澄川聖登(すみかわ・まさと)は自分の力ならば絶対に赤い世界の魔法使いには負けないと思っている。少なくとも一対一で相手に後れを取るとは思っていない。武内が相手だったときは少し油断していたが、正面からぶつかって負けるような相手ではないと思っている。角坂は底を見せないので何とも言えないが、それ以外の魔法使いたちには負けないだろう。
 その相手が天野であっても同じだ。たとえ彼女が過去に付き合っていたとしても、それが自分を止める原因にはならない。いくら付き合っていたとはいえ、それはもう三年も前のこと、自分が彼女に本気だったとしても、既に自分の心の中には別の女性が住んでいる。それがただの偶像にすぎないのだとしても、自分はこの気持ちに殉じるつもりでいる。
 そして、天野がどれほど本気で戦ったとしても、自分には及ばない。それだけの実力差が存在する。
「くらえっ!」
 赤き雷撃を何度も放つが、それを片手で弾く。
「無駄だ。お前の攻撃が前と同じなら、何度やっても俺には通用しない」
「この世界の仕組みを知っているから、ということ?」
「そうだ。お前たちよりもずっと深く分かっている。どのような形であっても、その正体が赤き力ならば防ぐことができる」
「防ぐつもりがあれば、でしょう?」
 天野は手をかざし、そこから幾条もの赤き光を生み出す。
「【真紅の光刃】!」
 無数の赤光が楕円軌道で聖登に襲い掛かってくる。
「無駄だというのに」
 聖登はその光をすべて直撃で受ける。だが、その光は聖登にかすり傷すら負わせることはできていなかった。
「嘘」
「何度も言わせるな、俺には赤き世界の魔法は通用しない──」
 そう言って、相手の名を呼ぶ。
「──佳乃」
 伏見佳乃(ふしみ・かの)。それが彼女がかつて人間だったときに使っていた名前。
「その名前で」
 ぎりっ、と天野は一度歯を食いしばった。
「呼ぶなぁっ!」
 今まで以上に巨大な雷撃を放つ。だがそれを聖登は手で軽く払う。
「いてほしいときに、助けてほしいときにいてくれなかったくせに!」
「お前の居場所も、生死すら分からないままで、どうやって助けろというんだ」
 それこそ聖登にとっては過去のことだった。助けに行くとしても、どこに誰がいるのかも分からない。あの赤い札幌の中で、自分は生き延びること以外の何もできなかった。
「私はずっと聖登を探していたのよ!」
「それでも見つからなかったんだ。俺がお前を探しても見つかるはずがない。あのバケモノだらけの札幌で、人探しなどできない。お前だってそれは分かっているはずだ」
「正当化するつもり? 自分の行動を!」
「お前、随分と頭が悪くなったな。俺が言っているのはただの事実だ。納得がいかないからといって俺に八つ当たりをするな」
 そして聖登は逆に赤い雷撃を放つ。力を制限していてもなお天野にはダメージが残った。
「聖登」
「これが力の差だ。お前では俺に勝てない。昔のよしみだ、助けてやるからさっさと逃げろ」
 だが、冷たくされればされるほど、天野の感情は余計に強まる。目から涙がこぼれ、その場に膝をついてうなだれる。
「どうして、聖登は私を見てくれなくなったの」
「前にも言った。俺にはもう心に決めた相手がいる。もうお前のことは何とも思っていない」
「あの三人の魔法少女の誰かということ!?」
「あの三人に初めて会ったのが三日前だ。それはいくらなんでも飛躍がすぎる」
「じゃあ、いったい──」
「あの地獄で、俺を救ってくれた人だ。そのとき一度限りしか会っていないが、今でも俺の心には鮮明に残っている」
 聖登は右手を自分の胸にあてた。
「俺は、あの人にもう一度会いたい。そのためにこの三年、ずっと戦い続けてきた」
「そう」
 天野は右手をぐっと握りしめた。
「もう、あなたは私を見てはくれないのね」
「ああ」
「なら、もう迷うことはない」
 天野は震えながら立ち上がる。
「あなたを殺す」
「無理だと言った」
「やってみないと、分からないでしょ!」
 天野は両手を組んで赤き光を溜める。そして組んだ両手をそのまま聖登に向かって突き出す。
「【緋の衝撃】!」
 高出力のレーザーが聖登に迫る。だが、その攻撃が聖登に通じるはずもない。左手を差し出し、レーザーが触れると同時にかき消す。
「聖登!」
 その攻撃を防いでいる間に、天野は手にナイフを持って接近していた。
 だが、その攻撃も聖登には分かっていた。いや、そう来るだろうと思っていた。だからこそ攻撃を回避せず、相手の攻撃をかき消した。
 聖登は何も抵抗せず、そのナイフを胸に受けた。
「なっ」
 驚いたのはナイフを突き刺した天野の方だった。いくらなんでも無抵抗ということは考えられない。それも、この攻撃は致命傷だ。
「なんの、つもりなの、聖登」
 聖登は震える手で、ナイフを握っている天野の手をさらにその上から握った。
「なんとなく、だ」
 そして聖登は目を閉じると、その場に膝をついてから、横に倒れた。
「聖登」
 胸からは出血が続き、このまま放置しておけば少しの時間で死に至るだろう。
「そんなことで、私に許してもらおうと思ったら大間違いよ、聖登」






 ベガは戦闘終了後、すぐに他の仲間たちと合流しようと走り出していた。
 神社は町の一番の丘の上にある。その奥は森が広がっていて、どうやら戦いはそちらで行われているようだった。時折赤い光があちこちから見える。
「ベガ!」
 と、横からの声。
「デネブ!」
「よかった、無事だったのね」
「デネブこそ」
 駆け寄って二人が手を取り合う。そこへ、
「二人とも、無事なのね!」
「「アルタイル!」」
 そこにアルタイルも到着する。これで三人集合した。
「分断されて、私は一人倒した。最後は、相手が自殺した」
 手早くベガが自分の状況を説明する。
「私も同じ」
「私も」
 デネブもアルタイルもうなずく。状況は三人とも同じだったらしい。
「話したいことは山ほどあるけど、まずは聖登と合流しよう」
 うなずいて三人はかけだす。一際大きな赤い光が輝く。戦いは続いているのだ。
「聖登!」
「澄川くん!」
「澄川さん!」
 戦いの場にたどりついた三人が見たものは、倒れている聖登の姿。そしてそれを冷たく見下ろす天野の姿だった。
「あなたたち」
 天野が再び表情をひきしめなおした。
「まさか、同志たちは」
「倒したわよ。当たり前でしょ」
 そしてベガが逆ににらみ返す。
「そう。よくもやってくれたわねと言いたいところだけど、今回はお互い様かしら」
 天野が笑いながら言った。
「あなたたちの仲間はこの通りよ」
「澄川くん!」
 デネブが一歩前に出る。
「どういうこと、あなた、澄川くんの恋人だったんじゃないの!?」
「それがどうかしたの?」
 天野が小さく笑う。
「そんな三年も前の事実に縛られるほど、私や彼が弱い人間だとでも思うの?」
「好きだった人をそんなふうにするなんて」
 デネブの身体が発光する。そして、
「デルタ・コズミック・プロージョン!」
 直後、天野の体に爆発が生じた。先ほどの戦いで気力を使い果たしていた天野にはそれを防ぐことはできなかった。
「くっ」
 後退したところで、その天野の前に二人の男性が現れた。
「角坂、武内」
「作戦は失敗だ、天野」
 武内が冷たい声で言う。
「ですが、今まで私たちを邪魔してきた澄川さんを倒したのはお手柄ですよ。本来なら仲間にできれば一番でしたが」
 角坂が笑顔で言う。
「あんたたち、よくも!」
「誤解のないように。これは決闘だと最初に断っていたはずです。それも、人数差が出ないように四対四で正々堂々と戦った。あなた方も我々の同志を倒している。恨むのは筋違いでしょう。ただ──」
 角坂はスーツの内ポケットから宝石を一つ取り出す。
「あなた方が戦っている間に、キーストーンはこの通り、いただきました」
「なっ!」
「いったい、どこに!?」
「この神社にありましたよ。偽物のキーストーンの陰に隠れて、ずっとね。もっともそれは、赤い世界に包まれていなければ分からないカラクリになっていましたが」
 そしてキーストーンをしまう。その前に三人が立ちはだかる。
「それをどうするつもり」
「もしもこの世界を滅ぼすつもりなら」
「ここで、倒す!」
 だが角坂はただ首を振る。
「ご安心ください。誓って約束しましょう。このキーストーンでこの世界を滅ぼすようなことはしません。このキーストーンには他の使い道があるのです」
「他の?」
「はい。ですので、ここは一度引かせていただきます。あなた方と戦うのも一興ですが、このままだと天野さんが戦えませんからね」
 なんとか立ち上がった天野が「すみません」と答える。
「いいえ、キーストーンが手に入って、澄川さんも倒せた。十分ですよ。さあ、行きましょう」
 そして三人の姿が消えて、森に緑が戻ってくる。赤い世界から解き放たれた。
「澄川くん!」
 デネブがすぐさま聖登に駆け寄った。出血が激しかったが、まだかすかに息がある。
「生きてる」
「アルタイル!」
「分かってる!」
 まだ生きているという言葉と同時にアルタイルは力をためた。
「デルタ・レインボー・ヒーリング!」
 傷口をふさぐ魔法を放つが、それまでに流した血の量があまりに多すぎる。
「澄川くん、しっかりして!」
 デネブが右手を取って呼びかける。意識が消えそうな目で、聖登はデネブを見つめる。
「まほう、しょうじょ──」
 そのうわ言が、三人の心を射抜く。
「──おまえらさえ、いなければ」
 意識を失いかけているからこそ、その言葉は本心以外の何物でもない。どうしてそこまで自分たちが憎まれなければならないのか。
「私は、澄川くんにどれだけ憎まれてもいい」
 だが、デネブはそれでも強く手をにぎりしめる。
「澄川くんが生きていてくれるなら、何だっていい! だから、死なないで!」
 その手を胸に抱く。急速に冷えていこうとする体に、熱を与えるために。
「そうだね。どんなことがあっても死ぬよりは生きている方がいい」
 ベガも反対の手を抱いた。
「だいいち、そんな言葉を言い残していくなんて卑怯だ。私たちは言い返すこともできないじゃないか。さっさと起きて、憎まれ口をたたいてみろ」
 ベガが言い終わると、アルタイルは両手で聖登の頬を覆う。
「あなたは死んでは駄目よ」
 その目には涙が浮かんでいる。
「あなたが死ねば、ここに悲しむ人が三人もいるんだから!」
 その三人の願いが通じたのか、徐々に聖登の焦点が整ってくる。
「澄川くん」
「デネブ、か」
 だが、相変わらず顔色は蒼白で、呼吸も絶え絶えというものだった。
「大丈夫よ。傷口はふさがったわ」
「すまない、迷惑をかけた」
「いいから話さないで。少しでも体力を回復しないと」
 言われて聖登は目を閉じる。
「お前たちは勝ったというのに、俺一人が負けたのか。情けないな」
「昔の彼女相手に、手加減でもしたんでしょ」
 アルタイルが遠慮なく言う。
「そう思うか?」
「思うわ。私たちが到着したときの彼女の様子がおかしかったもの。あなたが手加減して、結果あなたが倒れた。それに彼女は納得がいかなかった。そんなところでしょ?」
「手厳しいな。だが、事実だけを言うなら大きく間違ってはいない」
「手加減したの?」
 ベガが割り込んでくる。
「戦いには全力をつくした。ただ、あいつが望むなら殺されてやってもいいか、くらいには思ったが」
「その結果がこれか」
 もう傷跡しか残っていなかったが、間違いなくその胸にナイフが刺さったのだ。
「死んだら駄目だよ」
 デネブが言う。分かった、と聖登は答えた。
「それにしても、ここにキーストーンがあったなんてね」
 ベガが神社を見て言う。
「そうね。前にあれだけ探したのに、結局ここにあるなんて」
「偽物のキーストーンのそばに隠す。ありがちなことだが、本当にやられると腹立つわね」
「見つからないのがおかしいのよ。この神社なんて何回捜索したと思ってるのよ」
 三人娘が口々に不満を言うが、その前回を知らない聖登としては実感が持てない。
「キーストーンで世界を滅ぼすつもりはないって言ってたけど、じゃあ何に使うつもりなんだろう」
「世界を渡るため、だろうな」
 それに関しては聖登にも自信がある。彼らの目的は復讐。ならば単純に、魔法少女の世界へ行くための鍵にするはずだ。
「世界を渡って、どこに行くの?」
「決まっている。お前たちの世界だ」
「私たちの?」
「そうだ。魔法少女の世界に渡って、魔法少女を残らず倒す。それが目的なのだろう」
「でも、魔法少女たちがそんなに簡単に倒せるとは思えないけど」
 実際、この戦いでも魔法少女と赤い世界の魔法使いたちとは魔法少女の三戦三勝だ。どうみても魔法少女の方が強い。
「別に正面から戦うだけが手段ではない。魔法少女を一人ずつ──そうだな、彼らの名前にしたがって、暗殺するという方法が考えられる」
「暗殺?」
「そうだ。魔法少女だって殺されてしまってはどうにもならないだろう。無限に生きられるわけでもないのだから」
「魔法少女って死ぬの?」
 ベガがアルタイルに聞く。
「もちろん死ぬわよ。ただ、あの世界は時間の止まった世界だから、肉体的に寿命を迎えるということはないわ」
「時間の止まった世界か」
 聖登の頭の中で、何かがめまぐるしく回転し始める。
「魔法少女の世界というのは、どこもかしこも時間が止まっているのか?」
「例外的に時間の流れる場所があるわよ。そうしないと、新しい魔法少女がいつまで経っても生まれてこないから。分かりやすいところでは“成長の広場”かしら」
「なにそれ?」
 ベガが何も知らないという感じで尋ねる。
「人間の世界と同じようなところよ。一つの都市といってもいい。成長の広場は生まれてから魔法少女になるまで過ごす場所。もちろん、魔法少女をリタイアしてもその広場に戻ることになるけど」
「魔法少女を育てるためだけに一つの都市をつくってるんだ」
 はあー、とベガが驚く。
「他にもあるのか?」
「そうね。あとは懲罰房とかも。あそこは罪を犯した魔法少女を閉じ込めて、魔法少女としての資格を剥奪する──要するに、その年齢に至らせるっていうことね。そういう場所があるわ」
「それは、成長の広場ではできないことなのか?」
「人口何十万といる都市だから、犯罪者をその都市におくのは賛成しかねるわね」
「なるほど」
 魔法少女の世界というのもいろいろなルールがあるものらしい。なかなか面白いが、今の話は覚えておくと役に立つだろう。
「ところで、お前たちは魔法少女の世界へはいけないという話だったな」
「ええ」
「だが、あいつらはきっとキーストーンを使って魔法少女の世界へ行くことになるだろう。何か緊急で向こうの世界と連絡を取ったり、戻ったりすることはできないのか」
「うーん……」
 アルタイルが考え込む。そして答えた。
「残念だけど、どうにもならないわ」
「なるほど。あるにはあるが、俺には教えられないか、その手段を取るには何か障害があるということか」
 言い当てられてアルタイルは飛び上がるように驚く。
「どうして」
「もし本当に何の手段もないのなら、お前は即答で、ない、と答えるだろう。考えたということは、俺に教えてもいいかどうかの判断をしたか、現状で可能かどうかの分析をしたか、どちらかだ」
 言われてアルタイルはため息をついた。そこまで見破られているのなら、隠しようがない。
「分かったわ。できるかどうか、相談してみましょう」
「相談?」
「ええ。少なくとも私たち魔法少女の意思だけで世界を渡ることはできない。ただ、それを管理している人なら可能よ」
「もしかして」
 と、ベガが口にする。アルタイルは頷いて答えた。
「そう。私たちの以前の上官にあたる人物、簾舞音哉(みすまい・おとや)さんのところよ」







第十六話

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