レオンとサマンは緑の海へとやってきていた。
 もちろん、ウィルザが次に攻めてくるガラマニアのことは気になっている。だが、今のウィルザと戦っても必ず勝てるという保障はない。ならば先にすべきことは、自分の力を上げること。
 そのためには緑の海にいる最後のザ神に会わなければならなかった。
 世界記の話によれば、現在のマ神は他の神々を殺すつもりはないということらしい。したがってザ神やゲ神が滅ぼされる心配はない。それを考えると急ぐ必要はない。
 だが、一分一秒を争うことはなくとも、一年、二年と経っていけばウィルザが各国を滅ぼしていくのだ。ガラマニアを捨てることが最終的には被害を抑えることになるのだと信じての行動だ。
 自分に取り付いた世界記も、自分の行動を制限することはない。考えるのは自分の役割だということだ。あくまでも世界記というのは無限の情報を持つだけの存在。
「この先に神殿があるのよね」
 サマンの質問に首をかしげる。
「お前がここに神殿があると言ったんだろう」
「いや、そうなんだけど。でもずっと前の記憶だし、あまり自信ない」
「もし違ったら」
「違ったら?」
「……ただですむとは思ってないよな?」
 少し声を低くするだけで、サマンは震え上がったらしい。
「情報提供者にその仕打ちはないんじゃないかな?」
「安心しろ。世界記がかまわないと言っているんだ。間違いはないだろう」
 そう答えるとサマンはレオンの左肩を見る。
「そこに本当にいるの? 世界記、っていう人」
「人じゃないだろう。だが存在しているのは確かだ」
「見えないとそこにいるっていうことが分からないんだよね。ウィルザとずっと一緒にいたんだって?」
「世界記はそう言っている」
「うーん」
 サマンは少し思い返すようにする。
「そういえば、ウィルザと最初に出会った頃、突然言われたことがある」
「何をだ?」
「死にたくなければついてくるな、みたいなこと」
「なるほど、お前は世界記の中では死ぬことになっていたということだな」
「うわ、嫌なこと言うのやめてよ」
「で、どうなんだ、世界記」
 すると左肩の相棒はそれに正確に反応する。
『お前の推測は正しい。サンザカル事件でその娘は死ぬところだった』
「人が死ぬ運命を変えたということか。たいしたものだな」
 たいしたものだというのはもちろんウィルザに対する評価だ。それだけの男が敵になるというのだから、今までのようにはいかない。
「でも、アタシ、思うんだ」
 サマンは笑顔で言う。
「今日より明日が、明日より明後日が、もっといい一日になる。だからアタシたちは生きていけるんだって。たとえ死ぬ未来があったって、そんなのはアタシたちで変えていけるんだって。ウィルザはそれを実際に見せてくれた。だからアタシたちだってできないことはない」
「だそうだが、世界記?」
『否定はしない』
 世界記は無機的に答える。
『運命は変えられる。そう信じているからこそ、我々も運命を変えるためにこの戦いに臨んでいる』
「ほう、お前たちにもそういう意識はあるんだな」
『我々は世界を守り、導くのが役目だ。それを果たそうとする意識はお前たちよりも強いかもしれんぞ』
「意思の強さなんか問題じゃない。やるかやらないか、それだけだ。俺もサマンもお前も、同じ気持ちでいるならそれで充分だ。違うか?」
『お前は面白い男だな』
 今の答は世界記にとって満足のいくものだったらしい。
「レオンばっかり世界記と話してずるい」
「ウィルザだってそうだったんだろう?」
「でも、ウィルザは世界記がいるっていうこと、教えてくれなかったから」
「隠していたのか。無駄なことをする男だな」
 あっさりと切り捨てるレオン。思わずサマンが笑った。
「何それ」
「お前は世界記のことを教えられて、何か問題があったか?」
「ないよ、何も」
「そういうことだ。世界記の存在を仲間に教えて共に考えればよかったんだ。それの何が悪いというのか」
『我々の存在をマ神に気取られるわけにはいかなかった』
 世界記がウィルザをフォローする。
『もっとも、こうなってしまっては意味がないがな。ウィルザはマ神についた』
「確かに」
『お前の使命は、ウィルザを倒すことだ』
「一つ聞きたい」
『何だ』
「お前は、かつての相棒を殺すことにためらいはないのか?」
 隣を歩いていたサマンが驚いた表情をレオンに見せる。
 もちろん、話している相手が世界記だというのは分かっている。だが、今の質問は、あまりに。
『抵抗がないと言えば嘘になる。はるか永い時を共に過ごしてきた相手だ。情はある』
「それなのに倒していいのか?」
『ウィルザはその覚悟をもって私と袂を分かった。それなのに私が未練を持っていては、彼に顔向けができん』
「ほう」
 レオンもまた、少し唇を上げる。
「お前も案外、まともな奴なんだな」
『自分はそう思わない。君たち人間にとって、私のような考え方をする者は気味が悪いだろう』
「違うな。お前は長く時を生きてきたせいで、たかが数年のつきあいでしかない相手のことなど覚えられないだけだ。関わりが深い奴のことを大事に思うのは当たり前の感覚だろう。人間だってそうだ。一日しか会ったことのない奴と、何年も一緒にいる相手と、どちらが大事だといえる」
 隣でサマンが少し悲しそうな表情を見せる。
『確かにそうだが、あまりそういう言い方はするものではないな。それだとつきあいの長さだけが大事だと聞こえるぞ』
「長さ短さは大事な要素だ。もちろんそれだけじゃないけどな。俺はバーキュレアに出会ったとき、彼女と一緒にいるという選択肢を心から望んだ。そしてその願いは時間が経つほど強まった。そして今、彼女を失って途方にくれている。もし最初の段階で一緒に行動していなければ、今頃俺はバーキュレアのことなど思い出せずにいるに違いない」
 長さが全てではないが、大事な要素。確かにレオンの言葉に間違いはない。
「もう一つ、大事なことがあるよ」
 だが、その彼の言葉にサマンが付け加えた。
「何だ?」
「今」
 それが答なのだとレオンは一瞬分からなかった。次の言葉を待って、それが得られないものだとわかってようやく答だということに気づく。
「今?」
「そう、今。私もいろんな人と行動してきた。世界記もウィルザと行動してきた。レオンはバーキュレアさんと。でも、今ここにいるのはこの三人。ここにいる人のためにって思うのは大切なことなんじゃないかな」
「ほう」
『ふむ』
 サマンの言葉にふたりが頷く。
「お前に教えられるとは思わなかったな」
『さすがに歴史に関わる者は、誰も一筋縄ではないということか』
 世界記の言葉をそのまま伝えると、サマンは少し首をかしげた。
「アタシがまともなこと言うのがそんなにおかしいかな」
「いや、意外だっただけだ」
「同じことじゃない!」
 もう、とサマンが膨れて先に行く。やれやれ、とレオンはその後に続いた。







第四十二話

緑の海の真実







 二人はそのまま歩き続け、緑の海の神殿にようやくたどりつく。
 神殿の内部に入り、ザの御柱を見上げてレオンが言う。
「俺に今まで呼びかけてきたザ神よ。ようやくたどりつくことができた。俺の前に姿を現せ」
 すると突然周囲が暗闇に覆われる。どうやら神の領域に入ったようだ。
「お前がザ神か」
「はい。ようやくここまで来ていただけたのですね、レオン」
 それは女性のような口調だった。神にも性別があるということか。
「最初からここに呼び出せばよかっただろう。そうすればすぐにでも来たものを」
「いえ。それは私たちには許されていないのです。私たちは自らの意思でたどりついたものにだけ、力を与えることができますから」
「俺の記憶が戻らないのもお前たちの仕業か?」
「さすがですね。ただ、私たちがあなたの記憶を奪ったわけではありません。記憶が戻る方法を知っていますし、それを先延ばしにするためにいろいろと小細工もしました。ですが、あなたの記憶がないのは当然のことなのです」
「何故だ」
 だが、ザ神は少し間を置く。
「先に、あなたに力を授けましょう」
 強引に話題を逸らした。
「何故話を続けない」
「理由はいろいろありますが、一番はあなたがザ神とならなければ、真実があなたの体と心を分かつ可能性があるからです」
「真実か」
 挑戦的に、レオンはザ神を睨みつける。
「いいだろう。四つ目の力を寄越せ。俺はザ神になる」
「レオン」
 だが、サマンがその腕を取る。心配するな、とレオンはその肩を叩く。
「いいのですね?」
「お前が言ったんだろう。ザ神の力を全て手に入れ、俺自身がザ神となる。そうしなければ記憶を戻すことはできない、と」
「はい」
 するとザ神の御柱がにぶく輝く。
「これが、最後の力です」
 最後の力がレオンの体内に入り、はじける。
「あなたはザ神となりました。機械の心を手放さぬ限り、あなたが活動停止することはありません。また、機械の心を再び組み込めば、あなたは何度でも蘇ることができます」
「どうでもいい話だな、そんなことは。知りたいのは俺の記憶、俺の過去だ」
「──おかしいと、思いませんでしたか」
 突然話をふられる。いったい何が、とは聞かない。
「あなたは最後の一年、ウィルザを追いかけていた。追いかけて、そして最後、届かなかった。何故一日遅れたのか。何故どこまで追いかけても追いつかなかったのか」
「偶然ではないと?」
「違います。あなたとウィルザを会わせるわけにはいかなかった。だから私たちザ神によって足止めをしていたのです」
「何故だ?」
「ここまでヒントをあげても、お分かりになりませんか?」
 言われて少し考えてみる。推理は面倒だが、必要とあれば行う。
 ザ神が自分たちが出会うのを妨げていた。そしてもう一つ、自分の記憶が蘇ることを先延ばしにしていたとも言った。
 つまり、それが同じベクトルを向くということは。
「ウィルザに会うと、俺の記憶が戻るのか?」
「その通りです。一目見れば分かります」
「何がだ?」
「あなたの意識が、その体に入り込んでいるということにです」
 自分の意識が、この体に?
「──情報がほしい。世界記」
『なんだ』
「この体は、俺のものではないのか」
『違う』
「では、何だ」
『私やニクラの人間によって作られた人造人間。その完成品だ』
「なるほど、そうか。俺は、作られた存在だったのか」
 だとしたらこの体が人並みはずれた性能を備えているのがよく分かる。そのために作ったのだとしたら当然のことだろう。
「だが、それならどうしてウィルザに会った途端に分かるんだ?」
「それももう、あなたならお分かりになります」
 ザ神が疑問をそのまま投げ返す。やれやれとため息をついて考える。
 この状況で分からないことはたった一つ。
 この体は作られたもの。ということは、本来この体に精神などというものはなかった。
 あるように見せかけられているのは自分の存在のせい。
 その自分はでは、どこから来たのか。
 そして、ウィルザに会えば分かるということは。
「つまり、俺の意識はウィルザが今使っている体のもの、ということか」
「そういうことです。ウィルザもまた世界記と同じように、精神だけが数多の世界を渡っていく存在です。それが都合よく、精神の離れた肉体を手に入れた。それが、あなたがもともと活動してきた『トール』という男性の体です」
「トール。それが俺の名前か」
 一度も聞いたことがない名前。それなのに、不思議と心に響く。
「懐かしい気がしてくるあたり、俺もヤキが回っている」
「いえ、懐かしく感じるのは当然です。あなたはかつてそう呼ばれてきたのですから」
「ザ神にならずにウィルザに会ったらどうなるところだった?」
「さまざまな結果が考えられますが、一番望ましくないのは、ウィルザのもとに意識が戻ろうとして、あなたの意識がその体から出てしまうことです。今、あなたの元の体にはウィルザがいるからあなたの入り込む余地はありません。結局あなたはどの体にも入れず、死ぬことになってしまう」
「それは確かに望ましくない。ザ神ならそれを防げるんだな?」
「はい。ザ神というのは精神で生きるものではありません。記憶はメモリーに保存され、プロテクトがかかります。結果、あなたの精神はザ神の体から出ていくことはなくなります」
「ならいい」
 レオンは一度話を区切る。それから他に聞いておきたかったことはないかと思い返す。
「お前にマ神の倒し方を聞いても、無駄だろうな」
「はい。私たちはマ神によって造りかえられた存在。残念ですが、自分より上位のものを倒す方法はありません」
「ではこう尋ねよう」
 トールは聞きかたを変えた。
「マ神を封じる方法はないか?」
 ザ神はしばらく躊躇していた。が、やがて答えた。
「あります」
「どうやればいい」
「今の私からそれを伝えることはできません」
 そしてザ神はさらに言う。
「アルルーナに会って、協力を仰ぎなさい」
「アルルーナ? アサシナに行けってことか」
「いえ、アルルーナは今、行方不明です。どこにいるかは分かりません。ですが、マ神を封じるのであれば、必ずあなたの助けとなってくれるでしょう」
「分かった。なら、しばらくはウィルザによるマ神軍の侵攻を防ぐのが任務になるな」
 世界記に攻略順が書かれている。今年はガラマニア。来年はジュザリア。そして再来年がマナミガル。
「ジュザリアに戻るぞ、サマン」
「了解」







目的を果たし、ジュザリアへと戻るレオンとサマン。
年が明け、ついにマ神の軍がジュザリアへと攻め込んでくる。
圧倒的兵力の前になすすべもなく崩壊するジュザリア軍。
そして、二人の英雄がついに、戦場で顔を合わせる。

『俺は今、殺したいほどお前が、憎い』

次回、第四十三話。

『ジュザリア侵攻』







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