八一四年、四月。ついに運命の時を迎えた。
アサシナ決戦。これからマ神軍が攻め込んでくる。もちろん、打てる手は打った。敵の進軍ルートが分からない以上、アサシナから打って出ることはできない。ならば王都で迎え撃つのみ。
ミケーネ、ゼノビア率いるアサシナ騎士団が、マ神軍を迎え撃つ。そしてついに、その火蓋が切って落とされようとしていた。
だが、彼らが目にしたのは、マ神軍ではなかった。
「なんてことだ」
ミケーネが歯を食いしばる。敵軍を見たレオンが大きく舌打ちした。
「あれはマ神軍じゃない。マナミガル軍だ」
その、二ヶ月前。
カーリアは部下四天王を率いてウィルザの前に陳情に出た。
「此度のアサシナ決戦、ぜひ我らマナミガル軍に先鋒をお任せください」
カーリアの言葉をウィルザは一瞬で却下した。ウィルザがマナミガルを占領したのは、マナミガルの人間を兵士や奴隷にするためではない。もちろんそれはカーリアとて分かっているはず。
「戦争は我らマ神が行う。君たちはマナミガルにいればそれでいい」
「いえ。我らマナミガルはウィルザ様に大きなご恩をいただきました。ウィルザ様はマナミガル占領後も変わらずマナミガルの国民たちに平和な生活を約束してくださいました。いえ、私が統治していたころよりも、今のマナミガルの方がずっと活気に満ちている」
「それは君が協力してくれたり、専門家がいるからだ。君が一人で抱え込むより成果が出るのは当然のことだろう」
専門家とは参謀のローディのことだ。もともと神官職ではあるが、かつてはアサシネア五世の懐刀として尽力した人物。その政治手腕はウィルザの信頼するところだ。彼の活躍はあまり目立たないが、ローディがいなければウィルザの治世などとても回りきらない。
「ローディ様が協力してくださるのはウィルザ様がいらっしゃるおかげです。我ら、マナミガルはそれを忘れたことなどありません」
「ぼくは君たちに恩を着せようとしていたわけではないよ」
「存じています。ですが、それに胡坐をかいてウィルザ様に頼りきりになるのは、人の道としてふさわしくないと思うのです」
カーリアの決意も固い。何しろこのために自分の部下たちを、四天王と手分けしながら一人ずつ説得していったほどだ。
ウィルザのために恩返しがしたい。ウィルザがアサシナの侵攻をするのならその協力がしたい。
これはカーリア単独の考えで、ウィルザには何も関係はないこと。それを前提の上で、兵士たちを集めた。
「そしてマナミガルも覚悟を決めなければなりません。平和はただで享受できるものではないのだということを。平和を勝ち取るためには戦わなければならないということを」
「君らしくもない。去年、戦わずに投降したのは君じゃないか」
「私は投降したのではありません。あなたと共に歩むことこそが、平和につながると信じたのです」
「同感です」
隣でローディが頷く。ウィルザは顔をしかめてローディを睨んだ。
「昨年の戦いでは、アサシナは何の見返りも求めずにマナミガルのために援軍を送ってくれた。そのアサシナを自ら攻撃するというのか」
「そうです」
「つまり、それだけの覚悟を見せるから、これからもマナミガルを見捨てないでほしい、ということなのか?」
「それは──」
カーリアは詰まった。そんな言い方は卑怯だ。
「いや、今のはぼくが悪かった。でも、もしそんなことを考えているのだとしたら気にする必要はないよ。ぼくはこのマナミガルが好きだからね」
「そうおっしゃっていただけると」
「だから、好きな国の国民が一人でも死ぬのは我慢できないな。その点、黒童子はあれは人間ではない、機械人形だ。壊れれば修理すればいい。人が死ぬのとは違う」
「ですが、我らは!」
カーリアが声を荒げようとしたとき、隣のローディから援護がきた。
「いえ、ウィルザ様。ここはマナミガル軍の協力を受け入れるべきです」
意外な援軍にカーリアの表情が和らぐ。
「ローディ様」
「理由を聞こうか」
「は。ウィルザ様がこのマナミガルにおいて、マナミガル国民から好かれているのは間違いないことですが、それは外から来た者を歓迎しているだけで、ウィルザ様をマナミガルの一員と考えてのことではありません。少なくとも国民には仲間意識など存在しないでしょう。都合のいい施政者、それが純粋な評価だと思われます」
「そんなことは!」
「もし──」
カーリアの言葉を無視してローディは続ける。
「いざ、旗色が悪くなったときに彼らはどう考えるか。悪いのは全てウィルザ様のせいだと考え、ウィルザ様とそのご家族をマナミガルから追放しようとするでしょう。残念ですが、マナミガルはそうした考えの強い風土。カーリア殿には申し訳ありませんが、日和見主義というか、自分たちの都合を最優先に考える傾向がございます」
「我らはそんなことをいたしません。ウィルザ様への恩は必ず」
「カーリア殿がそう思っていることと、マナミガル国民が同じように思っているかは別なのですよ。それはともかく、今回のマナミガル軍の出動は、そのマナミガル国民の意識を変える上でも重要なのです。つまり──」
「いや、ローディの言いたいことは分かった。マナミガル軍が戦争に参加することによって、マナミガルが蚊帳の外にいられなくする、ということだな」
マナミガル軍が戦争に参加すれば、たとえ旗色が悪くなっても簡単にマ神を追放することなどできない。何しろマ神に協力したという事実が残ってしまうのだから。
「カーリアが言う覚悟というのはそういうことか。なるほど、これはぼくの方が考え違いをしていたようだ」
「ウィルザ様」
「カーリアは本当の意味で、ぼくたちを仲間にしようとしてくれていたんだな。仲間になろうとしていなかったのはむしろぼくの方か」
「私を仲間に引き入れたときもそうでしたね。ウィルザ様は他人のことを思いやるあまり、すべて一人で解決なさろうとする。悪い癖です」
「ぼくにそこまではっきりと言ってくれる君がいてくれて、本当にありがたいと思っているよ、ローディ」
くすくすと笑う。だがこれで話は決まった。
「カーリア。先鋒を頼んでいいか」
「無論です。必ずやウィルザ様のお力になってみせましょう」
「……まさか、マナミガル軍とはな」
ゼノビアが苦虫を噛み潰した顔をする。昨年協力体制をとったはずの国はもうない。あれは完全にマ神の手先。
だが、彼女も軍人。敵と判断すれば戦うまで。
「出陣だ!」
かねてからの作戦通り、ゼノビア隊が出陣する。
カーリア率いるマナミガル軍と、ゼノビア率いるアサシナ軍。正面からの戦い。
「怯むな! 敵を倒さなければ、我らに未来はないのだ!」
第四十九話
アサシナ決戦
戦いは一進一退となった。
マナミガル軍は、カーリアの意に従った四天王が各々持ち場を確保し、アサシナ軍と五分以上の戦果を見せている。
一方、アサシナ軍はゼノビアからの縦の指示命令系統がしっかりとなされており、情報の交換を密に行い、戦線に無駄を作らない。
戦術家として大陸では一目置かれる女将軍二人の戦い。
「どうする、レオン。このままでは」
遊軍、というよりは対ウィルザ専用のパーティを組んでいるのは、レオンとミケーネ、そしてアルルーナとリザーラの四人。国王クノンにはレムヌとミジュアがついて、城壁にいる。ここならよほどのことがない限り奇襲はない。
「カーリアを消すか。だが……」
レオンは城壁の上から戦況を見る。ゼノビアとカーリアの位置はだいたいつかめる。
「お前が考えているのは、ウィルザの動きか?」
「そうだ。マナミガルのときは完全に裏をかかれたが、今度は間違いなくクノン王の命を狙ってくるはずだ。その前に相手の居場所が分かるのが最適だったのだが」
戦場にウィルザはいない。それだけははっきりと分かる。
「やはりお前がクノン王についていてくれるのが一番だな。ウィルザは最後には国王陛下を狙ってくるだろうし」
「ですが、そうやって消極的になった結果、ジュザリアもマナミガルもマ神に落とされました」
アルルーナが冷たい声で言う。
「待っていては相手の思うつぼ。こちらから打って出ることも必要です」
「確かに。リザーラはどう思う」
話を振られたリザーラはしばらく戦場を見て答えた。
「戦況を有利にするだけならそれほど難しいことでもないでしょう」
「ほう」
「アサシナ軍はすべてをゼノビア将軍が統括している状態ですが、マナミガル軍はそうではありません。戦線となっている四箇所を、カーリアの腹心が持ち場を維持しているにすぎません」
「なるほど、よく分かった。ならば戦況をよくしよう。さすがのウィルザも、今日すぐに動くことはないだろう。一番都合がいいのはどこだ?」
「ここから一番近い、中央左よりの戦線。ここを撃破すればマナミガル軍は崩壊するでしょう」
「決まったな。ミケーネ、アルルーナ。行くぞ。マナミガル軍を倒す」
決まれば行動が早いのがレオンの長所だ。作戦は慎重に、行動は大胆に。三人を従えたレオンは戦場に突入していく。
「突破するぞ!」
ザの神、ザの天使が二体、そしてザの騎士。ザ神の加護がもっとも強いこのパーティが、マ神の部下となったマナミガル軍を蹴散らしていく。
「見つけたぞ!」
レオンが見つけた敵将は、カーリア四天王の一人、ベーチュアリ。
「くっ」
部下たちがベーチュアリを守ろうと、レオンたちに殺到する。だが、
「リザーラ!」
リザーラの魔法が、その部下たちを弾き飛ばす。その隙にレオンはベーチュアリの下にたどりついた。
「マ神の手先になった覚悟はできているな?」
「もとより」
ベーチュアリは細剣を構える。
「我らは、カーリア様の信じる道を共に歩むのみ!」
「ならばその信仰の下に死ね」
レオンが間合いを詰める。ベーチュアリは細剣を振るう。
だが、既にザ神の四つの力を手に入れたレオンにかなうはずがない。
一合をかわすこともなく、ベーチュアリの体が大地に崩れ落ちた。
「続け! このまま敵本陣を突くぞ!」
レオンがその場にいた兵士たちを鼓舞して、敵将がいなくなった敵を蹴散らしていく。
この一点突破から、初戦はアサシナ軍がほぼ完全に戦場を制圧した。
最後はもう、マナミガル軍はただ逃げ惑うばかりで、勇敢にも戦場に残って戦った者たちは皆討ち取られていった。
カーリアの覚悟は、かくして悲惨な結果をもたらすこととなったのだ。
「申し訳ありません、ウィルザ様。このような惨敗、ウィルザ様に会わせる顔もありません。責任はすべてカーリアにあります。どのような処分も受け入れますので、生き残った部下たちには寛大なるご処置を」
その日の夜、戦場についたウィルザに、カーリアは両手、両膝をついて部下たちの延命を願い出た。だが、
「カーリア様が悪いのではありません!」
カーリアの部下たちが、そのウィルザのいる陣幕へとやってくる。
「戦線を維持できなかったのは我らにしても同じ!」
「カーリア様は何も悪くありません! 我ら、戦線に立つ者がふがいないばかりに!」
「どうかカーリア様をお助けください!」
カーリアの部下四天王、アムニアム、グナンテ、エルメールがそろって嘆願する。それを見て、ウィルザが苦笑する。
「いや、みんな、いきなりそんなことを言われてもぼくも困るよ。だいたい、ぼくにはカーリアも他のみんなも処分するつもりなんて全くないんだから、安心していいよ」
ウィルザはまず部下たちを落ち着かせる。だいたい、今回の戦争にはカーリアに命令したわけでもなければ、成果を求めたわけでもない。ただカーリアの気がすむようにしただけのことなのだ。
「ですが、ウィルザ様が止めたにも関わらず、このような結果を」
「何を言っているんだ。君たちマナミガル軍ががんばってくれたから、ぼくはアサシナを落とす最後の一手を準備することができた。それも、亡くなったベーチュアリのおかげなのかもしれないね」
「最後の一手?」
カーリアが尋ねる。ウィルザは自信ありげに頷いた。
「ああ。君が二ヶ月前にマナミガル軍が参戦すると言ってくれたときからずっと準備してきたんだ。この作戦、ぼくは本当は反対なんだけど……でも、ローディの発案だしね」
そしてウィルザは隣に立つ女性を見た。
「万が一のときは、頼むよ、ファル」
「はい」
にこやかにファルが微笑む。
「ウィルザ様のためなら、どのようなことでもするつもりです」
「そこまで気負わなくてもいいよ。もともとファルには危険なことをしてもらうつもりはないんだから」
むしろ気負っているのはウィルザの方だ。この戦いで、既にカーリアの部下が一人亡くなってしまった。
「クノン王を確実に仕留める。そうすればアサシナは終わりだ」
アサシナに対してウィルザの仕掛けた罠。
二重、三重に絡まった糸をほぐすように、レオンがその罠を外していく。
世界記がウィルザの行動を読み、レオンがその行動を妨害する。
ウィルザが確実にクノン王を殺害するために仕掛けた最後の罠とは。
『お久しぶりです。といっても、あまり喜べる再会ではありませんが』
次回、第五十話。
『アサシナ動揺』
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