そう、方法はある。
 だが、ここで唯一してはいけない選択がある。
 それは。
「決めたよ、ルウ」
 どうしてそう思ったのかは分からない。だが、今の自分にしか分からないことが、はっきりとしていることがある。
 それは。
「君をひとりにはしない。君がマ神となるというのなら」
 ウィルザは剣を落として、戦う意思がないことを示した。
「ぼくが最初の信者になるよ」
「ウィルザ」
 するとルウは、信じられないという様子で微笑を浮かべる。
「ほんとう、に?」
「本当だ。ただ、お願いがある、ルウ」
「お願い? 何?」
「世界を破壊するというのだけはやめてくれないか」
 だが途端に、ルウの顔が険しくなる。
「それは無理よ」
「無理じゃない。君の願いは本当に世界の破滅か? ぼくは違うと思っている」
「どう違うの?」
「だってルウの願いは、ぼくとずっと一緒にいることじゃないのか?」
 ルウが困惑した表情を見せる。
「だったら何だというの?」
「簡単な話だよ。ぼくの願いは大陸を破滅から救うことだ。でも、この大陸の人たちがたとえ苦しむことになったとしても、大陸が生き続けるのなら問題はない。これは取引だ。ルウがこの大陸を破壊しないというのなら、ぼくはルウの傍に永遠に居続ける。そのかわりに世界の『征服』ならいくらでも手伝うよ」
「世界の『征服』?」
「ああ。この大陸の人たちを生かしておいてくれるのなら、君がこの大陸でどんなことをしてもぼくは許容するし、いくらでも手伝う。そして、君のエネルギーをぼくに回してくれれば、ぼくは永遠に生き続けることができる。そして君とぼくが生き続けている限り、この大陸が破滅することはない。人間同士が争うことも、ザ神とゲ神とで争うこともない。確かに支配され、抑圧されることになるだろうけど、それでも滅びるよりはいい」
 ウィルザの言葉を、ルウはしばらく目を閉じて考えていた。
(ぼくの決断は、間違っているのか?)
 いや、間違ってはいない。
 もしもこのまま自分がルウと戦い、倒したとしてどうなるだろう。人間だけの世界では、互いに争い、滅びていくだけだ。
 もし、永遠を生きるのであれば、この大陸を滅びさせないだけの力のある者が支配するのが一番ではないか。
「いいわ」
 ルウは頷いて答える。
「マ神もそれでいいと言っている。私たちはあなたの提案を受け入れるわ、ウィルザ」
「そうか。ありがとう、ルウ」
 ほっと安心する。が、それで許すはずのない存在がある。
『それがお前の選択なのだな、ウィルザ』
 世界記だ。
 常に自分を見張り続けている世界記が、それを許そうとしない。
「ああ。ぼくはルウと共にいる。ぼくにはルウが必要だし、ルウにはぼくが必要なんだ」
『君にそれは許されていない。この大陸を破滅させる気なのか』
「破滅なんかさせないよ。それどころか、破滅から一番遠い選択だと思っている」
『この大陸の人々を苦しめるだけの結果になるのだぞ?』
「ああ。ぼくが今までにしてきた選択はすべて、この大陸のことはこの大陸の人たちが決めるべきことだと思ってしてきたことだ。でも、人間は醜い。自分のことだけを考えて相手を傷つける。そしていつか、全てがなくなる。でもぼくはそんな醜い人間そのものが、大好きなんだ。だから滅びてほしくない。滅びないようにするには、ぼく自身がこの大陸を制圧して、管理する。滅びないように、繁栄しすぎないように」
『君はこの世界の神ではないのだぞ』
「分かってる。でもそれがぼくの選んだ道だ。ぼくのやろうとしていることが神になることなのだとしたら、ぼくはこの世界の神になる。そして、この世界の人間たちを死なせることなく、永遠に生き延びさせる。ぼくはもう、滅びるところなんか見たくない」
『私と訣別してもか』
「お前と訣別してもだ、世界記」
 そして、ウィルザは蒼く光る珠に向かって言う。
「今までありがとう。お前のおかげでここまでやってこられた。でも、ぼくはもう自由だ。ぼくはもうお前の命令にも指示にも何にも従わない。ぼくはこの世界の人たちのために、そして何よりぼく自身のために残りの命を費やしてみせる!」
『──そうか。残念だ』
 ふわり、と蒼い珠が浮く。
『君がその選択をしないことだけを、私は願っていた』
「世界記?」
『私の記録にその娘のことが書かれていなかったのは、別にその娘がマ神のヨリシロだったからではない。その娘のことを、君が思い出さないように、気にしないようにするためだ。
「じゃあ世界記は、ルウのことをぼくに教えないようにしていたのか?」
『そうだ。君はかつて、彼女の前世に先立たれ、すべての世界を滅ぼそうとした。いや、君の選択で既に多くの世界が失われた。その罪をあがなうために君は世界を救うという罰を与えられた。君はまた、同じ罪を背負うつもりなのか?』
「ぼくは今でも、その罪を背負っているのかい?」
 尋ねると、世界記は否定した。
『君はもう、すべての罪を許されている』
「それならぼくは、自分の意思で行動するよ」
 ウィルザは力強く言う。
「同じ罪を犯すのは仕方がない。同じぼくなんだ。愛する者を失ってしまった悲しみで世界を滅ぼそうとしたぼくの気持ちはよく分かる。今、ぼくからルウを取り上げられたら、ぼくは同じように世界を滅ぼそうとするかもしれない」
『決断は、変わらぬのだな』
「変わらない。ぼくは、ルウと、共に行く」
『──残念だ』
 すると世界記が、ふわり、と浮き上がった。
『ならば、君とは敵同士となる』
「そうだね。お前の世界を賭けて戦うのは申し訳ないと思っている。お前は本当にぼくのパートナーだったし、その信頼は今も変わらない。でも、ごめん。もしお前がぼくのことを少しでも思ってくれるなら、ぼくの選択を認めてくれ」
『好きにするがいい。君はもう自由なのだから』
 そして、別れの言葉もなく、世界記は消え去った。
 どこへ行ったのか、そして何をなすのか。
 いつかは自分の前に世界記が立ちふさがるかもしれない。だが、それは今すぐのことではない。
「ルウ」
 そしてウィルザは彼女を抱きしめた。
「ぼくはもう、全てを失った。これからは君を守り、君の理想を実現するためだけに生きる。それがぼくの新しい道だ」
「嬉しいわ、ウィルザ」
 彼女は両腕をウィルザの首にまわして、口づける。

 マ神と、その下僕。

 グラン大陸に、彼らが嵐を起こす日は、そう遠くなかった。






 紅い珠を失い、ただひとりとなった蒼い珠は、空間を飛びこえて移動する。
 八一〇年末。
 蒼い珠が取り付くべき相手は、一人ではない。
 もう一人。
 歴史の裏側を歩んでいる男がいる。
 その人物ならば、マ神とウィルザを止められる可能性がある。
『しかし、解せん』
 世界記は思う。
『何故、ウィルザの罪は突如許されたのか』
 そう。彼があの選択をする直前まで、彼の罪は許されていなかった。それなのに、あの選択のとき、何故か彼の罪は許されていた。
 それは世界記には分からないし、他の誰にも分からないこと。
『だが、彼がこの世界の敵となるというのなら、私はそれを止めなければならない』
 そして世界記は、レオンの下にたどりついた。
『まさか』
 そこで世界記は気づく。
 ジュザリアの混乱を解決した男。
 それは、世界記と、そして空を行く者たちが作った体。
『レオン、だな』
 ジュザリアにいたレオンに世界記が話しかける。
「誰だ?」
『上を見ろ。私がそこにいる』
 ジュザリア王宮の天井。そこに浮遊していた世界記を見て、目を細める。
「何者だ?」
『私は世界記。この世界の歴史を滅びから救うもの。そしてお前も同じ』
「同じ?」
『そうだ。お前は、この世界を救うためだけに作られた人工生命体だ』
 レオンは顔をしかめる。
「作られた体、か。ならば俺はそのために記憶を奪われたということか」
『違う。お前の体にはそもそも意識など存在しない。今のお前に意識があるとすれば、それはその体に別の意識が憑依しているにすぎない』
「では、俺の意識はこの体のものではないと?」
『そういうことだ。だが、その記憶はどうやらガードがかけられている。今この場ではまだ記憶を回復できないようになっている』
「どういうことだ」
『記憶を取り戻すには、お前は完全なザ神とならなければならない』
「完全なザ神?」
『今、お前はザ神の力を三つ、手に入れている。最後の一つの力を手に入れるがいい』
「だが、その場所を俺は知らん」
『お前のパートナーが知っている』
 言われてレオンが思い出したのはバーキュレアだったが、もちろん彼女がここにいるはずもない。
 ならば、今のパートナーは。
「サマンか? あいつが知っているのか」
『知っているはずだ。ウィルザがその場所を聞いたときに、彼女もその場にいたからな』
「ちっ、知っているなら先に言え」
 レオンが舌打ちする。
「それなら、俺がザ神となれば記憶を取り戻せるのか?」
『取り戻せるだろう。だが、一つだけ必要な作業がある』
「それは?」
『お前が、ウィルザに会うこと。それが最後に記憶を取り戻す鍵だ。だが、その前にお前はザ神になっておく必要がある』
「面倒なことだな。それに、もう一つ聞いておきたい。さきほどザ神が俺に話しかけてきた。そうしたら、俺が記憶を取り戻すにはまだ早いと言われたが」
『ザ神になる前に記憶を取り戻すことだけは避けたいということだろう』
「なるほど。なら、ザ神に会ってさっさと力を手に入れることにしよう」
 レオンがそう答えると、世界記はその左肩に止まった。
「何のつもりだ?」
『私も同行しよう。そして君は、ウィルザの代わりにこの世界を救うことが義務づけられた。君は私の持つ知識を全て利用して、ウィルザを倒すのだ』
「ウィルザを倒す?」
 その言葉がレオンにとっては何より気になる内容だった。
「どういうことだ」
『ウィルザはマ神についた』
「なに?」
『ウィルザはマ神の下僕となり、マ神がこの世界を征服するのに協力することになった。私はウィルザとマ神を止めなければならない。それができるのはお前だけだ』
「ウィルザは何故、マ神についた?」
『ルウという少女。彼女はマ神のヨリシロだった。今はマ神とルウという少女が一つの体に同居している状態だ』
「なるほどな。世界よりも女を選んだか」
 少しの説明でしっかりと把握している。理解力が高い。
「ウィルザは何をしてくるつもりだ?」
『アサシナ、ガラマニア、マナミガル、ジュザリア。どの順番かは分からないが、すべての国を制圧しに来るだろう。そしてゲ神、ザ神を問わず、すべてを支配下に置く。未来永劫、ウィルザはこの大陸を制圧し続けるつもりだ』
「そいつは大変だ」
 レオンは軽く答えてから考える。
 ウィルザという人間は、決して大陸のためにならないことはしない人間だった。それがもし、大陸に害をなすというのなら、二つ、考えられることがある。
 一つはマ神に洗脳されたという可能性。
 もう一つは、一見、大陸に害をなしているように見えて、それが大陸を守る道につながっているという可能性だ。
 世界よりも女を取った、というようには見えるが、そんな簡単なことで自分を捨てるような男ではない。サマンの話や今までに聞いた話では、決して自分の信念を曲げるような人物ではない。
(早く会って、何を考えているかを問い正さなければな)












 世界滅亡まで、あと十五年。







ウィルザはマ神につき、世界の征服を企む。
レオンはザ神の力を求め、世界の救済を願う。
マ神の軍がグラン大陸へ侵攻していく。
その、最初の標的となった国は。

『君には感謝している。死にたくなかったら、すぐに逃げるんだ』

次回、第四十話。

『ガラマニア侵攻』







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