清田英夢(きよた・あやめ)の家が赤い世界に覆われた直後、この世界で色の影響を受けない魔法少女たちが降臨する。だが、敵の姿は一切見えない。
「何も仕掛けてこないわね」
英夢ことベガが自分の家の中を見まわして言う。
「家に被害が出てもよくないわよ。一回外に出ましょう」
「デルタに賛成。ベガもいいわね?」
「もちろん。家が壊れるのは勘弁してほしいもの」
そうして充分に警戒して入口から外へ出る。
「わざわざ外にまで出てきてくれるとはね。覚悟は決まったっていうことかな?」
少し甲高い声が響く。
赤い世界の中、三人の魔法少女が見たものは、何もない空中に座っている少年の姿だった。
「はじめまして、お姉ちゃんたち。僕が赤い世界の魔法使いの一人、対馬っていうんだ。よろしく」
「偽名なんでしょ? 澄川さんが言っていたわ」
アルタイルが答える。「まあね」と少年は答えた。
「名前が分かったとき、もしかしたら僕らの昔の名前を知っている人がいたら困るからね」
「つまり、あなたたちは有名人ということ?」
「いいや? 僕はなんの変哲もない小学校六年生だし、他の人たちも知ってる人はほとんどいないと思う。でも、万が一ってことがある。それに、コードネームって面白いじゃん」
意地の悪い笑みを対馬が浮かべる。
「あなたも復讐で戦っているの?」
「そうだよ。お姉ちゃんたちさえいなければ、僕もお父さんやお母さんをなくさずにすんだ。だから、これは正当な復讐なんだ。さあ、始めようか」
空中に浮いたまま、少年は両手に真紅の雷を出して、上空から何発も打ち落としてくる。
「私たちがいなければ、あなたの両親が死ななかったですって?」
ベガが上空に飛び上がる。
「私たちが何をしたっていうのよ!」
「何もしてなくたってさ」
地上から接近してくるベガに、特大の雷を落とす。
「存在しているだけで悪いことがあるんだよ!」
ベガが直撃を受ける。悲鳴も上げられず、ベガが地上に叩き落とされた。
「ベガ!」
「よそ見してていいの、おねーちゃん」
いつの間にか、デネブの背後を取っていた対馬が、両手をデネブの背に当てる。そこから電撃が走り、デネブが崩れ落ちる。
「なんだ、魔法少女って、たいしたことないね」
「何言ってるの。正面から戦ってもいないくせに、寝言は寝てから言いなさいよね」
アルタイルが冷たい目で対馬を見る。
「正面から? 何言ってるのさ、おねーちゃん」
「あなたは上空という優位な立場からベガを叩き落した。デネブにいたっては背後からの攻撃。あなたは正面から堂々と私たちと戦っていないわ」
「自分が優位な立場で戦うことの何が悪いの?」
「そう、分からないなら言ってあげるわ。あなたは私たちには勝てない。だって、あなたは相手の隙をついて行動することしかできない程度の、たいしたことない人だものね」
安っぽい挑発。対馬は「ふふん」と笑った。
「僕を怒らせようったって、そうはいかないよ」
「怒らせる? なんでそんな必要があるのよ」
アルタイルは口端を釣り上げた。
「あなたじゃ何をしたって、私にかなわないのに」
「なら、確かめてみろよっ!」
対馬は空へ飛び上がり、赤い落雷を続けざまに落としてくる。だが、アルタイルはそれをひらりとかわしていく。
「だいたい、上空から戦おうっていうのがいやらしいのよね」
足を止めて、アルタイルはあえて落雷を受ける。爆発が起こった。
「ふん、そんなこと言ったって、所詮はその程度──」
「なのよね、あなたは」
声は、対馬の背後からした。振り向くとそこに、背に翼を広げたアルタイルの姿があった。
「落ちなさい!」
そして、対馬のさらに上からの鉄拳が、少年の頭に落ちる。勢いのまま、少年は地面に叩き落された。
「くそっ」
傷みをこらえながら起き上がる。
「口だけは達者な魔法少女め。何が正面からだ。お前だって正面から戦ってないじゃないか」
「何を言っているの? 正面から戦おうが、隙をついて戦おうが、どちらにしたってあなたじゃ私に勝てないのは決まっているのに。でも、お望みならそれでもいいわよ」
アルタイルは自分の右手にロッドを生み出す。
「アルタイル・ロッド!」
黄色いロッドの先には握りこぶしほどの宝石がはめ込まれている。
「光よ、集え!」
「くっ」
対馬はまた特大の電撃球を作り、アルタイルに向けて放つ。
「アルタイル・シャイニング・ハレーション!」
そのロッドから極太レーザーが発射される。そのレーザー光線は赤き電撃を飲み込み、少年の体を焼く。
「がっ、があああああああああああああっ!」
体から煙を出して、対馬は倒れた。
「これが力の差よ。わかってくれたかしら」
「く、くそお……」
両手を地面について脂汗を浮かべたまま、なおアルタイルを睨みつけてくる。
「決着はついたわ。いろいろと教えてもらおうかしら」
「お前たちに教えることなんか、何もない」
「そういうわけにはいかないわ。私たちがどうして狙われているのか、その理由くらいは教えてほしいもの」
対馬とアルタイルがにらみ合う。
「本当に、下っ端は何も知らないんだな」
対馬は目を血走らせた。
「三年前に何があったの?」
アルタイルが尋ねる。対馬は顔をしかめた。
「この国で三年前といったら、思い出すのは一つしかないわ。あなたたちはその関係者だと思っていいの?」
「お前らに」
対馬はアルタイルを睨んでから、絶叫した。
「お前らなんかに、少しも教えてなんかやるもんか!」
すると、対馬の体から光があふれた。そして、そのまま、轟音とともに彼の体は四散した。
「自爆?」
アルタイルは目を疑った。まさか自分より年下の少年が、こんなにも潔く死を選ぶとは。
「間に合わなかったか」
と、そこへ別の声が上空から聞こえる。
「だれ?」
アルタイルが上空を見ると、そこには三人の影。
「同志対馬。安らかに眠れ」
最初に話したのはいかつい男だった。
「あいつ、武内」
ようやく起き上がってきたデネブが言う。
「武内?」
「ええ。今日の昼に私と澄川くんに襲い掛かってきた奴よ」
「それに──」
ベガもアルタイルの隣に立つ。
「またあんたなの、天野」
先ほど戦ったばかりの天野がそこにいた。
「ええ。あなたたちが三人ならこちらも三人じゃないと戦いにならないでしょう?」
そして、その二人よりもさらに高いところにもう一人。青年だ。それも、哀しそうな目をしている。
「僕は角坂。僭越ながら、僕たちの中でリーダーの役割をしている」
リーダー。ということは、この戦いを引き起こした張本人ということか。
「なんでこんなことをさせるの」
アルタイルは本気で怒っていた。
明らかに年下で、まだ自分で物事を判断することができないような年齢の子に、自爆することまで教育するその方針。とてもではないがアルタイルには納得のいくものではない。
「別に僕から彼にそんなことを言ったことはないよ。何しろ、生き残らなければ復讐なんかできない。自分の命を最優先にするよう、仲間たちには伝えている」
「そう。敵とはいえ、人殺しなんかしたくない。そう言ってくれるのなら少しは安心できるわ」
「敵の命を案じるというのかい?」
「私たちは魔法少女。魔法少女の使命は、すべての人間が幸せになることよ。そして、あなたたちのことも、だいたいもう分かってきたわ」
アルタイルが指をさして言う。
「あなたたち、三年前の『札幌』の関係者でしょう!?」
三人は表情を少しも変えない。
「『札幌』で何があったかしらないけど、それと私たちとどういう関係があるの?」
アルタイルが追及するが、角坂は首をかしげて答えた。
「君の言っていることはよく分からないな。三年前? 札幌?」
角坂が二人を見る。
「さあ、自分も知りませんね」
武内は知らないと答えた。だが、天野は首を振った。
「私は、札幌の生き残りです」
「ああ、そうだったのか、なるほど」
角坂は納得がいったように頷く。
「札幌のことについては僕もよく分からないけれど、そうだね、関係者は確かにいたみたいだ。でも、それ以上でも以下でもない」
「じゃあ、あなたたちはどうして魔法少女に恨みを持っているの」
「それは言えない。君たち魔法少女は、何も知らないまま死ぬ。それだけが罪の償いになる」
それはこの間も言っていたことだ。自分たちは何も知らされずに殺された、だからお前たちも何も知らないままに死ね、と。
「なんだ、戻ってきてみたら、面白いことになっているな」
と、その緊迫した空気にまた一人、入ってきた。
「聖登!」
「澄川くん!」
「澄川さん!」
魔法少女たちが聖登の名を呼ぶ。上空の三人も表情を変えた。
「君が澄川くんか、はじめまして」
「お前は?」
「角坂だ、よろしく。君には一度、直接会って話をしてみたかったんだ。まあ、」
と、一度区切りを入れる。
「魔法少女たちの前でできる話ではないけどね。君だって、抱えている秘密をその三人に知られたくないだろう? なにしろ魔法少女だ」
「まあ、そうだな」
聖登は相手の言葉を肯定した。
「今日は一つだけ聞いておくよ。どうして君は魔法少女に協力しているんだい?」
「悪いのは魔法少女であって、この三人ではないからな」
「君はそれで納得できるんだ」
「いや」
聖登は首を振った。
「考えても無駄なことは考えないことにした。今の俺にはこの三人が魔法少女であるかどうかなど、どうでもいいことだ。味方か敵か、それだけでしかない」
「僕たちを味方だと思うことは?」
「この世界を破壊しようとする奴らと手を組めと? 無茶を言う奴だな」
聖登はつまらなさそうに答える。それに対して角坂もつまらなさそうに「ふうん」と答えた。
「わかった。でも、一度ゆっくり話がしたいけど、いいかな」
「勧誘もだまし討ちも勘弁してほしい」
「だまし討ちなんかしないよ。仲間にもさせない。約束しよう」
「ついでだ。夜の戦闘もなしにしてくれ。毎日深夜徘徊していると眠くて仕方がない」
くすくす、と天野が笑う。
「理由はきちんと言いなさい、聖登。あなたはそこの三人を夜の間くらい休ませたいだけでしょう。あと、その家族に迷惑が及ばないようにするとか、そんなところ」
否定をしないのは、それが正しかったからか。だが、角坂はそんなことも気にせずにうなずいた。
「分かった。仲間にも戦いは避けるように言っておこう。だが、そうすると我々はいつ戦えばいいのかな?」
「昼間でいいだろう」
「昼間は君たちが学校じゃないの?」
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのかよく分からないが、角坂は「まあ、そういうことなら」と答えた。
「それじゃあまた明日にでも。今日のところは僕たちも休むことにするよ」
「ああ。体調は万全にしておけよ。明日は死闘だからな」
「君とはできれば戦いたくないけどね。僕たちの立場は同じはずだ。気が変わって、僕たちの仲間になってくれるのを願っているよ」
「さっさと消えろ」
角坂が最後に笑顔を残して消え、武内と天野もまた消えた。それから赤い世界に色が戻ってくる。
「去ったか。それにしても」
聖登は三人を振り返って言った。
「敵の一人を倒したのか。たいしたものだな」
対馬の遺体は赤い世界の中で溶けさってしまったかのようになくなってしまっていたが、聖登には分かるようだ。
「別に、殺そうと思ったわけじゃなかったの。ちゃんと力をセーブしたのに、向こうが勝手に」
「勝手に自爆したのだろう。気にするな。どうせ生きていても役に立つ人間ではない。死なせてやるのがあいつらにとっても一番だろう」
アルタイルが複雑な表情になる。
「お前は気にするな。だいたい、赤い世界の魔法使いたちはある意味ではもう人間ではない。円環の理から逸脱した者たちだ。気に病むな」
「円環の……」
「理……」
ベガとデネブが呟いてお互いを見詰め合う。
「何その厨二くさい言葉」
「澄川くんには似合わないからやめておいた方がいいと思う」
「お前ら」
聖登はため息をついた。
「円環というのは、死んだらまた生まれ変わってこの世界に帰ってくるっていうことだ。あいつらは赤い世界の魔法使いとなって、自らの老化を止めた。生物が本来持っている生老病死から解き放たれた者たちだ。もはや人ではない」
「おおー、てっつがくー」
「ベガ。お前、一回本気で決着をつけた方がよさそうだな」
聖登に殺気がこもる。アルタイルが「まあまあ」と聖登の腕をつかむ。
「でも、ありがとう。なぐさめてくれて」
「事実を言っただけだ」
「いやー、聖登ってアルタイルには優しいよね、アルタイルには。らりるれろ〜っと」
「死ね」
聖登は赤い世界でもないのに、赤い電撃球を作ってベガにぶつけた。焦げ付いたベガが意識を取り戻すまでには一時間以上もかかった。
第10話
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