「ねんがんのディズニーランドにやってきたぞ!」
「そうか。関係ないな」






【16−A】







 三月から六月にかけて、約三ヶ月にわたる日本縦断の旅はひとまず終了をむかえた。とはいえ、さすがに三ヶ月では行きたいところのすべてを回ることはできない。気に入ったところは何日でも滞在するし、予想外に何もなければすぐに次の目的地に移動するなりしていた。
 今回は鹿児島まで飛行機で飛び、そこから北上していくことにした。もっとも三ヶ月間移動し続けではさすがに真央の体力がもたない。十日ほどで一度家に戻って、数日休んでからまた出発する、その繰り返しだった。
 まずは九州各地を回り、そのまま中国地方・四国地方とめぐっていく。それだけ回るのに二ヶ月かかったのだが、その後が大変だった。兵庫から大阪入り、さらには京都まで来るともう見るものが多すぎてどうにもならない状態だった。最終的に京都には十日間いたことになるのか。そして誕生日が近づいてきたので、京都から戻ってきたのが先週、六月十五日の金曜日だった。
 そのまま十六、十七日の土日は二人とも家でまったりと休み、十八日になってからようやく活動再開というわけだ。
「体調は大丈夫なのか?」
 おきてきた真央に朝のコーヒーを入れる。
「全然平気だ。たまに体調を悪くするからといって、過保護にする必要はないぞ、悠斗」
 こうして見ている限り、真央は健康体そのものだ。だが油断しているとすぐに具合が悪くなる。真央の体調管理も自分の仕事の一つだ。
「たまには友人に会いたくはならないのか?」
 三ヶ月もの間、ずっと自分と一緒にいたのだ。それでもお互いに相手に飽きることがないというのは、とても恵まれた関係なのだろう。
「悠斗といられるのが何より嬉しいからな。まあ、できれば麻佑子と笑美の二人にもいてほしいとは思うが」
「大学生もそう簡単に休めるわけではないか」
「そうだな。でも、次の日曜日には二人ともここに来ることになっている。誕生日プレゼントを持ってな」
 久しぶりに会える友人に真央が心を動かしているのを見てほっとする。こうして他人を好きになってくれるのが、真央の命が永らえる一番の薬になる。
「それで、明日は何時に行くんだ?」
「九時開園だから、八時には並んでおきたいな」
「九時開園なら九時に行けばいいんじゃないのか?」
「そう思っていたことが俺にもありました」
 ディズニーランドなど一生涯行くことはないと思っていたのだが、何の因果か前につきあっていた朋絵がディズニーランドに詳しかったのだ。八時半の開園で七時から並ぶとかどういう神経なのかと思ったが、実際に現地に行ってみるとその時間から並んでいる人の多さに驚くのだ。
「まあ、何も特別なことがない平日ど真ん中だから、空いている日ではあると思うが」
「ディズニーランドには毎日何千人という客が押し寄せると聞いたぞ」
「そんな人数で済めばガラガラだな。だいたい平日で二万人から四万人くらいだということだ」
 八万人を超えたら入場制限が出る。そうなった日はもうほとんど遊べないから、パレードの最中にアトラクションに乗る方がいい、とか言われた記憶がある。
「でもパレードは見たいぞ」
「大丈夫だ。やっているアトラクションのほとんどに乗ってパレードも見られるくらいの時間はある。明日は一日中遊び倒すのだから、体力をしっかり蓄えておけと言ったんだ」
「了解した。ところで悠斗が前にディズニーランドに行ったのは朋絵さんのときなのか?」
「お前はあいつのことになると途端に勘が働くな」
「悠斗は分かりやすい。というより、朋絵さん以上に悠斗に似合う女性はそうそういるものではないだろう」
 達観しているのか、事実として淡々と語る。
「そのくせ境さんを勧めたりしていたよな」
「麻佑子なら大丈夫だ。あの子は悠斗の近くにいられるだけで喜ぶタイプだからな」
 それは友人を評価しているのか、そうではないのか。
「悠斗は顔もいいし、優しくて頼りになる。男性としては相当魅力的だろう。見る目がなかったとしても悠斗から目をそむけることができる女性は少ない」
「一応褒められたと思っておこう」






 というわけで六月十九日(火)。真央は地球滞在四年目にしてついにディズニーランドへやってきたのだった。
「ねんがんのディズニーランドへやってきたぞ!」
「そうか、関係ないな」
「いや、一緒に来てるだろ!」
 真央から突っ込みが入る。どうもテンションが高いが、それくらい楽しみにしていたということなのだろう。
 さすがに七時だとほとんど並んでいる客も少なく、たくさんある入場ゲートの一つに前から二番目で並ぶ。
「この位置なら入園前にキャラクターをじっくり見られるな」
「うん、それも楽しみだ。そのために早く来たようなものだからな」
 レジャーシートを敷いて座る。まだ七時だが、今日は暑くなりそうだと分かる気温だ。
「いっそホテルを取ればよかったか」
「いや、そんな必要はない。こうして悠斗と一緒に並ぶ時間も私には貴重だ」
「そう言いながら3DSを取り出しているのは何の真似だ」
「テリーのワンダーランド。たぶんここまでで相当すれ違ってると思うんだ」
 まあ、一時間以上やることもないのではこういう息抜きも必要なのだろう。というわけで自分も持ってきた小説を読むことにした。
「何の本?」
「ミステリーといえるかどうか分からんが、その類のものだ」
「タイトルは?」
「乾くるみの『蒼林堂古書店へようこそ』」
「古書店? ビブリアみたいなのか?」
「とも違うな。別に殺人や何かが起こるわけじゃない。日常のちょっとした謎を解く、そんな感じの話だ」
 あまり時間をかけずに読むことができるのはありがたい。適度な時間つぶしになるし、それでいて適度に面白い。
「今度読ませて」
「ああ。お前のゲームが一段落ついたらな」
「悠斗は知らないかもしれないが」
 真央は勝ち誇ったように言う。
「私はもう、北方水滸伝も東野圭吾の作品も、悠斗の本棚にあるやつは全部読んだ」
 意外だった。いつの間に読んだというのか。
「そんなこと、お前あまり言わなかっただろう」
「というのも高三の後期は授業があまりなくて暇だったんだ。少しずつ本を持ち出しては読ませてもらった。悠斗がそういう口調なのは、ミステリー系の主人公の影響じゃないのか?」
「主人公が全員こういう話し方だったらつまらないだろう」
「それもそうだ」
 と、そんな軽口をたたいてからそれぞれ自分の作業に没頭する。何かあったときは会話を振る。基本的に相手から話しかけられたときは自分の作業を止めて相手の話を聞く。真央とはずっとこんな感じだ。会話が途切れたら作業に入る。それもいつものこと。
(本当に、一緒にいて飽きることがないし、かといって面倒になるほどでもない。俺にとっては理想の女性、ということなのだろうが)
 真央のことをどう思っているか、それはもうずいぶん前にはっきりしていた。おそらく真央もはっきりしているのだろう。だが、最後の一線を超えるつもりはない。あと一年で別れなければいけない相手に、いったい何を言えというのか。
(一年だけでも、本気で恋愛をさせた方がいいのか)
 真央のことを考えるとどちらがいいのか分からなくなってくる。恋愛感情が魔王にならないための条件だというのなら、喜んで告白するだろう。だが、それが絶対条件でないのなら自分の行為はお互いを苦しめることにしかならない。
 時間が近づいてきて、あちこちでレジャーシートをしまう人が増えてきた。真央もすれ違いモードに戻して3DSをしまう。その間にレジャーシートを片付ける。
 やがて、ミッキーやミニーといったキャラクターが向こうから駆け寄ってくる。真央の様子といえば、いたって冷静だった。
「もっと騒ぐのかと思ったが」
「残念だが、私はディズニーというジャンルにそこまでの思い入れがない。ここが夢を売る場所だというのは分かっているのだが」
「まあ、売ってもらえるのは夢ばかりではないさ」
 そう言うと真央は不思議そうに見つめてきた。
「では、何を売っているんだ?」
「後で教える」
 その話を今するべきではないだろうと判断して、ゲートオープンを待つ。やがて、一斉に扉が開いて改札となった。
「悠斗、頼む」
「頼まれた」
 真央からパスポートを受け取り、全力で駆け出す。まあ、今日の人数の少なさでファストパスがどれほど必要かは微妙だが、少しでも早くファストパスを出しておけば次のパスを出すのも楽になる。
 まず目指したのはビッグサンダーマウンテン。ファストパス発券機はほとんど人もなく、あっさりと二人分をゲット。
 そのまま移動して合流地点へ。それでも自分の方が先に着くだろうと思っていたが、ほぼ同時に合流できた。
「無事にもらえたようだな」
「ああ、確かにもらえた」
 真央の胸に燦然と輝く『お誕生日シール』。キャストに「今日が誕生日だ」と伝えるとこういうシールがもらえるのだ。
「それじゃあ行こうか」
「ああ。スプラッシュマウンテンはすぐそこだ」
 到着すると、スプラッシュマウンテンに並んでいる客はまだ少なく、ボートが大量に余っている。
「お誕生日おめでとうございます!」
 と、いきなりキャストから拍手の出迎えが。
「あ、ありがとう」
「今ならお二人で乗れますよ、どうぞ!」
 と、最前列に二人で乗せられて、後ろに誰もいない状態で出発した。
「おお、動いた!」
「いや、お前ディズニーじゃなかったら遊園地自体は初めてじゃないだろう」
「それはそれ、これはこれだ。だいたい、水に浮かんでるのは──ひゃうっ!」
 最初に少し急流があったが、その後はまたしばらくゆっくりとした流れになる。
「面白いな、ディズニーは」
「悲鳴を上げた直後のセリフではないな」
「アトラクションは悲鳴を上げた方が面白い。悠斗は何とも思わないのか」
「自分の中に湧き上がる感情や衝動を冷静に分析して楽しんでいる」
「無表情な割に楽しんでいるんだな」
 そしてスプラッシュマウンテン最大の山場である、洞窟から外に出たところで傾斜四十五度のダウンフォール。
「きゃあああああああああああああっ!」
 真央の女の子らしい悲鳴など聞いたことがない。こんな声も出せるんだな、と素直に驚く。
 水飛沫を浴びて頭から濡れたものの、非常に楽しいアトラクションだ。
「面白かった」
「本当に悲鳴直後のセリフじゃないな」
「まあ、私らしくないところはあったかもしれないな。それもまあ、私の新たな一面ということで」
 アトラクションから降りて出口に向かうと、そこで最後の急降下の写真が映し出されている。
「こんなのもあるんだな」
「一枚千円だそうだ。どうする?」
「買おう。私のより、悠斗の顔の方が面白い」
 無表情。若干、真央の方を見ているような感じはするが。
「そんなものを見て面白いのか」
「面白い。少なくとも私にとっては」
「まあ、好きにすればいい」
 というわけで写真を買った後、続けざまにホーンテッドマンションへ乗り込む。
 こちらも待ち時間わずか五分という短さで、すぐに乗り込むことができた。
「お誕生日おめでとうございますー!」
 本当にキャストから何度も声をかけられる。来年の誕生日は祝っているような状況ではないから、今年がある意味最後の誕生日でもある。こうして何度も祝ってもらえるのが本当にありがたい。
「ディズニーは人を楽しませる力が本当にすごいな」
「そう思う。何度も繰り返し来たくなる魔力があるな」
「ふむ。私が魔王になった際には、魔族も人間も楽しめるような施設を作るか」
「文化大革命だな」
 こうしてホーンテッドマンションで不思議でちょっと怖い映像が見られる乗り物を楽しみ、その後はジャングルクルーズに行って船に乗った。
「こちらのお客様は今日が誕生日ですね! おめでとうございます! ここから先は三週間のジャングル体験ですが、ご家族やお友達とは別れをすませてきましたか?」
 と、船長の振りに対して、
「家族ならここにいる一人だけだから大丈夫」
「いや、そこは素で答えるところじゃないだろ」
 生真面目な真央の反応が面白かったのか、周りの客からも笑いが起こった。
「というわけで皆さま、ジャングルクルーズへようこそいらっしゃいました」
「そういえば船のアトラクションに乗るのも久しぶりだな」
「ああ、沖縄でそういえば乗ったな」
「あー、そこのカップルさん、今私の話の最中なので、いちゃつくのは帰ってからにして、話聞いてくださいねー」
 そんなところまで突っ込みを入れるのか。すごいなここの船長。
 そうして船であれこれ見学して戻ってくる。船長の話がとにかく面白かったので、どの客も満足そうに笑顔を浮かべていた。
「ところで悠斗。一つ確認したい」
 降りてからビッグサンダーマウンテンに行く途中で、真央が尋ねてきた。
「何だ」
「さっきの船長、いちゃつくのは帰ってからと言っていたが、悠斗にそのつもりはあるのか?」
「阿呆。船長のは単なる会話のネタだろう」
「そうか」
 と言いながら、真央は自分の手を取ってきた。
「私は悠斗と一緒にいるのは好きだぞ」
「知っている」
「ああ。私も悠斗が私と一緒にいられて嬉しいことを知っている。お互い様だな」
 そう言って微笑む。やれやれ、この微笑みと手のぬくもりには勝てる気がしない。







【17-A】

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