何者だ、と言われたレオンが振り向くと、誰もいなかったはずのニクラに男が一人。
(見覚えがある──いや違う。見たことがないのに見た記憶が存在する)
 これをデジャヴ、既視感、というのか。だが、未来を見ることができるレオンにとってはそれも不思議ではない。
「ガイナスター、か」
「俺の名前を知っているか。まあ、知られていても不思議はないが」
 ガイナスターはもう一度値踏みするようにレオンの全身を眺める。
「それで、名前は?」
「レオン」
「レオン──聞いたことがある。ウィルザのやつがお前の名前を言ったことがあったな。お前、ウィルザの仲間か」
「とんでもない」
 レオンは顔をしかめる。
「俺はアサシナであいつと戦っていた。だが、あいつの罠にかかってこのニクラまで飛ばされた」
「なるほど。それが本当だとしたらお前、随分と評価されているな」
「評価?」
「つまり、お前を遠ざけておけばアサシナを落とすのはわけないと思われたってことだろ。あいつは目的のためには手段を選ばない。それができる男だ」
「ガイナスターも、随分高くウィルザを評価しているな」
「当たり前だ。あいつを最初に見つけ出したのは俺だぞ」
 少し誇ってから、ガイナスターは自嘲する。
「そのあいつに裏切られるなどとは思わなかったがな」
「ガラマニアの王が、何故ニクラに?」
 話を変えると、ガイナスターは笑った。
「マ神に会えば、何故ウィルザが『グラン神国』なんてものを作ろうと考えたか、分かるかと思ったんだが、どうやら無駄足だったらしいな。ここには誰もいない」
「そうか。なら、俺が少しは答えられるかもしれないな」
「ほう?」
 ガイナスターが興味深そうな目で見てくる。
「ウィルザは世界を救うためにマ神になった。話すと長くなるが」
 レオンはかいつまんでガイナスターに説明した。人間に任せていてはこの大陸がいつかは滅びてしまう、だからウィルザが人間を支配、管理することによって絶対に滅びない状況を作り上げる。それがウィルザの目的。
「ガラマニアで会ったときもそんなことを言ってやがったが」
「ルウがマ神と融合したことにより、ウィルザは自分のなすべきことを定めた。それがこの地だ」
「あいつ、ニクラまで来てやがったのか」
「その後、本拠地は一度旧アサシナへ、それからマナミガルへと移った。これから先はどうなるか分からないが」
 そう、レオンにもそこが分からない。ウィルザはどのような形で人間支配を企んでいるのか。マナミガルだけは無傷で手に入れたのには何か意味があるのか。
「ところでガイナスターはどうやってここまで来た。ニクラは簡単に来られるようなところではないが」
「空を行く人々に送ってもらった。あいつらはもともとここの住人だからな」
「空を行く人々。なるほど、その手があるのか。それならここから帰ることもできるのか?」
「いや、無理だ。少なくとも三ヶ月はな」
「どういうことだ?」
「あいつらの技術に、遠い距離を一瞬で移動できる装置があってな。それで送られた。三ヶ月したら迎えに来ると言われたから、それまではここで調査をしていてかまわないということなんだろう」
 なるほど、三ヶ月あればさすがにウィルザはアサシナを滅ぼしているだろう。
「ところで、一つ聞きたいんだが」
 ガイナスターが逆に尋ねてくる。
「お前、ザの魔法は使えるのか?」
「ああ。それがどうした?」
「なら手伝え。ニクラの地下に面白いものを見つけたんだが、中に入れないんだ」
「それとザ神の魔法に何の関係が?」
「入口にかかっている魔法の鍵を解くには、ゲの魔法とザの魔法の両方で解錠しなけりゃいけない仕組みらしいんだが、俺はゲの魔法しか使えないからな」
 なるほど。だとしたら逆に自分にとっても幸運かもしれない。その中身によっては。
「分かった。どのみち三ヶ月は暇なのだから、つきあうことにしよう」
「ノリがよくて助かるぜ。行くぞ」
 そうしてガイナスターを先頭に、ニクラの建物の中に入る。
 ガイナスターの言ったとおり、地下への階段の前の入口は魔法で施錠がされていたが、既に半分は解錠されていた。それがガイナスターのゲの魔法ということだろう。残り半分をレオンが解錠すると、二人はその先にあった階段を下りる。
 そこは、大きなホールになっていた。
「これは……五柱の神の像」
 今はゲ神とザ神の二つに別れてしまっているが、もともとこの二つの神はグラン大陸を守護する土地神であった。ゲ神として以前のままの力を残したものが一体。そして、ザ神となることによって力を奪われたものたちが全部で四体。
「久しぶりですね、レオン」
 話しかけてきたのは、緑の海のザ神だ。
「ああ。ここはいったいどういう場所なんだ?」
「ここは、我ら神々の魂の宿る場所」
「ここにいるお前たちが本体だということか?」
「いいえ。ただ魂だけがあり、肉体はすべて各地にあります。そして今、我ら五柱はその肉体を自ら封じています。だからこそこうして魂だけがこの場に集うこともできます」
「では、お前たちは肉体が滅びても魂は消滅しないのか?」
「いいえ。肉体は封じているだけで、封印を解けば私たちの魂は肉体に戻ります。そして、来たるマ神との戦いでは、我ら全ての神は受肉し、マ神と戦わなければならないでしょう。さもなくば我らの力はマ神に吸収され、その手先となってしまいます。それだけは避けなければならない」
「受肉か。とすると、その方法があるのか?」
「さほど難しいことではありません。神殿にかけられた封印を解けば、私たちは受肉します。たとえば私たちを滅ぼそうとするならば、受肉した瞬間を狙って私たちを殺せばいい。手駒にしたいのならばそこで支配してしまえばいい。マ神ならばそれが可能でしょう」
「では、マ神と戦うために受肉させるなら?」
「封印を解いて、私たちに協力を請えばそれで済むことです。というより、我ら五柱の神はみなマ神と戦うことで意思の統一がはかれています。後は神殿の封印を解くだけ。ウィルザには私たちを滅ぼす意思はなさそうですから、妨害されることもなく受肉することができるでしょう」
 なるほど、とレオンは理解する。
「ならば、俺たちがお前たちを解放して回ればいいということか」
「はい。ですが、それはあなたが動き回らずとも、既に人間たちがその考えに立ち、行動を開始しようとしています」
「誰が?」
「騎士ミケーネバッハ。この大陸の運命を司る者の一人です」
「あいつか」
 ガイナスターがいまいましそうに口にする。ガイナスターにしてみると一度捕らえられた相手。あまりいい思い出があるわけではない。
「では、マ神との戦いに協力してくれるということか」
「もちろんです。今の戦力で、あなたがたがマ神にかなうと思いますか。マ神の力を得たルウ、そして自らマ神となったウィルザとケイン。さらにはそれを補佐するローディ、カーリア、ファル。しかもクノン王とドネア姫が人質となったこの状況で、どのようにして勝つつもりですか」
「ウィルザを殺せばすむというものではないのか」
「違います。元凶はあくまでもマ神。マ神を止めることができればそれですみます。つまり、マ神を倒すだけの力を持たなければなりません」
「マ神を倒す力か」
 レオンは考える。だが、その答になるものは見えてこない。何しろ自分はザ神の力を全て手に入れた。もはやこれ以上吸収するだけのものはない。
「ザ神によるパワーアップは、もう限界なのだろう?」
「ええ。ですが、もう一つだけ、力を上げる方法があります」
「それは?」
「簡単なこと。ザ神の力で限界なら、ゲ神の力を手に入れればいいのです」







第五十五話

五つ目の力







「ゲ神か、なるほど」
 その考えはすぐに理解することができた。考えてみればウィルザはもともとゲ神の力を手に入れて力を強めたのだ。ザ神で限界なら、ゲ神の力を求めればいい。
「どうすれば手に入る?」
「今すぐにでも。ですが──」
 と、そこに別の神の柱が鈍く光った。それは、ザ神ではない、ゲ神の御柱。
「マ神に勝ちたいか」
 今までとは全く違った声。それがゲ神のものであるのはすぐに分かった。
「ああ、勝ちたい。というより、ウィルザのやつに負けっぱなしになりたくない」
「ならば、マ神以上の存在となるがいい」
「マ神以上の存在」
「マ神などと名乗ってはいても、結局は別の星より飛来した寄生型生命体にすぎん。ただ、その力の桁が並外れているだけのこと。ならば、その力を超えてしまえばいいだけのことだ。ザ神の力はマ神によって既に半減以下にまで制限されている。だが、マ神に支配されていない私の力を全て吸収すれば、そなたはザ神とゲ神の力を全て手に入れることができる。マ神と単独で互角以上に戦えるだろう」
「お前の力を受け取ればいいんだな」
「そうだ。我ら神々は人間にいくらでも力を与えることができる。だが、限界を超えた力を与えれば、人間の形を取ることもかなわなくなる例が多い。お前やウィルザは本当に、例外中の例外だ。適性がなければ力を一つ手に入れた時点で人間でなくなる。二つ手に入れられるのが既に例外だ。三つ目を手にしたのは過去に指折り数えるほど。四つ目を手にしたのはお前とウィルザのみ」
「ウィルザは三つ目までがゲ神、四つ目はマ神の力を手にしたんだな」
「そうだ。力を封じられたザ神では一つの神で一度しか力を与えられんが、力を制限されていない私ならば四つの力を与えられる。だが、既にお前の力は限界だろう。五つ目の力を手に入れて、もしも耐え切れなかったとしたならば、それは人間の形を捨てるというレベルではない。死ぬぞ。それでも力を得ようと思うか」
「今のままならウィルザに勝つことすらままならん。どうせ負けるのが分かっているのなら、賭けてみるのも一興だろう」
 レオンはゲ神の柱に向き合う。いつでもいい、ということだ。
「耐えられなければ、後悔する暇もなく消し飛ぶ。いくぞ」
「ああ」
 レオンは目を閉じた。瞬間だった。

 体中の血が沸騰した。

 目が燃えている。体中の穴という穴から血が吹き出ていく感覚。
 冷静でなどいられない。
 これが、死ぬ、ということか。
(死ぬのか?)
 自分の体が崩れていく。
 どろどろに溶けて、再合成されていく。
 自分は、どうなるのか。
 化け物のように醜く変わるのか。
 それならば、まだいい。生きているのなら、戦える。
 だが。
(死ぬのか?)
 死ぬことだけは駄目だ。
 死ねば、ウィルザには勝てない。
 自分は勝つのだ。
 あの男にだけは、負けない。
(あの男の言っていることはすべて、綺麗事だ。人間を救うために人間を支配するなど、間違っている。人間が自らの意思で滅びようとするのなら、滅びるまで人間の自由意志に任せればいい。だが、あいつは──)
 自らの体が、少しずつ、変質していく。
(──あいつは人間に自由意志を持たせないと決めた。それは人間を家畜にすることだ。そんなものはもう人間ではない。栄えるも滅ぶも人間に任せればいい。そして、人間以上の力を持ったものが、そんなものに介入するべきではない。俺は絶対に、あいつを認めない。何があっても認めない!)
 変質が終わる。
 その結果、そこにいたのは、外見だけは以前と同じレオンのものだった。が、中身は違う。それがレオン自身には分かっている。
「これが五つ目の力か」
「……これだけの力を手にしてまだその姿を保てるとはな。たいしたものだ」
 ゲ神の声が届くが、どこか遠い。
「なんだか、体が変な感じだな。自分の体が、どこか自分のものではないような」
「まだ意識が人間だからだろう。もはやお前は人間ではない。我らと変わらぬ」
「神、ということか?」
「力でいえば、もはや我ら五柱の神よりはるかに強いだろうよ。現在マ神と唯一互角に戦えるのはお前だけだろう」
「そうか」
 確かに力があるのは分かる。自分の体に力がみなぎっていて、ともすれば暴発しそうなくらいに。
「この力でウィルザを倒せばいいということか」
「そうだ。だが、まだお前にはやらなければならないことがある」
「それは?」
「仲間を集めることだ。ガイナスターにミケーネ。彼らだけでウィルザと戦えるか? 確かにカーリアやローディ相手ならば充分だろうが、ケインやウィルザを相手にできるか?」
「いや、難しいだろうな」
「だから仲間がいる。一人でも優秀な仲間が」
「だが、そんな頼りになる仲間がいるのか?」
「ここにはいない。だが、過去にはいる」
「過去?」
「そうだ。お前が一番頼りにできると思う相手を、過去から連れてくるがいい」
「それはつまり──」
 言いたいことは分かった。だが、それが可能なのか。
「死ぬ前の人間を、この時代に連れてこい、ということか? 過去を変えろ、と?」
「変える必要はない」
 すると、レオンの前に二体の機械天使が現れた。
「バーキュレア、サマン」
 愕然と、その姿を見る。
「それはまだ、ただの入れ物だ」
 そして、レオンの足元に、二つの部品が現れる。
「その機械の心を埋めれば、その二体の機械天使は動き始める。あとはその時代まで飛んで、機械と人間とを入れ替えればいい。二人がどうやって死んだかはお前が一番よく分かっているだろう。その死に方を教育して、入れ替えてやればいい。それで歴史は変わらず、二人を助けることが可能となるのだ」







ついに八一五年、最後の年を迎える。
ドルークに集うレジスタンス。そして侵攻するマ神軍。
過去への旅を終えたレオンが戻り、ここに最後の戦いの準備が整う。
レオンが過去で得たものは。そして──

『俺はウィルザを討つ』

次回、第五十六話。

『レジスタンス』







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