#2 同級生!

SIDE-A






 次の日、シンジは買ったばかりのギターを持って登校する。
 チェロなら何度か持ち運んだことはあるが、エレキギターは初めてのことだ。重さがそれほど変わるとは思わないのだが、持ちなれた大きさではないため、何となくしっくりこない。
 生徒のまばらな登校風景。早く学校に来たのには理由がある。このギターを部室に置かなければならないし、少しでも多く練習をしておきたかった。
 部室に到着したのが七時五十分。すると音楽室には先客がいた。
「平沢先輩?」
 そこで唯が一人、ギターの練習をしていた。
(毎日朝練してるのかな)
 新入生歓迎ライブだからか、それとも毎日か。いや、きっと毎日のように練習していたからこそ一年であれだけ上手になったのだろう。
「あ、シンジくんおはよー」
 自分が入っていくと同時に、真剣な表情からいつものだらけた表情に戻る。
「おはようございます。早いんですね」
「いちおー、新歓ライブだからねー」
 そして体格に見合わない大きなギターを構える。
「シンジくんだって、一人だけ新入生じゃ嫌だよね?」
「僕は別に」
 逆に人数が多くなりすぎても困る。人付き合いの苦手なシンジにとっては、これ以上人数が増えない方がありがたい。
「ギター、弾いてみた?」
「はい。でも、やっぱりうまくいかないですね。コードがよく分からなくて。チェロとは全然勝手が違うから」
「あははは、私もよく忘れるよ」
 リードギターがそれでいいのだろうか。まあ、唯はもともと理屈で演奏する方ではないが、これで知識がついたら鬼に金棒ではないだろうか。
「ねえねえ、シンジくんも一緒にやろうよ」
「え、でもまだ本当に何も弾けませんから」
「いいからいいから。最初なんて音出すだけでも楽しいんだよ」
 一年前、実際に唯がたどってきた道だ。初めて楽器を手にして、アンプにつなげて、音を出して。
「ベッドで一緒に寝たりとかね!」
「……さすがに、そこまでは」
 さすが、人とは違う。感心するシンジだった。
「ほらほら、構えて。じゃじゃーんって」
 言われた通りに構える。一応、ギターの初歩的なコードは勉強してきたが、一朝一夕にできるようになるはずがない。
「わ、やっぱり似合うね」
「ありがとうございます」
「適当に音出して、そのうち覚えていけばいいよ」
 おそらく唯はそうして覚えていったのだろう。とてもではないがシンジにそれができるとは思えない。
 だが、じゃらん、と出したエレキギターの音は、今まで自分になかったものだった。チェロの音とは全然違う。
「どう、面白い?」
 わくわくしながら尋ねてくる唯。犬みたいだな、とシンジは思った。
「はい。やっぱり、音楽はいいですね」
「だよねー!」
 唯が後ろから抱き着いてくる。
「ちょ、平沢先輩!」
「んー、シンジくん可愛いなあ、シンジくん分補給ー」
 この人はいつもこんな風に誰彼かまわず抱きつくのだろうか。これでは男子生徒が困るだろうに。
「うぃーっすって、朝っぱらから何やってんだお前らーっ!」
 と、そこに入ってきた律が全力で叫んでいた。






(軽音部か)
 その日の授業が全て終わり、いよいよ放課後。昼休みの間に体育館に機材を運び終わっているので、もうシンジにはやることがない。時間になったら他の生徒たちと一緒に見学してていいと言われたので、その通りにすることにした。シンジにも自分たちの演奏を見てもらいたいから、と言われればその通りにするしかない。
「ねえ、梓、新歓ライブ行くの?」
 近くの女子が話している。けっこう大掛かりなイベントだけに、みんな期待しているようだった。
「うん。ここのギターの人、すっごく上手なんだよ。去年の学祭の音源聞かせてもらったんだけど、感動したんだ」
 唯のことだ。しかし、学祭といえばこの学校は十月くらいだったはず。たった半年やそこらで上手になるものなのか。音楽に関しては唯は天才かもしれない。
「あ、それ、私のお姉ちゃんだよ」
「本当に!? すごい!」
 思わずむせ返りそうになった。
(平沢先輩の妹?)
 振り向くと、その女の子と目があった。その子はにっこりと笑った。
「碇くん、軽音部に入ったんだって? お姉ちゃんから聞いたよ」
「あ、うん。じゃあ、平沢先輩の」
「そう。平沢憂です。お姉ちゃんがお世話になってます」
「とんでもない。平沢先輩には昨日今日といろいろ教えてもらいました」
 思わず自己紹介。そして隣にいた女の子がまじまじと見つめてくる。
「じゃあ、軽音部に入るの?」
「うん、そうなったみたい」
「そうなんだ。私、中野梓。私も軽音部に入ろうと思ってるんだ」
「そうなんだ。よろしく」
「よろしく。パートは?」
「ギターなんだけど、初心者だから」
「そうなんだ。ここの軽音部ってすごいレベル高いからがんばらないとね」
「中野さんは初めてじゃないんだ」
「うん。ずっとギターやってたから。去年の学祭でここの軽音部の先輩が本当にすごくて──って、平沢さんのお姉さんだっけ」
「憂でいいよ。お姉ちゃん、高校に入ってから音楽始めたから、そんなに上手じゃないと思うけど」
「じゃあたった一年であんなに!? すごい! たくさん練習してるんだね!」
 練習をしているのは間違いないのだろう。ただ、あの先輩にかぎっていえば、それ以上に音楽の才能があふれ出ている気がする。
「あ、そろそろ時間だね。純ちゃんは?」
 一緒にいたもう一人の女の子に憂が話しかける。
「うん、一緒に行く。軽音部に入るつもりはないけど、音楽はすごい良かったから」
「じゃ、一緒に行こうか。碇くんも軽音部に入部するなら、一緒に行こう?」
 梓が笑顔で話しかけてくる。
「う、うん」
 そうして四人で体育館へと向かった。
 既に客席はかなりの人数だった。去年の学祭で一躍有名になった軽音部の演奏を見ようと、新入生のみならず全校生徒のほとんどが押しかけているのだ。
「すごい人気」
「ファンクラブもあるって言ってたよ。ほら、あのベースの人」
 憂が指をさす。ステージの上の澪は、何事かをぶつぶつ呟きながら最後の音調整に入っている。
 そしてステージ上の唯がこちらに気づいたのか「うーいーっ!」とぶんぶん手を振ってくる。一躍この辺りが注目を浴びた。
「もー、お姉ちゃん恥ずかしいなあ」
 だが憂は嬉しそうだ。この人数の中から大好きな姉に見つけてもらえたのが嬉しいのだろう。
「あー、テステス。みなさん、軽音部です。新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます!」
 いよいよ始まるのか、ボーカル兼ギターの唯がマイクに向かって話す。
「私たち軽音部は普段、四人で活動してます。あ、昨日新入生の碇シンジくんが入部してくれたので、五人になりましたー」
 いきなり言われた。でも周りが自分のことを知っているはずもないので、他人の振りをしてステージの唯を見る。
「私はギターを始めてまだ一年です。軽い音楽って書いてあるから、本当に簡単なのかなーと思って、最初は軽い気持ちで始めました」
 新入生たちからも軽く笑いが出る。唯のMCは聞いていて面白い。
「なので、初心者大歓迎です! 一緒に音楽を楽しみましょう! それじゃ、いきます。一曲目『ふわふわタイム!』」
 ギターの入りが難しい曲だが、シンジはそれを朝がんばって練習している唯の姿を見ていた。
(がんばれ)
 だが、そんな心配は杞憂だった。唯は見事に弾きこなしていく。
「やっぱり、すごい」
 梓が目を輝かせる。ギターをやっている彼女だからこそ、簡単そうに弾いている唯のすごさが分かるのだ。
「君を見てるといつもハートドキドキ」
(あれ?)
 歌いだしは澪だった。本当は唯のはずだったのに、どうしたのだろう。
「いつもがんばる君の横顔、ずっと見てても気づかないよね」
 途中からツインボーカルになる。すごい。こんなふうに合わせるなんて、いつの間に練習していたのだろう。
「かっこいい」
「……うん」
 梓の声に、思わず頷いていた。
 律の走り勝ちなドラムに、紬の優しいキーボードの旋律、安定感のある澪のベースに、軽やかな唯のギター。
 やっぱり、この軽音部はこの四人だからこそ素晴らしい。自分が入る余地なんてどこにもない。
「私、先輩たちと一緒に音楽がやりたい」
 うっとりとした様子で梓が言う。
 そう、この中に入るというのは簡単なことではない。だが、一緒に音楽をやるのは間違いなく楽しいことなのだ。
「僕もそう思うよ」
 シンジは強く頷いていた。






 新歓ライブが終わった翌日、シンジと梓は二人で軽音部の部室へと向かった。
「こんにちは」
「うぃーっす……って、その女の子誰だ?」
「あ、はい。中野梓です」
 律に尋ねられて梓が答える。
「入部希望です。よろしくお願いします」
 と言った途端、四人のテンションが一気に上がった。
「確保ーっ!」
(……こうなると思った)
 自分のときとまったく同じ状況だ。もっとも、梓は最初から入部するつもりで来ているのだから、確保するまでもなくここにいてくれるはずなのだが。
 律が落ち着いたところで自己紹介となった。相変わらず美味しい紬のケーキが人数分並べられる。
「軽音部へようこそ!」
「何組?」
「楽器は?」
「好きなミュージシャンは?」
 律と唯が続けざまに質問する。梓は答える間もない。
「おいお前たち、少しは落ち着け」
 澪が呆れたように声を出す。
「ごめんな、こんな連中で。とりあえず私たちの紹介をしておくよ。まずドラムの田井中律。隣がギターの平沢唯。それからキーボードの琴吹紬で、愛称ムギ。私はベースの秋山澪。それから新入部員の碇シンジは知っているのかな」
「はい。同じクラスです。昨日は一緒に先輩たちの演奏を聞かせてもらいました」
「そうか。どうだった?」
「すごかったです! 学校祭のときも聞いて感動したんですけど、昨日も本当に良かったです!」
 梓が感激した気持ちをそのまま伝える。
「ありがとう。シンジはどうだった?」
 澪が尋ねてくる。
「四人の演奏は聞いていて楽しくなりますし、聞いている方が嬉しくなってくると思います。僕なんかが入っていいのか悩むくらいに」
「みんなで楽しくやるだけでいいと思うわよ」
 紬がにっこりと笑って言う。
「それに、ツインボーカルなんて練習してたんですね。昨日は平沢先輩しかボーカルの練習してなかったから驚きました」
「ああ、それなあ」
 律がにやにやと笑う。
「唯のやつ、ギターがあんまりうまく弾けたんで、自分の歌の入りをすっかり忘れてたんだよ」
「え?」
「澪が気づいて慌てて歌に入ったんだ。ツインボーカルになったのは単なる偶然で、事前の打ち合わせとかなかったんだよ」
 道理で、とシンジは納得した。練習になかったことを本番でやるなんてすごいなと思っていたが、あれは唯のポカだったのだ。
「あれだけ上手に弾けたら気持ちよくもなりますよね」
 だがあえてフォロー。唯は「まあね!」と全く悪びれず親指を立てる。
「それで、梓は何を弾くんだ?」
「ギターです。もう持ってきちゃいました」
「そっか。じゃあ、ちょっと弾いてみてもらうか」
「いいんですか?」
 梓が嬉しそうにギターを取り出す。
「おー、ムスタングか。HYDEファンか?」
「HYDEさんもかっこいいですけど、ノラ・ジョーンズって分かりますか?」
「あー、分かる分かる。『ザ・フォール』だろ?」
「はい。日本でライブやったとき、ムスタングを持ってたんですよ。あれでもうファンになっちゃって」
「へー、ピアノのイメージ強かったけどなあ」
 律が洋楽の話題についていく。シンジは女性シンガーのことはよく分からないので聞き流していた。
「それじゃ、いきます」
 構えて、演奏を開始。唯と違って、洗練された演奏が音楽室に響く。
 ほー、と律が唸り、澪も目を見張る。
「ど、どうでしたか?」
「上手だった」
 最初に口にしたのはシンジだった。
「すごいね、中野さん」
「ありがとう」
 にっこりと梓が笑う。
「こりゃ唯より上手いよな」
「そんなことないもん!」
「そうですよ、唯先輩はすごく上手だと思います」
 当の本人、梓から押し上げられる。
「唯先輩のギターも聞きたいです。聞かせてください!」
「やー、新歓ライブでぎっくり腰になっちゃって」
(苦しい……)
 誰もが思った。が、まあ唯が上手いのは今さら確認するまでもないことだった。
「じゃあ、碇くんは?」
「シンジはまだ素人だぜ」
「ごめん。まだ、コードもよく分かってないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、教えてあげるよ」
 梓が嬉しそうにして言う。シンジは回りの先輩たちを見回す。問題なさそうなので、買ったばかりのギターを取り出す。
「紫色だ」
 梓が目を輝かせる。
「持ってみて」
「うん」
 肩からかける。昨日と同じ、体に馴染む。
「似合ってるね」
「ありがとう」
「じゃあ、持ち方からかな。色々と教えてあげるね」
 こうして、軽音部に二人目の新入生が誕生した。






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