九:真相
故カルロス・ヒュペリオン2世が国王となったのは17歳の時である。未だ未成年ではあったが、当時から秀才として誉れ高かったカルロス2世は、すぐに成年に達するという事情も手伝い、戴冠当時から摂政を置かなかった。そしてそれまでの分権的なシステムを改め、中央集権制を強く打ち出した国王としてよく知られている。彼の統治は今年で39年目であるが、この間にファブリア王国は革新的に国力が飛躍した。
彼の業績は本1冊ではまとめきれないほどたくさんあげられるが、その中でも最も特筆すべきは都市と道路の発達である。カルロス2世はまず道路を整備するとともに輸送システムを変化させ、一度に大量の物資を運ぶことができるようにした。また新しく店舗を持とうとする者に対しての規制を緩和し、誰でも簡単に商業活動が行えるようにした。これによって国内外で大量の物資が流れ、経済は繁栄し、国力は著しく増大した。
このファブリア王国の急激な伸長にあやかろうとして、人々がファブリア王国へと流れ出した。この人口の増加に対し、カルロス2世は王都の周りに『カルロス2世の6都市』と呼ばれる街を建設した。建設のための費用はそれまでの繁栄分で賄うことができたし、建設のための人夫は新しくファブリア王国へやってくる移民から応募によって集めた。給料は一般職よりも確かに安くはあったが、人夫となったものにはファブリア国民と同じ市民権と、『6都市』完成後に6都市内に限って土地と家を無料で与えられることになっていた。そのためこの応募に飛びつく移民は多く、都市建設は順調に行われた。
『6都市』は王都とそれぞれ徒歩で1日の距離に放射状に配置された。さらに6都市と王都間、そして6都市間の道路を整備し、王立の定期馬車を設けた。これがあまりに安価であったため、6都市に住む民衆は1日歩くよりは、と馬車に乗る傾向が強かった。
このようにカルロス2世は商業を活性化させ、王都周辺の人口を爆発的に増加させ、地方都市との陸運に大きな実績を残した王だとされている。後世の人間が彼を評価するときには、彼は国王ではなく国という商品を扱う商人だった、とでも記録されるかもしれない。
しかしここ数年、もともと患っていた心臓の調子が思わしくなく、床に伏せることが多かったという。そしてついに、ファブリアの巨星、カルロス2世が崩御されたというのである。この先のファブリア王国がどう変化を遂げていくのかは、残された者たちの力量に任されているのである。
「カルロス国王陛下が」
ルシアが目を見開いたまま、呆然とその言葉を口にした。リックは「静かに」と一応言葉だけは注意を促す。
「まだこの話は公になっていない。もっとも、明日には宮廷で公式に発表されるはずだし、そもそも噂好きな連中はどこにでもいるから、もう民衆にまで伝わっているところもあるだろう。しかし、やはり秘密は秘密だ。明日まで誰にも言わないように」
もっとも伝える相手もいないが、と心の中でリックは呟く。
「そ、それじゃあ」
おずおずと尋ねたのはリーシャだった。
「エリオット王子が、国王になるの?」
「それなんだが」
とリックは説明を始めた。
「ファブリアの国法では国王崩御の際は百日喪に服し、その後第1王位継承者が国を継ぐことになっている。だから、崩御の日、すなわち今日が1日目として、百日後、エリオット王子は正式に国王となるために戴冠式を行うことになるだろう」
「そっか」
リーシャは残念そうな声をあげた。
「それじゃあ、やっぱりクレメント大臣が摂政になるのかな」
尋ねてきたのはルシアである。やはりリーシャと違ってこの辺りの知識は豊富だ。
「だろうな。エリオット王子がいくら聡明だからといっても、まだ15歳ではな。カルロス2世は摂政を置かなかったが、既に17歳で20日後には成人になるという特殊な事情もあった」
「でも、エリオット王子とクレメント宰相って仲が悪いんでしょ?」
「らしいな。クレメント宰相は確かに力量のある人物だ。カルロス2世が床に伏してから、ほとんど1人で政務を担当していたということだからな。それに比べて、エリオット王子は実績というものがない。摂政は国王が自由に選んでいいということになってはいるが、慣習としては前国王に仕えていた宰相がなるのが一般的だな。エリオット王子にはこれを覆すだけの正当性は持ちえないだろう」
「なるほど」
と、ようやくルシアが納得すると、今度はリーシャが質問を浴びせてくる。
「エリオット王子は、おとうさんが死んじゃって悲しくないのかな」
リーシャはエリオット王子に対して同族意識を持っている、とリックは判断した。2人とも、母親を生まれてすぐに亡くしている。おそらくは、リーシャがエリオット王子のことを気にするのはそれが原因なのだろう。
「たとえ悲しかったとしても、それを表面に出すことは許されないだろうな。王族は他人の前で感情を露にすることを禁じられているようなものだから」
「それって、可哀相だよ。エリオット王子はあんなにいい子なのに……」
リックはその言葉に、ぴくり、と反応した。
「エリオット王子が、いい子、だと?」
リーシャは「しまった」と思っていた。このことは秘密にしなければならなかったのに。
「どういうことだ、リーシャ。お前、エリオット王子に会ったのか?」
「うーんと、まあ、あはははは」
「はっきり言え」
リーシャはわずかに縮こまって、エリオットと中庭で何度か出会ったことと、エリオット王子から相談を受けていたことなどを話した。リックはそれを聞いて、大きくため息をつく。
「そういうことは、こちらに言っておいてもらわないと困る」
ごめんなさい、とリーシャは頭を下げた。リックはため息を再びつき「まあいい、とにかく」とその話題を打ち切った。
「ことがこういう状況になってしまった以上、俺たちがやらなければならないことは非常に時間が限られているといっていい。これから国葬だなんだということが始まれば、王都警備隊もそれにあわせて治安維持を目的として動かなければならなくなる。そうなると連続誘拐事件のことなど、国王崩御のニュースの前では簡単にかきけされてしまうだろう。何としても、明日、明後日中には決着をつける」
「決着をつけるっていったって、どうやって解決するつもり?」
「ああ、まずは事件を整理してみよう」
リックは机の上に紙を置き、そこに何やら文字を書き始めた。部屋の中が暗かったので、リーシャは2つ目の卓上ランプに灯をつける。
「まず、今回の21件の連続誘拐殺人事件は、実行者は3人いるものの、それを裏で操っている存在がいた。それがキュドイモス。混乱を司る悪魔だ」
リックは紙の上に『キュドイモス』と『犯人たち』と書き、その間を矢印でつないで『操作』と書いた。
「でも、そもそもどうしてキュドイモスは若い女性を何人も誘拐したの?」
「それは神話にあるんだ」とリックは説明を始めた。キュドイモスは封印される時に呪いの言葉を発したという。『51人の女性の命を捧げられた時、自分は完全に復活するだろう』と。
「じゃあまだ21人だから、全然大丈夫だね」
「まあ、今のところはそうかもしれないが、この国王崩御の混乱に乗じて一気に女性をたくさん誘拐していく可能性もある。油断はできない」
リーシャは深く頷いた。
「うん、だからどうにかしてキュドイモスを捕まえればいいんだよね」
「まあ、そう簡単にいけばな」
リックは疲れたように言う。
「キュドイモスは見た目は人間だとしても、中身は悪魔であって、たやすく倒せるというものではない。そのため、一度解かれた封印をかけなおさなければならない」
「でも、どうやって?」
「これでだ」
リックは昼にルシアから受け取った荷物を机の上に置いた。そして、白い布をはがしていく。そこから現れたのは、美しく飾られた宝剣であった。
「神剣イアペトス。4年前にこの王宮から盗まれたものだ」
『えええっ?』
2人の声が揃ったので、結構大きな音として響いた。2人はリックから睨まれ『すいませーん』とまた声を揃えて謝る。
「アタシ、そんなすごいもの運んでたんだ」
ルシアは呆然と、自分がとんでもないことをしていたということを悟った。
「この都市に来た時から考えていたんだ。王都ヒュペリオンにまつわる神話はあまりに有名だ。そして、その神話が事実であることを、俺は知っている。この神剣イアペトスには霊力が備わっていて、その霊力をめぐって四年前にちょっとしたいざこざがあったからな。それ以来トレインに密かに保管してもらっていたんだが、ひょっとしたら使う機会があるかもしれない、キュドイモスが復活しているのかもしれない、という疑念がわずかにだが生じていたんだ」
「うーん、すごい先読み」
「後手に回りたくなかったからな。ルシアがこんなに早く来てくれて、本当に助かった。あと1日遅かったら全てが手遅れになっていたかもしれない。今日来てくれたおかげでこちらも対策が立てられる」
ルシアは褒められて頬を上気させた。よほど嬉しかったのだろう。
「でも、神話が本当だったら、この剣ってその……神様?」
リーシャの発言に、ルシアまでじっとイアペトスを見つめた。だが、リックは笑って答える。
「そんな馬鹿な話があるか。神話っていうのは脚色されるものだ。これは単に霊力を備えている霊剣であって、それ以上のものではない。おそらくはヒュペリオンという神様にしても単なる人間ではなかったのではないかと俺は思っている。まあ、こんなことを公式の場で発言したら不敬罪だがな」
それは王室の威信を損なうからである。神の子として尊敬を受けているヒュペリオン王家は、ヒュペリオンが神ではないという主張に対しては厳格な態度で臨んでいる。そういう主張のあった書物は出版を禁止され、著者は永久に投獄される。実際に、そういう事件があったのである。
「とにかく、この剣の使い方は俺が把握しているから、キュドイモスは俺がどうにかする。お前たちはもう1人の黒幕の方を頼む」
「もう1人の黒幕?」
リーシャがきょとんとした顔で答えた。
「でもだって、黒幕はキュドイモスじゃなかったの?」
するとリックは『犯人たち』という記述のすぐ下に『ディック』という文字を書いた。
「ディックは自分の娘を身売りした。それは直接的にはキュドイモスに捧げられたのだろう。キュドイモスの復活のために。しかし、キュドイモスはどこからその資金を調達したんだ? ディックの抱えていた借金は全額返還されている。それだけの資金を、誰が出費したんだ?」
「じゃあ、まさか」
「そうだ」
『パトロン』と、リックは『キュドイモス』の文字の少し上に書いた。
「パトロンがいたんだ。そもそも、キュドイモスが復活したことだって、誰かの手を使わなければありえないんだ。パトロンはキュドイモスを蘇らせると、完全に復活させるために51人の女性を捧げることにした。時にはディックの場合のように金を使って生贄を調達した」
そして『パトロン』から『ディック』に向かって矢印が引かれ、さらに『資金』とその横に書かれる。
「ねえリックお兄ちゃん、ちょっと聞いていいかな」
「何だ?」
「うん、どうしてキュドイモスは自分で女性を殺害しなかったんだろう。そうしたらこんなわざわざ回りくどいことしなくても、いくらでも女性を殺害できるでしょ?」
「確かに。だが、それだとキュドイモス自身にとって意味がないんだ」
「どういうこと?」
「つまり、自分で女性を誘拐しても、それは『生贄』ではないというとさ」
「あ、そっか。他人に献上されて初めて『生贄』になるんだもんね」
「まあそういうことだ。納得できたなら、次の問題に移るぞ」
リックはペンを『パトロン』と『キュドイモス』の間に置いた。
「俺が悩んでいたのは、パトロンとキュドイモスとの関係だ。パトロンはそもそも何故キュドイモスを復活させなければならなかったか、ということも問題ではあるだろうが、単なる人間が、混乱を司る悪魔キュドイモスを操るような真似はできないだろう。逆に、パトロンはキュドイモスによって操られてしまった、とみるべきだ」
『キュドイモス』から『パトロン』に向かって線が引かれた。そしてその横にはやはり『操作』と書かれる。
「キュドイモスの望みは完全なる復活と、ヒュペリオン王家の滅亡だ。かつて自分を封印したヒュペリオンの子孫を滅ぼし、その上で自らが完全に復活したとなれば、ファブリア王国は再びキュドイモスの支配下に置かれることになるだろう。それだけの力が、キュドイモスにはある」
「そんな」
リーシャは体を震わせた。
「そして、キュドイモスの望みは今日、その1つを達成した」
はっ、と2人の体が硬直した。
「まさ、カルロス陛下が亡くなったのは」
「俺は、そう見ている」
キュドイモスが、カルロス2世を殺した。確かに、言われてみるとそう考えた方がもっとも筋道が通っている。
「カルロス2世の死因は急性の心不全ということだそうだ。しかし、おそらくはそのように見せかけられた毒殺だろう。リーシャがさっき言ったところでは、2日前にカルロス2世は既に具合が悪くなっていた、ということだ。ということはおそらく、その日かその前日か、そのあたりに毒を盛られたと考えるのが自然だろうな。それも、具合が悪化した日と死亡の日時とを考えると、毒は数回に分けて盛られていた、と考えることができる」
リーシャが本当に嫌そうな顔をした。
「だが問題はこれからだ。先が短かったカルロス国王はこの際寿命だということもできるだろう。しかし、エリオット王子を失うとファブリア王国は正統に国家を継承する者はいなくなる。クレメント宰相が後を継ぐことになるだろうが、キュドイモスはクレメント宰相をも殺害するだろう。だとしたら、ファブリア王国は内乱になる。その混乱をぬって、キュドイモスは再びこの国の統治者として君臨しようと画策するだろう。その事態だけは防がなければならない」
2人とも、ここにいたって事態が緊迫していることを実感してきたようである。夕食を食べていたときの和やかな様子は、もはやどこにも見受けられなかった。
「じゃあ、リック」
リーシャは両手を握りしめた。
「ボクたちが捕まえなきゃいけない、パトロンって、誰?」
リックは頷いた。いよいよ、本題である。
「解答だけ、先に教えておこう」
リックは呼吸を整えた。そしてペンを『パトロン』のすぐ横につける。
「自分の望みを果たすため、悪魔キュドイモスを復活させ、そして後にはそのキュドイモスに実質上操られることになってしまったもの、それは」
『クレメント宰相』と、リックは記述した。
「……宰相、が?」
「間違いない。全ての疑惑は彼に向けられている」
「でも、どうして?」
リーシャとルシアの、2人から尋ねられ、リックは順を追って説明を始めた。
「まず、クレメント宰相の目的ははっきりしているように思われる。それは、王座だ。もし、エリオット王子がいなければ、次の国王はクレメント宰相になっていたわけだからな。しかも現在では事実上、宮廷のナンバーワンで、この権益を守りたいという気持ちが働いていることは間違いない。しかし、それだけがキュドイモスを復活させた。もしくは、キュドイモスの言いなりになった理由ではないんだ」
リックは一呼吸置いた。そして「これは有名な話なんだが」と前置きする。
今から26年前、カルロス2世とある大貴族の長女であったヘレネとが結婚した。カルロス2世が30歳、王妃ヘレネが24歳のことであった。2人とも結婚するには歳を取りすぎてはいたものの、恋愛の末の結婚であったということである。
ヘレネは絶世の美女であり、彼女がまだ10歳のころからその将来性を見込まれて求婚者が殺到していた、ということである。しかし、ヘレネは既にその当時からカルロスと恋仲であった。もっとも、どちらも自分の気持ちを打ち明けることはなかったという。
これはリックの推測であるのだが、おそらく2人がなかなか結婚できなかった理由は、ヘレネの父親が国内で権力が高かったことではないか、と考えている。当時の王家はまだ分権制の時代であり、貴族たちが大きな権力を握っている時代であった。この上、王家にその中の大貴族の血が流れこむとなると、その大貴族が国王を超えた権力を持つことになるのではないか、と危惧したのではないだろうか。
そして時代は流れ、カルロスが17歳にして国王となったとき、当時宰相だったヘレネの父を摂政に置かず、中央集権体制を作り上げるために尽力する。ヘレネの父はそれでも抵抗していたようであるが、カルロスの実力に破れた恰好となり、やがて失意のうちに没する。その後で、ようやくカルロスはヘレネに求婚したのである。
ヘレネの父親は何度もヘレネをカルロスの妻に差し出そうとしていたのだが、結局それはヘレネの父親の死後、実ることになったというわけである。カルロスもヘレネも、よくこの歳まで結婚せずにもちこたえたと、リックなどは感心するばかりである。
ヘレネが24歳で結婚したとき、カルロスの従弟であったクレメントは未だ12歳であった。『ヘレネを巡ってのカルロスの対抗馬となるには』まだ歳が若かった、といえるだろう。クレメントは結局、ヘレネと14も歳の離れた妹と結婚することになる。ヘレネの妹はどことなく姉の雰囲気を持っている女性であった。クレメントはその女性にヘレネの影を見ていたのではないか、という専らの噂である。
「彼がキュドイモスを復活させた理由は、王座を得るためにその力を利用しようとしたからだろう。しかし、いざ甦らせたキュドイモスは彼が長年恋してやまなかったヘレネの、それも若く一番美しい時代の彼女の姿で現れた。おそらく彼は、キュドイモスの言いなりになることを進んで受け入れたのだろう。もしかすると、その先に待っているものが死であることも、受け入れているのかもしれない」
「そんな!」
リーシャは悲痛な声をあげた。
「お兄ちゃん。クレメント宰相が犯人だっていう根拠は、他にもあるんでしょ?」
ルシアが冷静に尋ねてくる。リックは「ああ」と答えて説明を行った。
「まず、近衛隊が夜間のパトロールに出たというのがその一番大きな理由だ。おそらく、キュドイモスは警備の甘くなる夜間に、しかも近衛隊が少なくなっているところを見計らって、国王に毒を盛ったのだろう」
「それが、クレメント宰相が犯人だっていう根拠になるの?」
「ああ。近衛隊が夜間パトロールに出ることを命令したのはクレメント宰相だからな」
それを聞いて「そういえば」とリーシャが呟いた。
「この時、クレメント宰相は覚悟を決めたのだろう。国王弑逆の大罪人となることを。そしてこの命令を出したのが3日前。その夜、リーシャとエリオット王子が逢引きしていたということだが、その一方ではキュドイモスが、キュドイモスに操られているクレメント宰相が、国王に毒を盛っていたということだ。だからこそ、その次の日にエリオット王子が、国王の容態が悪化した、という趣旨のことを言ったのだろう。そして夜毎、キュドイモスは国王に毒を盛り、昨日3回目の毒を盛ったところで国王の体は命取りとなった」
「じゃあ本当にクレメント宰相が」
「ああ。そして理由は他にもあるが──」
「ううん、もういいよリック」
リーシャは半ば、諦めたように言った。
「リックが今までに間違えたところなんて、見たことないもん。そうなんでしょ? クレメント宰相が犯人なんでしょ?」
リックは自分の顔を覗き込んでくるリーシャに向かって「ああ」と答えた。
「分かった。それじゃあ、ボクたちはこれからどうすればいいのかを教えて。それに、リックはどうするの? キュドイモスを封印するっていっても、どうやってそれを実行するつもり?」
「この神剣イアペトスには」
と、リックは丁寧にその鞘に触れた。
「魔を封じる、という能力を持っている。正式な儀式を行い、その霊力を解放することができれば、キュドイモスを封印することができるはずだ」
「ちょっとまって。じゃあリックにはもう儀式の方法は分かってるの? それに、キュドイモスだってボクたちが正体を悟ったことに気付いてるはずだ。向こうだって絶対慎重に行動するだろうし、こっちの儀式を妨害しようとするかもしれない」
「それなら願ったり、だな。このイアペトスでキュドイモスを倒せば自然と封印される。ただ、問題が残る」
「それは?」
「ここだ」
リックは『犯人たち』と書かれた部分にペンを置いた。
「犯人たちのうち、2人を捕まえたものの、残りの犯人はまだ捕まっていない。もし、こちらの儀式を妨害するとしたら」
「残った犯人たちが邪魔をしにくる?」
「そういう、ことになる。ただ」
リックは幾分、その先の台詞を言うことを躊躇っていた。まだ、完全な確証があるわけではなかった。もし、自分の判断が誤っていたら、取り返しのつかない結果を生じるかもしれないのだ。
「……ただ?」
「ただ、残りの犯人はおそらく」
リックは一度、言葉を切ってから言った。
「残り1人だ」
そして、リックは『犯人たち』のところに『3人』と書いた。
「どうして?」
リーシャの疑問は当然のものだった。どうして残りの8人を誘拐したのが同一人物だといえるのか、その確証はどこにあるのか、それらはまだ何も明かされてはいない。
「確証はない。ただ、俺にはそう思える」
リックは『ディック』の隣に『これで3人』という文字を書いた。
「あのメッセージは、キュドイモスの手駒になったものが『これで3人』目だということを示している。と、思う」
「確証はないんだ」
「ああ」とさすがにリックも自信がなさそうに答えた。だが、リーシャはにっこりと笑うと「信じるよ」と言う。
「リックの言うことを全部1から10まで鵜呑みにするわけじゃない。でも、今はそれ以外に考えようがないんだったら、それでいってみよう」
「ありがとう、リーシャ」
リックはリーシャのことを勘違いしていたようだ。彼女は彼女なりに納得してから行動しようとしている。決して自分の言葉を鵜呑みにしようとしているわけではない。
「2人とも、私の存在忘れてほしくないなー」
すっかり雰囲気が出てしまっていたところに、ルシアが茶々を入れた。リーシャはすっかり真っ赤になって俯いてしまう。リックも苦笑いを浮かべて誤魔化す。
「でもね、お兄ちゃん。クレメント宰相が犯人だとしても、それをどうやって証明すればいいの?」
「それなんだが、なかなかいい方法が思い浮かばなくてな」
リックも少しきまりが悪そうにした。
「どうにかクレメント宰相に接触する機会があれば」
「フィラスさんにお願いできないかな?」
リーシャが無邪気に尋ねてくる。もちろんリックはその方法を考えていないわけではなかった。しかし、リックはフィラスという人物を信頼しているわけではなかった。この期におよんでフィラスが何を企んでいるのか、もしくは自分たちに何を期待しているのか、それがつかめなかった。
「……そうだな。フィラスに頼んでエリオット王子かクレメント宰相かに会えるように交渉してみよう」
「ところでさ、リック。1つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
もちろん、リックにそれを止める必要も理由もない。当たり前のように頷くと、おずおずとリーシャは言った。
「もう1人の黒幕はボクたちに任せるって言ったけど、ボクたちがクレメント宰相と対決しろって、そういうことなの?」
リックはため息をついた。
「辛いか?」
「う、そ、そういわれると」
「確かにリーシャには荷が重いかもしれないな。仕方がない、か。ここは俺がキュドイモスもクレメント宰相も引き受けて」
「分かった! やる、やります! も〜、そんなに苛めないでよ〜」
リックは、くっくっ、と忍び笑いを漏らすとルシアに向き直った。
「お前も、いいか?」
「私? うん、もちろん。別に肉体労働にはならなさそうだし。せっかく王族に会える機会だから、どんな人なのか興味あるし」
「やれやれ、相変わらず神経の太いやつだな」
「お兄ちゃん、それはどういう意味かな〜?」
リックは笑ってルシアの追及をかわす。
「では、明日の朝一番に、早速フィラスに頼んでみよう」
「それで、リックはどうするの? キュドイモスを封印するって言うけど、いつどこで、どうやって儀式を行うつもり?」
「場所はもう決まっている。ただ、いつにするか、という問題がな」
「場所って、どこ?」
リックは少し迷ったが、結局は教えることにした。これを教えておいたとしても、別に問題はないだろうと判断したのだ。
「この王宮の中庭の奥。そこに、一つの石碑がある。そこにはこのように書かれている。『悪魔キュドイモス、ここに封印せり。ヒュペリオン』つまり、そこがヒュペリオンにとっての封印の地ということになるわけだな」
「封印の、地……」
「ただ、当然ながらそこには見張りがいる。これをどうしたものかと思っていたんだ。まさか今回の犯人がキュドイモスだから封印しなおさせてくれ、なんて言えないしな」
「こっそりと入るってのは?」
ルシアがにこにこと笑いながら聞いてくる。
「ああ。それしかないだろうと俺も考えていた。いっそのことこれから行ってもいいんだが、儀式の準備ができていないからな」
「準備?」
「ああ。一応、正式な儀式を行うわけだから、香や霊薬なんかが必要になる。それを今日のうちに買っておくのを忘れていた」
「へえー、リックでも忘れるっていうことがあるんだー。へー、ふーん」
ここぞとばかりにリーシャはリックを責めたてたが、これに対してのリックの反論も辛辣であった。
「ああ。フィラスと検討することもあったし、国王の一件もあったからつい、な。本当は儀式に必要なものをリーシャに買ってきてもらおうと思っていたが、どうも調子が悪いみたいだったから、自分で買いに行かなければならないということをすっかり忘れていたんだ」
「あ、そ、そうだったんだー」
さすがに『ああいう』理由で伏せっていたとも言えず、リーシャはただ冷や汗をかくばかりであった。
「それで、お兄ちゃんはいつその儀式をするつもり?」
リックはしばし目を閉じ、考えてからはっきりと答えた。
「明日の夜」
拾:神剣イアペトス
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