#9 準備!

SIDE-A






 日曜日。朝から練習のために集まった軽音部メンバー。だが、いつにもまして梓の機嫌が良かったが、それは何も昨日のデートのせいだけではなかった。
「あずにゃんご機嫌だねー」
 唯が後ろから抱き着いて尋ねる。
「はい。もうすぐ学祭ですから!」
 みんなの前で演奏ができるというのが何よりも嬉しいというのだ。シンジなんかは仲間うちで演奏し合うのは好きだが、人に見られながらの演奏はあまり好きではない。
「去年の先輩たちのライブ、音源だけもらってそれで私、軽音部に入ることにしたんですよ!」
「あー、去年の学祭は澪が大活躍だったからな」
 ごふっ、と澪が紅茶を噴出す。
「活躍?」
 極度の上がり性である澪がどういう活躍をしたのか、シンジには全く想像がつかない。
「あー、澪ちゃんねー」
「唯。命が惜しかったらそれ以上は何も言うなよ」
「? 私が声出なくなったからかわりにボーカルやったって、何か問題あるの?」
「ああ、そっちの方か」
 明らかにほっとしたような澪の様子に、律と紬がニヤニヤしている。
「そういえば音源でも声、澪先輩でした。でも新歓ライブのときは唯先輩が歌ってたのはそういうことだったんですね」
「あー、あんときはさわちゃんが唯を一週間特訓したんだけど、結果喉つぶれたんだよなー」
 そこまで練習させるさわ子もどうかと思うが。
「去年の学祭の話はもういいだろ。それよりも今年だ今年! 曲は四曲! シンジのベース・ギター交換もあるんだから、構成を綿密に練らないと!」
「おやあ? どうして澪は去年の話をしたがらないんだ?」
 にやにやと笑いながら律が澪に迫る。
「わかってて言ってるだろ律!」
「いやー、二人は知らないだろうけど、実は去年」
「わー! わー! わー!」
 ここまで澪が慌てるのも珍しい。いったい何があったというのだろうか。
「別に、秋山先輩が聞かれたくないっていうものを無理に聞こうとはしませんよ。田井中先輩も、あまり秋山先輩をいじめないでください」
 シンジが言うと、気がそがれたかのように、ちぇー、と舌打ちする。そのとき、
「ああ!」
 ぽん、と唯が手を叩いた。
「澪ちゃんが隠したいのってアレだね? ステージの最後で転んでスカートめくれて全校の前でパンツ見せちゃったやつ!」

 シンジのフォローが台無しだった。






「……もういい。もう学祭なんて出ない」
 完全に落ち込んでしまった澪。どう考えてもこれはとどめをさした唯が悪い。
「あうう〜、澪ちゃんごめんね〜」
「唯のバカっ! 唯なんかともう口きかないっ!」
 立派に話しているのだが、当人たちにとっては真剣そのものだ。
「まあ、澪と唯は置いといてだ」
 話を振った律が我関せずで話を進めた。
「曲は何をするかなんだけど、ムギは何か案ある?」
「普通でいいんじゃないかしら」
「じゃあ、ふわふわ、ふでペン、ホチキス、カレーの四曲?」
「それでいいと思うけど、シンジくんは何か意見ある?」
 紬から振られたので、考えてから答える。
「あれはどうですか? 夏合宿でムギ先輩が作ったやつ」
 うーん、と律がうなる。
「あれだとシンジのチェロがほとんど活きないからな。ギターでやるっていうんならいいけど」
「ギターでやるならがんばりますし、チェロでやるなら少しアレンジしますよ」
 シンジとしてはどちらでも問題はない。自分が練習をして完璧に弾ければいいだけのことだ。
「いい曲ですよね、『Go Go MANIAC』。僕もあれ、やりたいです」
「んー、じゃあ」
 律はちらりと澪唯コンビを見るが、どうにも話ができる状態ではない。
「ムギはかまわないか?」
「シンジくんがいいなら私はいいわよ」
「ん。じゃあ、カレーはやめとくか。あとは構成だけど、最初と最後にガツンとしたのがやりたいよな」
「じゃあ、ふわふわとマニアックが最初と最後ですね」
「そうだな。シンジはマニアック、どっちでやりたい?」
 もともとふわふわタイムはギター、他はチェロという形でシンジはここまで練習してきている。マニアックは基本チェロパートだが、本気でやるとなるとアレンジに相当時間がかかるだろう。
「どっちでもいいですけど」
「あの勢いならギターの方がいいよな」
「でも、唯先輩の声にギター三本だと賑やかすぎませんか?」
「うーん、どっちにしても練習の手間か編曲の手間は出るんだよな。シンジならどっちの方が楽かってことになるけど」
「どっちも大変ですからね。でも、せっかくいい曲ですから、自分の得意楽器でやりたいです」
「じゃ、チェロで行くか。じゃあ、マニアックは最初にするか、それとも最後にするか」
「最後じゃないですか。一応新曲ですし」
「オッケー。それじゃ、ふわふわやってから、ホチキス、ふでペン──」
「あ、そこなんだけど」
 紬が手を上げる。
「私たちオリジナルの歌しかしてないでしょ? だから、生徒も知っている歌を一曲入れると面白いかと思うの」
「って言っても、何かのコピーとかするのか?」
「ううん。例外なく全員が知っている歌、あるでしょ?」
 例外なくといわれると、まったく想像がつかない。三人とも首をひねる。
「あ」
 シンジが最初に気づいた。
「桜ヶ丘高校歌?」
「ビンゴ♪」
 シンジの答に紬が喜ぶ。
「でも、校歌やっても誰も喜ばないんじゃないか?」
「律ちゃん、私たち、軽音部なのよ? どこでも自由にできるのが軽音の魅力じゃない?」
「アレンジするんですね?」
 梓も乗り気だ。
「そう。最初は桜高校歌をイントロで入って、生徒に『あれ、どうして校歌なんだろう』って思わせるの。で、前奏が終わったところで律ちゃんのドラムから一気にテンポアップして演奏してみたら面白いんじゃないかしら」
「ははっ、そりゃいい考えだ。先生たちが問題ないっていうんだったらやってみようぜ」
「編曲は私、やってみる」
 むん、と紬が握りこぶしで言う。
「じゃあ編曲二曲か。大変だぞ」
「ええ。それでね」
 紬は笑顔で言った。
「チェロって、ソロパートが全くないでしょう? だから、前奏イントロをチェロにやってもらおうかと思うの」
 なるほど。確かに静かな出だしでソロパートがあるなら、チェロにとっては格好の目立つ場所になる。
「でも、キーボードもあまりソロパートなかったですよね」
「律ちゃんのドラムよりはあるわよ」
「ムギ、実は喧嘩売ってる?」
 そういうことなら、とシンジは引き受ける。
「じゃあ、曲順はどうする?」
「ふわふわ、校歌、ホチキス、マニアックじゃないですか? 三曲目に少しおとなしくさせておいて、四曲目で一気にいきましょう」
「そうね。ふわふわタイムももう校内で三回目だし、音源はけっこう出回ってるから最初にやると盛り上がるかも。それに、シンジくんがギターからチェロに変わるところで、校歌の前奏にいけるから、よりチェロに注目がいくわ」
「あまり目立ちすぎたくないんですけど」
「澪より目立つことはないだろ」
 いまだに落ち込んでいる澪と、なぐさめようとしている唯。
「ようし、そうと決まれば早速練習するか」
「編曲もしないといけません」
「じゃあ僕はマニアックの方のチェロパート作ります」
「私は校歌の編曲ね。律ちゃん手伝ってくれる?」
「おう。なんだか今日はもう、練習って感じじゃないしな」
 唯と澪が使い物にならなければ、ドラム一人で練習していても味気ない。
「じゃあ楽譜持ってきて、と」
「これ、マニアックの楽譜」
「ありがとうございます」
「シンジくん、私どうすればいい?」
「ギター、アンプから外してきてくれるかな。平沢先輩のパートと中野さんのパートと音を合わせながらやるから」
「うん」
 そうしてにわかに動き出した軽音部員たち。
 いずれにしても澪が復活するまでは音を合わせることもできなさそうだった。四人は集中して編曲に取り組んだ。






 それから一週間。二曲ともようやく形になってきたところで音あわせ。既にふわふわタイムと私の恋はホッチキスの二曲についてはほとんど完璧な仕上がりを見せている。あとはこの二曲だけだった。
「ま、コンピュータで音出した限りじゃ問題なかったんだけどな。弾きやすい、弾きにくいってのがあったら今日中に出して修正入れようぜ」
 律が言って、まずは桜高校歌から。
 シンジがチェロで始める。前奏をゆっくりと進める。観客の心に響くように。
 その前奏が終わったところで律のスティック音が四回。そこで一気にテンポが上がる。ギター二本とベース、キーボードの音が一斉に入ってくる。とても校歌とは思えないほどの勢い。落差のありすぎるこの部分で一気に聞かせられるかどうかだ。
「澄みし碧空仰ぎ見て、遥けき理想を結ばんと、香れる桜花の咲く丘に」
 ここまで一気に来て、全パートの音がぴたりと止まり、
「ああ」
 ドラムの音を皮切りにサビに突入。
「励みし友垣が集う校庭」
 ここでドラム、ギター、ベースがぴたっと止まって、キーボードのエレキピアノとシンジのチェロの音だけが残る。二楽器による間奏があって、二番。
「連なる美峰の懐に、慈愛の精神を育みて」
 ここまではチェロとキーボードだけ。この部分で歌うのは唯だけではなく、澪、梓、律、それにキーボードの紬も歌う。それから再びドラムスティック開始。サビに向けて一気にペースが上がる。
「開けゆく未来を担わんと、ああ、勉めし友垣が集う校庭、もう一回! ああ、勉めし友垣が集う校庭、桜ヶ丘高等学校」
 歌いきりで、最後にキーボードとベース、チェロの音が鳴り響く。
「うん、いいんじゃないか」
「まさか校歌がこんな風になるなんて、思わなかったです」
「ムギ、いい編曲してるぜ」
 紬は小さくVサイン。
「うーん」
 だが、歌っている唯の方が首をかしげた。
「どうした、唯?」
「うーんとね、何か、ボーカルがちょっと」
「二番の最初か? まあ、私も歌わされるとは思わなかったけど」
「だって、シンちゃんだけ歌ってないよ?」
 確かに。だが、チェロで伴奏をしながらだと歌うのは難しい。たとえスタンドマイクを準備しても、あまり上手には歌えないだろう。一人だけ男の声だから目立つし、人前で歌えるようなレベルではない。
「キーボードだけにすればシンジも歌えるよな」
「でも、僕はチェロが弾きたいです」
 シンジはそこは自分を主張する。
「じゃあ、ハンドマイクを準備して、私が持ちましょうか」
 梓が提案するが、
「いや、余計にシンジなら緊張するだろ」
「そう思います」
「うー、でも、校歌はみんなで歌うものだよ。一人だけ仲間はずれなんて──」
 それを聞いて、澪がぴんと閃いた。
「それだ。みんなにも歌わせよう」
「みんな?」
「聞きにきてくれたみんなだよ。二番の二フレーズ目までは歌マイクなし。唯が音頭をとって、生徒に声がけするんだ」
「どうやって?」
「キーボードとチェロで間奏になるだろ。そこで二番に入る直前に「みんなも」って声をかけて、歌入りのところで「さんはい」って。そのままみんなで一気に歌いきる。それでいいんじゃないか?」
「そうだな。盛り上がったところでそのままMC入って、静かな三曲目、そして新曲四曲目っていう流れだと完璧だよな」
「そうですよ。マイクなしだとシンジくんもチェロを弾きながら口ずさむように歌うことができますよ!」
 なるほど。それは名案だ。シンジも、そういうことなら、と問題ない意思を見せる。
「よーし、じゃあその方向でいくよ!」
 こうして二曲目、桜高校歌の概要が出来上がった。






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