一方、グラン神国のマ神軍を撃退したドルークは、喜びにわきかえっていた。
 それもそのはず、グラン神国の樹立宣言から、グラン神国は一度も負けることがなかった。ガラマニア、ジュザリア、マナミガル、そしてアサシナと、四大国を全て滅ぼしてきた。マナミガルは属国として支配下におさめられたが、それ以外の国はもはや国としての機能は存続していない。
 その、グラン神国の将軍と側近の二人を捕虜とすることができたのだから、喜びもひとしおだった。
「久しぶりだな、カーリア」
 正式にレジスタンスのまとめ役となったレオンが、縄にかけられたカーリアと会う。無論、彼女の部下たちも全員捕らえられることとなった。何人かは落ち延びただろうが、基本的にマナミガル軍はこれで機能することはなくなった。
「お久しぶりです、レオン」
「お前の件ではゼノビアが大変怒っていてな。それ以外にも旧アサシナの兵からの印象がとにかく悪い。まあ、分かるだろうが」
「ええ。アサシナを裏切り、マナミガルがグラン神国についたのは私の決断によるものですから」
「俺がお前を見張っていればこうはならなかった。その点では俺に落ち度がある。そこで、お前に尋ねるが、捕らえられた今となって、お前の望みはなんだ」
「望んで得られるものがあるのでしょうか」
「さあな。ただ、お前の処遇は正直困る。むしろさっさと逃げてくれればまた戦場で会うだけだった。捕まえてしまっただけに、どうすればいいのかが分からない状態だな」
 ゼノビアや、アサシナの人間たちはそれこそ処刑を望んでいるほどだ。だが、この人物が高潔で、国民のためを思った行動だというのはレオンも理解している。彼女はアサシナにとっては仇敵だろうが、マナミガルの国民にとっては救世主に等しい。
「レオン。あなたは言った。私が投降すれば、ウィルザはマナミガルを滅ぼすだろうと。ですが、マナミガルは属国となりはしたが、滅びはしませんでした」
「ああ」
「あなたは、その未来がわかっていたのではないですか?」
「そうだ」
 迷いもなくレオンが答える。
「では、何故あのとき、あなたはそのようなことをおっしゃったのですか」
「マナミガルが投降すれば、ゼノビアもアサシナ騎士団も討たれる。それだけは防がなければならなかった」
「そのために、マナミガルがマ神と戦い、滅びたとしてもかまわないとおっしゃるのですか」
「戦いになれば互角以上に戦えた。確かに疲弊もしただろう。だが、マナミガル国民の誇りを捨てることはなかっただろう。お前はマナミガル国民として、そして人間としての誇りを捨て、生き延びることを選んだ。それが間違っているとは思わない。だが、俺にはできない選択だな」
「生き延びることより大切なことがあるとおっしゃるのですか」
「価値観の違いだ。議論する必要はない。だが、生き延びることを選んだのなら、何故お前たちはウィルザと共に行動した。そのままマナミガルの中で家畜として飼われていればいいものを、戦場に出てくるから捕らえられ、殺される。その矛盾をどう説明するつもりだ」
「マナミガルはウィルザ様のおかげで生き延びることを許された。そのウィルザ様に恩返しをしようと思ったことの何が悪いというのですか」
「ウィルザはそれを望まなかっただろう」
「その通りです。ウィルザ様は私たちを生かしてくださることしか考えておりませんでした。ですが、私たちが自ら出陣を願ったのです。ウィルザ様の仲間として戦うことを選んだのです」
「仲間か」
 レオンは目を伏せる。
「だとしたらウィルザはいい仲間にめぐまれたな。命をかけてくれる仲間など、そう多くいるものではない」
 そしてレオンは決断した。
「ウィルザとの決着がつくまで、カーリアを幽閉しておけ。どのような形で決着がつくにせよ、カーリアの力は今後、大陸復興のために必要となる」
 それはレオン自身が勝とうが負けようが、という意味合いだ。自分が負ければカーリアはウィルザのよきサポートとなるだろうし、ウィルザが負けたとしてもマナミガルの国民のためにカーリアは尽力するに違いない。
 そうしてカーリアが連れられ、次の捕虜が連れられてくる。
「会うのは二度目、いや三度目か」
「はい。一度目はガラマニアの旧王都で。二度目は、私が偽装投降したときのことですね」
 縄目にあっていたのはウィルザの右腕と目されるローディであった。かつて偽装投降したときのことを考えれば、もはやローディをかばおうとする者はいない。それがミジュア大神官であってもだ。
「俺はお前に対して、カーリアに行ったときほど寛大な処置をすることはできない。お前はどんな状況であってもウィルザに協力する他はないだろうし、かといって俺がウィルザを倒せば、間違いなく復讐を考えるだろうからな」
「当然です。私の主君はいまやウィルザ様ただおひとり」
「ウィルザはお前にとっては良い主君だっただろう。世界でただひとり、お前の価値を認め、お前を必要としている。そのウィルザが引き上げ、おいていかれたと知って、お前は何とも思わないのか?」
「万が一のときは私を置いて脱出するようにとウィルザ様に申し上げていましたから」
「だが、ウィルザはお前を置いて逃げるような奴じゃなかっただろう」
「私の忠誠を試そうというのですか? だとしたら無駄なことです。私はウィルザ様に必要とされている限り、私の命はウィルザ様のものですから」
「そうか」
 レオンは頷いて宣言した。
「明朝、ローディを処刑する。連れていけ」
 そうして、捕虜たちの引見は終わった。







第六十話

混乱のドルーク







 その夜のこと。レオンがすべての仕事を終えて、ようやく一休みできるかと思ったときのことだった。
「ちょっといい、レオン?」
 訪ねてきたのはサマンとリザーラだった。無論、二人の来訪を拒む理由はない。
 サマンが戻ってきた瞬間のリザーラといえば見ものだった。およそ、リザーラというザの天使は滅多なことでは感情をあらわにしない。友人のアルルーナや、妹のサマンに何かがあったときだけ、その感情があふれる。
 サマンの姿を見た瞬間、リザーラは泣き崩れ、そしてサマンにしがみついてしばらく動けなかった。それだけ、彼女にとってサマンという存在は大きいものだった。
「それで、こんな時間にどうした」
 レオンに割り当てられた部屋は、人がひっきりなしに出入りするため、かなり広いところであった。テーブルの前にある椅子にそれぞれ座って話し始めた。
「いや、アタシはもうそろそろ行こうかと思って」
「行く?」
 意味のつかみかねる言葉だった。
「どこにだ?」
「少なくとも、ウィルザのところではないから安心して」
「そんな心配はしていないが──」
 そう答えてから思いなおす。サマンはウィルザのことが好きだった。確かにその不安は考えてしかるべきだ。
 というより、一つ大きな問題があった。
「お前は、ウィルザを倒すということに協力してくれるのではなかったのか?」
「もう協力はしたよ。ウィルザを倒せるのならそれでもよかったし、倒せなかったのならそれでもいい。倒せなかったのはレオンの力不足でしょ。アタシは自分の命を助けてくれたお返しは充分にしたと思ってる」
「お前が未来に来たのは、他に理由があるというのか?」
「さすがだね、レオン。頭の回転が速いのは相変わらずか。アタシがここに来たのは、やるべきことがあるからだよ」
「ウィルザを倒すのが目的ではないというのだな」
「目的の一つ、かな。私、未来に来る前からレオンにいろいろと教えてもらったよね。ウィルザが人間を守るために人間を支配しようとしているのも、レオンが人間が人間であるためにあえて滅びる道を選ぼうとしているのも知っている」
「お前は俺に協力するのではなかったのか」
「ウィルザが間違っているのは分かるし、ウィルザにそんな間違いを続けさせたくないっていうのも本当。でも、アタシはレオンが正しいとも思っていない。だからかな、レオンが未来から来てアタシを連れていこうとしたとき、私の中にもう一つの選択肢が見つかったの」
「もう一つの、選択肢?」
 何のことか分からない。だが、その言葉はレオンをざわつかせた。
「それがまだどういう形になるか分からない。でも、アタシは多分、自分が目指すところを見つけた」
 ふう、と呼吸を一つ。
「支配されて生き延びるのか、人間として滅びるのか。そんな二択は間違ってる。支配されるのでもなく、滅びるのでもない。もう一つの可能性にアタシはかける」
「もう一つの可能性だと」
「そうだよ。きっとあるはず。どうして人間は滅びることになるの? その原因さえ突き止めることができれば、きっと回避する方法はあるはずだよ。アタシはそれを目指す」
「それは無理だ」
 レオンがきっぱりと答える。
「俺は滅びる未来が分かっている。このまま人間に任せていれば、いつか人間が滅びると肌で分かっている。それをウィルザも分かっているからこそ、こんな馬鹿げたことをしている」
「でも、その滅びを回避できるなら、二人が戦う必要もないっていうことだよね」
「それは──」
 その通りだ。結局、自分たちが戦っている理由などその程度のもの。
「アタシ、ウィルザが好き。でも、レオンも好きだよ」
 サマンは笑った。
「だから二人が戦うのはある程度諦めてるし、レオンのために協力もした。でも、それでレオンがウィルザを倒すことができなかったんだとしたら、やっぱり正しいのはアタシなんだ」
「サマン」
「アタシは、ウィルザもレオンも助けてみせる。そのための方法を見つけてみせる。だから、お別れだよ、レオン」
「待て。その方法というのは、何かアテがあるのか」
「何も。でも、見つけてみせる」
「何もアテがないものを見つけるなど、正気の沙汰ではない」
「でも、アタシには分かる。アタシはウィルザと、そしてレオンと、ずっと一緒に行動してきた。レオンと一緒に行動してきて、それでいてウィルザとも行動したことがある人って、アタシ以外にいる?」
 というより、バーキュレアとサマン以外、一緒に行動したことがある人間などいないというのが事実だ。
「二人のことを一番に知っているのがアタシだっていうのは、多分意味があることだと思う。そしてレオンがアタシを助けに来てくれて、未来に連れてきてくれた。それは、レオンにただ協力することじゃない。もっと別の使命があるんだよ」
「それが、俺とウィルザを戦わせないという方法か?」
「もし、人間の未来をもっといい方向に導けるなら、もう戦わなくてもいいんだよね?」
「マ神の問題がある。ルウが殲滅も支配もせずに納得するとは思えない」
「それは話してみないと分からないし、そもそも選択肢がない状態で考えても仕方のないことだよ」
「いまさらウィルザの命を救ってやろうと、レジスタンスが納得するとも思えない。これまでにどれだけの人間が死んだと思っている」
「でも、人間は支配されないし、滅びもしないならその方がいい」
 サマンは頑強だった。というよりも、
「お前、俺に協力すると言いながら、最初から協力する気はなかったな」
「ごめん」
 サマンは舌を出した。
「でも、さっきも言ったけど、助けてくれた分はきっちり仕事したよ。ウィルザの注意を引いて、決定的な隙は作った。倒せなかったのはレオンのせい。アタシにしてみればありがたいことだけど」
「よく分かった」
 ふう、とレオンはため息をついた。
「リザーラ、お前も行くのか?」
「はい。サマンがここにいてくれる。それが私の喜びであることが分かりましたから。それに、私でなければできないこともあります」
「分かった。姉妹仲良くやってくれ」
 もうどうにもならないと悟ったレオンはもう引き止めようとはしなかった。
「ありがとう、レオン。それに、ごめんね」
「気にするな」
 レオンは何の気もなく、相手の謝罪を受け入れた。
 だが、その謝罪の意味は、完全に取り違えていた。






 朝日の昇る前、旅支度を終えたサマンとリザーラが、捕虜が監禁されている家に忍び込む。というより、強引に見張りを眠らせて上がりこむ。
「久しぶり、ローディ」
「──サマン、か」
 ローディが縄につながれて寝かされた状態のまま見上げる。
「お前がレオンに協力しているとは思わなかった。ウィルザ様の味方だと思っていたのだがな」
「アタシはウィルザに味方したつもりはないよ」
「だが、ウィルザ様のことが好きだったのだろう」
「もちろん。ウィルザのことは好き。誰よりも好き。でも、ウィルザはアタシを見てくれないから」
「だからレオンにつくというのか」
「レオンにもつかない。アタシは、アタシの思うとおりに生きる。それをローディに相談に来たの」
 サマンは近づいてナイフを見せる。
「私を殺す気か?」
「ううん。一つだけ約束してほしいの」
「約束?」
「そう。約束してくれるかわりに、アタシはあなたを助ける。この縄を切って、一緒に逃げる」
 ローディは顔をしかめる。
「助けに来たんだよ、ローディを」
「理由がない。お前が私を助ける理由など、どこにも──」
「理由なんか必要ないよ。知っている人を助けたい。それ以上の何が必要なの?」
 ローディは目を二度、瞬かせた。
「お前は……本当に、お前らしいな」
「何、それ」
「褒めたのだ。あまり、気にする必要はない」
「ふうん。でも、助けるかわりに一つだけ約束してほしい」
「何だ」
「ウィルザに協力しないで」
「それはできない相談だ」
 即答だった。それだけ、ローディの忠誠は高い。
「私はウィルザ様の考えを実現することしかするつもりはない」
「それがウィルザのためにならないとしても? ウィルザがどれだけの思いで人間を支配しようとしているか分かって言ってるの?」
「そのお心の全ては分からない。だが、少しでもあの方の痛みが分かる以上、慰めるのが部下の務めだ」
「でも、ローディはウィルザより先に死ぬんだよ」
 重い言葉が、ローディに答を言わせない。
「マ神になったウィルザはルウさんと永遠に生きるかもしれない。ウィルザに助けられたルウさんでは、ウィルザの心の痛みを癒してあげることはできない。それはウィルザの子供たちだって同じ。ウィルザの痛みを分かち合えるのは、ローディだけでしょ? でも、ローディはどんなに長生きしたって、あと五十年も生きられないんだよ。それから先、ウィルザはたとえ家族が何人いたってずっと一人ぼっち。ローディがいなかったら、ウィルザを慰められる人なんていないんだよ」
「ではどうしろというのだ。もはやウィルザ様に救いなどないのは分かっている。ならば、最後までお供をするのが私の役目だっ!」
「救いはあるよ」
 サマンの手が、ローディの頬に触れる。
「アタシはウィルザを助けたい。ウィルザとレオンが戦うのではなく、人間が支配されるのでも滅びるのでもなく、全てのひとが幸せである未来を作りたい」
「全てのひとが、幸せ、だと」
 ローディは目を見開く。
「そんな、誇大妄想が」
「できる。アタシは信じてる。どちらを選択しても苦しいことしかない選択肢なんか選んでやらない。選択肢が二つしかないなら、自分で三つ目を作る。それがウィルザもレオンも救うことになる。アタシは二人とも助けたい。でも、アタシ一人じゃ、できないんだよ。ローディが手伝ってくれたら、絶対にうまくいく。ウィルザも助けられるし、全ての人が幸せになる未来を作れる。ローディがいないと駄目なんだよ」
 二人が見つめあう、というよりは睨み合う。
「その口説き方は、ウィルザ様に教わったのか?」
「何言ってるの。ウィルザがローディを口説いたとき、アタシもその場にいたでしょ。知ってるよ、そんなこと」
「同じ口説き方では、先に言った方が効力が強い」
「でも、ローディはアタシに協力してくれるよ」
「何故」
「だって、それがウィルザのためになるってもう、ローディが分かってるから」
 そして、サマンが笑顔を見せる。すると、久しぶりに、本当に久しぶりにローディも笑った。
「お前は、いつまでもお前のままだな。心地よい」
「褒めてる?」
「私なりの、最大の賛辞だ」
 サマンは頷くと、ナイフを閃かせてローディの拘束を解いた。







ドルークからサマンとリザーラ、そしてローディの姿が消えた。
そして、マナミガルを抜け出したクノンはアサシナを目指す。
かつて、母から教わった、アサシナ地下に眠るエネルギー。
そこで、クノンが出会った相手とは。

『待っていたぞ。ようやく会えた』

次回、第六十一話。

『邂逅のアサシナ』







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