澄川聖登(すみかわ・まさと)が出ていって、この部屋の中は少し気まずいムードが流れた。それもそのはず、それまで三人は聖登と協力するつもりでいたのに、ここにきて突然考え方が変わってきたからだ。
 その考えを表明したのが一番年下の明日風真夜(あすかぜ・まよ)。真夜は聖登のことを信頼しているようだったが、それとこれとは話が違うらしい。
 一方で何があっても聖登と協力したいと思っているのが藤野遙(ふじの・はるか)。それは単なる利害の問題ではなくて、彼女の個人的な感情によるところが大きい。
 となると、二人の板挟みとなった清田英夢(きよた・あやめ)としては、冷静に二人の意見を聞き比べなければいけないことになる。
(あんまりそういうの、得意じゃないんだけどなあ)
 と考えても仕方のないことだ。とにかく自分たち三人の意見だけでもきちんとすり合わせておかなければならない。
「ま、こうして三人して黙ってても決着つかないよね」
 英夢が努めて明るい声で言った。
「それじゃあ、結局真夜は聖登と協力するのは絶対反対ってこと?」
「あまり協力したいとは思わないわよ」
 真夜は完全否定というわけではないことを前提に話す。
「私は人殺しなんてしたくないし、それは魔法少女の役割じゃないと思う。魔法少女は相手を改心させるか、人でないものを浄化するか、そのどちらかしかない」
「でも、赤い世界の魔法使いを放置しておいたら、逆にこの世界が危ないことになるんだよ?」
 遙が反発する。
「人殺しは駄目だからって、この世界を危険に陥れていいわけじゃない」
「分かってるわよ、そんなこと」
 遙に言われて真夜はむくれる。
「澄川さんが悪い人じゃないのも分かってるし、敵を倒すしかないんだってことも分かってる。でも、前の戦いで私たちは最後まで浄化するだけにしていた。最後には相手を改心させることもできた。それを今回の戦いで諦めるのはどうかと思うわ」
「でも、あの人たちの目的は復讐だと言っていたわよ。それも──」
 そう。赤い世界の魔法使いたちは自分たちを目の敵にしている。それも、理由を教えないままに。いったい何故。
「聖登に聞いても教えてくれなさそうだしなあ」
 英夢が言うと、二人とも頷く。
「でも、知らなければ何もすることができないわ。私たちが狙われる理由、私たちに分からなければ誰かに聞くしかない」
 それなのに誰も自分たちに教えてくれる者はいない。これでは堂々巡りだ。
「私の意見を言うと、正直やっぱり人殺しはしたくない」
 英夢が言うと、遙も「それはそうだけど」と言いにくそうにする。
「でも、聖登は頼りになるし、信頼できる。協力関係を切りたくはない」
「ええ、分かってる」
 真夜も聖登との協力関係を完全に白紙にするつもりなどない。
「だったら、部分的に協力するしかないよね」
「部分的?」
「うん。聖登と協力して戦うけれども、私たちは私たちで、相手が改心してくれるように行動するってこと」
 確かにそのあたりが妥協案としてはふさわしいようだ。真夜も「仕方がないわね」と言いながら眼鏡を直す。
「でも、澄川さんは人を殺すことにためらいとかないのかしら」
「ないんじゃないかな」
 英夢が答える。
「私も遙も真夜も、絶対に人なんか殺さないし、そんな気もない。でも、聖登はそれを考えているし、できるし、過去にそれをしてきた人だと思う」
「英夢!」
 遙がその言葉を止めようと声を荒げる。
「ごめんね、遙。でも、もし本当に聖登が人を殺してるっていうんなら、さっきの言葉は取り消す。遙だって、聖登と付き合っていけるの?」
「いけるよ」
 だが、遙は半分勢いで、そしてもう半分は心の底から言った。
「だって、澄川くんが本当に人殺しをしていたんだったら、それはこの世界に住んでるみんなのためなんだよ!? あんな風に自分の心をなくしてまで、つらい思いをしてまで、人の嫌がることをやってくれてるのに、それを真っ向から否定するなんて澄川くんが可哀相すぎるじゃない! そんなの、絶対に嫌!」
 涙目で訴える遙。それを見て、英夢が息をついた。
「これは遙のいい子発言に全部持っていかれたかな」
「そうね。遙の言う通りだわ。ごめんなさい」
 真夜が小さく頭を下げた。逆に遙があわてる。
「いや、そういうわけじゃないわよ。別に真夜の言ってることが間違ってるわけじゃないんだから」
「そんな」
「あと、遙がそのつもりなら、澄川さんのこと、絶対に傍から離れないようにしなさい。嫌がられても邪険にされても、澄川さんにとって遙が必要な人間になるまで、絶対に離れちゃ駄目。分かった?」
 真夜が強い口調で言うので、遙も押し切られたように「う、うん」とうなずく。
「でも、さっき澄川くん、他に好きな人がいるって」
「一度しか会ったことがないとも言っていたわよ。それも命の恩人だって。それは相手のことを何も知らないのと同じじゃない。再会する前にあなたの方が大切な存在になっちゃえばいいのよ」
 ほー、と英夢がそれを聞いて感心する。
「まるで真夜の方がお姉さんみたいね」
「遙は恋愛が下手だから、見ていてもどかしいのよ」
「え、そ、そんなに?」
「否定できないわね。遙だもの」
「少しは自覚してほしいくらいだわ」
「ううう〜」
 またしても涙目になっている遙を、今度は英夢と真夜が抱きしめる。
「ふえっ!?」
「安心してよ。何があったって、私たちはずっと一緒にいるんだから」
「そうよ。玉砕したら私たちが慰めてあげる」
 その日はこうして、三人はしばらくあれこれと話し合い、やがて力尽きたかのように一緒に眠りに落ちた。
 目が覚めたときには戦いが始まる。束の間の休息であった。






 次の日、姿を見せた聖登に対し、改めて響が「よろしく頼むね」と伝えた。
「人殺しと手を組んでもいいのか?」
「まあね。遙が言うんだもの、みんなのためにがんばっている澄川くんを一人にしておけないって」
「ちょ、英夢!」
 そんなことを本人の前で言われたらさすがに赤面する。恥ずかしくて顔をまともに見られない──と思っていたのだが、当の本人はそのことを全く気にしないどころか、逆に悲しげな表情に変わっていた。
「勘違いをさせたみたいだな。確かに俺はこの世界の人間を助けようとしている。だが、それは助ける相手のことを考えたわけではない。俺自身のためだ」
 その言葉に対して反応したのは真夜だった。
「それはつまり、澄川さんの目的を達成するためには、人を助ける行為をしなければならないということ?」
「近いが、少し違う。別に俺は自分の目的を達成するのに人を助ける必要性はない」
「じゃあ、何故?」
「そうしようと俺が決めたからだ」
「ふうん」
 真夜はしばらく考えてからもう一度尋ねた。
「澄川さんは、人を助けたいと思ったことはあるの?」
「昨日同じ質問を聞いた。助ける行動に気持ちが伴わなければ助けてはいけないのか?」
「いいえ。私が聞いているのは助けていいとか悪いとかじゃない。助けたいと思っているのかどうか、それだけよ。昨日、私はあなたが人を助けることを義務的に感じているのではないかと話したわ。もし、あなたが人助けを義務だと思っているのなら、協力はするけど信頼できない。でも、もしそうじゃないのなら、協力もするし信頼もするわ」
「勝手なことを」
 聖登は肩をすくめた。
「では一つだけ。俺は自分の行動に対してお前たちに分かってもらおうなどとは思っていない。ただ、人が死ぬより生きていることの方がいいと思っている。それ以上は好きに受け取ってくれ」
「分かったわ。まだ納得できないところもあるけど、それは言っても仕方ないことみたいだし、何より遙があなたのことをずっと心配しているから、あとは遙に任せる」
「藤野さんが?」
 そうして聖登と遙の目が合う。遙が硬直したようになって、何も口がはさめずにいる。
「昨日も言ったが、俺は他に──」
「ああ、うん、大丈夫、分かってる。でも、澄川くん、たった一人でいちゃ駄目だよ。澄川くんが会いたい人にだって、生きてないと会えないでしょ? だから、自分の命を粗末にするようなことだけはしないで」
 聖登はうなずいて「そのつもりだ」と答えた。
「ま、遙にしてみれば『私だって澄川くんがいないとさびしい』なんて気持ちがあるんでしょうけど」
「英夢。あまり遙をからかっては駄目よ」
「はーい」
 いずれにしても、これで三人の魔法少女と一人の魔法使いは手を結ぶことに決まったということだ。
「それで、打ち合わせの続きだけどどうするの?」
「予想通り、学校は休みになった。それなら人気のないところで正々堂々戦うだけだろう」
 聖登の言葉に「そうね」と英夢もうなずいた。
「こういうのはだらだらと続けていても仕方ないからね。終わらせられるなら一回で終わらせちゃおう」
「賛成」
「異議なし」
 英夢の言葉に遙も真夜もうなずく。
「それじゃあ、場所は?」
「人気のない場所といえば、神主のいない神社が一番だろう」
 キーストーンの偽物が奉納されている戸隠神社。もっとも奉納といっても、その宝石は巧妙に隠されているのだが。
「偽物のキーストーンのある場所で?」
「別にキーストーンの有無などどうでもいい。おそらく今の魔法使いたちには、キーストーンよりも大事な任務ができた」
「キーストーンより?」
「ああ。それこそキーストーンなどどうでもいい。何しろ、お前たちがここにいるのだからな」
 聖登の言葉に三人の顔が強張る。
「つまり、私たちに『復讐』しようとしているっていうこと?」
「察しがいいな」
「いいかげん分かるわよ。でも、どうして私たちが狙われなければいけないわけ?」
「その答を言うつもりがないことも、どうせもう分かっているのだろう」
 その件については話はそれまでだ、と聖登が打ち切る。
「でも、一つだけ教えて」
 英夢が真剣な表情で言った。
「その復讐の対象は私たちじゃなくて、魔法少女に対して、なんだよね」
「当然だな。昨日も言ったが、悪いのは魔法少女であってお前たちではない。俺はお前たちのことなど知らないし、赤い世界の魔法使いたちの中でお前たちのことを個人的に知っている者はいないだろう」
「それなら仕方ないね。要するに他の魔法少女が、赤い世界の魔法使いに何かいやなことして、それで恨みをかってるってことなんでしょ?」
 聖登はため息をついた。
「何よ、違うっていうんならちゃんと教えなさいよ」
「いや。それで納得ができるお前の楽天ぶりに感心しただけだ」
「このぉ」
 握り拳で威嚇するが聖登は意にも介さない。
「準備ができたなら行くぞ。今日は死闘になるからな」
 魔法少女たちが頷いた。
「負けるわけにはいかないね」
「ええ。この世界を守らなければならないもの」
「それに、私たち自身もね」
 英夢と遙、真夜がそれぞれ言ってから拳をあわせる。
「さあ、行こう!」
 四人は決戦の地、戸隠神社へと向かった。






 神社はひっそりとしていた。戸隠神社には神主がいない。日によっては他の神社から清掃に来ることもあるのだが、そうでなければ神社の敷地内には誰もやってくることはない。参拝する人もなく、遠くから車の音がするばかり。
 赤い世界の魔法使いたちがやってくるのにそれほど時間は必要なかった。それこそ十分とかからずに、いきなり敷地が全て赤く染まった。
「現れたな」
 そして上空に四人の影。四対四、ということか。
「本当にやるつもりのようね、聖登」
 その四人の中心が天野だ。それ以外の三人は初顔となる。
「角坂と武内がいないようだが」
「気になる?」
 天野はいやらしく笑う。
「何かを企んでいるのが分かるからな」
「そうね。まあ、それを考えてももう遅いけれど」
 その天野の言葉と同時に他の三人が動いた。降下してきたその三人が、もうすぐ地上というところで、忽然と消える。
「さあ、世界よ、我らを導きたまえ!」
 そして天野の声と共に、赤い世界がきしむ。にぶい音がして、その不快さに聖登も思わず顔をしかめる。
「角坂と武内は、このためにいなかったのよ」
「このため?」
「後ろを見れば分かるわ」
 天野の言葉に従い、後ろを確認する。が、そこにいたはずの魔法少女たちが姿を消していた。
「分断するつもりだったのか」
「そういうこと。赤い世界を複数召喚するのには調整役がいるのよ。二人はその役割。そして私の役割は当然、分かっているわよね」
「俺の足止めか」
「足止めだけだと思うの?」
 天野に殺気があふれる。
「お前で俺を倒せると思っているのか」
「ええ。力の差がそのまま結果になるなどと思わないことね」







第十二話

もどる