火花が散る。もはや全てのしがらみから解き放たれた二人の戦いに理由はない。ただお互いを認めず、お互いに勝つためだけに戦っている。
 人はくだらないと笑うだろうか。
 それとも、二人の意地を認めるだろうか。
 だが、誰ももう二人の戦いは望んでいない。ただ、当事者の二人を除いて。
「やめて、やめてよ二人ともっ!」
 サマンの叫びが響くが、完全に戦いに集中した二人の耳には届かない。
 剣を振り、薙ぎ、叩きつける。今までは神の力によって凌ぎあっていた二人が、ようやく初めて自分の力だけで戦っている。
「やはりその体は弱いな、ウィルザ。今から体を元に戻してやろうか!」
「戦闘中に無駄口を叩くと怪我をするぞ!」
 レオンの剣がウィルザの頬をかすめ、ウィルザの剣はレオンの肩をかすめる。同時に吹く血しぶき。
「ウィルザ」
 ルウが立ち上がって言う。
「勝って。勝って、私のところに戻ってきて」
 そしてファルもまた。
「ウィルザ様。どうか、どうかご無事で!」
 その二人の声援を受けて、さらにウィルザは闘志を高める。
「まだぼくを信じてくれるんだね、二人とも」
 信じる心が、力に変わる。
「ぼくは負けない!」
 一段と鋭くなった剣閃。なんとかレオンはそれを回避する。
「女に心配してもらわないと戦えないのか?」
「ひがみかい?」
 レオンの軽口に、ウィルザが足を止めて交戦する。
「ぼくはぼくの信じる道を進み、今こうしてぼくを応援してくれる人がいる。君はどうなんだ。君には、君自身を応援してくれる人はいないのか」
「なに?」
「たとえぼくは、ぼく自身が間違った道を歩んだとしても、ぼくについてきてくれる人がいる。ルウが、グランが、セリアが、ファルが、ローディが、カーリアが、ぼくについてきてくれる。たとえその先に地獄が待っていようとも、ぼくはみんなが一緒に来てくれると信じているんだ」
「私は、たとえウィルザ様が鬼でも、悪魔でも、絶対一緒についていきます!」
 ファルが叫ぶ。ルウも頷く。
「ぼくの力は信じる力だ。仲間を信じ、愛する者を信じ、その信頼に応えるために力をつける。君にはその信頼があるのか!」
「くだらん」
 レオンも舌戦につきあう。
「所詮、一対一の戦いの場に信頼の力など入り込む余地はない。それに」
 剣を振り、その剣をウィルザにつきつける。
「お前は、何も失っていない。俺は、自分にとってもっとも大切なものを失った。信頼? 仲間? それは、失ってないからこそ言える言葉だ。俺にとっては──」
 レオンの目から涙が流れる。
「そうだな。認めなければならないようだ。俺は、失っていないお前がうらやましい。俺にはたった一人、あいつがいればそれでよかった。それからの俺は抜け殻のようなものだ」
「何言ってるのよ!」
 サマンが泣きながらレオンに叫ぶ。
「私はウィルザも好きだけど、アンタも好き。自分に価値がないみたいなこと言うな!」
「サマン」
「もうやめてよ。二人が戦う必要なんかない。みんなが幸せになれればそれで充分じゃない!」
 だが、レオンは軽く笑うと再び戦士の顔に戻った。
「ウィルザ。俺はお前を殺す。この場で殺す。お前の仲間は嘆き悲しむだろう。だが、俺は俺の責任においてお前を殺す」
「レオン。ぼくも君を殺すよ。これはぼくが始めた戦いだ。ぼくの都合で勝手に終わらせるわけにはいかない。君を殺して終わりにする」
 そして、再び剣が交わる。
「どうして、どうしてよ」
 自分は間違っていたのか。
 どうして二人が今も争わなければならないのか。お互いに認められないのか。
「ドネア姫、どうにもできないんですか」
「できません」
 ドネアも泣きながら答えた。
「私はウィルザ様の考えを知っています。たとえ問題が解決したからといって戦いをやめるような方ではありません」
「そこまでこだわって、それで死んだらどうするのよ!」
「二人とも覚悟の上です。そして、この戦いが最後。二人とも、戦うことでこのグラン大陸に起きた全ての責任と結果を引き受けるつもりなのです」
「そんなのいやだ。アタシ、ただ二人に幸せでいてほしいだけなのに」
「みんな、同じです」
 ルウも、ファルも泣いていた。もちろん、ドネアも。
「でも、止められません。二人の覚悟は、その程度では揺らがないから。
「アタシは嫌」
 サマンは泣きながら、戦い続ける二人を睨みつける。
 その二人の戦いはさらに激しさを増していた。
 なまじ、神の力がないだけに誰の目にもその激闘が明らかだ。同じ力の人間同士が伯仲するとこうなるのかという戦いだった。お互いの攻撃がぎりぎりのところをかすめていく。徐々に流れる血の量が多くなる。
「ぼくは負けない!」
 鋭く振りぬかれた剣が、レオンの体に裂傷を与える。
「俺がお前に負けるかよ!」
 レオンの剣はウィルザの肩を刺して、さらに血が流れる。
 死闘という名にふさわしい戦いとなった。
 二人の戦いは傷つくほどに激しさを増す。見ているルウやファルですら、その凄惨な情景に目を背けたくなる。だが、二人とも最後まで見届けようとしている。
『死ねええええええええええっ!』
 二人の口から絶叫が響く。
 そして。
 二本の剣が、二つの体を貫く。
「そんな」
 サマンの目が大きく見開かれる。
 二人の体に突き刺さった、二つの剣。
 致命傷だ。
「嘘」
 ドネアも、ファルも、ルウも、思わず飛び出しそうになる。
「これが、結末、か」
 ウィルザがかすかに微笑む。
「やっぱり、君には勝てなかったな、レオン」
「何、言ってやがる」
 レオンも最後まで力を緩めない。必死にその場に踏みとどまる。
「俺は最後までお前に勝てなかった。ちくしょう……」
「まあ、でも、これでよかったのかな」
 がくり、と膝が崩れる。
「これで、世界に対する責任が取れた」
「ったく……付き合わされる俺の身にもなりやがれ。本当にお前は、嫌な奴だ」
「ぼくも君が嫌いだよ。でも、感謝する。ありがとう。君のおかげでぼくは、最後までぼくでいられた。ルウのために自分の命をかけられた」
「まあ、いい」
 がくり、とレオンも崩れ落ちる。
「少なくとも、俺がしたことの後始末はしたからな」
 二人がゆっくりとその場に、倒れた。
 沈黙が、静寂が、礼拝堂に満ちる。
 誰も何も声を出せない。ただ、倒れた二人を目の前に呆然としている。
「ウィルザ?」
 その二人に向かって声をかけたのは、ルウ。
「必ず、勝って、戻ってきてって、言った、のに」
 そのときだ。
 ルウの背後に、一つの影。
 その影がゆっくりと手を伸ばし、その手で背中からルウの体を貫いた。
「ようやく、この時が来たか」
 ──ケイン。







第六十五話

決着







 ケインは左手をルウの体内に沈め、そのまま心臓を握る。
「あ、あ、あ」
 ルウの体から、声にならない声がもれる。
「マ神よ。絶望しているか。最愛の良人を奪われて。しかも復讐する相手すらなくて。絶望したか。ならば、その絶望を糧に、もう一度その身に呼びおろすがいい。マ神の力を。そして、この世界を全て破壊しつくせ!」
 ルウの体が変質する。
 その、握られた心臓から、マ神の力が溢れていく。そして、ルウの体がマ神の力で満ちる。
 ケインはそれを確認して、心臓を握りつぶした。
 それが引き金となり、ルウの体にマ神が降りる。
「さあ、マ神よ。この私も喰らい、この大陸を滅ぼす魔神となれ!」
 ルウの体が膨れ上がり、その中にケインも飲み込まれる。
 そして、人間の三倍ほどの大きさになったその体は、もはや人間のものではなかった。表面は黒く、鱗のようなもので覆われている。頭からは三本の角。爪は長く鋭く、そして真紅の瞳からは血の涙が流れている。
『ヲ! ヲ! ヲ! ヲ! ヲ!』
 それは慟哭。
 愛する者を亡くし、すべてに絶望したものの慟哭だ。
「ルウさん」
 サマンは頭の中が混乱して、もはや何をどうすればいいのか分からない。
「どうして、こんな」
 ドネアもまた混乱していた。だが、
「お二人とも、逃げてください!」
 ファルが二人のところに駆け寄ってくる。
「あれはもう、ルウ様ではありません! このままではみんな、みんな死んでしまいます!」
 魔神の目が光る。直後、魔神から天井に向けて巨大なエネルギーが立ち上り、礼拝堂の天井を吹き飛ばしていた。
「な」
 空から太陽の光が差し込み、それが醜悪な魔神の姿を照らし出す。
 それは、終末に降臨した、破壊者の姿。
「まだ、ルウ様の意識が残っている」
 ファルがそれを見て、冷静に呟く。
「残っている?」
「はい。私たちに逃げろと言っているんです。そうでなければ、今の一撃でこの王宮どころか、この国、いえ、グラン大陸自体が崩壊するほどのエネルギーを放出できたはず」
「そんな、じゃあ、どこに逃げたって」
 無駄だ。あとは死ぬだけ。
「どうしてこんなことに」
 サマンの目からは涙が止まらない。ウィルザとレオンが死に、ケインの謀略でルウが魔神となった。これをどうすればいいのか。
「忘れたか、サマンよ」
 そこに、声が聞こえた。
「あ」
 すっかりと、今のこの場にいたるまで、自分の左肩にいる存在を忘れていた。
「世界記」
「お前が持っている武器は、神の力を止めるもの。お前でなければアレは倒せぬ」
「そうか」
 改めてサマンは自分の剣を抜く。鬼鈷。
「世界記。このときのために、私に鬼鈷を持たせたの?」
「何が起こるかなど、分かるはずもない。もしかしたらウィルザやレオンと戦う可能性もあった」
「相手はルウさん、だよね」
「元はそうかもしれない。だが、もはやアレはルウではない。そして心臓を握りつぶされた彼女はもう元に戻ることはない。倒すことだけが解放の手段だ」
「世界記でも、無理?」
「誰にもできない」
「そう」
 サマンは鬼鈷を構える。
「ドネア姫。ファル。下がってて」
「サマンさん」
「アタシが何とかする。何とかしてみせるから」
 サマンは咆哮を上げる魔神に近づく。
(結局、私はウィルザとレオンが戦うのを止められなかった)
 二人は自分の生き方に忠実だった。それをくだらないと言う人もいるだろう。
 自分もそうだ。
 愛する人間を、こんな姿にしてしまうような戦いに殉じるウィルザが許せない。
 それに付き合って死んでいくレオンが許せない。
 自分はただ、みんなが笑い合っていられればそれだけでよかったのに。
「ルウさん」
 その魔神に、サマンは話しかける。
「もう、戦いは終わったんだよ」
 血の涙を流す魔神。それは、納得がいかないという意思の表れ。
「ウィルザはルウさんがこんな風になることを望んでいない。ウィルザの望みはいつだって、この大陸の平和と、ルウさんの幸せだったんだから。それを二つとも失ってしまうようなこと、ウィルザは絶対望まない」
 そしてサマンは鬼鈷を掲げた。
「だから……さよなら」
 抵抗しない魔神に、サマンは泣きながら剣をつきたてる。
 最後の咆哮が、マナミガルに響いた。
 鬼鈷が輝き、魔神がその光の中に吸収されていく。
 魔神は徐々に消えてなくなる。
 やがて。
 太陽の光に照らされた礼拝堂の中には何も残っていなかった。
「ウィルザ、レオン」
 サマンは空を見上げた。
「終わったよ」
 悲しくて。
 辛くて。
 でも。



 何故かもう、涙は流れてこなかった。







これで、全ての物語は幕を下ろす。
願いがかなったもの、かなわなかったもの。
自分の望みの通りに生きたもの、生きられなかったもの。
そして最後に、残したい言葉がある。

『アタシ、生きてみるよ』

次回、最終話。

『十年後の幸福』







もどる