藤野遙(ふじの・はるか)ことデルタ・デネブもまた、突然自分の周りから仲間がいなくなったことに動揺した。が、すぐに気持ちを切り替える。
「私なら倒せるとでも思ったの?」
目の前には赤い世界の魔法使い。角坂や武内ではない、初めて見る顔だった。
「別に誰でもいいんだがな。ま、俺としちゃ多人数でボコる方が楽なんだが、他の連中がタイマンがいいっていうからな」
どう見ても不良にしか見えない男だった。耳には大きなリングピアス、逆立てた髪、今までの真面目そうな魔法使いたちとは一線を画した様子だった。
(何か、今までとは雰囲気が違うわ、この人)
強いていうなら目だろうか。今までは角坂や天野、武内ですら自分たちを目の敵にするようなところがあったのに、この男だけはなぜか自分を馬鹿にしているかのような目で見てきている。
「あなたも魔法少女を憎んでいるの?」
「俺がか? 馬鹿言ってんじゃねえよ、俺は魔法少女だからって何とも思っちゃいねえよ」
やはり。この男はどうも雰囲気が違う。それは復讐心がないことにつながっている。
「ただまあ、自分が絶対正しいって信じてるやつをぐちゃぐちゃにするのは楽しそうだけどな」
にやり、と笑う。
「あなた、名前は?」
「俺かい? コードネームなら『葛葉』だ。よく知らんけど、そう名乗れって言われてるぜ」
「戦う前に少し話を聞きたいけど、いいかしら」
そう、もしも葛葉が魔法少女を憎んでいないというのなら、むしろ話を一番聞きやすい相手ではないだろうか。
赤い世界の魔法使いたちが、どうして自分たちを憎んでいるのか。
札幌でいったい、何があったのか。
自分たちには情報がなさすぎる。それを少しでも教えてくれるのなら。
「あー、悪いけどそういうのは絶対お前らに教えるなって言われてっからなあ。それにまあ、俺自身教えるつもりもないけどな」
頭をかきながら答える葛葉。
「どうして?」
「そりゃ決まってる。絶対に正しいって信じてるやつに嫌がらせをしてやりたいからさ」
「それだけの理由で?」
「それ以外に何の理由がいるんだよ」
葛葉は鼻で笑う。この男は自分たちを憎んでいるとかではない。自分たちのように信念を持っている人間をあざ笑うような人間だ。
「あなたも札幌にいたわけじゃないの?」
「いいや? 俺もあの中にいたぜ。半年以上な」
にやにや笑いながら話す葛葉が、どこか気持ち悪く感じられる。
「まあ、見ての通り俺は将来のことなんかこれっぽっちも考えてなかったからな。毎日好き勝手してたさ。あの世界が滅びてくれたのは俺にしてみりゃありがたいことさ。それどころか俺にこんな力までくれて、逆に感謝したいくらいだぜ」
「人が傷ついて、嬉しいの」
「嬉しいねえ。他人の不幸は蜜の味って言うだろ。人間は誰だってそういうところがある。俺はそれに素直になって生きているだけさ」
「最低」
復讐でも何でもない、ただ快楽のためだけに人を傷つける。そんな人間をデネブは許せない。
「自分が傷ついてでも、みんなを守ってくれている人だっているのに」
望まない戦いに足を踏み入れ、いつ死んでもいいと思いながら、他人のためだけに行動する人が。
「そいつは聖登のことか?」
なれなれしい様子だった。
「澄川くんを知っているの」
「そりゃ、俺たち十二人の中で知らない奴はいないだろうが、俺と天野はちょっと別だ。直接会ったことがあるからな。というか、天野はいまだに聖登のことが気になってんだろ。その見込みもないのにな」
くくくっ、と声を押し殺して笑う。
「澄川くんとどういう関係」
「簡単だ。同じ魔法使いになったあいつに、魔法少女の真実を教えたのが俺だからな」
「真実って」
「ま、それは極秘事項だ。言っておくがな、聖登のことを信じてもいいが、裏切られるのが落ちだぜ。やめとけやめとけ」
「どういう意味よ」
「そのまんまの意味さ。あいつは魔法少女を憎んでいる。その証拠に、あいつが初めて殺した相手が魔法少女だからな」
デネブの目が見開く。
「どうして」
「そりゃあ『真実』を知ったからだろ。それで魔法少女を残らず殺すつもりになった。それがどうしてお前さんたちと一緒に行動なんかしてるのかねえ」
「どうしてあなたがそれを知っているの」
震える声で尋ねる。
「聖登が魔法少女を殺した現場に俺もいたからな」
「あなたが澄川くんをそそのかしたんじゃないの!」
思わずデネブは声を荒げていた。が、
「冗談じゃねえ。だいたい、俺があいつに伝えなくたって、赤い世界の魔法使いになってしまえば、いつかは分かることだぜ。俺たちの誰かが教えに行くに決まってるし、それに──っと、これ以上の説明は『真実』に近いから教えられないな」
やはりその辺りは教えてもらえないようだ。ならば聞き方を変えなければ。
「どうしてあなたは、澄川くんに『真実』を教えたの」
「決まってるだろ、嫌がらせだよ。純粋に魔法少女を信じている奴に『真実』を教えたらいったいどうなるか、見てみたかったのもあるな。ま、単なる知的好奇心ってやつだ」
つまり、自分の楽しみのために聖登を苦しめたということか。
「澄川くんはどうして魔法少女を信じていたの?」
「さあな。でもな、あいつが魔法少女に命を助けられたって何回も言いやがるから、真実を教えてやればどんな顔するだろうかって思うだろ、普通」
思うものか。相手を苦しめるだけの知的好奇心など、絶対に認めない。
「魔法少女に助けられたって、どういう」
「そんなところまで知るかよ。本人に聞けよ」
聞いて教えてくれる人ではないからこうして情報を集めているのだ。
「さて、それじゃあ無駄話もそのあたりにしてそろそろ始めるか」
葛葉は拳を鳴らした。
「俺は弱いもの苛めってのが三度の飯より好きなんでな。お前が泣くほど苛めてやるから、まあ覚悟しておけよ」
「あなたみたいに自分のことばかりを考えて、他の人間を苦しめるような人」
デネブはロッドを構えて宣言する。
「絶対許さない!」
聖登が苦しんだ分も含めて、相手を叩きのめしてみせる。
「そういう台詞はな」
葛葉が凶悪な表情で叫んだ。
「力の差を見てから言いな!」
すさまじいスピードで近づいて、大きく両腕を振り回してくる葛葉。動きはめちゃくちゃだが、とにかく速い。
「赤い世界の魔法使いって、筋力やスピードも上がるのね」
あるいは防ぎ、あるいは回避しながら冷静にデネブが評価する。
「はっはぁ! 同じ魔法使いでも、力は歴然としてやがんなあ!」
「冗談」
大きく腕を振り切って無防備になった頭を、デネブはロッドで叩きつける。がはっ、と葛葉が息を吐き出す。
「いてえだろうがぁ!」
なおも大振りで攻撃してくる葛葉。今みたいに的確にカウンターを当てていけばいつかは倒せるだろう。
だが。
(この人、わざとやってる)
大振りをたくさん見せておいて、こちらの油断を誘い、決定的なところで覆す。そんないやらしい攻撃を仕掛けている。
だからこちらは決して相手に惑わされない。こちらはこちらのペースで戦えばいい。
「うらあっ!」
また大振り。それならこちらにも考えがある。
「ファンタスティックロッド!」
距離を置いてロッドを振る。
「フリーズアロー!」
そこから放たれる無数の氷の矢。一本一本が葛葉に突き刺さるが、そんなダメージをものともせず突進してくる。
「嘘」
そして大振りの拳が、ついにデネブをとらえた。
「続けていくぜ!」
胸、腹、肩、顔とデネブに確実に攻撃を当てていく葛葉。
(この人、本当にこんな戦い方しかできないの?)
大雑把で、相手を叩きつぶすためだけの戦い方。
「終わりだ」
組んだ両手を、頭上から思い切り後頭部に叩きつける。デネブの意識はそこで途絶えた。
「つっ……」
だが、どうやらその時間はほんのわずかなものだったらしい。目を覚ますと赤い世界が続いていた。だが、葛葉の姿は見えない。
「どこへ行ったの」
ふらつく足で立ち上がり、周りを見る。
ベガやアルタイルとも結局はぐれたままだ。もしかして自分はどこかに捕まえられてしまったのか。
(違うわね。それなら手足が自由のはずないし)
冷静に自分の状況を把握する。が、どうもおかしい。さっきとはどこか場所も違っている。
「とにかく、移動しないと」
やみくもに動くのもどうかと思ったが、何もしないよりはマシだ。デネブはとにかく道に沿って進んだ。
赤い世界はどこまで進んでも途切れることはない。やがて広い道に出たが、おかしなことに誰も存在しない。
「不気味な世界ね」
そのとき、男の悲鳴が聞こえた。同時にガラスの割れる音。
デネブがその方向を見ると、どうやら学校のようだった。大きさからすると高校だろうか。
(助けなきゃ)
学校の中に入る。悲鳴はどこから聞こえてきたのか、よく分からない。とにかくあちこちの教室を見て回る。だが、誰もいない。
(体育館)
通路の奥が体育館になっていた。その扉を開けて、中に入る。
そこに、たくさんの死体と、二人の男女がいた。男子学生が女子学生を抱きかかえている。
「おい、しっかりしろ、おい!」
赤い世界の中だというのに、その顔色が青ざめているのが分かった。
(──葛葉)
その男子学生はまさしく葛葉当人だった。
「も、もう、だめ、みたい」
女子学生の方が震える手を伸ばす。
「わたしも、ああ、なるの、かな。いやだな、わたし、あなたを」
「大丈夫だって言ってんだろ! こんな世界、今すぐ俺がぶっ壊してやる!」
葛葉は泣いていた。その葛葉を見て、女の子は笑って言った。
「あり、がと──にげて──」
直後、女の子の体が爆発した。
その爆発のあおりを受けて、葛葉の体が後ろに飛ぶ。といっても軽くその場にしりもちをつく程度。
問題はそこではない。爆発がおこったその場所。
爆発したはずの女の子。その女の子の体が変形していた。禍々しい角と翼、それから尾。それはまぎれもない『怪物』の姿。
(なにこれ)
その女の子だった怪物が葛葉に迫る。葛葉は雄たけびをあげて両手をその怪物に向けた。
赤い光が、その手から照射される。そして、怪物は光の中に消えた。
「天邪鬼、なのね」
すぐに意識は戻った。倒れるより早く、足を踏み出して地面に落ちまいとこらえる。
「ほう、まだ意識があるのか」
だが、焦点は合わない。すぐ目の前に葛葉がいるのに、ぶれてよく見えない。
「魔法少女を憎んでいない? 嘘よね、あんなに可愛い女の子が」
空気が変わった。
「あんな姿になるのを、目の前で見てしまったら」
「貴様」
それは殺気だ。葛葉は完全に自分を殺害のターゲットと認定した。
「何故、それを」
「分からないわ。でも、今たしかに見えた。あの札幌の世界の中で、人間が別の生き物に変わった。あなたの目の前で。そして、あなたはその力で、あの子を」
「それ以上」
あの幻想の光景と同じように、葛葉が自分に両手を向けた。
「言うなああああああああああああっ!」
極大の赤い光が自分に降り注ぐ。デネブは空中に跳んで回避し、そのまま相手の顔面を蹴り付けた。
「がっ!」
もんどりうって倒れる葛葉。
「それが私たちのせいなのかは知らないけど、だからといってあなたに負けるわけにはいかないわ!」
そしてデネブはロッドをかざした。
「デルタ・コズミック・プロージョン!」
葛葉の周囲で大爆発が起きる。これで倒せなかったらさすがにもうどうにもならない。最後の力を振り絞ったので、もう限界だ。
葛葉は全身にダメージを負っていたが、まだそれでも戦う意思は見せていた。とはいえ、意思だけで体が動くのなら誰も困りはしない。動かない体が仰向けに倒れる。
「こん、ちくしょう……」
葛葉が呻くが、もはや体を動かす力は残されていなかった。
「結局あなたも復讐をしたかったのね。でも、それを素直に認めたくなかった。何故なら、あの子にとどめをさしたのがあなただったから。あの子を殺す原因となった魔法少女、そしてとどめをさしたあなた。魔法少女を憎むなら、自分自身すら許せなくなる。だからあなたは復讐することを口に出せなくなった」
「だま、れ」
「あなたは何も知らないまま巻き込まれ、恋人を失った。だから私たちを同じような目に合わせようとしている。でも、私はもしも自分が間違っていると知ったら、それを直すようにするわ。どうして私たちが憎まれるのか分からない。だから、教えて。いったい魔法少女が何だっていうの」
葛葉は荒い息を少しずつ整え、ふう、とひと息ついた。
「ヒントをやる」
「ヒント?」
「そうだ。お前らには何も教えてやらない。魔法少女としてこの世界を純粋に救い続けているお前たちだけには絶対に教えてやらない」
「それがヒントなの?」
葛葉は笑った。
「そうだ。せいぜい悩め、魔法少女」
そして、葛葉の体が爆散する。彼もまた、自分で自分の命を絶った。
(魔法少女としてこの世界を救い続ける……)
それがいったい何のヒントなのかは分からない。だが、彼が最後に残した言葉は、自分たちへの強烈なメッセージには違いない。
(見つけてみせるわ。私たち自身が何者なのかを)
デネブは誓うと、ふらつく足どりで前に進んだ。
第十四話
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