「かかれっ!」
ウィルザの号令で、黒童子たちが一斉に動き出す。
だが。
「なに?」
最初にレオンたちに飛び掛った黒童子──そして、その黒童子たちを背後から切り倒していく黒童子。
壮絶な同士討ちが、そこで行われた。
「どういうことだ」
そして、そこにいた黒童子たちの多くが倒され、二十体ほどの黒童子だけが残った。無論、レオンたちを攻撃する様子はない。逆にウィルザを包囲している。
「さすがに半数以上を残していると聞いて驚いたが、それでもこちらの方がまだ上手だったな、ウィルザ」
「まさかレオン、君は黒童子のマスター権を持っているというのか」
黒童子に命令をくだすことができる権限ということなのだろう。違う、とレオンは首を振った。そして、レオンの隣にいる黒童子が、その覆面を取る。
「……!」
「ここに残っているのは黒童子じゃない。黒童子の振りをした、ただの人間だ」
「こちらの作戦を、逆手にとったというのか」
「そういうことだ。お前ときたら、正攻法でいけば裏をかき、裏をかこうと思ったら正攻法で攻めてくる。こちらの考えを逆手に取ってくるからな。どうしていいものか、正直分からなかった。そうしたら、ある人間がアドバイスをくれてな」
「アドバイス?」
「そうだ。その人間はお前の後ろにいる。振り返って見てみるといい」
おそるおそる、ウィルザは振り返る。そこにいる黒童子が、ゆっくりを覆面を取る。
「久しぶりね、ウィルザ」
そこに現れたのは、赤い髪の少女。
「馬鹿な、サマン!?」
間違いなく、あのとき、サマンは死んだはず──?
直後。
「それがお前の弱点だ」
ウィルザの背から、剣が突き刺さる感触があった。
八一二年。ジュザリア決戦直前。
運命の女神、とレオンから言われて気を良くしたサマンの元に来客があった。それも、先ほどその言葉を伝えたレオン当人だ。
だが、何かが違う。どこか、雰囲気が変わった。
「……八一四年の、レオン?」
話を聞いてさらに驚いた。目の前にいるのは間違いなくレオンだ。だが、確かに今のレオンよりは少し大人びた感じがする。
そして隣にいるのはガイナスター。去年行方不明になったはずのガラマニアの王が共にいる。
「ああ。ジュザリアは落ちる。これは何をしたところで変えられない事実だ」
「そんな」
「お前に説明すると歴史が歪む可能性がある。だからこれ以上の話はできない」
「じゃあ、どうしてレオンは二年前の今に戻ってきたの?」
「お前の力を借りに来た」
レオンはゆっくりとかみしめるように言う。
「お前はここにいても、この時代のレオンの役には立たないし、ウィルザを救うこともできない。だが、お前には未来でやるべきことがある」
「未来で?」
「そうだ。お前にしかできない。ウィルザを倒すという大役は」
サマンがウィルザのことを好きだということは承知している。すべての説明を受けたサマンがそれでもウィルザを倒すことをためらうというのならばそれまでの話だ。
「私がウィルザを殺すの?」
「そうしなければお前が殺される」
「でも、ウィルザが私を殺すわけじゃないよね?」
「同じことだ。ウィルザの部下がお前を殺す。それも定まった未来」
サマンが顔をしかめる。どう判断すればいいのか悩んでいる。
「レオンは──あなたは、私を未来に連れていこうというのね?」
「そうだ。そこでお前は、自分が為すべきことを為すことができる」
「それが、私がウィルザを殺す、ということ?」
「その協力をするということだ。あいつを倒すのはこの俺だ」
「仲の悪いのは二年経っても変わらない、か」
「二年前よりもあいつへの恨みは強い」
ぶっきらぼうに言う。するとサマンがくすくす笑った。
「変わらないね、レオンは」
「心外だ」
「いや、うん、分かったよ。レオンが本当に私のことを必要としてくれているのは分かった。でも、どうやって?」
「ゲ神の力を借りる。ここにお前の形をした人形がある。一日間、お前の変わりに活動することができる。この人形ならばお前の姉、リザーラですら騙すことが可能だ」
「お姉ちゃんも」
「なるほど。私が死ぬっていう歴史を変えないために、私の姿をした人形を殺させるってことか」
サマンもようやく状況が飲み込めてきた。
「なら、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「どうして私なの? レオンには他に、必要としている人がいるんじゃないの?」
「バーキュレアのことか?」
うん、と頷く。
「断られた」
「ことわ……られた?」
「ああ。ゲ神から、お前とバーキュレア、二人分の人形をもらったんだが、先にレアに会いに行ったらあのやろう、未来に行くのはお断りだってつっぱねやがった」
納得がいかないのか、レオンは機嫌悪そうに答える。
「バーキュレアさんは、レオンのことを信じなかったのかな」
「いや、多分そうじゃない。あいつは俺の背を守ると言った。そういう契約だった。俺は既にバーキュレアに守ってもらったが、八一〇年の俺はまだバーキュレアに守られていない。つまり、守るべき相手は八一〇年の俺だったんだろう」
「そ、そこまで考えてるの、バーキュレアさんは」
「いや、それは俺の推測だ。そこまではっきりとしたものではないのだろうが、でも似たようなものだろう。あの頑固者め」
本当に困った様子のレオンを見ていると、思わず笑いがこみあげてくる。
「なんだ」
「ううん、レオンがそういうふうにしているのが面白かっただけ。でも、それじゃあバーキュレアさんにはもう会ってきたんだ」
「ああ。感謝と、それから伝えたかったことは伝えてきた」
そう言ったレオンはどこか吹っ切れた様子だった。
「そっか。よかった」
それを聞いてサマンは一度目を閉じる。
「レオンは、もう過去に縛られてないんだね」
過去に縛られているのは自分。
ウィルザという幻想に捕らわれているのは自分だ。
「分かった。いいよ。協力する。私ももう、ウィルザから卒業しないとね」
サマンが笑顔で答えた。
第五十八話
ドルークの戦い
「馬鹿な」
ウィルザが、激痛で顔をゆがめる。もちろん剣を刺したのはレオン。それも背中から。
「お前の作戦は、全てサマンが見破っていた。やはり長くつきあっている奴の意見は貴重だな。サマンが『ウィルザならきっとこうする』と、お前の考えた作戦をそのまま教えてくれた。ありがたいことだ」
「なんで、なんでサマンが」
「俺が過去から死ぬ前のサマンを連れてきた。お前が殺す直前、サマンの姿をした人形をサマンと取り替えた。ザ神リザーラですら騙すことができる完成度だ。お前では、そして当時の俺でも見分けなどつかないだろう」
「取り替えただと。じゃあ、サマンは死んでいなかったっていうのか」
「そうだ。そしてサマンのことが世界記に書かれていないのも当然だ。何しろサマンは歴史上死んだことになり、さらには八一二年の世界から消えていたのだからな」
「馬鹿な。そんな、そんなことが」
がくり、とウィルザが膝をつく。そしてレオンが剣を引き抜くとウィルザの体が勢いで後ろに倒れた。
「急所を突いた。もう、そこまでだ、ウィルザ」
「ぼくは、死ぬのか?」
「お前を助ける者はいない。ケインの行方が分からないが、少なくともローディはここに戻って来られるような状態ではないだろう」
「そうか──ローディは、ぼくのためを思って行動してくれただけだ。だから」
「分かっている。お前がいなければ害はないだろう。復讐しようと考えない限りはな」
「ありがとう」
そしてウィルザの目に、自分を見ている赤毛の女の子の姿が映った。
「サマン。君は、ぼくのことを恨んでいるのかい?」
「私はウィルザに殺されてないから、恨むも恨まないもない。ただ」
サマンは一度、呼吸を整える。
「ウィルザが間違っているのなら、止めたいと思った」
「ぼくが、間違っている?」
「間違っていないのかもしれない。でも、私の知っているウィルザなら、そんなに辛そうにすることはない。いつでも自分が信じるもののために動いていた。今のウィルザは、昔のウィルザじゃない」
「……そうだな。確かに、ルウと一緒に行動すると決めてから、ぼくはずっと迷ってばかりだった」
「それなのに、ルウさんと一緒にいることを選ぶの?」
「ぼくにとって、一番大切なものは世界じゃなくて、ルウなんだ。だからルウの望みをぼくはかなえる。ルウが傍にいてくれるなら、それでよかったんだ。それだけがぼくの望みだったんだ」
「たとえ、人間を滅ぼしても?」
「滅ぼさない。ぼくは人間を滅ぼさないと決めた。人間を滅ぼさずにマ神となったルウと共にいるには、人間を支配することだけがぼくに残された手段だった。だから自分の信念を曲げてでもそうせざるをえなかった」
「自分が幸せじゃないのに?」
「そうだな。でも、ルウが近くにいてくれるのなら、それで充分だったんだ」
ふう、とウィルザは息を吐いた。
「本当に、それだけだったんだけどな……」
そして、力尽きる。
ウィルザが完全に意識を奪われようとした、そのときだった。
「引け、レオン!」
ゲ神カイルが声をかけた。瞬時にレオンが飛びのく。
その、ウィルザの倒れたあたりで爆発が起こった。いや、何かがそこに落下してきたために土煙が舞った。
「何だ?」
「あれは──」
ガイナスターもサマンも、その土煙を凝視する。
その土煙のおさまった場所で、蒼い髪の女性が一人、ウィルザの傍らに立っていた。
「ルウ、さん」
「サマンさん──やはり、生きていましたか。ウィルザから話を聞いたときには、もしかしたらと思っていましたけど」
久しぶりに再会したという友情のようなものはどこにもない。ただそのかわり、冷たくされているというわけでもない。
「どうしてルウさんは、人間の世界を支配しようとしているの?」
「マ神は、この世界を滅ぼすために別の世界からやってきたのです。それは本能といってもいい」
ルウは事実を淡々と伝えるように話す。
「ですが、私には良人ができました。だからもう、滅ぼす必要はなくなりました。良人の考える通りに、人間を滅ぼさぬように支配する。それが我々にとっても、また人間にとってももっとも良き道であると考えたゆえに」
「そうして人間を家畜のように支配するのか。そんなものは人間でもなんでもない」
レオンがルウにかみつく。だが、ルウは苦笑するばかりだ。
「もはや、会話でお互いの違いを言い合う場面は過ぎました。あとはどちらが正しいかを力で証明するのみです。あなたはあなたの真実で戦いなさい、レオン。私たちは私たちの真実で戦います」
「この場から逃がすとでも思っているのか」
するとルウが、はじめて微笑んだ。
「この私が、この場はあなた方に花を持たせると言っているのです。その程度の駆け引きもできぬほど、あなたはおろかだというのですか。レオン」
レオンは、ゲ神とザ神、すべての力を継承した。だからこそ、マ神と単独で立ち向かうことができる力がある。
だが、目の前の女性は。
(強い)
レオンと戦っても五分か、それ以上に。やはりそこはマ神ということか。
「だが、ウィルザを渡すわけにはいかない」
「賢くなければ長生きはできませんよ──おいで、二人とも」
ルウが言うと、ただちに二条の光が木々を貫いてその地に差し込む。その光の正体は、小さな二人の子供。
「まさか」
「この子たちは私たちの子。マ神同士の子、すなわち生まれながらに純粋なマ神であるもの。さあ、その力を見せなさい、グラン、セリア」
『はい』
すると、わずか三歳の子供が魔法を唱え始める。
「引けっ!」
カイルの言葉に、人間たちが全員飛びのく。
直後、その二人と中心に巨大な爆発が起こった。爆風に木々ごと吹き飛ばされ、爆発の中心部に綺麗なクレーターができていた。
「逃げられたか」
なんとか体を起こしたレオンがそのクレーターの中心を見る。もちろん、二人の子供も、ウィルザもルウも既にいない。
「でも、なんとかウィルザたちを退けたっていうことだよね」
サマンが近づいてきて尋ねる。
「そういうことだな。もっとも、この機会を逃せば次はどうやって倒せばいいのかが分からないが」
「簡単なことだよ」
サマンが苦笑する。
「レオンの話を聞く限りだと、ずっとウィルザから攻められて守ってばっかりだったんでしょ? だったら今度は逆。私たちが向こうの本拠地まで乗り込んで、倒してしまえばいい」
「本拠地というと、マナミガルか」
すでにマ神に魂を売った国。おそらくはウィルザたちはマナミガルに戻るはず。そこを強襲する。
「勝ち目があるとは思えんな」
「でも、私にはウィルザの考えを読みきったっていう実績があるよ」
サマンがにやりと笑った。
「今までレオンが考えて失敗してきたんでしょ? だったらここは私に賭けてみない?」
まったく、面白いことを言う娘だ。
「いいだろう。そういうことならば、お前の考えを採用しよう」
「OK。そうしたら、一旦まずはドルークに戻って作戦会議だね」
俄然、やる気を出したサマンが爆風で吹き飛ばされた仲間たちを助けに回る。
「やれやれ、相変わらず騒々しい娘だ」
「だが、おかげでやることが見えてきたようだな」
ガイナスターとカイルがそれぞれ話しかけてくる。レオンも頷く。
「敵本陣に乗り込んで倒す。サマンの言う通りだ。どうしてその考えにならなかったんだろうな」
完全に受身だった自分。それを打破しようとするサマン。
(ウィルザ本人にこだわりすぎていたのかもしれないな。サマンの考え方は柔軟で、俺にはできそうにない)
カイルの言う通りだ。自分はウィルザと戦うための最強の駒を手に入れた。
彼女がいれば、自分たちはまだ戦える。
ドルークの戦いは、レオンの辛勝に終わった。
重傷を負ったウィルザ。ルウは戦力の拡大のため、大胆な手段に出る。
一方、マナミガルに捕らわれた二人の王族を助けるため、アルルーナが潜入する。
二人は今、何を考えているのか。そして、どういう判断をするのか。
『一度だけ、あなたの導きが欲しい、アルルーナ』
次回、第五十九話。
『沈黙のマナミガル』
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