レジスタンスはついにマナミガルへの進軍を開始する。
 マナミガル軍は既に半崩壊し、黒童子たちも半数が失われている。マ神軍は強大だとずっと思わせられていたが、実際にはそうではない。絡め手を使わなければ勝つどころか自軍を維持することも難しいということが証明された形になった。
 しかも現在、グラン神国のトップにいるウィルザが重傷で起き上がれない状態だ。今こそマ神討つときと、レジスタンスの士気は最大に高まっている。
 こうなるとおそろしいのは、いまだその力の片鱗すら見せていないマ神の本体、すなわちルウ本人ただ一人。だが、レジスタンスにもレオンがいる。チェックメイトだ。
 マナミガルまでの進行を妨害するものはない。レオンの指揮に従い、ガイナスター、ミケーネ、ゼノビアといった将軍たちが進んでいく。
 そこに合流したクノンは、疑われないように注意しながら同行する。
 集っている神々は五柱。ザ神の加護を受けてきたクノンにとって、話を聞きやすいのは当然ザ神ということになるのだが、一番よく状況が分かっているのはゲ神である気もする。誰に聞くのが一番いいのか。あまりかぎまわると自分が協力していないと思われるかもしれない。冷静に、慎重に行わなければいけない。
 マナミガルが近づいて、クノンはゲ神カイルと話す機会があった。他に邪魔はない。今しか尋ねる機会はないと思った。
 が、予期せず逆にカイルから話があった。
「何か聞きたいことがあるのであろう?」
 さすがに神。自分の思っていることをずばり言い当ててきた。
「分かりますか」
「分かるとも。ここ数日、ずっと自分の方ばかりを見ていたのではな。神でなくても分かろう」
「はい。僕はマナミガルでいろいろなことをウィルザから聞きました。その中で、どうしても理解ができないことがあったので、もし教えていただければ」
「自分で分かることならば教えてやろう」
「では、お許しを得て。グラン大陸の人間が、何故神の加護が必要なのか、それを知りたいのです」
「なるほど、そこに目をつけたか」
 ゲ神カイルは五柱の中で、もっとも人間くさい。感情をすぐに見せ、人間とも軽々しく話す。どこか一線を置くザ神たちに比べて、ゲ神カイルの方が人気は出てきていた。今もそうだ。クノンからの質問を愉快そうに聞いて、答えてくれている。やはりゲ神に質問して正解だったと思える。
「科学技術の発達していないこの状況でお前に説明することは難しい。が、簡単に言うならば、この大陸そのものに問題がある」
「大陸そのもの?」
「そうだ。この大陸はもともと人間が暮らしていけるようにできてはいない。分かりやすく言うなら、この大気中には毒が混じっていると思えばいい。人間はこの毒に対抗できるようにできていない。生まれた子を放置しておけばすぐに毒にやられて死ぬ。また、加護を与えるまでに時間がかかれば、その毒が徐々に体を蝕み、大人になる前に死ぬ。お前もあと少し加護が遅れれば、今日まで生きられなかったやもしれんな」
 ぞく、と背筋が震える。自分が生まれた頃のことなど当然知るはずもないが、ウィルザに救われたという話だけは聞いている。
「では、加護というのは」
「人間がその毒から身を守るということだ。もしお前が神の加護を望まぬというのなら、この大陸そのものを浄化するほか、方法はないぞ」
 カイルは笑って言う。やはり、この神は気づいている。
「あなたは、何を知っているのですか」
「知らんよ。お前『たち』が何をしようと自分の知ったことではない。だが、一つ言えるとするならば、神などいない方がいい。人間にとってはな」
「自分でおっしゃるのですか」
「神だからこそ言えるのだよ。神に守られているだけの人間が、一人前になったつもりでいる。神の目から見れば滑稽なことこの上ないが、人間が神から独立できるならばそれは望ましいことだ」
「もし、人間が加護を必要としなくなったなら、あなたたちはどうなるのですか」
「この世界にいること自体難しくなるだろう。人間は自分より力のあるものを認めぬ生物。いずれは我々も人間自身によって滅ぼされるであろうな」
「まさか」
「お前は信じないかもしれんが、それが事実だ」
 クノンには信じられない。人間が神への感謝を忘れる日が来るなどということが。
 だが、もしも。カイルの言ったことが事実だとするならば、やがて人間が滅びるというのは。
(神への感謝を忘れ、加護をもらえなくなったから滅びたのか?)
 ならば、サマンが為そうとしていることは、神から独立した人間が滅びないようにすること。つまり、その『毒』から人間を守る方法さえ見つかるなら、マ神やザ神といった枠にとらわれず、戦いを収めることができるはず。
「ゲ神。この大陸を浄化するのは、どうすればいいかわかりますか」
「分かるとも。簡単なことだ。この大陸を消滅させればいい」
「いえ、人間が神の加護を受けずにこの大陸で生きていくために、その『毒』をなくす方法を知りたいのです」
「そんな都合の良いものがあると思うな、人間」
 言い方は厳しいが、それでも怒っているわけではない。その証拠にカイルはまだ笑っている。
「そんな方法があるのだとしたら、それはもう神々ですら無理だ。できるとすればただ一つ」
「何でしょうか」
「この大陸そのものだ」
「大陸そのもの?」
「そうだ。大陸そのものが自分の意思で生まれ変わることができるなら、可能かもしれんな。だがそれは、ウィルザとレオンの仲を取り持つよりも難しいかもしれんぞ?」
 カイルは楽しそうに言った。







第六十三話

最後の戦い







 戦端が開かれたのは、それから数日後の朝。マナミガルの門を守るのは黒童子と、そして善意の市民たち──の、はずだった。
 だが、マナミガル市民たちは一緒に戦っていたはずの黒童子を後ろから攻撃する。そして白旗を揚げた。
「降伏する! 我々は、マ神に強制されていただけなんだ! 我々マナミガル市民は戦う意思は持たない!」
 半ば予想できていた事態だった。だが、その日和見主義にゼノビアが顔をしかめて舌打ちする。以前、裏切られ、殺されかかったことはまだ忘れていない。
「マナミガル市民は信用できない! あいつらは自分たちの旗色が悪くなればすぐに寝返る。あんな奴らと行動を共にしたくない!」
「だが、マ神との戦いの前に、一人でも犠牲者は少なくしたいところだ。ウィルザが倒れ、カーリアもいない現在、今のマナミガルを押さえ込む力はマ神にはないだろう。決着をつけるには彼らの協力が今はありがたい。彼らをどうするかは後で考えよう」
 もはやマナミガルに対してわずかの興味も持っていないレオンにとって、時間を取られるのすらわずらわしいという状態だった。とにかく、少しでも早く乗り込んで、回復する前のウィルザにとどめをささなければならない。
「乗り込むぞ」
 そして、レオンを先頭に、マナミガル王宮に上がりこむ。もはや黒童子の数も少ない。マナミガルの人間はただ座り込んで降伏する意思を見せるだけだった。
 そのレオンたちの前に立ちはだかったのは、若い男と女だった。既に戦闘体勢を取っていて、明らかに敵対する意思を見せている。そしてさらにその後ろには──
「ファル!」
「お久しぶりですね、レオン」
 まさかここでファルが待ち構えているとは思わなかった。
「君で僕たちを止められると思っているのか?」
「私が、みなさんを? もし本当に私がそう思っているとしたら、私はとんでもなく思いあがりをしています。私一人では、ミケーネ様にも、ゼノビア様にも、ガイナスター陛下にもかないません。私は案内役です。レオン。あなたをウィルザ様のところへご案内します。ですが、他の人たちはなりません。ここから先へ通すわけにはいきません」
 男と女が武器を構える。男は剣、女は銃だ。
「俺だけか。それはウィルザの考えたことか? それとも」
「質問には応じません。求めているのは答だけです。私と一緒に来るか、来ないか。どうしますか」
「罠だぜ、レオン」
 ガイナスターが言う。レオンもそう思う。何しろまだ敵にはウィルザだけではなく、ルウとケインがいるのだから。
「分かっている。だが、ここは引くところじゃない。敵の総大将がご指名なんだからな」
「引き離しておいて、お前を殺すつもりだぞ。それよりもこいつらをここで倒した方がいい」
「戦おうとしないのなら、この二人はみなさんに危害を加えないことを約束しましょう」
「そんな約束に何の意味がある。だいたい、この二人が俺たちより強いっていう保証があるのか?」
「落ち着け、ガイナスター」
 レオンが冷静に言う。
「この二人は、ウィルザの子らだ。マ神そのものだ」
「なんだと?」
「だが、レオン。ウィルザの子といえば、まだ三歳程度の子供だったはずでは」
「どういう方法を使ったのか、成長したみたいだな。この間のドルークと同じ目で俺を睨んでいやがる」
 グランとセリア。二人の敵意のこもった眼差しを受けるが、その程度で怯むレオンでもない。
「俺は一人で行く。お前たちはここで待っていろ」
 レオンが堂々と歩き出した。
「レオン!」
「俺かウィルザか。勝った方がこの大陸の運命を決める。それがこれ以上犠牲者を出さない方法だろう。せめてウィルザにも、その程度の潔さを持っていてほしいものだ。姑息な罠など仕掛けずにな」
「ウィルザ様は、あなたと違って罠など仕掛けません」
「謀略でジュザリアとマナミガル、アサシナまで落とした奴に言われたくないな」
「ですがあなたも謀略でウィルザ様を傷つけました」
 その二人以上に、敵意をこめてファルが見る。
「私はあなたを許さない。絶対に」
「お前がどう思おうと自由だ。だが──」
 レオンが素早く動き、ファルが隠し持っていたモノを奪い取る。
「あっ」
「爆発球根か。この程度で俺を殺せると思うな」
 起動させれば大爆発を起こすその球根を、レオンはあっさりと握りつぶした。
「これはお前が勝手に考えたことだろう。小細工はいらないからさっさとウィルザのところに案内しろ。案内役だろ、お前は」
 ファルは視線を逸らすと、後ろの扉に向かって歩き始めた。その後をレオンがついていく。
 そして二人が消えたその扉の手前に、グランとセリアが陣取った。レジスタンスから攻撃を仕掛けなければ危害は加えない。それは事実のようだ。
「チェックメイトだったのにな。五分まで引き戻されたぜ」
「いや、だがこれがあるべき形なのかもしれん。最初にチェックされていたのは我々の方だ」
 ミケーネが自分を納得させるように言う。
「自由か、支配か。人間の未来はもう、あのふたりに託されたのだ」






 ウィルザは、近づく好敵手の鼓動に合わせて少しずつ力を取り戻していくようだった。
 ルウは傍でウィルザの手を握りながらそれを感じていた。このふたりはどこかで引き合い、そして戦うべき宿命を帯びていた。今ならそれがよく分かる。
 結局、自分にできたことなどない。この大陸と人間のことを考えて活動するウィルザを、少しでも安らげることができただろうか。自分にできたことは、ウィルザとの間に子供を生んだことくらいではないのか。
「ルウ」
 目を覚ましたウィルザが、最愛の妻に語りかける。
「なに、ウィルザ」
「レオンが来た」
「そのようね」
「ぼくはこれから、命をかけてあいつと戦わないといけない」
「あなたでは勝てないわ」
「分かってる。あいつは強い。五つ目の力を手に入れるなんて、考えもしなかった。いや、正確には違うな。ザ神の力は、ゲ神の頃よりも約四分の一にまで力が落ちるらしい。ぼくはゲ神から力をもらうとき、その四分の一に相当する力を一回ずつ手に入れていった。でもあいつは違う。最後にゲ神からもらった力は、四つ分の力全てだった。レオンの力はぼくの二倍はある」
「それでも戦うというの?」
「戦う。レオンは強い。でも、勝てないとは思わない」
「勝てるというの?」
「勝算は低いけどね。でも、ぼくは負けない。きみをひとりになんか、しないよ」
 ゆっくりと体を起こす。力は相手の半分。怪我もしている。この状態で戦うなど自殺行為に等しい。それがわかっていながらルウは止めない。
「もし、あなたが死んだら、私はこの命をかけてレオンを殺すわ」
「死んだら駄目だよ。グランとセリアが悲しむ」
「あなたが死んでも同じよ。それにもう、グランとセリアは立派な大人だわ」
「まだ三歳のイメージしかないんだけどな」
「そうね。私もあの子たちの成長を見守りたかったけれど、黒童子もマナミガルも頼りにならないとしたら、後はもうあの子たちに守ってもらうしかないわ」
「子供に守られる親か。情けない」
「でも、あの子たちのおかげで、あなたは最後の戦いをすることができる」
 そう。ここまできて、もう何がどうだったとか振り返るのは馬鹿らしい。全てこの瞬間のために、みんなで作り上げてきたのなら。
「あなたは、みんなの期待に恥じない戦いをしないといけないわ」
「そうだな。最後に勝って、ぼくがこの大陸を支配する。この大陸の上で、人間が永遠に生き続ける。そのために」
「がんばって、ウィルザ」
 ウィルザが立ち上がる。
 ここは礼拝堂。マ神の祭壇。
「来たな」
 その入口が開く。入ってきたのは、ファルと、そして宿敵。
「生きていたか、ウィルザ」
「レオン。よくここまで来た」
 二人が同時に剣を抜く。
「一対一だ、レオン。この戦いですべてを終わらせよう」
「終わるのはお前だ、ウィルザ。まさかこの力の差で勝つつもりではないだろうな」
「勝つさ。大陸を統治するより簡単なことだ」
「そうか、分かった」
 そして二人の目が輝く。
「行くぞ!」
 二人の剣が、火花を散らした。
 いや、それは火花ではない。その二人の剣が触れ合った瞬間、礼拝堂が、マナミガル王宮が、いやこのグラン大陸全土が、白い光につつまれた。
「なんだ、これは」
「何をした、ウィルザ」
「ぼくも分からない。君が何かをしたわけではないのか、レオン」
「まさか」
 その光に包まれていたのは二人だけではない。ルウも、ガイナスターも、ミケーネも、ゼノビアも、ミジュアも、クノンも、ファルも、グランも、セリアも、みんな、そこにいた。そして──
「みなさん、お待ちしておりました」
 集った者たちに声をかけたのは。
「ドネア」
 ガイナスターが声をかける。だが、ドネアはちらりと見ただけで、何も反応しない。そして、
「サマンもか」
 ウィルザが声をかけるが、サマンもやはり何も答えない。
「皆さんに、会わせたい方がいます」
 ドネアがゆっくりと話を続ける。
「この戦いを、終わらせるために──」







最後の戦いがついに始まった。これで人類の運命は決まる。
一方、最後まで望みを捨てず、サマンはドネアの元にたどりつく。
ドネアは何を考えているのか、何を為そうというのか。
祈りの果てに、奇跡が起きる。

『お前を、認めない』

次回、第六十四話。

『グラン大陸』







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