藤野遙(ふじの・はるか)はどうもこの二日間、調子が悪い。
 昨日はじめて会ったこの人、澄川聖登(すみかわ・まさと)のせいだ。
 一学期までは別の人が好きだった。それがきれいさっぱり振られてしまって、自分でも少し自棄になっていたところがあった。
 それが、昨日からはもう世界が変わったようだった。この人のことが気になって仕方がない。まだ会ってたったの二日だ。それなのに気がつけばすぐにこの人のことを考えてしまっている自分がいる。
 ケーキ屋に明日風真夜(あすかぜ・まよ)がやってきた。彼の隣に座っている。この人も真夜のことを知っているようだった。そして真夜のことをよく思っているみたいだった。
(真夜は可愛いからなあ)
 普段はツンツンしていて周りには分からないけれども、彼女がとても優しい人だということを知っている。真面目で一生懸命で健気な女の子だということを知っている。私たちに冷たい口調をとるのも、甘えたい気持ちの裏返しなのだということも知っている。彼女がここにいてくれるのは、私たちと一緒にいたいからだということも分かっている。
(ああもう、何考えてるんだろ自分)
 気がつけば話は敵のことに変わっていた。清田英夢(きよた・あやめ)が真夜に説明をしていく。聖登はそれをただ聞いているだけで、やがて話し終わったところで真夜が頷いた。
「いろいろと話を聞いて思ったことが二つあるわ」
 真夜はもう真剣で真面目ないつもの彼女に戻っていた。
「まず一つ目。どうして私たちに協力するつもりになったのか。二つ目、どうしてあなたは敵のことをそんなによく知っているのか」
 そう言ってから「先に言っておかないと、何を聞くつもりだったのか忘れそうな気がしたから」と付け加えた。
「それは遙が熱心に誘ったからじゃないの?」
 と英夢が振ってくる。
「だって私、誘ったけど断られたもの」
「ああ、そっか。じゃあどうして?」
 英夢が単純に尋ねる。この能天気さがときどきうらやましい。
「もう一人の魔法少女に会わせてもらうかわりだと言わなかったか?」
「会うだけ? 私に?」
 真夜が隣の聖登を見つめる。
(うう、距離が近いよ、真夜)
 真夜はそんなことまったく意識もしていないのだろう。彼女はただ真面目にやっているだけだ。自分が不真面目なのだ。こんな大事な話をしているときに。
「ああ、会うだけだ。目的は果たした」
「会ってどうしたかったの?」
「会うだけだ、と言った」
「ふうん。教えてくれないんだ」
 真夜が挑発的に言った。
「そういえば、真夜に会いたいって言ったのが、なんだったっけ、突然だったよね。遙、覚えてる?」
「うん。確か、真夜の衣装が黄色だって聞いたときだったよ」
「なるほど」
 真夜が頷いた。
「それで決まりね。あなた、他の魔法少女に会ったことがあるでしょ」
「他の」
「魔法少女?」
 そういえば、聖登は魔法少女という存在を信用できないと言っていたが、それと何か関係があるのか。
「そういえば昨日の夜も、魔法少女のことを聞こうとしてたわね」
 英夢が言う。
「澄川くん、もしよければ、教えてほしいな」
 話の流れにのって尋ねてみた。
「協力するとは言ったが、何でもあらいざらい話すとは約束していない」
「聖登って、なぜか遙には冷たいよね」
「そんなつもりではなかったが」
 少し聖登が考えるようにする。
「むしろ藤野はおしとやかで、女性としては好感がもてるタイプだろう」
「え、え、え、えええええええっ!?」
 顔が真っ赤に染まるのが自分でも分かった。
「おおー、ストレートにナンパしてきましたよ、真夜さん」
「直球ど真ん中ですね。でもこの球威で打ち返すことはできませんよ」
 ふう、と聖登がため息をつく。
「それじゃあ、もう一つの質問は答えてくれるの?」
「俺が知っている理由か? それなら簡単だ。敵から聞いた」
「敵から?」
「ああ。敵の一人と顔見知りなんだ。止められるものなら止めてみろと挑発してきた。だから止めにきた」
「挑発にのってるんだ」
「のらなければこの町の人間が苦しむだけのことだ」
 のらないわけにはいかなかった、ということなのだろう。
「でも不思議だな。聖登って、他の人のことなんかどうでもよさそうに考えてるように見える」
「他人を助けることに理由はいらないと思っている。今死にそうな人がいれば手を差し伸べようと思っている。たとえ自分が苦しくても、助けられる命は助けたいと思っている」
 答になっていないようでなっている。確かに聖登は表情というものが顔に出てこない。他人を心配するようなそぶりもなければ、言動に冷たさがある。だが、真夜と同じでそれは全てポーズだとすれば、内側はとても暖かい人ということになる。
「でも、それは英夢の答になってないわね」
「なに?」
「この間、助けてもらったときも思った。見返りは受けないということも言っていたわ。あなた、本当に他の人のことを考えている? それとも、人を助けることを義務的に感じているんじゃないの?」
「それを答えることに必要性を感じない。が、助ける行動に気持ちが伴わなければ助けてはいけないのか?」
「そんなことはないけど、あなたがどういう考えで動いているのかが知りたい」
「言ったとおりだ。助けられる命は助ける。それが自分にとって危険なことであろうとも」
 これ以上は平行線なのだろう。真夜も諦めたらしい。オレンジジュースを口にふくんで追及をやめた。
「遙は何か聞いておきたいことはないの?」
「え、わ、私?」
 声が裏返った。先ほどの褒め言葉がまだ自分を昂ぶらせている。
「ええと、その顔見知りって、どういう関係の人なの?」
 何気ない質問だったが、その答は破壊的だった。
「昔の彼女だ」
「ふーん、そう……ってえええええええええ!!!?」
 遙だけではない。真夜も英夢も驚いていた。
「昔のことだ。今はただの敵にすぎない」
「でも、それでいいの?」
 英夢が尋ねる。
「何がだ?」
「昔の彼女だったんでしょ? 敵として戦って倒して、それでいいの?」
「昔のことだと言った」
 聖登はあっさりと答える。
「赤い世界の魔法使いは全員滅ぼさなければいけない。あいつらはこの世界に復讐することしか考えてないからな。この町にやってきたのもそれが理由だ」
「この町に?」
「ああ。この町に眠るキーストーン。それを破壊すれば世界が揺らぐ」
「でも、あれって」
 言いながら思い出す。確かキーストーンは偽者だったはずだ。
「この町のキーストーンって、偽者よ?」
「神社に奉納されているという石のことだな。それは当然だ。キーストーンなどという重要なものが、そんなわかりやすいところにあってたまるか」
 聖登は当然だろうといわんばかりに答える。
「この町のどこかにキーストーンが必ずある。それを破壊される前に敵を全員倒す。それが俺の考えだ」
「見つけて保護するっていうのは?」
「どうやって保護する? 場所が分かれば狙われるだけだ。場所が不明なうちに敵を倒してしまう方が早い。それほど人数も多くなさそうだしな」
 敵の人数。確かに毎回襲ってくる敵が何人なのかがわかっていれば、残りを倒すだけでいいから簡単だ。
「何人なの?」
「ここに来る前にも既に何人か倒している。残りは今日の男も入れて七人だな」
「本当に、そんなに多くないんだ」
「ああ。ただ、一刻も早く見つけて倒さなければならない。一般人に被害が出る前にな」
 その通りだ。ようやく意識がはっきりしてきて、やらなければいけないことがわかってきた。
「それじゃあ、澄川くんは逆に聞いておきたいこととかないの?」
 さらに尋ねてみる。すると、少し表情をくもらせた。
「そうだな。確認はしておきたかった。お前たちは三人とも、二年前に初めて変身し、他の魔法少女には会ったことがない。それでいいな?」
 頷く。「なら、それで充分だ」と聖登は答えた。
「他の子たちに会いたいの?」
 真夜が尋ねた。
「会えるのか?」
「状況が変われば。今は無理だけど」
「どうすればいい」
「この町で戦いが起こったからには、きっと司令官がやってくることになると思う。司令官を通じてなら、魔法少女の世界に行くことができるわ」
「魔法少女の世界だと」
 聖登が目を見張っている。
「そんなところがあるのか」
「あるわよ。そこには女王がいる。そして、この世界に来ていない魔法少女たちがいる。魔法少女の力っていうのは、その子たちがこの世界にいる少女に乗り移ることによって使えるようになるのよ」
「そうだったんだ」
「知らなかった」
 遙も、そして英夢も感心して頷いていた。
「よく分からないな。魔法少女はこの世界の人間ではないのか」
「ええと、そうね。こう考えてもらえるかしら」
 真夜は鞄からノートとペンを取り出す。
「魔法少女の世界に、デルタ・ベガがいるとするわよね」
「お、私?」
「例よ。同時にアルタイルとデネブもそこにいる。そしてその三人に『地球という星のこの地域に行って、世界を守れ』という指示が出る。そうしたら三人はその世界の中で自らのヨリシロにふさわしい体を探す。そのときベガが見つけたのが」
「私だ」
「そういうこと。英夢はベガが見つけて、ベガが乗り移ることによって魔法少女になった。もちろんこれには合意が必要で、一方的に乗り移るということはできないわ」
「それだと、魔法少女の世界には魔法少女がいなくなるはずだが」
「ええ。全部で魔法少女のチームは二十四。それがあちこちの世界に行くわけだけど、そこで『十八歳』という縛りが出てくる。魔法少女はこちらの世界で十八歳になったら向こうの世界に戻らなければならなくなる。早ければ小学生からだから、だいたい十歳から十八歳くらいが限界。それをすぎたらベガは元の世界に戻り、英夢も普通の人間に戻るわ」
「なるほど」
 正直、遙はそのあたりのことはまったく知らなかった。せいぜい十八歳までしか魔法少女として変身はできないということくらいだった。
「不思議なものだな」
 聖登が言う。
「何が?」
「同じ魔法少女だというのに、二人は何も知らないが、明日風さんはこんなに詳しい。それには何か理由が?」
「あるわよ。言えないけど」
 あっさりと断る。
「あなたも言えないことがあるんでしょう? だからこちらも手の内を全部見せることはできないわ」
 二つ年下の少女が、立派に聖登と渡り合っている。はあ、と遙がため息をついた。
「なるほど、道理だ」
 悔しがる様子もなく、淡々と聖登が答える。
「澄川くんはそれでいいんだ」
「いいも何も、協力するが情報は出さないと言ったのはこちらの方だ。こちらは情報を出さずにそっちは出せというのは横暴だろう」
 別に悔しがる様子もない。情報が手に入らないより、情報を出さない方が大事ということか。
「じゃあ、澄川くんは敵を全員倒したらどうするの?」
「さあ。次の戦いのある町に移るだろうが、どこに行くなどということは決めてない。この町の戦いが終わらない限りは意味のない考えだからな」
「取らぬ狸の皮算用ってことね!」
「英夢、うるさい」
 真夜が冷たくあしらう。ぐすん、と泣きまねをする高校二年生。
「ところで、聖登はどこに住んでるの?」
 突然話が変わって聖登も困惑した様子だった。
「それを答えることに何の意味が?」
「いや、だって昨日私ん家の近くで会ったし、家近いのかなーって」
「川北五丁目だ。まあ、遠い距離ではないな」
「じゃあ昨日は家に帰る途中だったりした?」
「家は仮住まいだ。別に帰る必要はない。昨日は一晩中、赤い世界の魔法使いを探していたからな」
「じゃあ、休んでないの?」
「学校で寝ているから大丈夫だ」
 駄目だ。この人、根本的にどこかが間違っている。
「いや、それは私も思うけど、どこかおかしいんじゃないかな」
 遙が突っ込みを入れる。
「高校卒業する気あるの?」
 真夜からも冷静に突っ込みが入った。だが、
「別に高卒の単位など必要ない。俺が高校に入ったのは、その方が都合が良かっただけのことだ」
「都合?」
「俺みたいな若い男が突然この町に引っ越してきたら違和感があるだろう。学生という身分にいた方が理由がつけられる。それだけだ」
「それじゃあ、将来設計とかはどう考えてるの?」
「何も。赤い世界の魔法使いたちと戦って、いつか倒されて死ぬだけだろう。そんな人間の将来設計に何の意味がある。考えるだけ無駄だ」
 三人が絶句したところで「話が終わりならそろそろ上がらせてもらう」と聖登は言い残して立ち上がった。







第七話

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