サマンは戦いが始まるのとほぼ同時にマナミガル王宮に忍び込んだ。
世界記の指示に従い、ドネアに会う。それが今のサマンがしなければならないことであった。もはや戦いは始まっている。急がなければ手遅れになる。ドネアに会えばどうなるのかはまだ分からない。だが、世界記の指示が間違うはずはないと信じて動く。
「ドネア姫」
姫の部屋に入ると、さすがのドネアも驚いたようだった。
「サマンさん。どうして、あなたが。ウィルザ様から亡くなったと聞きましたのに」
「うん、それはいろいろあったんだけど。それより、お話があってきたんです」
「私をここから連れ出そうということではなく?」
「はい。ドネア姫が世界の秘密にもっとも近いところにいると聞きました。ドネア姫が知った秘密と言うのを、教えていただきたいのです。この戦いを終わらせるために」
「そうですか」
ドネアが少し安心したように微笑む。
「あなたは私の味方ということですね、サマンさん」
「はい。私はウィルザみたいに人間を支配するのも、レオンみたいに人間の好きに任せて滅びていくのも嫌です。滅びることもなく、支配されることもない、誰もが幸せに生きていける世界であってほしい。ドネア姫はどうお考えですか」
「私も同じ考えです。なら、人間が滅びるのならその原因を取り除かなければいけません」
「はい。その原因が、神の加護」
「その通りです。加護を失った人間は滅びるしかありません。ならば、加護がなくとも生きていけるようにならなければいけません」
「その方法があるのですか?」
「はい。そのために私はずっとこの場所で、毎日ただ祈り続けていました。この身に変えても、その方法を手に入れるために」
「祈る? 何に?」
「グラン大陸に、です」
グラン大陸。
自分たちが生きるこの大陸。
「大陸に、って、でも」
「サマンさんは、この大陸がただの土と、草と、水からできたものだと考えているのですか?」
「違うんですか」
「確かにこの大地にはそれらが存在しています。でも、大陸にはそれだけではなくて、神々がいて、人間がいて、動物たちがいて、いろいろなものが存在する、その全てが大陸から生まれたものです。大陸には意思があり、その大陸の意思によって人間は生かされています」
「神々の加護によってではないのですか?」
「その神々は、人間を守るために大陸が造ったものです。加護の必要がなくなれば、神々はこの大陸に還るだけです」
「じゃあ、加護がなくても人間は生きていけるの?」
「大陸の意思によります。そして、私はその大陸の意思を読み取ることはできても、その意思を変えることはできなかった。毎日どれだけの祈りを捧げても、私一人では無理だった。でも、今は違う。あなたがいる」
「あ、アタシ?」
「そう。大陸に愛された二人の子供。私たちが大陸に祈れば、大陸もまた応えてくれる」
「そうすれば、加護はいらなくなる?」
「ええ」
「ウィルザとレオンは戦わなくてもいいの?」
「そうです」
「それなら、話は決まってる」
サマンはドネアの手を取る。
「アタシ、どうすればいいの?」
「そのまま、私の手を握っていてください。そして、祈ってください。大陸に」
サマンは目を閉じた。そして、祈る。
「これ以上、争わなくてもいいように──」
二人の祈りが重なる。その瞬間、白い光が世界を包んだ。
第六十四話
グラン大陸
「間に合って、よかった」
全員を前に、改めてドネアが言う。最後の戦いは始まってしまったかもしれない。だが、ぎりぎりのところで間に合った。戦いは始まっても、決着さえついていなければ途中でやめることができる。本当にぎりぎり。サマンがマナミガルに着くのが一日遅れれば、いや一時間遅れれば、すべてが終わっているところだった。
「これはいったいどういうことだ、ドネア」
ガイナスターが納得のいかない表情で尋ねる。
「皆さんにお会いしていただきたい方がいる、と申しました」
「その相手ってのは誰なんだ。この戦いに関係しているのか」
「はい。この戦いが起きる原因となった方です。ですが、その方はこんな戦いを望んでいたわけではありません」
「望んでない?」
「はい。さあ、サマン。もう一回、あなたも祈って」
「はい」
サマンが手を組んで祈りを捧げる。それを見てからドネアも祈った。
「今こそ」
ドネアの呼びかけに、白い世界が揺れる。
「この場にご降臨ください。グラン大陸の意思よ」
その、白い世界に、一際白い何者かの影が下りた。顔も輪郭も何も分からない。ただ『白い何か』がそこにいる。それが全員に分かった。
「ご苦労でした、ドネア」
女性のような声だったが、同時に男性のような感じもあった。不思議な声だった。
「それにサマン。あなたの祈りがなければ、私がここに現れることはなかったでしょう」
この存在が。
この存在が、グラン大陸そのものだというのか。
「あなたが」
ウィルザがゆっくりと呼びかけた。
「あなたがグラン大陸だというのですか」
「ええ。異なる世界から来られた方。私はこのグラン大陸そのもの。この大陸に生まれ、亡くなっていったすべての人たちを見守ってきたものです」
「大陸そのものか。それがこうして出てきたのはどういうつもりだ」
誰が相手であれ態度を変えないレオンが尋ねる。
「造られた体に、この世界の魂を持った方。私はあなたのことも見てきました。そしてこれから先、どうしていくかも。あなたはサマンと物別れをしたようですが、サマンの考え方はあなたに近い。ただ、人間の生き抜く先が違うというだけではありませんか」
言われなくても分かっているというようにレオンは何も応えない。
「グラン大陸は人間が生き抜くのに難しい場所でした。そんな中、私は人間たちを生かすために神々を生み出しました。人間は生き延びるのがせいいっぱいで、それ以上を望むことはありませんでした。あの日、マ神がやってくるまでは。マ神は神々をザ神に変え、人間のエネルギーを吸い上げようとしました。人間は自分たちがマ神に力を与えているとも知らず、徐々に豊かになり、ザ神なしには生きていけなくなるほどの力を持つようになりました。そしていまや、マ神とザ神がこうして合い争うようになった。マ神が勝てば、人間は貧しくとも滅びることのない世界で生きられるでしょう。ザ神が勝てば、人間は自由ではあってもいつかは滅びてしまう世界に生きるでしょう。どちらがいいというわけでもありません。ですが、そのどちらでもない第三の道を作ろうとしたものがここにいます」
全員がサマンを見る。
「なぜ人間が滅びるのか。人間が滅びるのは、豊かになり、驕り、そしていつしか自分たちの手でザ神を消滅させるからです」
「な……」
さすがに全員が唖然とした。自らの手で、加護を与えてきた神々を滅ぼすとは。
「ウィルザ。あなた方はそれを知っていたはずです。記憶には残っていないかもしれない。ですが、さまざまな選択をしてきたあなたたちにとって、その記憶は魂に刻みつけられているはず。崩壊した未来から時を越えて戻ってきたあなたは、その未来を知っているのです」
「なんとなく、そんな感じはしていた。ただ、あいまいで、本当にそんなことがあるのかと、信じられなかった。信じられなかったけれど」
「分かっていたのですね。だからこそあなたは止まれなかった。人間を滅ぼしたくなかったから。それに対してレオンは崩壊した未来を知らない。ですが、あなたは知っておいた方がいい。この世界に崩壊した未来からウィルザを送り込んだのは、他ならぬあなただということを」
「なんだと」
レオンは顔をゆがめた。
あれほど呪っていたウィルザをこの世界に送り込んだのが、自分だというのか。
「馬鹿な!」
「それが事実です。あなたも知りたかった。もしもウィルザがこの世界に戻ってきたならば、いったいどのような未来が待っているのか。崩壊した未来を防ぐことはできるのか。崩壊した未来に、残っていたのはあなたとウィルザのふたりだけだったのですから」
レオンが愕然として声も出せずにいる。そして、さらに声は続いた。
「そして、ドネアとサマン。あなたたちは無数に分岐する全ての世界において、私の変わりに『終わり』を見届けてもらいました。過去、ウィルザとレオンがどのようにマ神と戦ってきたのか、あなたたちはすべてを見てきたのです。もちろんあなたたちの意識には何も残っていませんが、すべてを見てきたあなたたちだからこそ、望んだ結末がある。そうですね?」
「はい」
ドネアがしっかりと頷く。
「私は、ウィルザ様とレオンさんに戦っていただきたくありません。みんなが幸せにしていられる世界を望みます」
「サマンはどうですか?」
「同じです。ウィルザとレオンが戦うなんて嫌だ。仲良くしてほしい」
「そのためにどうすればいいのか。方法は一つ。もし、人間が滅びる未来がなければ、ウィルザは争う理由がない。そうですね?」
ドネアとサマンが頷く。
「それをかなえます。私の全ての力を持って。そして、この大陸に今まで蓄えられてきたエネルギーを持って」
サマンが目を見開いた。
そうか。
あの星船に蓄えられていたエネルギー。どうすれば解消できるのかと思っていたが。
「星船のエネルギーがあれば、この大陸を浄化できるんですね!」
サマンが目を輝かせて言う。
「はい。今この大陸に蓄えられているエネルギーは、この大陸そのものを吹き飛ばすほどのものでもあります。それを正しく使ってあげればいい。さあ、戻ってきなさい。ラグ、リート、ルーン、レネ、カイル。あなたたちの力が今こそ必要です」
すると、赤、青、黄、緑、黒の五色の光の玉が現れる。
「あれが、神々の本体なのか」
その五色の光が、白い存在の中に吸い込まれていく。
「子供たちよ」
そして、その存在が語りかける。
「あなたたちを大陸から解放しましょう。あなたたちはこの世界で自由に、滅びることなく生きるといい。ですが、だからこそ忘れないでほしい。あなたたちはこの世界をこれから守っていくのだと。この世界を守る責任があるのだと。私がこれまであなたたちを守ってきたように、これからはあなたたちがこの子供のような世界を守ってください」
「待て」
レオンが呼び止める。
「あんたはどうなるんだ」
「私はもうあなたたちを守る必要はありません。この世界には存在する必要のないもの。二度と会うことはないでしょう」
「待てよ」
一歩を踏み出す。
「あんたなんだろ、父さん」
すると。
その白い影が、ふと、男の顔になって、また白く戻った。
「あなたの父は、この世界を守るために私にその身を捧げてくれました。今では私と共にあります。そして、私と共に消えます」
「もう会えないっていうのか?」
「死んだ人間に会うというのは、ありえないことなのです」
そして白い影が、ますますその白さを増していく。もはや色など残っていない。ただの光。
「さあ、巣立ちの時です。あなたたちはもう、争う必要はない。この世界を頼みます」
そして、光の中に、全てが溶ける。
神の加護も、この大陸を覆う『毒』も。
人間が、神から、独立した瞬間。
生き残った全ての人間は、涙した。
光が収まる。
礼拝堂にいたのは六人。ウィルザとレオン、それにルウとファル、さらにはサマンとドネアがこの場に来ていた。
既に神々の加護がないのは分かった。神々の加護がないということはつまり、誰も魔法を使えなくなったということでもある。そして、ウィルザとレオンにとっては。
「神の力が消えたな」
レオンが自分の手を見て言う。どうやら完全に神々はこの世界から消え去ったらしい。つまり、今のレオンとウィルザはただの人間と同じ力しか持っていないということだ。
「ルウ」
ウィルザが隣に立つ妻の肩を抱く。
「不思議なものね。ウィルザ、あなたの中にあるマ神の力は消えてしまったの?」
「そうみたいだ。ルウ、君は?」
「私の中からも、マ神の力はなくなっているわ。でも……」
ルウが自分の体を抱きしめる。
「マ神の意識だけは残っている。とても、わずかだけど」
「そうか」
ウィルザがルウを近くに座らせると、改めて剣を持ってレオンを見た。
「さて、決着をつけようか、レオン」
「そうだな」
レオンも剣を構える。
「ちょ、ちょっと待ってよ。二人とも何を言ってるの?」
サマンは慌てて二人の間に割って入る。
「もう加護はいらなくなったんだよ? 二人が戦う必要なんてないんだよ!? 分かってるの!?」
「ああ、分かってる」
レオンが殺気をこめて答える。
「どけてくれ、サマン」
ウィルザもまた有無を言わせぬ迫力で言った。
「ぼくは自分の考えでたくさんの人の命を奪った。それは許されることじゃない。確かに戦う理由はなくなったとしても、ぼくは自分が奪ってきた命のために、最後まで戦うことをやめない」
「いい覚悟だ」
レオンも同じ覚悟だった。
「俺はお前を認めない。そしてお前をこの世界に呼び戻したのが俺だというのなら、その落とし前は俺自身がつける」
二人とも、全く引く気はない。
「サマン。人間の未来はお前にたくした」
「ぼくも同じだ。ぼくらはこの世界に対して何もできない。こうして、決着をつけることくらいしか」
人間が神から独立する。
そして、今まで神を理由に戦争を続けてきた二人が死ねば、すべてを二人の責任にすることができる。
「駄目よ。そんなの、駄目! アタシは二人が戦わなくてすむためにがんばってきたのに、二人が戦う必要なんてもうないのに!」
「気にするな。こいつと戦う理由はいろいろあったが、もうその全てがどうでもいい」
「そうだね。ぼくらが戦うのは結局運命でも何でもない」
二人が睨み合う。
『お前を、認めない』
そして、二人が剣を閃かせた。
神から独立した人間たち。
だが、二人は戦いをやめない。
それはお互いのプライド。そして、お互いの意地。
人はそれをくだらないと笑うだろうか。それとも──
『このときのために、私に鬼鈷を持たせたの?』
次回、第六十五話。
『決着』
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