レオンの体が軽く舞って、落ちる。
もはや戦闘不能状態であるのは一目瞭然だ。ザ神の力を手にしたとはいっても、こんなにもあっけなく終わりは来る。
「レオン!」
それを見たウィルザが突進する。
「今度はお前か」
ケインが右手に持った剣でウィルザと刃を合わせる。
「ぬっ!?」
そのケインの体が大きく揺らぐ。ウィルザのパワーに完全に押し流されたのだ。
「えっ?」
それはウィルザ自身を動揺させた。確かに強くなったことはなったのだろうが、ゲ神の四つ目の力のおかげがあったとしても、ここまで相手を圧倒できるとは思っていなかったのだ。
何より、目の前であのレオンが倒された直後だ。相手の力がよほど高いという先入観があった。
(強くなってる、確実に)
だが、油断はできない。自分と同じ力を持つレオンが倒されているのだ。何が起こるかなどわかったものではない。
慎重に、かつ積極的に。終わりの時間は確実に近づいているのだから。
「いくぞ、ケイン」
ウィルザが特攻し、徐々にケインを追い詰めていく。
その間に仲間たちは倒れたレオンのもとへ駆けつけていた。
「くっ、こいつは」
ガイナスターが顔をしかめる。
「ひどい」
ドネアが顔を歪め、そしてサマンが震える体でその隣にへたりこむ。
「レオン、嘘、だよね」
全身の火傷、さらにはおびただしい失血。
もはや助からないのは、一目で明らかだった。
「くっ、ここまで来て」
ミケーネが顔を背ける。そして、
「やむをえんな」
ザ神リートがため息をついた。
「リート兄?」
ゲ神カイルが尋ねる。
「カイルよ、後は任せる」
「この人間を助けるのか?」
「彼はもう人間ではない。ザ神だ。同じザ神だからこそ助けることもできる」
「だが、そうなると兄は」
「やむをえん。マ神を倒すために、他の兄妹たちも犠牲になってきたのだからな」
リートは右手をレオンの体にあてる。
「レオンよ。お前はまだこの世界に必要な存在。このようなところで倒れるのは許さん。さあ、もう一度立って戦うのだ」
リートの体が徐々に輝き始める。そして、その体が薄れていく。
「何が」
ガイナスターが呻く。そのリートの体から輪郭が失われ、光だけが残っていく。
「人間たちよ。レオンとウィルザを頼んだぞ」
そして完全に光だけとなったリートは、さらに形を変えて光の珠となる。
その光がレオンの体内にもぐりこみ、光がレオンの体に行き渡る。
光が消えたときには、彼の体に火傷も傷跡も見当たらなくなっていた。
「レオン」
そして目を開けたレオンに、サマンが抱きつく。
「くそっ、やられた」
サマンごと体を起こすレオンの体は悔しさにあふれていた。
「大丈夫なのか」
ミケーネが尋ねてくるが、レオンは当然というように頷く。
「リートが助けてくれた。もう大丈夫だ」
そしてレオンがゲ神カイルを見て、小さく頭を下げる。
「すまない、あんたの兄を」
「気にすることはない。我らはお前たちを助けるためにここにいるのだから」
そしてレオンも剣を持ち直すと、ウィルザとケインの戦いを見る。
「サマン、ミケーネ、ガイナスター、ドネア、リザーラ」
そして、こんなところまでついてきてくれた五人に声をかける。
「ここから先の戦い、お前たちは参加するな」
「なっ」
五人の表情が変わる。
「帰れというのか、ここまできて」
「いや」
レオンはもう仲間たちを見ていない。ただ、戦場を見つめている。
「見ていてくれ」
「見る?」
「ああ。俺と、ウィルザの戦いを見届けてくれ。人としての、最後の戦いを」
そしてレオンも戦闘に加わる。
ウィルザがケインに斬りかかったところで、レオンが後ろからケインに襲い掛かる。
「くうっ!」
ウィルザを相手にするだけでも精一杯だというのに、レオンまで出てきてはケインに勝ち目はない。一気に劣勢に立たされる。
「大丈夫なのか、レオン」
「心配するほどのもんじゃねえ」
二人がケインを挟み込むようにして立つ。だが、ケインはまだ完全に慌てているわけではない。
「貴様ら二人がそろったところで私を倒すことはできん」
ケインは両手に剣を持つ。二刀流だ。
「さあ、来い」
二人を同時に相手にするつもりなのか。だが、それならば勢いで押し切るだけだ。
反対の位置にいる二人が視線を合わせると、同時に切り込む。
だが、ケインは予想外の動きを取った。
「なっ」
レオンに背を向け、ウィルザに突進してくる。そして二本の剣でウィルザの剣を力強く受け流す──レオンの方へ。
「しまった」
二人が交錯する。あまりに速く強い攻撃が仇となった。そしてバランスを崩したレオンに対して、ケインが攻撃を繰り出す。
「レオン!」
ウィルザはレオンを力いっぱい突き飛ばす。だが、そのかわりにケインの剣を、今度はウィルザがその身で受けることになった。
「ウィルザ様!」
ドネアの悲鳴が飛ぶ。
「そのような半人前を助けるとはな」
ケインが言ってクーロンゼロを放つ。その体が凍りつき、弾き飛ばされた。
ウィルザの意識は完全に消えた。
第四十九話
マ神
戦いは膠着していた。
レオンの攻撃はことごとくケインに届かない。もっとも、そのケインの攻撃もまたレオンには届いていない。完全に五分。いや、身体能力だけなら確かにレオンが勝っている。
それなのに、何故か攻撃が届かない。
「不思議か、レオン」
ケインの乾いた笑いが響く。
「不思議なことなどあるものか。マ神を相手に楽な戦いなどない」
「強がるな。お前の二度の失敗、気にしていないはずがないだろう」
レオンはかすかに顔をしかめる。
「俺は別に、後悔も反省もしていない」
レオンが瞬時に攻撃に移る。今度はケインに裂傷を与えた。
「人間の心は弱いもの。強がらずとも貴様の心などたやすく見えるのだぞ」
「なら、お前の目は曇っている」
レオンは冷静に答える。
「確かにミスはした。だが、それで何がどうなるわけでもない」
「ウィルザはそのせいで助からないかもしれないぞ。貴様を助けたせいでな」
「もしそうなら、ウィルザが間抜けだっただけのことだ。俺の知ったことか」
自分を助けた相手を、あっさりと言い放つ。
「お前は勘違いしているようだから、はっきりと言っておこう」
レオンは両手で剣を握る。
「俺は、ウィルザが嫌いだ」
大きく踏み込んで、その剣を横に薙ぐ。ケインは左手の剣で受け流そうとしたが、予想より勢いが強く、その剣が完全に弾き飛ばされた。
「ぬ」
「俺を助けようとするところまで、腹立たしくて仕方がない」
大きく剣を振る。ケインはなんとか回避していくが、レオンの剣は執拗にその後を追いかける。
「ウィルザがどうなろうと、俺の知ったことではない!」
その剣の振りが大きくなりすぎて隙が生まれる。
「感情が見えているぞ。やはり、動揺しているようだな」
振り切った剣を回避したケインが背後に回りこんだ。
「さらばだ、レオン! 未熟者よ!」
レオンの失敗から発生した、致命の一撃──だが、その剣はレオンの体に届く前に止まった。
「──注意が不足していたな、ケイン。終わりだ」
ケインの後ろから声が響く。
「何故」
ケインが後ろを確認する。そこにいたのは、
「ウィルザ。貴様、死んだはずでは」
「意識は失ったけど、死んではいないよ」
そして剣を抜く。ぐらり、と傾いたケインに、今度はレオンが剣を振りかぶっていた。先ほど殺されかけていたことなど、微塵も感じさせずに。
「さらばだ、ケイン」
一撃で、ケインの首が飛ぶ。
馬鹿な、という声と表情が、そのまま固まって、床に落ちた。
「動揺したように見えたのは演技だ。お前を確実に倒すためのな」
レオンは床に落ちたケインに向かって言う。
別に自分は動揺していたわけではない。動揺した振りをしただけだ。何故なら、ウィルザが助かるのは分かっていたからだ。
ウィルザが助かり、ケインを倒すために気配を消して近づく。そして、ケインの死角から攻撃を行った。
そしてもちろん、ウィルザを助けたのは。
「結局、俺もお前も神の世話にならざるをえなかったってことか」
レオンはため息をつく。そういうことだね、とウィルザは肩をすくめた。
つまり、こういうことだ。
ウィルザは確かに倒れた。意識も失った。だが、そのウィルザを治したものがいた。それがゲ神カイルである。
ザ神リートがレオンを治したように、ゲ神カイルもその身を捨ててウィルザを治した。ザ神とゲ神。最後まで生き残った二柱の神は、それぞれウィルザとレオンの体内に宿ることとなった。
「それにしても、レオンはぼくのことを嫌っていたのか」
「演技だ。この間初めて会った男に好きも嫌いもあるか」
「それもそうだね。ぼくもそうだし」
二人とも案外あっさりとした様子だった。確かにザ神とゲ神がいなくなったのは悲しいことではある。だが、今はそれよりもやらなければいけないことがある。
二人は既に、この先のことを考えていたのだ。
「行くぞ。ルウを止める」
「止める、じゃない」
ウィルザの言葉をレオンがさえぎる。
「ルウを倒す、だ」
「分かった。ルウを倒す」
二人は頷くと仲間たちを振り返る。五人の仲間がそこで自分たちを見てくれている。
戦う必要はない。ただ見ていてくれればいい。
彼らがいるからこそ、二人は絶望することなく戦い続けられるのだから。
「急ぐぞ!」
ウィルザが号令をかける。一同は一世に動き出した。
地下へ、ただ地下へ。かつて星船のエネルギーを通常の流れに戻した場所。そこを目指してひたすら地下へ降りていく。
「この先にルウがいるんだな」
ウィルザとレオンは隣同士に立って走っている。そのレオンが尋ねた。
「そうだろうね」
「俺はルウを倒さなければならない。それが父にできる恩返しだと思っているからだ。だから、最後に覚悟を聞いておきたい」
「覚悟?」
「ああ。本当にルウを倒せるのか? 最後に情に負けるなんていうことはないだろうな」
レオンの言葉に小さく頷く。
「たとえ、どういう状況になったとしてもためらわないことを誓うよ」
「ルウが元に戻った素振りを見せてもか?」
「それは──」
「今、覚悟を決めておけ。ルウが元に戻ることは絶対にない。だから、戻ったように見えたなら、それはお前を油断させる罠だ。いいか」
ウィルザはレオンの言葉を確実に心に刻む。そう、自分がためらってはいけない。この大陸を救うためには、ここでルウを殺さなければならないのだ。
「分かった」
「よし」
そして一同はついに、最終決戦場にたどりつく。
そこにいるのはもちろん、彼女だ。
「来たのね」
既に活動が停止している星船の前でルウは一同を、正確には二人を、見た。
「ルウを止めに来た」
ウィルザは剣を構えたまま言う。
「お前は世界にとって害悪だ。この場で排除する」
レオンもまた同じようにする。
「そう。トール、やっぱりあなたは私のことを愛してなかったのね」
彼女の目はレオンに向けられていた。だが、そのような過去のことは彼女も問題にしていない。それよりも──
「ウィルザ。あなたも私を倒そうとするの?」
「ああ」
ウィルザはしっかりと頷く。
「もう、引き返せないところに来てしまったんだよ、ルウ」
「そう。なら、仕方ないわね」
ルウは諦めたように笑う。
その手に影が生まれた。
その影が長く、剣の形となって、物質化する。
「私の愛した二人に、永久の眠りを」
マ神は、厳かに宣告した。
最後の戦いが始まる。
過去、数多の選択を繰り返したウィルザ。
その選択の結果、記憶を取り戻したレオン。
二人の最後の決断が、この大陸を救う。
『さよなら』
次回、第五十話。
『過ちの果てに』
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