八月。レオンたちは結局一戦も交えぬままにアサシナへとやってきた。
アサシナはまだマ神との戦いでなんら被害を受けているわけではない。国王クノンをはじめ、騎士団長ミケーネも、大神官ミジュアも、誰もがマ神と戦うつもりでいる。カーリアが投降したときのようにはならないだろう。
ゼノビアはまだ機嫌が悪かったが、レオンとしてはゼノビアをなだめるよりも今後のことを考えなければならなかった。
何しろ、来年にはマ神はこのアサシナへ攻め込んで来るのだ。どうやってそれを防ぐか、考えなければならない。
レオンは与えられた部屋で、リザーラやアルルーナと共に今後の方針について検討していた。
結局未来は変えられないのか。いや、そうではない。マナミガルは占領されたが、ゼノビアは生き残っている。これは自分が何らかの正しい選択をした結果だ。
だが、すべての選択が正しかったわけではない。もしすべてが正しかったならばマナミガルは今でもまだ残っているはず。いや、マナミガルだけではない。ジュザリアもだ。
「未来を知っていても、解決策が分かるわけではない。ウィルザという男はたいしたものだな。これほどの知識を有効に活用できていたのだから」
それは敵に対する素直な賞賛だった。確かにあのウィルザという男は嫌いだ。だからといって敵の実力は認めざるをえなかった。
その言葉を聞いたアルルーナはいつものように表情もなくレオンに語りかける。
「ウィルザは世界記の知識に頼ったことは一度もありません」
「なに?」
「ウィルザは破滅の未来を変えることしか考えていませんでした。変えられたとしても、そうでなかったとしても、すべてはウィルザが自分で行動した結果です。それを世界記のせいにしたことはありません」
「俺が世界記のせいにしていると?」
「解決は自分の手で行う。それがウィルザの基本方針ですから」
アルルーナの言いたいことが分かった。確かに今のは自分の失言だ。
「そうだな。世界記から知識をもらっているだけでも充分ありがたいんだ。解決策まで教えてもらおうだなどとは、都合が良すぎるな」
やはりアルルーナは自分にとって大切な存在だ。自分が間違った考え方をすればただちに軌道修正してくれる。こういう人物が友人であるということは誇らしい。
「来るアサシナ決戦で勝つ方法は、一つしかないでしょう」
リザーラが話題を切り替えた。そのような話より、有意義な話をするべきだと彼女は考えた。
「それは?」
「レオンとウィルザが直接対決し、倒してしまうことです」
「なるほど。確かにそれが一番だな」
直接対決にまで持ち込めば五分の戦いとなる。あとはその場をどうやって作るかが問題だ。
「敵はウィルザだけじゃない。ケインもいる。ジュザリアのときのように、先に要人を殺されてしまってはどうにもならない」
「では逆に考えてはいかがでしょうか。クノン王に戦争に出てもらう、とか」
リザーラの爆弾発言に、さすがにレオンは驚く。
「七歳──いや、来年は八歳か。そんな子供を矢面に立たせるのか」
「無論、私やアルルーナ、ミケーネ、ゼノビアといった布陣でクノン王をお守りします。そうして囮になっていただければ、ウィルザにせよケインにせよ、出てこないわけにはいかないでしょう」
「大胆な作戦だな。レムヌ王太后がその作戦でよしとするかどうか」
「レムヌ王太后も狙われていますからね。もしかしたら王太后にも出陣していただくことになるかもしれません」
「総力戦か……だが、それくらいしなければ勝ち目はないかもしれないな」
レオンも腹が据わった。あとはこれをどうやって実現するかだ。
「ミケーネとミジュアが賛成しない限りは無理だろう。まずは二人を口説き落とさないとな」
「では参りましょうか。準備は少しでも早い方がいい」
三人が立ち上がって部屋を出る。
そこに、一人の少女が立っていた。
「お話があります、レオン様」
「お前は確か、ファル、だったな」
そこにいたのはイブスキの妹。アサシナで保護されていた少女だった。
「詳しいことは、私もあまり聞かされていませんが、確かめたいことが一つだけあるのです」
「何だ」
「兄上を殺したのは、レオン様ですか」
詰問する目。無論、それを否定するつもりはない。
「そうだ」
「どのように」
「ジュザリア王宮を占領したイブスキのところに兵士に偽装して入り込み、魔法でダメージを与えてから殺した」
「そうですか。兄がジュザリアを一度占領したとは聞いておりましたが、本当だったのですね」
ファルは目を閉じてから手を組む。
「兄はしてはいけないことをしてしまいました。倒されても仕方のないことだと思います」
「ファル」
「すみません。でも、これは理屈ではないんです」
目を開いたファルは、きっ、とレオンを睨みつけた。
「兄を殺したあなたを、私は許す気にはなれない」
ファルの気持ちは分かる。自分もバーキュレアやサマンを失って、恨み、憎んだものだ。
「俺を殺したいのか?」
「そこまでを考えていたわけではありません。でも、あなたに協力することはできません。兄を殺したあなたに」
「もっともだな」
「だから、私はウィルザ様のもとへ行きます」
ファルの宣言に、リザーラとアルルーナが反応する。
「待ってください。これから私たちは、ウィルザと」
「存じています。アサシナとマ神軍が戦うということは。でも、私はウィルザ様に会いたい。私のことを足手まといだと切り捨てたあなたより、兄上と戦うところを見せたくないと私を案じてくれたウィルザ様の方を、私は信頼しています」
「そうか」
レオンは頷くと、その気持ちに応えた。
「俺は、お前の信頼しているウィルザを殺すつもりだ」
「させません。私が必ず、ウィルザ様をお守りします」
「それならまた、戦場で会うだろう。今度は命のやり取りになるが」
「それが避けて通れないのなら」
そしてファルはもう一度、敵の顔をしっかりと目に焼き付ける。そして、一礼してその場を去った。
「いいのですか」
アルルーナが困惑した様子で尋ねる。
「よくはない。だが、イブスキ絡みでは、あの少女はいつも蚊帳の外に置かれてきた。今度は自分がその中に入りたいと願っているのだろう。最後の戦いくらい、その願いをかなえさせてやった方がいいだろう」
「彼女はザの魔法を使います。それも回復の魔法や効果の魔法が多い。敵に回せば、厄介な能力の持ち主になりますが」
「捕らえておいた方がいい、か?」
「はい」
「確かに軟禁しておけばいいかもしれない。だが、いざ戦いとなったときに、宮殿でいきなり揉め事を起こしたらどうする。殺すのならいいが、捕らえておくというのは駄目だ」
そしてファルを殺すことはできない。もし殺せば、ファルと懇意にしているクノン王が悲しみ、自分たちを信頼してくれなくなるだろう。
「最初から敵になっていた方が、作戦は立てやすい」
「分かりました。ならば、そのように」
おそらくファルはマナミガルに行くのだろう。そこでマ神ウィルザと出会うに違いない。
「ウィルザの奴は、余計な苦労ばかりを俺に押し付けやがる」
どこまでも忌々しい相手だった。
第四十八話
揺らぐ結束
十一月。マナミガルを占拠すると、旧アサシナからマナミガルへマ神ルウと神官ローディ、さらには二人の子供たちが馬車に乗ってやってきた。
もうすぐ二歳になるグランとセリアは、父親を見ただけで認識したのか、笑顔で抱きついてくる。半年会っていなかったが、おそらくルウが自分のことをよく聞かせてくれていたのだろう。ウィルザは笑顔で二人を抱き上げる。
「元気にしていたみたいだな、グラン、セリア」
そして二人を下ろすと、自分に微笑みかけてくるルウを見て微笑み返した。
「君のおかげでマナミガルもこの通り、占領することができたよ」
「あなたの力よ。無事にここに来ることができてよかったわ。やっぱり旧アサシナじゃ寂しいもの」
「ローディもありがとう。君がたててくれた作戦のおかげで、マナミガルが簡単に手に入った」
「私はあなたの忠実な部下ですから。カーリア様もこちら側に引き込めたようで何よりです」
そして。
一行の後ろにもう一つの馬車。そこにはもう一人の要人がいる。
「ローディ、彼女を」
「はっ」
馬車の鍵を外したローディは、そこから一人の人物を連れ出す。
「お久しぶりですね、ドネア姫」
「……」
ドネアは冷たい視線でウィルザを見た。
「二年間、拘束してすみませんでした。ですがこれからは、ここマナミガルでゆっくりできますので」
「ゆっくり? 結局私を監禁するつもりなのでしょう?」
「申し訳ありません。監視を外せばあなたはここから逃げていかれるでしょうから」
「黒童子を相手に逃げ切れるはずがないでしょう。あなたは私をどうするつもりですか」
「ただ生きていてほしい」
ウィルザはドネアに向かって微笑む。
「そう思ってはいけませんか?」
「敵であるあなたから哀れみを受けるのは屈辱以外の何者でもありません」
「そうですか、残念です。カーリア。姫をご案内してくれ」
「はっ」
ドネアはカーリアに連れられていく。それを見送ったルウが肩をすくめた。
「姫も強情ね。おとなしくしていた方が待遇がよくなるのに」
「まあ、ドネア姫は優しくて強い人だからね。さて、ぼくらも行こうか。後でルウにはこの町の統治者として、カーリアと一緒に市民の前に出てもらうからね」
「テロが起きても仕方の無い状況ね」
「カーリアが従っている以上、マナミガルは全員ぼくらの味方だと思っていいよ」
「まあ、それについてはあなたを信頼しているけど」
ウィルザはグランとセリアを同時に抱き上げて、自分の肩に乗せた。
「たかーい」
「すごーい」
二人の子供が肩の上ではしゃぐ。笑顔の絶えない、可愛い子供たちだった。
「ところで、レオンの方はいいの?」
「ああ、別にマナミガルで決着をつけるつもりなんかなかったからね。決着はアサシナか、その後に出来上がる『対マ神大同盟』を叩き潰して終了だ」
「でもレオンはアサシナを守ろうとしてくるのではなくて? 世界記が向こうにはあるのでしょう」
「世界記の内容ならぼくも頭に入っているよ。そして、レオンには世界記の知識を使いこなすことはできないよ。問題ない」
ルウとローディは顔をしかめる。
「何故?」
「ぼくは世界記に何が書かれているか知っている。そしてレオンはその世界記の情報からぼくをどうやって倒そうかと考えている。だったら後は、ぼくがレオンになったつもりでどうやってぼくを倒そうか考えてみればいい。そしてレオンの裏をかけばいいだけさ。マナミガルではうまくいった。レオンはまだ自分の欠点に気がついていないみたいだからね」
「欠点?」
「ああ。世界記に縛られている、ということ。結局世界記に従って受身で行動している限り、ぼくの動きを抑えきることはできないのさ。それこそ、ぼくがレオンの立場だったら、今すぐマナミガルに攻撃を仕掛ける。もっと言うなら、マナミガルを脱出するときに、入り込みやすいように罠をしかけておく。でもその形跡はなかった。つまりレオンの方からこちらに攻撃を仕掛けるつもりは全くなく、アサシナに来るマ神軍をどう撃退するかしか考えていないのさ」
「随分相手のことが分かるのね」
「世界記を持つと、未来が分かるだけにより積極的な行動に出られなくなる。事件が起きてからどうにかするより、その事件を起こさないためにはどうするかを考えないといけない。レオンはそれにいつ気がつくかな」
ウィルザは苦笑する。
「もし気づいたら?」
「今度こそ互角の勝負になるだろうね。世界記を経由した情報戦になるかも」
こちらの動きはすぐに世界記に伝わる。こちらの意図が分からないような動き方をしなければならない。
「ウィルザ様!」
と、中に入った彼らのところに、カーリアの部下四天王の一人、グナンテがやってきた。
「どうした」
「それが、アサシナからウィルザ様にお会いしたいと、一人の少女がやってきております」
「アサシナから?」
ウィルザはルウと視線を交わす。
「あなたには何か、心当たりは?」
「いや。まあ、会ってみれば分かるかな。ローディ、子供たちを頼む」
と、ウィルザはローディに子供たちを預けると、ルウと二人で来客室へ向かう。
そこにいたのは。
「ウィルザ様」
かつて、アサシナで出会った少女。
「ファルか。また、しばらく見ない間に大きくなったな」
「まだ三年です。でも、ありがとうございます」
アサシナからやってきた、ということはだいたい考えていることが分かった。
「ファルは、こちら側につく、ということかな」
「はい。私はレオン様と一緒に行動することはできませんから」
「もう、周りからさんざん言われたと思うけど、ぼくはこの世界を支配するために動いている。決して君が望んだ世界にはならないかもしれない」
「存じています。でも、この世界は既に私の望んだものではありません。レオン様が兄上を殺してから」
「それが理由か。ぼくについてくることが、兄の復讐になると思ったの?」
「はい。申し訳ありません」
「いや、人の行動には必ず理由があるからね。ぼくなんて、ルウと一緒にいたいというわがままで、この世界を支配することに決めたくらいだし」
苦笑して言う。ファルも苦笑して答えた。
「マ神となられたと聞きましたけど、ウィルザ様は変わらずにウィルザ様なのですね」
「ああ。ぼくは変わらない。ルウも、みんなも。ただ、目指すものは変わってしまった。ぼくは、この世界が永遠に存続することを望む。だからこそ、マ神による永遠の支配を考えている」
「マ神による、永遠の支配」
「ぼくとルウはもちろん、ぼくの子供たち、それにローディやカーリアもぼくに賛同してくれている。確かに人間には窮屈な世界になるかもしれない。でも、ぼくは世界が滅びるよりはその方がいいと思っている」
「ウィルザ様が支配しなければ、人間は滅びるのですか?」
「うん、何千年かの後にね。ぼくはそんな未来を見たくない」
「それなら、ウィルザ様に間違いはありません」
ファルは小さく頷く。
「それが人のために見えなかったとしても、ウィルザ様が人のためを思って行動されることなら、絶対に間違いはありません」
「人をたくさん殺すのに?」
「ウィルザ様がそれだけの覚悟を手にするのに、どれほど悩み、苦しまれたか。私などが推し量ることはできません。ですから、私はただ、ウィルザ様を応援し、協力するだけです」
ファルの言葉に、ウィルザが目をうるませる。
「……ローディといい、君といい、どうしてぼくの周りには、こんなにいい人ばかりいてくれるのかな」
ルウを見て言うと、彼女は小さく微笑む。
「ありがとう、ファル。これから、よろしく頼むよ」
「はい、ウィルザ様。微力ですが、私の力を存分に使ってください」
最後の拠点、アサシナでの決戦が始まろうとしていた。
クノンを旗頭に結束するレオンたち。
ミケーネ、ゼノビア、そしてミジュアがこの戦いに臨もうとしていた。
その彼らの前に現れた軍に、レオンたちは絶句した。
『怯むな! 敵を倒さなければ、我らに未来はないのだ!』
次回、第四十九話。
『アサシナ決戦』
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