『──やる気か?』
 鼻で笑う。年上だろうと人数が多かろうと、どうせ自分にはかなわないのに。ご苦労なことだ。
『るせえよ』
 自分を取り囲むのは高校生が七人。これだけ人数が多いのは決して初めてじゃない。
 何度もあったことだ。
『覚悟しやがれ』
 お決まりの台詞だな、と口には出さずに呟く。
 そして、動く。
 敵が動くよりも先に、速く。
 正面のバカの顔面に拳を入れ、その脇をとおりすぎる。混乱した敵の中の一人の後ろを取る。
 そして、首に腕を回す。
『や、やめ──』
 だが、聞かない。
 鈍い音がした。
『ひ、ひいっ』
 男たちが怯む。
 俺は、ニヤリと笑う。
『次は、誰だ?』
 男たちは一斉に引いた。だが、一度売られた喧嘩だ。相手の腰が引けているからといって手加減する理由はない。
 間を詰める。男たちは恐慌に陥る。だが許しはしない。
 一人に狙いを定めて、痛烈にローキックを入れる。膝が大地に着く。その時点で、この男はもう死んだも同然だ。
 敵の前で、倒れるなどもってのほかだ。
 自分の腹の位置まで下がった頭を両手でしっかりと掴む。何をしようとしているのかは、明らかだった。
 膝が、強烈に入った。再び鈍い音がする。鼻骨か頬骨かは分からない。だが確実にどこかにヒビが入った。
『ひ、ひ、ひ……』
 もはや、男たちは戦意を喪失していた。
 倒れ、動かなくなった男が二人。鼻血を出して震えている男が一人。何もしていないのに怯えている男が四人。
『ば、ばけものっ』
 誰かが叫び、そして脱兎のごとくに逃げ出す。
 それを見逃すつもりは、ない。
 もちろん全員を追いかけるなど不可能だ。誰か一人。そう、一番最初に逃げ出した男。そいつにしよう。
 みせしめだ。
 敵に背を向けることがどうなるか、きっちりと教えてやらなければならない。
『た、助け……』
『じゃあ、何故喧嘩を売った?』
『じゃあ、何故逃げようとした?』
『じゃあ、何故強くならないんだ?』
『じゃあ、何故仲間とつるんでいる?』
 笑った。
 そして、ショーが始まった。
『お前、生きてる価値ねえよ』
 楽しかった。
 力を使うこと。
 弱い者をいたぶること。
『この街じゃ、強い奴が正義なんだよ。覚えときな』
 もっとも、その言葉も既に男の耳には届いていなかった。










 第六話

 決戦、第三新東京市











「敵は何を始めたの!?」
 美汐が声を上げて尋ねる。
 イチゴサンデルは本部の直上に位置すると、下の頂点から黒色のドリルを発生させた。
『……』
 一瞬、オペレーターズの目が点になる。
「……ポッキー?」
 美汐が呆然として呟く。
「ポッキードリル、ジオフロント内ネルフ本部に向かい穿孔しています!」
 栄光ある『ポッキードリル』を命名したのは真琴であった。
「ここへ直接攻撃を仕掛けるつもりだわ」
 美汐が悔しそうに唇をかんだ。悔しいのは、本部へ攻撃をしかけられていることか、それとも敵の武器があまりに馬鹿げているからか。
「秋子さんを呼び戻してください。至急、対策を練ります」
「はい」
「カノン初号機は」
「現在冷却中──ひどい状態です」
「ここの指揮は秋子さんに任せます。佐祐理さん、ケイジへついてきてください」
「はい」
 最後に、美汐はぴくりとも動じていない往人総司令を見た。
 相変わらず、何を考えているのか分からない表情であった。





「これまでに採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推測されます」
 真琴の説明に秋子が頷く。
「なるほど。カノン初号機が狙われたのは、イチゴサンデルにとって一定距離内に侵入してくる外敵と思われたからですね」
「はい。エリア侵入と同時に加粒子砲で一〇〇%狙い撃ちしてきます」
 舞の説明に、ふう、とため息をつく。
「では、A.T.フィールド中和可能なカノンによる近接戦闘は無理ということですね」
 となると、当然長距離射撃による殲滅しか手がないということになる。
「敵のA.T.フィールドは」
「健在です。相転移空間を肉眼で確認できるほど、強力なものが展開されています。それも敵本体の全てをカバーしています」
「攻守ともにほぼ完璧。まさに無敵の空中要塞兼三時のおやつということですわね」
 秋子が落ち着いているせいか、舞も真琴も緊張がほぐれ、苦笑を漏らす。
「問題のポッキー・ドリルはどうなっていますか?」
「現在直径一七.五メートルの巨大ポッキー・ドリルがネルフ本部に向かい穿孔中。第二装甲版まで到達しています」
「本部への予想到達時刻は明日午前〇時六分五四秒です」
 現在の時間は、午後二時十二分。
「あと十時間たらず、ですか……」
 秋子はマイクに向かって話し掛ける。
「美汐ちゃん。初号機の状況はどうですか?」
『ちゃんはやめてくださいって、何回言えば分かっていただけるんですか』
 最初に帰ってきた返事は、秋子の質問に答えているわけではなかった。
『初号機は胸部第三装甲まで見事に融解しています。ですが機能中枢はやられていないので、装甲版を取り替えるだけで出撃可能です。見込み時間はおよそ三時間後です』
『あと三秒照射されていたら……』
 佐祐理が身体を震わせた。
「零号機は?」
『再起動自体には問題ありません。ただフィードバックに誤差が残っています。起動自体はともかく』
「実戦はまだ無理。近接戦闘に至っては不可能」
 その後を秋子自身が続けてから、通信を切った。
「祐一さん、初号機パイロットの容態は?」
「身体に異常はありません。神経パルスが若干不安定ですが許容範囲内です。今はまだ薬で眠っています。二時間後には目が覚める予定です」
「分かりました」
 秋子はにっこりと笑った。
「状況は芳しくないですね」
「どうするの、秋子さん」
 普段の口調に戻った真琴が尋ねてくる。秋子は微笑みを絶やさずに答えた。
「そうですね、選択肢は多くないですけど、ゼロではありません」
「何か方法があるんですか」
 舞が静かに尋ねる。
「はい。昔のツテを頼ることにします」
 舞と真琴の身体がびくんとはねる。
 秋子の過去。
 それは、誰も知らない未知の領域であった。
「ツテって?」
 おずおずと真琴が尋ねる。
「はい」
 にっこりと秋子は笑った。
「戦略自衛隊です」





「……きらいだ」
 呟いた声が脳を覚醒していく。ゆっくりと意識が戻り、目が開いていく。
 知らない天井。
 知らない部屋。
 知っている、顔。
「祐一くん?」
「……あゆ?」
 俺は,何が、あった……?
「そうか、俺、使徒にやられて」
「うん、危なかったんだよ、でも、何とか助かって」
 あゆは真っ赤に目を腫らしていた。
 自分のせいだ。
 自分のせいで、この女の子を泣かせてしまった。
「心配かけて、すまなかったな、あゆ」
「ふぇ?」
 目を瞬かせて、まじまじと見つめてくる。
「祐一くんがそんな優しいことを言ってくれるなんて……大丈夫!? やっぱりまだどこか痛いところある!?」
「お前な」
 寝そべったまま、あゆの頭にチョップする。
「うぐぅ」
「よし、それでこそあゆだ」
「全然わかんないよ」
 ゆっくりと身体を起こす──あゆが目をそむけた。
 上半身には何も纏っていなかった。
 下半身は?
(何も着てないじゃないか、自分)
 よくあゆは何も着てないような男の部屋にいられるな、と感心しながら脇のワゴンに目を向ける。
 食事が置いてあった。
「あ、それ、食べておいてって」
「なるほど。点滴ですませないってことはまた出撃か。ま、倒してないんだから当然だな。生きている限りは何度でも戦えってね」
「……祐一くんは平気なの?」
「何が?」
「戦うことが」
 あゆはまた泣きそうな顔に戻っていた。
 心配しているのは分かる。
 だがこればかりは退くわけにはいかなかった。
(そういえば、まだ話の途中だったっけな)
 牢屋で話したことを、当然祐一は覚えている。
 何故逃げないのか。
 何故戦おうとするのか。
 そして、死地に赴こうとする自分のことを、この少女は心配してくれている。
「ま、戦わなきゃ自分も死んじまうからな。逃げるわけにはいかないさ」
「……うぐ」
「それより──それ、もらうぜ」
 祐一は手を伸ばして、トレイごと取ってシーツの上に置く。
「あ……」
 その時、あゆの目が自分の背中に釘付けになった。そのことが祐一には分かった。
「……祐一くん、これ」
「ああ、これか?」
 祐一は右肩を押さえた。
「昔の傷痕だよ。たいしたことじゃないさ」
 そう言って食事を始める。さらに聞こうと声を上げようとしたあゆを手で制する。
「先に」
 祐一は口の中にあるものを飲み込んでから続けた。
「これからのことを教えてくれ」
 あゆは、顔をしかめて俯いた。
「後で、きちんと答えてくれる?」
「気が向いたらな」
「うぐぅ」
 非難の声を上げてから、あゆは質問にしぶしぶ答えた。
「十七時三〇分、碇、綾波両パイロットは第七ケイジに集合」
 ほう、と祐一は食べながら思う。あゆを呼んだということは、零号機で出撃するということだ。
 初陣か。
「十八時〇〇分、カノンゲリオン初号機および零号機起動。同〇五分、発進。同三〇分、二子山仮説基地到着。以降は別命あるまで待機」
 待機。すぐに攻撃するというわけではないということだ。いったい何をするつもりなのだろうか。
「明朝日付変更と同時に作戦行動開始」
「りょうかひ」
 口いっぱいに頬張っていたので、きちんと答えられなかった。その姿を見てあゆがぷっと吹き出す。
「間抜けだよ、そのかっこう」
「んなこた分かってる。それより、お前こそいいのか?」
「何が?」
「初陣だな、緊張するだろ」
 あゆは顔をしかめた。
「……そうなんだよ」
「もしかして、それで俺が戦うことを気にしているのか?」
 どうして大怪我をしたのに戦えるのか。戦う気力がなくならないのか。
 怖くはないのか。
「それも、あるけど……」
「怖いんだったらやめてもいいぜ。俺一人でどうにかするさ」
 祐一は横に置かれていたプラグスーツを手にとった。
「でも……」
「俺は戦うことしかできないからな」
 あゆに向かって、優しく声をかける。
「お前には、戦う以外の生き方だってできるだろう?」
「……でも」
「ま、最終的に決めるのはお前だから、何も言わないけど」
 ぴらぴら、とプラグスーツをゆすって見せる。あゆは何を意図した行動かわからず、首をかしげている。
「これに着替えるんだけど。それとも、俺のヌードが見たい?」
「けっこうだよっ!」
 慌てて立ち上がり、部屋の外へと走り去っていった。
 本当に、叩くと面白い少女だ。
「……やれやれ、だな」
 戦うことしかできない。
 幼少の頃の体験が、自分をそういう自分に成長させた。
 いや、堕落させた。
 だからもう、戻れない。
 天使にはなれない。
「堕天使、か」
 祐一は自嘲した。





「特別条例D−501により、本日一五時よりネルフが戦略自衛隊所有のポジトロンライフルを徴発いたします」
 ──という秋子の鶴の一声によって戦略自衛隊はその財産ともいえる新兵器、陽電子砲(ポジトロンライフル)をネルフに持っていかれたのである。
「それにしても、頭の固い戦自研(戦略自衛隊研究部)の連中が、よくポジトロンライフルの徴発に応じたものだ」
 石橋が呟く。だが真琴には分かっていた。同行した彼女だけが分かっていた。
 あれは、よく言っても脅迫だった。
『もし応じてくださらないのでしたら、仕方ありません、このジャムパンを食べていただきます』
「ひどい、ひどすぎるよ秋子さん……」
 さすがに昔の職場──これも今日判明した事実だった──の上層部は秋子のことをよく知っていた。そして謎ジャムの脅威も。
「ポジトロンライフルの準備はどうなっていますか?」
 技術開発部の倉庫に通信で話し掛ける。
『大丈夫です。あと三時間で形にしてみせますよ!』
 戦自にあったのは組みあがった状態のポジトロンライフルではなく、分解された状態だった。カノンサイズのライフルである。組み立てにもチェックにも時間がかかるというものだ。
「エネルギーシステムの見通しは?」
「現在三.二%の遅れ。本日二三時一〇分には完了予定」
 舞の静かな説明が入る。
「カノンゲリオン、準備は」
『こちらは完了。いつでも出撃できるわ』
 美汐は三時間の予定のところを二時間半で仕上げた。その分、彼女と佐祐理もポジトロンライフルの組み立てに回ることになっている。
 秋子が立てた作戦。それは、カノンによる超長距離からの一点直接射撃という、現実的には不可能なものであった。使徒が展開するA.Tフィールドのため、中距離から長距離の攻撃は全く通用しないことが判明していたからである。
 だが、秋子が考えたのはA.T.フィールドを上回る高エネルギーを集中することによって使徒本体ごと貫通するというものであった。そのため、日本の発電施設の全てからポジトロンライフルに送電し、一点集中突破を行おうというのである。
「カノンによる超長距離からの直接射撃……日本国内総電力の徴発! ずいぶんと大胆な作戦をたてたものだな、葛城一尉」
 石橋からの皮肉とも賞賛ともいえる言葉がかかる。
「勝算は八.七%、最も高い数字です。目標の強硬なA.T.フィールドを中和せず打破するには高エネルギー集中帯による一点突破。これしかありません」
 にっこりと笑いながら言う秋子に、往人は重く頷く。
「反対する理由は何もない。存分にやりたまえ」
「それでは、この作戦の名称を決めさせていただきます」
 にっこりと、秋子が笑った。
「以後、本作戦は『ヤジマ作戦』とすることにいたします」
「葛城一尉」
「はい」
「それは、ゲームどころか会社まで違わないかね」
 石橋が苦情を申し立てる。だが、秋子は平然としていた。
「問題ありません」
 その時、報告が入った。
「敵ポッキー・ドリル、第九装甲版を突破! 本部到達まであと六時間四五分!」










NEON GENESIS KANONGELION

EPISODE:06   Ayu 










「これが、ポジトロンライフル……」
 二子山に増設された変電所で、祐一は弾ですら自分よりもはるかに大きいであろうことが簡単に推測できるモノを見つめた。
「戦自研で保管されていたものを持ち出してきました」
 秋子が嬉しそうに言う。
「日本中のエネルギーに耐えるだけの耐久性があるかどうか、疑問ですね」
「既にMAGIが試算済みです。現在の強度で予想されるエネルギー量を放出した場合、一射目で壊れる可能性は一三.四%、二射目で壊れる可能性は九九.九%」
「つまり、二発以内で倒せということですね」
 美汐の分かりやすい説明にため息で答える。
「正確には一射目です」
「というと?」
「一射後、再充電するために必要な時間が二〇秒かかります」
「その間に反撃される可能性が高い、と?」
「予測ではありません。当然の帰結です」
 美汐の言葉は明確を極めた。つまり、一射目で倒さなければ先ほどの加粒子砲にさらされるということだ。
「了解。なんとかしてみましょう」
「では二三時三〇分に、祐一さんはポイントAで砲手を担当。必ず一撃で倒してくださいね」
「質問」
「なんでしょう」
「ポジトロンライフルで倒すことができる可能性は」
「MAGIの試算では六二.一%という数字が算出されています」
 美汐が変わって答えた。
「では、もし一発目が外れたら」
「そのときは速やかにポイントBへ移動。次弾を装填してエネルギーが再充電されるのを待って、二射目を行ってください。なおイチゴサンデルからの反撃が予想されます。そこで、あゆちゃんがあらかじめポイントBに待機し、防御を担当してください」
「は、はい」
 あゆはぐっと気をひきしめて答える。
「カノン零号機に装備されているのは『Shield of S.S.T.O.』です。スペースシャトルの底部から急造仕上げしたものです。MAGIの試算では一七秒、加粒子砲から耐えることができると判断されます」
「質問」
 あゆではなく、祐一が手を上げた。
「なんでしょう」
「もし、盾が破壊されたらどうするんだ?」
 秋子と美汐は目をあわせた。そして、断固とした口調で告げる。
「その時は、零号機そのもので加粒子砲を防いでください」
 あゆが息を呑んだ。
「なるほど。ではもし二射目も外れたら」
「その時は、玉砕してください」
 祐一は笑った。
「了解。自分のミスは自分で取り返すことにしましょう」
「ミスをしないことが先ですよ、祐一さん」
「確かに」
「それから祐一さん、覚えておいてほしいことがあります」
 美汐が会話に割り込んでくる。
「陽電子は地球の自転・磁場・重力の影響を受けるので、直進しません。その誤差を修正するのを忘れないでください」
「具体的にどうすればいい?」
「修正自体は機械が行ってくれます。中央の照準マークにあわせた後で修正の指示を出してください」
「了解」
「じゃあ、時間まで待機していてください」
 そう言って、秋子と美汐が姿を消した。





「ボクたち、死ぬかもしれないね」
 二人きりになると、あゆはぽつりと漏らした。
「そうだな。俺はともかくお前の方は危険きわまりないな」
「うぐぅ」
 だが、さすがに今回ばかりは洒落にならなかった。あゆはまさに自らの命を盾として使うように命令されたのだ。
 初陣で。
「……ねえ、祐一くん。さっきのこと、教えてくれる?」
「さっき?」
「病室で尋いたこと」
「ああ」
『……祐一くんは平気なの?』
 あゆが尋いてきたこと。戦うことに恐怖はないのか、どうやって克服しているのか。そのことを聞きたいのだろう。
「あゆは怖いか?」
 返事はない。
「じゃあ、逆に聞くけどな。あゆは怖いのにどうしてカノンに乗るんだ?」
「え……」
「この間、学校で言ってたな。自分がカノンに乗れば、秋子さんや皆が喜んでくれる」
「うん、そうだよ」
「でも、自分が死んだら何にもならないだろ」
「……うん」
「自分が死んでもカノンに乗る理由。そんなものが、お前にはあるのか?」
 あゆは答えない。答えたくないというのなら、別に無理に聞くつもりはなかった。そこで質問を変える。
「お前、自分が学校で浮いてるって言ってたよな」
「うん」
「聞いたよ、北川と香里から、その理由」
「……うん」
「お前、どうして自分が浮いてるか、その理由知ってるんだろ?」
「……うん」
 祐一はあゆの背中を見る。
『ときどき、本当にふとした時なんだけど、見えることがあるのよ』
 だが、そこには翼などなかった。
(当たり前だよな……)
 翼の生えた人間など、いるはずがない。
「翼、でしょ?」
「と、言ってたけどな。冗談──」
「だと、よかったんだけどね」
 あゆは自分の両肩を抱いた。
「分かってるんだ、ボク、人と違うってこと」
「まさか、本当に翼が生えてるとでもいうのか?」
「それこそまさかだよ」
 あゆの笑顔には陰りがあった。無理しているのははっきりしていた。
「どうして、自分の命をかけてまで人を助けようとしたんだ?」
 北川たちに聞いた屋上でのことを意味しているのは伝わったはずだ。あゆは少し遠くを見つめて答える。
「ボク、助けられてばかりだから。秋子さんや、祐一くん、みんなに助けられてばかりだから。ボクが助けてあげられる人がいるんだったら、助けてあげたいんだ」
「それが、カノンに乗る理由か?」
「そう、なのかも。ボクにしか、カノンを動かすことができない、カノンで使徒を倒すことができないっていうんなら、ボクはカノンに乗りたいと思うよ」
「立派だな」
「そんなんじゃないよ」
「少なくとも俺よりはるかにしっかりと物事を考えている。俺は、ほとんど暇つぶしで乗ってるようなもんだからな」
「暇つぶし?」
「俺は別に、戦うことが怖いなんて思ったことはないよ。戦っている時の方が充実している気さえする。戦場こそ、自分が本当にいるべき場所なんだって思える。だから、怖くはない」
 あゆは黙り込んだ。
「平和な毎日なんて、つまらなくてね。戦場にいる方がいい、その方が」
 より、死に近い。あいつの待っている、冥界に近い。
「その方が……?」
「いや、なんでもない。ちょっと話しすぎた」
 祐一は立ち上がった。
 月の光が二人と、二体のカノンを照らし出している。
 時間だ。
「安心しろ、あゆ。俺が一撃で決めてやるさ」
「うん。期待してるよ。それじゃ」
「あ、待った」
 祐一はあゆの肩を掴んで、強引にこちらを振り向かせる。
「えっ、ゆ、祐一く……」
 驚くあゆの右手を取ると、その小指に自分の小指を絡ませた。
「指きりげんまん、嘘ついたらはりせんぼん飲ます。指切った」
 絡んだ小指が、あっというまに離れた。
「……」
「大丈夫。生きてまた会えるさ」
「……うん」
「心配するな。お前の出番なんか、ないから」
「…………うん」
「じゃ、またな」
 祐一は、一足先にカノン初号機へと乗り込んでいった。そして、あゆも遅れて零号機へと乗り込む。
 そして、日本中から街の明かりが少しずつ消えていった。





『祐一さん、あなたに日本中のエネルギーを預けます。がんばってくださいね』
「りょーかい。トリガーを引くだけの作業で物足りないですけどね。外れたりエネルギー足りなかったりしても恨まないでくださいね」
『随分リラックスなさってますね』
 秋子の声には、若干の含みがあった。それが祐一にだけは分かった。
 一撃で決めなければならないプレッシャー。珍しく祐一にもそうした心の動きがあることを、秋子は敏感にかぎとっていたのだ。
(やれやれ、秋子さんにはかなわないな)
 祐一が、ふう、と大きく息を吐いた。
 その時、時計の針が〇時を示した。
『では。ヤジマ作戦、スタートしてください』
『電圧上昇中、加圧域へ』
『全冷却システム出力最大へ』
『陽電子流入順調!』
『第二次接続』
『全加速機運転開始』
『強制収束機、作動!』
『全電力二子山増設変電所へ』
『最終安全装置、解除!』
『第三次接続問題なし』
『祐一さん、撃鉄を起こしてください』
 言われるまま、カノンが動く。『発射可能』の表示と共に、祐一の目の前に赤いマークが生じる。
(……目標をセンターに入れてから……)
「誤差修正、頼む」
『地球自転誤差修正プラス〇.〇〇〇九』
『第七次最終接続』
『全エネルギー、ポジトロンライフルへ』
『発射まであと十秒』
『九』
『八』
『七』
『これは──目標に高エネルギー反応!』
『なんですって!』
 佐祐理の声に、美汐が反応する。
『気付かれましたね。でも、敵より先に撃つことができれば……』
『二!』
『一!』
『祐一さんっ!』
 祐一の指が、トリガーを引いた。銃口から、緑白色の陽電子ビームが発射される。
 だが、同時に、
『目標、加粒子砲、放射!』
 イチゴサンデルも加粒子砲を放射する。双方のビームが、まっすぐにぶつかりあう。
『芦ノ湖湖上で衝突──いえ、こ、これは!』
 陽電子と加粒子が相互に干渉しあい、互いに時計周りに螺旋を描いてすれ違う。
「まずいっ!」
 それぞれのビームが、敵の後方で巨大な爆発をおこした。祐一は爆風で身動きが取れなくなる。
「くううううっ」
『祐一さんっ!』
 秋子の声が聞こえてくる。
『ポイントBへ移動、急いでください』
「分かってますっ!」
 屈辱だった。もちろん、今の攻撃がミスったのは自分のせいではない。敵が上手に陽電子砲を逸らしたのだ。
 だが、これで──
『敵、第二射、来ます!』
 祐一がポイントBに到着した直後、赤い加粒子砲がカノン初号機へと放射された。
「やべえっ」
 これだけのエネルギー量を直接受けたら、いくらカノンといえども──と思いながらもライフルをかまえなおし、照準をセットする。
「頼む、あゆ!」
 その初号機の前に、巨大な盾を持ったカノン零号機が立ちふさがった。



 ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!



『盾がもたない!』
『時間は!』
『ダメです、まだあと一〇秒!』
『祐一さん、修正は──』
「終わってます、それよりエネルギーの収束、早く。このままじゃ──」
 盾が少しずつ外側から溶けはじめ、そして──
「あゆっ!」
『く、あああああああああっ!』
 あゆの悲鳴が、初号機と仮説基地に響く。
「まだかっ!」
『二秒前!』
『一!』
『発射っ!』



 ズドオオオオオオオオオオッ!



 今度こそ、
 今度こそ、陽電子砲は一直線にイチゴサンデルへ向かって進み、そして、



 ドグワオオオオオオオオオッ!



『陽電子砲、命中!』
 器の部分が完全に貫かれていた。ゆっくりと器が倒れていく。
『敵、ポッキードリル、第二二装甲版で停止!』
『目標、完全に沈黙しました』
『零号機パイロットは?』
『命に別状はありません!』
 ようやく、安堵の息が全員から出る。だが、一人だけ、
「あゆっ!」
 祐一は初号機のエントリー・プラグから飛び出して、完全に溶けて倒れた零号機へと駆け寄っていた。そして完全に露出している零号機のエントリー・プラグのハッチに手をかける。
「くううううっ」
 熱せられた非常ハンドルを回す。その手から煙が出た。だが、かまわずに強引に扉をこじあける。
「あゆっ!」
 エントリー・プラグに飛び込む。どこか壊れていたのか、既にLCLは半分も残っていなかった。
「祐一、くん……」
「あゆ、無事か」
「うん。祐一くんも、大丈夫……だった?」
「ああ。お前のおかげだ」
「使徒は……」
「倒した。お前のおかげだ」
 祐一は近づくと、肩を貸してあゆを起こした。
「ボク、祐一くんのこと、守れたよね」
「ああ、助かった。お前、助けてもらってばかりじゃない。みんなを助けてるんだよ」
「うん。ありがとう、祐一くん」
「礼を言うのはこっちの方だ」
 何とかエントリー・プラグからあゆを連れ出す。すぐに救急班が来るはずだ。
「また、会えたね」
 あゆはにっこりと笑った。
「ああ、そうだな」
 と、振り返った祐一の目が見開かれた。
(ま、さか……)
 そこに、信じられないものを見た。
 あゆの後ろで輝く、二枚の羽。
(翼、だ……)
 月の光を浴びて、白く、眩しく輝いている。
「祐一くん?」
 話し掛けられて、頭を振る。だが、もう一度あゆを見た時、既に翼は消えてなくなっていた。
(今のは、いったい)
「祐一くん?」
 もう一度話し掛けられる。
「いや、大丈夫。俺も少し疲れたみたいだ」
「お疲れさま。一番の大役だったもんね」
「それはお前だろ。まったく、二発目も外れないで本当に助かったぜ」
「もし外れてたら、秋子さんのジャムパンが待ってたよね」
 祐一は一瞬気が遠くなった。
「てゆーか、既に一発はずしてるぞ……」
 会話が、途切れた。
 あゆは何故か遠くを見て呟く。
「短いつきあいだったね、祐一くん」
「待てい」
 ぺし、とチョップを与える。
「うぐぅ」
「縁起でもないこと言うな」
 会話する二人の下に、遠くから救急班の車が近づいてくる。
「あゆ」
「うん?」
 涙目でこちらを見上げるあゆ。
 彼女に向かって、祐一は滅多には見せない笑顔を向けた。
「ありがとうな」









次回予告



 迫り来る使徒の攻撃から、束の間の休息を得る祐一。
 彼が一人向かった先は、ある少女の墓であった。
 七年前の記憶が、祐一の脳裏に蘇える。
 はたして、過去のくびきを解き放つことはできるのか。

「……やっぱりエアキャラですか?」

 次回、人の眠りし場所。
 さて、この次もサービスしますね。



第七話

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