ神がいるからな」
 そうして三人はイライの村の中へと入っていく。当然、中にいた村人たちが大きくどよめく。
「あ、あ、あんたたち! どこから入ってきなすった!?」
 大きな声で尋ねてきたのは初老の男性。
「入口からだが」
「そこはバリアで封じられておったはず」
「俺はザ神だ。入れないはずがない。それからこっちはザの機械天使。こっちはその妹。安心しろ。俺たちはお前たちに危害を加えに来たわけじゃない。マ神を倒す方法を求めて、ここのザ神に用があって来ただけだ」
「お、お、お」
 老人はその場に座り込んだ。もっとも、長く話をしている時間などない。さっさとイライのザ神殿に向かわなければならない。
 三人は足早に神殿を目指す。と、その先に蒼い肌の老人が現れた。
「空を行く人か」
「うむ。先に着いたのはお主の方じゃったか」
 長老がレオンを見て言う。
「先に?」
「そうだ。ここで表と裏が交わる。言っていることは分かるな?」
「ここで?」
「ここでだ」
「それは楽しみだ。俺がどれだけ追いかけても会えなかった男に、ようやく会えるわけか」
 レオンは獰猛に笑う。そう。彼にはずっと会いたかった。まさか、最後の最後まで会うことができないとは思っていなかったが、本当に最終戦の直前だ。まったく、運命の神とやらは随分演出が好きらしい。
「なら、先にザ神に会わせてもらおうか」
「うむ。今日から三日、神殿は解放されておる。好きにするといい」
「行くぞ、二人とも」
 長老の横を通りぬけ、レオンは神殿の中に入る。
「お待ちしておりました」
 中にいたのは神官だ。十年前にも会った。
「覚えているのか」
「ええ、もちろん。あなたはあの結婚式の次の日に現れ、それから一ヵ月後にもまた現れました。そしておっしゃいましたね。また来る、と」
「そしてお前は言った。十年後を待っている、と」
 神官は微笑むと、こちらへ、と奥をうながす。
「私もイライの神殿に入るのは初めてですね」
 リザーラが感心したようにあちこちを眺める。
「ザの機械天使でもか」
「私はドルークの神官でしたから。それに、ここのご神体のある本殿は十年に一度しか開きません。もちろん、本殿ではない場所なら来たこともありますけど、十年に一度の機会、そう簡単に都合がつくこともありません」
「むしろそれにあわせて都合をつけるものではないのか?」
「神官などしていると、簡単に来られる距離ではないんですよ」
 リザーラも残念そうに言う。
「だから、ザ神にお会いできるのが楽しみです。私はドルークのザ神とアサシナのザ神しか知りませんから」
 さすがにザの四神すべてに会っているのは自分くらいのものか。何しろイライのザ神にはそう簡単に会えるものではないのだから。
「これが、本体」
 本殿にある巨大な一本の柱。それがザ神の御霊が込められている神の柱だ。
「さあ、着いたぞ」
 その柱に向かってレオンが叫ぶ。
「リート! 俺の呼び声に応えろ!」
 神の名を呼ぶと、突然回りが暗くなる。神の領域に入った証拠だ。
「わ、また」
 サマンも驚いたようだが、さすがに何度も経験していると慣れたようで、目の前にぼうっと浮かぶザ神の柱を見る。
「十年ぶりだな、リート」
『懐かしい名だ』
 ザ神が応える。以前に比べて、どこか優しい響きを持った声だった。
『その名は誰から聞いた?』
「ドルークのザ神、ルーンから聞いた」
『上の妹か。まったく、余計なことばかりする』
 神にも人間らしい感情があるのか、久しぶりの妹の話題に喜びを覚えているかのようだ。
「早速だが、尋ねたいことがある」
『マ神の考えていることだな』
「そうだ。エネルギーの貯蔵庫になっていた星船が使えない今、マ神はどうやってこのグラン大陸を崩壊させるつもりなんだ?」
『別に難しいことではない。この世界を滅ぼしたければ、この世界を司る神々を全滅させればいい』
「神々を全滅?」
『つまり、私を滅ぼせばいいのだ。簡単なことだろう』
 なるほど。ザ神の神殿が次々に襲われたのはそういう理由か。
「神が死ねば、この世界はどうなる?」
『世界そのものは何ともないだろう。ただ、神に守られていた人間たちはことごとく絶える。それは間違いないことだ。ラグ、ルーン、レネの三柱がいなくなった今、この世界のザ神信者の命は私ひとりにかかっている。私を殺せば世界は滅ぶしかない』
「ゲ神を信仰すればどうなる?」
『ゲ神はもともとあの子ひとりでもたせていたからな。現状では何も問題はない。だが、マ神はおそらくゲ神をも滅ぼすだろう。マ神の復活は、この地上のすべての命と引き換えとなる。それが予言だ』
「ザ神、ゲ神もその対象ということか。無論、それを信仰している人間も」
『そうだ。空を行く者たちはだからこのイライにバリアーを張った。マ神の技術で作られたものだが、マ神すらそれを通り抜けることはできないようだな』
 ザ神が苦笑する。確かに自分の技術で自分の足を引いているのだから笑い話だ。
「では、お前が死ぬ前に俺たちがマ神を倒せばいいんだな」
『そういうことだ』
「なら、マ神を倒す方法は分かるか?」
『分かるならとっくにその方法は人間界に伝わっている』
「それもそうだな」
『ただ、ザ神とゲ神、すべての力が合わさればマ神の力を上回ることが可能だ。今、お前にはザ神の力、そして歴史の表を歩む者がゲ神の力、この二つの力を合わせればマ神も倒せるだろう』
「力押しになるってことか?」
『結局、相手を倒すということは力比べになるということだ』
「弱点は?」
『知らぬ。だいたい、我らとて元々はゲ神。今でこそザ神などと名乗っているが、一度マ神によって捕らえられた存在だ。単体では奴にはかなわんよ。だからこそ我らの力を一人の人間にたくすこととしたのだ』
 それがレオン、その人だ。
「分かった。やれるだけのことはする」
『うむ。では、私も協力しよう』
 そして、ザ神の柱が点滅すると、それが突如消滅した。
「な」
 そして現れたのは、少し小柄な少年の姿をした男性だった。黒い髪がつんつんに立っている。
「ザ神の次男、リートだ。私の力ではマ神には及ばぬが、黒童子相手ならばいくらでも役に立てるだろう」
「逆に滅ぼされたりしないだろうな」
「そのときはそのときだと覚悟を決めるしかあるまいよ。それよりもお前たちが死んでしまってはマ神を倒すことはできぬのだ。どちらが大事かはおのずと分かろう」
 すると暗黒の空間が取り払われ、その場に光が戻る。
 既に神殿の内部には柱はなく、かわりに黒髪の少年の姿があった。
「こ、こ、こ、これは、どういう」
 神官は目を白黒させている。その神官に向かってリートが言う。
「神官」
「は。あ、いえ、その」
「案ずるな。最終決戦ゆえ、我も人の体を受肉しただけだ。柱のままでは戦えぬからな」
「え、あ、その、はあ」
「さて──どうやら、もう一人も到着したようだな」
 リートの言葉に、サマンが、リザーラが、そしてレオンが反応した。
「もう一人の男か?」
「そうだ。この地にて二人が邂逅するときこそ、マ神を倒すための最後のプロセスだ。神官、この神殿に張られているバリアーを解いてくれ。ここにゲ神とゲ神の信者を招かなければならぬのでな」
「え、あ、その、ですが」
「そうしてください。私からもお願いします」
 大陸の副神官であるリザーラに言われれば、さすがの神官もそうせざるを得ない。
「では、私がお迎えに上がります」
 リザーラはそう言うと神殿を出ていく。
「どうだ、レオン。緊張するか」
「それなりには」
 レオンは素直に答える。
「だが、今まで会いたくても会えなかった相手なのに、こんなにあっさりと会えるっていうのが信じられない気分だ」
「それが運命だったのだからな」
 リートは苦笑した。
「我々もこのときを待っていた。表と裏が合わさる日。そこで何が起こるのかを見届けたかったのだ」







第四十七話

表裏一体







 ウィルザたちはゲ神カイルの導きでイライへとやってきていた。
 すぐにでも旧アサシナへ行きたかったのだが、それよりも『最後に会わなければならない相手』の方が大事なのは充分に分かっていた。
 自分が氷づけになっている間、自分のかわりに表舞台に立ち、この世界を支えてきた相手。
「だからって、イライに入ることなんかできねえだろ?」
 ガイナスターが尋ねるが、カイルが冷たい目で見る。
「このバリアーはマ神に属する者は通さぬが、ゲ神やザ神ならば問題はない。無論、人間もな」
「でも、俺たちだってイライには人を送ったが、入ることはできなかったぞ」
「それは力の問題だ。ゲ神、ザ神の力を全開にすれば入ることは難しくはない。さあ、ウィルザよ。障壁に触れるがよい」
 ウィルザが素直に触れると、その障壁にぽっかりと穴があいた。
「おお」
「こんな簡単なのかよ」
 ミケーネが声をあげ、ガイナスターがため息をつく。
「さすが、ウィルザ様ですね」
 ドネアが手放しで褒める。
「さあ、急ぐぞ」
 カイルの言葉で全員が村に入る。
 神殿の村。ウィルザにとっては十年ぶりとなる帰還だ。
「お待ちしておりました」
 中に入るなり声をかけてきたのは、彼らもよく見知っている相手だった。
「リザーラ!」
 ウィルザが驚くが、それよりもガイナスターたちの方が驚いている。
「待てお前、新王都に残ってたんじゃなかったのか」
「マ神の軍は撃退しました。そして今は、彼と一緒にこのザ神の神殿に来ていたのです。ウィルザ、あなたと彼の出会いを導くために」
「そうか。じゃあ、会えるんだね」
「はい。本来神殿にかけられているゲ神封じのバリアーも、既に解いてあります。さあ、こちらへ」
 リザーラの招きで全員が神殿へと入っていく。
 いよいよだ。
 この先に、彼がいる。
 歴史の裏を歩んできた男が。
「ここが本殿です」
 そして、ウィルザが先頭で、その中に入った。






 お互い、一目で分かった。
(レオン)
(ウィルザ)
 この人物が、自分の捜し求めていた相手。
 歴史の表と裏を歩んできた二人。
 ゲの四つの力を得た者と、ザの四つの力を得た者。
 それが今、一つとなった。
 同時に。
 激しい頭痛が、二人を襲った。
「これは?」
「なんだ?」
 同時に声を発する。が、この痛みは自分に対して害となるものではないことは分かった。
 これは、記憶の同調。
 自分の記憶と、相手の記憶とが、つながろうとしている。
 その結果。
 失われていたはずの、レオンの記憶が甦る。
「俺は──」
 その彼に呼びかける声があった。
『ようやく見つけたぞ、滅びの歴史を正す者』
 世界記だ。
 ウィルザの肩にいつも止まっている世界記が、レオンに向かって語りかけている。
「誰だ、お前は」
『私は世界記。この世界の歴史を滅びから救う者。そしてお前も同じ』
「同じ?」
『そうだ。お前は、この世界を救うためだけに作られた、人工生命体だ』
「な」
 さすがにウィルザもその言葉に驚く。
「どういうことだ、世界記」
『ウィルザ。本来、お前が入り込む身体は、このトールのものではなかった』
「じゃあ」
『そう。彼、レオンの体こそ、本来お前が入るべき体だったのだ』
「ばかな」
 ウィルザが目の前で苦しんでいるレオンを見つめる。レオンは、まるで仇でも見るかのように自分を睨みつけてくる。
「ふざけるな!」
 レオンは世界記に向かって叫ぶ。
「この体が俺のものじゃなかったというのなら、今の俺の意識はいったい何だっていうんだ!」
『お前は本来、空を行く者たちによって厳重に管理されていた。だが、八〇四年のイブスキの悲劇によって、お前にかけられていたガードは全て外され、お前は無意識に外に飛び出していた。以後、お前がどのように行動してきたのか、空を行く者にも管理することができなくなった。完全な行方不明だ』
「じゃあ、記憶がなかったのではなく、もともとそんなものがなかったというのか! 俺は!」
『違う』
 だが、それに対して、きっぱりと世界記は否定した。
『その体には理性などない。あるのは生きようとする本能だけだ。それが理性を得たというのなら、話は簡単だ。その体には別の人間の意識が入り込んでいる。その体に入り込んできた意識がお前だ』
 つまり。
 ウィルザが、トールの体に入り込んできたように。
 レオンもまた、今の体に入り込んでいるということなのか。
「嘘だ」
『嘘ではない。そして、誰の意識かも既に空を行く者たちは認識している。だからこそお前は放置されてきたのだ。それが世界のためになるからという理由で』
「なんだと」
『お前が理性を手に入れたのはいつだ?』

 まずい。
 この質問をこれ以上聞いては。
 自分が、自分で、いられなくなる。

「いつ、だと」
『お前は本能のままに一年間以上も放浪し続けた。その結果、ある日、突然に理性が目覚めた。それは、別の意識がその体に入ってきたということ』
 ウィルザも、レオンも。
 次の、世界記の言葉をじっと待つ。
『お前が理性を手に入れたのは、八〇五年の末』

 八〇五年末。
 そのときに起こった事件。それは。

「まさか」
 ウィルザが呻く。
「どういうことだ」
 レオンは分かっていない。

 だが、これこそが歴史の真実。






『お前は、トールだ』







歴史の真実が、絶望と希望をもたらす。
今こそ、すべての歴史に決着をつけるとき。
ウィルザとレオン。二人が目指す場所。
物語は、ついに最終決戦へと向かう。

『行こう、最後の戦いへ』

次回、第四十八話。

『最後の戦い』







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