暗室の中に五つの影が集まっている。
いずれも深刻な表情であった。
事態は、彼らの予測の範囲をはるかに上回っていた。
「カノンシリーズに生まれ出ずるはずのないS2機関」
「まさかかのような手段で自ら取り込むことになるとはな」
「我らゼーレのシナリオとは大きく違った出来事だよ」
「この修正、容易ではないぞ。碇往人、彼にネルフを与えたのがそもそもの間違いではなかったのか?」
だが、とその後を少女の声が遮る。
「碇でなければ、全ての計画の遂行はできなかったんだよ〜」
むうう〜、と次に唸る。
人類補完計画。
全ての人類の心の隙間を埋め、単一種として融合する。
それこそが、自分たちの願いであり、往人の願いではなかったのか。
「往人さん……私たちを拒絶して、観鈴さんとだけ結ばれるつもりですか」
苦しげに呟く佳乃。
自分が望んだことは、間違いだったのか。
神に逆らうことは、許されないことだったのか。
「だが事態はカノン初号機の問題だけではない」
「さよう。零号機と弐号機の大破、本部施設の半壊、セントラルドグマの露呈、被害は甚大だよ」
「我々がどの程度の時と金を失ったか、見当もつかん」
「これも碇の首に鈴をつけておかないからだ」
「鈴はついていた。だが鳴らなかっただけだ」
「鳴らない鈴に意味はないんだよ〜」
佳乃はそう断じた。
碇往人は逐一監視しなければ、今後何をされるか分かったものではない。
「今度は、鈴に動いてもらうことにするんだよ〜」
第弐拾話
夢と記憶の狭間で交わした私と貴方の一つの約束
第一日
第一四使徒ポテトエルにより倒されたカノン零号機、弐号機。半壊したネルフ本部。
それでもかろうじて、まだ組織たりえたのはそこにいるスタッフの優秀性を示している。
第一発令所も、完全、といっていいほどに破壊されていた。
ポテトエルの侵入、そしてそれを阻んだ祐一の決死の攻撃。
その傷跡が、ここほどはっきりと分かる場所もないだろう。
「カノン両機の損傷は、Aフリックの限界を超えています」
「時間がかかりますね、全てが戻るまでには」
佐祐理の声に美汐が応答する。
「幸い、MAGIシステムは移植可能です。明日にも作業を開始します」
「でもここは駄目ですね」
「破棄決定は、時間の問題です」
舞が静かに告げる。だがそんなことは分かりきっていた。誰もその程度のことで気落ちしたりはしない。
「まあ、当然ですね。とりあえずは予備の第二発令所を使いましょう」
「MAGIはなくとも、ですか」
佐祐理が眼下のMAGIシステムの中枢を見つめながら言う。
「今は使えるだけましです。午前中に必要なものを揃えて、午後からは作業に戻れるようにしておいてください」
「第二、好きじゃないんですよね。椅子はきついし、センサーも硬いし」
「形はここと変わらないはずなのに」
佐祐理の愚痴に、舞も付き合う。
「そんなことを言えるだけ、私たちはめぐまれていますね」
美汐は苛立ちを隠せない。
もちろん、佐祐理も舞も、なんとか気を紛らわせようと、場を和ませようとしているのはわかっている。
彼女たちが自分と同じ気持ちでいるということも。
だが。
「今は、先にやることがありますから」
「祐一さんの救出作業ですね」
暴走した初号機は、使徒を食した後、完全に活動を停止していた。
昨日はこの初号機をケイジに拘束することに、ネルフの全力が注がれた。
まだ新しい拘束具はつけられていない。いつ暴走することになるかは、誰にも分からない。
作業員も、万一のことを考えて今は席を外してもらっていた。
「ケイジに拘束。大丈夫なの?」
「内部に熱、電子、電磁波、化学エネルギー反応なし。S2機関は完全に停止しています」
真琴が答える。その表情は、まだ不安さが残っている。
「それなのに、この初号機は何度も動いている……うかつに手を出すと何をされるか分からない。真琴とおんなじね」
「秋子さん、ひどい」
ようやく真琴の表情が和む。だが、秋子は責任者として和んでばかりもいられなかった。
この中に祐一がいるのだ。
エントリープラグの中に。
「いやはや、この展開は予想外だな、往人。委員会、いやゼーレの方にはなんと報告するつもりなんだ?」
柳也は総司令室の中にいた。もちろん、往人と石橋もだ。
「初号機は我々の制御下にはなかった。これは不慮の事故だということになる」
石橋が説明を行う。
「なるほど」
「よって初号機は凍結。以降は委員会の別命あるまで待機だ」
「適切な処置、だな。だがいいのか?」
「何がだ」
「祐一くんが取り込まれたままだ。この展開はお前にとって黙視できる状況じゃない、だろ?」
往人は黙り込む。
三人は分かっていた。ゼーレの人類補完計画の意味も、そして自分たちの目的を果たすには、初号機を完全に自分の下に置いておくことが必要だということも。
そのために祐一が初号機の内部にいるのが望ましくない。そう考えるのは往人。
「かまわん、美汐がなんとかするだろう。それよりも、やっておかなければならないことがある」
REFUSED! REFUSED!
エントリープラグ排出信号を撃ち込むが、何度行っても拒絶される。これは昨日と何も変わりない。
プラグを排出することもできない。しかも、内部と連絡を取ることすらかなわなかった。
いや、連絡を取ることはできる──祐一さえ無事でいるのなら。
「やはり駄目です。エントリープラグ排出信号、受け付けません」
「予備と擬似信号は?」
「拒絶されています。直轄回路もつながりません」
佐祐理の返答に、唇を噛みしめる美汐。
どうあっても、初号機はプラグを──操縦者を外に出さないつもりらしい。
「プラグの映像回線つながりました。主モニターに転送します」
真琴の声に、全員がモニターに注視する。
『ああっ』
全員の呻き声がもれた。
連絡を取ることができなかったはずだ。
そこには──誰もいなかった。
乗っているはずの祐一の姿がどこにも映っていなかったのだ。
ただ、プラグスーツだけがLCLの中を漂っているにすぎなかった。
「なんですか、これは」
「シンクロ率四〇〇%の正体、といったところですか」
冷静な声を出しているのは美汐。その表情は、まさか、ではなく、やはり、といったものだった。
「祐一さんはどうなったんですか?」
秋子が落ち着いた声で尋ねる。
「カノン初号機に取り込まれてしまいました」
「取り込む……?」
「分かりやすくいえば、LCLと同化──いえ」
美汐は、慎重に言葉を選ぶ。
「カノンと同化した、ということです」
「助ける方法はあるのですか?」
「可能性はあります」
美汐は頭を抱えた。
「ゼロではありませんよ……限りなくゼロに近いですが」
第二日
ネルフの地下にある専門病院。
少女がベッドの上に横たわっていた。
ピッ、ピッ、という機械音が規則正しく室内に響く。
見舞う者はいない──誰もそれどころではない。
看護婦すら手が足りず、室内には少女の姿の他には誰もいない。
少女は、ゆっくりと目を開ける。
ぼんやりと、天井を見つめる。
ボクは……?
「……祐一くん」
まだ、生きている。
祐一くんは?
祐一くんは、まだ、生きている?
名雪は秋子からの電話を力なく切る。内容は、期待していたものとは全く違うものであった。
あゆが無事だった。
今の今まで、そんなことはまるでどうでもよかった。
祐一のことだけが心配だった。
そして、あゆのことを心配していなかった自分を嫌悪した。
「祐一」
名雪は、その場に崩れ落ちる。
「祐一、祐一、祐一、祐一、祐一……」
TRRRRRRR,TRRRRRRR.
再び、電話が鳴る。震える手で、名雪は受話器を握った。
「はい、水瀬です」
『名雪?』
その声は、名雪がよく聞きなじんだ親友のものだった。
「香里……」
『今、暇?』
「え、あ、うん……」
本来は、自宅で待機しているように命令を受けている。
『じゃ、いつもの桃花屋で。待ってるから』
「あ、ちょっ──」
ぷつっ、と先に切れてしまっていた。
「香里……」
外出する気分にはなれなかった。
今も祐一は、初号機の中にいる。しかも、容態はきわめて悪い。いや、もはや祐一は人の形すら保てなくなっているという。
無事に生還する確立は、〇コンマ〇〇〇〇〇〇一%以下の確立。
(そんなの無理に決まってるよ……!)
泣きたかった。
叫びたかった。
だが、できなかった。
名雪は、しばらくうずくまっていたが、やがて立ち上がった。
「遅いわよ、名雪」
桃花屋では既に香里がパフェを食べていた。その向かいに座ると、いつものように名雪はイチゴサンデーを注文する。
「祐一くん、まだ駄目みたいね」
「うん……」
祐一が初号機に取り込まれたあと、すぐに香里は名雪と連絡を取った。祐一がどうしているのか、どうなったのか。さすがにあの戦いは香里にとっても衝撃的だったらしい。
「もうすぐ祐一をどうするか決定するみたいなんだけど……」
「大丈夫よ」
香里は平然とそう言った。
「……どうして?」
「約束したもの」
香里はまるで不安ではないというふうな様子だった。
「約束?」
「そう、約束」
「誰と?」
「祐一くんと。必ず戻ってくるって」
「……」
「だから、祐一くんは戻ってくる。約束を破るような人じゃないもの、彼──そうそう、一ついい方法があるわよ、名雪。祐一くんが必ず戻ってきてくれるための方法が」
「え……?」
名雪はきょとんと目を丸くする。
香里はにっこりと笑った。
「祈ることよ。祐一くんに」
第三日
「祐一さんのサルベージ計画?」
「そうです。祐一さんの人格というものはまだ存在しています」
「人命尊重、というわけですか」
「ネルフもそこまで非人道的というわけではありませんよ」
「美汐さんはともかく、往人さんは同じことを考えていらっしゃるのでしょうか」
「それは私が答えられる質問ではありませんね」
第一四使徒戦後、この二人──秋子と美汐の関係が悪化していた。それは目に見えるようなものではなかったし、表面的に二人がいさかいを起こしたというようなことはない。
祐一を助けたいという想いと、そしてその可能性があまりにも低いという現実が、彼女たちを苛立たせ、互いに傷つけあっているように、傍にいる佐祐理には見えた。
「祐一さんの肉体は自我境界線を失って、量子状態のままプラグ内を漂っていると推測されます」
二人の仲が険悪にならないよう、佐祐理は努めて明るく振舞う。もっとも、彼女にしても祐一を思う気持ちに変わりはない──いや、彼女たちよりもはるかに強いと言っても過言はなかっただろう。
祐一を助ける。
それが今のネルフスタッフの最重要任務であり、また願いでもあった。
「つまり祐一さんは私達の目では確認できない状態に変化している、と」
「そうです。プラグの中のLCL成分は化学変化を起こし、現在は原子地球の海水に酷似しています」
「生命のスープ……」
「祐一さんを構成していた物質は全てプラグ内に保存されていますし、魂というものもそこに存在しています。現に彼の自我イメージがプラグスーツを擬似的に実体化させています」
そう。あの日、祐一はプラグスーツを着て戦っていたわけではない。着替える時間などなかった。それなのに今、プラグ内にはプラグスーツが構成されている。本来ならありえないことだ。
これは、カノンを操縦する際にはプラグスーツを着るものだという意識が祐一の中にあり、その意識がプラグスーツを実体化しているように祐一自身が『見せかけて』いるためである。
「つまりサルベージとは、彼の肉体を再構成して精神を定着させる作業です」
「そんなこと、できるのですか?」
「MAGIのサポートがあれば」
「理論上は、でしょう。何事もやってみなければ分かりません」
「失敗などしません。どんなことがあっても」
美汐は強く言い切る。
「……絶対、祐一さんを取り返してみせます」
第四日
これは、なんだ?
カノンの中。
プラグスーツ。
俺がいない。
誰もいない。
なんだ、これは。
なんだ、これは。
なんだ、これは。
俺は、いったいどうなったんだ?
覚えていない。
何が、どうなったのか。
ここがどこなのか。
自分が、何に変わってしまったのか。
変わった?
自分が?
何に?
違う。
自分は変わってなどない。
弱くて。
弱くて。
弱くて。
弱くて。
弱い。
大切なものを守ることもできないくらいに。
守るために力がほしかった。
力を手にいれても守るものはなかった。
自分の力は何の役にも立たない。
知っている。
力はあっても、戦うことしかできなかった。
戦うために、戦いつづけた。
結局、自分は幻影を追い続けていただけ。
それを知っていて、幻影にすがった。
弱い。
弱い。
弱い。
弱い。
弱い、自分。
過去の幻影にすがって、すがることでしか自分を歩ませることができない人間。
大切なものを守る力がほしい。
でも、大切なものはほしくない。
失うことが怖いから。
怯えて。
怯えて。
怯えて。
怯えて。
怯えている、自分。
壁を築いて、他人を寄せつけず、自分の内にこもり、ひたすら力だけを求める矮小な存在。
変わらない。
七年前から、何も変わっていない。
秋子さん。
名雪。
あゆ。
佐祐理さん。
美汐。
舞。
真琴。
北川。
香里。
知っている人たち。
これは──俺の世界。
俺だけの世界。
この感覚は知っている。
『記憶が目覚めるにはタイムラグがあるの』
何のことだ?
俺は何を忘れたんだ?
そう……ずっと知りたかった。
紅い光。
光球。
コア、と呼ばれるもの。
使徒。
使徒の光。
俺が倒してきた使徒。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
敵。
みんな、敵。
俺は何故戦っている?
戦うことに何の意味がある?
何かを守ることができるとでも思っているのか?
守るものを持たないお前が?
守るものを持とうとしないお前が?
守る力を持つことができなかったお前が?
お前が? お前が? お前が?
俺を脅かす者。
俺が弱い存在であることを暴こうとする者。
俺の弱さにつけこんでくる者。
敵──!
そう。
お前だ。
お前こそが人類の敵だ、往人──!
使徒という人類の敵と戦っているように見せかけ、その裏で人類を滅ぼしてでも願いをかなえようとしている。
人類の敵?
使徒が何故人類の敵なんだ?
使徒はいったい何をしようとしている?
そして、お前はいったい何をしようとしている──往人!!
そう。
俺は知っていた。
俺は、お前が何をしようとしているか知っていた。
観鈴を失いかけたお前は、観鈴を失わないための行動を開始した。
カノン。
このカノン初号機こそ、観鈴そのもの。
『ここで、会おうね』
ここに、観鈴がいる──!!!
NEON GENESIS KANONGELION
EPISODE:20 No one knows
第三〇日
『現在LCLの温度は三六度を維持、酸素密度に問題なし』
『放射電磁パルス以上なし、波形パターンはB』
『各計測装置は正常に作動中』
今は最終テストの段階で、これがクリアできれば正式に明日、サルベージ計画が実行される。
だが何度シミュレートしても不安は残る。前例のない事件、たとえMAGIの強力なサポートがあるにせよ、推測不可能な事態はいくらでも生じうる。
もっとも不安を覚えていたのは、おそらく計画の立案者である美汐と、そのサポートを行っていた佐祐理の二人であった。
自分たちが、どれだけ予測のつかない行為を行っているのか、そのことを一番よく分かっているのだ。
「サルベージ計画の要綱、たった一ヶ月でできるなんて、さすが美汐さんですね」
佐祐理は笑顔を絶やさない。
彼女が弱さを見せるのは、舞か祐一の前だけだ。どんなに不安を覚えていても、いつでも笑顔を絶やさないように努力をしている。
それが分かる。傍で見ている者には。
「残念ながら原案は私ではありません。一三年前に実験済みのデータなんです」
美汐の手は止まらない。何度も何度もシミュレートを繰り返させる。少しでも成功確率を上げるために。不足の事態に対処できるようにするために。
最善は、既に尽くされている。
「そんなことがあったんですか。カノンの計画中に」
「まだここに入る前の出来事です。姉が立ち合ったらしいですけど、私はデータしか知りません」
「そのときの結果はどうだったんですか?」
美汐の目が曇った。
「失敗したらしいです」
一瞬、佐祐理の表情が翳った。
第三一日
人を殺した。
そう、俺は一度だけ人を殺している。
目の前で失われた少女。
その復讐に、俺はナイフを取った。
そして殺した。
何度も刃を突きたてた。
息が止まっても。
動かなくなっても。
俺はただ、無機的に体をバラしていた。
目の前には、ただ赤。
全ては赤で満たされ、俺と周りとの区別がつかなくなっていた。
俺もその赤の中に溶け込みたかった。
その赤の中に、あいつがいる。
そんな気がしていた。
でもあいつはもうどこにもいない。
だから全てを赤く染めても意味がないことは分かっていた。
そして俺が赤くなれないことも分かっていた。
そう。
あのとき、俺の精神はこなごなに砕け散っていた。
どうして今まで思い出せなかったのか。
それは、精神がまた砕けることが怖かったからだ。
思い出すと、あの苦しみをまた繰り返す。
そうすれば俺はまたあのときのように狂ってしまう。
無意識のうちにそれを防いでいたのだ。
保護されたのは、夜が明けてからのことだった。
むせかえるような血の匂いが、誰かの鼻をついたのだろう。
血まみれの俺を、誰かが運んでいた。
俺は美凪から引き離されそうになったから、暴れた。
結局俺は、何もすることができなかった。
取り押さえられ、鎮静剤を打たれ、病院に運ばれた。
病院では何も口にしなかった。
いや、何も行動することができなかった。
頭の中では何も考えていなかった。
考えることを放棄していた。
脳が働くと、最初に思い出すのは美凪。
それが苦しくて、全ての思考を停止させていた。
だから、見ているはずの景色も、聞いているはずの音声も、全て残っていない。
俺が病院にいたということくらいしか覚えていない。
俺がどうして病院を出ることになったのかも覚えていない。
でも、きっと。
俺は、抜け出したんだと思う。
雨の中。
耳障りな雨音。
服が水を吸い込んで、重い。
空腹で力が入らない。
やがて、倒れた。
この雨の中に溶け込んでしまえばいいと思った。
自分がなくなってしまえば、もう嫌な想いをしないですむ。
このまま、全てがなくなればいい──
俺は、世界を呪った。
全てがなくなることを願った。
何もない、無。
そこには幸せも喜びもないかわりに、苦しみも痛みもない。
それこそが理想郷ではないだろうか。
『そこ』に行きたかった。
何も考えなくてもいい世界へ……。
だが、願いはかなわなかった。
俺を苦痛の中へ引き戻した存在があった。
『余計なことを……』
『何故邪魔をした……』
『どうして俺を殺さなかった!』
『なんで見捨てなかった!』
『生きていても、何も、何も俺にはないのに──!』
「そんなことないよ」
見上げれば、空。
薄暗く、雲がかかった、濁った空。
俺は少…の傍に座…て、た─空を見Tめている。
その空のMこうに……つがいる。
あN雲N向コウにあいつが─…─
そ…─…行きTい。
OR両手ヲ伸ばす&
『オマエシカイナイノニ……』
俺…〜少Jの名ヲYB#
『──』
KDENJALOISKNNNN(LSN=#3354)NAIiILSHK! SNAIS=“〜〜〜”SInNSoNAH;ALN&<<<@aSNASINL$SANOSNAISNDOIAO$$$SNOIDNsdUSNeN*SJNk^^^¥SNO()SNOANAOLLNSHDON,ZNCVsnoSNSnwoJDKALNKE%ANSON(¥¥)SNDOAS&SNksbUD_? SOKONIKAGIHAARU.ARyNA(M2=66S)SNOASINLNSUKAYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY……EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY! EMERGENCY!!!!!!!!!!!!
それ以上、記憶を取り戻してはならない。
それ以上、精神に負荷を与えてはならない。
さもなくば、この者の存在は、消滅する。
生きていても、死んでいるのと同じ状態と化す。
警告する。これ以上、記憶を取り戻してはならない。
『全探査針、打ち込み終了』
『電磁波系、ゼロマイナス三で固定されています』
「自我境界パルス、接続完了」
最後に、佐祐理が隣で全ての作業の終了を告げた。美汐は大きく息を吐き出す。
既にエントリープラグはカノンから外されて、ハッチを外す準備が完了している。
そして、はっきりとした声で、言った。
「サルベージ、スタート」
美汐の命令に従い、佐祐理、舞、真琴が作業を開始していく。
「了解。第一信号、送ります」
「カノン、信号受信。拒絶反応なし」
「続けて第二、第三信号送信開始」
秋子は、その作業をただ見守っていた。
(祐一さん)
そして、名雪も。
名雪は自宅で待機しているように命令されていたものの、とても待っていることなどできずに発令所へとやってきていた。
(祐一、祐一、祐一、祐一、祐一……)
名雪は胸の前で手を組んで、目をぎゅっと瞑って祈っている。
それを秋子は横目で見ながらため息をついた。
「そんなことないよ」
「……名雪?」
『そんなことない。生きていれば、きっといいことがあるよ』
「分からない……いいことはもう、全部なくしたと思う」
『きっといいことがあるよ。だから、今度会ったときは一緒に、いいことの見せ合いっこしよう』
「いいこと……見つかったのかな、俺は」
『見つかるよ、きっと』
「見つからなかったよ、名雪」
『大丈夫だよ』
「約束したのにな」
『ふぁいとっ、だよ』
「いいこと、お前に見せる約束したのにな……ごめんな、何も、見つけられなくて」
INTERVENSION BLOCKED!
「ダメです、自我境界がループ状に固定されています」
「全波形液を全包囲で照射してみて」
「はい」
佐祐理が指示どおりに作業を行う──が、美汐の顔に絶望という文字が生まれていた。
「ダメです、発信信号がクライン空間で捕らわれている」
「どういうことですか?」
「つまり、失敗」
秋子の表情が固まる。名雪の肩が大きく震える。
だが、まだ終わってはいない。
彼を、なんとしてでも取り戻す。それができないのであれば現状を維持して次の機会を待つ。
それが最低限、美汐のしなければならないことだ。
「干渉中止、タンジェントグラフを逆転、加算数値をゼロに戻して」
「はい!」
TANJENT GRAPH REVERSE
だが、悲鳴は真琴から発せられた。
「Qエリアにデストルド反応。パターンセピア!!」
続いて、舞も大声で叫ぶ。
「コアパルスにも変化が見られます、プラス〇.三を確認!」
美汐は、震える手をしっかりと握り締めた。
「現状維持を最優先。逆流を防いで」
「プラス〇.五、〇.八、変です、せき止められません!」
佐祐理の悲鳴が、美汐の気力を打ち砕いた。
結果は、見えた。この後どうなるのかが。
そしてその原因までも。
「これは、何故……帰りたくないのですか、祐一さん」
分からない。
でも、七年前のあの日、俺は間違いなく死を願った。
今、それを七年かけて取り戻そうとしている。
望んでいるのかもしれない。
このまま、消えてなくなることを。
『何を願うの?』
『何を願うの?』
『何を願うの?』
願う?
俺の、願いは……。
『何を、願うの?』
母さん。
俺は、俺の願いは、ただ一つ。
あいつを、取り戻す。
俺も、往人や柳也と何ら変わらない。
美凪がほしいんだ。
それだけが、俺の願い。
でも、それが叶わないのなら……
REFUSED! REFUSED!
「カノン、信号拒絶!」
「LCLの、自己フォーメーションが、分解していきます」
「プラグ内圧力上昇!」
さっ、と全員の顔色が青ざめた。
「全作業停止、電源を落として」
それが最後の手段とばかりに美汐は指示を出す、が、遅い。
「ダメです、プラグがイグジットされます!」
直後。
ハッチが開いて、大量のLCLが流れ出した。
凍りつく発令所。そして、
「祐一!」
名雪の絶望的な悲鳴が響いた。
(祐一さん……)
「美凪か。また会えたな」
(はい……でも、もう、これが最後です)
「最後?」
(はい。もう会うことはないと思います)
「どうしてだ?」
(祐一さんが、記憶と取り戻しつつありますから)
「記憶を取り戻すと、どうなるんだ?」
(……それは秘密です)
「おいおい」
(祐一さん、私は……)
「美凪」
(あなたに会えて、よかった……そして、祐一さんに会ったたくさんの人が、同じように思っています。そのことを忘れないでください)
「……でも、俺は」
(すぐに、また、会えますから)
名雪は流れ出てきたプラグスーツを抱きしめて涙を流した。
祐一が。
祐一が、いなくなってしまった。
ずっと一緒にいたかったのに。
祐一の傍にずっといたかったのに。
祐一に、生きていてよかったと、言わせてあげたかったのに。
「返してよ……」
守れなかった。
祐一を。
誰よりも、大切な人を。
「祐一を返してよっ!!」
自分が許せない。
大切な人を守ることができない自分の弱さが、許せない──!
なんだろう、この感じ……。
美凪……?
違う、これは……。
観鈴か?
「私、往人さんとの子供がほしかったから」
「だからって、まさかこんな時代になるとは思わなかったからな」
「いいの。だって、生きているならどこだって天国になるもん」
「ったく、お前の脳天気さがうらやましいぜ」
「が、がお……」
「その口癖はやめろっつっただろ」
「ねえねえ、往人さん、子供の名前は決めてくれた?」
「ああ、すっかり忘れてた」
「どうしてそんなこと言うかなあ……」
「冗談だ。男だったら祐一、女だったらあゆと名づける」
「祐一、あゆ……」
あゆ?
……だめだ。
まだ、俺は分かっていない。
あの日の約束。
何があったのか。
何をするべきか。
そして──この世界に起きている事象の全てに。
また なつがくる
ぎんいろに ひかる
みなもに うつす
ふたりぶんの かげ
痛い……。
心臓に、トゲが刺さっている。
これは……?
牙……?
いや、違う。
オマモリ
ばしゃ、という音がした。
はっ、と名雪は顔をあげる。
涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。
その顔がさらに歪んでいく。
彼女の視線の先には。
誰よりも大切な人がいた。
「ゆういち……っ!」
オカエリナサイ
第三三日
「初号機の修復作業、明後日には終わります」
「結局、神様の力でも利用するんですね、人間という存在は」
美汐と秋子がようやく落ち着いたのは、それから二日経ったあとのことだった。
この一ヶ月、不眠不休で働いていた二人がようやく半日の休みを取ることができたのも、祐一が現実に戻ってきてくれたおかげだ。
それがなければ、まだまだ彼女たちがやらなければならないことが増えているところだった。
だが、ひとまずは。
彼の生還を喜び、自分たちの疲れを癒すことを考えよう。
「人造人間カノンゲリオン。人が造ったにしては未知のブラックボックスが大きいですね。まあ、今回は祐一さんを無事に助けてくれましたからいいですけど」
「私の力ではありません。みんなの力──想いが、彼を現実に呼び戻したというところでしょうか。なにしろ、彼は戻ってくることを望んでいなかったのですから」
「……では、祐一さんはどうしてここに?」
「分かりません。本人に直接聞いてみますか?」
「答えてはもらえないでしょうね、きっと」
「ええ。でも、自分のためではなく、何かもっと大きなもののために戦う。祐一さんはいつもそうでした。そしてその行動が、私たちに強烈な印象を残す……私たちは結局、もう祐一さんなしでは行動することもできなくなっているのかもしれません」
「残念です」
「何がですか?」
「私がもう十歳若かったら、恋人に立候補したのですが」
「……」
さすがに美汐も疲れた表情になった。
「娘のライバルに立候補するんですか?」
「仮定の話です──それでは先に上がりますね」
「今日は祐一さんの生還パーティですか?」
「いえ。今日はまだ他にやることがありますから、それは明日にします」
美汐は意外そうな顔つきで尋ねる。
「やること、ですか?」
「はい」
秋子は真剣な表情で頷く。
「昔の清算をしてこなければならないんです」
秋子は街外れに一人、たたずんでいた。
時計を見る。一二時。そろそろ時間だ。
足音が聞こえてくる。
そして、ゆっくりと人影が姿をあらわした。
「秋子……」
線の細い、優しげな男だった。
「お久しぶりです、敬介さん。日本に戻ってこられたんですね」
「いろいろとやることがありまして」
橘敬介。
名雪の、本当の父親。
「名雪を引き取りに?」
「いいえ。名雪のことは全てあなたに任せてありますから。もっと他のことです──どうぞ」
敬介は懐から一二インチディスクを取り出すと秋子に手渡す。
「これが?」
「はい、約束のものです。遅くなりましたが──僕が調べた限りのことがこの中にあります」
「敬介さんの情報量は、柳也さん以上だと信じていますから」
「さすがに今回はヤバかったですけどね。ゼーレに侵入させるのはこれっきりにしてください」
「それじゃあ、清算しましょうか」
「え?」
秋子の手にはいつの間にか、拳銃が握られていた。
そして銃口を男の顎の下から力強く押し付ける。
「悪く思わないでくださいね」
「……僕を殺すのですか?」
「あなたの存在は、全ての人に禍をもたらしますから」
「……やはりあなたは変わりませんね、サイレント・ウィザード……僕の一番愛していた人……」
秋子はにっこりと微笑んだ。
銃声が、鳴った。
次回予告
ゼーレにより拉致される石橋副司令。
その脳裏をよこぎる過去の記憶。邂逅、別離、再会、死別。
1999年冬、そして2000年夏。全てはそのときから始まった。
虚構に満ちた現在の積み重ねが、彼らの歴史を作っていく。
ネルフは果たして、人類の砦たりうるのか。
「……石橋メインっすか?」
次回、ネルフ誕生
第弐拾壱話
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