「いたたた……まったく、聖登のやつ、手加減なしなんだから!」
 目が覚めた清田英夢(きよた・あやめ)は、自分の家で藤野遙(ふじの・はるか)からの手当てを受けていた。
「英夢が悪ノリするからでしょ」
 ぺしっ、とやけどした背中を叩く。ひぃっ、と大きな声を上げた。
「それに、手加減はしてくれてるわよ。澄川さん、本気になったら私たちを焼き尽くすくらい簡単なんじゃないかしら」
 その二人の様子を、ジュースを飲みながら見ていたのが明日風真夜(あすかぜ・まよ)。今日はもう敵が来ることもないだろうということで、すっかりまったりムードになっていた。
「聖登のサド。ロリ。もー、乙女の柔肌に傷つけるなんて、ホント許せない」
「じごーじとく」
「口は災いの元ね」
 遙と真夜はどうも聖登びいきのようだった。ふん、と英夢が手当てしたところをかばうようにして私服を着なおす。
「終わったか」
 着替えが終わったところで澄川聖登(すみかわ・まさと)が入ってきた。ちょうどいいタイミングだ。
「いいわよ。まったく、この借りは必ず返してもらうわよ」
「それで、明日からのことについて打ち合わせをする」
「華麗にスルー!?」
 英夢が頭を抱える。真夜がため息をついた。
「英夢のことは放っておいて、話を始めましょう」
「ああ。それでまず、お前たちは明日から学校に行かなくていい。というか、その連絡がそのうち来るはずだ」
「は?」
「どういうこと?」
 遙と真夜が聞き返す。聖登は時間を確認してからリビングのテレビをつけた。ちょうどニュースがやっていた。
 何やら爆発事故か何かの現場映像だった。が、その映像をよく見てから英夢が「ああっ!」と声をあげた。
「これ、うちの高校じゃない!」
「え?」
「うそ?」
 遙と真夜もじっくりと見る。確かにそうだ、二人の、正確には聖登も入れて三人の通う高校で爆発事故があったと報じられている。
「それだけじゃない」
 が、聖登はそう言って他のチャンネルを回す。するとまた、別の学校が爆発したニュースだった。
「うちの中学校?」
「そうだ。この町の高校、中学校、小学校の全てに爆弾をセットしてきた。三十分前に全部爆発しているはずだ」
 高校は二つ、中学校は四つ、小学校は六つ。それだけの学校全てを爆発してきたというのか。
「な、なにやってるのよ!」
「避難だ」
 聖登はあっさりと答えた。
「避難?」
「生徒がたくさんいるときに赤い世界の魔法使いが襲いかかってきたら、どれほど手際よくやっても多くの犠牲者が生まれる。それなら先に学校そのものをつぶしておけば犠牲者は出ない」
「いやいやいや」
 やることがあまりに暴力的すぎる。英夢も遙も呆然としていたが、真夜だけは平然として尋ねた。
「でも、人が集まる場所は学校だけじゃないわよ。それはどうするの?」
「さすがに物流を止めるわけにはいかないだろう。ただ、俺が学校をつぶしたのは単に人数が多いというだけの理由ではない」
「つまり、私たち、ということ」
 年下の真夜がどうやら一番事情を正確に把握できているようだった。
「私たちのいるところが狙われやすいっていうことか」
「だから学校を休校にして生徒を危険から遠ざけるってことか」
 二人が納得したのを確認してから聖登が続ける。
「学校は夜になれば誰もいない。爆発物をしかけたところで夜には犠牲者を出すことがない。それに、爆発の規模は小さい。直すのにはそれほど時間はかからない。一週間も学校が休みなら充分だ。その間にこっちの問題は片付けられる」
「いや、でも爆発規模が小さいなら、すぐに片付けて休ませないっていうこともあるんじゃない?」
「人為的に全学校を爆破している以上、教育委員会としては安全が確認できるまでは登校させない処置を取るだろうな。もっとも、全学校閉鎖にならなければ次の手を使う」
「どんな?」
「脅迫状。今月一杯学校を閉鎖しろ。そうでなければ今度は人のいる時間帯に爆発させる、とでも」
 もう、考え方が突拍子もなさすぎて三人とも言葉がない。
「一部の学校だけでは休校にならない可能性もあったからな。それに、お前たちは学校が違う。一つだけなら何も問題はない。だが、二つの学校が爆破されるとなるとどうしても関係性が疑われる。その点、まとめて全部ということになれば標的は『学校そのもの』に向けられる。木を隠すなら森、の応用だな」
「まあいいわ。こんなに立て続けに戦わされてたら、落ち着いて授業も受けられないもの」
 真夜が諦めたように言う。
「さて、それでは明日からの動きだが」
「ストップ。その前に確認したいことが一個」
 英夢が手を上げて発言する。
「なんだ」
「あの角坂ってやつ、三年前のことは知らないって言ってたけど、実際のところはどうなの。三年前、札幌で何があったか、聖登は知ってるの」
「ああ」
 札幌事件。
 今から三年前、この国の北の地で、たった半年で日本の人口が一%以上もいなくなるという前代未聞の事件が起こった。
 季節は冬。午後、突然札幌市全域を覆う巨大な球体が出現。中の様子は一切分からず、球体の中に入ることは全くできなかった。地下からの進入も試みたが、札幌駅を中心にきれいな球に包まれたらしく、地下までその影響が及んでいた。その球体は半年間にわたって出現し続け、ある日突然、その球体は消えてなくなった。
 自衛隊が中に入るが、放射能汚染などの心配は全くなかった。が、市内のあちこちで爆発した形跡があった。人の痕跡は全くなく、完全な無人だった。生き延びていたのはわずかな動物たちだけ。何があったのかは今もってまったくわかっていない。
「聞いてもいい?」
「俺の話せる限りでは。あの札幌に生き残りはいたんだ。数人だけな」
「数人?」
「ああ。俺が知っている限りだが、札幌事件の生き残りの、ほぼ全員があの赤い世界の魔法使いたちだ」
 つまり、それは。
「あの人たちが、札幌事件を起こした……?」
「違う」
 遙の言葉に即断する。
「札幌を生き延びることができたのは、あの札幌の中で魔法使いになってしまったからだ。二百万人近くの人口がいて、生き延びることができたのは、魔法使いになることができたのはほんの数名だけ。いや、もしかしたらもっといたのかもしれないな。たとえ魔法使いになれたとしても、首をはねれば簡単に死ぬし、食事を与えなければ衰弱して死ぬ。札幌から外に出られない期間は実に半年にも及んだ。その間、あの中で生き延びるのは過酷だった」
「あの札幌で、魔法使いになれた人だけが生き残ることができたということね」
 真夜が頷く。
「天野さんっていうのは澄川くんの彼女で、札幌の生き残りなんだよね」
 遙が尋ねた。
「ああ」
「それじゃあ、澄川くんもあの札幌にいたの?」
 今までの話をまとめるとそういうことになる。つまり聖登は札幌の人間で、札幌にいたからこと赤い世界の魔法使いになったのだと。
「そうだ」
「ちょっ、そんなあっさり」
 英夢がふくれる。
「この間聞いたときは、教えてくれなかったじゃない!」
「札幌にいたかどうかを聞かれた覚えはないが。もちろん、お前たちに話せないことはいくらでもあるが、別に俺があのとき札幌にいたかどうかはたいした問題ではない」
「じゃあ、そこで魔法使いになったんだ」
「そうだ」
「どうやって?」
「知らん。知らないものは答えようがない」
 それは聖登が知っていてそう答えているのか、それとも本当に知らないのか、外見からは判断がつかなかった。
「知らないっていうのは──」
「俺がどうやって魔法使いになったかなど知らないし、分からない。気づいたときにはそういうものになっていた、としか言いようがない」
「目が覚めたら魔法使いになっていて、自分でそのことが分かったっていうの?」
 英夢が意地悪に尋ねる。
「いつ魔法使いになったのかは知らん。だが、ある時突然、自分が赤い世界の魔法を使った。どうしてそんなものが使えるのかも分からなかった。それらしい出来事があったわけでもなかった。気づけば使えたし、使っていた」
 淡々と話す聖登だが、肝心なことは何も話していない。本当に知らないのか、隠しているのか。
「澄川さんが札幌にいたときのことを教えてもらってもいいの?」
 真夜が慎重に尋ねる。が、
「札幌の中で何があったか、それを話すつもりはない」
 完全拒絶の言葉だった。さすがに三人もそれ以上を追及しようとはしなかった。ただ、真夜だけが切り口を変えて尋ねた。
「じゃあ札幌のことでこれだけ。もしかして、あのときの札幌も同じように、赤い世界になっていたの?」
 聖登は、ほう、と感心した。
「よく分かるものだ」
「想像つくわよ。外側からじゃ真っ暗な球体に包まれたようにしか見えなかったけれど、あの内側は赤かったというわけね」
 真夜が言うと「ああ」と聖登が答えた。
「だが、それ以上は話せない。札幌にいた人たちがどうなったのか、俺や他の魔法使いがどうやって生き延びてきたのか。それを言うのは当然、思い出すことも──」
 と、顔をゆがめて言葉を切らせた。
「うん。札幌のことはこれ以上聞かない」
 遙がそう言って聖登の肩に手を置いた。
「辛いことがあったんだよね。でも、今は私たちが一緒にいる」
「そうそう。遙はもっと個人的にも一緒にいたいかもしれないけど」
「英夢!」
 だが、聖登は表情を一層険しくするだけだった。
「それじゃあ話を変えるけど、敵のこと」
「そうだな。少し話しておかなければならないだろうな。まあ、俺もよく分かっているわけではないが」
 聖登は「何から話せばいいか」と少し考える仕草をする。
「聞いていくから答えてくれればいいわ。まず、全部で何人いるの?」
「おそらく十二人。あいつらのコードネームを考えれば当然の帰結だ」
 コードネーム。あの、角坂とか、武内とか、天野とかいう名前のことか。
「普通の苗字でしょ?」
 英夢が尋ねる。
「そうだな。おそらくコードネームと悟られないようにするためだろう。それが本名だと思い込ませる効果があるからな。だから別に何だっていいんだ。ゼウスとかヘラのようなオリンポス十二神を使ってもいい。アリエス、タウラスといった黄道十二宮を使ってもよかったのだろう。要するにあいつらは、日本人で十二人分の名前を準備した。題材は何でもよかったんだろうな。だから、俺たちが当時はまっていた、物語といえばいいのか、ゲームといえばいいのか、要するに知っているものを使った」
「物語?」
「ああ。いくつか漫画も出ていたかな。俺が昔、彼女──天野とつきあっていたときにインターネットでよく小説を読んだりしていた。おそらくコードネームを決めたのは天野だろうな。だからすぐに分かったし、あいつも否定しなかった」
「なるほどね、ようやく分かってきたわ」
 真夜がうなずいて尋ねる。
「つまり、角坂とか天野とか、そういう名前でちょうど十二人出てくる物語があるのね?」
「物語というと語弊があるが、要するにそういうことだ。調べればすぐに分かる。拝借したのは苗字だけだろう。何しろその物語で出てくるのは十二人全員が男だからな」
 そう言ってから「ただ」とさらに付け加える。
「リーダーが『角坂』、というのがな」
「何か問題があるの?」
「物語では十二人を束ねる人物がいる。まあ、あの角坂の口調からすると、俺を仲間に入れてその名前を当てる気か、それとも角坂として自分が名実ともにリーダーになる気か。まあ、どっちでも俺には関係ないがな。それにしても、あの物語を使うとは、実に皮肉がきいている」
 少しだけ楽しそうにほほ笑む。滅多に表情の変わることがない聖登にしては珍しいことだった。
「彼らの仲間になるつもりがないというのは聞いたけど、どうして彼らはあなたを仲間にしたいと思っているの?」
 真夜の質問は愚問だった。
「簡単だ。俺もあいつらと基本的な立場が一緒だからだ」
「基本的な? 札幌にいたということ?」
「全員が札幌にいたわけでもないが、答から遠くはない。まあ考えれば分かることだろう。分からないなら分からなくてもいい。どうせこれからの戦いには関係のないことだ」
 そう言って答えることを拒否する。仕方ないわね、と真夜が諦める。
「さっき一人倒したから、残りは」
「六人だ。さっきの三人が実質リーダー格なんだろうな。さきに残りの三人の方を片付けておきたいものだが」
「それなんだけど」
 英夢が手を上げて話しかけてきた。
「あの人たちって、もともとは人間なんだよね」
「もともとというより、遺伝子構造だけでいえば今でも人間だぞ」
「私たち、前の戦いで人間とは戦っていないんだ」
 それで言いたいことが伝わるだろうか、と英夢が顔をしかめたが、聖登は「わかった」と軽くうなずいた。
「とどめは俺が刺す。お前たちみたいな善人が人殺しなどする必要はない」
 正しく伝わったようだったが、そこまでをお願いしたつもりはなかった。
「いや、そうじゃなくて! いや、違わないけど!」
「お前らしくない。自分にできないことはできないと、はっきり言え。俺は別にお前たちに人殺しを強制するつもりなどない。お前たちはお前たちのやり方でこの町を守る。俺は俺のやり方でそうする。俺はあいつらを全員殺す。お前たちは俺があいつらを殺すのを見逃すか、それとも止めるか。といっても、俺はもう藤野の目の前で一人殺しているが」
「う」
 遙が言葉に詰まった。そうだ、昨日の放課後、突然戦いになってあっという間に敵を倒してしまった。あれは殺したということだ。
「つまり、今までにも殺してきたということよね」
 真夜が確認する。
「そうだ。他の連中も俺が殺した。残り六人を殺すまで俺の戦いは終わらない」
 断言した聖登に真夜は「少し考えさせて」と言った。
「え、考えるって、何を?」
 とぼけた様子で英夢が尋ねる。
「簡単に人を殺すような人と協力するかどうかよ」
 真夜は恐れずに言う。
「え、でも」
 遙が少しためらったように言うが、真夜は首を振る。
「魔法少女の使命は人間を守ること。たとえ敵でも人間が相手なら殺すなんてことはしないし、人殺しなんてしたくない」
「人間を守る?」
 が、その言葉に聖登が反応した。
「そうよ。おかしい?」
 真夜が言う。すると、聖登は顔を下げてから体を震わせた。何だと様子を見ていると、笑っているようだった。次第に声が出てくる。ははははは、と最後は大きな声を上げていた。
「ど、どうしたの、澄川くん」
 その不気味さに遙がおそれながらも尋ねる。
「いや、何。お前たちの問題ではないことは理解しているつもりだったが、ここまでだとさすがに俺も感情をこらえきることができなかっただけだ。協力する必要がないならいつでも言ってくれ。俺は別にお前たちと手を組まなければいけない理由はない」
 そう言ってから聖登は部屋を出ていく。最後にこう言い残した。
「結論は明日にでも教えてくれ。それまでは打ち合わせを延期しておこう」







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