斬撃は、レオンの方が速い。
 さすがにその威力、スピードを目の当たりにしてウィルザは衝撃を受けた。自分もゲ神の力を三つまで手に入れているというのに、それを上回るこの男の力はどういうことなのか。
「ザ神の力、何個手に入れたんだい?」
「四つだ。貴様が三つ。これがどういうことか、分かるな?」
 レオンが剣を翻す。充分以上に距離をとって、ウィルザがその剣を回避する。だが、それを待っていたかのようにレオンが突進した。そして剣を交差させる。
(強い!)
 単純な力比べにはならない。神の力をいくつ手に入れているか。それは明確な力量の差となって現れる。
(これは、ぼくの方が相手を見くびっていたな)
 五分の戦いができると思っていた。だが、これでは五分どころか、一分の勝機すらない。
「俺は、乱戦になれば勝てると思っていた。それは、お前を戦場で討つ機会ができるからだ。そして一対一ならば俺は負けない」
 レオンはさらに力を込める。圧倒的な力の差にウィルザが追い込まれていく。
「大地の叫び!」
 だが、その近距離でウィルザはゲの魔法を放つ。その直撃を受けたレオンがひるんで後退するが、無論魔法勝負でもレオンの方が上だ。
「ビーム!」
 左手から放たれた熱光線がウィルザのいた場所を焼き払う。なんとか回避したが、その熱量で体が火傷した。なんという力の差。
「死ね!」
 逡巡している間にレオンが迫る。回避するも、その剣閃が自分の体を掠めていく。
「この程度か!」
 必殺の一撃が上から迫る。
(くそっ!)
 上から振り下ろす方が重力加速度の分だけ勢いが出る。下から振り上げるのは力の上でも不利。ならば。
「うおおおっ!」
 振り下ろされるより早く相手にタックルする。その勢いで二人とも剣を手放す。ウィルザは素早く魔法を放つ。
「雷神撃!」
 接近した状態での電撃放射に、さしものレオンもたまらず呻く。もちろんこれだけ至近距離となると自分にもダメージが跳ね返ってくる。
「くっ」
 そして二人は距離を置いた。既にお互い肩で息をしている。たった少しの時間しか経っていないのに、この疲労度はお互いかつてないほどだった。
「ぼくの、ルウを守りたいという気持ちはこんなものじゃない」
 ふう、と一息ついてウィルザは気を溜める。
「このままだと勝てそうにないから、最後の力、手に入れさせてもらうよ」
「なに?」
「正直、ルウと共にいるためには神になるよりも人間のままでいた方がいいとずっと思ってきた。でも、このままだと勝てないから、ぼくも最後の力を手に入れる」
「ゲ神の四つ目の力か? だがここにゲ神はいない。残念だったな。お前の命ももう終わる」
「ゲ神?」
 ふふっ、とウィルザが笑う。
「マ神についたぼくが、今さらゲ神の力なんて必要とすると思っているのなら大間違いだ」
 そしてウィルザは左手を高々と天にかざす。
「ルウ! ぼくは今こそマ神となろう! 君の力をぼくにくれ!」
 すると──はるか天空の彼方から一筋の閃光がウィルザの体に落ちる。
「……なるほど」
 レオンはさすがに失敗を悟った。
 ウィルザが力を手にする前に決着をつけられなかったことに。
「お前はゲ神になるのではなく、マ神になる道を選んだのか」
「そういうことだ」
 そのマ神の力を吸収したウィルザはもう、これまでのウィルザではない。レオンと同じ、既に人を超えた存在。
「さあ、勝負だレオン」
「いいだろう。お前の力を見せてみろ」
 お互い、落ちていた剣を取り直す。そして一瞬で間合いを詰めた。
 スピードは、互角。
「ようやく俺に追いついたようだな」
「冗談。ザ神はマ神によって作られた存在。ぼくの方が強いに決まっている」
 そして一合、二合と剣をあわせる。が、力も互角。お互いに引くところがない。
「さすがに何もなければ力は互角か」
「そういうことだな。行くぞレオン、これが受けられるか?」
 ウィルザは素早く左右に動いてレオンを惑わす。もちろんレオンはそんな技に軽々しく乗ったりはしない。動いているように見えるのは体だけで、ウィルザの重心は全く微動だにしていない。
 これは純粋な力の勝負ではない。力勝負なら永遠に終わらないほど、二人の力は拮抗している。
 ならば差が出るのは何か。決まっている。
 頭だ。
「俺を騙すつもりならそうはいかない」
 ウィルザのスピードがさらに上がり、一気にレオンに突きかかってきた。
「見切った!」
 剣を合わせてはじく。そして体が交錯するその体めがけて剣を振り下ろす。
 だがウィルザも体を持ちこたえると、振り返りながら剣を薙ぐ。お互い不安定な体勢で強撃しあい、反対側に弾き飛ばされる。
「くっ」
 だが、レオンの方がまだ余裕があった。一歩で体勢を立て直すと、まだ踏みとどまっているウィルザに向かって剣を繰り出す。
「終わりだ!」
 レオンの剣がウィルザの胸を斬る。浅い。だが、確実にダメージは与えた。
「馬鹿な」
 そのまま背中を地面につけるウィルザ。
「死ね!」
 レオンの剣が高く振りかかげられる。
「【闇の波動!】」
 だが、ウィルザはマ神の魔法を唱えてレオンを弾き飛ばす。負けられないのはお互い様だ。
「くそっ、油断した」
 レオンが体勢を立て直す。だがダメージは間違いなくウィルザの方が多い。押し切れば勝てる。
「ここまでだな」
 ふっ、とウィルザは笑う。
「さすがにこの傷ではお前には勝てない」
「なら、さっさと殺されてくれ」
「そういうわけにはいかない。ぼくは負けられないから。それに、君は一つ勘違いをしている」
「なに?」
「どうしてジュザリアが滅亡するか分かるかい? それは国が全滅するからじゃない。国王がいなくなって、求心力がなくなるからだ。イブスキ動乱で混乱しているジュザリアから国王がいなくなれば、もう崩壊したも同然なんだよ」
「だからお前を殺せばそれは止められる」
「もう遅い」
 ウィルザは笑みを絶やさない。
「何を」
『レオン』
 そこに、世界記が話しかけてきた。
『リボルガン王が、殺された』
 その言葉が、レオンの心に衝撃を与えた。







第四十四話

ジュザリア壊滅







「馬鹿な、ウィルザがここにいるのに何故」
「ぼくに仲間がいないとでも思っていたのかい? 頼りになる部下、マ神に使える同僚。ぼくにだって仲間はいる」
「ケインか!」
 迂闊だった。レオンは歯を食いしばる。まさかウィルザ以外の人間がリボルガン王を殺害に来るとは思っていなかった。
「何故、君が間違えたのか、教えてあげよう。それは君に情報が欠けていたからだ」
「情報?」
「そう。君の情報の入手先は世界記。おそらく書いてある内容は、このジュザリア戦争でリボルガン王が殺されるというようなものだろう。だから『誰が殺害するか』は書いていなかった。そして世界記から『ウィルザが敵になった』と聞かされた君は、ウィルザさえおさえればリボルガン王が殺されることはないと思い込んだ。自然に。それがそもそもの間違いなんだ。世界記にはすべてが書かれてあるわけじゃない。マ神に関することは基本的に世界記には反映されない。それを知っていたぼくは罠を仕掛けた」
「罠だと?」
「そう。ぼくが兵糧攻めにすると見せかければ、君は絶対に勝負をしかけてくると思っていた。実際、それしかジュザリアに勝機はないからだ。でも君が出てくるということはリボルガン王を守る者はいないということ。あとはぼくが囮になって君をひきつけ、ケインに国王を殺させればいい」
 すべて仕組まれていたということか。それも、自分がどう動くかまで頭の中に入れていたというのか。
 完全に、やられた。
「ぼくは世界記の限界を知り尽くしている。頼り過ぎると痛い目を見るよ」
「いや、まだだ」
 レオンは改めて剣を構える。
「リボルガン王は死んだかもしれん。だが、お前さえ倒せばマ神の力を弱めることができる」
「道理だね。でも、残念だけどそこまでだ。それ以上君は、ぼくに近づくことはできない」
「何?」
 一歩踏み出そうとして、その足が何か空中で固いものにぶつかった。
「怪我をしたぼくではさすがに君には勝てない。話にのった君の負けだよ。君の周りに結界を張った。君はあと一時間、その結界から出ることがかなわない」
「馬鹿な!」
 レオンは空中を叩く。が、そこには壁。何者も通さない目に見えない壁がある。
「くっ!」
 後ろも、左右もだ。完全に自分は閉じ込められている。
「若いね。君はぼくに話させず、一気に勝負を決めればよかった。そうすればぼくは君を封じることも倒すこともできず、殺されるしかなかった。君との第一ラウンドは君の勝ちでかまわない。ぼくは自分が負けてでも目的を達成する。その覚悟があるからね」
 ウィルザのその言葉は、確かに一対一では負けたことを意味しているが、逆に言えば戦略的には大勝利だったということを誇示するものだった。
「くそおっ!」
 だん、と壁を叩くがまるでびくともしない。
「じゃあね、レオン。次はマナミガルだ。来年、また会おう」
 そう言ってウィルザが振り返る。
 そこに。
「待って」
 両手を広げたサマンがいた。
「……悪いけど、よけてくれ、サマン」
「いや」
 サマンは絶対に通さないという意思でその場に立ちはだかる。おそらく、自分が剣を向けても、斬りつけても、自分からその場を譲るつもりはないだろう。
「ウィルザ。お願い、もう一度だけ、考えて」
「考えた。何度も何度も考えて、その上で結論を出した」
「嘘」
 ウィルザの言葉を嘘と断じる。
「ぼくが何も考えずにマ神に従ったと本当に思っているのか?」
「そうよ。ウィルザはきっと、まだ迷ってる。本当にこれでいいのか。でも、もう走り出してしまったから止められないでいる。走っている間は楽でいいよね。考えなくていいもん。でも、走り終わったときに、自分が思い描いていた未来と全然違うところにたどりついていたらどうするつもりなの?」
「マ神がこの世界を支配し、すべての人間が苦しい中でも真剣に生きている未来。それで充分だよ」
「それを見て、ウィルザが本当に喜べるとは思えない」
「嬉しいよ」
「嬉しいなら、どうしてそんなに辛い顔してるのよ!」
 ウィルザの顔が曇る。
「ウィルザが本当に正しいと思っているなら、もっといきいきとしてるはずだよ。私、ずっとウィルザのことを見てた。ウィルザがどんなに苦しいときだって、辛いときだって、そんな顔したこと一度もない。今のウィルザは迷っているのを、強引に隠そうとしているだけじゃない!」
 言われて、ウィルザは目を伏せる。
「なるほど、そうかもしれない」
 だが、そのサマンの言葉によってウィルザの心が逆に固まる。
「でも、ぼくは決めたんだ。もしこのまま人間をザ神とゲ神に任せておいたなら、はるかな未来に絶対滅びる。そんな未来を、ぼくは許さない。確かにぼくはマ神に支配される未来を望んでいないのだろう。でも、すべてがなくなってしまう未来よりはずっといい!」
「そうやって自分を言い聞かせるの!? 信じればいいじゃない! 人間を! 私たち自身を! 人間は確かに愚かで、ひどいことだってできる。でも、それがすべてじゃない! 悪いところばかりを見て、良いところを見ないのはフェアじゃない。人間が滅びるなんてどれだけ先の話? 私が死んで、その子供も死んで、そのまた子供、さらにそのまた子供、ずっとずっと未来のことなんでしょう? そんな未来の責任までウィルザが背負うことなんてない!」
 ウィルザの足が、一歩後ずさる。
 動揺した。それをウィルザは自覚する。そう、サマンの言ったことは正しい。自分は迷っており、自分の行動が必ずしも正しいものではないことが分かっている。それなのに、もう自分を止められない。それはルウへの想いがあったり、また人間を滅ぼしたくなかったり、いろいろな感情が交錯して、何も考えたくないというのが正しい。
 ただ、人間を滅ぼさない選択肢として一番分かりやすかったのが、人間を支配するというものだった。だからそれに乗った。だがそれは、間違いだったのか……?
「ぼくは──」
 ウィルザが何か言いかけた、そのときだった。
「困るな。マ神の総大将がそのような言葉に惑わされるとは」
 サマンの背後から、声と衝撃が同時に来た。
(え……?)
 自分の胸を貫く鋭い刃。
 体中から力が一気に抜けていく。痛みよりも脱力感。それが体中を支配する。
「サマン!」
 レオンの叫び。その声に引かれるようにして、サマンが前に倒れてくる。ウィルザがそれを抱きとめた。
「ケイン」
「国王は殺した。もうこの国に用はないはずだ。戻るぞ」
「お前、サマンを」
「お前はマ神にすべてを捧げたのだろう。一人くらいの犠牲、何だというのだ」
 ケインは冷たくウィルザを見る。
「サマンは仲間だったんだ」
「だからどうした。マ神よりその女の方が大事だというわけではないだろうな」
「そうじゃない。でも、殺さなくてもいい命なら!」
「その女は、お前が非情になるには邪魔だった。だから殺した。それだけのことだ。それとも、この現実を前にして怯んだか。お前がマ神に仕える覚悟はその程度のものか」
 言葉に詰まる。
「駄目、ウィルザ」
 最後の力で、サマンはそのウィルザの体にしがみつく。
 痛い。
 死にたくない。
 いろいろな気持ちが渦巻く。
 でも。
 最後に、ウィルザに伝えておかなければならないことがあった。
「私、ね」
 だから、世界のこととか、人間のこととか、そんなことよりも自分のことを優先した。
 どうせ、死ぬなら。
 たくさんの人間の未来より、最後の時間は自分のために使いたい。
 そして、きっとそれがウィルザの心に一番届く──そう、信じる。
「好きだったんだ、ずっと」
 伝えたかった。
 ルウの前で、結局言わずに封印していた気持ち。
「それだけ、言いたかったの」
 最後に。
 サマンは、彼に、慈愛の笑みを浮かべて。

 その体が、崩れ落ちた。







重なる悲劇。ウィルザの軋む心に彼女の言葉が突き刺さる。
ジュザリアは壊滅し、マ神はこれで二カ国を完全に崩壊させる。
ウィルザはこの現実を前に、いったいどのような選択を行うのか。
そして、すべてを失ったレオンの前にある者が現れた。

『もはや、未来がどうなるかは誰にも予測ができません』

次回、第四十五話。

『命の意味』







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