八一五年、四月。

 グラン大陸の四国家、アサシナ、ガラマニア、マナミガル、ジュザリアを全て滅ぼしたグラン神国は、いまや人類最後の拠点であるドルークへと軍を進めた。
 先に進出したカーリアを中心とする旧マナミガル軍が、イライと東部自治区を占領。自治区領主ザーニャは失意のうちに自害。ザの機械天使たちはマ神の恩恵を受けた旧マナミガル軍に敵うことはなかった。
 もはやドルークは船で逃れることもできない。そしていよいよマ神軍が緑の海からドルークへと進軍を始める。
 進軍していく黒童子たちには疲労も不満もない。ただ命令に従うだけの人形兵士。指揮するのはウィルザとケイン、そしてローディ。三人は当然、この戦いが熾烈なものになることは分かっていた。
 緑の海、イライ、そして旧アサシナ。全てのザ神の御柱が完全に消滅していた。その理由はただ一つ。ザ神たちが反旗を翻し、ミケーネたちドルークに協力しようとしているのだ。
 ザ神たち一体ずつはそれほどの力ではない。ウィルザやケインならば充分に倒せる。だが、四体集まるとなるとその力ははかりしれない。それに──
(いずれレオンが戻ってくる。今度はもう、小細工は使えないな)
 レオンの行方はいまだ知れない。アサシナ攻略後、ケインがニクラへ様子を見に行ったが、彼の姿はどこにもなかった。いったいどこへ消えたのか。
「どうした、ウィルザ。考え事か」
「あ、うん。ちょっとね」
 ケインから尋ねられて、ウィルザは素で答える。
「なあ、ケイン。ぼくは、君のことが絶対に許せないと思っていた。サマンが死んだとき」
「納得したのではなかったのか?」
「納得はしている。サマンが目の前で死んで、それから、ぼくは変わった。それが良かったのか、悪かったのかは分からない」
「マ神の大陸支配が順調なのだ。ならば良かったのだろう」
「もう後悔をするつもりはない。ただ、冷静になった今だからこそ分かる。あのとき、サマンを殺す必要はなかった」
 ケインの視線と、ウィルザの視線が絡み合う。
「それは、私を責めているのか?」
「そうなるのかな。ただ、あの時点でぼくに覚悟がなかったのは事実だ。だからもう、大丈夫。ぼくは何があっても、自分の目的を達成する。だから勝手なことはするな、ケイン」
「お前がそのつもりならかまわん。私はマ神によってこの世界が滅びることが望みだ」
「滅ぼすつもりはないよ」
「同じことだ。ニクラが崩壊し、グラン四カ国は既に滅亡。私の目的は充分に達成された。あとは、ドルークを攻略すれば全てが終わる」
 そう。それが最後の戦い。だが、ウィルザにはようやくこの男の葛藤が、苦しみが、分かりかけてきていた。
「そんなにニクラが憎かったのか?」
 ケインは言葉を返さない。
「ニクラで何があったのかなんてぼくは知らない。でも、君がその肌の色によって、同じニクラ人から迫害を受けていたのだとしたら──」
「──たとえそうだとしても、お前には関係のないことだ」
 ウィルザの言葉をさえぎると、ケインはウィルザから距離を置いた。話すつもりはないということらしい。
「よろしいのですか、ウィルザ様」
 ローディの質問は、ケインを放置するとか、そういうことではない。万が一のとき、ウィルザの抵抗勢力とはならないかという意味のものだ。
「ローディはどう思う?」
「もし、ケインが後々障害となるようでしたら、早いうちに決着をつけてしまうのがよろしいかと存じます」
「ぼくも同じ考えだ。ケインの存在は、決してぼくにとってプラスになるものじゃない。いずれは雌雄を決するときが来るだろうね。今は一時的に味方だったとしても、いずれは」
「このドルークでの戦いが終わったときに、ですか」
「そう考えるのはケインも同じだろうね。もし向こうもぼくのことが邪魔だと思っているのだとしたら」
 間違いなく思っているに違いない。それでいて今はこのグラン大陸を崩壊に導くために必要な存在だから見逃されているにすぎない。
 だが、あくまでもマ神は自分の手の内にある。自分はルウと命運を共にすると誓ったのだから。






 一方ドルークは、完全に反グラン神国の拠点と変化していた。ミジュアを名目上の総大将とし、ミケーネが中心となったレジスタンスが結成され、アサシナをはじめ、ガラマニア、ジュザリア、そしてイライや東部自治区の者たちもこの場に集った。無論、アルルーナにリザーラ、ゼノビアなどもいる。
 既にドルークは飽和状態。この状況が長く続くなら食糧不足の問題も出てくるだろうが、マ神はそのような戦い方をしてくることはない。既にマ神が攻め込んでくるのは明らかで、こちらもうって出る予定だった。
 そして何より心強いのは、そのレジスタンスに五柱の神が訪れたことだった。
 アサシナのザ神ラグ。
 イライのザ神リート。
 ドルークのザ神ルーン。
 緑の海のザ神レネ。
 そして、ゲの神カイル。
 マ神がこの大陸に落ちてから、五柱の神が初めて一同に会した。
 だが、神々はあえて自分たちの存在を押し付けることはない。あくまでも人間に協力するという姿勢で、自分たちの意見を押しつけるようなことはなかった。
 もともとこの大陸はゲの神のもの。それがマ神によって、ゲ神がザ神へと作りかえられた。それは人間にとって都合の良いもので、不安定なゲ神より、安定して反映できるザ神へと宗旨替えするものが増えた。だがそれは、人間のエネルギーをマ神が効率的に吸い上げるためのもの。人間のエネルギーは長い年月を通してザ神から地下へと送られ、もはやこの大陸を消滅させてもあまりあるエネルギーが蓄えられている。
 そのエネルギーは鬼鈷によって完全に機能が停止された状態になっている。鬼鈷を差した人間か、その後継者とみなされる者でない限りは再始動することができない。そして、その当事者であるウィルザ本人にはそのつもりは全くない。従って、マ神のエネルギーはもう誰も使うことができない状態にある。
 だからこそザの神々と、ゲの神は自由を取り戻すことができたともいえる。マ神はザ神やゲ神を滅ぼすのをやめ、この大陸のすべてを支配することに変えた。ザ神も既にマ神に操られる存在ではなくなった。いまや完全な人間の味方。全ての神々が人間に味方することができるようになったのだ。
 そして。
「遅かったな」
 レジスタンス最高会議に遅れてやってきた人物を、ミケーネが出迎える。
「すまなかった。大事なときに、いなくなってしまって」
「分かっている。ウィルザの策だろう。だが、最後の戦いを前に戻ってきてくれてよかった」
 レオンが、このドルークへたどりついたのだ。







第五十六話

レジスタンス







「過去への旅は有意義だったようだな、レオンよ」
 会議の場に来たのはレオンとガイナスターの二人。それを見て声をかけたのはゲ神カイルだった。
「ああ。お前のおかげだ。感謝する、カイル」
「少しは顔つきが変わったようだな。それに、力の使い方も覚えたようだ」
「多少、振り回されていたが、なんとか大丈夫なようだ」
 レオンは首を左右にひねる。まだ新しい力に慣れきっていない、というように。
「それにガイナスター。お前がまさかここに来るとはな」
「こいつと一緒に旅をしていれば、嫌でもここに来ることになる。ウィルザの野郎をぶっ飛ばすためにもな」
 ミケーネとガイナスターは仇敵同士といってもいい。もしマ神の脅威がなくなり、グラン四国が復興するようなことになれば、ミケーネ率いるアサシナと、ガイナスター率いるガラマニアは、これから何度も戦争を繰り返すことになるだろう。
「状況を知りたい、ミケーネ。ウィルザはもう近くまで来ているのか?」
 レオンが尋ねると、準備していたゼノビアが机上に地図を広げた。
「斥候の報告では、現在この位置、緑の海の半分まで進軍してきている。四分の三まで侵攻した時点で奇襲をかけるつもりでいたが」
「やめた方がいい」
 あっさりとレオンはそれを否定した。
「何故だ?」
「相手は黒童子だ。森の中で戦うとなれば、自然と個人戦になってくる。俺やお前ならともかく、一般の兵士が一対一で黒童子に敵うか?」
 全く歯が立たないというのが実情だ。それほどに黒童子は強い。鍛え上げた兵士でなければ敵わない。
「それなら、森を出てきたところを一斉にライフルで掃討する。それが確実だ」
「なるほど。確かに緑の海からここまでは一本道。森の出口を封鎖してしまえば、簡単にドルークに襲いかかることはできないな」
「そういうことだ。道を制するものは戦場を制する。山や森での戦いは特にな。こちらは数では勝っているのだから、とにかく接近を許さなければ集団戦には勝てる。気がかりなのはマナミガル軍だな。一緒に侵攻してきているのか?」
「いや、マナミガルはイライから東部自治区を占領した。こちらには回ってきていない」
「東部自治区?」
 かつてバーキュレアと共にイライから東部自治区を旅したことを思い出す。イライ、東部自治区とくれば、船でドルークまで来ることができる。
「緊急に港を封鎖しろ。いや、封鎖では生ぬるい。船が接近してこられなくなるような罠を仕掛けろ。船同士を鎖でつないで封鎖するか、とにかく東部自治区からの攻撃に備えろ」
「だが、さすがにカーリアといえども、占領地を放棄してまでドルークに来るか?」
「別に全軍でなくてもいいんだ。占領政策などマナミガルと同じ、甘い蜜を吸わせればいくらでも従順になる。東部自治区を味方につけて、ドルークに背後から襲い掛かれば、こちらはなす術がない」
「たしかに」
「幸い、余剰人員はいるのだろう。それなら──」
「自分が指揮を取ろう」
 そこに名乗りを上げたのは、なんとイライのザ神、リートであった。
「リートか。大丈夫なんだろうな」
「イライの民も、東部自治区の民もよく分かっている。逆に自分が一番適任だと思うぞ。マナミガル軍がドルークに攻め込むことができるのは、後方が安全だと分かっている場合に限るのだろう?」
 つまりリートが言いたいのは、後方で反乱を起こさせて撹乱させれば、マナミガル軍は東部自治区に釘付けとなる、ということだ。そしてリートであればそれだけの影響力があるということだ。
「分かった。頼むぞ、リート」
「頼まれよう。自分たちもマ神には煮え湯を飲まされているのでな。特にイライまで攻め込んできたとなれば、黙っているわけにはいかん」
「それから、緑の海ならレネ、お前が一番よく地形を分かっているな」
「ええ。混乱したマ神軍への側面攻撃ですね。引き受けましょう」
 何も言わずとも、すでにレネはするべきことを理解している。こうしてみると神々が仲間になったというのは本当に頼もしいことだった。
「ルーンはドルークでリザーラと共に指揮をしろ。地元の人間はお前が一番よく分かっているだろう」
「了解しました。ご武運を」
「ラグはミケーネ、ゼノビアと共に森の出口で迎え撃ってくれ。ケインが出てきたらお前くらいの者がいなければ対抗できない」
「引き受けた。敵のジョーカーはこちらで相手にしよう」
「俺はウィルザを討つ」
 レオンがそう宣言してから周りを見る。
「ガイナスター、カイル。協力してくれ。お前たちの力が必要だ」
「ああ。ウィルザに一泡吹かせるためにここまで来たんだからな」
「無論だ。あの恩知らずを叩きのめさなければ、我の気がすまん」
 ガイナスターは無論だが、ゲ神からマ神に宗旨替えしたウィルザに対してカイルがご立腹のようだった。このあたりは随分人間臭いというべきか。
「もちろん、ウィルザを倒す方法は考えてあるのだろうな」
 カイルからの質問に、レオンは力強く頷く。
「今度こそ、あいつの思い通りにはさせない」
「よかろう。そなたがどうやって行動するのか、楽しみにしていよう」
 そしてレオンは最後に、機械天使アルルーナに向き直った。
「アルルーナには、一つ、大事な仕事がある」
「はい」
「マナミガルへ行ってほしいんだ」
「分かりました」
「そして、クノン王とドネア姫を救出してほしい。二人の存在は、アサシナとガラマニアの人間にとってはアキレス腱だ。人質があっては戦えない」
「はい」
「お前なら救出してくれると信じる。頼む」
「分かりました。正直、戦えというよりもその方が気が楽です」
「この戦いの命運がかかっている。そして、お前が確実に救出してくれると信じているからこそ、兵士たちも全力で戦える。俺ははっきりと全軍に言う。人質は救出したから大丈夫だ、と」
「分かりました。急いでマナミガルへ向かいます」
 レオンは頷く。これで打てる手は全て打った。そして後は最後の一手を打つだけだ。
「よし、それではただちに準備に移ってほしい。それから、アルルーナとリザーラはここに残ってくれ。細かい指示を出す」
 レオンが戻るまで、ほとんど作戦らしい作戦もなかった一同だったが、これで一気に戦術が決められた。
 後は、開戦を待つだけ。

 レオンとウィルザの都合四度目の戦いが始まろうとしていた。







人間か、マ神か、最後の戦いが始まった。
進軍するマ神に対し、防戦一方のレジスタンス軍。
膠着する戦いの中、ウィルザが、そしてレオンが動く。
どちらの作戦が、功を奏するのか。

『俺とお前がこうして戦うのは、はじめから決まっていたことだ』

次回、第五十七話。

『間違った選択』







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