八一二年、六月。
ついにマ神の軍はジュザリアへ攻め込む。一昨年の末に起こったイブスキ動乱からようやく立ち直ったかと思った矢先の出来事だ。
ジュザリアはそもそもガラマニアほどの国力がない。軍隊も弱い。この寡兵でマ神の軍を破ることなど不可能だ。
だとしたら考え方を変えるしかない。
「簡単なことだ、国王。敵の首魁を討てばそれで終わる。つまりウィルザを倒せばそれでいい、ということだ」
「ぬ、う……」
ジュザリア王リボルガンは顔をしかめる。
「だが、本当にウィルザ殿が攻め込んできたのか。彼がマ神に協力するなど」
「残念ながら事実だ。事実を受け入れたくなくて滅びたいというのなら止めるつもりはないが」
イブスキ動乱でリボルガンを救ったのはこの二人だ。それが一年間ジュザリアを留守にし、戻ってきたときには『マ神軍を率いるウィルザが攻め込んでくる』というのだ。
そしてとうとうマ神軍がやってきた。レオンの予言通りに。
「ウィルザ殿が私を殺すのは、ルウ殿が連れ去られたせいなのか?」
「結果論で言えばそうだが、感情的な話なら違う。ウィルザはそんな短絡的な男じゃない。このグラン大陸の完全支配こそがあいつの狙いだ」
「大陸の支配か」
リボルガンの表情がくもる。
「いったいなぜ、ウィルザ殿がそんなふうに変わってしまったのか」
「たいした理由じゃない。好きな女を守るためだ」
だが、その感情は決して馬鹿にできるようなものではない。結局人間は情に生きる動物なのだ。
「それで、どうすればいいのだ?」
「世界記」
『うむ。リボルガン王が殺されるのはこの部屋だ』
私室。確かに暗殺の舞台としては適切だ。
「王がこの部屋から逃げたとしたら?」
『今のところ、歴史に修正される要素はない。いずれにしてもこの場所ということが分かっている』
「わざわざこの場所ってことは、秘密の通路が怪しいな」
「でもいざというときのために逃げ道はあった方がいいよね」
「ああ。マ神軍がこの通路に気づいているかどうかで判断を変えるところだな。城内に攻め込んできたというのならこちらから逃げるが、ウィルザがここに乗り込んでくるなら、この通路から来る方が手っ取り早い」
「陛下!」
部屋に兵士が入ってくる。
「マ神軍、都市を完全に包囲しました。まだ攻撃の様子はありません」
「早かったな。まずは様子を見る。全員、所定の位置に待機」
「かしこまりました!」
兵士たちが去ってから、レオンは首をかしげる。
「いやな感じだな」
「うん。もしかしたらウィルザは、消耗戦にするつもりかな」
今のやり取りで、何故そんなことが二人に分かるのか。
「どういうことじゃ」
「そもそも季節がおかしいと思ったんだ。収穫前の六月。この時期にジュザリアを包囲したということは、収穫まで仮に持ちこたえたとして、二ヶ月を凌がなければならない。一番食糧が少なくなったこの時期にな」
「では、収穫までの二ヶ月、兵糧攻めにするということか?」
「そのためにジュザリアを包囲、間断なく攻撃することでこちらの消耗を早めようとしているのかもしれない」
「あと、水も」
サマンがそちらの方が深刻だという顔をする。
「ジュザリアの町に流れ込んでくる川。これをせき止められたら、もうおしまい」
「もう既に手を打っているだろうな。だとすると打つ手は二つだ」
「どうするのだ?」
「一つは篭城。だが時間が経てば経つほど不利になる。こちらの我慢がピークのときにウィルザが攻撃をしかけてくるだろう。最悪の手だ」
「もう一つは?」
「全滅覚悟で、今すぐ攻撃を仕掛ける。敵はこちらが消耗戦をしかけられていることに気づいたとは、まだ思っていないはずだ」
「兵たちに、死ね、と言うわけか」
リボルガンが顔をしかめる。
「どうせ死ぬなら起死回生の一手にかけるのもいいだろう。それに、乱戦になってくれた方が敵の首魁は討ち取りやすい」
「ウィルザ殿を戦場で倒す、と?」
「それが一番だ。だから本当に勝負は一日で終わる。ジュザリアが滅びるか、生き残るかは全て俺がウィルザを殺せるかどうかにかかっていると言ってもいい」
「できるのか?」
「一対一なら勝てる。その状況を作り出すには、今しかない」
リボルガンは悩んだ。
確かに現状では他に方法もない。
だが、負ければジュザリアの民は全て滅びる。
それならば一ヶ月でも二ヶ月でも、滅亡は先延ばしにしたい。
(時間が経てば経つほど、勝つ見込みはなくなるのか)
やるしかない。今しかないのだ。
「分かった。準備をどうすればいい」
「ああ。まず町の人間は全部城に入れる。町は捨てるぞ」
「町を捨てる?」
「そうだ。ジュザリア軍のほとんどを敵主力にぶつけるんだ。余剰人員はない。町に入り込んでくる敵を止めるだけの防衛はできない。だが、城に限定すればそうでもない。堀があって、守るにふさわしい。少数の人数でも充分に守れる」
「なるほど」
「そうと決まれば早速準備だ。国王の指示が必要だぜ」
「うむ。覚悟を決めねばなるまいな」
そうしてリボルガンは施政者の顔つきに戻って部屋を出る。
「レオン。勝てるよね、あたしたち」
「ああ。運命が変えられることを証明したのはお前だろう。頼りにしているぞ、運命の女神」
「あたし?」
「他に誰がいる」
「そ、そんな大それたもんじゃないと思う」
「安心しろ。別にお前に何かしてもらうわけじゃない。お前はただそこにいればいい」
「そこに?」
「ああ。ウィルザの奴だって、ずっと一緒に旅をしてきたお前がいれば少しは動揺するかもしれない。相手に油断があればやりやすくなる。お前がいないと駄目なんだ」
「レオン」
言われて、サマンは不敵に笑った。
「任せて。必ず役に立ってみせるから」
そしてサマンはレオンの手を取った。
その手からぬくもりが伝わる。既にザ神となったレオンにも、血は流れ、心が存在する。
「期待している」
「うん、がんばる」
そして。
ジュザリア決戦が、幕を上げる。
第四十三話
ジュザリア侵攻
ジュザリア兵が一気にマ神軍に攻め込む。
先手を打たれるとは思っていなかったのか、マ神軍は最初動揺し、ジュザリア軍から打撃を受けた。だが、そこは命令一つで動く黒童子たち。すぐに反撃をすると、一進一退の攻防となった。
となればあとはレオンとサマンが敵首魁を討つかどうかの問題。二人は戦場を大きく迂回して敵の背後に回る。そして本陣を一気につく。
「黒童子はもう俺の敵ではない」
あっさりと二体の黒童子を倒す。そのままレオンが敵陣に入る。
「どこにいる、ウィルザ!」
大きく声を上げる。ウィルザは必ず挑発に乗ってくるはずだ。
大陸の裏を歩んできた自分を、必ず確認しにくるはずだ。
「ここだ」
その本陣から、黒い鎧を身にまとった男がゆっくりと歩いてくる。
「君がレオンか」
「お前がウィルザか」
ついに。
歴史の表と裏を歩いてきた二人が邂逅した。
その瞬間だった。
(そうか)
既にザ神から説明を聞いてはいたが、それがこうして実物を目にしたら分かる。
「ようやく、分かった」
レオンが歯を食いしばって耐える。
「俺が誰なのか。確かにザ神の言った通りだ。ウィルザ。お前に会えば思いだせると言われた。当然だ。その体はもともと俺のものなんだからな」
「何?」
「俺はトール。お前の体の、真の持ち主だ」
言われた方のウィルザは目を丸くして、それから吹き出した。
「何が面白い」
「いや、まさかトールの魂が生きているとは思わなかった。死んだと思ったからこの体をもらったんだが、どうやら君に体を返した方がいいのかな」
「そのつもりもないくせに、よく言うな」
「まあ、確かにこの体を返すつもりはないけどね。この体で既にゲの力を三つ、手に入れている。それを手放すつもりはない」
「お前にはいろいろと聞きたいことがあった」
レオンはまわりの黒童子を牽制しながらウィルザと会話を進める。
「世界記からある程度のことは聞いている。自分の女と一緒にいるためにマ神についたというが、事実か」
「半分は」
「残りの半分は?」
「人間の未来に希望が持てなくなったからだ」
ウィルザが黒童子たちに待機命令を出してレオンとの会話を続ける。
「意味が分からんな。未来など、未来の人間が決めればいい」
「その結果、人間が滅びてしまったらどうなる?」
「それも人間の選んだことだろう。俺は自分が滅びるつもりもなければ、神に支配された生き方をするつもりもない。俺は俺の信じるままに生きる」
「君は立派だな、レオン。だが、普通の人間というのはお前とは違う。人間同士で争い、そしていつの日か自らを滅ぼす。ぼくは人間に滅びてほしくない。だからマ神についた」
「なるほど、そういうことか。よく分かった」
それだけで話が通じるのはこの二人だったからだろう。
人間に滅びてほしくない。だから人間を支配し、管理する。滅びないように。圧倒的な力で。
だからこそマ神の力が必要だというのだろう。
「それがお前の望みならば、自分の信じる道を進めばいい」
「君はどうするんだい?」
「決まっている。俺は俺の信じる道を進む。その道を進むには、お前は単なる障害だ、ウィルザ」
剣を握る力が強まる。
「もともとお前の名前を聞くたびに、いろいろな気持ちがこみ上げてきたものだ。だが、今はこれまでとは全く違う感情がふつふつとわいてくる」
「それは?」
一呼吸おいて、レオンが言う。
「俺は今、殺したいほどお前が、憎い」
「奇遇だな」
そしてウィルザも握っていた剣に力がこもる。
「ぼくもだよ。君は絶対にぼくの前に立ちふさがる一番の障害になる。絶対に君だけは生かしておくわけにはいかない」
そしてついに、二人が対峙する。
「待って!」
その二人に声をかけたのはサマンだ。
「ウィルザ、目を覚まして。神が人間を支配しようだなんて、何か間違ってるよ。神は人間を導き、人間は神の庇護の下で生きる。でもそれは支配なんかじゃない!」
「じゃあサマン。支配じゃなければ何だっていうんだい?」
「支配じゃなければ?」
「この世界の人間は、ザ神やゲ神の庇護を受けなければ生きていけない。とても脆弱で、とてもはかない。もしも神が全て死に絶えたらどうなる? 答は簡単、人間は死ぬしかないんだ。でも、人間はそんなことがなくても、たとえ神がいたとしても、自分たちで自分の死を選ぶことができるんだよ」
「そんなことないよ! どうして信じられないの? ウィルザだって私たちと一緒に生きてきたじゃない。信じられないはずがない!」
「信じられないよ。だってぼくはそれを『見て』しまった」
ウィルザは感情のこもらぬ瞳を向ける。
「それは、こことは別の世界。マ神が滅び、ザ神とゲ神が存在し、人々が暮らしていた世界。でもその世界で人間はお互いを殺し合い、そして誰もいなくなってしまった。ぼくはあんな世界を生み出すつもりはない。たとえどれほど辛くても、苦しくても、明日にはきっといいことがあると信じて生きていく未来。滅びることのない世界。ぼくは必ずそれを作り出してみせる」
「たくさんの人を殺すことになるのに?」
「ああ。覚悟はできている。ぼくは人間という種が生き残るためなら、人間の半分でも九割でも殺してみせる。そのかわり人間を死滅させることはしない。必ず生き延びさせてみせる」
「下衆が」
レオンが吐き捨てた。
「人と違うものを見たからって、人類の救世主気取りか。腐ってやがる」
「何とでも言うといいさ。ぼくは人間が死んだ世界なんか見たくない。それだけだ」
「だったら死ねばいいだろ。生きてるから余計なことを考える。お前の余計な親切を勝手に人間に押し売りしてるんじゃねえ。今すぐ死ね。未来は俺たち人間が勝手に決める」
「随分と嫌われたものだ」
ウィルザも吐き捨てる。
「君とは仲良くなれないとは思っていた。でも、もう一つの世界ではきっと気に入らないながらもうまくやっていたと思う。そう思うとここで決着をつけなければいけないのが残念だよ」
「残念などであるものか。お前さえ殺せば全ては終わる。さっさとこのくだらない物語に決着をつけてやる」
もはや、二人の耳にサマンの声は届かない。
これは、お互いの信念の戦い。だから決して響かない。
間違いを認めることがあるとするならば。
「力で叩き伏せるだけだ」
「やってみるんだね。君にぼくは殺せない」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる!」
ウィルザとレオン。
これから先、長く続くであろう、二人の最初の戦いが始まった。
邂逅した二人。そして蘇る記憶。
別の選択をしていれば協力したはずの二人が、今は敵として戦い合う。
罠にかけたのははたして、ウィルザなのか、レオンなのか。
二人の最初の戦いは、意外な展開を見せる。
『ぼくは世界記の限界を知り尽くしている。頼り過ぎると痛い目を見るよ』
次回、第四十四話。
『ジュザリア壊滅』
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