もともと魔法少女デルタは三人のチームである。だが、二年前にこの町で戦いが起こったとき、最初に魔法少女として動き出したのはベガとデネブの二人だけで、実はアルタイルは当初参戦していなかった。その理由はここで語るべきことではないので割愛するが、アルタイルとしては最初から戦うことができなかったことについて、大変に悔しい思いをしている。最初から二人と共に戦いたかったし、三人のチームで自分だけが仲間はずれになってしまったのも残念だった。
やむをえない事情ではあった。だが、もしも次に共に戦うことがあるとするならば、絶対に最初から一緒に戦うのだと心に決めていた。だから前の戦いが終わったとき、本来なら自分だけは魔法少女の世界へ帰らなければならなかったのに、この場所に残ることを選んだ。
二人と共に歩み、二人の力となるために。
(それにしても、うまいことやってくれたわね)
ベガもデネブも見当たらない。聖登とも離れてしまっている。つまり、完全に孤立させられてしまった。
(でも、ベガもデネブもきっと自分たちで何とかしてくる。だから私も一人で何とかしないとね)
アルタイルの前に現れたのは、彼女と同じくらいの年齢の少女だった。
「他にも女の子がいたのね」
「そうよ。私と天野さんだけだけど」
とげとげしい様子だった。今までの例から考えても憎まれているのは当然のように分かっていたが。
「一対一というわけ。それで勝てるつもりなのかしら」
挑発するように言うと、赤い世界の魔法少女は目を血走らせた。
「一対一じゃなければ意味がないのよ。デルタ・アルタイル」
憎しみのこもった目で睨みつけられる。
「あなたでしょう、対馬くんを殺したのは」
対馬。昨日自分が倒し、自爆した少年の名前だ。
「勝手に自殺しておいて、私のせいにされても困るわね。何、あなたあの子の彼女か何か?」
「仲間よ。同志といってもいいし、運命共同体といってもいい。そんな、恋愛みたいなくだらない感情に私たちをあてはめないで」
なるほど、どうやら彼女は純粋に魔法少女を憎んでいる以上に、対馬を殺したアルタイルのことを本気で憎んでいるようだ。
「同志だからコードネームか。天野がつけた名前なのよね」
「ええ。私は飛鳥。別に名前なんか単なる記号にすぎないから、何だっていいのだけれど」
「じゃあ、あなたも“札幌”の生き残りなんだ」
「生き残り?」
その言葉がさらに彼女を怒らせたようだ。
「そもそもの元凶であるあなたたちに、そんなふうに言われる筋合いはないわ!」
「でも私たちはどうして自分たちが憎まれているのかも分からないもの。あなたたちの憎しみを勝手にぶつけられても困るわ」
「知らないのならそれでかまわないわ。あなたたちは知らないまま、理不尽に死んでいけばいい。だいたい、あなたたちが知らないっていうのもおかしな話よ。あのとき“札幌”に、確かに魔法少女がいたのだから!」
アルタイルが顔をしかめる。
「魔法少女がいた?」
「ええ、いたのよ。あの赤い世界の中に、魔法少女たちが!」
“札幌事件”のことは当然アルタイルもよく知っている。当時は三年前、まだ魔法少女デルタがこの世界に来るよりも前のことになる。だからアルタイルもこの世界に来てからはじめてそういう事件が『あった』ということを知った。
(少なくとも私は聞いていないわ)
魔法少女があの事件に関わっているのだとしたら、それは魔法少女の世界の女王が命令したからに他ならない。もっとも、あの世界に魔法少女がいたのだとしたら。
「私たちがあなたたちを助けられなかったから、私たちを憎もうとしているの?」
「たすける?」
予想外のことを聞いたという様子だ。そして、次第に笑いだす。この笑い方は、前に覚えがある。
(澄川さんと同じだ)
あまりに予期できない答を聞いてしまって、完全にどう反応していいか分からない、その面白さに笑うしかできない。そんな様子だ。
「助けてくれるんなら助けてほしいものだわ。もっとも、あなたたちに助けられるなんて、死んでもいや」
そして飛鳥は手に赤い光を生み出した。それが次第に剣の形を取る。
「もし、助けるつもりがあるというのなら、この場で死になさい!」
戦闘が始まる。飛鳥がその赤い剣を振り回し、アルタイルを切り裂こうとしてくる。だがスピードとテクニックでは、アルタイルは年上の二人を上回る。軽々と回避して距離を置くと、自らもロッドを手にした。
「扉よ、開け!」
アルタイルの目の前に金色の光が集い、レーザー光線となって飛鳥を焼く。が、飛鳥もまた赤い剣をかざすと、
「切り裂け!」
そのレーザー光線を剣で切り、さらに突進してくる。
「死ね、魔法少女!」
上から振り下ろしてくる剣をロッドで受け止める。が、続いて飛鳥の右足がアルタイルの頭めがけて飛んでくる。
(避けられない!)
咄嗟に左手を出して側頭部をガードするが、その上からすさまじい衝撃がアルタイルを襲う。吹き飛ばされたアルタイルが立ち上がろうとするが、脳震盪を起こしたのか目の前が暗い。
「もらった!」
正面から襲いくる敵──そこを目掛けてアルタイルは大きくロッドを振り下ろした。
「デルタ・シャイニング・ハレーション!」
一か八かの必殺技。直撃した──かに思えた。だが、敵の気配はすぐ背後からした。
「見えない状態でそんなものを撃って、どうするつもりだったの」
直撃したのは赤い剣だけ。飛鳥本体はすぐ背後へと回りこんでいた。
「“赤き電撃”!」
そして、飛鳥の両手がアルタイルの背中に触れる。そこから大量の電流が流れこんできて、アルタイルは意識を失った。
(やられた)
が、すぐに意識が戻ってきた──かと思いきや、光景がまったく変わっていた。同じ赤い世界には違いないのだが、今いた場所とは決定的に違う。
「これはいったい」
戦っていた飛鳥の姿もない。何が起こったのか理解できそうにない。
ただ、強く思ったことがあった。
(きっと、ここに私たちが知りたかったことがある)
そう感じた。何があるのかは分からない。だが、きっと何かがある。
アルタイルは駆けた。その何かが出てくるところまで。
そして、この赤い世界の中で、争い合う人たちの姿を見かけた。
「これは」
多人数で一人を攻撃している──いや、違う。逆だ。
たった一人が、多数の人間を攻撃している。
その一人は、アルタイルも見知った相手だった。
「まさか」
それは、たった一人で任務を遂行する孤高の黒き魔法少女。
「魔法少女オメガ」
オメガは二十四ある魔法少女のチームの中で唯一単独で行動する魔法少女だ。そのため、デルタ・アルタイルのように、デルタの下に何かの名前がつくことがない。オメガは単独でオメガなのだ。
「赤き世界の魔法使いたちよ」
そのオメガが宣告する。その手には大鎌。まさにその姿は、死神そのもの。
「魔法少女の名において、汝らを抹殺する」
冷たい声が、そこにいた残りの六人の表情を凍りつかせる。
「嘘よ」
だが、それを外から見ていたアルタイルは呻いた。
「どうしてだよ!」
叫んだのは六人の中でも一番年下の男の子だった。あれは──
(対馬だ)
アルタイルが倒し、自爆した少年。
「どうして魔法少女が僕たちを殺すんだ、どうして!」
だが、それに対してオメガは非情に答えた。
「それを、お前たちが知る必要はない。ここで、死ね」
そしてオメガは死の槍を手にすると、六人の中の一人を貫く。他の五人が一斉に赤い魔法を放つが、そんなものはものともせず、オメガは次の一人を切り裂く。
(同じだ)
それは、赤い世界の魔法使いたちが自分たちを攻撃するときに似ている。
魔法少女は理由も言わずに赤い世界の魔法使いたちを攻撃した。だからこそ、赤い世界の魔法使いも同じように理由を言わずに自分たちを攻撃してくる。
(でも、それならオメガはどうして──)
散らばって逃げていく魔法使いたちを追いかけようとしたオメガは、その場にとどまった。
(どうしたのかしら)
そして、オメガがこちらを見た。
「オメガ!」
声をかける。が、彼女は自分のことに気づいているのかいないのか、ただぼんやりとこちらを見ている。
「そこに、誰かいるな」
だが、オメガは明らかに自分の方角を見て声を出した。
「この世界、いや違うな、この時空の外側からこの場所を観測しているのか。その理屈は分からぬが、確かに私は『お前』に見られている」
そしてオメガは死の槍を掲げた。
「いずれにせよ『お前』は真実の一端を垣間見た。私はこの真実を知る者を放置するわけにはいかない。『お前』の正体が過去であれ、未来であれ、必ず見つけ出して殺してみせる。覚えておくがいい。『お前』はこれからずっと、私に狙われ続けるのだと」
魔法少女で最強ともいえるオメガからの宣戦布告。それが嘘でも何でもないことをアルタイルはよく知っている。魔法少女の中で誰が一番強いかと言われれば、アルファの二人かオメガしか思い浮かばない。
その最強に連なる一人が、自分を狙う。
(どうやって私を見つけるというの)
だが、オメガならばやりそうだ。かつて一度も標的を外したことがないと言われるオメガならば──
そこで、意識が戻ってきた。
「な、まだ倒れないというの」
大技を放った後で連続の攻撃がきかないのか、飛鳥が距離を開けて睨む。アルタイルもふらつく足取りだが、なんとか食いしばって対峙する。
「よく分からないけど、確かに見えた」
「何?」
「三年前の札幌、あなたが見たものを私も見た。確かにあの場所には魔法少女がいた」
飛鳥は何も言わずにただ睨みつける。
「どうしてあの場所に魔法少女がいたのか、そしてどうしてあなたたちを殺そうとしていたのかは分からない。でも、魔法少女は理由もなくそんなことはしない」
「私たちが悪いっていうの!」
その言葉は飛鳥を激怒させたが、アルタイルは首を振る。
「違うわ。いったい何故そうなったのかを調べなければいけないと言っているだけ。私はあの場にいた魔法少女に問いたださないといけない。どうして罪のない人を襲ったのか。そして、あの札幌で何があったのか」
「お前たちも同じ魔法少女だろうが!」
「でも、私は何も聞いていないし、知らないのよ」
「そんな論法がまかり通るか!」
赤いオーラが立ち上る。飛鳥は一歩も引く気はない。当然といえば当然だが。
「話を聞いて。私はあの札幌で何があったのかを知りたい。魔法少女に問題があるというのならそれを正したい。だから、この場は引いてほしい。今はあなたと戦う理由がない」
「そっちにはなくても、こっちにはあるのよ! 魔法少女なんて──」
その、最大に溜めた雷撃を放つ。
「誰も許さないんだからぁっ!」
特大の雷撃が襲い来る。
札幌事件のことを思えば、彼女を倒すわけにはいかない。オメガがどうしてあの場で民間人を殺そうとしていたのか、非が魔法少女にあるのなら、彼女の怒りは正当なものだ。
だが、自分もまた倒されるわけにはいかない。札幌事件の真相を解き明かすことは、魔法少女の中でも【デルタ・アルタイル】である自分の役目だ。
「デルタ・クリスタルシールド!」
その雷撃を完全にシャットダウンする。なっ、と飛鳥の口から驚愕が漏れる。
「お願い、引いて。必ず真相を明らかにするから」
「くどい!」
なおも雷撃を放とうとする飛鳥。アルタイルはやむなくロッドを振りかざす。
「【赤き雷撃】!」
迫る雷撃に、アルタイルはロッドを振り下ろした。
「デルタ・シャイニング・ハレーション!」
先ほどのあてずっぽうに打った技とは違う。相手が大技を放った後、無防備になることはもう確認済みだ。アルタイルの放った光は雷撃を打消し、そのまま身動きも取れない飛鳥を直撃した。
「ああああああああああああああああっ!」
光に焼かれて飛鳥が崩れ落ちる。だが手加減はした。もともと相手を殺すつもりなど全くないし、その上赤い世界の魔法使いたちが被害者の可能性もあるこの状況で、致命傷になるようなダメージを与えるつもりはなかった。
「私たちを憎むのは仕方のないことだと思う」
倒れた飛鳥にアルタイルが言う。
「私たちのことを信じられないのも分かる。でも、私は必ず札幌事件の真相を調べて見せる。だから、それまでは生き延びて」
対馬のように、自分から命を投げ出すようなことはしないで。
そう言外にほのめかすと、飛鳥は震える足で立ち上がった。
「勝手なことを」
「そうよ。私、こう見えても身勝手だもの」
そうやって相手にほほ笑みかける。だが、飛鳥は首を振った。
「それなら余計に、あなたの思い通りになんてさせないわ。私たちはあなたたち魔法少女の思い通りになんか、絶対ならない!」
そして、赤き雷撃が発生してそのまま飛鳥の体を焼く。そのまま彼女の体は力を失って倒れた。
「どうして」
そこまでして自分たちを毛嫌いするのか。そしていったい、どれだけ自分たちは憎まれているのか。
(札幌で魔法少女に襲われたことだけが問題というわけではないの?)
敵だって馬鹿ではないだろう。自分たちとあの札幌にいた魔法少女が別人であることは分かっているはず。それなのにどうして。
(いえ──確かに対馬や飛鳥は札幌の生き残りだけれど、角坂や武内は札幌とは関係ないということだった。ということは、オメガばかりが恨まれているというわけでもないのか、それともすべてオメガの単独行動なのか)
いや、おそらくはオメガだけではないのだろう。赤い世界の魔法使いたちの言動を見ていると、あくまでも『魔法少女たち』に対する憎しみがあった。それは複数の魔法少女を知っているからこそ起こりうることだ。
(考えていても仕方がないわね。とにかくみんなと合流しなきゃ)
ベガとデネブ、そして聖登は大丈夫だろうか。アルタイルは痛む体をこらえて走り出した。
第十五話
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