時に西暦二〇一八年





 ドゴオオオオオオオッ!

 だが、その少女の姿は爆音と共に消えた。
 何事だろう、とその音がした方を見つめる。
「……なんだ、ありゃ」
 別に、怖かったわけでも、自分の目を疑ったわけでもない。
 純粋に、その言葉が出てきた。
「なんだ、ありゃ」
 ビルよりも高い『何か』が、そこに現れる。
 人の形、といっていいのだろうか。二足歩行をした物体。もちろん両腕が生えている。
 もちろん、人間と同じ形をしているわけではない。色は緑と黒の斑で、首がなく頭が体に埋まっているような感じだ。





第三の使徒

クゼエル、襲来





 その、瞬間。
 強烈な閃光が辺りを襲った。
 続いて、爆音。

 ドガガガガガガゴゴゴゴゴゴオオオオオオオッッッッ!





使徒に対する通常兵器の効果は認められず





「我々の切り札が……」
 今度は、罵声すら出なかった。もはや彼ら、戦略自衛隊の幹部がその顔に表していたものは諦めしかなかったのだ。
「化け物め」





国連軍は作戦の遂行を断念

全指揮権を特務機関『ネルフ』へ委譲





「碇君」
 自分たちよりも高いところにいる三人が、こちらを見下ろして言う。
「今から、本作戦の指揮は君に移った。お手並みを拝見させてもらおう」
 中央にいる男が言う。
「了解です」
 碇は静かに答える。別に、誇張する必要も抗う必要もない。
「碇君、我々戦略自衛隊の兵器が目標に対して無効であったことは、素直に認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」
 どうやら、こちらが何も言わないことが相手の癪に障ったようであった。だが、その程度で怯むようなネルフ総司令ではない。
「そのためのネルフです」





同深夜、使徒、ネルフ本部直上へ到達

当日、接収された

三人目の適格者





「……これで、使徒と戦うんですか」
「そういうことになりますね」
 あくまでマイペースな秋子さん。
「なるほど、これも父親の仕事というわけですか」
「その通りだ」
 その声は、秋子さんでも美汐でもなかった。
 カノンゲリオンの向こう、一段と高い位置に設けられている特設ブース。
 そこに、父親がいた。
「祐一、お前が乗るんだ」
「俺が──」





碇 祐一





 手の中の少女の震えが、その誘惑を断ち切った。
(……人助けなんて、柄じゃないんだがな……)
 これも美少女のためなら、仕方がないというべきか。祐一は苦笑した。
 そして、少女を軽く抱きしめると顔を上げて、しっかりと言った。
「俺が乗る。準備を頼む」





搭乗を承諾





「シンクロ率──うそっ」
 佐祐理は信じられず、声をあげた。
「佐祐理さん、報告をお願いします」
「は、はい……シンクロ率、四一.三%、です……誤差は、〇.三%以内です」
「初めての起動で四〇%を超えたというのか……」
 佐祐理の報告に、舞が答える。
「事実よ、受け止めなさい」
 それに注意を与えたのは、美汐である。正直、自分でも一瞬呼吸を忘れるほど驚いていた。
「……祐一さん」
 秋子がいつになく険しい顔で、大スクリーンを見つめる。
 そして、告げた。
「初号機、発進!」





カノンゲリオン初号機、初出撃

ネルフ、初の実戦を経験

第一次直上会戦





「左腕、損症!」
 ゆっくりと、左腕が落ちていく。
 祐一は、あまりの激痛に嘔吐感を覚えた。いや、ショックのあまり気を失いかけていた。
「回路断線!」
 オペレーターから、次々と報告が入る。だが、秋子は表情をなくしたままじっと戦況を見つめているだけだ。
「ここまで、ですね」
 そして、ちらりと後ろに控えている総司令と副司令を見る。
 こと、上からの指示がない限りは戦闘における指示は全て秋子が出すことになっている。すなわち、秋子が初号機回収を命令すれば、この戦闘は終わるのだ。
 だが、その指示は一足遅かった。
 クゼエルの左手が、初号機の頭部を押さえたまま光る。そして、その手からあの光線が発射された。

 ゴガンッ!

 初号機の頭部が揺れる。そして、また。

 ゴガンッ!

 二度、そして三度と、その攻撃は続いた。
「祐一さんっ」
 そして、最後の光線が放たれた。

 ゴグゥンッ!

 光線は初号機の頭部を貫く。そして初号機は吹き飛ばされて、後ろのビルに激突した。





カノン初号機、頭部破損、制御不能





「頭部破損! 損害不明!」
「制御神経が次々と断線していきます!」
「シンクログラフ反転!」
「パルス、逆流!」
「パイロットの生死、不明!」
 秋子は美汐を目を合わせる。
「作戦を中止します。パイロットの保護を最優先にしてください。プラグ、強制射出をお願いします」
「だめです、完全に制御、不能です……」
 佐祐理の言葉が、重たく響く。その時はじめて、秋子の表情が曇った。
「……そんな……」
 スクリーンに、壁を背にして完全に沈黙した初号機と、そこへ近づいていく第三使徒クゼエルの姿だけが映っていた。





完全に沈黙

後、





『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』





暴走





 初号機がクゼエルに向かって走り出した。
 だが、その突進は先ほどと同じように、八角形の壁によって防がれる。
「あれは、A.T.フィールド」
「やはり、使徒も使えたのね」
 舞と佐祐理が八角形の壁について確認する。





第三使徒及び初号機における

A.T.フィールドの発生を確認





「……あれでは、攻撃はおろか近づくことも──」
 そう美汐が言いかけたときである。
「──さ、左腕復元!」
 真琴の悲鳴のような声が響く。
「すごい」
「まさか、一瞬にして!?」
 スクリーンを凝視する。そこには、確かに人の腕とおぼしき左腕が生えてきていた。
 そして、その壁を破ろうと両手を中央からこじいれていく。
「初号機もA.T.フィールドを展開、位相空間を中和しています」
「違うわ、浸食しているんです」





初号機、目標のA.T.フィールドを侵食





 そして、初号機が飛んだ。
 倒れたクゼエルの腹部めがけて、その足が突き刺さる。
 使徒が、激しく痙攣した。
 そしてその上に初号機が馬乗りになった。
「ウオオオオオオオオオッ」
 何をしようとしているのかは、見ている者には明らかだった。
 両腕を組んで振り上げ、力いっぱい光球めがけて打ち下ろす。
 ひたすら、その繰り返しであった。
 クゼエルは抵抗しなかった。いや、できなかった。もはや、生命活動は停止しかかっていたのだ。
 わずか、数撃で。
 そして、最後に右腕を振り下ろした時、亀裂が走った。
 クゼエルの顔が、ひしゃげた。
 今までにないほどの閃光があたりを支配する。
 そして、爆発した。
 光の十字架が、使徒の上に発現した。





使徒、殲滅

迎撃施設、一部破損

エヴァ初号機、中破





「お前のせいで──」
「俺のせいで?」
「お前のせいで、俺の妹が……」
 妹?
「妹が、どうした?」
「瓦礫の下敷きになったんだよ! お前の下手糞な運転のせいでな!」





同事件における被害者の有無は公表されず







第四の使徒





「目標、光学で捕捉。領海内に侵入しました」
「総員、第一種戦闘配置、お願いします」
 オペレーターの声に、やはり落ち着いて答える秋子。だが、その表情にはわずかながら緊張に近いものが漂っていた。
「碇司令の留守中に来るとは、予想もしなかったですね」
 秋子と同程度に落ち着いているのは美汐。スクリーンに映し出されている使徒を見ながらそう呟く。
「そりゃそうよね。前は一八年のブランク、今度は三週間だもの」
 オペレーターの真琴が軽口を叩く。
「こっちの都合はおかまいなしですわね」





カズヤエル、襲来

当時、地対空迎撃システム稼働率48.2%

第三新東京市、戦闘形態への移行率96.8%

使徒、第三新東京市上空へ到達

第二次直上会戦





「やべえっ!」
 接近戦に入ろうとしていた祐一は完全に不意をつかれた。このような中距離攻撃ができる相手だと思わなかったことは油断だと言われても反論できないだろう。
「ちっ!」
 大きく飛び上がる。だが、光の鞭はカノンと電源とをつなぐアンビリカルケーブルに接触、これを切断した。





外部電源断線のアクシデントに見舞われるも──





「があああああああああああっ!」
 祐一は叫んだ。
 そしてウェポンラックから取り出したプログレッシブナイフを、カズヤエルのコアに深く突き刺す。
「ああっ! くっ! がああああっ!」
 内臓をかきまわされるような激痛にもかかわらず、なお操縦桿を手放さずにナイフをコアの奥深くへと、押し込んでいく。
『初号機、活動限界まであと二〇!』
 口の端から、血が流れた。
「ゆるさねえ……」
 祐一は、小さく呟く。そして、
「てめえはぜったいゆるさねえっ!!!」
 最後の一突きを、絶叫と共に行った。





使徒、殲滅

ネルフ、原型を留めた使徒のサンプルを入手

だが、分析結果の最終報告は今だ提出されず







第五の使徒





「これはまた」
「なんていうのか」
「……おいしそう」
「そうじゃないでしょ」
「でも」
「う〜ん、舞の言いたいことは分かるけど……」
 発令所に入ったオペレーターズは目を丸くした。さすがに部長クラスになると感情を抑えることもできるのか苦笑する程度であり、総司令と副司令にいたってはいたって平然としていた。
「碇」
「なんだ」
「今度の敵の名前は、なんというのかね」
「イチゴサンデルだ」





イチゴサンデル、襲来





「カノンによる超長距離からの直接射撃……日本国内総電力の徴発! ずいぶんと大胆な作戦をたてたものだな、葛城一尉」
 石橋からの皮肉とも賞賛ともいえる言葉がかかる。
「勝算は八.七%、最も高い数字です。目標の強硬なA.T.フィールドを中和せず打破するには高エネルギー集中帯による一点突破。これしかありません」
 にっこりと笑いながら言う秋子に、往人は重く頷く。
「反対する理由は何もない。存分にやりたまえ」
「それでは、この作戦の名称を決めさせていただきます」
 にっこりと、秋子が笑った。
「以後、本作戦は『ヤジマ作戦』とすることにいたします」





難攻不落の目標に対し、

葛城一尉、ヤジマ作戦を提唱、承認される

最初の適格者

カノン零号機専属操縦者

綾波あゆ





「は、はい」
 あゆはぐっと気をひきしめて答える。
「カノン零号機に装備されているのは『Shield of S.S.T.O.』です。スペースシャトルの底部から急造仕上げしたものです。MAGIの試算では一七秒、加粒子砲から耐えることができると判断されます」





凍結解除されたカノン零号機にて、初出撃

同深夜、使徒の一部、ジオフロントへ侵入





『目標、加粒子砲、放射!』
 イチゴサンデルも加粒子砲を放射する。双方のビームが、まっすぐにぶつかりあう。
『芦ノ湖湖上で衝突──いえ、こ、これは!』
 陽電子と加粒子が相互に干渉しあい、互いに時計周りに螺旋を描いてすれ違う。
「まずいっ!」
 それぞれのビームが、敵の後方で巨大な爆発をおこした。祐一は爆風で身動きが取れなくなる。
「くううううっ」





ネルフ、ヤジマ作戦を断行





『発射っ!』

 ズドオオオオオオオオオオッ!

 今度こそ、
 今度こそ、陽電子砲は一直線にイチゴサンデルへ向かって進み、そして、

 ドグワオオオオオオオオオッ!

『陽電子砲、命中!』
 器の部分が完全に貫かれていた。ゆっくりと器が倒れていく。
『敵、ポッキードリル、第二二装甲版で停止!』
『目標、完全に沈黙しました』





ヤジマ作戦、完遂





「あゆっ!」
 祐一は初号機のエントリー・プラグから飛び出して、完全に溶けて倒れた零号機へと駆け寄っていた。そして完全に露出している零号機のエントリー・プラグのハッチに手をかける。
「くううううっ」
 熱せられた非常ハンドルを回す。その手から煙が出た。だが、かまわずに強引に扉をこじあける。
「あゆっ!」
 エントリー・プラグに飛び込む。どこか壊れていたのか、既にLCLは半分も残っていなかった。





カノン零号機、大破





「……祐一、くん……」
「あゆ──無事か」





だが、パイロットは無事生還







第六の使徒





『EMERGENCY! EMERGENCY!』

 非常警報が鳴って、二人は目を見合わせた。
 そしてブリッジから沖を見つめる。
「あれは……」
 祐一が呟く。直後、護衛艦の一隻が爆発した。
「あれが、本物の?」
 名雪が呆然と見つめている。
「ああ、使徒だ」





タイヤキエルに遭遇



「シナリオから少し離れた事件だな」
「しかし、結果は予測範囲内です。修正はききます」



第二の適格者

カノン弐号機専属操縦者

惣流・名雪・ラングレー





 名雪は後ろを振り返る。
 そこには、巨大なシーツ。
「……まさか?」
 祐一は次の名雪の行動が予測できた。
「うん、出撃だよ」
 にぱーっと笑った名雪の顔は、太陽の光を浴びて輝いていた。
(……何か、違う……)
 祐一は頭を悩ませていた。





カノン弐号機にて初出撃





 すると、弐号機はシーツを羽織ったまま空高く跳躍した。
「すごい」
 香里がその光景に見とれた。途中でシーツを投げ捨てて船から船へ飛び移る様は、伝説の牛若丸を思い起こさせる。
「電源を接続したら、使徒の映像を送ります」
『了解だよ〜』
 名雪は電源のある護衛船に着艦すると、素早く右手で電源を接続し、ウェポンラックからプログナイフを引き抜いた。
『戦闘準備、完了〜』





海上での近接戦闘

及び





「名雪、くるぞ」
「うん、分かってるよ」
 カノン弐号機はプログナイフをかまえて水しぶきを上げて急速接近する使徒を待つ。
 そして、使徒が水面から飛び跳ねた。
「うわああああっ」
 祐一があまりのみじめさに涙を流しそうになった。
 自分に飛び掛ってきているのは使徒とはいえども、超巨大鯛焼きでしかないのだ。
 その鯛焼きの攻撃を受けるとは一生の恥辱。そして──

 ザッパアアアアアアアッ!

 鯛焼きに食われて波間に消えるなど、末代までの恥であった。





初の水中戦闘





「弐号機、目標内部に侵入!」
 部下の言葉を聞いて北川と香里が冷めた目で囁き合う。
「食われたって言わないか、あれ」
「どう見ても食べられてるわよね」





旧伊東沖遭遇戦にて





『開け!』

 弐号機の四つの瞳が光、両腕が伸びる。
 そして、開いた使徒の口の中に無人の戦艦二隻が勢いよく突入する。
 何十本という魚雷が、使徒体内に向かって、放たれ、そして、

 爆ぜた。





使徒、殲滅

「この遭遇戦で国連海軍は全艦隊の三分の一を失ったのだ」
「失ったのは君の国のだろう」
「さよう。その程度の被害はむしろ幸運と言うべきだよ」







第七の使徒





 両腕と両足はそれぞれがナイフのように鋭い刃となっている。首から上はなく、顔は胸のあたりに位置していた。そして弱点と思われるコアはといえば。
(腹部か……だが、クゼエルやカズヤエルに比べて随分小さいな)
 あれをナイフで貫くのは困難だろう。大きさはおそらく初号機の手の半分もない。
「秋子さん、どうしますか?」
 とりあえずは作戦部長の判断をあおぐのが一番だろうと考えて尋ねる。
『敵の弱点はやはり、あのコアでしょうね』
「ええ。ソニックグレイブ、プログナイフで倒せるかどうかは難しいと思いますけど」
『でも、武器はそれしかないんです』
 もちろん祐一もそれはわかっている。ここが第三新東京市ならライフルも即座に出てくるところだろうが。
『A.T.フィールドを中和しつつ、武器でコアを狙ってください』
「ま、それくらいしか方法はないでしょうね」
 祐一は仕方なく頷いた。
「というわけだ、名雪」
「うん、分かったよ」
 そして、マモノエルが日本に上陸する。





マモノエル、襲来





「てええええええええいっ!」
 普段の名雪からはとてもではないが予想もつかない迫力のこもった叫びが上がる。そしてソニックグレイブが上からまっすぐ振り下ろされた。
 祐一によって中和されていたA.T.フィールドをたやすく斬り裂き、マモノエルの本体をそのまま二分した。
「やったか」
 祐一が呟く。だが、何か様子がおかしい。
(クゼエル、タイヤキエルは爆発した。カズヤエル、アレクサンデルは原型を留めた。その差は?)
 それは、コアだけを攻撃したかどうかだ。カズヤエルの時はもちろん、アレクサンデルのときもポジトロンライフルで本体を貫いているように見えて、その中のコアをまず貫いたのだ。
 だが逆に使徒本体が損傷を受けている時は、いずれも爆発している。
(ではなぜ、マモノエルは爆発しない?)
 それは、まだマモノエルが死んでいないことを意味するのではないか。
「下がれ、名雪!」
「えっ」
 だが、遅かった。マモノエルは分断された左右、それぞれが意思を持って動き始めたのだ。





初の分離・合体能力を有する





『いいな、最初からフル稼働。最大戦速でいくぞ』
『うん。六二秒でかたをつけるよ〜』
 そして、秋子が命令した。
「カノン、起動してください」





しかしカノン初号機、同弐号機の二点同時過重攻撃にて





 そして、そのコアに向かって、二体が勢いよく足を蹴り出す。
 命中。
 そして、マモノエルは、

『GAME OVER』

 爆ぜた。





使徒、殲滅







第八の使徒





「……浅間山地震研究所からの映像です」
 真琴がモニターに表示すると、おおっ、というどよめきが発令所に起こる。
 表示されたのは、浅間山の火口内部、すなわちマグマ内の映像である。
「……MAGIの判断は?」
「保留しています。可能性はフィフティ・フィフティです」
 美汐が答える。
「ふむ、より正確なデータがほしいところだな」
 石橋が言うと、秋子は続けて指示を出した。
「もう五〇、下げてみてください」
「これ以上やったら壊れるかも」
「その時はネルフで弁償いたします」
 所詮懐が痛むのはネルフであって、秋子ではない。強気の発言であった。
「映像、出ます」
 改めて真琴が映像をモニターに表示する。今度こそ、はっきりと映った。
 人の顔が。
「パターン、青です」
 石橋が重く頷いた。
「間違いありませんね。使徒です」





セバスチャン、浅間山火口内にて発見





「それで、こいつをどうすればいいんですか?」
「弐号機がD型装備で火口に潜入、使徒キャッチャーで捕獲してください」
「私?」
「もちろん。名雪は弐号機専属パイロットでしょう?」





ネルフ、指令A−17を発令

全てに優先された状況下において、初の捕獲作戦を展開





『──いた』
 名雪の声が届いて、弐号機の降下が止まる。
「映像、出ます」
「クレーン、移動」
「目標地点まで、五、四、三、二、一」
 弐号機が、使徒キャッチャーを被せる。

『CAPTURE』

「目標、捕獲しました」





電磁光波柵内へ一時的に拘束、だが──





『EMERGENCY! EMERGENCY!』

『な、何これっ!』
 名雪の声がスピーカーから流れる。そして映像の中で、使徒が休息に巨大化を始めたのだ。
「まさか、覚醒!?」





電磁柵を寸裂され、作戦は中断





「作戦を変更します。使徒殲滅を最優先に。弐号機は撤収作業をしつつ、戦闘準備に入ってください」
『了解だよ』
 弐号機はプログナイフを引き抜いた。





即座に作戦目的は、使徒殲滅へと変更される





 セバスチャンの頭部に向かってつきたてる。だがA.Tフィールドに阻まれて貫くことはできない。
「名雪、目だ、目を狙え!」
 祐一からの指示を実行する名雪。プログナイフが、使徒の眼鏡を破壊し、その破片が使徒の眼球に突き刺さる。眼鏡はあくまで使徒本体ではなく、単なる付属品だったようだ。
『ぐおおおおおおっ!』
「今だっ!」
『了解だよっ!』
 A.T.フィールドを全開にして、名雪はプログナイフを使徒の巨大な口の中にねじりこむ。
 その先にあるコアを、一撃で貫く。





カノン弐号機、作戦を遂行





 そして、使徒の動きが止まった。
 驚愕の表情で、セバスチャンはマグマの底へと、落ちていった。





使徒、殲滅

カノン零号機、損傷復旧

及び改装作業終了





「きみたちはカノン零号機の実験だったかな?」
 石橋が確認すると、美汐が頷いて答えた。
「ええ。三日前にようやく再就役したとはいえ、繰り返しテストをしないことには以前の水準まで引き戻すことはかないませんから」
「本日一〇三〇から第二次稼動延長試験の予定なんですよーっ」





再就役







第九の使徒





(……あれ……?)
 と、その時。
 山の稜線から、何か巨大な物体が顔を覗かせているのが彼女の目に映った。
「……まさか、使徒?」
 真っ白なボディ。
 そして、真っ赤な──大きさの違う二つの瞳。





ユキウサギエル、襲来





「俺が盾になる。あゆは落ちたライフルを回収して弐号機にパス。名雪がライフルで使徒を攻撃する。それでいこう」
『でも』
「デモもストもない。やるぞ」
『祐一くん、大丈夫なの?』
「問題ないさ。A.T.フィールドを全開にして溶解液を防ぐ。零号機が下まで落ちて、弐号機にパスするまでならおよそ十秒。それくらいなら大丈夫。お前が俺を守ってくれた時より、ずっとな」
『祐一くん……』
「今度は俺がお前を、お前らを守る番だ」
 保護者だしな、とは口に出しては言わない。
「いいな、合図したら出るんだぞ」
『分かった』
『祐一──』
 最後に、名雪が声をかける。
『無理はしないで』
「無理をしに行く奴にかける言葉じゃないな。それよりお前こそ、一撃で仕留めろよ」
『うん、まかせて』
「よし……!」





カノン三機による初の同時作戦展開により





「今だ!」
 あゆが飛び出す。まっすぐ下に落ち、着地と同時にライフルを拾う。
「ぐうっ」
 溶解液が初号機の背中を焼く。
(……こんなの、あゆが受けた痛みに比べれば……)
 零号機が投げ上げたライフルを、弐号機が体勢を整えて受け取る。
「祐一、避けてっ!」
 名雪の声と同時に祐一は横穴に退避した。その間隙をぬって、名雪がライフルを放つ。
 劣化ウラン弾は、ユキウサギエルの前足ごと体を貫いていた。
 そして、力なく大地に崩れ落ち、

 爆ぜた。





使徒、殲滅







第一〇の使徒





「衛星軌道上の使徒、映像出ます」
 ぱっと切り替わった画面に映し出されたものは、宇宙空間に浮かぶ巨大な器と中身、すなわち牛丼であった。





ギュウドネル、襲来





「使徒の一部が切り離されて降下した地点の映像が、これです」
 また映像が切り替わる。大爆発が起きた後の地表であった。
「これが一つ目の肉汁、二つ目のライスがこれです」
 また切り替わる。先ほどよりも被害範囲が広い。
「三つ目の牛肉がこれです」
 今度はさらに広がっていた。
「これ以後、使徒ギュウドネルは消息を絶ちました」





成層圏より飛来する目標に対し





「使徒の落下予測地点にカノンを配置し、A.T.フィールド最大で使徒を直接受け止める……?」
 その作戦の説明を聞いてあゆと名雪は完全に蒼白になっていた。
「もし、使徒が軌道を大きくそれたら」
「その時はアウトですね」
「じゃ、もし受け止められなかったら?」
「その時もアウトですね」





カノン三機による直接要撃によって





 ガ、グンッ!!

 A.T.フィールドの向こうから凄まじい衝撃を受ける。両腕、両足、それだけではない。あらゆる筋組織、神経が悲鳴をあげているのが分かる。
(筋肉痛確定ーっ!)
 それも生き残ることができれば、の話だ。
 最初の衝撃を食い止めることができたとはいえ、その圧倒的な質量に今にも押しつぶされそうだ。
(こりゃ、一人じゃ無理だった、かな……)
 だが、信頼できる二人の仲間が、既にすぐ傍にまで近づいていた。
「名雪さん、A.T.フィールド全開!」
「うん、あゆちゃんっ!」
 紫の機体のすぐ傍に、青と赤の機体が近づき、地表と接しようとしていた使徒を浮かせる。
「俺がおさえるっ! 二人で倒してくれっ!」
 祐一が叫ぶと、あゆが使徒のA.T.フィールドを侵食し、切り裂いた。
「名雪さんっ!」
「了解だよっ!」
 露になった牛丼の器に向かって、名雪がプログナイフを突き刺す。
 刺さった部分から、器全体にひびが入り、

 爆ぜた。





使徒、殲滅







第一一の使徒

襲来事実は原罪未確認

ネルフ本部へ直接侵入との流説あり





人類補完委員会
特別召集会議





「いかんな、これは。早すぎる」
「さよう、使徒がネルフ本部に侵入するとは予定外だよ」
「ましてセントラルドグマへの侵入を許すとはな」
「もし接触が起これば全てが水泡に帰したかもしれないのだぞ」
 四人からの苦情を聞かされるが、往人は平然と答えた。
「委員会への報告は誤報。使徒侵入の事実はありませんよ」
「では碇、第一一使徒襲来の事実はない、というのだな」
「はい」
「気をつけて喋りたまえ碇君、この席での偽証は死に値するぞ」
「MAGIのレコーダーを調べてくださってもけっこうです。その事実は記録されておりません」
「笑わせるな。事実の隠蔽は君の十八番ではないか」
「タイムスケジュールは死海文書のとおりに進んでおります」
「まあ、それはかまわないんだよ〜」
 でやがったな、と往人は表情を変えずに思う。
「今回の君の罪と責任については言及しないよ〜。でもぉ、君が新たなシナリオを作る必要はないんだよ〜」
「分かっております。全てはゼーレのシナリオどおりに」
 何故委員会のメンバーはこの能天気な少女が会長で納得しているのだろう。
 往人はつくづく不思議であった。










 第壱四話

 ゼーレ、魂の座














NEON GENESIS KANONGELION

EPISODE:14   WEAVING A STORY










 山。重い山。時間をかけて変わるもの。
 空。青い空。目に見えるもの。目に見えないもの。
 翼。目に見えるもの。翼。目に見えないもの。翼人。いるはずのないもの。
 太陽。一つしかないもの。月。一つしかないもの。星。たくさんあるもの。
 翼人。一つしかないもの。夢人。一つしかないもの。造人。たくさんあるもの。
 夜空。暗い空。星がいっぱい。同じものがいっぱい。いらないものもいっぱい。
 空。赤い、赤い空。赤い空は嫌い。別れ。泣きたくなる。流れる水。血。血のニオイ。血を流す女。助からない女。助からなかった女。失われた命。
 赤い土から作られた人間。男と女から作られた人間。
 街。人の造り出したもの。
 カノン。人の造り出したもの。
 人は何? 神様が造り出したもの? 人は人が造り出したもの?
 ボクにあるものは命、心。心の容れ物。エントリープラグ。
 それは、魂の座。
 これは誰? これはボク。ボクは誰? ボクは何? ボクは何? ボクは何? ボクは何?
 ボクは私。私はボク。
 自分を作っている形。目に見えるボク。でもボクがボクでない感じ。とても変。
 ボクでない人を感じる。キミは誰? キミは私? 私はボク? ボクはキミ?
 祐一くん? 会ったことある。ずっと昔。
 秋子さん。美汐さん。みんな。クラスメイト。名雪さん。
 キミは誰? キミは誰? キミは誰?





「どうですか? あゆさん。初めて初号機に乗った感想は」
 我に帰る。そうだ。自分は今、初号機の中にいる。
(何でこんなこと、考え出したんだろ……)
 勝手に思考が膨らみ、気がつくと汗をかいていた。心拍数が上がっている。自分の体調の変化は、美汐が間違いなく気付いているはずだ。
「……祐一くんの匂いがする」





第一回機体相互互換試験

被験者 綾波あゆ





「シンクロ率はほぼ零号機の時と同じ、か……」
 美汐が首をひねる。満足はしているようなのだが、何か不満があるようだった。
「初号機と零号機はパーソナルパターンも酷似しているんですよね」
 秋子が口を挟む。
「そうなんですけど……カノンに移植されている人格との兼ね合いを考えると、シンクロ率は落ちるのが当然だと考えていたんです」
 美汐はじっとディスプレイを見つめる。
「……もしかしたら、あゆさんは初号機の方が能力を発揮できるのかもしれません」
「そんなことがあるんですか?」
「分かりません。それは今後も実験を重ねないことには──あゆさん、上がっていいですよ」





第八七回機体連動試験

被験者 総流・名雪・ラングレー





「弐号機、異常ありません」
『当然だよ』
 自信満々に名雪が答える。
『ねえ、私は機体交換テストに参加しなくていいの?』
「弐号機はパーソナルパターンが異なりますから」
 秋子がなだめるように言う。
「参号機が搬入されたら、ありうるかもしれないけど」
『参号機?』
「ええ。アメリカ第一支部で建造中で、直に完成するはずです」
 美汐が変わりに答える。
「ですが本部に来ることはないですね。アメリカが参号機と四号機については権利を主張してますから」
「残念」
「それにまだパイロットも見つかっていませんし」





第一回機体相互互換試験

被験者 碇祐一





『どうですか? 祐一さん、初めて乗った零号機は』
 祐一はぼんやりとその言葉を聞いた。思わず聞き流してしまうところだった。それくらい、居心地がよかった。
「あゆの匂いがする」
 いや、違う。
 この幸福感は、ずっと昔に味わったもの……。
(美凪……?)





「初号機の時と比べて若干落ちてますが、いい数値ですね」
 今度は納得する美汐。
「……これであの計画も、遂行することができるというわけですね」
 かすかに呟くそれは、隣で作業している佐祐理の耳にも届いた。
「……ダミーシステムですか……」
「……ええ」
「佐祐理、あれはどうも……」
「私もダミープラグを使うことにはためらいがあります。ですが、私たちが使徒に勝ち、生き残るためには──備えが必要なんです」
 ディスプレイに優しく触れる美汐。
「考えたくはないけど……もし、もしも祐一さんたち、パイロットがみんないなくなってしまったら……」
「はい……すみません」
「いえ。私もあのシステムを気にいっているというわけではないですから、佐祐理さんの気持ちはわかります」
 ダミーシステム。
 人格移植OSを応用した形で、エントリープラグに個人の人格を注入、いわば擬似人格がコンタクトを取ることによってカノンを動かすというものである。
 これを使用すれば、たとえパイロットがいなくともカノンを動かすことはできる。
 ただ、問題があった。
「……あれを使わずにすむことができれば、それにこしたことはありません」
 佐祐理も頷いた。
「第三次接続、開始してもよかったですか?」
「ええ、お願いします」





(……あゆ……? いや、美凪、なのか……?)
 自分の頭に直接訴えかけてくる声。
 たすけて。
 たすけて。
 たすけて。
 たすけて。
 たすけて。
(……美凪……遠野美凪……美凪だよな、この感じ……)





『……たすけて……』
 僕は非力だ。
 大切な女の子を守ることも、逃がすこともできなかった。
 彼女は嬲られ、
 弄ばれ、
 殺された。
 たすけて、と。
 何度も繰り返し、僕の耳に届いた。v  僕はもう動けなかった。
 背中に、大きな傷を負っていたから……。





(……美凪……? そこにいる、のか……?)
 この街に初めて来た時に見た少女の影。
 あれは、自分を迎えに来た死の女神だったのか……?








「パイロットの神経パルスに異常発生!」
「精神汚染が始まっています!」
「まさか、このプラグ侵度ではありえないはず」
「プラグではありません。カノンからの侵食です!」
 零号機が暴れ出し、拘束具を引きちぎる。そのまま両手で頭を抱え、苦しそうに呻き声を上げた。
「零号機、制御不能!」
 もはや事態は一刻の猶予もなかった。美汐が決断を下す。
「全回路遮断。電源カット」
 アンビリカルケーブルが強制的に落とされる。
「カノン、予備電源に切り替わりました」
「以前、稼動中」
 秋子さんが真琴に近づいて、モニタに目を向ける。
「祐一さんは?」
「回路断線、モニターできません」
 手を握り締める美汐。
「零号機が祐一さんを拒絶……?」
「ダメです、オートエジェクション、作動しません!」
 佐祐理の悲痛な声。
「あの時と同じ……あゆさんが乗った時と。祐一さんを取り込もうとしている……」
 零号機が強化ガラスに向かってくる。右腕を大きく振り上げて、強化ガラスのすぐ傍に立っていた少女めがけて振り下ろされた。
「あゆちゃん、下がって!」
 だが、彼女は動じなかった。
(祐一くん……)
 じっと、自分に向かってくる零号機を見つめる。ガラスと接触し、無数のヒビが生じた。
『零号機、活動停止まで、後一〇秒』
 零号機は壁に手をつくと、何度も頭突きを繰り返した。
 自らを痛めつけるように。
 自らを壊すかのように。
 そして、それが一〇度ほども続いたあと、零号機は力なく壁にもたれるようにして動きを止めた。
『零号機、活動停止』
「パイロットの救出を急いでください」
 秋子の指示で作業員が一斉に動き出した。
「……零号機……いったい、何をしようとしたの……?」
 あゆに向かって伸びた右腕。
 いったい、何を殴ろうとしていたのか。
(あゆちゃんを殺そうとしていたの……零号機が……? 何故……?)





「この事件、先の暴走事件と何か関係があるのですか?」
「今はまだ何ともいえないです。正直、私も分からないことが多いんです、今回の事件に関しては。ただ速やかにあゆさんとのシンクロテストを行い、データを洗い出さなければなりません」
「作戦行動に支障をきたさないうちに、お願いします」
「分かっています」
「……美汐ちゃん」
「ちゃん、はやめてください」
 二人は、しばし見つめ──いや、睨み合う。
 普段穏和な秋子と感情を見せない美汐。滅多にないことであった。
 だが、すぐに秋子がいつもの微笑みで立ち去っていく。
 誰もいなくなってから、美汐はため息をついた。
(……私がダミーシステムを使おうとしたから……私を殺そうとしたのかしら)
 それが単なる思い込みだけとは、美汐には思えなかった。





 目を覚ましたとき。
 そこは病室だった。
「……どうして、俺……」
 こんなところにいるんだろう。
 何も思い出すことができなかった。





「祐一の意識が戻ったみたい。汚染の後遺症はないけど、何が起こったのかは覚えてないって」
「そうですか」





「予定外の使徒侵入。その事実を知った人類補完委員会による突き上げか。ただ文句をいうことだけが仕事のくだらない連中だがな」
「切り札は全てこちらが擁している。彼らは何もできんよ」
「だからといって焦らすこともあるまい。今ゼーレが動き出すと面倒だぞ、いろいろとな」
「全て、我々のシナリオ通りだ。問題ない」
「零号機の事故はどうなんだ? 俺のシナリオにはないぞ、あれは」
「支障はない。あゆと零号機の再シンクロ、成功している」
(あゆにこだわりすぎだな、碇……)
「アダム計画はどうなんだ?」
「順調だ。二%も遅れていない」
「ではロンギヌスの槍は」
「予定通りだ」





「大丈夫ですかー」
 服を着替え終わったところで、ちょうど佐祐理が顔を出した。
「ええ、なんとか。佐祐理さんこそ、俺がしでかしたことの後始末、大変なんじゃないですか?」
「それは美汐さんに任せました」
 佐祐理は祐一の頬に手をあてた。
「……無事で、何よりです」
「心配をかけさせてすみません」
「いえいえ。祐一さんが無事ならそれでいいんですよー」
 暖かい笑顔。
 この笑顔がいつも祐一に向けられているおかげで、祐一はいつも心が和んでいる。
(ほんと、落ち着くよな。この人といると……)
 和んでいる時間はそれほど長くなかった。
「今日はいいですから、また今度にしましょう」
「でも」
 祐一は顔をしかめた。
 実はこの日、テスト後に佐祐理から話を聞くことになっていたのだ。
「祐一さんの体調が心配ですし、私も事後処理がありますから」
 そういわれるとぐうの音も出ない。
「……残念」
「機会はいくらでもありますよー」
「そう信じることにしますよ。では、今日のところは帰ります」
「はい、身体をゆっくり休めてくださいね」
「ええ。では」
「また明日」









次回予告



 失われた妹への想いを祐一にぶつける佐祐理。
 祐一への気持ちに気付いた名雪は、彼の想い人に嫉妬してしまう。
 美汐もまた自分の気持ちをもてあまし、一人苦しみを抱え込む。
 そして、あゆは自分の体調の変化に気付く……。

「……本当に、名雪とキスするんですか……?」

 次回、狂いだした歯車。
 さて、この次もサービスサービス。



第拾伍話

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