#11 後夜祭!

SIDE-A






「それにしても、ひどい演奏だったなあ」
 学祭初日のラストはキャンプファイヤー。とりあえず火を眺めながら軽音部員たちは一つに集まって話していた。
 演奏は悪くなかった。全体を通してみたなら立派なステージ発表だったといえるだろう。ギターもチェロもキーボードもベースもドラムも完璧に等しい。問題はボーカルだった。
「律先輩だけメインボーカルじゃないからそんなことが言えるんです!」
 校歌のメインを歌わされた梓が不満を言う。
「でも、みんなの前で歌うのは楽しかったわ」
 紬はそれなりにがんばった。だが、唯のようなパンチ力があるわけではないし、何よりキーボードという立ち位置から前に出ていくこともできない。ステージから見ていると誰が歌っているのだろう、という感じになるだろうか。
「でも、さすがに秋山先輩のふわふわタイムは上手でした」
 シンジが言うと、澪の顔がぱっと明るくなる。
「そ、そうかな?」
「いっそのことメインボーカル、唯から変わってもらった方がいいんじゃないか?」
「それは唯先輩が怒りますよ」
 その話題の主、平沢唯はステージ終了後、力を使い果たしてその場に倒れこんだ。今は家でゆっくりしている。
「でも体調管理だってミュージシャンの仕事のうちだからな。当日風邪ひくってのがどれだけ回りに迷惑かけるか」
「まあ、平沢先輩は身にしみてわかったでしょうけどね」
 シンジは苦笑する。
「ん? なんか文句あるのか、シンジ?」
「いいえ。ステージ発表前から平沢さんと連絡を取り合って、発表後すぐに病院に連れていくように手配しておいたりとか、ボーカルで大変な三人に代わって裏方の仕事を一手に引き受けてくれたりとか、一番周りを見てくれていた田井中先輩に文句なんてありません」
「言うなあ!」
 ほお、という目で三人が律を見る。
「律先輩も他人を気遣ってくれるところがあるんですね」
「やっぱり律ちゃんは頼もしいわね」
「いつもそうやってくれていたらこっちも気が楽なのにな」
「そういうときくらい少しは優しい言葉かけろ、澪、梓!」
 肯定的な発言をした紬はもちろんお咎めなし。
「でも、シンジだってマヤさんにお願いしてもらったりステージ構成考え直したり、いろいろやってくれたよな」
「一番良いのはみんなでライブをすることです。そして一番必要なのは時間です。それなら誰かがすぐに動くのが一番だと思いました」
「頼りになるわ」
「シンジくん、かっこいい」
「シンジは部長の座を狙っているというわけか……シンジ、おそろしい子……っ!」
「別に狙ってませんよ」
 自分はそんな前に出るような人間ではない。
「お、音楽スタート」
 男女のフォークダンスがいよいよスタート。最初はみんな照れてあまり踊らないことが多いのだが、今年のトップバッターは意表をつく人物だった。
「さ、さわちゃん!?」
 生徒からの声に応じて、スマイル全開でフォークダンスの相手を務めていた。
「まさか生徒を手篭めにするとは」
「年の差を考えた方がいいんじゃないでしょうか」
「見た目にだまされている男子は多そうだな」
「でも、女教師と男子生徒って、ロマンチック〜」
 その光景を見ていた紬だけが目を輝かせていた。
「あ、あの!」
 と、その軽音部のメンバーのところに見知らぬ女生徒が二人やってきた。
「み、澪先輩!」
「私たちと、踊ってくれませんか!」
 その目当ては、秋山澪。
「私と?」
「はい!」
「ぜひ!」
 そういえば秋山澪ファンクラブはこの学校の中にけっこうな人数がいたはずだ。
「わかった」
 だが澪はあきらめたようにため息をついた。
「シンジ」
 その澪からシンジに声がかかる。
「はい」
「律を殴っておいてくれ。笑いすぎにもほどがある」
 それだけ言い残して澪は後輩たちと一緒にいってしまった。律は女の子から声をかけられた澪のことで必死に笑いをこらえている。後輩の手前、笑うのを我慢していたらしい。
「ぷはーっ! まっさか、女の子から澪が誘われるなんてねえ……くくくくっ!」
「澪ちゃんはかっこいいもの。女の子があこがれるのもわかるわあ」
 そしてまた目を輝かせる紬。本当に恋愛が好きな人だ。
 見ると、ちらほらと徐々に踊る人数が増えてきていた。澪がキャンプファイヤーの近くにいくと、そこに女生徒がいっきに群がる。全員ファンクラブの会員らしい。
「私も澪先輩と踊ればよかったー」
 梓がいきなりむくれる。
「行ってきなよ。秋山先輩だって悪い気はしないと思うよ」
「そうだとは思うけど」
 その二人のやり取りを見ていた律がまた笑う。
「何ですか、田井中先輩」
「いや、シンジの鈍さに感心してたのさ。梓、相手を考えてものを言えよな。見本を見せてやるよ」
 すると、律がシンジの前にやってくる。
「シンジ、私と踊ってくれよ」
「え?」
「別に何か気があるとかってわけじゃない。同じ部活のメンバーとして、せっかくだから踊っておきたいって思っただけさ。何しろ男役はシンジしかいないからな」
 ああ、なるほどとシンジは思った。シンジは自分が踊ることになろうとは一ミリも考えていなかったのだ。
「わかりました。いいですよ」
 その返事を聞いて梓ががくぜんとした顔を見せた。が、律は楽しそうに「悪いな、梓」とわざわざ言い残してシンジの手を引く。
「さ、それじゃシンジ、うまくエスコートしてくれよ」
 というわけで、この日シンジの最初の相手は予想外にも律となった。
 もちろん誘われて断ることができるようなシンジではない。だが、梓には正直悪いことをしたと思う。
「いやー、本当は断られるんじゃないかと思ったんだけどな」
 律がくるりとターンをして話しかけてくる。
「そんなこと」
「だって、唯とか梓とか考えなかったか?」
「もしつきあっていたら絶対に断っていたと思いますけど、僕はまだつきあうと決めたわけでもなければ、本当に好きかどうかも分かってませんから」
「じゃあ、私でも脈ありか?」
「これ以上話をややこしくしたくはありません」
「そうだな。私もお前らの中に自分から足を踏み入れる度胸はないな」
 唯と梓の仲がいいからこそ何も起こっていないが、この状況は部活がうまくいかなくても仕方がないという状況だ。
「もし険悪になるようでしたら僕がやめますよ」
「いやいや。そのときはシンジが二人とつきあって終了だ」
「それは無理です」
「甲斐性ないなあ。それくらい根性見せろ」
「無茶言わないでください」
 はあ、とため息をつく。
「そういう田井中先輩はどうなんですか?」
「どうって?」
「好きな人とか。いそうな雰囲気がないの分かってて聞いてますけど」
「てめえ」
「たとえば、秋山先輩と一緒に踊りたいとか思いませんでしたか」
 ん、とちょっと止まる。
「それはないかな。いろんな意味で」
「そのいろんなを一つずつくわしく」
「んー、正直、踊るってことは男役と女役が必要だろ? あそこで踊ってる連中はみんな澪を男役にしてる女の子たちばかりだ」
「そうですね」
「澪は身長は高いし凛々しいけど、昔から誰よりも女の子らしかったからな。いまさら澪を相手に踊る、ねえ。考えられないな」
「秋山先輩を女役にしてみるというのはどうですか? もちろん悪い意味じゃないですよ」
「つまり私が男らしいと」
「だから悪い意味じゃないって言ってるじゃないですか。純粋に女の子らしい秋山先輩と踊りたくはないですか、という意味です」
「それなら悪くない。ただ、残念なことに身長の差があるからな」
 女役の方が背が高いと、確かに踊りにくいし見栄えもよくない。
「残念ですね」
「そうでもない。さっきも言ったけど、別に私は澪と踊りたいっていうわけじゃないんだ。ただ、あそこで後輩に囲まれている秋山澪にとって一番の友人が私なんだっていうのを、みんなに誇りたいっていうだけで」
 シンジの立ち位置からは律の顔は見えない。だが、キャンプファイヤーのせいではなく、きっと赤い顔をしていることだろう。
「良い友人を持つっていうことほど幸せなことはないですよね」
「まったくだ。私は恵まれてる。澪が一緒にいなかったらどうなってたんだろうな」
 きっと律は律らしく生きていることだろう。ただ、澪が傍にいるからこそ律は律らしくいられるのもまた事実だ。
「秋山先輩も、田井中先輩のことをそう思っていますよ」
「澪が?」
「はい。断言します。田井中先輩にとって一番の親友が自分であるということが何よりも誇らしいと、秋山先輩は間違いなく思っています」
「そうかな」
「間違いありません」
「だと嬉しいな」
 へへ、と律は笑った。
「それにしてもシンジっていろいろと話しやすいな。それに頼もしいし。本当に、唯と梓のことがなかったら本気になりそうだ」
「勘弁してくださいね。田井中先輩に迫られたら僕もどうしていいか分からなくなります」
「お前な、その八方美人はいい加減やめた方がいいぞ。ま、言われて悪い気はしないけどな。こういうがさつな性格だから、褒められることなんて滅多にないし」
「細かいところよりも、大事なところをしっかり見てるってことですよ」
「女らしくないし」
「元気でいつもパワーをもらっています」
「何でも肯定的にするなよ。私が褒められるのなんておかしーし」
 ふう、とシンジは一度息をついた。そして言った。
「おかしくねーし!」
 声を荒げたシンジに、うわっ、と声を上げて驚く律。
「全然おかしくなんかないです。田井中先輩はいつも元気で周りのことを気遣ってくれてみんなの先頭に立ってくれる人です。女らしくないなんてことありません。田井中先輩は可愛いし、こうして一緒に踊っているだけでずっとどきどきしてます」
「お、おい」
「だからもっと自分に自信を持ってください。田井中先輩は、本当に素敵な人なんですから」
 そうやって言い聞かせると、律はため息をついた。
「あー、ヤバイ」
「何ですか?」
「シンジが。このままだと本気になりそうだ」
 そこで律は手を離した。
「田井中先輩」
「いや、悪い。ちょっと梓へのイタズラのつもりだったのに、自分がミイラになるところだった。悪いなシンジ、今日はここまでだ」
 律はそう言って手を上げた。
「ほら、梓姫がお待ちだぞ」
 そう言って指さすと、梓が向こうで泣きそうな目で睨んでくる。
「というわけで、今度はシンジの方から誘ってみるんだな」
「分かりました」
 そうしてシンジは梓のところへ向かう。そのシンジに向かって梓が噛み付くようにしていたが、やがて二人はキャンプファイヤーの方へ向かって一緒に歩いていった。
「やれやれだな」
「お疲れ様、律ちゃん」
 と、その後ろに紬が近寄っていた。
「何だよ、ムギ。驚かすなよ」
「シンジくんに本気になったの?」
「なってねーし。なるのも悪くないと思ったのは事実だけどな。さすがに唯や梓を泣かせられないだろ」
「そうよね」
 すると紬は律の頭を抱きしめた。
「なんだよ」
「ううん。こうしたかっただけ」
「うー」
 だが律は素直にそうされていた。顔を上げたくなかった。
「ムギはシンジのことどう思う」
「可愛い後輩よ」
「それだけか?」
「それだけよ?」
「なんかムギ、隠し事してるだろ」
「してないわよ」
 ぽんぽん、と紬は律の背中をなでる。
「シンジくんだって、聞かれたくないことの一つや二つ、あるでしょう?」
「そうだろうけどさ」
「だったら聞かないであげるのも優しさじゃないかしら」
「ムギはその聞かれたくないことを知ってるのか?」
「シンジくんからは何も聞いてないわよ」
「そっか」
 はあ、と律はため息をつく。
「澪もシンジのこと気に入ってるんだよな」
「ええ、だと思うわ」
「ムギはシンジのことどう思ってるんだ」
「またその話? 後輩以上には思ってないわよ。ただ」
 紬は落ち着いた声で言う。
「シンジくんは、誰よりも幸せになる権利があると思ってる。そうでなきゃ駄目なのよ」
「そうか」
 律は小さく言った。
「今日、唯がいてくれたら私がこんなことしなくたってよかったのにな」
「そうね。後で唯ちゃんを叱らないと」
 こんな話、澪にはできない。何でも許容してくれる紬だからこそできる話だ。
「律ちゃんにはきっと素敵な男の子が見つかるわ」
「だといいけどな」
 それはいったいいつのことになるのやら。いっそのこと、最初にシンジが来たときにツバつけとけばよかったと思う律であった。






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