聖登が帰った後も、三人は呆然としたままその店の中に残っていた。
 彼はどこまでも自分という存在に価値を持たせず、いつ死んでもかまわないという覚悟、いや諦めのもとに戦っている。勝って、生き延びて、未来を掴もうとした自分たちとは決定的に考えが違う。
「あれじゃ駄目だよ。考え方がいくら人それぞれだからって、聖登、あんな考え方をしていたら本当にいつか死んじゃうよ」
 既に仲間として相手のことを考え始めていた英夢が手を組んで下を見ながら言う。そうね、と真夜も頷いた。
「何を諦めているのか知らないけど、決してほめられた態度ではないわね。一発ひっぱたいてやろうかと思った」
 悩んでいる様子の英夢に比べて、こちらは少し怒り気味だった。
「ねえ、遙はどう思う?」
「私は」
 遙は少し考えながら言った。
「ショックだったかな。あんな考え方、私には思いもつかないものだったから。でも」
 少し遙は涙目になっていた。
「私、澄川くんには死んでほしくないし、そんなふうに考えてほしくない」
「そうだね」
 英夢も強く頷く。
「あの根暗聖登に、もっと自分を大切にすることを教えてやりましょうか!」
「短絡的なのね、英夢は」
 ふう、と真夜がため息をつく。
「何よ」
「いいえ。相手が私たちを警戒しているのに、どうやってそれを教えられるの?」
「そんなの決まってる。楽しいことたくさんやって、もっと生きていることに価値を感じてもらえば」
「そうかしら。私はそうは思わないわ。だって、澄川さん、赤い世界の魔法使いと戦うためだけに一晩中捜索するくらいの人なんでしょ? 楽しいことがあると言ったって見向きもしないわ」
 むう、と英夢がむくれる。
「それじゃあ、真夜には何かいいアイデアがあるっていうの?」
「私は別にまだ、賛成するとは言ってないけれど」
 年下の真夜が一番冷静で落ち着いている。もともとそういう性格とはいえ、傍から見ると滑稽な図だ。
「この場合、鍵は遙じゃないかしら」
「え、私?」
 突然指名されて遙は驚く。
「ええ。遙、澄川さんのこと好きなんでしょ?」
 直球。
「え、え、えええええええええ!?」
「何驚いてるのさ、遙」
「だ、だ、だって、私、そんなこと」
「言わなくても分かるわよ。まったく小学生でもあるまいし、遙は本当に分かりやすいわね」
 中学生から子供扱いされる高校二年生。遙はがくんと頭を落とす。
「それで真夜、遙が鍵だっていうのは?」
「簡単よ。遙がいつも一緒にいてあげるだけ。澄川さんにとって遙がなくてはならない存在になれば、自分をないがしろにすることもなくなるでしょう?」
 今の聖登には特別に大切なものが存在しない。だからこそ、誰かがその位置にいれば考え方も変わってくるというのだ。
「おお、真夜、ナイス!」
「まあ、遙が嫌だっていうんならこの話はなかったことにするけど」
 絶対に嫌がらないのを見越して言うのだから、真夜もなかなか性格が悪い。
「で、でも、迷惑じゃないのかな」
「迷惑に決まってるでしょ」
 真夜があっさりこたえる。
「最初のうちは迷惑がられて邪険にされて、遙もそうとう精神的に堪えるでしょうね。それでも遙が澄川さんのことが好きで、もっと前向きに生きてほしいと思うなら、へこたれずにやるしかないんじゃない?」
 何があってもやりぬくという精神力が必要だと、そう諭されて遙も「うう」とうなる。
「やってみなよ、遙。遙は可愛いんだから、絶対大丈夫だよ!」
「英夢」
 また涙目になって遙が英夢に抱きつく。
「私、英夢が男の子だったら絶対嫁いでたのに〜」
「私も自分が男の子だったら、間違いなく遙を嫁にしてたよっ!」
「で、そういう夫婦漫才を見せ付けて、私に何を言わせたいのかしら?」
 はあ、と真夜がため息をつく。そう、結局この二人はお互いが一番大事であって、自分はその次なのだ。
「大丈夫! 私は真夜のこともちゃんと嫁にもらうから!」
「私も! 二人で養ってあげるから、どこにも行っちゃ駄目だよ!」
 二人で同時にサムズアップ。思わず苦笑してしまった。
「まあいいわ。それじゃ、私たちもそろそろ上がりましょうか。あまり遅くなりすぎると、英夢はともかくとして、遙は親に怒られるわよ」
「えっ、うそっ、もうこんな時間!?」
 気がつけば既に七時を回っている。いくら用事があったとはいえ、この時間は確実に大目玉だ。
「それじゃ、急いで帰りましょう。あ、真夜、せっかくだったら久しぶりに家に泊まりにこない?」
 店を出ながら遙が提案した。それに真夜は一瞬考えたが「今日は遠慮しておくわ」と答えた。
「そっか。私ん家でもいいからね。真夜に閉ざす扉なんてないんだから」
 家路を歩きながら英夢が言うと遙も頷く。
「そうそう。それに、真夜が来ると弟が喜ぶしね」
 遙の弟、彼方(かなた)は真夜と同い年で、実は真夜のことをひそかに好いている様子がある。真夜もそれは分かっていたが、あえて気づかない振りをしていた。
 気のない相手に気をもたせるのは犯罪と同じだ。
(正直、遙の家は彼方がいるから行きづらいのよね)
 中一の時ならまだ良かった。お互いただの顔見知りで済んでいた。だが、こうしてもう中三にまでなってしまうと、どうしても男女として意識して見てしまう。特に自分では何とも思っていないのに、相手ばかりにそんなことを考えさせるのは大変申し訳ない。
「まさかとは思うけど、遙、私と彼方をくっつけて強引に家族になろうとかしてないわよね」
「え?」
 ぎくり、という擬態語がとてもよく似合う表情だった。
「でも、彼方有望だと思うよ? スポーツマンだし、勉強もいい方だし、勇気もあれば優しいところもある。いっそ私が食べちゃいたいくらい」
「私の彼方は英夢だけには渡しませんからね!」
「うわ、小姑発言」
「彼方は普通に同じ学年の中では一番にいい人だと思っているわ」
 そう。そのことを否定したことはない。この二年間、彼に対して悪い感情を抱いたことなど一度もない。
 だが、自分がすべてを捨てて彼と一緒になることができるというほどではないのも事実だ。
「ごめんなさい、遙」
「ううん、いいのよ。まったく、あいつ、ちゃんとアタックしろっていつも言ってるのに」
「やっぱり企んでるんじゃない」
 はあ、とため息をついた。それから、でも、と続ける。
「遙や英夢の妹になれるっていうのは魅力的ね」
 と、そんなデレ発言をしてしまったら、二人の姉にとってはこの上ないご褒美なわけで、思わず両サイドから真夜を抱きしめてしまっていた。
「ちょっ、こんな道の真ん中で、何をするのよ!」
「だって真夜が可愛いんだもん」
「そうそう。別に彼方のことなんか関係なしにうちに妹においでよ」
「あ、遙ずるい、それなら私ん家だっていいじゃん、私は兄弟誰もいないんだから不公平だ」
「それとこれとは話が別ですー」
 本当に、これだからこの二人と一緒にいるのは悪くない。
 と、そんな風に三人が帰宅していた途中だった。
 突然、三人の体を走る悪寒。そして、薄暗がりの町が、一気に真っ赤に染まった。
「な、何これ?」
 初めての体験に真夜が戸惑う。
「これは、赤い世界?」
「どうしてこんなところで」
 だが、既に二回目、三回目となる二人にとっては一瞬で戦闘場面に切り替わったことに反応する。
「誰!?」
 英夢が回りに向かって叫ぶ。一般人は全く見当たらない。
「さすがに、何回もこの世界を経験すると、だんだん分かってきたみたいね」
 そして、一箇所に濃い赤が集まると、それが人の形を作る。
「まさか、この町に魔法少女がいるとは思わなかったわ。でも、ちょうどよかった」
 集まった赤は女性だった。
「三人まとめて、この世界の色に変えてあげる!」
 赤い光が三人に向かって放たれる。だが、
「変身よ!」
 英夢の声で、三人がその光をかわし、高らかに叫ぶ。

『チェンジデルタ! マジック・リベレーション!』

 その赤い世界に、ピンクとホワイト、そしてイエローの魔法少女が現れる。
「この世界を滅ぼそうとする赤き世界の使者よ!」
「そのたくらみは、私たち魔法少女が許しません!」
「この世界は私たちが、必ず守ってみせる!」
 魔法少女に変身した三人が、各々決めポーズをとる。
「夜空に響く、星々の音色! デルタ・ベガ!」
「夜空に羽ばたく、白き十字! デルタ・デネブ!」
「夜空に咲く、一輪の花! デルタ・アルタイル!」
『魔法少女デルタ、参上!』
 赤い世界に対峙する三人の魔法少女と、赤き魔法使い。だが、その魔法使いの女性は残忍に笑った。
「この世界を滅ぼす、ですって?」
 その魔法使いの女は赤き剣を生み出して襲い掛かってきた。
「そんな理由で戦いを起こす必要、あるわけないでしょうがっ!」
 その剣がベガの肌を裂く。
「くっ」
「これはね、そんな大それた戦いなんかじゃない」
 女は爆発したように叫んだ。
「これは復讐よ! 私たちを殺した全てに対する復讐!」
 続くデネブの攻撃をあしらうと、強烈に蹴りつける。
「ぐっ」
「この世界を守ると言ったわね、アルタイル」
 そして、小柄なアルタイルと女が向かい合った。
「自分たちを殺そうとする世界など、滅びてしまえ!」
 だが、アルタイルは魔法使いが放つ赤き閃光を、正面から両手を突き出して受け止めた。
『アルタイル!』
 ベガとデネブが叫ぶ。が、アルタイルは首を振った。
「私には、あなたの言う復讐の意味が分からない」
 アルタイルはその赤い閃光を必死に食い止めながら言葉をつむぐ。
「でも、どんな復讐だって、無関係な人を巻き込むことは許さない! いいえ、復讐なんて間違ってる、復讐しても何も戻ってきたりはしないのだから!」
 赤い光を跳ね返し、魔法使いの体にダメージを与える。いや、さほどのダメージではない。せいぜいたじろがせた程度。
「私もかつて、復讐のために戦ったことがあるわ。でも、復讐では何も満たされなかった。私を満たしてくれたのは」
 そしてベガとデネブを見る。
「私と一緒に戦ってくれた仲間よ。それが分からないあなたに、私たちは負けるわけにはいかない!」
 アルタイルは毅然としていい放つ。その両サイドにベガとデネブが立った。
「そうね。そのあたり、詳しく聞かせてもらいたいわ」
「あなたたちの目的が何なのか、しっかりと教えてもらいましょう」
 二人の声に、女がにやりと笑う。
「教えるもんですか、あんたたち魔法少女だけには!」
 だが、今度はさらなる強大な赤い光が三人を押し流した。
「きゃああああああああっ!」
「くっ、デネブ! アルタイル!」
 押し流されていく二人を助けようと手を伸ばしたベガの目の前に、女が接近した。
「あなたたちは、どうして殺されるのか理由も知らないまま死んでいくの。それが償い。何故なら、私たちもまた、何も知らされずに死んだのだから」
 その、赤い剣がベガの心臓に向かって繰り出される。死んだ、とベガは思った。
 が、高い金属音が響いて、その剣は消滅した。
「なに?」
 デネブもアルタイルも倒れている。ということは、別の誰かがここにいるということだ。
「誰?」
「誰も何も、この場でお前たちを止められる者が、俺以外にいると思っているのか」
 現れたのは、魔法使いこと、澄川聖登だった。







第八話

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