クノンがアサシナの旧王都へやってきたのには理由があった。
 父、アサシネア六世が崩御した後、クノンは母からアサシナ王家の者としてのさまざまな教育を受けた。いつひとりになったとしても、国王としてやっていけるようにという教育であった。思えば、レムヌは早い段階で、自分が死んだ後のことを考えていたようだった。
 聡明なレムヌ王太后だっただけに、その教育は決して自説を押し付けるだけではない。大神官ミジュアや騎士団長ミケーネなどからも教育されたため、さまざまな意見を客観的に見ることができる人間に成長することができた。
 そのレムヌが何よりも先に教えたのは帝王学でもなければ、王家の歴史などでもなかった。
 アサシナ地下に眠るといわれる、巨大なエネルギー。
 それはかつてレムヌがアサシネア六世から教わったことであり、レムヌはそれをアサシネア六世の子に返すということを行ったのだ。
 そのエネルギーはアサシネア六世が死んだときに、永遠に封印されることとなった。
 どのような仕組みなのかは全く不明だが、アサシネア六世はそのエネルギーで永遠の命を手に入れようとしていたらしい。
 だが、その前にアサシネア六世は死に、そしてエネルギー自体も完全に手の出せない状態となった。
 それからレムヌは国の仕事、クノンの教育という倒れても仕方のないような激務の中、この地下のエネルギーについての調査を独自に進めていた。
 もちろん、新王都にいるレムヌが自ら足を運ぶわけにはいかない。人を派遣し、調査は遅々として進まなかったが、その成果はすべてクノンは受け継いでいる。
 ただ一つ分かっているのは、エネルギーは封印されはしたが、消滅したわけではないということだ。
 アルルーナはクノンと共に、この星船へと足を運んだ。
 本来、彼女はクノンを連れてドルークへ戻らなければならないところだ。だが、何の因果か、こうしてクノンと共に寄り道をしている。いや、もしかしたらクノンはレジスタンスへ向かうつもりがないかもしれない。
 いずれにしても、アルルーナはアサシナに戻ってきた。かつて、ずっと鎖につながれていたこの町に。
 ふたりは地下に下りて、かつてウィルザが鬼鈷を刺した場所へとやってくる。
 星の船。かつてマ神がこのグラン大陸へ飛来したときに使われた船。エネルギーを充填し、再び宇宙へ舞い上がるときを待っていた。
「これが鬼鈷ですか」
 触っても鬼鈷はぴくりとも動かない。完全に機能停止してしまっている。
「はい。ウィルザやマ神ですらこの状態ではもう動かすことはできません。星の船は永遠に稼動することができません」
「そうでしょうか」
 クノンは星の船と呼ばれる場所を眺めまわす。
「ザ神を経由してこの星の船に送り込まれたエネルギーは、今もこの船の中に溜まっているはずです。それこそ、グラン大陸を滅ぼしてもあまりあるほどのエネルギーが」
「はい。ですがそのエネルギーももはや宝の持ち腐れです」
「そうですね。こうして動くこともできない乗り物というのは、かわいそうなものですね。破壊されているわけでもない。ただ、起動することだけができない」
 鬼鈷は星の船の制御キーでもある。もしもそのキーを動かすことができれば、また違うことが起こるのかもしれない。だが、動かないのであればそれはもうどうにもならないということだ。
「ウィルザやレオンなら、これを動かせるのでしょうか」
「おそらく無理でしょう」
 アルルーナが答える。
「ウィルザが行ったのは、この星の船に対して外部からの受付を一切排除するようにしたことです。どのような機械も、動かなければそれはただのオブジェにすぎません」
「動かす方法はもうないのですか」
「たとえマ神であってもできないでしょう。この星の船は、未来永劫こうしているほかはありません」
 それがウィルザが行ったことだった。ここに眠るエネルギーを悪用されないために、未来永劫誰もアクセスできない状態にした。
「母上は、僕にいったい何を残してくださったのだろう」
 アサシナ地下に眠るエネルギー。それについてレムヌは知りうる限りの知識をクノンに与えていた。だが、結局使えないものならば、それには価値がなかったことになる。
「クノン陛下はなぜ、この場所へいらっしゃったのですか?」
 アルルーナが尋ねる。道を示した直後にクノンはアサシナ地下へと向かった。そこには何かしらの理由があるはずだった。
「暗い場所と言われて、思い浮かんだのがこの場所だったんです」
 確かにこの場所は地下深く、暗い。だが、
「ここで誰かに会えるなんて、そんなうまくはいかないですよね」
「いえ、そうでもないと思います」
 アルルーナが周囲に注意を払う。同じようにクノンも意識をめぐらせる。
「誰か来る?」
「そのようですね。それも、複数」
 クノンは武器を手にしようとするが、アルルーナが止める。
「おそらく大丈夫でしょう。きっと味方のはずです」
 アルルーナの言葉に、自然体になってその来客を待つ。
 そして、星の船に入り込んできたその人たちの姿を見る。
「アルルーナ!?」
 逆に向こうも、自分たちの姿を見て驚く。
「あなたでしたか、リザーラ。それに──」
 続けて現れたのは当然、サマン、そしてローディであった。
「クノン王……どうしてここに」
 ローディがクノンを見て愕然とする。
「ローディ副神官。あなたこそ何故」
 どうやらお互い、状況を説明しなければならなかった。







第六十一話

邂逅のアサシナ







 しばらく時間をかけて、ドルークとマナミガルで起こったことの情報交換を行った。問題は、何故サマンがこの場所を目指したのか、ということだった。
「じゃあ、クノン陛下にローディ、それからお姉ちゃんやアルルーナさんにも答えてほしいんだけど」
 サマンが尋ねた。
「どうして、人間は神の加護がなかったら生きられないの?」
 それはまた、誰も今まで疑問に思ったことがない質問だった。何故ならばそれはこの大陸で生きている以上当然の質問で、疑う余地のないところだったからだ。たとえるなら、空気や水がなければ生きられないのは何故という質問に似ている。
 だが、この二つの質問は決定的に異なる点が一つある。それは、神の加護を必要とする仕組みが分からない点だ。
「神の加護がなければ、人は衰弱死する。それは明らかだろう」
「うん、アタシもそれは知ってる。でも、問題はそこじゃない。神の加護がないと何故人間は衰弱してしまうのかっていう点」
「それは……」
 ローディも分からない。神は人間を守り、人間は神の庇護の下で生きることを許される。それが当然だと思っていた自分にはその仕組みは分からない。
「クノン陛下は分かりますか?」
「僕もそこまで考えたことは」
「お姉ちゃんは? アルルーナさんは?」
 ふたりとも首を振る。
「もしかしたら、ザ神やゲ神そのものだったら分かるのかもしれない。でも、もしかしたら神々だってその理由が分からないかもしれない。アタシが最初に考えたのはそこだったんだ」
 サマンの立場は既に表明された。人間を支配しようとするウィルザ、たとえ滅びるのだとしても人間の自由意思に任せようとするレオン、そのふたりのどちらにも与せず、支配も滅びも回避する方法を探そうとするサマン。
 だが、そのサマンが今のような疑問を持った理由が分からない。
「ウィルザもレオンも、それにアルルーナさんやお姉ちゃんだって、いつか人間が滅びるというのは間違いない事実として知っているみたいだよね」
「はい。人間の自由意思は、いずれ人間そのものを滅ぼすでしょう」
「じゃあ、人間はどうやって滅びるんだろう。ザ神とゲ神の信者たちが対立したのかな。それとも同じ信仰をしている人たち同士で争ったのかな。それとも──」
 ふと、思いついたことがある。
 たとえどれほど人と人が争ったところで、滅びるほどの破壊を生むことができるのだろうか。
 いや、人間はたくましい。たとえごくわずかになったとしても、決して絶滅するほどにはならないだろう。
 だとすれば、
「もし、ザ神やゲ神が、人間を加護することができなかったらどうなると思う?」
「それは──」
「多分、滅びる、よね。試したことがないから分からないけど」
「だが、そんなことがありうるのか」
 ローディが首を振る。とても信じられないという様子だ。
「ありうるんだよ、それが。その生き証人がちょうど目の前にいることだし」
 サマンがクノンを見つめる。
「僕が?」
「はい。クノン陛下はもしかしたら生き延びることができなかったかもしれなかったのは、ご存知ですか?」
「普通に話してくださってかまわないですよ。僕は今では国を持たないものですから」
 クノンは前置きしてから答える。
「その話は母上から聞いております。ウィルザが僕を助けてくれたんですよね」
「そう。大神官ミジュア様を助けて、クノン陛下を助けた。もし間に合わなければクノン陛下は助からなかった。つまり──」
「神官がいなければ、ザ神は人間を加護することはできない」
「うん。結局人間が自らを滅ぼすというのは、そこじゃないかな、と思うんだ。人間同士がこう、戦争するよね。で、お互い疲弊していく。もちろん少数は生き残る。でもその中に神官がいなかったら、次に生まれてくる子供たちに祝福をあげられない」
 確かにそうなると、ザ神信者は一人もいなくなる。実際、神官であったローディですら祝福をあげることができなかったのだ。祝福を与えることができるのは大陸でもごく少数だ。
「だが、ザ神は神官がいなければならないが、ゲ神は神官がいなくても──」
「ザ神信者とゲ神信者が戦争して、ゲ神信者が完全に滅ぼされたとしても? グラン大陸でゲ神を信仰することが何よりもタブーとされたとしても?」
 サマンがローディに食ってかかる。
「人間が自ら人間を滅ぼすっていうのは、つまりそういうことじゃないかとアタシは思った。それが事実かどうかは知らない。でも、もし加護の問題で滅びるのだとしたら、人間の滅びを免れるには、人間が加護無しでも生きられるようにならないといけない」
 神の加護がないままに生きる。それは、人間が神から独立するということだ。
「もし神の加護が無くても生きていけるなら、あと人間に必要なのは一つだけだよ」
「それは?」
「グラン大陸。大陸さえあれば人は生きていける。だからアタシはここに来た」
「なるほど。この地下のエネルギーが悪用されないかどうかということだな。もしここのエネルギーが解放されるようなことがあれば、グラン大陸そのものが消滅する」
「うん。そのための調査に来たんだけど」
「アルルーナが言うには、たとえマ神であってもここのエネルギーを暴走させることはできないそうです」
「なら大丈夫かな。とはいえ、危険物がここにあるっていうのは、正直怖いけどね」
 サマンが言うと、一同が和む。
「サマン」
 リザーラが笑顔で、サマンの頭を撫でる。
「ちょ、何、お姉ちゃん」
「いえ。あなたも成長したのね。そんなふうに考えることができるようになるなんて」
「もー、いつまでも子供じゃないんだからね」
 ぷんと膨れるところはまだまだ子供だが、それはサマンもただ姉に甘えているだけだろう。
「なるほど。ようやくアルルーナの言ったことが半分ほど分かりました」
「半分?」
「はい。僕はここで、ウィルザにもレオンにも協力しない少女の力になると言われて来たんです」
 その瞬間、リザーラの目が細くなる。
「アルルーナ」
「はい」
「あなた、予言したわね」
「すみません」
 アルルーナがしょぼんとうつむく。
「ですが、人を導くのが私の役目ですから」
「約束したはずよ。予言はしない、と」
「ですが、今回は必要なことでした」
「クノン陛下に申し上げます」
 だがリザーラはアルルーナの言い訳などまったく聞かなかった。
「アルルーナは予言を行うたびに自分の寿命を縮めるのです」
 クノンはもちろん初耳だ。顔をしかめてアルルーナを見る。
「そうだったのですか。すみません」
「いえ。ですので」
「分かっています。二度と、導きが欲しいなどとは言いません」
 クノンも当然言われれば分かる。今回はお互いそれで手打ちとなった。
「ですが、今回はその予言のおかげで会うことができたということね」
 リザーラが話を切り替える。
「それで、クノン陛下が分かったことというのは?」
「はい。僕は多分、サマンさんに協力するためにここにいるんです」
「アタシに?」
「そうです。僕はこの暗いアサシナの地下であなたに会うように導かれてきました。すると僕が次にしなければいけないことが分かってきます」
「それは?」
「サマンさんたちはドルークから逃れてきたのですよね。ということは、ドルークに戻れるのはこの中では僕とアルルーナだけ──いえ、アルルーナがリザーラに協力するのだとしたら、正確には僕だけということになります」
「アタシも分かった」
 そこまで聞いてサマンも納得がいった。
「つまり、ザ神やゲ神に、加護の問題を尋ねることができるっていうことだよね」
「そうです。サマンさんが表立って聞きに行くことができない現状、それができるのは僕だけです。僕はアルルーナに助けられて、ドルークへ戻る『途中でここに立ち寄った』だけですから」
 そうすれば確かに何らかの展望が開かれるかもしれない。
「お願いしても、いい?」
「もちろんです。それがこの大陸を救うことになるのなら」
 サマンは頷く。だが、そうなればここでクノンの真意を正しておかなければならない。
「クノン陛下は、私に協力してくれるんだよね」
「そのつもりです」
「たとえばドルークに戻れば、ミケーネやミジュアといった部下が待ってる。それにレオンが事実上リーダーとして率いている。どちらを優先する?」
「サマンさんです」
 クノンはきっぱりと答えた。
「僕はウィルザからレオンの考え方を聞きました。レオンはすべてを人間任せにし、その結果人間として滅びることも厭わないと。僕はそんなのはいやです。支配されるのはもちろんいやですが、滅びるのはもっといやです」
「アタシも同じ。だからレオンにはもう協力できない」
「はい。僕はドルークの中に入って、サマンさんに情報を流す役割を果たすべきだと思います。それがこの大陸を、そして人間を真に救う方法だと思います」
 サマンは頷いた。
「ありがとう、クノン陛下」
「いいえ。僕もこの大陸の未来を担う人間の一人ですから」
「でも、ドルークに行ったら味方は一人もいない。ミケーネもミジュアも、みんなレオンの味方。それでも大丈夫?」
「はい。僕はレオンに協力する振りをして、レオンの動きをサマンさんに教えます。アルルーナが連絡係になってくれた方がいいかもしれませんね」
「承ります」
 アルルーナが頷く。だが、サマンはアルルーナを見つめる。
「あなたもよ、アルルーナさん。あなたはレオンの友人。レオンに協力したいのではないの?」
「否定はしません。レオンは私の友人ですから。ですが、私にとっての最優先は違います」
「あなたにとっての最優先は?」
「グラン大陸であり、人間です。ウィルザやレオンが間違っているのだとしたら、最も正しい方に従うのが私の在り方です」
 アルルーナが嘘をつくはずがない。そんな機能は備わっていない。だからこそサマンもリザーラも頷いた。
「分かった。お願い、アルルーナさん」
「はい。サマンさんもお気をつけて」
 そうして話が一段落し、先にアルルーナとレオンがドルークへ向けて星の船を出る。サマンは残って、その船をもう一度調べた。
「まだ調べることがあるのか?」
 ローディが尋ねる。うーん、とサマンはうなった。
「正直、次にどうしたらいいかわからないっていうのが正しいかな」
「なんだそれは」
「とにかくまずここに来ようと思った。それから先は、着いてから考えるつもりだった。一つはクノン陛下のことで何とか方針は決まってきたけど、だからって次にどうするかはまだ考えてないよ」
 やれやれ、とローディは肩をすくめる。この分ではしばらくこの場に留まる可能性もあるかもしれない。
 そう思った、矢先だった。
 サマンとローディ、そしてリザーラ。三人のもとに、突如声が届く。

「待っていたぞ。ようやく会えた」

 その声は一度も聞いたことがないはずなのに、やけにはっきりと相手のことが分かった。
「もしかして──」
 サマンは天井を見上げる。
「世界記、なの?」
 その天井に、青白い光が輝いた。







突如、サマンの目の前に現れた世界記。
果たして彼は何故この場に現れたのか。
そして世界記から語られる事実に戸惑うサマン。
世界を救う術を見つけることはできるのか。

『道がないからこそ、先頭に立って歩みだす者は貴重なのだ』

次回、第六十二話。

『世界記のシナリオ』







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