にび色にかすむ記憶。
 ぼやける視界と、それでもはっきりと覚えている声。
『頼むわ……』
 最後まで離れない、声。
 あの日。
 セカンドインパクトが起こったあの日。
 私は南極にいた。
 事件が起こったまさにその場所にいた。
 何が起こったのかなどは分からなかった。
 でも、何が起こったのかは分かった。
 滅びるのだ。
 全てが。
『……この子、頼むわ。秋子、この子、頼むわ……』
 最後までそれだけを告げる声。
 今まで生きてきて、いろいろなことを経験し、覚え、忘れ、その繰り返しの中で、一番はっきりと覚えている記憶。
 耳にこびりついて離れない声。
 自分にはないもの。
 彼女にはあるもの。
 その差を感じさせられた時。
 失うこの子が悲しかったのか。
 失われる彼女が悲しかったのか。
 何も残らぬ自分が悲しかったのか。
 もう今では何も分からない。
 分かるのはたった一つ。
 彼女が死ぬ。
 それだけ。
『……頼むわ……』
 涙。
 そう、彼女は涙を流していた。全てを諦めて、自分の子をも諦めて。
 自分の子の命だけは、助けたくて。
『ほんま、頼むわ……』
 色のない顔。
 震える声。
 血まみれの手。
 こんな状況で、静かに眠る赤子。
『はい……』
 私は赤子を受け取った。
 絶対に許せない相手の子供を受け取った。
『お預かりいたします』
 彼女は赤子を手渡した。
 絶対に渡したくない相手に子供を受け渡した。
『……おおきにな……』
 彼女は、笑った。
『ほんま、おおきにな……』
 最後の力を振り絞って、血まみれの手で赤子の頬を撫でると、彼女は力尽きた。
 後に残されたのは自分と、静かな、本当に静かな赤子。
 私の友人の子供。
 私が絶対に許せない女の子供。
『……名前……』
 子供の胸に刺繍されてはっきりと書いてある、名前。
 それを、むしりとった。
 そして、赤い海に投げ捨てた。
『……私の、子供……』










 第壱弐話

 彼女たちの聖戦












『ただいま』
『おじゃましま〜す』
 四人で帰ってきた家にはもちろん誰もいなかった。玄関から真っ先に家の中に飛び込んだのは当然祐一で、すぐに人数分のタオルを持ってくる。
「玄関で髪と服は拭いてから上がれよ」
「分かってるって。俺たちだってそこまで非常識じゃねえよ」
「北川くんが一番信用できないわよね」
「わ、香里、ひどいよ」
 いつものメンバーは学校帰り、祐一たちの家で雨宿りすることとなった。どのみちまっすぐ家に帰っても勉強くらいしかやることはないのだから、遊びに来たのと同義だ。
「珍しい大雨だな。もうすぐ夏休みだっていうのに」
「ここのところ、ずっと晴れてたものね……」
 一応客の二人は着替えを渡されて、おのおの別の場所で着替える。ずぶ濡れになった服は祐一がまとめて乾燥機にかけた。
「これはしばらく降り続きそうだな」
「うー」
「そう拗ねられてもな、天候ばっかりは誰の責任でもないからな」
 一足先に着替えを終えた祐一と名雪がお菓子とジュースの用意をしながら会話する。
「そういえば、祐一、もうすぐ夏休みだよね」
「今さら言われなくても分かってる」
「うー、冷たいよ」
「毎日聞かされてるからな。どのみち毎日テストテストで、遊びに行く暇なんか全然ないぞ」
「えー」
「仕方ないだろ。ま、何日かくらいなら休みももらえるだろうし、一日中本部にいなきゃならないわけじゃないだろうけど」
「じゃあさ、祐一」
 にこにこしながら尋ねる名雪。
「夏休みになったら、みんなで遊びに行こうよ」
「遊びに?」
「うん、遊園地」
「遊園地〜!?」
 祐一はあからさまに嫌そうな顔をした。それを見て名雪が残念そうに口を尖らせる。
「いや?」
「嫌」
「即答……」
「嫌だからな。嘘を言っても仕方がない」
「うー」
「香里と行ってくればいいだろ。俺は行きたくない」
「どうして?」
 コップを握る手に、少し力がこもった。
「嫌いなんだ」
「だから、どうして」
「嫌いなものに理由なんかあるかよ」
「うー。じゃ、他のところならいい?」
 祐一は思案する。一度断った手前、こう切り返されるとさすがに悪い気がしてくる。
「場所によるぞ」
「うん。じゃあ場所決めておくから」
「あら、二人でデートの約束?」
 先に戻ってきたのは香里だった。名雪が貸したジーンズと半袖のシャツを着ている。あまりおしゃれっぽくはない。名雪にしては地味な服だ。だがそれも香里が着ると何故かサマになっている。
「ち、違うよ。みんなで遊びに行くっていう約束」
「あら、私たちはお邪魔じゃないの?」
「違うよ〜」
 わたわたして否定する名雪。こうした光景も、もう慣れたものだ。
「お待たせ」
 最後に北川が戻ってくる。こちらは祐一が貸したカジュアルのズボンと無地の白いシャツ。今度は祐一らしい、地味な服だった。しかも北川が着ると一層地味に見えてしまう。
「遅かったな」
「本命は最後って相場は決まってるだろ?」
「遅れてきた罰だ。秋子さん特製の謎ジャム入りジュースを飲ませてやろう」
「すみませんでした勘弁してください(滝汗)」
 もちろんそんな非人道的なことができるはずもなく、四人が仲良く同じオレンジジュースを飲んだ。
「ところで祐一くん、期末どうだった?」
 いきなり嫌な話題を振られた、と思った。今回も使徒の襲撃だのテストだのでなかなか勉強ができなかったのだ。
「自信ありそうだな、香里」
「それなりにはね」
「得点通知表、見せてみろ」
「いいわよ、祐一くんも出してね」
 祐一は確かに勉強していなかったが、現在の状態でも十分に一流大学へいけるだけの知識はもっていると思っていた。たとえテスト勉強がおろそかになったとしても、よほどの相手でないかぎりは自分より高得点を取ることは難しいだろうと客観的に見ても分かる。
 そのよほどの相手が香里なのだ。
「総合得点──七四三点!? 化け物か、お前」
「そういうあなただって、七三八点? よく勉強もしないでそれだけ取れるわね」
 ハイレベルな二人の争いに対して、名雪と北川は当然お手上げの状態である。
「くそっ。やっぱり数学系は鬼門だ。今回は代幾でミスった」
「私はやっぱり生物ね。どうしていつも八〇点が取れないのかしら」
「語学はともかく、理科や社会はそんなに難しくないんだ。単純だから」
「私も日本史と世界史はそんなに辛くないわね。今回は古典もちょっと難しかったかしら」
 出されたテストについてああでもない、こうでもないと言い争っている横で、北川と名雪が目を合わせた。
「北川くん、何点?」
「五一二。名雪は?」
「……五二三」
「こいつらが異常なんだよな」
「そうだよ、きっと」
 と、その時である。
「あら、賑やかですわね」
 秋子が帰宅し、いつものポーズで話し掛けてきた。
『お帰りなさい』
『お邪魔してます』
「ただいま、祐一さん、名雪。いらっしゃいませ、北川さん、香里さん」
 秋子は笑顔で入ってきて、リビングを通り抜けて自分の部屋へ向かう。そしてすぐに数枚のディスクを手にして戻ってきた。
「お母さん、またお仕事?」
「ええ、今はちょっと忘れ物を取りにきただけだから。祐一さん、名雪、留守をよろしく頼むわね。それから今日は一八時からテストだから遅れないように」
「了解しました」
 微笑んで敬礼する祐一。最近はこうした雰囲気にも和んできたのか、彼もこのようにふざけることが見受けられるようになってきた。
 そして、手を戻しかけたその時である。秋子の右の襟についている階級章がいつもと違ったのだ。
「あれ、秋子さん。どうしたんですか、それ」
 祐一が身振りでその階級章を示す。秋子は手で触れてから「ええ」と答えた。
「昇進したんです」
「昇進? じゃあ、一尉から三佐に?」
 この年齢で。まさに異例の人事だ。
「おめでとうございます、秋子さん」
「ありがとうございます」
 二人のやり取りを三人がようやく飲み込めたのはこの時だ。
「じゃ、じゃあお母さん、昇進!?」
「さっきからそう言ってるだろ」
「おめでとうございます、秋子さん」
「すごいっすね。おめでとうございます」
 思い思いに祝いの言葉を述べると、秋子は嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「じゃ、今日は昇進パーティですね」
 北川が意気込んでいった。
「おい、なんでそういうことをお前が仕切る」
「いいじゃねえか。宴会部長ということで」
「それじゃ、あゆちゃんも呼ぼうよ」
「でもこれからあなたたち、テストがあるんでしょ」
「そんなもん、終わってからでいいだろ」
「ったく。じゃ北川、てきとうに準備しててくれよ」
「任せとけ!」
「楽しみ〜」
「なあ祐一、ネルフって可愛い女の子いないのか? いるんだったら連れてこいよ」
「こら、何言ってるの北川くん」
「ま、いないことはないけどな」
「ネルフには綺麗な人がたくさんいるよ〜」
 いまや完全に打ち解けている四人を見て。
 秋子は、嬉しそうに目を閉じて微笑んだ。





「すごいですね」
 美汐がまさに信じられないものを見たように呟く。
「汚染区域、ギリギリです」
 佐祐理もまさに同じ思いであった。以前からも祐一には驚かされ続けていたが、このところまた彼は飛躍していた。もはや名雪を追い越すのも時間の問題ではないだろうか。
「濃度を三、上げてみてください」
「LCL圧縮濃度、三、プラス」
 舞が答えて操作する。だが、シンクロ率もハーモニクスもほとんど変動がなかった。
「すごい」
「これを、才能というのでしょうか」
 だが、美汐の言葉はどこかに疲労が帯びているようであった。
「まさにカノンに乗るために生まれてきたようなヤツよね、祐一は」
 真琴も軽口を叩く。
「祐一さん本人は、それを喜ぶでしょうか」
「それは、何ともいえないですね」
 美汐が呟くと、秋子が答えた。
「でも祐一さんには、カノンを降りるつもりはありません。降りたくないと願って──いえ、戦いたいと願っています」
 秋子は一度も祐一と『その』話をしたことはないはずであった。だがそれを秋子は知っている。
(……やっぱり、一緒に暮らしていると分かってくるのかな)
 佐祐理はそんなことを考えていた。と、
「佐祐理さん、手が休んでますよ」
「あ、はい、すみません」
 叱られて再び作業に戻る。
「そして、相変わらず学校の成績も文句なし、ですか」
「点数は前回より三点、アップしていました。でも香里さんはさらにその上を行ったみたいです」
「テスト勉強もしないでそれだけの点数が取れる祐一さんの方が、はるかにすごいですね」
 それは本人にだけは言ってはならない台詞だっただろう。いかなる条件を附されていても、結果は結果として受け止める。それだけの度量が祐一にはあるし、それを考えてやらないのは彼にとって失礼な話だ。
「時間です」
「ご苦労様です。三人とも、上がってください」
 マイクに呼びかけ、模擬プラグ内部のLCLが排出されていった。





「祐一さん」
 テスト後、祐一は佐祐理から話し掛けられていた。
「本当に佐祐理たちが伺ってもよかったんですか?」
 テスト前に、発令所の全員によかったら昇進パーティに来ないかと誘いをかけていたのだ。真琴は即答し、美汐も『仕事が終わることがあれば』と留保した。佐祐理と舞だけが答えていなかった。
「もちろん。佐祐理さんが来てくれると秋子さんも喜ぶだろうし、俺も嬉しいですから」
 その一言が佐祐理の顔を赤らめさせた。
「はい。じゃあ、行かせていただきます」
「特別何かするってわけじゃないから、気軽にきてください」
「はい。あ、それからもう一つお話したいことがあったんです」
 二人の間に、緊張が走る。
「……あのこと?」
 みちる、そして柳也。二つの名前が祐一の脳裏に浮かぶ。
「……はい。今すぐというわけじゃないんですけど、もしよければ夏休みに入ってからでも聞いていただけないかと思いまして」
「もちろん。こっちから切り出そうと思ってたところだったんですよ。わざわざ気を使わせて悪い」
「いえ、もとは私がお願いしたことですから」
「この間、その話をしようと思ったんですけどね。例の一件でうやむやになっちゃったから」
「すみません」
「いやいや、佐祐理さんのせいじゃないから、それは」
 飲んでいたオレンジジュースのパックをごみ箱に捨てると、祐一は立ち上がった。
「それじゃ先に行って用意してますよ。なるべく早く来てくださいね」
「はい。すぐに行きますから」





 同時刻。ジオフロント内某所。
 一人の男と一人の女が向かい合っている。
 殺伐とした雰囲気のようにも見えるが、それは表向きのこと。
 二人とも、特別相手を傷つけるような意思はもっていなかった。
「久しぶりだな、舞」
「挨拶が遅い」
「悪かったよ。佐祐理にはさっさとすませたんだけどな」
「久しぶりだ、柳也」
 無精髭の男は自嘲するように笑った。
「本当にな。あれから、佐祐理とはうまくやってるのか──って、聞くまでもないか」
 ニヤニヤする男と、まるで感情を表さない女。
 奇妙な組み合わせであった。
「すまない」
 突如、謝ったのは舞の方であった。
「別に謝るようなことじゃないさ。俺は気にしてないぜ」
「それでも、すまない」
 頭を下げる舞。
 困った、と肩をすくめる柳也。
「気にするな。それより、彼女には気をつけろよ」
「分かってる」
「分かってても、お前はときどきまわりが見えなくなるからな」
「気をつける」
「ああ。今度も俺がすぐ傍にいるなんて思うなよ」
 柳也は煙草を取り出して火をつけた。
「俺も、いつまで生きていられるかは分からないからな」





「え〜、それでは。葛城秋子さんの昇進を祝って〜」
『かんぱ〜い!』
 グラスが七つ、掲げられる。
 主賓の秋子を中心に、祐一と名雪、あゆのパイロット三名、パーティの準備をした香里と北川、そしてネルフからは秋子にべったりの真琴。これで全部である。
 リビングに広げられたテーブルには、北川が雨の中を駆け回って買ってきた材料で、香里が腕によりをかけたというごちそうの数々。
 真琴やパイロット達がテストをしている間、二人は二人できちんとパーティの準備をすすめてくれていたのである。
「秋子さんの料理もうまいけど、うん、香里の手料理もなかなか、いける」
 祐一は香里の意外な特技に驚いていた。
「父も母も忙しいから、私が家事をやってるのよ」
 主婦歴は長い、というわけである。祐一も万能型の人間だが香里も負けず劣らずの万能型であった。
「名雪も、あゆのに比べたらまあまあ──比べる対象が悪かったな」
「うぐぅ〜」
「そんなにひどいのかよ」
 北川が顔に縦線が入ったかのような顔で呟く。
「あゆちゃんは料理をしたことがないだけだよ。覚えたら大丈夫」
「名雪、それフォローになってないわよ」
「うぐぅ〜」
 もはや涙目のあゆ。
「仕方ないわよね。子供の頃からずっとネルフの中で育てられたんですもの」
 真琴のぼそっと呟いた声が、一同の動きを止めた。
「子供の頃から、ずっと?」
「……」
 あゆはしんみりとその場に黙り込む。
「……あゆちゃんのご両親はネルフの関係者で、ずっと施設内で育ったんです。ファーストチルドレンだと分かったのももう数年前のことなんです」
 秋子がフォローする。それだけではないということがあゆの態度からは明らかだったが、この賑やかな場にその話題は相応しくないと思えた。
「でも、たまにはこうして誰かに料理を作ってもらうというのもいいものでしょ、秋子さん」
 祐一が話題を切り替える。強引だとは誰もが分かっていたが、そうした心づかいに誰もが救われていた。
「そうですわね」
「でも、祐一くんがそういうことを言うのはどうかと思うけど」
「香里、それはどういう意味だ」
「だって、祐一くんはいつも作ってもらってばっかりでしょ」
「そんなことないよ」
 反論したのは名雪だ。
「お母さんが仕事で遅い時は、たまに作ってくれたりするよ」
「へえ、祐一にしては珍しいじゃない」
 真琴が軽口を混じえる。
「……男の料理って感じだけどね」
 疲れたような口調で続ける名雪。
「へえ、一回食べてみたいわね」
 意外にそれに食いついたのは香里だった。
「本気か?」
「あら、私そういう大雑把な料理、けっこう好きよ。肉と野菜のごった煮とか」
「それ、祐一の得意技」
「今度ごちそうしてちょうだいね」
「俺も俺も」
「ボクも」
「あ、それならアタシも」
「お前ら、本気か」
 何故か人気が出てしまった祐一の料理。名雪だけが首を傾げている。
「祐一さんの料理は美味しいですよ」
 助け舟というか、さらに追い討ちをかけたのは秋子であった。
「味付けにこだわりがありますから」
「……あまり、苦しめないでください、秋子さん」
 何故こんなことで自分がやられているんだろう、と思いながら秋子に言う。
 と、会話が盛り上がってきた時のことである。
「こんばんわー!」
 能天気な声が玄関から聞こえた。
「佐祐理さんだ」
 名雪が気付いたように言う。
「ああ、迎えに行ってくる」
 祐一が逃げるように立ち上がって玄関へ向かった。
(やれやれ、ただ食べられればいいようなモノに群がりやがって)
 単に祐一が困ってるのを見るのが楽しくてやっているようにも見えたが。
「いらっしゃい、佐祐理さん、舞」
「こんばんわ」
「こんばんは」
「こんばんは、祐一さん」
 さらに後ろに、もう一人いた。
「おわっ、美汐」
「失礼ですね、人を見て驚くなんて」
「いや、仕事が忙しかったみたいだし、来れないと思ってたから」
「お邪魔でしたら失礼させていただきます」
「頼むから帰らないでくれっ」
 何だか今日はやられっぱなしだ(自業自得)と思いながら必死に引き止める祐一。
「ま、とにかく上がってくれ」
 祐一は来客の三人をとにかくリビングへと連れていった。
「わっ美汐」
「ま〜こ〜と〜、やっぱりここにいたのね」
 額に青筋浮かべてずかずかと真琴に近づく美汐。
「仕事終わったんじゃなかったの?」
 あゆがきょとんとして尋ねる。
「それが、テストが終わったら水が引くようにいなくなってしまいまして」
 佐祐理が困ったように笑った。
「真琴、仕事をサボっちゃだめよ」
「う〜っ」
「真琴、減棒一ヶ月」
「うそっ、この間二ヶ月減棒されたばっかりなのに」
「自業自得でしょ」
「う〜っ!」
 美汐が冷たい瞳で突き放す。やれやれ、と祐一は呟いた。
「なあ、祐一」
 そんな祐一に北川が近寄ってきた。
「ネルフって美人ばっかりだな」
「そうだな。学校よりは多いな」
「うらやましいな、お前。俺もパイロットになりたいぜ」
「その代わり、子供のお守りもしなきゃならないがな」
 名雪とあゆを見て言う。
「大変そうだな」
「この上なくな」
 それにしても、と思う。
 いつも自分が仲良くしているメンバー、全員がこの家に集まっている。
 これで全員。
 そのはずなのに。
 誰か、足りないような気がする。
(変な感じだ)
 祐一は気にせず、秋子の隣に腰を下ろした。
「改めて、昇進おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 他のメンバーは、おのおの会話を始めている。佐祐理と舞は食事がまだだったらしく、ごちそうに手をつけて香里と料理について話し合っている。北川は美汐や真琴の口喧嘩に茶々を入れている。にこにこしながらそれを見つめるのは名雪とあゆだ。
「やっぱり、嬉しいものですか」
「まあ、一応は嬉しいですね」
「一応ですか。やっぱり秋子さんは別の目的でネルフにいるんですね」
 今まで、秋子に対してその内面のことを尋ねたことはなかった。
 機会を探っていたわけでもなければ、話しそびれていたわけでもない。
 話す必要がないと思っていた。
 それなのにこうして話し掛けているというのは矛盾以外の何者でもない。
「ええ、その通りです」
「その目的を聞いてもよかったですか?」
「祐一さんなら、自分の目的をお話できますか?」
 やっぱり、拒絶された。だがそれでいいと思った。
「分かりました」
 二度とこの話はするべきではないな、と祐一は心に留めた。
「でも、やっぱり自分の功績が認められるというのはいい気持ちですね」
 秋子は続ける。
「それなら俺も昇進させてほしいですね。これだけ使徒を倒してるっていうのに」
「全ての使徒を倒した時には昇進があると思いますよ」
「それでも一階級かそこらでしょう。まあ使徒を倒すたびに昇進させるわけにもいかないですから、仕方ないのは分かりますけど」
「そうですわね」
 二人は声を潜めて笑った。
「それにしても、司令と副司令が揃って本部を離れるなんて、前例のないことですよねー」
 秋子に話し掛けてきたのは佐祐理だった。隣で舞も頷いている。
「今、往人はネルフ本部にいないのか?」
 問い返す祐一。司令を呼び捨てにするのは祐一くらいのものだ。
「往人司令は今、南極に行っているんです」
 答えたのは美汐だ。
「南極?」
 セカンドインパクトの起こった場所。
 そんなところに、今さら何をしに行くというのか。
 それも石橋副司令を従えて。
(何をするつもりだ、往人)
 一瞬で物思いに耽った祐一を無視して、会話はさらに続いていく。
「やっぱりこれも、秋子さんが信頼されているからよ。昇進もしたし」
 真琴が自信ありげに言った。
「ネルフの全てを任せることができる人物として秋子さんが選ばれたっていうわけ」
「やっぱりすごい人だな」
 香里と北川も頷く。
「すごいよね〜」
「そうだよね〜」
 すっかり会話が老人と化している名雪とあゆ。
(やっぱり、誰か足りないよな)
 いくら頭を捻っても、それが誰なのかを思い出すことはできそうになかった。










NEON GENESIS KANONGELION

EPISODE:12   the Lost One










「何度来ても、ここは慣れることができないな」
 船の中。石橋が呟く。
 海は赤く、空は暗い。いかなる反射の影響かは分からないが、鈍く緑に色づいている。
 かつて氷の大陸と呼ばれたその場所は、もはや見る影もない。ただひたすら続く、赤い海。
「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極……いや、地獄というべきかな」
 血の海が広がる、地獄。
「だが、我々はこうしてここに立っている。生物として生きたままだ」
「科学の力で守られてはいるがな」
「科学は人の力だよ」
「その傲慢が一八年前の悲劇、セカンドインパクトを引き起こしたのだ」
「違いない」
「結果この有様だ。与えられた罰にしてはあまりにも大きすぎる。まさに死海そのものだよ」
「だが、原罪の汚れなき浄化された世界だ」
 往人は答えて、ガラス窓に手を置いた。三重に覆われているはずなのに、そのガラスはひんやりと冷たい。
「今度こそ、我々は失敗しない。アダム、リリス、エヴァ、そしてこのロンギヌスの槍。駒は全て我々が手にしている」
 艦橋に置かれた、巨大な槍。
「前は失敗した。俺の力が足りなかったばっかりに」
 ポケットの人形を握り締める。
「だが、今度こそ、俺は」





「衛星軌道上の使徒、映像出ます」
 ぱっと切り替わった画面に映し出されたものは、宇宙空間に浮かぶ巨大な器と中身、すなわち牛丼であった。
(……まさか本気でやるとは思わなかったぜ)
 それを見た祐一がげんなりとする。
「舞、この間の魔物といい雪ウサギといい、お前のところから随分使徒が出てるんじゃないか?」
「細かいことだ」
 舞は平然とのたまった。
「使徒の一部が切り離されて降下した地点の映像が、これです」
 また映像が切り替わる。大爆発が起きた後の地表であった。
「これが一つ目の肉汁、二つ目のライスがこれです」
 また切り替わる。先ほどよりも被害範囲が広い。
「三つ目の牛肉がこれです」
 今度はさらに広がっていた。
「これ以後、使徒ギュウドネルは消息を絶ちました」
「次はここにきますね」
「そうですわね、今度は器ごと直接本部に来るでしょうね」
 美汐と秋子がごく当然の、それでいて最悪の予想を口にする。
「なお、UN軍によるN2航空爆雷を使用した時の映像がこちらです」
 何発かのN2航空爆雷を使徒に向かって放っていたが、使徒はまるで無傷であった。
「効果がまるでみられないな」
 祐一が呟くと映像は最初のものに戻った。
「やれやれ、それじゃあ本部ごと根こそぎやられて、第三芦ノ湖の誕生ってわけか」
「富士五湖が一つになって太平洋とつながるよ〜」
 名雪が妙に嬉しそうに言う。
「とりあえず、特別宣言D−17を発令します。市民の皆さんは可及的速やかに第三新東京市から脱出していただきましょう」
「ここを放棄するんですか?」
「そのつもりはありません。ですが、万一のことを考えれば全員で危ない橋を渡る必要はありませんから」
「ではどうするつもりですか?」
「使徒を倒すには、近接戦闘で倒すのがもっともベターです」
「……?」
 秋子はやけに自信たっぷりだったが、彼女の考えは現段階では誰にも分からなかった。



「祐一さん」
 市民が脱出を始めてからしばらくして、秋子は祐一を連れて地上のネルフ本部屋上へと出ていた。
「昨日、聞いてくださいましたよね。私がどうして戦っているのかということを」
「俺が聞いてもいいんですか?」
「祐一さんだから聞いてほしいんです」
 それは戦士として自分を認めてくれたということか、それとも悩みを聞いてくれる人なら誰でもよかったのか。祐一には分からなかった。
 ただ、彼女の話を聞く相手として一番相応しい人間だということは自覚していた。
 境遇も、自分の意識の上でも。
「セカンドインパクトのあの日、私はあの南極にいたんです」
 笑顔が消えている。
 秋子は、本気で話していた。
「あの頃はまだあの大陸に氷があって。でも、私の目の前で一瞬で溶けていきました。あの光の巨人が全てを焼き払って」
「光の巨人?」
「詳しいことは私にも分からないんですけど、少なくともセカンドインパクトは大隕石の衝突なんかで起こったものではありません。あの正体不明の光の巨人、あれが全てを焼き払った、南極の氷を溶かし、その結果として当然水位は上昇、水没する土地が多く出るのと同時に地球規模の気候変動。もちろんそれに続いて引き起こる食料不足……飢餓、疫病、そして戦争。それら全ての災厄の源となったのはあの光の巨人……その正体までは私はわかりません」
「それを知りたいから、ということですか?」
「それは一つです。真実を知りたいというのは私の願いでもあります。ですが、それだけではないんです。これは、私に対する罰」
「罰?」
「私はあの日、友人を殺したんです」
「……」
「この世の誰よりも憎かった人。私の大好きなあの人を奪った女。私は友人を、助けることができたのに、見殺しにしたんです。そして友人の子を奪った。あの二人の愛の結晶に私は嫉妬し、そしてその赤子の名前がついた札を海に投げ捨て、私が改めて名前をつけたんです」
「……」
「名雪、と」
「名雪」
「氷が溶けたあの世界でもう二度と雪が降ることはないと思っていましたから、雪という名を忘れないためにその名前にしました」
「……」
「あの子は、私の原罪の象徴なんです」
「だから育てたんですか?」
「子供に罪はありません。友人が最後に私の手をとって、この子を頼むと言われたとき、私はどうしてこの人を助けなかったのだろうと後悔しました。たしかにあの人を奪ったのは許せなかった。あの人との間に子供を産んだことを憎みもしました。今でもそれは変わりません。ですが、私は同じくらい、友人のことを好きだったんです。今も、あの時も」
「……」
「彼女は、こんな私にとってたった一人の友人ですから」
「戦う道を選んだのは、自分を苦しめるために」
「はい。祐一さんと同じです。でも、ただ戦うだけなのは誰の利益にもなりません。私はあのセカンドインパクトの秘密を暴きたかった。何故あれが起こったのか」
 全線下りの高速道路を見ながら、秋子は拳を握り締めた。
「あれがなかったら、私たちは分かりあうことができたかもしれないのに」
「まだ、許せてないんですね」
「はい。お恥ずかしいことです」
 友人のことは好きだが、今でもそのことは許すことはできない。
 ただ、死にさえしなければ、いくらでも言い争うことだってできる。
 死んでしまえば、残されたものは生前に決着がつかなかったことを苦しむほかはない。
 そして、未だに許すことができないということは、くしくも『名雪』という名前が証明している。
「全てのことが分かったとき、私は、自分のことも友人のことも許せるような気がするんです」
「名雪のことを聞いてもいいですか?」
「ええ」
「名雪とはいつまで一緒に暮らしていたんですか」
「あの子が八歳の時です。その後私がドイツに行くことになったので、親族の家に預けることになりました。その後あの子が自分からドイツにやってきて、またしばらく一緒に暮らして、私がネルフに入って日本に帰ってきて、あの子がまたそれを追うようにして」
「慕われていますね」
「でもあの子は、私が友人に何をしたのか、知っているんです」
「ならなおのこと、慕われていますね」
「私はお母さんじゃない、と何度も言い聞かせたんです。でも、ダメでした。あの子は何があっても私のことを、むきになって『お母さん』と言うんです」
「感謝してるんですよ。育ててくれたということに」
「そうですわね」
「名雪の母親、名前はなんていったんですか?」
「惣流・晴子・ツェッペリンといいました」
「晴子」
「陽気で賑やかな人でした」
 しばし、懐古する秋子。
「父親は──」
「ネルフの職員で、今も健在ですよ」
「健在?」
「ええ。ですから彼のことは秘密です。もっとも今は日本に居ませんから会うことはないと思います」
「何より、名雪に会わせるつもりがない?」
「はい、その時こそ晴子さんに取られた気がしてしまうので」
 秋子は、自分の感情をしっかりと自覚していた。
 友人のことは愛している。だが、自分の恋人を奪ったという罪を許すつもりは、少なくとも今は、全くないのだ。
「名雪の本当の名前、教えていただけますか」
「名雪に教えるつもりですか?」
「時が来れば。教える時になって、もし秋子さんが健在じゃなかったら、困りますから」
 秋子はしばし悩んでいた。
「では、長生きすることにいたします」
 ようやく笑顔が戻ってきた。
「分かりました。俺も秋子さんには長生きしてほしいですから」
「ありがとうございます」
「もし、俺で協力できることがあれば何でも言ってください。力になりますよ」
「そんなことを言っていいんですか?」
「は?」
「母親として、名雪を幸せにしてやってくださいってお願いしてしまいますよ?」
「……(滝汗)……」





「使徒の落下予測地点にカノンを配置し、A.T.フィールド最大で使徒を直接受け止める……?」
 その作戦の説明を聞いてあゆと名雪は完全に蒼白になっていた。
「もし、使徒が軌道を大きくそれたら」
「その時はアウトですね」
「じゃ、もし受け止められなかったら?」
「その時もアウトですね」
 だが、祐一だけはその作戦を聞いて笑顔を浮かべていた。
 なるほど、近接戦闘とはそういう意味か。
「俺はかまわないぜ。きちんと結果残してやる」
 秋子から相談を受け、祐一はこれまでになくやる気になっていた。
 誰かのために戦うということも、たまには悪くない。
 それに何より、使徒を倒す算段がないからといって逃げるくらいなら、可能性がほとんどゼロだとしてもそれにかけてみたい。
「ありがとうございます」
「うー、祐一安易すぎるよ」
「いやならやめればいい。俺一人だって使徒を倒してやる」
「私も行くよ」
 ため息をつきながら答える名雪。
「あゆはどうする?」
「うぐぅ。ボクだけ逃げるわけには行かないよ」
「変な責任感とかならかまわないぞ? 命あっての物種だからな」
「ボクも、逃げたくないから……」
 涙を我慢して言うあゆ。
「というわけで、全員参加ということのようです」
「分かりました。一応規則では遺書を書くことになってますけど、どうしますか?」
「遺書」
 別に自分が死んでも何も残していくものも伝えることもない。
 ただ、彼女の墓だけは気になるが。
「いえ、必要ありません」
 誰にも見られず、朽ちていくならそれもいいだろう、と諦めた。
「ボクもいいです」
「じゃ、私もいらない」
「それじゃ、作戦を説明しますね」
 スクリーンにMAGIが試算してはじき出した使徒の落下予測広域図が映し出された。
「けっこう広いですね」
「ここから大きく逸れることはないと考えられます。そこで、使徒がこのどこに落ちてきても対処できるように、カノンを三箇所に配置します」
「その配置の根拠は?」
「勘です」
 それはもう、作戦と呼べるようなものではない。
「これで成功したら奇跡ですね」
「どれだけ計算しても、これが限界なんです」
「かまいませんよ。カノン三機でなんとかカバーできるでしょう」
「MAGIが高度一万までは誘導しますから、あとは各機の判断で使徒を受け止めてください」
「了解」
 たしかに成功の可能性はあまりに低い。
 ただ、秋子の作戦でカノンを動かしていれば、勝てるような気がする。
(俺もヤキが回ったかな)
 たとえ勝てない戦でも、逃げることだけはしてはならない。
 祐一は、生涯もっとも勝算の薄い戦いに赴こうとしていた。



「名雪」
 ケイジへ向かうリフト内部。
「うん、何?」
「お前、どうしてカノンに乗ってるんだ?」
「どうして?」
「ああ」
 うーん、と悩む名雪。
「チルドレンに選出されたっていうのもあるけど、やっぱりネルフに入ったらお母さんと一緒にいられるかもって思ったからかな」
「マザコン」
「違うよ〜」
 秋子との会話の中でも思ったことだが、名雪が秋子のことを思っているとしても、その思い方が尋常ではない。
 秋子と何があっても離れたくないというような、執念のようなものを感じる。
 それはいったい、何か理由があってのことなのだろうか。
「あゆちゃんには聞かないの?」
「ボクはもう、前に答えたから」
「ふ〜ん、どうして?」
「名雪さんと一緒だよ」
 名雪といい、あゆといい。
 秋子の傍にいたいという気持ちが、あまりにも強すぎる。
(真琴もそうだよな。不思議なもんだ)
「ねえねえ、じゃ、祐一は?」
「俺?」
「うん、俺」
「俺は理由なんかない。一度踏み入れた戦場だから、逃げ出すのが嫌なだけだ」
「ふーん」
 意味ありげに頷く名雪。
「今度あゆちゃんに聞いてみよ」
「こら」
「うん、いつでもオッケーだよ」
「お前ら」
 やはり昨日からやられ続けの祐一であった。



「使徒確認、距離約二万五千」
「カノン全機、準備はいいですね?」
『いつでも』
『大丈夫だよ〜』
『任せてよ』
 そして、MAGIの最終計算が終了した。
「カノン全機、スタート!」
 落下予測地点は、初号機に近いところだ。これならまちがいなく初号機が使徒の直下に時間内にたどりつくことができる。
 問題は、受け止められるかどうかだ。
 祐一はプログナイフを使うことを諦めた。すぐに零号機と弐号機が到着する。使徒撃破は二人に任せ、自分はA.T.フィールドを最大に展開し、使徒を受け止めることだけに専念することにした。
 落下してくる牛丼、使徒。
 その落下予測地点へ向けて、三体のカノンが全力で駆ける。
「A.T.フィールド、全開!」
 祐一は使徒の直下にたどりつくと、両腕を掲げてA.T.フィールドを展開した。
 巨大な器が、ものすごい勢いで地上へ迫る。
「はあああああああっ!」
 負けられない。
 こいつらにだけは、絶対。

 ガ、グンッ!!

 A.T.フィールドの向こうから凄まじい衝撃を受ける。両腕、両足、それだけではない。あらゆる筋組織、神経が悲鳴をあげているのが分かる。
(筋肉痛確定ーっ!)
 それも生き残ることができれば、の話だ。
 最初の衝撃を食い止めることができたとはいえ、その圧倒的な質量に今にも押しつぶされそうだ。
(こりゃ、一人じゃ無理だった、かな)
 だが、信頼できる二人の仲間が、既にすぐ傍にまで近づいていた。
「名雪さん、A.T.フィールド全開!」
「うん、あゆちゃんっ!」
 紫の機体のすぐ傍に、青と赤の機体が近づき、地表と接しようとしていた使徒を浮かせる。
「俺がおさえるっ! 二人で倒してくれっ!」
 祐一が叫ぶと、あゆが使徒のA.T.フィールドを浸食し、切り裂いた。
「名雪さんっ!」
「了解だよっ!」
 露になった牛丼の器に向かって、名雪がプログナイフを突き刺す。
 刺さった部分から、器全体にひびが入り、

 爆ぜた。

「やったっ!」
 叫んだのは真琴。佐祐理と舞が手を合わせて喜ぶ。
 美汐が大きく息をはき、秋子が微笑んだ。
「お見事です、秋子さん」
「私は何もしていません。使徒を倒したのは子供たちです」
 だが、その顔は誇らしげだった。





「あー、ひどいめにあった」
 ようやくプラグから解放され、身体中をほぐす。
「おつかれさま、祐一」
「お前もな。よくやった名雪」
「ボクは?」
「ああ、お前もよくやったあゆ」
 本当に二人とも子供だと思うのはこういう時だ。
「三人とも、お疲れ様」
 発令所に戻ってくると秋子がねぎらいの言葉をかける。
「どういたしまして。約束は守りましたよ」
「ありがとうございます、祐一さん。それに、名雪、あゆちゃん」
 と、労をねぎらった後のことである。
「秋子さん、南極の往人司令と回線がつながりました」
 佐祐理の声と共に、『SOUND ONLY』の表示がディスプレイに現れる。
『詳細は聞いた。ご苦労だったな』
 それは間違いなく往人の声だった。
「申し訳ありません。私の独断で初号機を破損してしまいました」
『問題ない。使徒を殲滅できればそれでいい』
『ああ。これだけの被害ならばむしろ幸運というものだ。よくやったな、秋子くん』
 往人につづいて石橋の声も流れてきた。
「ありがとうございます」
『それから、そこに初号機パイロットはいるか?』
「はい」
 秋子が答えると、少し間があってから声が届いた。
『話は聞いた。よくやったな、祐一』
「殺すぞ、往人」
『……相変わらずつれないやつだ』
「大事な時に本部にいない司令なんざ今後ずっといなくてもかまわないぜ?」
『……』
 回線が途絶えた。
「祐一、お父さんにも容赦ないね」
「この世で一番嫌いだからな」
「一種のファザコン?」

 がんっ!

「あゆ、それ以上言ったら本気で殴るぞ」
「今っ! 本気入ってたっ!」
「祐一、あゆちゃんを苛めたらダメだよ」
「先にからかったのはこいつの方だろ」
「うぐぅ、拳が震えてるよ……」
「後腐れないように、奥義でカタつけるか?」
「祐一、怖いよ」
「うぐぅ……」









次回予告



 MAGI。それはネルフ本部全てを掌握するトリプルスーパーコンピューターシステムである。
 何の変哲もない日常下の技術局一科による定期検診。引き続き行われるシミュレーションプラグの稼動実験。
 だがその時、事件は起こった。次々とおかされていく地下施設、セントラルドグマ。
 ついに自爆決議を迫られるネルフ。

「……美汐の母親……本当にやるんですか?」

 次回、使徒、侵入。
 さて、この次もサービスサービス。



第拾参話

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