#11 後夜祭!

SIDE-B






 学祭が終わった翌日は日曜日。金・土と学祭を行い、日曜日を休みにし、月曜日に後片付け。火曜日から平常日程が戻ってくる。
 そんな日曜日の昼過ぎにシンジは町をぶらついていた。特別何かをしようと思ったわけではない。こういうときにすることといえば、CDショップを回ってクラシックの音源を見てみたり、本屋に立ち寄ってみたりとか、せいぜいその程度だ。
 後で唯をお見舞いにでも行こうかと考えた。だが、一人で行くのもどうだろうか。梓でも連れていった方がいいのか。それとも逆効果か。
 そんなシンジが交差点で信号待ちをしていたときのことだった。
「わっ!」
 後ろから突然かかった声。さすがにシンジも驚いて体が跳ねる。
「こんにちは、シンジくん」
「……こんにちは、琴吹先輩」
 紬だった。にこにこと笑いながらこちらを見ている。いったいいつから見られていたのか。
「偶然ね、街中で出会うなんて」
「そうですね。僕は滅多に出歩きませんし、人と出会うこともそんなに多くないんですけど」
「だったら私、ラッキーだったかしら」
 自分と会うことの何がラッキーかは分からないが、あえて否定はしないでおいた。
「シンジくんは何をしていたの?」
「CDと本を見てきました。あとは特別することもなかったんですけど」
「ふうん。友達同士で遊びに行ったりとかはしないの?」
「僕はクラスでそれほど仲のいい相手っていませんから」
「この町に来る前も?」
「それは」
 いた。いつも自分と一緒にいてくれた二人が。
「いたのね」
「はい」
「いつもどんなところに行ってたの?」
「たいしたことはないです。ゲームセンターとか」
「ゲームセンター?」
 何それ、という様子の紬。
「いろいろなゲームが置いてあるところです。この町にもありますよ。暇なら行ってみましょうか」
 とたずねてみると、紬の顔がぱっと輝く。
「ちょっと待ってね」
 紬は携帯を取り出して電話をかける。
「紬です。はい。お世話になっています。はい。もしその件はキャンセルということで。はい。申し訳ありません。またよろしくお願いします」
 なにやら不思議な言葉が聞こえてきた。そして通話が終わる。
「暇! 超暇!」
「いや、明らかに今用事ありましたよね。まあ、かまいませんけど」
 どうやら自分とゲームセンターに行くために何かの用事を断ったようだったが、はたしてそれでいいのだろうか。
「どんなゲームとか置いてあるの?」
「いろいろですね。レースゲームとか、格闘とか、アクションとか」
「エッチなマージャンとか!?」
「一部方向にずいぶん詳しいですね、先輩」
「シンジくんはやったことあるの!?」
「エッチなマージャンならないです。マージャンってよく分からないですし」
 というか、その方向の話にだけ目を輝かせるのはやめてほしい。
「まあ、行ってみれば分かりますよ。こっちです」
 シンジが少し先にスタート。その隣に紬が並ぶ。
 ゲームセンターはそれほど遠くないところにある。その中に入ると、それだけで紬の目が見開かれた。
「全部ゲームなの?」
「全部ゲームです」
「あれは何?」
「クレーンゲームですね。上についている手を操作して景品を取るんです」
 シンジはそう言ってお金を取り出すと、一番とりやすそうな台を探して投入。山のように積みあがった小さな人形の中にハンドを動かし、山をくずして転がってきた人形が穴に落ちる。
「どうぞ、先輩」
 そうして手に入れた人形を紬に渡す。
「え、いいの?」
「ええ、もちろん」
「嬉しい」
 手よりも小さな人形をやさしく握り締めて紬が満面の笑みを浮かべる。
「でもすごいわね。いくら必要なの?」
「一回百円です。もちろん取れなくてもお金は返ってきません」
「そうなんだ。でも、普通に買うよりこの方が嬉しいわね。ねえ、あれは何?」
「ガンシューティングです。襲ってくるゾンビを銃で撃ち倒していくゲームですね。先輩もやってみましょうか」
「え? でも私、やり方なんて」
「大丈夫です」
 ふと、昔自分が言われたことばを思い出した。
「先輩は僕が守りますから」
 そう言うと紬の顔が少し赤らんだ。
「律ちゃんや澪ちゃんの気持ちが少し分かったわ」
「何ですか?」
「いいえ。それで、どうやるの?」
「ゾンビに向かってトリガーを引くだけです。基本的に一つの標的に向かって二回撃ってください。確実に撃墜できます。弾が切れたらこんな風に画面の外に銃を向けてトリガーを引いてください。弾がリロードされます」
 ふむふむ、と真剣な表情で頷く紬。
「じゃあ、やってみましょうか」
 実はシンジにとってガンシューティングは得意中の得意だ。何しろ『実戦』で鍛えている。
「いきますよ、先輩」
「がってんです!」
 言葉は微妙だったが、やる気は満ち溢れていた。ゾンビと見るとひたすら撃ちまくる紬。そのかわり、敵から投げつけられる斧とか、いきなり襲ってくる蝙蝠とかはまったく目に入らない様子だった。『守る』という言葉通り、そうしたダメージ判定のあるものをシンジが撃ち落としていく。
 もちろん当たり判定の広いゾンビより、判定の狭い蝙蝠の方が撃墜は難しい。だが、シンジはそれを事もなげに行っていく。完全に役割分担ができているので、攻略もスムーズだった。
 三十分以上の時間をかけて、二人はガンシューティングを攻略していた。
「すごいわ、シンジくん! クリアできた!」
「おめでとうございます」
「こんなに面白いゲーム、初めて!」
 初めてやってクリアできたのだからそれは面白いだろう。
「守ってくれてありがとう、シンジくん」
「いえ。でも、琴吹先輩もすごいですね。ゾンビの撃墜、ものすごく上手でした」
「ううん。シンジくんが守ってくれるって言ったから、信じてずっと撃ってただけだもの」
 にこにこと笑う。こんな邪気のない笑顔は反則だ。唯とは方向性が違う魅力。
「ねえねえ、他にはないの?」
 時間はたっぷりある。二人は夕方までゲームセンターで遊び通した。






「今日はありがとう、シンジくん」
 ゲームセンターを出るともう五時。だんだん暗くなってきていた。
「ふふ、シンジくんとデートすることになるとは思わなかった」
「デート?」
「だって、男の子と女の子が二人で遊びに行くんだから、立派にデートでしょう?」
 そうかもしれない。なるほど、これは意外な事実だった。
「梓ちゃんと唯ちゃんに申し訳ないって思った?」
「少しだけ。でも、まだどうするか決めてませんから」
「でも、どちらにしてもシンジくんに幸せになってほしいわ」
 にこにこ笑顔の紬。そういえばこの人は最初から物知り顔だった。そして何より琴吹商事の娘。
「平沢先輩や中野さんよりもですか?」
「そうね」
「どうして僕にそこまで?」
「感謝してるから」
 シンジは顔をくもらせた。
「僕は何もしてません」
「してくれたわ。私だけじゃなくて、この世界に住むすべての人に」
「先輩」
「知ってたわ、最初から。なかなか言い出せなくて、ごめんね」
 紬は頭を傾ける。
「やっぱりそうだったんですね」
「やっぱりそうだったのよ。シンジくんのことは何回か聞かされてたし、実際に私、ネルフ本部に行ったこともあるのよ? 興味があってお父様に連れていってもらったの」
 それは初耳だった。まあ、ネルフの後援については、シンジは何も知らないというのが実情なのだが。
「パイロットの訓練の様子も見させてもらったわ。私よりも年下の男の子が自分の命をかけて戦っていた。私、忘れることができないわ」
「僕が最初に軽音部に来たときから?」
「ええ。一目で分かった。でも、シンジくんは自分のことを知られるの嫌がってるのかなと思って何も言えなかったの」
「別にあちこち話して回るようなことでもないですし」
「そうね。あの戦いで私は生き残ることができたのはシンジくんのおかげだけど、助け切れなかった人もやっぱりたくさんいるのは事実。シンジくんは一方であがめられて、一方でうらまれている。それを公にするのはよくないと思った」
「ありがとうございます。気遣っていただいて」
「感謝するのは私の方なのよ。だからさっきとは違うけど、今度は私がシンジくんを守って、絶対に幸せになってもらうって決めてるの。たとえシンジくんが唯ちゃんや梓ちゃんとどんなことになったとしても、私は絶対にシンジくんの味方だから」
 冗談も何もない、本気の言葉。
「ありがとうございます。その気持ちだけで嬉しいです」
「もし二人に振られても、私でよければいつでもOKだから」
 とんでもない、とシンジは苦笑して首を振った。
「それじゃ」
 と、分かれ道で紬と別れる。小さな交差点。
 そこに似つかわしくない、黒塗りの車が一台。自分が歩いていく方向からやってきて、紬の曲がった方向へむかっていく。
 何か、変な感じだった。こういうときの自分の勘はよくあたる。
 小走りに少し戻ってみる。すると、黒い服の男が二人、抵抗する紬を無理やり車に押し込めようとしていた。
「何してるんだ!」
 シンジはその男にタックルをかける。もう一人の男がつかみかかってくる、その腕をとって空中を舞わせた。一本背負い。あまり『実戦』でやることはなかったが、こういうのも訓練の中で身に着けた技術だった。
「走りますよ、先輩!」
 紬の手を引いて走り出す。このあたりの道は自分の方が詳しい。次の曲がり角を折れて、すぐ近くの家に飛び込む。その家の庭を抜けて反対側の道へ。
「シンジくん」
「大丈夫です。先輩は、僕が守ります」
 紬は、うん、と小さく頷いてシンジに手を引かれて走る。
 ようやく大きな通りに出る。
「携帯電話の電源を切ってください。それで探知されているかも」
「は、はい」
「ひとまず僕の家に来てください。そこの方が安全ですから」
 紬は小さく頷く。そうしてシンジに手を引かれたまま、マンションへと戻ってきた。
「お帰りなさいシンジくん……って、あれ?」
 マヤが出迎えてくれるが、シンジが連れてきた紬の姿を見て驚く。
「紬ちゃん? どうしたの、手なんかつないで」
 言われて、シンジはようやく自分がずっと紬と手をつないでいたことに気がついた。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いいのよ」
 紬が笑って言う。
「すみません、マヤさんにお願いがあるんです」
「なに?」
「実はさっき、琴吹先輩が誘拐されかかったんです」
「誘拐?」
「はい。それで──」
「あ、シンジくん、そのことなんだけど、相手はわかってるから大丈夫」
 え、とシンジが振り返る。
「たぶん、今日の相手。シンジくんには暇だなんて言っちゃったけど、本当は私、今日、お見合いをするはずだったの」
「お見合い?」
「ええ。それが相手の方が強引に進めてきたものだったから、私も何回も断ったんだけど、それでも強引に会うだけって言われて……でも、あんな暴力的に話を進めるなんて思ってもみなくて」
 うなだれる紬。
「まあ、とにかくあがりなさい。詳しい話はゆっくり暖かいものでも飲みながらしましょう」
「はい」
 そうしてリビングに上がって、マヤにホットココアを入れてもらった。
 その間に紬は自宅に電話をかけて事情をすべて説明していた。電話口ではいろいろとやり取りがあったようだが、いずれにしても紬が家に戻ったらゆっくりと話をしようということになったらしい。念のため、迎えの車を出すということだった。
「今日はありがとうシンジくん」
「いや、でもあれでよかったのかな」
「よかったのよ。だって、私、行きたくなかったから抵抗したんだもの。心の中で、助けて、って願ったの。そうしたらシンジくんが来てくれた」
 にっこりと笑う紬。
「今までよりも、ずっと感謝してる。ありがとう、シンジくん」
「僕はたいしたことはしてません」
「ううん。シンジくんが言ってくれたんだもの」
 紬が目を伏せて言う。
「先輩は僕が守る、って」
「あの、それは」
「分かってるわよ。でも、それがすごく嬉しかったの。だから、これからも私の素敵な後輩でいてね?」
 素敵な、というところが気にかかったが、それを追及するところではないだろう。
「もちろんです」
「よかった」
 紬は笑った。






#12

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