「しかしお前がまさか正攻法で戦うとは思わなかったぜ。あのウィルザを相手にそんなので大丈夫なのか?」
 準備を整えて出発する直前になってからガイナスターが尋ねた。同行しているゲ神カイルも同様の考えで、レオンの考えを知りたいという様子だ。
「俺はウィルザと戦うにあたって、どうも面倒に事を考えていたらしい」
「どういうことだ?」
「ジュザリア、マナミガル、アサシナと、ウィルザは正攻法で戦わずに奇策を用いてきている。ここにいったいどういう理由があるのかを考えれば簡単なことだった。ウィルザは、正面から戦っても勝てないと考えているんだ」
 それにはさすがにガイナスターもカイルも信じられないという様子になる。
「間違いない。ウィルザはもっとも効率的に物事を進めようとしている。それなのにあれだけの時間をかけてアサシナを攻略しなければならなかったのは、正面から戦っても勝てるだけの戦力がウィルザの方になかったということを意味している」
「だが、ガラマニアには正面攻撃をしかけてきたぜ」
「当然だ。ガラマニアが最初なのだから、ウィルザは力で四カ国すべてを制圧できると思っていたんだ。それなのに、最初のガラマニアでの被害があまりに甚大だった。だからこそ奇策を使わなければならなくなったのだろう」
「……ガラマニア攻略は、ウィルザにとって理想的なものではなかったというのか」
 ガイナスターはそう言って苦笑する。それならば、自分のしたことは決して無駄ではなかったということになる。
「戦力がダウンしたが、逆に参謀であるローディがウィルザに加入した。ウィルザにとっては差し引きプラスなのだろうが、戦力が確実にダウンしているのは間違いない。そしてこの間のアサシナ戦でも確実に数を減らしている。だからこそ最も確実な作戦は、確実に敵兵の数を減らすこと。消耗戦になればこちらに利がある」
「消耗戦で有利なのは向こうだと思ってたぜ」
「そう思わせておいて、俺たちが消耗戦になるのを回避しようとしているんだ。抜け目のないやつだな、ウィルザは」
「それなのに消耗戦にしないのか?」
 ガイナスターが先読みして尋ねる。レオンは力強く頷いた。
「しない。グラン大陸の人間を人柱にしなければ倒せない相手だとは思わない。無論、そうしなければいけないならそうするが、無駄な人死にはいらない」
「だがそれだと、ウィルザの罠にかかるということになるな」
 ガイナスターの言うとおりだ。レオンがウィルザを狙う。それをウィルザも分かっているから逆に罠をしかけやすくなる。
「こちらには切り札があるからな。今度は大丈夫。確実にウィルザの裏をかける」
「なら、そうなるよう祈ってるぜ。無駄死にだけはごめんだからな」
 ガイナスターがため息をついた。






 ミケーネたちが攻撃をしかけてくるのなら、ドルークに近づいた段階でよりも、森の中で奇襲をかけてくるだろうとウィルザは思っていた。だが、何も起こらないままウィルザたちは森の出口までたどりついていた。
 もし奇襲をかけてきてくれたなら、逆に戦力差を詰めることができるチャンスだった。結局、多数対多数では一人ずつの武力などたいした差にはならない。だが、一対一ならば黒童子の方がはるかに強い。奇襲を受けた方がウィルザとしてはありがたかった。
(やはり戻ってきているな、レオン)
 まだ相手の陣営がどうなっているかは分からない。だが、奇襲しやすい地形であえて奇襲をしなかった。それはよほどの知恵がなければできることではない。
 グラン神国、マ神軍の力を知っている自分がドルークを率いる立場だとすれば、確実に消耗戦に持ち込む。多数でもって黒童子を一体ずつ確実にしとめる。その戦い方でいくならば、一番いいのは森の出口に陣を構えて、出てくる黒童子たちを銃で狙い撃ちにする。それが一番だ。
 そうされてもいいように、カーリアには東部自治区からの出撃を命じてある。後ろが混乱すれば挟撃することはたやすい。それに東部自治区からの出撃がなくても、自分にはまだ策がある。
(レオンはどう出るかな。ぼくと一騎打ちに来る覚悟なら主導権は奪えるが)
 過去に何度もしてやられているレオンが同じ戦術で来るかというと、そうは思えない。おそらくは何らかの悪巧みをしている。
「ウィルザ様」
 ローディが近づいてくる。
「どうした」
「森の出口の向こうに敵陣があります」
「なるほど。正攻法できたな」
 ウィルザにとって一番使ってほしくなかった手。無論、突撃するのは黒童子を無駄にすることだし、かといって手をこまねいているつもりもない。
「それでは、当初の手はず通りに」
「ああ。頼りにしているぞ、ローディ」
「お任せを」
 そうして黒童子たちを配置させていく。さて、罠にかかっているのは、ウィルザか、レオンか。
(人間を守るために、人間の国を滅ぼす。矛盾だな。でも、ぼくにはこれしか道がない)
 自由意志に任せて人間が滅びるくらいならば、自分が管理、支配して滅亡から人類を守る。たとえ自分が誰にも認められなくても、その覚悟はもうできている。
(邪魔をするというのなら、君を倒すしかないね、レオン)
 そして、戦いが始まった。







第五十七話

間違った選択







 ドルークの陣を率いているのはミケーネとゼノビア、そしてザ神ラグ。ドルーク陣営は銃を構えて黒童子たちの攻撃を待ってはいるものの、なかなか攻撃に移ってこないことに苛立ちを感じていた。
 そんな兵士たちの気を和らげる効果も考え、ミケーネは全軍に一度発砲命令を出す。森の中めがけて一斉射撃。相手が何かをしようとしていたとしても、これで相手の出足を止めることができたはずだ。
「効果はあったかな」
「これで打って出てきてくれるなら、数を減らせるがな」
 ミケーネの問にゼノビアが答える。だが、木陰から飛び出してくる黒童子の姿はない。やはり慎重になっている。
「やるしかないか?」
 ゼノビアが尋ねる。相手が出てこないようなら、最後の手段としてレオンからたくされた技がある。
「生き残るためとはいえ、気が進まないな」
「だが、生き残らなければ何もできない」
 ミケーネの発言にラグがたしなめる。
「我々は、生き残らなければならないのだから」
「その通りだ。よし、やろう」
 ミケーネが承諾し、命令が出される。
 そして次にドルーク陣営が準備したのは、火薬兵器だった。
「放て!」
 大きな爆弾が森の入口めがけて放たれる。爆発、そして、森の入口が一気に火で覆われた。



「どうした!」
 前方で巨大な爆発音。
「火薬兵器を放たれたようです。木々に燃え移っています」
「山火事にするつもりか。思い切った手を打つ」
「油が撒かれていたかもしれません。黒童子では鼻がききませんから……」
「だとしたらぼくの油断だね。レオンにそこまで思い切った手が打てるとは思わなかった」
「いかがしますか。引きますか、押しますか」
「引いたらジリ貧だな。先発部隊はそのまま突撃。まあ、これはもともと死兵だからかまわない。こちらの予定も大きくは変わらないだろう」
「御意」
「それよりも、準備は?」
「大丈夫です。問題ありません」
「よし。それなら、一気に行くぞ」
 ローディが光の魔法を空に向けて放つ。その光は木々の葉を貫き、天にまで昇る。
 ドルークは海と山、そして森に囲まれた天然の要塞。森からは墓場街道が、海からは連絡線ユクモがあるが、山はどうなのか。無論、ドルークと森の入口をつなぐ街道の片側が海ならもう片側は崖がそびえ立つ。ここを移動するなど人間には無理だ。
 そう、人間ならば。



「ミケーネ! 後方だ! 回りこまれた!」
 ゼノビアからの悲鳴のような報告が届く。
「後ろだと!?」
「山だ! 奴ら、あの山を降りてきた!」
 さすがに信じられない。あの崖はほぼ垂直。昇るのも下りるのもまず無理だ。
「舞台を二手に分ける! 鉄砲隊はこのまま森の入口に向けて銃を構えたまま待機! 指揮はゼノビアに任せる。もう片方は俺が行く! 規定通り、五人一組の小集団に分かれて黒童子を一体ずつ叩くぞ!」
 だが、これもレオンの読みの中にはあった。絶対にありえないということをやるから奇襲なのだと。もし山を下りることができれば、それは自分たちが想定できなかったルート。だからこそドルークの守りにリザーラを配置して守りを固め、ミケーネには最悪二手に分かれることも伝えていた。
 そして、戦力的に奇襲をかけられる人数はそれほど多くないだろうことも。
「思ったとおりだ! 敵の数は少ない! 一気に蹴散らすぞ!」



 ウィルザは苦笑した。火の勢いが意外に強い。油を撒いたと言っていたが、これは意外にてこずる。
「第二陣、いけるか」
 先発隊の人数はそれほど多くない。全滅覚悟の先発隊だ。本体はこれから送り込む第二陣。ここが主力となる。
「火の勢いが強すぎます。火を超えるだけで被害が出ます」
「レオンめ。うまいことを考えたものだ。だが、これではぼくに攻撃をかけることもできないだろうに」
 レオンが自分と一騎打ちをしに来る。その予感がウィルザにはあった。だが、今のまま自分の周りに黒童子がいる状況ではレオンも一騎打ちを仕掛けることはできないはず。
「だが、敵が二手に分かれた今しかチャンスはない。突撃だ。火のおかげでこちらが何を企んでいるかは相手に気づかれないはず。一気に近づいて陣を蹴散らす」
「了解しました」
 そう。一番の問題は鉄砲隊がいること。そして二番目の問題は、鉄砲隊の攻撃をくぐりぬけて相手の陣地にたどりついても敵の騎士団がいること。
 だから、それをまず分断する。分断してしまえば、鉄砲隊だけならいくらでも倒せるのだ。そう、この第二陣であれば。
「第二陣、鉄盾部隊、突撃!」
 炎と木々の間から黒童子たちが飛び出していく。そして両手で自分の体よりも大きな盾を前面に構える。そうして黒童子たちが何体も大きな盾をもって巨大な鉄の壁を作る。その後ろに武器を持った黒童子が整列する。
「騎士団のいない今がチャンスだ! 鉄砲の弾など弾き返してしまえ!」
 ローディの指揮で鉄の壁が前へと動き出す。



「あ、あれでは銃がきかないではないか!」
 おそらく盾の壁を作るのに使われる黒童子が全体の半分か、それより多いかもしれない。だが、ある程度まで近づいてしまえば、その後ろに控えている黒童子が人数分の武器を持っていれば乱戦に持ち込める。
「盾と盾の隙間を狙え!」
「無理です! 隙間がなくなるように重なっています!」
 ゼノビアが顔をしかめる。そしてザ神ラグを見た。
「このままではまずい。今しかない」
「そのようだな。連絡を取ろう」
 ラグが目を閉じて念じた──その思念を受け取ったのは、もう一体のザ神レネ。
「黒童子たちの背後は無防備です。勇者たちよ、今こそあなたたちの力を見せるときです!」
 伏兵が動く。燃え広がっていなかった森の一部からドルーク軍が飛び出してきた。完全に後背を突かれた形となった黒童子が、攻撃に移る間もなく次々に倒される。



「敵は少数だ! 撃退しろ!」
 ローディの指示で黒童子たちが動く。だが、さすがに分が悪い。前は鉄砲隊で盾を取ることもできず、かといって伏兵に対抗するには人数が足りない。
(伏兵があったとは気づかなかった。奇襲をかけず、このタイミングまで待っていたということか)
 ローディはそこまで頭が回らなかった自分に舌打ちする。先に火をかけられてしまったため、チェックが甘くなったということもある。いや、おそらくはそれを見越して先制攻撃を仕掛けてきたのだろう。
「盾組はそのままで突撃! 武器組は自分の武器だけ持って相手を撃退する!」
 ならばこちらも二隊に分けるしかない。盾組が倒れれば自分たちは壊滅だ。だが、盾組が敵陣までたどりつけば後は乱戦となる。そこまで持ち込むしかない。
「クーロンゼロ!」
 ローディがドルーク軍に向かって魔法を放った。






(戦況は五分、いや、旗色はこちらが悪いか)
 徐々に火の手が大きくなる森の中で、ウィルザは冷静に戦況を分析する。正攻法での攻撃、さらには火、そしてこちらの策を逆手に取るようなタイミングでの伏兵。やはりドルークは鬼門だ。ここは攻めるに易い地形ではない。
(東部自治区からいまだに援軍が来ないところを見ると、向こうも何らかの足止めを受けたか。さすがにレオン。そつがない)
「ようやく会えたな、ウィルザ」
 と、周りに部下が少なくなったところで声がかかった。
「なるほど。もう既に森の中にいたということか。ということは、ドルーク陣営の動きはお前が事前指示したものによるのか、レオン」
 レオンと、それからガイナスターにゲ神カイル。三人がそこに立ちはだかっていた。
「そういうことだ。だが意外だな。正攻法を取っただけでこれほどお前を追い詰めることができるとは思わなかった」
 ウィルザは苦笑する。確かにその通りだ。
「それでどうするつもりだ? 三人がかりならぼくを倒せるとでも?」
「別に三人もいらない。二人は露払いだ。俺はお前を自分の手で叩きのめすと決めている」
「奇遇だね。ぼくも君だけは気に入らないと思っていた。ずっと前から」
 そして二人の間に殺気があふれる。
「俺とお前がこうして戦うのは、はじめから決まっていたことだ」
「否定はしない。ぼくたちはあまりにも似ていて、だからこそお互いを受け入れられないんだろうね」
「いくぞ──」
 レオンが動く。
 そのあまりのスピードに、ウィルザは驚愕した。これは、いままでのレオンとは違う、もっと別の何か。
 剣の軌跡からぎりぎりで逃れる。それでも一筋の傷跡が残った。完全に回避仕切れなかった。それほどのスピードと力。
「……君はいったい」
「そうか、分かっていなかったか。俺はザ神の力だけではない。ゲ神の力も手にした。つまり、お前より神の力は完全に上だ、ウィルザ」
 さすがのウィルザも、それを聞いて驚かずにはいられなかった。
 神の四つ目の力。それが最後だと思っていた。それなのに、目の前の男は五つ目の力を手にしているというのだ。
「自殺行為だ」
「そう言われた。だが結果は見ての通りだ」
 さらに攻撃。今度は確実に裂傷を負う。
「くっ」
「ここまでだな、ウィルザ。この程度で倒せるなら、最初からさっさと死んでてくれた方がありがたかったぜ」
 レオンが振り下ろす剣は、確実にウィルザを捕らえていた。
 だが、その間に割って入ったのは一体の黒童子。なに、とレオンの顔が歪む。
 そして気づけば、レオンとガイナスター、カイルの周りを大勢の黒童子たちが取り囲んでいた。
「馬鹿な、いったいどこにこれだけの黒童子が」
「……最初からいたんだ。本陣よりもずっと後ろにな」
 ウィルザはかすかに笑みを見せた。
「ドルークに向かわせたのは半数の黒童子だ。こちらは乱戦になったとはいえ、ほぼ全滅するだろう。だが無傷の半数の黒童子は残る。負けることを見越して、半数を犠牲にして半数を残した。こちらの戦力を見誤ったお前の失策だな、レオン」
「半数──」
 レオンは顔をしかめた。とすると、ドルークに向かったのとまだ同じだけの黒童子が控えているということだ。
「なるほど、確かに五つ目の力を手にしたお前にはかなわないかもしれない。だが」
 黒童子たちが一斉に剣を構える。
「これだけの数を相手に戦うつもりか、レオン」







罠にかけたのはいったい、ウィルザなのか、レオンなのか。
ドルークの戦いは膠着したまま終盤を迎える。
ウィルザの最後の罠が、レオンを捕らえる。
だが、レオンもまた、最後の罠を仕掛けていた。

『それがお前の弱点だ』

次回、第五十八話。

『ドルークの戦い』







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