#1 入部!

SIDE-B






 というわけで、シンジはめでたく軽音部の一員となることが決まった。
 決まったが、当然まだ新入生の勧誘時期。明日は新入生向けの歓迎ライブがある。それに向けて全力で練習しよう、ということになった。当然入ったばかりのシンジはその準備を手伝うだけで、舞台に上がるようなことはない。
 一通り練習が終わったところで四人にシンジが紅茶を淹れる。
「へー、シンジって紅茶淹れられるのか」
「あ、はい。琴吹先輩ほどじゃないと思いますけど、どうぞ」
 四人が同時に紅茶を飲む。
「!」
「こ、これは!」
「……まさか」
「う……」
『美味い!』
 四人の声がハモった。
「あ、ありがとうございます」
「ま、確かにムギには劣るかもしれないけど、充分美味くできてるぜ、これ。自分で紅茶淹れたことあるのか?」
「いつもってわけじゃないんですけど、たまに飲みたくなるときに」
「すごい、シンジくんすごいよ!」
 そして唯がシンジに抱きつく。また、シンジの顔がゆでだこになる。
「ゆーいー。そうやって誰彼かまわず抱きつくのやめとけよ。特にシンジは免疫なさそうだから、勘違いして『唯先輩……好きです!』とかってフラグが立ったらどうすんだよ」
「シンジくんは料理できる?」
 すると唯はシンジに尋ねる。
「え、まあ……はい」
「いつでもフラグOKだよ!」
「アホか!」
 律が鋭く唯に突っ込む。
「唯。あまり純情な一年生を誤解させたりしたら駄目だぞ」
「本気なのに〜」
「本気で言うから一番タチ悪いよな……シンジ、あんまり唯の言ってること真に受けるなよ」
「は、はい」
「でもま、料理ができて甲斐性あるんだったら私も立候補しようかなー」
「りーつー」
「冗談冗談」
 そのような感じで雑談タイムとなる。
「あ、それはそうと、シンジの楽器、何にする?」
「そうねえ。やっぱり弦楽器をやっていたから、ギターかベースかしら」
「ベースが二本あるとまずいよな。そうするとギターか?」
 律と紬が方向性を決めたところで澪が尋ねる。
「シンジはピアノとか鍵盤はできるのか?」
「小学生の頃にエレクトーンを少しだけ。チェロばかりやってて、あまり上手くないです」
「そうか。じゃあ、やっぱりギターの方がいいな。チェロじゃなくなるけど、いいかな」
「僕はいいですけど、うまく弾けなくてもいいですか?」
「唯の最初の頃に比べればマシじゃないのか? あれだけチェロ弾けるんだから。楽譜読めるだろ?」
「はい」
「それだけで唯より五十歩は先に行ってるぜ」
「ひどい、それはひどいよりっちゃん! 今日の私は昨日までの私とは違うよ!」
「何が違うんだ!」
「Cが分かるようになった!」
「それくらいは分かれ!」
 入部早まったかもしれない、とシンジは強く思った。
(でも、本当にいい人たちだよな)
 ネルフのときと違って、裏表が全くないのだ。唯も天然だし、澪は周りを気遣ってくれるし、律は思ったことをすぐ口にするし、紬は優しいし。
「学校の近くに楽器屋ってありますか」
 お、と全員がシンジに注目する。
「あるぜ。『10GIA』っていって、唯のギターもそこで買ったんだ」
「今日、帰りに寄ってみます。早く練習して、先輩たちに追いつかないといけませんから」
「お、感心感心。ま、楽器の手入れとかは問題なさそうだし、練習すれば伸びるタイプだよな」
 今日初めて会ったばかりだというのに律はそんな風に評価する。
「じゃあ、一緒につきあってあげるよ。慣れない楽器だと困るだろ?」
「私も行くわね」
 澪と紬がそうやって言うと、当然のように残り二人も手を上げる。
「私も行く!」
「仕方ないな。私だけ除け者ってわけにもいかないしな」
 というわけで、この日の帰りは先輩たちに連れられて楽器店に行くことになった。






 音楽室の後片付けを終えて、五人は『10GIA』へとやってくる。相変わらず大量のギターとベース。ドラムもいろいろと種類があって面白い。
「シンジ、こっち」
 澪が案内してくれる。シンジはすぐ隣に立つ澪を見つめる。
(秋山先輩が四人の中では一番背が高いんだな)
 使徒戦のときには一四一cmしかなかったシンジの身長も、二年間の間に一六〇cmまで伸びていた。高校の間にさらに伸びるだろう。今は同じくらいの身長だが、もう少し伸びたらこの綺麗な先輩とつりあって見えるようになるだろうか。
「ん、ど、どうしたの、そんなに見つめて」
 じっと見られていた澪が顔を赤くして動揺する。
「あ、いえ、すみません。秋山先輩、けっこう背が高いなって思って──」
 それは地雷だった。身長が高かったり、手が大きかったりする澪は人一倍そのことを気にしている。その場で澪ががくりと力尽きた。
「あーあ、シンジ、地雷踏んだ」
「あ、いえ、そんなつもりじゃなくて、背が高くて綺麗でかっこいいと思って!」
「うわお、こんな場所で告白か」
「ああああああ」
 律にいいようにもてあそばれる。何を言っても駄目なのだろう。
「す、すみません秋山先輩」
「いや、いいよ。私の背が高いのは事実だから」
「でも、今どき一六〇くらいみんなあるよ。私ももうちょっと身長ほ」
「この口か、この口がそんなことを言うか!」
 澪が切れて唯の口をつかんで揺さぶる。
(なんか、こういう運命なのかなあ)
 二年前から、どうも自分は周りの女性に振り回されてばかりだ。今度こそそうはなるまいと思っていたのだが、入学早々目論見が外れている。
「自分が持ちやすくて、気に入ったデザインのがいいわよ」
 と、紬がアドバイスをしてくれる。
「はじめてだから安いのでも、と思うかもしれないけど、本気でやる人は最初からいい道具を使うわ。高くていいものを使うから、練習にも気合が入る。でも、安いものだったら飽きるのも早い」
「そうですね。せっかくですから、納得のいくものを買おうと思います」
 そう言ってシンジが手に取ったのは、紫色でカラーリングされたギターを手に取った。
(初号機の色だ)
 肩からかけてみる。手に持ち、近くに置かれていたピックを手にする。
(なんか、いいな)
 じゃらん、と弦を弾いてみる。
「わお、シンジくん、かっこいい!」
「あ、ありがとうございます」
「意外にサマになってるな」
「うん、似合う」
「写真に撮ろうか」
 うきうきしながら紬がデジカメを取り出す。
「い、いえ、結構です」
「じゃ、こっちのはどうだ?」
 と、次々渡されていくが、最初に持った紫よりもしっくりくるものはなかった。
「やっぱりこれにしようと思います」
「でも、けっこう高いぞ、これ」
 値段を見ると九万八千円。確かに高い。が、
「さっき、お金を下ろしてきたから大丈夫です」
「ふーん」
 こう見えてもシンジは金持ちだ。それもそのはず、ずっとネルフで使徒と戦ってきたのだから、それに見合う報酬を持っている。そのお金でシンジが買ったものといえば、ちょっと高価なチェロくらいだ。だからシンジの貯金は軽く八桁はある。命をかけた報酬としては安いのかもしれないが、ネルフも解体してしまって、今となってはお金を請求することもできない。
「まさか即金で買うとはなー」
「決めたらすぐにやらないと、自分の気持ちが冷めると思ったんです」
 サービスで調弦してもらっている間に、そんなやり取りがかわされる。
「高校で何かがしたかったわけじゃないんです。でも、決めた以上は全力でやりたいと思います」
「その意気その意気」
 律がシンジの胸を叩く。
「その気持ちがあればすぐに唯より上手くなるさ」
「それはないね!」
「どこから出てくるんだその自信」
 律と唯のやり取りも見ていて面白い。そして──
「どうせ私は背の高い女さ……」
 三十分たってもまだ立ち直れない澪に申し訳ない気持ちで一杯だった。






「ただいま」
 それから軽音部の先輩たちにアイスをおごってもらい、家に帰ってくると既に七時になっていた。
「あら、遅かったわね、シンジくん」
 出迎えてくれたのは伊吹マヤ。かつてネルフで一緒に最後まで戦ったオペレーターの女性だった。
「あれ、どうしたのその荷物」
「いえ、軽音部に入ることになったんです」
「軽音部?」
 マヤが頭の中で想像する。
「だ、駄目よシンジくん、そんな人生投げるようなことしちゃ!」
 どういう想像をしたのだろうか。
「いえ、普通にギターを弾くだけですよ」
「だって、髪をピンクに染めて天に向かって逆立つようにしたりとか」
「しませんしません」
 シンジが苦笑する。
「大丈夫です。マヤさんに恥ずかしいことはしませんから」
「でも」
「それに、軽音部の先輩は、みんな女の人なんです。そうしたパンクみたいなのをやることはないと思います」
 そのかわり、軽音部の顧問がメイド服やらさまざまな衣服を着せようとするコスプレ衣装好きだということ、この時点ではまだシンジが知るよしもない。
「ならいいけど、不安だなあ」
「マヤさんは、僕が信頼できませんか?」
 と言われるとマヤも弱い。シンジがどれだけ真面目な少年かということは、それこそマヤが一番よく分かっている。
 あの使徒戦を戦いぬき、心を病んだシンジをずっと傍で看病してきたのはマヤだった。少しずつ口数も増えて、学校に通えるようになったとき、どれほどマヤが喜んだか。そんなマヤに顔向けができなくなるようなことをするつもりはない。
「もちろん、シンジくんのことは信じてるけど」
「よければ今度、一度見にきてください。僕はまだ楽器が弾けないですけど、先輩たちは本当に上手ですから」
「分かった。そのうち行かせてもらう」
 それだけ話してようやく落ち着いたのだろうか、笑顔を見せてくれた。
「食事にする?」
「はい。ありがとうございます」
 既にマヤは食事の準備を終えていた。キッチンテーブルには二人分の料理が並んでいる。帰る時間は伝えておいたので、それに合わせてくれていたのだろう。
「いつもありがとうございます」
「何言ってるのよ。いまだに私はシンジくんより美味しい料理が作れないのに」
「そんなことありません。マヤさんはいつも僕のために料理を作ってくれて、お弁当を作ってくれて、それだけじゃなくて、今までたくさん面倒を見てくれて、本当に感謝しています」
 何度言っても言いたりないくらい、シンジはマヤに面倒を見てもらっている。マヤの献身的なサポートがなければ自分が立ち直ることはなかっただろう。
 マヤもまた、あの戦いで心を傷つけていた。敬愛する上司がなくなり、自分の存在価値を失ったとき、彼女の近くにいたのはシンジしかいなかった。シンジの面倒を見て、シンジが幸せになっていくのを見届けることが、あの戦いを生き延びた大人の責任だと思って活動している。
 シンジはその優しさと責任感に甘えた。だが、甘えられたマヤはどうなるのだろう。マヤは今、自分のために生きている。シンジそのものがマヤの生きがいとなっている。
 いつかは、マヤと別れる日が来る。そのときにマヤが次の目標を持つことができるかどうか。それも今のシンジにしてみると心配の種だった。
「マヤさん」
 食事の前に、きちんと話し合っておくべきだと思った。
「なに?」
「あと三年間だけ、甘えさせてください」
 自分が高校にいる間。
「僕はまだ、保護者を必要とする年齢で、父も母もいません。そして今の僕が信頼できるのは、本当にマヤさんしかいないんです」
「シンジくん」
「でも、本当はマヤさんは僕とは何の関係もなかったはずなんです。迷惑なのは承知しています。だからあと三年だけ、お願いします。そして、マヤさんも、三年のうちに──」
「うん、分かってる」
 マヤは微笑んだ。
「ありがとう、シンジくん。心配してくれて」
「いえ、すみません」
「はっきり言ってくれた方がありがたいことがあるものね。もちろん、シンジくんが私のことが邪魔になったとかじゃないわよね」
「もちろんです」
「シンジくんは嘘がつけないから安心できるわね」
 マヤは息をついた。
「私は、何がしたいのかなあ」
 国際公務員となって使徒と戦い、世界を救うということはできた。だが、その結果、ネルフという組織は解体されてしまっている。
「マヤさんは、自分の幸せを考えた方がいいと思います」
「自分の幸せかあ」
「マヤさんなら、かっこいい男の人とか、いくらでもいていいと思いますけど」
「男の人は信用ならないから」
 ぷん、と少し怒った様子になる。
「でも、シンジくんならいいかも。シンジくんは嘘がつけないから」
「からかわないでください」
「ごめん。料理、冷めちゃうね。いただこうか」
「はい」
 そうして、二人の食事が始まる。
 落ち着いた、二人だけの食事。
(いつか、マヤさんと一緒にはいられなくなる)
 それは寂しいこと。とても寂しいこと。
 だが、自分はこれから自分の人生を切り開かなければならないし、マヤもまた自分の人生を見つけていかなければいけない。
 最後はお互いの道を歩いていけるような、そんな別れになれるのなら一番だと思う。
(三年か)
 長いようで短い。そんな気がした。






#2

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