元に戻った四人はその足で簾舞音哉(みすまい・おとや)のオルゴール堂へと急ぐ。
 店はいつものように客がおらず、だがオルゴールの音色が建物の中に単音で鳴り響いている。
「これは、戦場のメリークリスマス」
 清田英夢(きよた・あやめ)が体を震わせる。
「その曲に、何か意味があるの?」
 明日風真夜(あすかぜ・まよ)が尋ねた。
「うん。前に音哉さんが言ってたんだ。戦いが近づくときにこの曲のオルゴールを作るって」
「音哉さん、それじゃあさっきの私たちの戦いのこと、知って……?」
 藤野遙(ふじの・はるか)が不安そうに言う。
「本人に聞けば分かることだ」
 が、澄川聖登(すみかわ・まさと)がそう言って建物の奥に入っていく。中には音哉老人が一人。
「ふうん」
 音哉老人は値踏みするように聖登を見る。
「君が魔法使いの『澄川聖登』くんか」
「あなたが魔法少女を束ねる人物か」
「まあ、もう引退したから現在束ねているわけではないけどね。二年前のこの町での戦いのときには彼女たちのサポートをさせてもらったよ」
「二年前か。もう札幌事件は終わった後だな」
 音哉の表情が曇る。
「君は札幌の関係者かね?」
「札幌の生き残りだ。それに、今回戦いをしかけてきたうちの何人かも」
「なるほど」
 音哉が表情を曇らせたまま話を続ける。
「やはり、魔法少女に対する復讐、ということか」
「なるほど。あんたは事情に通じているようだ」
「詳しくは知らんよ。見ての通り、ワシは魔法少女どころか、女ですらないからの」
「だが、魔法少女の真実の一端を知る者ではある」
「そうじゃな。否定はせんよ。こう見えても魔法少女たちの前線指揮官の一人。とはいえ、二年前を最後に引退したが」
「音哉さん」
 真夜がおそるおそる声をかける。
「私、見たんです。三年前の札幌を。そして、生き残った人々が襲われているところを」
「わ、私も見たよ、それ!」
 英夢が便乗する。「私も!」と遙も入ってくる。
「突然爆発したと思ったら、いきなり化け物になってた」
「うん。それに、あの赤い魔法使いの人たちも。突然魔法が使えるようになって、その化け物を倒してた」
 二人の言葉に、だが真夜は首を振る。
「私も赤い魔法使いは見たわ。でも、その人たちは襲われていたのよ」
「だから、化け物たちにでしょ?」
「いいえ、それは──」
「真夜ちゃん。それ以上は言っちゃいかん」
 音哉が止めた。
「言葉は伝わるもの。一度外に発信すると、彼女は必ずそれを聞きつける」
 真夜はそれを聞いて思い出す。確かにオメガは言った。自分を、必ず見つけ出して殺すと。
「それじゃあ、音哉さんは知っていたの?」
「──ああ」
 ふう、とため息をついた。

「あの札幌事件を引き起こしたのは、まぎれもなく魔法少女の方じゃよ」

 それが、事実。
 今まで自分たちが正義だと信じていた魔法少女たちにつきつけられる現実。
「いったい、なぜ」
「その理由までは知らん……が、そんなにいい話というわけでもないじゃろうな。女王が明らかにしていない以上、やましい理由であることには違いあるまい」
 そして音哉は聖登を見る。
「君はそのあたりの事情も知っているのではないかな?」
「知っている」
 あっさりと聖登は答えた。
「彼女たちに教えてやることは──無理のようじゃの」
「できないな。あの札幌で、理由もなく化け物にされたり、殺されたりした連中のことを思えば」
「澄川くん」
 すると、遙がその手を取る。
「私たちじゃ、信用できない? 私たち、ちゃんと自分で考えて判断できると思う。たとえ魔法少女が悪いのだとしたら、それに立ち向かう覚悟くらいはある」
「同意見」
 英夢が手を挙げた。
「二百万人もの人がなくなった事件をうやむやにするなんて、絶対に許せない」
「私も」
 真夜もうなずいて賛同する。
「私たちは誇りある魔法少女。悪事に加担することはできません」
 と、三人が決意を表明すると、聖登は苦笑した。
「魔法少女全員を敵に回すことになるぞ」
 身の引き締まる思いだった。だが、後には引けない。
「私ね、曲がったことが大嫌いなんだ」
「澄川くんの力になりたいの」
「真実を少しでも見てしまった以上、見て見ぬふりなんてできないもの」
 すると聖登は「いいだろう」と答えた。
「そもそもあの札幌事件。あれは人為的に引き起こされたものだ」
「人為的?」
「そうだ。あの赤い球体を作り出したのは魔法少女の国の女王だ」
 そこまでは既に予測がついていた。三人とも「やはり」という表情だ。
「でも、どうして」
「あの札幌に、俺たちがいたからだ」
「俺たち?」
「赤い世界の魔法使いたち。魔法使いの因子を持った人間が、なぜかあのとき札幌には何百人と存在した。他の都市には一人もいなかったのにな。札幌がたまたま特異点だったのだろう。女王は魔法を使うものは魔法少女以外には必要ないと判断し、札幌ごと消滅させることに決めた」
「札幌ごと──」
「──消滅!?」
 英夢と遙が茫然としている。
「そ、それって、なんの罪もない二百万の札幌の人ごと、全員を殺そうとしたっていうこと?」
「それ以外の意味で伝わったのなら、俺の説明力不足だな」
 英夢が首を振る。
 二百万人。一言でいえばたったそれだけだ。
 だが、それを実行に移すということは、二百万通りの人生を終わらせたということだ。
 それを聞いて、硬い表情のまま逆にうなずいたのは真夜だった。
「なるほどね。そして、赤い世界にしてもなお生き残ったものは抹殺していったというわけね」
「はぁ!?」
 今度こそ英夢はすっとんきょうな声を上げた。
「抹殺って、誰が、誰を!?」
「そんなの決まってるでしょ。魔法少女が、赤い世界の魔法使いたちを、よ。だから私たちは真実も知らされずに憎まれることになった。それはそうでしょうね。赤い世界の魔法使いたちも、真実を知らされないままどんどん殺されていったんでしょうから」
「でも、そんなことを平気でやれる魔法少女なんて──」
 遙が言いかけてとまる。
 いる。たった一人、何の感情もなく、ただ与えられた命令をこなすだけのロボットのような魔法少女が。
「あいつなの?」
「ええ。私はそれをさっきの戦いの中で見たわ」

 魔法少女オメガ・エンド。

 基本カラーはブラック。漆黒の闇。使う武器はさまざまだが、一番よく使うのは大鎌で、仲間たちからは『死神』と言われて怖れられている。
 オメガは単独で行動する。自分たちデルタなら三人、アルファなら二人とチーム人数が決まっているものだが、オメガは唯一単独で動く魔法少女だ。
 オメガには女王から直接命令が下されることも多く、あまり魔法少女の国にはいないことが多いのだが。
「でも、そんな自分勝手な理由で二百万人を殺すだなんて、他の魔法少女が知ったら黙っておかないよ」
「ああ。黙ってなかったよ」
 その会話に参加してきたのは音哉だった。
「今の話を聞いて、ようやく合点がいった。あの札幌事件のとき、魔法少女の中でたった一人だけ、命令違反をおかして札幌に向かったものがいた。その魔法少女は自分が狙われることも覚悟の上で、札幌に出向き、そこで何人かの人間を──要するに赤い世界の魔法使いたちということじゃな。それを助けたと聞いておる」
「何人か……」
「助けた……って」
 三人が一斉に聖登を見つめる。
「もしかして、聖登の言ってた命の恩人って」
「そのまさかだ」
 聖登も心なしか、声が震えているようだった。
「爺さん、その魔法少女、名前は何ていうんだ」
「魔法少女シータ・アイリス。花を司る魔法少女、四人チームの一人じゃな」
「色は黄色か」
「そうじゃ」
「アイリス──ようやく、名前が分かった」
 その聖登の表情は、今までにないほどの幸せがにじみ出ていた。それを見た遙は顔を曇らせる。
「じゃが、アイリスはこの事件のせいで、捕まってしまった」
「捕まった?」
「ああ。聞いたところでは、懲罰房に入れられたということじゃ。あれから三年。魔法少女の本体も時の流れる場所に十八年いれば魔法少女の力を亡くしてしまい、また新たな魔法少女が生まれることになる。女王はアイリスを永久に懲罰房に入れて、真相を葬るつもりじゃろう」
「助けなきゃ!」
 英夢が握りこぶしで叫ぶ。
「そうね。黙って見ぬふりはできないわ」
 遙も毅然として言う。
「いいの、遙? アイリスを助けるっていうことは、澄川さんの思い人を助けるってことになるのよ?」
 真夜が意地悪く言う。だが、遙は首を振る。
「だって、アイリスがいなかったら、私は澄川くんに会えなかったっていうことだもの。助けて感謝するのが当然でしょ」
「さすが真面目っ子」
 よしよし、と英夢が頭をなでる。
「そういうことなら仕方ないわね。音哉さん、どうにかして、魔法少女の世界に戻る方法はないかしら?」
「お前さんたちだけなら不可能というほどでもないが、澄川くんまでとなると難しいのう」
「そこをなんとか!」
「おねがいします!」
 ふむ、と音哉は考える。
「魔法少女でないものが向こうの世界にいけば、君は何かを失う。それでもいいかね?」
「何か、とは?」
「たとえば視覚。あるいは感情。そうした君の体に備わっている何かだ。それでもかまわないかね?」
「それはかまわないが──爺さん、あんたは何をなくしたんだ」
 その切り返しに、音哉老人は笑った。
「まさか、これだけのやり取りで気づくとは思わなかったよ」
「自分で体験しているから分かっているということだろう」
「そうさね。自分も君と同じように、愛する少女を追いかけてあの世界へと渡った。代償として失ったのは、この耳だよ」
「耳?」
「儂の耳はあれ以来聞こえることがなくなった。もう、五十年も前のことじゃ」
 それを聞いて、魔法少女たち三人が驚愕する。
「うそ、音哉さん、ほんとに!?」
「そんな、今まで何もそんな素振りは」
「表にしないように気をつけていたからの。お前さんたちが何を話しているかは唇の動きでわかる。もっとも、口元を隠されたら分からんがね」
 特別表情を崩すようなそぶりもない。たとえ耳が聞こえなくなったとしても、自分がするべきことをしたという満足がそこにある。
「聴覚には限らないのか?」
「限らんということだったよ。何がなくなるのかは人次第ということだね」
「ならばいい。俺を、向こうの世界へやってくれ。もう一度あの魔法少女に会えるのなら、何をなくしても、かまわない」
「そうか。後悔しない覚悟があるならいいだろう。君を魔法少女の世界へ送ろう」
「後悔などしない。俺の残りの人生は、あの魔法少女に会うためにだけ使うと決めた。どのような結果になろうとも文句のあるはずがない」
「助けてくれるのかね、あの子を」
「当然だ」
 聖登は強くうなずいた。
「あいつが苦しんでいるというのなら、俺はあいつを助けなければならない」







間奏

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