NEON GENESIS KANONGELION

EPISODE:22   INTROJECTION










「使徒を映像で確認、最大望遠です」
 そこに映ったのは、真っ黒な鴉。いや、鴉が白かったら不気味ではあるから問題はないのだが、宇宙空間で黒光りする鴉型の使徒はかなり不気味だ。
「第一五使徒、ソラエルです」
 舞が冷静に言う。鴉型の使徒は、大気圏外に留まって、全く動こうとはしなかった。
「衛星軌道から動きませんね」
「ここからは一定距離を保っています」
 真琴と佐祐理が続けて言う。なるほど、と秋子が呟いた。
「ということは、降下接近の機会をうかがっているのか、その必要もなくここを破壊できるのか。どちらかですわね」
「うかつに動けないわね。まだるっこしい、さっさと降りてくればいいのに」
 真琴が全員の気持ちを代弁して言う。
「そうね。どちらにしても、目標がこちらの射程距離内に近づいてくれないとどうにもなりません。カノンでは衛星軌道上の敵は迎撃できませんから」
 ではいったいどうすればいいのか。結局は受身とならざるをえないということか。
「あゆちゃんは?」
「零号機、ともに順調、いけます」
「了解、零号機発進。超長距離射撃用意。弐号機名雪はバックアップとして発進準備」
『バックアップ?』
 名雪から確認の応答が入る。
「そうです。後方に回ってください」
 だが。
 名雪には、それは承諾できないことであった。
 祐一との絆がほとんどなくなってしまっている現在、自分の存在価値はこのカノンに乗って、敵を倒すということだけ。
 戦うことさえできなくなってしまえば、自分の価値は全てなくなってしまう。
『弐号機、でます』
「名雪さん?」
 美汐が驚いて尋ね返す、が弐号機はそれより早く発進してしまった。
「命令違反ですよ、名雪さん!」
「かまいません、先行してやらせましょう」
「秋子さん!」
 叫んでから、美汐は秋子の厳しい表情を見て気がつく。
「ここでダメなら、名雪さんもそれまでということですか」
「ラストチャンス……ですか」
 佐祐理も辛そうに目を伏せた。
「弐号機パイロットの変換、考えておかなければなりませんね」
「はい」
 司令部も、完全に覚悟を決めた。
 カノンを動かせなくなってしまっては、もはやカノンパイロットである意味はない。
 そしてそれは、使徒を倒すことができないということと同義だ。
 使徒を倒せないパイロットに意味はない。
「あの、初号機は出動しないんですか」
 佐祐理が尋ねる。秋子は一つ頷いた。
「凍結です。碇司令の絶対命令で」
「司令の」
「前回、あんなことがあっては仕方のないことですけど。ですが、少なくともこの戦いだけは弐号機と零号機だけで戦わなければなりません」

 その初号機は現在もまだケイジに拘束されたままだ。
 あの日以来、勝手に動くということは一度もない。
 だが、この中にS2機関は動く刻を求めて眠っているのだ。
 そして今、この初号機の中に祐一がいた。
 今日はおそらく、出動させられることはない。
 今後ずっと、初号機の出動はないだろう。
 自分が初号機に乗ることは、往人にとってはマイナスなのだ。
 使徒だけは絶対に倒さなければならない。だが、初号機がなくても使徒を倒すことができるのなら、往人はもう二度と初号機を使わないだろう。
(初号機を使って、人類を単一種にするって?)
 いまだに実感がわかない。
 だが、それにいたる過程で往人は観鈴を復活させることができるという。
(生命のスープか……やはりS2機関を取り込むことになったのも、往人の予定のうちなのか……いや、往人は単一種になることを望んでいるわけじゃない。あくまで観鈴の復活が目的だ)
 初号機のすみずみまで、神経を張り巡らせる。
 だがどこからも、美凪の言葉も観鈴の言葉も聞こえてくることはなかった。
(くそっ、起動さえすることができれば……)

 弐号機は雨の降る第三新東京市に立つ。
 そしてビルから現れたポジトロン20Xライフルを握る。
 これは美汐が時間のあいているときに、壊れてしまったポジトロンライフルを修理・改造したものである。質量センサーで目標を確認する望遠スコープを取り付け、カートリッジによって連続発射が可能となっている。
 時間のない中でよく実戦で使用できるまでにこぎつけたものだと、美汐本人が思っていることではあった。
 だが、これは超長距離射撃用では決してない。衛星軌道上の敵を倒すことができるほどではなかった。
 名雪はセンターに標的を定めて、発射のタイミングを待った。
「これを失敗したら、多分弐号機をおろされる。失敗は許されないよ」
「目標、未だ射程距離外です」
 どうせ来るなら早く来ればいいのに、と名雪が思った瞬間であった。
 鴉の口が、開いた。



 Hallelujah!
 Hallelujah!
 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah!
 Hallelujah!
 Hallelujah!
 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah!



「ひぃっ!」
 名雪が悲鳴をあげた。
 そして、音楽と共に可視光線が弐号機に向かって降り注ぐ。
「敵の視光線兵器ですか?」
 秋子の質問に、舞と佐祐理が同時に答える。
「いえ、熱エネルギー反応はありません」
「心理グラフ乱れています。精神汚染が始まります!」
 精神汚染──!
 今の名雪にとって、それは精神崩壊に直結する攻撃方法だった。
「使徒の心理攻撃……まさか、使徒に人の心が理解できるというのですか」
 美汐がうわごとのように呟く。だが、その間も使徒の攻撃は続いていた。



 For the Lord God omnipotent reigneth.
 Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah!



「うわあああああああああああっ!」
 名雪にしては信じられないような叫び声。
 声帯を限界まで震わせて、ポジトロンライフルを放った。
「初弾、消滅!」
「いやあああああああああああっ!」



 For the Lord God omnipotent reigneth.
 Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah!



「ダメです、射程距離外です!」
「あ、ああっ、ああああああああああああああっ!!!!」
 弐号機は続けてライフルを放っていく。
 だが、もはや完全に混乱している名雪には射程を合わせるどころか、上に向けて撃つことすらできなかった。
 ポジトロンライフルは、第三新東京市を各所に爆発を起こしていく。
 やがて、名雪が引き金を引いても、弾が放たれなくなった。
「弐号機、ライフル残弾ゼロ!」



 For the Lord God omnipotent reigneth.
 Hallelujah!



「光線の分析は?」
 秋子が尋ねると、真琴が答える。
「可視波長のエネルギー波よ。A.T.フィールドに近いですけど、詳細は不明!」



 For the Lord God omnipotent reigneth.
 Hallelujah!



「名雪さんは?」
 続いて美汐が尋ね、佐祐理が答える。
「危険です。精神汚染、Yに突入しました!」
 秋子と美汐が目を見合わせた。



 Hallelujah! Hallelujah!
 For the Lord God omnipotent reigneth.
 Hallelujah!



「いやあああああっ! 私の、私の中に入ってこないでっ!」
 名雪の絶叫。
 それを初号機の中で聞いていた祐一が、歯を噛みしめて堪える。



 The Kingdom of this world



『好きなんでしょ?』
「ひうっ!」
 弐号機がのけぞり、激しく痙攣した。



 is become.



『寂しいんでしょ?』
「いやぁっ!」
 弐号機が頭を押さえて、うずくまる。



 The Kingdom of our Load,



『自分のものにしたいんでしょ?』
「やめてぇっ!」
 弐号機の首から上が奇妙に曲がっていく。



 and of His Chirst, and of His Chirst!



『誰にも渡したくないんでしょ?』
「いやああああああっ!」
 弐号機の四つの目が、苦しそうに歪んだ。



 and He shall reign for ever and ever.



「私の心まで覗かないで、これ以上私の心を犯さないでっ!」
「名雪っ!」
 秋子が蒼白な顔で画面を見つめる。



 and He shall reign for ever and ever.



「心理グラフ、限界っ!」
「精神回路がズタズタに寸断されています。これ以上の過負荷は危険すぎます」
 美汐が秋子に注意をうながす。もちろん、秋子もこれ以上名雪を苦しめるつもりなどなかった。



 and He shall reign for ever and ever.



「名雪、戻って!」
「いやよっ」



 and He shall reign for ever and ever.



「命令よ、名雪、撤退しなさいっ!」
「いやっ! 今戻るくらいなら、ここで死んだ方がましだもんっ!!!!」



 King of Kings──
 for ever and ever! Hallelujah! Hallelujah!



 だがその間に、零号機が使徒を倒すべく、大出力ポジトロンライフル改の発射準備に入っていた。以前、イチゴサンデルを撃破したものよりもエネルギーを収束して、高出力のエネルギー破を放つことができる、美汐が作った対使徒用最終兵器だ。



 and Lord of Lords──
 for ever and ever! Hallelujah! Hallelujah!



「加速器、同調スタート」
「電圧上昇中、加圧域へ」
「強制収束機、作動」



 King of Kings──
 for ever and ever! Hallelujah! Hallelujah!



「地球自転及び重力補佐、修正〇.〇三」
「薬室内、圧力最大」
「最終安全装置、解除。全て発射位置!」



 and Lord of Lords──
 for ever and ever! Hallelujah! Hallelujah!



「くっ」
 あゆが一度うめいて、ライフルを放った。



 King of Kings──
 for ever and ever! Hallelujah! Hallelujah!



 だが、エネルギー弾はソラエルのA.T.フィールドに弾かれてむなしく分散する。
「ダメです、この遠距離でA.T.フィールドを貫くにはエネルギーがまるで足りません!」
 舞の叫びが、発令所を絶望に陥れる。



 and Lord of Lords──
 King of Kings, and Lord of Lords!



「しかし、出力は最大です。これ以上は!」
 真琴が限界を告げると共に、佐祐理の悲鳴が響いた。
「弐号機、心理シグナル微弱!」



 and He shall reign
  and He shall reign
   and He shall reign
    and He shall reign



「LCLの精神防壁は?」
「ダメです、触媒の効果もありません」
「生命維持を最優先。カノンからの逆流を防いでください」
「はいっ!」
 佐祐理に対して指示を出し、美汐は改めて使徒の可視光線を注視した。



 and He shall reign, for ever and ever.



(この光はまるで名雪さんの精神波長を探っているみたい。まさか、使徒は人の心を知ろうとしている……?)



 King of Kings──
 for ever and ever
 and Lord of Lords──
 for ever and ever...










『とりあえずはじめまして。俺はサードチルドレン、碇祐一』
『うにゅ……? 祐一……?』
『ああ。名雪、でいいんだろ?』
『うん──はじめまして、祐一』



 違う。はじめてじゃない。
 もっとずっと昔に、私たちは出会った。
 七年前。
 もっと北の、冬には少しだけ涼しくなる場所で。
 出会った、いや違う。
 会ってなんか、いなかった。
 だって祐一は、私のことなんか見てなかったから。
 少し前になくした女の子のことしか頭になかったから。
 だから、私は祐一のことを知っているけど、祐一は私のことを知らない。



『とりあえずはじめまして』



 違う!
 私は祐一に会っていた。
 会ってたんだよ、祐一……。



『大丈夫?』
「……もう駄目かもしれない」
『話せるんなら、大丈夫だよ』
「……別に、どうでもいい」
『ほら、立って』
「……放っておいてくれ」
『駄目だよ、最近ここらへん、ちあんが悪いってお母さんが言ってたもん』
「死んだほうがましだ」
 虚ろな瞳。
 目の前にある私の顔さえ、映っていない。
『うーん、うちまで運べるかな』
「かまわないでくれ……放っておいてくれ」
『そういうわけにはいかないよ』
 私は男の子を背負う。
 すごく重くて。
 辛くて。
 大変だったけど。
 でも、がんばった。
 死なせたくなかった。
 元気になって、一緒に遊びたかった。
 誰もいない家は、私には広すぎた。
 誰か傍にいてほしかった。
 ……誰かの傍にいたかった。



「誰でもいいの?」

 違う!
 最初は、そうだったかもしれない。でも、今は祐一じゃなきゃ嫌なの!

「傍にいてくれれば、誰でもよかったんでしょ?」

 違う!
 最初は、そうだったかもしれない。でも、今は祐一じゃなきゃ嫌なの!

「遊んでくれれば、誰でもよかったんでしょ?」

 違う!
 最初は、そうだったかもしれない。でも、今は祐一じゃなきゃ嫌なの!

「寂しさを忘れたかったから、祐一を利用しただけなんでしょ?」

 違う!
 私は、私は祐一を利用してなんか──






「ほら、答えられない」






 やめて!
 私は、私は祐一に傍にいてほしいだけなんだから!
 それのどこが悪いの!
 好きな人の傍にいたいと思うことの、どこが悪いの!

「どうせ、見てもらえないのに?」

 言わないで!
 見てもらえなくても、私は祐一の傍にいるんだから!

『私から祐一を取らないでよっ!』

 やめて! そんなこと思い出させないで!

「今まで一度でも祐一から見てもらったことあるの?」

 そんなこと考えさせないで!






「ほら、また逃げてる」






 いやあああああああああああああっ!





 駅。
 名雪は二人と反対方向のホームに立っている。
 人ごみにまぎれて、祐一とあゆが仲良さそうに話しているのが見える。
 それを、名雪はぼんやりと見つめていた。
(この間まで、初号機に取り込まれてたのに)
(一番心配してたのは私なのに)
(もう、思い出してるはずなのに)
(やっぱり、あゆちゃんじゃないとダメなの?)
 電車が入ってきて、二人の姿が消えた。
(……いや。いや、いや、いや、いやだよ、祐一……)
(寂しいよ、辛いよ、苦しいよ)





 そんなこと思い出させないでよっ!

「名雪」

 ゆう……いち?

「七年前の約束は、なかったことにしてくれ」

 どうして?

「俺には、あゆがいるから」

 祐一の腕の中で、微笑んでいる少女──

「なんであゆちゃんがそこにいるのよっ!」

 両手が伸びる。
 あゆの首が絞まる。

「あう、うぐっ、な、なゆき、さん……」

「あんたなんか、あんたなんか、あんたなんか、あんたなんか、あんたなんか」

 コロシテヤル。
 コロシテヤル。
 コロシテヤル。
 コロシテヤル。
 コロシテヤル。

 がくり、とあゆの首が落ちる。
 全身の力がぬけていく。

「あ、あ、ああ……」

 あゆの体が崩れていく。
 祐一が、自分を蔑むように見つめている。

「そんな目で見ないで、祐一っ!」

 殺したかったんだろ?

「違うっ!」

 あゆが憎かったんだろ?

「違うっ!」

 隠すことないだろ。
 人間、みんな汚いんだから。
 お前も、穢れてるんだから。







「いやああああああっ!!!」










「うっ、うっ、うぐっ、ううっ……」
 名雪は、ただ泣いていた。
 弐号機の中で。
 一人で。
 寂しく。
 孤独に。
 誰にも、その心を見られることなく。
 使徒に、その心を穢されてしまった。
「汚された……私の心が汚された。どうしよう、汚されちゃった、私の心が汚されちゃったよぉ、祐一……」



 and He shall reign,
 for ever, 
 and ever,
 for ever,
 and ever,
 for ever and ever.



「弐号機、活動停止」
「生命維持に、問題発生!」
「パイロット、危険域に入ります」
「目標、変化なし。相対距離、以前変わらず」
「零号機の射程距離に移動する可能性は、〇.〇二%です」
 次々と入る報告。だが、使徒を倒すための情報はまるで入らない。
「零号機を空輸、空中から狙撃……いえ、駄目ですね。接近中に打たれたらおしまい、ですね」
 秋子が悩んでいると、通信が入った。
「俺が初号機で出る!」
「祐一さん」
 だが、あっさりとその意見は副司令代理によって却下された。
「駄目だな。目標はパイロットの精神を浸食するタイプだ」
「今、初号機を浸食される事態は避けねばならん」
 さらに司令が続ける。組織のナンバーワン、ナンバーツーが揃って反対しては、誰も初号機の出動を認めることはできなかった。
「やられなきゃいいだろうが!」
「その保証はない」
「でもこのままじゃ名雪が!」
「かまわん。あゆ、ドグマを降りて槍を使え」
 発令所に緊張が走る。
「ロンギヌスの槍をか。それはまずいんじゃないのか、往人」
 柳也が言うが、往人は耳をかさなかった。
「A.T.フィールドの届かん衛星軌道上の敵を倒すにはそれしかない。急げ」



 and He shall reign 
 for ever,
 for ever,
 and ever.



 零号機が急いでドグマを下りていく。
 いつもはドジなあゆが、このときばかりは手際よく行動していた。
 名雪を助ける。
 その想いが、いつもより冷静に行動させていたのかもしれない。
「セントラルドグマ一〇番から一五番までを開放」
「第6マルボルジェ、零号機通過」
「続いて一六番から二〇番までを開放」
(名雪さん、名雪さん、名雪さん……)
 零号機が、セントラルドグマに降り立つ。そして、アダムに突き刺さっているロンギヌスの槍に触れた。



 King of Kings!
 and Lord of Lords!



「往人、まだ早いんじゃないか」
 柳也が小声で言う。
「委員会はカノンシリーズの量産に着手した。チャンスだ、柳也」
「しかし」
「時計の針はもとには戻らない。だが自らの手で進めることはできる」
「佳乃議長が黙ってないぜ」
「ゼーレが動く前に全てをすませねばならん。今弐号機を失うのは得策ではない」
「かといって、ロンギヌスの槍をゼーレの許可なく使うのは面倒だぞ」
「理由は存在すればいい。それ以上の意味はない」
「理由? お前がほしいのは、口実だろ?」



 King of Kings!
 and Lord of Lords!



「弐号機パイロットの脳波、〇.〇六に低下」
「生命維持、限界点です」
「零号機、二番を通過。地上に出ます」
 再び零号機が地上へ到着する。そして両手でロンギヌスの槍を構え、はるか上空の敵めがけて投擲体勢に入る。



 and He shall reign for ever and ever.



「零号機、投擲体勢」
「目標確認、誤差修正よし!」
「カウントダウン入ります、十秒前、九、八、七、六、五、四、三、二、一、〇!」
 佐祐理がカウントを数え、それにあわせてあゆが動く。
 そして、ロンギヌスの槍が放たれた。



 King of Kings.
 and Lord of Lords.
 Hallelujah!
 Hallelujah!
 Hallelujah!
 Hallelujah!



 一直線に、ソラエルに向かって突き進む槍。
 A.T.フィールドで一度動きを止めるが、それを浸食し、突き破る。
 ソラエルの黒光りするボディを、ロンギヌスの槍が貫く。
 その輝きが、永遠に失われた。
 爆発することもなく、ただ、消滅した。



 Hallelujah!



「目標、消滅」
「カノン弐号機、解放されます」
「ロンギヌスの槍は?」
 柳也が真っ先に尋ねた。真琴が答える。
「第一宇宙速度を突破、現在月軌道に移行しています」
「回収は不可能に近いな」
「はい、あの質量を持ち帰る手段は、今のところありません」
「名雪は?」
 続いて秋子が尋ねる。これも答えたのは真琴だ。
「パイロットの生存は確認。精神汚染による防壁隔離は解除されています」
「そう」
 だが、その表情は決して明るいものではなかった。





「名雪」
 祐一は、プラグスーツを着込んだままの名雪に声をかけた。
 ビルの屋上。
 他には誰の姿もない。
 小さな少女が一人、力なく座っている。
 声をかけるべきだったのだろうか。
 きっとそうなのだろう。
 だが、この後なんと言えばいいのか分からなかった。
 自分は、名雪を避けていた。
 そのことが名雪の調子を落としていたはずだ。
 そんな自分が、何を言うことがあるのだろう。
「ゆう、いち」
「よかったな、無事で」
「無事?」
 名雪は、立ち上がった。
 そして振り返り、祐一を睨みつける。
「無事に見える?」
「……」
「無事に見えるなら、祐一、見る目、ないよ」
「名雪……」
「約束、守ってくれない祐一なんて、嫌い」
「名雪」
「嫌い、嫌い、嫌い、みんな大嫌いっ!」
「名雪」
「祐一なんて、大っ嫌いっ!」

 パシィッ!









次回予告




 使徒に取り付かれ侵されていくカノン零号機とそのパイロット。
 だが彼女は心を、体を浸食されながらも自我を失うことはなかった。
 しかし、使徒から祐一を守るため、あゆは自らの死を希望する。
 第三新東京市と共に、光と熱となり、彼女は消えた。
 記憶だけを、人々の魂に残して。

 次回、翼




第弐拾参話

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