「聖登」
 ベガが聖登の姿を見て声を上げる。だが、聖登はため息をついて首を振った。
「さっき別れたばかりでまた会うときは何と言えばいいのか、よく分からん」
 聖登は右手を前に出すと、そこから赤い光を放ち、女を退かせる。
「赤い世界が発現したかと思ったら、こんな戦いになっているとはな。魔法少女三人を手玉に取るとはたいしたものだ」
「聖登。やっぱりあなた、魔法少女に協力するのね」
 女が睨みながら言う。
「遺憾ながら」
 ふう、と聖登はため息をついた。
「お前も分かっていることだろう。こいつらは何も知らない。もっともこいつらの中身である魔法少女の本体は知っていることかもしれんが」
「知らなければ無罪、ということ? 冗談じゃないわ。それなら知らないまま死んでいったあの人たちはどうなるのよ!」
「人間はいつだって、理由も分からないまま死ぬものだ」
 だが、あっさりと聖登は答える。
「しかし、キーストーンでも俺でもなく、真っ先に魔法少女を狙ってくるとはな。武内から聞いたのか」
「そうよ。この町に魔法少女がいる。それなら私たちが黙っていられると思う?」
「思わんな。考えてみれば当然の帰結だった。俺が甘かったな」
 やれやれ、と聖登が愚痴る。
「それで、どうする。見たところお前は一人のようだが、魔法少女三人と俺、都合四人を相手にするには少し分が悪いように見えるが」
「へえ。それじゃあ、聖登。あなたはもう私のことなんて何も意識せずに攻撃ができるというのね」
 激しい憎しみのこもった目で、女が睨む。
「かつてあなたが愛したこの私を倒せるのね!?」
 三人の視線が聖登に注がれる。が、聖登は別段気にした様子もなかった。
「倒せるさ。俺はお前たちを全員消滅させるためにこの町に来たのだから」
 そして再び上げられる右手。女も同じように手を上げる。
 激しい魔力弾の応酬。そして、その隙をついて、二人が同時に接近戦に入る。
「宗像、武内。こうした仲間の『コードネーム』は、お前がつけたんだな」
「そうよ。あなたなら分かってくれると思ってた」
「それなら、俺はお前の仲間をもう何人か倒した。残りはお前を入れて七人だ」
「そうね。随分減らされたわ。でも、これ以上は減らない。だって、あなたは私が倒すもの」
 赤い剣が再び生まれて、聖登を薙ぎ払おうとする。
「ぬうっ!」
 左手に赤い盾を生み出して、その剣を止める。
「それで、お前の名前は何になったんだ?」
「何だと思う?」
 力比べの体勢のまま尋ねてくる。
「飛鳥」
「残念、天野でした」
 その体勢のまま全身をひねって足を肩のところに叩き込んでくる。くっ、と聖登が怯んだ隙に天野が赤い光を叩き込んでくる。爆発が生じた。
「聖登!」
「澄川くん!」
「澄川さん!」
 三人の悲鳴が飛ぶ。が、聖登は直撃を受けたにも関わらず無事だった。立ち上がって埃を払う仕草をする。
「さすがね、聖登。爆発の衝撃に耐えられるなんて」
「赤い世界の仕組みを理解しているのはお前たちだけではない。赤い世界の魔法は俺には通用しない」
「それに、今は澄川さんには私たちがいるわ!」
 アルタイルが天野に殴りかかった。いや、アルタイルだけではない。ベガにデネブも。
「くっ!」
「私たちだって、この世界を守る魔法少女!」
「赤い世界の魔法使いには負けられないわ!」
 三人のコンビネーション攻撃が天野の体にヒットしていく。だが、
「ふざけるな!」
 気を放出するだけでその三人の体は吹き飛ばされた。
「聖登にかなわなかったとしても、あんたたち魔法少女にだけは負けるわけにはいかないのよ!」
 天野はありったけの力をその体内にこめて、一番近くにいたデネブに標的を定める。
「くらえ!【真紅の雷撃】!」
 デネブに向かって放たれる稲妻。デネブは回避もできず、なんとか防御しようとする。
 だが、聖登がその間に立ちはだかる。
「消えろ」
 その雷撃を左手で吸収し、そのまま消し去ってしまう。天野は歯を食いしばった。
「やっぱり、あなたにはかなわないのね、聖登」
「何度も言わせるな。赤い世界の魔法は俺には通じない。俺はお前たちよりもずっと、この世界に詳しい」
 そして振り返り、手を差し伸べる。
「大丈夫か、デネブ」
「澄川くん」
 その手を取ったデネブが立ち上がり「ありがとう」と感謝する。
「気にするな。それより、ここであの女を倒す。あいつは残りの敵の中でも相当に格上だ。他の連中が出てこない一人のうちに倒しておかなければあとで苦労する」
「はい」
 気づけば敬語になって答えていた。だが、そうしたくなる雰囲気が聖登にはあった。
「聖登」
 正面からにらみ合った天野が尋ねた。
「そんなに、私のことが嫌い?」
「どうしてお前を嫌う必要がある」
 だが、聖登はそれを肯定も否定もしない。
「お前とはもう終わった。それも、お前が終わらせたんだろう」
「どうして。私は終わったつもりなんてなかった。どうしてあなたは、どうしてあなただけが」
「俺は地獄で、光を見た。赤い世界の中で金色の太陽を見た。お前たちとの違いはそれだけだ」
 聖登の左手に、黄昏の赤き炎が灯る──いや、違う。この赤き世界の中、魔法少女たちと同じように別の色に変化していく。
「見えるか。これが俺の見た金色の太陽、その欠片だ」
 金色の炎。
「くらえ!【浄化の陽炎】!」
 金色の光が天野の体を焼く。が、天野は完全に倒される前に、先に赤い世界の中へと逃げ込んだ。
「ちっ、逃がしたか」
 天野がいなくなると同時に、道路に色が戻ってくる。そして魔法少女たちもまた元の姿に戻った。
「強いのね、あなた」
 アルタイルこと、真夜が心底感心したように近づいてきた。
「あいつらとは分がいいだけだ。赤い世界の中で戦えば俺の方が優位になる。だからこそあいつも俺のいないところでお前たちに攻撃を仕掛けてきたのだろう」
「いやー、でもまさか聖登が遙をかばってくれるなんてね。ありがとう」
 英夢が手をつかんで大きく振り回す。
「協力すると言ったからな。見殺しにはしない」
「でも、ありがとう。嬉しかった、本当に」
 遙も自分の手を胸にあてながら言う。
 そう、嬉しかったのだ。これ以上ないほどに。自分の好きな人に守ってもらえるなど、一生のうちに何度あることだろう。
「そんなことより、お前たち、家はどこだ? 家族と同居しているのか?」
 突然聖登がそんなことを尋ねてくるので驚いたが、このタイミングで聞くことだ、切迫した事情があるのは分かった。
「私は一応実家だけど、両親は不在にしてることが多いし、今もいない。真夜も同じようなもの。遙のところは両親がいて、弟もいるけど」
「そうか。できれば三人固まっていた方がいいだろうな。お前たちの面は割れている。一人ずつ別々に襲撃されたら防ぐことは難しいぞ」
 なるほど、と英夢が頷く。確かに先ほどの天野も聖登がいなくなってから現れた。
「一晩くらいなら誰かの家に泊まってもいいだろうけど、それ以上になると遙のお母さんでも不審がるんじゃないかなあ」
「それなら、私と英夢と真夜とで、毎晩交代でみんなの家に泊まりに行くってことにすれば、とりあえず三日は何とかなるわよ」
「妥当なところだな。本当は学校が違うのもまずいが」
「さすがに学校休むわけにはいかないわ」
 真夜が答える。
「だろうな。さて、どうしたものか」
 ふむ、と聖登が思案する。
「まあ、緊急事態だ。多少の被害には目を瞑ろう」
 何やら怪しいことを言い始めた。何をするつもりなのか。
「それではまず、今日はどこに泊まるつもりだ?」
「んーと、何か希望ある人?」
 英夢が尋ねるが、別に順番などたいして違いはない。
「それじゃあ、着替えとか荷物とかも持ってこなきゃいけないだろうから、近い順に立ち寄っていくっていう方法でどうかな」
「それでいいわよ。じゃあ、真夜、私の家とまわって、今日は英夢の家にお泊りね」
「結局泊まることになったわね」
 ふう、と真夜がため息をついてずれた眼鏡を直す。
「分かった、あの家だな。後で向かう」
「向かうって、まさか、私の家に泊まるつもり!?」
 聖登はさすがに顔をしかめた。
「そこまでずうずうしいつもりはない。明日以降の打ち合わせだ」
「あ、りょーかい」
「でも、それなら澄川くんも一緒に泊まっていった方が安全よね」
 そこで遙が余計な一言を放つ。はあ、と真夜がため息をつく。
「この人は嫁入り前の自覚があるのかしら」
「え、いや、そういうつもりじゃなくて!」
「わーお、遙だいたーん」
「だから違うってのにー!」
 ふう、と聖登はため息をついた。
「誤解を作らないうちに言っておこう。俺はもう心に決めている人がいる」
 その発言は、浮かれていた女子三人組をいきなり凍りつかせた。
「それって、さっきの人?」
 英夢が尋ねる。
「天野のことなら違う。あいつとはもう三年前に終わった関係だからな。俺が心に思っているのはただ一人。一度しか会ったことがないが、俺の命の恩人だ」
 それを言ってから、聖登はまた顔をしかめた。
「余計なことを話しすぎた。先に戻っていろ。後から行く」
 聖登はそう言い残して三人の前からいなくなった。
 しばらく無言で三人は立ちつくしていたが、やがて、英夢と真夜が、ゆっくりと遙の方を振り返る。
「遙」
 その遙の大きな目から涙がぼろぼろと流れていた。
「あれ、なに、これ」
 遙も名前を呼ばれて、自分が泣いていることに気づく。ぼろぼろと流れる涙が自分のものではないみたいだった。
「泣かないでよう、遙」
 英夢が遙を抱きしめる。それから、真夜も。
「ごめんなさい、遙」
「な、なんで真夜が謝るの」
「けしかけるようなことを言ってしまって。遙に強く意識させすぎたのは私のせいだわ」
「ううん、真夜が言ってくれたから、こんなに、こんなに澄川くんが好きだって」
 分かったのだ。
 一学期、遙は強い失恋をした。だが、泣かなかった。学園のアイドルのような人が相手で、好きだといってもどこかミーハーな気持ちが先行していた。
 だが、今度は違う。まだたった二日しか会って会話していないというのに、彼の言動が一つひとつ心に残っている。
 英夢と仲直りさせてくれて、赤い世界では自分をかばってくれた。優しい言葉を言ってくれたりもした。
 だが、それは全部、彼の優しさにすぎない。彼が自分のことをどう思っているのかなど二の次の、彼にとって人助けは当たり前すぎる行為。
「おかしいな。こんなに、悲しくなるなんて、思わなかった」
「遙」
 つられて、英夢と真夜も泣き出していた。彼女の失恋は、彼女たち自身の痛みでもあった。






「まったく、さっきまでひどい顔だったからね」
 三人でお風呂に入って顔を洗い、それからゆっくりと食事を取りながらガールズトークを再開した。
 三人はそれぞれ調理した料理をダイニングではなくリビングに持ってきていた。そこで足を伸ばしながらのんびりと食事をすることにした。いざとなればそのまま雑魚寝だってかまわないくらいだ。
「それにしても、すごいよね聖登。一度しか会ったことがない相手をそこまで思える、普通?」
「いやでも、私もまだ出会って二日しか経ってないし」
「でも、考えてみればそれって澄川さんの片思いにすぎないってことよね」
 真夜が野菜をほおばりながら言う。
「ちょっと真夜、食べながら話すのは行儀悪いわよ」
「英夢のがうつったのよ」
「うぐっ」
「でも、命の恩人かあ。私も似たようなものだからなあ」
 遙も聖登がかばってくれたことが、恋愛感情を抱く要素の一つになっていた。
「まあでもこれで、澄川さんの謎がだいたい分かってきたかな」
 真夜が言うと、二人が顔をしかめた。
「澄川くんの謎?」
「なによ、それって」
「決まってるでしょ。正体が何者で、魔法少女にこだわっているのは何故なのか」
「え、そんなこと分かるの?」
「分かるわよ。さっきの話から察するに、澄川さんを助けた恩人が魔法少女ってことでしょ。それなら年も近いから恋愛対象に充分なるしね」
「あ、なーるほど」
 英夢がステーキを口にしながら頷く。
「黄色に反応したところをみると、イエローカラーの魔法少女ってことだろうけど、そんなのはたくさんいるから誰と指定することはできないわね」
「っていうか私たち、他の魔法少女なんて誰一人知らないけど」
「仕方ないわよ、英夢と遙は。普通の魔法少女はみんなそんなものだし」
 もちろん、真夜だけは違う。彼女は普通の魔法少女とは一線を画している。
「音哉さんに変わる司令官が来てくれれば、分かることもあると思うんだけど」
「来るの?」
「知らないわ。私も十八歳になるまでは向こうと勝手にコンタクトを取ることは禁じられているもの」
 それから真夜はもう一つ思い出す。
「三年前に別れた、か」
 その言葉に英夢と遙は動きを止めた。
「二人はその時期に何があったか、覚えてる?」
「三年前? そりゃもちろん──」
 と言いかけたときだった。家の中がまたしても赤く染まった。
「くそっ、しつこいなあ!」
「また別の人かしら」
「戦うしかないわね」
 そして三人は叫んだ。

『チェンジデルタ! マジックリベレーション!』







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