グランヒストリアはこれで全てのエピソードが完結した。
さまざまな選択の結果、さまざまな終結を迎えることになったが、間違いだらけの選択の結果は、意外にも人間にとってもっとも優しい結末となった。
そして、この世界に残された人々がその後どうなったかを、簡単にここに記す。
まず、世界からザ神とゲ神がなくなり、宗教的な争いはもう必要がなくなった。大神官ミジュアはその座を退き、ザ神教団は解散することとなった。
だが、一部の聖職者が『神はいつも自分の心の内にある』と新ザ神教団を設立。神を認めない反神派と争うことになった。
大神官ミジュアはその紛争に巻き込まれ、八一九年に亡くなる。だが、責任を最後まで取り続けたザ神最後の大神官は、安らかな死に顔だったという。
ファルはウィルザに協力したということで流刑となった。
死海の近くに設けられた小屋に軟禁され、一生をそこで過ごさなければならなくなったが、彼女にとってはそれは悪いことではなかった。亡くなった人への思いを抱いたまま、一途にそこで年老いていくことができるのだから。
彼女は言う。
「私はずっと、ウィルザ様に憧れていました。最後までウィルザ様のところにいられたことが一番幸せなことだったと思います」
八二〇年、彼女は病気で亡くなったが、彼女もまた満足しながら亡くなっていった。まだ十九歳だった。
クノンは新しいグラン大陸の統一国家の国王となった。まだ十歳という若さではあるが、周囲の声におされた結果だった。
クノンはそれから五八歳まで、四八年間この国の君主としてあり続けた。彼の治世には内乱は確かに繰り返されていたが、国が分裂したりすることはなかった。この四八年間はおそらくグラン大陸の歴史において、もっとも平和な時代であった。
だが、彼は亡くなるまで妻を持たなかった。彼が亡くなった後は選挙で君主を選ぶ大統領制へと移行した。
ミケーネとゼノビアは、新しい統一国家の将軍となった。やがて二人は結婚し、一男一女をもうける。ゼノビアは初子を身ごもったときに引退し、家庭に入った。
その後ミケーネはいくつもの内乱を鎮め、国の守護神のような扱いとなる。統一国家にクノンとミケーネがいれば安泰と言われるほどになった。
ゼノビアは子供をよく育てた。男の子は立派に育ち、父親と同じように騎士団に入る。そして女の子の方はおしとやかに育ち、やがて母と同じように結婚し、家庭に入った。
二人とも死ぬときは自分の子供たちに見守られるようにして亡くなった。幸せな人生だったといえよう。
カーリアはマナミガルに戻ることを許されなかった。マナミガルは集団で武力蜂起する危険が一番強い地域とされた。そのマナミガルに信望の厚いカーリアを戻すわけにはいかなかったのだ。
彼女は全ての職を辞し、ガラマニアに一人で住むようになっていた。だが、八一七年にテロが起こり、それに巻き込まれて亡くなった。ウィルザを信じた彼女の最期は看取る者もなく、不遇であった。
ガイナスターは統一国家には与しなかった。新しく国づくりをするのかとも思われたが、そのような動きも見せなかった。基本的には世界中を一人旅して回ることが多かったらしい。
ゲ神の力がなくなった以上、ゲ神の国として名高かったガラマニアが力を取り戻すことができるはずもない。ガラマニアにほそぼそと残っていた人々も、アサシナ平原の方へ降りてくるようになった。統一国家になった以上、人々の移動は自由だった。もはや垣根はない。それが新しい時代であった。
その後、ガイナスターの行方を知る者はない。
グランとセリアの二人は、神々が消えたあの日、光が消えると同時にいなくなっていた。マ神の力がなくなったとき、純粋なマ神として生まれた二人は存在することすら許されなかったようだった。
そしてリザーラとアルルーナに代表される機械天使たちも同じであった。ザ神の活動が全て停止した今、彼女たちも動くことはできない。彼女たちは仲良く眠るように、マナミガルの片隅で見つかった。今ではその体はドルークに戻され、埋葬されている。その体は腐ることなく永久にそこで眠り続けるのだろう。
ドネアはしばらく統一国家に留まっていたが、やがてガラマニア地方へ戻っていった。この地方の復旧を引き受け、統治でのめぐり合わせもあり、結婚、出産した。やがて彼女の子孫から、統一国家の大統領が出ることになるが、それはまた後の話である。
ドネアが亡くなるまで繰り返し言い続けていたのは『私たちはこの大陸を守らなければならない』ということだった。彼女は大陸を守ると口にしながら、行動はすべてガラマニアのために費やした。その矛盾を追及する者もいたが、彼女は相手にしなかった。自分の行動は自分が決める。それが彼女の姿勢であった。
そして、サマンは。
最終話
十年後の幸福
彼女は世界中を飛び回っていた。クノンやミケーネたちと協力することもあれば、自分の好きに動いていることもある。彼女を縛るものは何もない。人間は自由なのだから。
彼女がこの日やってきたのはベカノという小さな村だった。
魔神が滅びたあの日、気づけば何もなくなっていた。ルウの体やケインの体が見つからないのはいい。魔神によってなくなってしまったのだから。だが、ウィルザとレオンの体もいつしかなくなっていた。
その秘密が、ここにある。
「やほ、元気?」
サンザカル旧鉱山の中に、小さな墓が三つあった。
そして、その前にいたのは、穏やかな顔をしたローディであった。
「久しぶりだな、サマン。よくここが分かったものだ」
「ローディがいそうなところをしらみつぶしに探したよ。そうしたらローディみたいな人がベカノにいるって聞いたから、間違いないと思って。これ、ウィルザの墓?」
「ああ。左がウィルザ様、隣がルウ様だ」
「レオンの墓もあるんだ」
少し離れたところに三つ目の墓。
「ウィルザ様の人生は、この男がいなければ変わっていた。敬意を表してというところかな」
「やっぱりローディは優しいね」
「そんなことはない。私はこうしてウィルザ様の思い出に浸っているだけの人間だ。今の自分に価値などない」
「そんなこと言ったらアタシだってそうだよ」
サマンは言って、墓の前で手を合わせた。ウィルザ、ルウ、そしてレオン。自分にとって忘れられない人たち。
「ローディ。私を恨んでる?」
「いや。私もあの戦いは見ていた。ウィルザ様は何のしがらみもなく、ただ宿敵と戦われた。何も考えず、ただ戦いに集中することができたあの時は、ルウ様がマ神となってから、ウィルザ様にとって最も安らいだ時間だったのではないだろうか」
「ルウさんと一緒にいるより?」
「ウィルザ様は、ルウ様と一緒にいたがってはいたが、同時に離れてもいたかったのだ」
「どういうこと?」
「マ神となったルウ様は以前と変わられた。それはお前も分かるだろう?」
「うん」
「変わってしまったルウ様のところにいるのが苦痛だったのだ。だが、それでも愛している。ウィルザ様としては進むことも引くこともできなかった」
「辛かったんだね、ウィルザも」
「ウィルザ様が戻ったのは、ルウ様がマ神となったときだそうだな」
「うん、そうだって聞いた」
「ウィルザ様は多分、八〇五年のあのときに戻りたかったのではないかな。私たちが逃げる途中、あの場所で」
「ああ」
サマンは思い出して笑った。
「アタシがウィルザを諦めたときだ」
「そうだったな。もし、未来を体験したウィルザ様があのときに戻れたら、きっと今度は間違わないだろう。正しい道だけを選び、みんなが生き残る選択ができるのではないだろうか」
「そうだね。うん、きっとそうだよ」
サマンは苦笑する。
「本当にウィルザは馬鹿なんだから。一番大切なものに気づかないなんて」
えいっ、とサマンは墓石をつつく。困ったようなウィルザの顔を思い出した。
「そういえば、世界記はどうしたのだ?」
「世界記? ああ、あの戦いの後、すぐにいなくなったよ。もうこの世界での仕事は終わったからって」
「そうか。どのような存在か、今もってよく分からないが、為すべきことは為したということか」
「だと思う。世界記の目的は世界を守ることだから、この状況はもう世界記の目的に沿ってるんじゃないかな」
「もし、ウィルザ様かレオンのどちらかが勝っていたら」
「今でもここにいるかもしれないね」
この結果になったことが間違いではないと、今の二人には分かっている。
だが、それでも。
「アタシは二人に生きていて欲しかったな」
「私はウィルザ様だけで充分だ」
一緒にするな、とローディが吐き捨てる。
「ねえ、ローディ。アタシ、生きてみるよ」
「生きて、みる?」
「うん。生きてみる。この新しい世界で、ウィルザもレオンもいなくて、生きていくのは大変だと思う。でも、生きてみる。今日より明日が、明日より明後日がよくなるように」
「そうか」
そうして、二人はしばらく無言で墓の前で黙祷を捧げた。
全ての戦いが終わり、今はゆっくりと休んでいる三人。
その三人が、せめて今は安らかであるようにと願う。
「ローディ。一つ約束してくれるかな」
「何だ」
「アタシ、十年したら、またここに来るよ」
「十年後?」
「うん。そのときまた、ここで会ってくれる?」
サマンが何を求めているのかが分からなかったが、だが今は傷ついている彼女に優しくするべきだろう、とローディは思った。
「八二五年の、十二月」
明確に年月を決めた。
「ウィルザ様がなくなった十年後だ。お前が忘れていなければ、墓参りを許す」
「うん、分かった」
そしてサマンは立ち上がった。
「もしかしたらアタシ、その頃には結婚してるかも」
「だったら夫も連れてこい。ウィルザ様と、それからレオンにもお前の夫を紹介してやるといい」
「うん、分かった」
現状ではサマンは結婚などするつもりはまったくない。
だが、ウィルザに出会ったように、レオンに出会ったように。
またきっと素敵な出会いがあると信じる。
自分にふさわしい人物がいると信じる。
「それじゃあ、またね、ローディ」
「ああ。お前の幸せを祈っている」
ローディがそんなことを言うので、サマンは目を見開く。
「ローディに注意」
「なんだ」
「相手の幸せを願うなら、まず自分が幸せになろうとしてなきゃ駄目なんだよ」
「む」
「だから、ローディも幸せになってね。拒否することは認めないんだから!」
二人は、そうして別れた。
十年後にまた二人が再会できるのかどうか。それはまた別の話になる。
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