NEON GENESIS KANONGELION

EPISODE:09   Play the DDR!!!










「あーあ、今日は本当にくたびれた……っと」
 祐一は大きく伸びをしてから自宅の玄関扉を開ける。
(でも、まだ一つ大事な仕事が残って……のわっ!?)
 声に出さずに驚愕の悲鳴をあげる。
 玄関には、山のように高く詰まれたダンボールが所せましと並べられていたのだ。
「な、何だこの荷物」
 祐一は今にも倒れてきそうなダンボールを見上げる。どう見ても一桁でおさまる量ではない。
「あ、お帰り祐一」
 今日一日で飽きるほど聞かされた声が、玄関に向かって放たれる。
「まさか……」
 祐一は荷物の間をすり抜けるように、リビングへと入っていった。
「……何故、名雪がここにいるんだ?」
 中では、名雪と佐祐理とがお茶を飲みながら仲良く会話していた。
「お帰りなさいませ、祐一さん」
「ああ、帰った、けど……」
「お風呂になさいますか、ご飯になさいますか」
 ……答えなきゃダメな質問か、それは……?
「ご飯」
「はい、じゃあすぐに用意しますねー」
「いや、食うのはお前だーっ」
「きゃー」
 お約束とはいえ、何で自分はこんなことをしているんだろうと深く後悔する祐一。
 そして、隣を見ると呆然と名雪がこちらを見つめていた。
「ふーん……祐一と佐祐理さんって、そういう関係だったんだ」
「いや、そこで素直に納得されても困るんだが」
 やはりこの惚け方は尋常ではない。どこか秋子さんに通ずるところがある。
(そういや、お母さんって呼んでたよな……本当の母子じゃないらしいが)
 まあ、この際そんなことはどうでもいい。今はそれよりも正しておかなければならないことがある。
「名雪」
「何?」
「どうしてお前がここにいるんだ」
「住むからだよ」
「ここに?」
「ここに」
「……マジか」
「大マジ」
 にこにこにこにこ。
(するってーと、なんだ。俺、学校でもネルフでも家でも名雪のお守り……?)
 一瞬、本気で家出を考えた祐一。完全に魂が抜けて、あっちの世界へ行ってしまっていた。
「わっ、祐一」
「祐一さん、大丈夫ですか」
「はっ、お笑いだぜ。まさかこの歳で一人の子もちとはな……」
「私、子供じゃないもん」
「自覚はあるんだな」
「子供じゃないもん」
 ぷいっ、と膨れてそっぽを向く名雪。
(軽くかわせないから子供なんだ)
 と追い討ちをかけるようなことはせず、祐一は階段へと向かう。
「佐祐理さん、遅くなってすみませんでした──今からでも大丈夫ですか?」
「え。あ、はい──」
 佐祐理は膨れてしまった名雪と祐一を交互に見交わす。
「よろしいんですか?」
「あとでイチゴヨーグルトでも買って機嫌とっときますから」
「二つ」
 その単語に鋭く反応する名雪。祐一は苦笑した。
「──ということです」
「はい、分かりました」
 立ち上がり、祐一の後についていく佐祐理。その二人に、名雪が声をかけた。
「後でお茶持っていくね」
「ああ、悪いな」
 そしてまた、この荷物の山をすり抜けて、何とか階段までたどりつく。
「それにしても、こんなにたくさん、いったい何を持ってきたんだか」
「服とか、あとはコレクション類だっていってましたよ」
「コレクション?」
「はい。よくは聞いてないですけど」
「……ダンボールにいっぱいになるくらい?」
 いったい何のコレクションなのだろうか、と少し好奇心がわく。
「ま、そのうち分かるか」
 だが所詮は名雪のものであるから、祐一は無視して階段を上った。
「そういえば、祐一さん」
 後ろから佐祐理が声をかける。
「使徒は、どうなりました?」
「負けました。こてんぱんに」
「そうなんですか?」
「N2で足止めしてますから。五日後までに初号機と弐号機の改修作業して、多分第三新東京市で決戦になると思います」
「はえぇー。祐一さんでもかなわない相手っているんですねー」
「まあ、使徒とカノンが互角だとしたら、今まではちょっと勝ちすぎでしたから。これで採算が取れたということにしておきましょう」
 次は負けるつもりはないが。
「ここです」
 祐一が扉を開けて、佐祐理を先に入れる。中は小奇麗に片付いている。ベッド、机、教科書をいれるための本棚。それしかなかった。
「もっと汚い部屋を想像してました」
「荷物が少ないので、汚くなることもないんですよ。埃は目立ちますけどね」
 フローリングの床は毎日のように掃除しないとすぐにうっすらと埃が積もっていく。それだけは気をつけていた。
「どうぞ、座ってください」
 祐一はテーブルを別の部屋から持ってきて置く。そして二人は向かい合うように座った。
 ここにきて、突然佐祐理がそわそわとしはじめた。部屋の中で二人でいるというシチュエーションがそうさせているのか。
(いや、違うな)
 佐祐理はそういうことにはあまりこだわらないタイプのようだ。おそらくは、これから話すことの内容が問題なのだろう。
(……妹、か……)
 大切なものを亡くしたというのは、自分も同じだ。
 その衝撃は体験したものにしか決して分からない。そして祐一は今でもその苦しみに胸を焼かれている。
「お聞きしたいことがあるんです」
 だが、佐祐理が聞いてきたことは祐一の予想をまるで裏切っていた。
「祐一さんは、どうしてカノンに乗ってるんですか?」
 あう? と話の流れについていけずに固まる祐一。
「どうして、カノンに乗ってるんですか?」
「いや、どうしても何も……呼んだのは父親ですからね。初めて初号機に乗った時、佐祐理さん、あの場にいましたよね」
「はい、でも──もう祐一さんがカノンに乗る理由はないんじゃないですか?」
「俺がカノンに乗る理由?」
「祐一さんは、あのお墓に行くためにカノンに乗っていたのではないのですか?」
 祐一の顔から笑みが消えた。鋭い視線に、佐祐理の体がびくっと反応する。
「あ、ごめんなさい、佐祐理──」
「あ、いやいや、気にしないでください。今日はどうも調子が悪いな。いつもはこんなに自分を見失うことはないんだけど」
 美汐の時といい、女の子に向かって睨みつけるなど言語道断だ。
「佐祐理さんは、俺の何を知っていますか?」
「何を……といいますと」
「俺がチンピラをのしてた時、佐祐理さんは俺の何を見ていたんですか?」
 息を呑む佐祐理。
「俺は戦うことが好きなんですよ。人間相手なら犯罪だけど、使徒なら文句はない。それどころか英雄扱いされる。一石二鳥というわけです」
「そんな」
「それが碇祐一という男の正体ですよ。本当はろくでもないやつなんです」
「違います」
 だが、佐祐理はむきになって否定する。
「違います。祐一さんはそんな人じゃありません」
「自分の希望を相手に押し付けるんですか?」
「いいえ。佐祐理は知ってるんです。祐一さんが優しい人だということを」
「俺が? 優しい?」
「はい。祐一さんは他人を助けるために自分を犠牲にできる人です。初めてカノンに乗った時、祐一さんはあゆさんを助けようとしたんでしょう?」
「あゆ、ねえ」
 どうもあの時の自分の行動は回りにとっていいように誤解されているようであった。
 もっとも、震えている少女にかわってカノンに乗り込んだわけだから、誤解どころか正解にほかならないのだが。
 それを認めようとしないあたり、祐一もまだまだ子供であった。
「だから分からないんです。あゆさんはもう身体は治ってますし、祐一さんがここにいる必要もなくなった。それなのに、使徒と戦いつづけているということが」
「はあ、そーですか……」
 まるでやる気のない受け答えをする祐一。
「祐一さんが、どうして戦っているのか、それを知りたいんです」
「知って、どうするつもりですか」
「もし、佐祐理にできるのであれば、祐一さんの力になりたいんです」
 一瞬、白目を向く祐一。だがそれには気付かず、佐祐理は続けた。
「──大切な、友人として」
 何とか、現世に戻ってくる祐一。
(危ない危ない、一瞬本気の告白かと思っちまったぜ)
 女の子は大好きだが、誰か特定の一人を決めることだけは絶対にしないと誓っている祐一である。告白をすることは今後もないだろうし、告白されたとしても気持ちに応えるわけにはいかない。
 彼の隣に立つべき女性は、たった一人しかいないのだから。
「そして、佐祐理のことも助けてほしいんです」
 さらに佐祐理は続ける。
「……助けてほしいんです」
「別に、佐祐理さんが助けてほしいっていうんなら、友達でもそうでなくても俺はかまわないけど」
 祐一はあくまで軽やかに言う。
「困ってる女の子を助けるのは男の仕事だからね」
「佐祐理は……」
 だが、佐祐理の表情は暗い。
「……祐一さんのことがきちんと分からないと、相談できません」
 ぽろり、と涙を零す。
「……相談できません……」
(ふむ……)
 つまり、佐祐理は頼り頼られる関係になりたいのだ、というのだ。
 それは結局のところ、告白とどういう違いがあったのだろうか。
(やれやれ、困ったな)
 悩んでいると、突然佐祐理が立ち上がった。
「今日は、帰ります」
 そして、ドアノブに手をかける。
「……返事は、いつでもかまいませんから」
(やれやれ、やっぱり告白じゃないか)
 少なくともそれに類する行為であることは間違いない。
 祐一はため息をついて出ていこうとする佐祐理に声をかけた。
「逃げたくはないんですよ」
 ぴたり、と佐祐理の動きが止まる。
「一度足を踏み入れた戦場から逃げることは、俺には許されてないんです──それだけです」
 ぱたん、と扉が閉まった。
 結局、佐祐理の話を聞くことはできなかったが、佐祐理が自分のことをどう考えてくれているかが分かった。
 佐祐理は、相談相手に自分を選んだのだ。
 舞ではなく。
「光栄だな……俺には光栄すぎる……」
 祐一はため息をついた。と、部屋をノックする音が聞こえる。
「祐一? 入るよー」
 返事するよりも早く、名雪がドアを開ける──もしここで自分と佐祐理がキスシーンの真っ最中だったらどうするつもりだ、と内心毒づく。
「あれ? 佐祐理さんは?」
「帰った」
「せっかく、紅茶入れたのに……」
「そうだな。じゃあ、せっかくだからお前が飲んでいけ」
「いいの?」
「ああ。別に悪い理由はないだろ」
「わーい」
 名雪は紅茶とお菓子をテーブルに置くと、さっきまで佐祐理が座っていたところにちょこんと座る。
「そういえば、お前、あのダンボールの中身、コレクションだって聞いたけど」
「うん、そうだよ」
 名雪は笑顔で応える。先ほどのことはもう遠い忘却の彼方へいってしまったようだ。
「いったい、何のコレクションなんだ?」
「目覚まし時計」
 祐一は首をひねる。
「……は?」
「目覚まし時計」
 もう一度、同じ言葉を名雪は繰り返した。
「あれだけの箱に、目覚まし時計が入っているのか……?」
 答えず、にこにこ笑いながらお菓子を頬張る名雪。
(……ってゆーか、こいつ、何歳?)
 これまでの言動からはとても同い年には見えなかった。
 と、ちょうどその時、階下で物音がした。
「お母さんだ」
 名雪が立ち上がって部屋を飛び出す。
「お母さん、お帰りー」
 ぱたぱた、と階段を駆け下っていく名雪。
「……正真正銘、ただの小学生だ」
 祐一は、まだ冷めない紅茶を一気に飲み干して、階段を下りていった。





「これは、二人にお土産です」
 秋子は帰ってくるなり、小さめの箱が三つ、そして十二インチディスクケースを一枚、二人に手渡した。
「なんですか、これ?」
「開けてみてください」
 言われたとおり、箱を開ける二人。
「これ──去年発売になった、プレステファイブじゃないですか」
「こっちはDDR専用コントローラー……?」
 二人は頭にひたすらクエスチョンマークを思い描いた。
 使徒に勝ったのならともかく、使徒に負けたのに何故こんなものを手渡されるのか。
 何か、ものすごく嫌な予感がした。
「ディスクは──ああ、やっぱり。『DDR.ver.2018』……いったいこれでどうしろっていうんですか」
 祐一は意味もなく秋子がこんなものを買ってくるとは当然思っていなかった。何の企みかと疑ってかかるのは当然のことだ。
「二人には、次の作戦までひたすらこれをやってもらいます」
「冗談……?」
「いえ、本気です」
 秋子はにっこりと笑う。
(何故……?)
 二人の頭には、先ほどより多くのクエスチョンマークが飛び回っていた。





「結局、今日は休みだったな、二人とも」
 北川は香里と一緒に帰宅していた。
 本来なら二人が帰る方向は別々だ。だが、今日は二人とも行く場所があった。
 祐一の家である。
「そうね。怪我はしてないって聞いてるけど……」
「それより、名雪が祐一と一緒に暮らしてるってのは本当なのか?」
「ええ。昨日電話で聞いたわ。どうやら本当のことみたいよ」
「みたいよ、って……」
「大丈夫よ。祐一くんだって、同居人を襲うはずがないじゃない」
 けろっとした表情でさらっと言ってのける香里。
(……頼むから真顔でそういうこと言うの、やめてくれないかなあ……)
 仮にも相手は健全な高校生男子である。
「でも、祐一たち負けたんだよな?」
「そうみたいだけどね。なんか、おかげでやることがあるっていう話よ」
「やること?」
「そこまでは名雪、何も言ってなかったけど……どういうつもりなのかしらね」
 そして二人は葛城家の呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
 元気のいい声がかえってきて、ドアが開く。中には、いつもどおりの笑顔を浮かべた名雪。
「あ、香里。いらっしゃい」
「お邪魔しても──なんだか、随分荷物が多いわね」
「うん。いろいろあって」
 まるで表情を変えずにさらりと流す名雪。おかげで二人とも大量のダンボールの用途を『きっと使徒戦のための道具なんだな』と勘違いすることになった。もっとも、名雪はおそらくそれを狙って言ったのだろうが。
「どうぞ。ちょっと散らかってるけど」
「そういえば、祐一くんは?」
「中にいるよ。祐一、香里と北川くん」
「いれたのか!?」
 中から明らかに嫌そうな祐一の声。思わず顔を見合わせる香里と北川。
「なんだなんだ?」
 気になって北川がリビングへと突入する。
「──お前──」
 そこには、名雪と色違いで同じ服装の祐一の姿があった。
「い、今時ペアルック……」
 祐一はあまりのショックに両手両膝をついている。
「……秋子さんが、着ないと謎ジャムだっていうから……っ!」
 謎ジャムを食べないがためにペアルックをさせられているというわけである。男のプライドをもずたずたにする謎ジャム、恐るべし。
「……で、あなたたち、学校休んで何をやってるのよ」
 ジト目でテレビ画面を見つめる香里。そこには、DDRのプレイ画面が映っている。
「見たとおりだ」
「学校サボって遊んでるってわけ」
「どこをどう見たらそうなるんだ」
「どこをどう見てもそうなるでしょ!」
 強い口調で言い切る香里。祐一は思わず言葉に詰まる。確かに言われてみればそうとしか思えない状況だ。
「これはね、お母さんが使徒戦で必要になるから、踏めるようにしておけって」
「使徒戦で必要?」
「秋子さんの言うところによると、俺が前回戦った使徒の行動パターンを分析して、敵の行動を予測、それにあわせてこちらは音楽に合わせて使徒に攻撃、その際、初号機と弐号機──つまり俺と名雪が呼吸のあった攻撃をしなければならないんだと」
「私も戦ったよ〜」
「いきなり戦闘不能になったやつが言う台詞じゃない」
「うー」
 北川と香里はまだよく理解ができていないようだったが、とにかく使徒を倒すにはDDRが踏められればいいということは分かった。あまりに常識とかけ離れてはいたが。
「それで、どれだけ踏めればいいんだ?」
「DM」
「DMって……ダブルのマニアックか。踏めるのか、お前?」
「マニアックくらい余裕だ。それに、曲はバタフライでスタンダードナンバーだから、コツは抑えている。どんなパターンでも大丈夫だ。ただ……」
「ただ?」
「名雪が足を引っ張らなければな」
「うー」
 名雪はぷくーと頬を膨らませる。
「名雪、踏めないの?」
「今日、ようやくEASYのBASICを踏めるようになった」
「ダメダメじゃん」
「ひどいよ、みんな」
 名雪がむくれる。
「お前のレベルは単なる事実だろ」
「うー」
「そんなにひどいの?」
「本当に陸上部なのかと疑いたくなるくらい、ひどい。ま、一回見てみれば分かるな。おい、名雪。やるぞ」
「えー」
「えー、じゃない」
「うー」
「うー、でもない」
「くー」
 祐一の手がアイスピックに伸びる。
「うそうそ、冗談だよ〜」
「くだらないことやってないで、さっさと準備しろ」
「うー」
 不満を口にしながらも、名雪は2コントローラーの上に立つ。祐一はもともと1コンの上だ。
 そして、曲が始まった。あいやいやー、とお馴染みの曲が流れ、
 十秒とたたずに、ガシャン、と画面が閉じた。
「これはこれは」
「いやいや」
 香里と北川が言葉もないといった様子で頷いた。
「うー」
「……ざっと、こんなところだ」
 祐一の名誉のために付け加えておくが、彼にミスはなかった。全てgreat以上、それもperfectがほとんどだった。
 問題は名雪だ。
 まず、good以上が一つもなかった。
 全部booだった。
 全部missよりも、ある意味ではすごい。
「こんなんで大丈夫なのか?」
「ダメに決まってるだろう」
「何日でこの曲を仕上げるの?」
「あと四日」
 はあ、と同時にため息をつく三人。
「うー、ひどいよ〜」
「ひどいのはお前のステップだ」
「うー」
「ま、否定はできないよな」
「確かに」
 北川と香里も、この時ばかりは完全に祐一の味方であった。
 と、ちょうどその時、玄関から物音がする。
「あらあら、随分にぎやかですこと」
 嬉しそうな笑顔を見せつつ、秋子の登場となった。
「あ、お邪魔してます」
「ゆっくりしていってくださいね。それで二人とも、順調?」
「昨日よりかは若干マシです」
「そう」
 秋子は嬉しそうに微笑む──その背後で、ひょこり、と顔をのぞかせた少女がいた。
「あゆ?」
「あ、うん。こんにちは」
 照れているのか、あゆが顔を赤らめながら秋子の後ろから顔をのぞかせている。
「どうしたんですか、秋子さん。あゆを連れてくるなんて」
「うぐぅ……」
「いえ、ちょっとあゆちゃんにもこれをやってもらおうかと思いまして」
「これを?」
 DDRの画面を見て祐一が怪訝な表情を浮かべる。
「でも、零号機はまだ復旧してないんでしょ?」
「そうですわね」
 秋子が微笑む。いったい、何を考えているのか分からない。
「祐一さん、あゆちゃんと変わってください」
「はあ」
「あゆちゃん、名雪と二人で、ダブルのベーシックを踏んでみて」
「うん、分かったよ秋子さん」
 ベーシックなら名雪も最後まで踏むことができる。ほっと一息つく名雪。
「それじゃ、ゲームスタート!」
 曲を選択して、あいやいやー、と音楽が流れる。
 そして、それにあわせてコントローラーを踏む二人。
『good!』
 二人とも同じ表示だった。続けて、
『good!』
『good!』
『good!』
『good!』
『good!』
(どうして、greatやperfectにならないんだ……?)
 二人同時にここまでgoodを続けることができれば、それはある意味才能である。完璧にユニゾンしているといっても過言ではない。
「……秋子さん」
「はい」
「このユニゾンを、俺に見せようとしたんですか?」
「そんなところです」
 困ったポーズの秋子。だが……。
「……このレベルのユニゾンで、かまわないんですか?」
「ちょっと、問題ありますね」
 本当に悩んでいるのか分からない秋子の笑顔。
 一方、二人はgoodだけで最後まで踏み抜いていた。
「……本当、ある意味才能だよな……」
 祐一は大きくため息をついた。





 特訓は続いた。
 その日のうちにgreatを踏むという快挙をなしとげた名雪は、次の日にはgreatだけでBASICを踏み抜くことに成功していた。一度もperfectにもgoodにもならずに、である。
(こいつ、実は才能あるんじゃねーのか……?)
 確かに覚えてからは速かった。一度成功すると、そのコツを覚えてすぐに復習していく──ただ、一度成功するまでが大変だった。結局perfectが出ないまま、その日はANOTHERまで踏むことに成功して果てた。
 三日目となると、ついにperfectを踏むことに成功した。だが、MANIACはやはり難しいらしく、なかなか最後までたどりつくことができないでいた。それでもANOTHERでAAの評価を出せるくらいには成長していた。
 四日目。とうとうMANIACで最後まで成功した。あとはDOUBLEで踏むだけである。それも、できることならS評価を出せる程度にまで仕上げなければならない。全部perfectというのは欲張りすぎだ。それは祐一にすら困難な作業である。
 そして五日目。決戦の日の前日となった。





「今日は、秋子さん帰ってこないとさ」
 祐一は晩御飯を食べている時にその話を切り出した。
「ふーん」
「……意外にあっさりしてるな」
「?」
 どうやら名雪はよく分かっていないようだった。つまり、今夜はこの家に二人きりということだ。
「いや、なんとも思ってないならいい」
 男として意識されていないのだろうか、と少し悲しいものを覚える祐一。
「襲わないでね、祐一」
 しっかりと釘をさされはしたが。
 そして、夜。
 祐一はなかなか寝付けなかった。
 ここ数日、とことんまで思い知らされた名雪の爆睡ぶりはきっと今日もはっきされているのだろう。なにしろ布団に入って三秒で寝られる特技の持ち主だ。その上一度眠ると一二時間は起きないという保証つきだ。
(……静かだな……)
 頭の中でバタフライがひたすら流れつづけてはいるが、それを除けば物音一つ聞こえない。
 ここしばらく、いろいろなことがありすぎた。
 こうしてゆっくりと考えることすらなかったほどに。
(第五使徒の激戦から、休暇もらってそのあとテスト三昧で、太平洋で第六使徒倒して、すぐ次の日に第七使徒との戦い、そしてひたすらDDR)
 あいやいやー、とまた頭の中でリフレインする。
(かんべんしてくれー)
 早くこの地獄から逃れたかった。明日一日、それで全てが終わる。
(うん……?)
 廊下でかすかな物音。そして、かちゃり、とノブが回る。
(名雪……?)
 目を線にした名雪が、猫の半纏を羽織ってそこにぬぼーっと立っていた。
(……寝ぼけて……?)
 そのまま中に入ってくる。そして、ベッドに倒れこんできた。
(おいおい)
 そのまま、くー、と寝つづける名雪。
(いったいどうしろというのだ、この状況……)
 名雪は幸せそうに眠りつづけている。
(ま、いいか)
 祐一は名雪に布団をかけなおしてやった。
 そして、いい加減に自分も寝よう、と目を閉じた。
「……ゆ……いち……」
 かすかに、名雪の寝言が聞こえた。





「どうも。遅くまでご苦労さま」
 残務整理に追われていた秋子のもとに、一人の男が顔を出した。
「あら、柳也さん」
 椅子をひいてうながすが、柳也は両手を上げて遠慮した。
「すぐに消えるよ。ちょっと顔を出しただけ」
「そうですか」
「毎日毎日、本当にご苦労さま」
「いいえ、私は柳也さんほど忙しくないですよ」
「またまた。俺なんか毎日遊び歩いてるだけなんですけどね」
「第二東京、北九州、函館、神戸。ひっきりなしに移動しているじゃないですか」
 柳也は顔色をかすかに変えた。
「何のことです? 俺はずっと本部にいましたよ」
「私に気付かれるようでは、総司令の裏をかくのは難しいのではありませんか?」
「秋子さん」
「柳也さんと往人さんとが、必ずしも同じ目的のために動いているとは、私は思っていません」
「やれやれ、何でもお見通しですかい」
「まだ、あなたたちが何をなさろうとしているのかは、分からないままですけど」
「俺にしてみますとね、あなたの方が何を考えているのか分かりませんよ、秋子さん」
「私、ですか?」
「ええ。総司令も結局のところ一番手をやいているのは委員会でもなんでもなく、あなただ。そうでしょう」
「そうなんですか?」
 微笑みを絶やさない秋子の表情からは、何も推し量ることはできない。それは柳也も理解しているようであった。
「まあ、我々の計画を邪魔しないのであれば、かまいませんが」
「少なくとも委員会──ゼーレの長老方の味方ではありませんから、ご心配なく」
 柳也は肩をすくめた。
「やはり、本当に怖いのはあなたらしい、秋子さん」
「ありがとうございます」
 だがやはり呆けているところはいつもの秋子だった。





「来ました、第七使徒マモノエルです」
 佐祐理の声が発令所に響く。そして、モニターにその姿が映し出された。
「目標は強羅絶対防衛線を突破」
「祐一さん、名雪。準備はいいですか」
『いつでもどうぞ』
『こっちも準備万端だよ〜』
 この五日間の特訓で、すっかり自信に満ち溢れた二人。それは、特訓が完全に成功したことを意味していた。
「起動と同時に音楽を流します。A.T.フィールドを展開しつつ、作戦どおりに行動してください」
『了解』
『わかったよ〜』
 そして、祐一が名雪に声をかける。
『いいな、最初からフル稼働。最大戦速でいくぞ』
『うん。六二秒でかたをつけるよ〜』
 そして、秋子が命令した。
「カノン、起動してください」
 同時に、あいやいやー、と音楽が流れ出し、射出口からカノンが地上へ飛び出る。



 初号機と弐号機は、使徒のはるか上空へ飛び出していた。

 あいやいやー。

 初号機は着地と同時に左へ動き、パレットガンを連射する。
 弐号機は着地と同時に右へ動き、パレットガンを連射する。

 あいやいやー。

 マモノエルは二体に分離し、初号機と弐号機に向かって不可視光線を放つ。だが、その攻撃は二人の頭の中に完全に入っていた。
 曲が、Aメロにさしかかる。
 不可視光線をかわしつつ、パレットガンを交換する。
 突如地上からせり出した巨大な壁が不可視光線の直撃を防ぐ。その影からパレットガンを一斉に放った。

 あいやいやー。

 その銃弾に足止めをくらう使徒。

 あいやいやー。

 そして、一気に接近戦に入る。
 曲が、再びAメロに戻った。
 と同時に懐に入り込んだカノンは、マモノエル甲乙を同時に空中高く蹴り上げる。
 空中で、甲乙は再び一体化し、着地した。
「名雪!」
「祐一!」

 あいやいやー。

 その使徒に向かって、こちらも空中高く飛び上がるカノン。

 あいやいやー。

 そして、そのコアに向かって、二体が勢いよく足を蹴り出す。
 命中。
 そして、マモノエルは、

『GAME OVER』

 爆ぜた。



「やった!」
 発令所で上がる声。二人のユニゾンは完全に成功し、使徒を殲滅したのだ。
「目標、消失! カノン初号機、弐号機、ともに小破! パイロットは無事です!」
「爆心地の映像、出ます」
 空中に描かれた光の十字架の真下、そこで起こった大爆発の跡に、二体のカノンが倒れていた。
 重なり合う格好で。
「あらあら」
「無様ですね」
 秋子の苦笑と、美汐の皮肉が漏れる。しかしどちらも使徒を倒したことからの安堵がよくうかがわれた。心からため息をついていたのは石橋副司令だった。
「また恥をかかせおって」



「名雪」
 爆心地。お互い、カノン内部で話し合う二人。
「最後、ミスっただろ」
「ごめん」
 素直に謝る名雪。
「昨日も最後の最後でmiss出してたよな〜」
「うー、だから、ごめん」
「あのなー。俺がかばわなかったら、弐号機爆発に呑み込まれてただろうが」
「悪かったよ〜」
「反省の色がうかがえない」
「うー」
「うー、じゃないっ!」
「くー」
「……どうやら、命がいらないらしいな」
 かなり凶悪な表情を浮かべる祐一と、その顔に驚いて完全に引く名雪。
「じょ、冗談だよ〜」
「分かった。お前がそのつもりならこっちにも考えがある」
「か、考え?」
「昨日の夜のこと、全部バラしてやる」
「わっ、わっ」
「秋子さ〜ん、それからみんな〜。聞こえてるよな〜」
「待ってっ、祐一っ!」
 この五日間で、二人は随分と仲がよくなったみたいであった。
 おあとがよろしいようで。









次回予告



 孵化直前の使徒が眠る浅間山火口。秋子は速やかにA−17の発令を要求する。
 全てにおいて優先された状況下での使徒の捕獲を試みるネルフスタッフ。
 局地使用のカノン弐号機が灼熱の地獄へ挑む。
 高温高圧の極限状態。名雪がそこで見たものは。

「……ひょっとして水着ですか?」

 次回、マグマダイバー。
 さて、この次もサービスサービス。



第拾話

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