予兆




〜 1 〜




「おはようございます、父上」
 ファーディルは謁見の間に入り、うやうやしく膝をついた。そして、顔を上げてまっすぐに父である国王を見据える。
 父、ブロージットは当年51歳になる。国王として、この体中から満ち溢れる威厳というものは、世界中どこの国の王といえども感じさせられるものではない。ファーディルはそのような父を、尊敬もしていたし畏怖してもいた。
 だが、それももう限界かもしれなかった。ここ数年というもの、めっきりと老け込んで見えるようになったのはファーディルだけではないだろう。すでに頭髪は白く、老いというものを深く感じさせる。それは国王という仕事がいかに激務であるかということの象徴でもあり、国王の体が衰弱に向かっている証でもあった。国王引退の噂はすでに宮廷中に聞いたことのない者はいないというほどであった。
「おはようございます、か。まるで今起きたような言い方だな、ファーディル」
 父王の横に立っていたファザットが声をかけた。その言葉はあながち嘘でもなかったので苦笑するにとどめ、返答はひかえた。
 自分と同じ、金髪碧眼の美形。背は自分より頭一つ高く、がっしりとした体つきをしている。その割に顔はすらりと整っている。
 王太子ファザットが王位を継承するのも、あと数年といったところであろう、と誰もが、それこそファーディルですらも思っていた。
 ファーディルの兄、ファザットは武勇・学問・指揮などなど、どの分野をみても秀でている王太子であった。その彼が弟のファーディルや妹のリアナをことのほか可愛がり、いずれは2人とも国内の重役につけたいとよく語っていたことを、ファーディルは生涯忘れないだろう。
 ファーディルは自分が宮廷を分裂させるような立場にいることをよく理解しているし、兄の優しさは逆につらいということもないではなかった。だから1度だけ、兄にこう言ったことがある。
『そのような位置に立たされる前に自分を他国へ婿養子にだしても全く構わない』
 だがその言葉はファザットを弟妹への愛をまざまざと見せつけられたという結果しか生みはしなかった。
『たとえどんな立場になろうとも、弟を売るつもりはさらさらない。もしそうなったら……いや、お前の性格からしてそうなることはありえない。お前が私に弓引くことはありえないし、誰かに煽動されるようなことも、自尊心の強いお前では不可能だ』
 ファザットは笑って答えた。それだけ弟妹を信用しているし、理解しているし、愛してもいるということであった。この1件でファーディルは兄の愛を信じていなかった自分に気付き、深く反省したものだった。そして同時に、兄への永遠の忠誠を誓ったのである。
「早速だがファーディル。国祭のことで相談がある」
「はい。フィナーレの件でございますね」
 国祭は毎年国1番の行事となる。その中でも最も注目を浴びるのが、王宮からの『出し物』。すなわちフィナーレ・パレードである。毎年王宮は一体何を見せてくれるのか、国民は最大の興味を持っている。ちなみに、昨年のサルヴァー宰相企画の闘技場で行われた『蹴球大会』には国の多数の武将が出場し、なかなかの成果をあげた。だがこれは闘技場という限定された空間で行うため、観客の数に制限があり、評価としてはあまり良くはなかったといえる。ファーディルは国祭最高責任者として、昨年の反省を活かし、「最低でも王都の全員が参加できるもの」を考えたのである。
 だが、それが好結果を生むかどうかは正直絶対の自信はなかった。それは、イベントの内容の問題ではない。他の条件によるものであった。
「そのとおりだ。何でも今年のフィナーレは昨年と違って何の発表もない。時間は夜で王都ならばどこにいても参加は自由としか教えられておらん。一体お前は、何をするつもりなのだ」
「それは私も知りたいな、ファーディル。何でもこのことは国祭実行委員会の中でも最高機密として、知る者もほとんど限られていると聞いたぞ」
 ブロージット王に続きファザットにも詰め寄られ、いささか困って苦笑を浮かべる。
「確かにその件につきましては、あまり口外したくないのは事実ですね。なにせこのことを知っているのは、僕とあと他10数人しかおりませんから」
「私にも言えぬのか、ファーディル」
 ブロージットの質問に「いいえ」と首を横に振った。
「父上がフィナーレ・パレードを心配なさるのはもっともなことです。昨年があまりにも不評でしたからね」
 少なくとも僕は面白くなかった、と心の中でつけたした。昨年の蹴球大会ではファザットチームとファーディルチームに別れ、残念ながら僅差でファーディルチームが負けてしまっていた。もちろん、ファーディルが面白くないというのは、そんな個人的な心情ばかりではない。というよりもそんな心情はパレード自体が面白くない理由にはならなかった。そうではなく、国民の関心が集まらなかった、というのが1番の原因である。昨年のフィナーレ・パレードについての苦情は、ファーディルが記憶している中では過去1番多かったのだ。
「ということは、自信があるんだなファーディル」
「はい、兄上」
 念を押してくる兄に対し、一抹の不安を持ちながらも強く答えた。
「今年のフィナーレ・パレードの題名はもう公表してもよろしいでしょうね。今年のパレードは『夜空の芸術』です」
「夜空の……芸術?」
 ブロージットとファザットは顔を見合わせて不思議そうな顔をした。
「芸術……ということは」
「国民の参加はいわば『見るだけ』の参加になりますが、国民があっというような企画を用意しています。これは空が晴れていなければできないことですので、風水士に絶対に晴れている日に最終日を調節しました」
「そ、そうか」
 ブロージットは少し不安げな返事をした。どうやらその題名にあまり好印象を受けなかったらしい。
「父上、あまり期待外れのような表情をなさらないでください。本番には必ず『これほど凄いものか』と言わせてごらんにいれます」
「本当に自信があるのだな、ファーディル」
 ファザットは国王とは逆に興味を見せはじめた。どうやら彼の心の中の芸術性が表に出始めたのだろう。武勇・学問のみならず、絵画・音楽などの芸術にまで秀でているのだ。
「それとこれはお2人だけにお話します。これは最高機密ですので、母上や妹といえどもお伝えしてはいけません」
「前置きはいい、ファーディル」
 ブロージットの声で、ファーディルは改めてかしこまった。
「では。実はこのパレードでは『花火』という道具を使います」
「ハナビ?」
 とファザットが繰り返して言う。
「はい。この『花火』というのは、中に少量の火薬が詰め込まれておりまして、夜空に美しい絵を描くものです」
「火薬で描く芸術か。どのようなものか、早く見てみたいものだな」
 嬉しそうに言う兄に対して「楽しみにしていてください」と答えた。
「ファーディル。民に喜ばれる出し物である、という自信はあるのだな」
 その会話に、ブロージットは無理に入ってきた。ファーディルは頷いて答える。
「失敗したときの不安が残ります。ですが、絶対に喜ばれる出し物であるという自信はあります」
「失敗の可能性があるのか?」
 ファザットは厳しく詰問するが、ファーディルはそれを正面から受けとめはしなかった。
「雨が降ると大失敗です。あとは『花火』が盗まれるとか、火薬がしけってしまうとか……まあそのようなことがないように、全力を上げて保管しております。天候さえ気をつけていれば、失敗はございません」
 ブロージットはそれを聞いて安堵したように背もたれにもたれた。
「ならば、よい。期待しているぞ、ファーディル」
「ありがとうございます、父上。兄上。それでは僕はこれで」
 ファザットが意表をつかれたような顔をした。
「もう行くのか」
「ええ。父上も兄上も聞いておきたかったのはそのことだけなのでしょう。でしたらこれ以上は。僕もやることがございますので」
 特別しなければならないことはないのだが、まだなんとなく眠り足りなかったファーディルは2人に対して虚偽を述べることで退出しようとしたのである。
「そうか。ではまたな、ファーディル」
「兄上も」
 王族とはいえ、それぞれに役職が与えられると互いにはなかなか会えなくなるのは仕方のないことであった。そして1度会えても次に会えるのはいつになるかは分からない。だからこそこのような会話は自然にでてくるのであった。
 ファーディルは退室すると、自分の部屋へ向かって歩きだした。



「ファーディルお兄様」
 自分の部屋へ戻る途中で、ファーディルは可愛いらしい声に呼び止められた。
 ゼルヴァータの王族の血筋を証明する金色の髪。ただしファザットやファーディルと異なり、多少赤毛が混じっている。だが瞳の色は2人と全く変わらない美しい碧眼であり、小さな顔と小柄な体つきをしている。
 それは『小さな王女』と呼ばれる、ファーディルの妹、リアナであった。
「おはよう、リアナ。今日はお外へ遊びに行かないの?」
 笑って妹に答えた。リアナはその可愛らしい顔をぷくーっとふくらませて見せる。
「そんな私だっていつも遊んでいるわけじゃないんです、お兄様。それより私、グレースさん探しているのですけど、どこにいらっしゃるかご存じですか?」
 またか、と苦笑を洩らした。リアナは最近よくグレースに剣の稽古をつけてもらいにくる。一体どういうつもりなのか、全く理解できない。
「グレースはさっき会ったけど、今はどこにいるかわからない。多分、国祭実行委員会本部か稽古場にいると思うけど」
「ありがと、お兄ちゃん」
 リアナは「いけないっ」と口を両手で隠した。
『お兄ちゃん』から『お兄様』にリアナが呼び方を変えたのはつい最近のことである。どうも父から言葉使いに気をつけるように注意されたらしい。だがファーディルとしては親しみやすい『お兄ちゃん』と呼んでくれる方がずっと嬉しかった。
「相変わらずのお転婆ぶりだなリアナ」
 笑って言うと、リアナは「えへへ」と笑ってごまかす。
 リアナはこの宮廷内の全てから愛されていた。その無邪気な性格。見ているだけで心を癒される天使の微笑み。誰よりも澄んだ心を持っているからこそ、彼女は誰からも愛されるのである。
 それは、ファーディルやファザットも例外ではない。ファーディルは兄として、リアナに幸せになってほしいと思っているし、愛していた。
 そして、常に不安であった。
 いつも元気にはしているが、どことなく儚げでいつか消えてしまいそうな、その線の細さとか弱さ。
 この可愛い妹を、守りたかった。
「剣の稽古はいつまで続けるつもりなんだ、リアナ?」
 ファーディルはいつも気になっていたことをふと尋ねてみた。すると、リアナはいつもの天使の微笑みを兄に向けた。
「ファーディルお兄様よりも強くなるまで、かな?」
「おいおい、それじゃあ立場が逆じゃないか」
 またしても苦笑を浮かべた。だが、リアナは「むーっ」と膨れる。こういうところが、どうにも可愛らしい。
「……だって私、いつも守ってもらってばっかりだから、恩返しがしたいんだもん」
 ファーディルは驚いて目を丸くした。リアナは照れたように笑い、顔を赤くして伏せてしまった。
「……そうか。でも、無理はするなよ」
 リアナは満面に笑みを浮かべて「うんっ!」と元気よく頷いた。
「それじゃあね、お兄ちゃん」
 またしても「いけないっ」と口走ったリアナに、ファーディルはとうとう吹き出していた。





〜 2 〜







 コトン、と物音がした。
 ファーディルはリアナの姿が完全に消えたことを確認してから、その方向に目を向けた。
 そちらは地下倉庫の方につながる廊下であった。もっともその地下倉庫はあまり人が行くような場所ではなかった。なにしろ倉庫とは名ばかりで、そこに一体何が置かれているかというと、ファーディルですら記憶していないような雑用品ばかりという必要性の薄いものばかりである。
 しかし不審感を覚えていた。その倉庫には確か常時2人の見張り番が階段の前にいるはずであったが、その姿がどこにも見当たらない。階段が少し遠くに怪しげな雰囲気を携えてたたずんでいるだけである。
 何故倉庫番が1人もいないのだろう。そして先ほどの物音は一体何故聞こえてきたのだろう。
 疑問を確かめてみようと、階段の方にゆっくりと歩き始めた。できるだけ足音を立てないように。
 薄暗い階段を1段ずつゆっくりと下りていく。何故だかひどく動悸が速まっていた。そしてそんな自分をひどく不思議に思った。たかだか地下倉庫に下りてみるだけのことではないか。この先に、一体何かがあるとでもいうのか。
 無論何もあるはずがない。それは間違いないのだが、この先にあるものを確かめずにはいられなかった。確認しなければならなかった。何故かは分からない。だが自分の直観がそう告げていた。そしてその感覚は自分がどこかで1度感じたことがあるものだということに、ようやく気付いていた。
 今朝の、悪夢!
 そう、間違いない。この何ともいえぬ生理的嫌悪感は、今朝の夢のものと全く同じ感覚であった。
 そして最後の1段をゆっくりと爪先から下りた。そのまま全神経を耳に集中させる。微かな人の気配と、小さな話し声がした。だが何を話しているのかまでは分からない。
 静かに靴を脱ぐと、近くの物陰にそれを隠した。そして話し声の主を確かめようと、ゆっくりと奥へ進んでいった。
 誰がいるのだろう。何の話をしているのだろう。
 1度大きく深呼吸して気持ちを落ちつかせ、わずかな足音も立てずに再び前に進んでいった。
「……だから…………です」
 ようやく単語としての言葉が聞き取れるところまで近づいてきた。しかしここで簡単には緊張を解きはしなかった。そこで誰が何を話しているのかを確かめるまでは。
「……サルヴァー宰相殿」
 サルヴァー、だって?
 その名前を聞いて何も物音を立てなかったのは重畳といえたであろう。そのおかげでこの先の会話を聞くことができたのだから。
「私には……まだ決心がつきません」
「何をおっしゃるのですか。国祭はもうすぐなのですよ。計画が成功する可能性は100%、何も問題はございません」
 どうやら話の内容からして、サルヴァーが何らかの計画を実行するために誰かを引き入れようとしているらしい。しかもこの様子ではその話は何回もあったのだろう。
「私には……ファーディルを……」
 僕?
 自分の名前が出たことに驚き、思わずもう1人の男の言葉を完全に聞き取ることに失敗した。
 この場所ではだめだ。もう少し近づいて聞かないと……。
 再び動きはじめた。2人がいるちょうど後ろ側に1人がちょうど隠れることができるくらいの物陰がある。そこに行くことができれば……。
「何故ですか、それがあなたの望みではなかったのですか」
 サルヴァーが声を強めた。一体この2人は何の話をしているのだろう、僕に一体何の関係があるのだろう。そんなことを考えながらもようやく物陰に辿り着くことができた。
「私にはまだ……ファーディルを殺す決心がつかないのです」
 僕を殺すって!?
 ちょうど物陰に隠れようとしたところでその言葉が発せられ、あまりのことに驚愕し足元に注意を払うことを忘れてしまった。
 カタン。
 それは普通ならば気付くような音ではなかった。だがその微かな音が、密談をしているこの静かな洞窟という条件を附したこの場所においては、相対的に大きな音として響きわたることになった。
「誰かいる!」
 サルヴァー宰相はその音に飛び上がるように驚き、慌てて洞窟から出ていこうとした。そのときファーディルの目にサルヴァーの手から何かが落ちたように見えた。そしてそれに続いてもう1人の男も、自分のことを確かめようともせずに一目散に階段の方へ走り去って行った。
 ファーディルはその窪みから出て、その男の顔を見極めようとした。
「あれは……」
 階段の方からの光で、少しだけ男の顔が見ることができた。がっしりとした体つきに、ひときわ目立つ金髪。そしてよく見知った顔がそこにあった。
「ファザット兄上……?」
 これは一体……?
 信じられないものを見たことの動揺からなのだろうか、頭に何か痛みが走ったような気がした。そして……気を失った。



「う……ん……」
 頭に鈍い痛みが走ってファーディルは目覚めた。ここは……と、ゆっくりその場に上体を起こす。
「お目覚めですか、ファーディル様」
 すぐ横でグレースの声がした。だが何故かそれにすぐは気がつかず、周りをぼうっと見回していた。
「ここは……僕の部屋か」
 頭を抱えてうめいた。何故自分はここにいるのだろう、と。
「グレース。君はずっとここにいたのか?」
 グレースは顔をしかめて「ええ、もちろんです」と答えた。
「……どうして、当たり前なんだ?」
 ファーディルは当然訳が分からず聞き返すが、グレースはため息をつくばかりであった。
「何をおっしゃられるのですか。ご自分で私にここにいろと命ぜられたではありませんか、記憶にないのですか」
「全くない」と素直に答えた。なぜ自分が自分の部屋で寝ているのか、どうしてそういうことになったのかが理解できなかった。
 1つ深呼吸をしてベッドから下りる。既に部屋の中は薄暗い時間となっていた。ファーディルの部屋の窓は東側にあるため西日が射してこないので、まだこの時間とはいえ既に部屋はかなり暗くなっている。
「そうだグレース、リアナには会わなかったのかい?」
「会いました」
 グレースは問われるがまま答える。
「どこで?」
「国祭実行委員会本部です。直接リアナ様が会いにきてくださいました」
 眠る前の記憶を思い出しながら、さらに尋ねる。
「それで、どうしたの?」
 しかし、今度はさすがに「教えられません」と返答を拒否してきた。リアナに関する質問は、だいたいがこんな感じである。
「じゃあ僕はどれくらい眠っていたか分かるかな」
 グレースは少し考えてから答えた。
「3時ころにはお戻りになられましたから、2時間くらいだと思います」
 たしか父上と兄上に会ったのが2時ころ、それからだいたい30分くらいはその場にいたはずだ。ということは、リアナと会ってそれから自分の部屋に戻ってきたとしても、15分くらいは時間に余裕がある。
「僕が何時頃ここに戻ってきたか、覚えているかい、グレース」
「それは分かりません。私がこの部屋に来たときには既にファーディル様はこの部屋におられましたから」
 ……ということは、一体どういうことだ?
「じゃあ君がこの部屋に来たとき、僕は何て言ったか覚えてる?」
「ええ。たしか『少し眠たいから寝かせてもらうよ。グレースはすまないけど僕が起きるまでこの部屋にいてもらえるかな。2時間くらいで起こしてくれていいから』と」
 すらすらとグレースは答えるが、不思議とそのことを全く覚えていなかった。一体何故、全く思い出せないのだろう。
 必死に記憶をたどっていく。リアナと会って、それから自分は一体何をしていた?
 ようやく、彼の脳裏に徐々に記憶が戻り始めてきた。不可思議な物音、そして見張りのいなくなった地下倉庫。そして……。
(……そうだ、そんなことよりも、さっきの地下倉庫の密談。あれは一体何だったんだろう。僕を殺すって? それも首謀者がサルヴァー宰相とファザット兄上だって? 一体どういうことなんだ)
「ファーディル様? いかがなされました」
 グレースが心配そうに自分の顔をのぞきこんできた。ファーディルは笑うとグレースの肩に手を置く。
「何でもないよ、グレース。それよりも1つ手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかな」
 グレースは「何なりと」と揚々と答えた。
「それじゃあ」
 ファーディルは扉の方へ向かった。
「ついてきてくれ」





〜 3 〜







 ファーディルはグレースを連れて地下倉庫へと向かった。その途中、自分がさっき見たこと、聞いたことを残さず説明した。
「ファザット様がファーディル様を? そのようなことがあるはずはございません。だいたい、ファザット様にファーディル様を殺すための動機など全くないではありませんか」
「うーん」と、唸る。「夢だったのかなあ……」
 また夢か。もし本当にあれが夢だったとしたら、今日は本当に悪夢ばかりを見る日だ。
「もっとも、あのサルヴァーでしたら、何をしでかすかは分かりませんけどね」
 おもいっきり悪態をつくので、思わず笑い出してしまう。グレースにしても、サルヴァー宰相に対してはあまり良い印象を持てないようだ。
「サルヴァー宰相だって、僕が生まれた時からの重臣だ。疑うことはできないよ」
「心にもないことを……」
 グレースが小声で呟いたことは、もちろん聞き逃さなかった。
 たしかに、サルヴァーが怪しい人物であるのは誰の目にも明らかである。既に父ブロージットが国王の冠を戴いてから20年以上が経とうとしているが、その間サルヴァーは常にブロージットと対立しつづけた。
 彼に政治的野心がある、すなわち革命を起こそうとしているという噂すら流れている。だが彼の政治家としての能力があまりに優れているため、ブロージットも宰相の地位から下ろせないでいる。
 噂では、既に宮廷の半数がサルヴァー派だともいわれている。無論これは根拠のない噂にすぎない。だが、国王の意思を尊重せず、サルヴァーに服従するかのごとき言動をする貴族が多いこともたしかだ。
「それで、地下倉庫に行って、何をするおつもりですか?」
 自分の考えに没頭していたが、グレースから言葉をかけられたところでファーディルはそれ以上サルヴァーについて考えることを停止した。今はそれよりも、緊急の事態が生じているのだ。
「ああ、たしかサルヴァー宰相が地下倉庫から逃げだしていくときに、何かを落としたような気がするんだ。だからそれがもし今でもそこにあれば僕の言ったことが本当だということになるだろう?」
「……そんなにファザット様を犯人に仕立て上げたいのですか?」
 目をみはった。そして自分でも気付かずに「まさか!」と叫んでいた。その声で冷静さを取り戻したようであった。ふう、と一息ついてから「何で僕が兄上を……」と呟く。
「でもファーディル様を殺そうとしているかもしれない、その不安が拭いされない……というところですか?」
 大きく息を吐いて「分かっているなら聞かないでくれよ。僕だって大好きな兄上を疑いたくないんだから」と愚痴た。それを見てグレースも、くすっ、と笑う。
「分かってます。可愛いファーディル王子様。本当にあなたはいつまでも子供ですね。まあそれがあなたのいいところなのですけれど」
 うーっ、と唸った。……この歳で可愛いなどと言われるとは……情けない。
「そうこう言っているうちにも、つきましたよ、ファーディル様」
 顔を上げて先程の場所を見返した。少し向こうに薄暗い階段が見える。そしてその前に、2人の見張り番が立っている。
「お役目ご苦労」
 2人の見張り番に話しかける。兵士たちは王族に話しかけられた、ということで緊張しているようだ。
「少し聞きたいことがあるのだけど」
「なっ、何なりと!」
 思わず苦笑を洩らした。
「おいおい、いくら僕が王族だからって、あまり緊張することはないよ」
「はっ、はい。すみません」
 これはだめだ。ファーディルは笑いを隠すことができなかった。
「まあいいや。それよりも君たち、今日はずっとここの見張り番だったの?」
 すると見張り番の1人が首を横に振った。
「いいえ。自分たちは30分程前から夜中まで、ここで番をすることになっています」
「なるほど。じゃあ2時間前は誰が見張り番だったかは分かる?」
 見張り番同士が顔を見合わせたが、どうも分からないという表情を見せた。
「調べれば分かると思いますが……」
「そうか。じゃああとでその兵士たちに僕の部屋に来てくれるように言っておいてもらえるかな」
「必ず」
 にこやかに微笑んで「ありがとう」と言った。
「それじゃあ、ちょっとこの地下倉庫に下りたいんだけどいいかな」
「はい。それではこの記録簿にサインをお願いします」
 請われるまま記録簿にサインをした。

 Fardil & Grace 7/14 17:21

「あ、あの、失礼とは存じますが」
「うん?」
「一体何のご用事でここへ?」
 ファーディルは答に詰まり、助けを求めるようにグレースを見た。グレースはふう、とため息をついて「国祭に必要なものがたしかここにしまわれていたと思い、探しに来たのです」と答えた。
「そうでしたか」見張り番は素直に信じて記録簿をファーディルから受け取った。



「助かったよ、グレース」
 階段を下りきってから、小声で囁いた。
「全く、ファーディル様はアドリブもきかないのですね」
「根が正直だからね」
 軽い冗談のつもりで言ったのだが、グレースは顔をしかめて厳しい口調で注意を始めた。
「いつもいつも正直では困ります。だいたい、あなたはこの国の第2王位継承権者なのですよ。ファザット様に万一のことがあらば、この国の次代の王はあなた様なんです。そこのところをもう少し自覚なさって、もっとしっかりと勉強していただかなくてはこまります」
「分かった、分かったよグレース。だから今それを言うのはやめてくれ」
 正直,王位だの、継承権だの、そういう話をされること自体が好きではなかった。兄は誰が見ても立派な王太子であるし、自分にも凄く優しく接してくれている。ファーディルは兄ファザットが好きであったし、その兄に万一のことがあるなどということがあってほしくはなかった。
 その気持ちは必然的に、自分が王位継承権を持つ立場にあるということを厭わせていた。王朝の存続のために、常に万一のことを考えて継承権者の順位づけをすることはやむをえない。だが、自分があのファザットに次ぐ2番目にいるということが、すなわち、もし万一ファザットに何かあった時には……という立場にいることが厭わしくてならないのだ。
 ファーディルは気持ちを切り替えると、松明を掲げてサルヴァーがいた辺りを探し始めた。あの時サルヴァーはたしかに何かを落としていった。その音はしっかりと耳にやきついている。
「この辺りで間違いはないんですね?」
「うん……そのはずなんだけど」
 グレースはしゃがみ込んで探しだした。ファーディルはグレースがあまりに一生懸命に探してくれるのに感心し、自分も手抜きして探すわけにもいかず、一緒にしゃがみ込んで探し始めた。
「これでもし何もなかったら馬鹿みたいだなあ」
 その言葉にグレースは恐ろしい形相でファーディルを睨み付けた。そして立ち上がるとスタスタと歩み寄って大きな声で怒鳴った。
「何を言ってるんですかっ! もし何かあったとなればそれこそ一大事。サルヴァーとファザット様の尋問からはじまって、下手をすると内乱にもなってしまうかもしれないんですよ! 何もない方がいいに決まっているでしょう!」
 グレースのあまりの勢いに、自分の発言を後悔するより先に驚いていた。
「ご、ごめんグレース。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「そんなことは分かってます! あなたの悪いところはそうやって言葉の意味を考えることもなく発言するところです!」
 自然と背中が丸くなる。申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
「すいませんでした」
「全く、いつもいつも謝ればいいってものでもないんですからね!」
 そう言うとグレースは再びもとの場所に戻って探し始めた。
 ああ、そうか。
 唐突に理解した。グレースが何故こんなに一生懸命に探してくれているのかを。
 グレースは自分の仕えているファーディルと自分の敬愛する……そして恋している……ファザットとの争いを見たくはないのだ。
 グレースがファザットのことを愛しているということに気がついたのはいつのことだっただろうか……。少なくともファーディルがグレースのことを異性として意識する前の段階であったことには間違いない。だからこそ、自分の気持ちがそれ以上増幅することを止めることができた。
 もしもそのことを知らなければ、自分はきっとこの美しく物怖じしない女性に恋慕の情を抱いていても不思議ではないのだ。
 グレースが先ほどファーディルの発言にあれほど怒ったことも、そのことを考えれば納得いく説明がつく。ここに何か落ちているということはすなわち、ファーディルとファザットが争う可能性があるということなのだから。
「グレース」
 グレースに声をかけたが、答えてくれなかった。
「その……本当にごめん。君の気持ちも考えないで……」
 グレースは半ば諦めたように振り向くと、「そう思うならしっかりと探してください。何もなければあなたとファザット様は争わずにすむのですから」
 しっかりと「ああ」と答えた。そして隈なく地下倉庫を調べていく。
 そして30分ほど後、2人はようやく地下倉庫の探索を諦めた。いくら探しても何も出てこないのだ。
「結局何もなかったね」
「よいではありませんか。全く、あなたの夢に振り回されるのは今日限りにしてほしいですね」
「はは」と笑い「僕もだよ」と言った。
「……しかし、今朝は私に殺される夢で、さっきはファザット様に暗殺計画されている夢……そんなにあなたは人間が信じられませんか」
 ファーディルは吹き出した。
「僕は人間不信なんかじゃないよ。でも本当に今日は変な夢ばかり見るなあ。一体どうしたんだろうか」
「私に聞かれても困ります」
 それはそうだ。ファーディルはうーんと唸って階段を昇っていった。





〜 4 〜







「じゃあ君があの時間帯の見張り番だったんだね?」
 深夜。ファーディルの部屋に若い兵士が訪ねてきた。たしかに「あとで」自分の部屋に来るようには言っておいたのだが,まさかこんな真夜中に来るとは思ってもいなかった。非常識極まりない。だがとにかく今は当時の状況が知りたかったので,その点については触れなかった。
「はい。自分ともう1人、今は違う場所の見張りについていますが、たしかにあの時間の見張りでした」
 小姓に目配せして外に出てもらい、自分は夜着を羽織った。他に誰も人がいなくなってから再び尋ねる。
「じゃあ聞くけど、その時間帯、君たちはずっとそこにいた? 何らかの理由でそこから離れたりはしなかった?」
「いえ、怠慢は一切しておりません」
「いやいや、そういう意味じゃなくて」
 慌てて訂正する。
「だからその……そう、誰かに言われて少しの間見張りから外された、とか。そういうことはなかった?」
「いいえ、1度も」
 若い兵士は全く躊躇せずに答えた。
「じゃあ君は間違いなくずっと階段の前で見張っていたんだね」
「……いえ、1度離れはしましたが。でも5分ほどです。その……」
「ああ、分かった。もういいよ」
 兵士がそれ以上説明しようとするのを止め、違う質問に切り換えることにした。
「それじゃあ、君が見張りをしている間、誰かが地下倉庫に入ったりはしなかった?」
「いいえ、誰も……そういえば1度、サルヴァー宰相が近くを通りかかったのを覚えていますが、誰も入った人はいません」
「サルヴァー宰相が……そうか」
 あの辺りにサルヴァー宰相が用事のある部屋があるはずはない。ということはやはり、あれは夢ではなかったのだろうか。
「ファーディル様……あの」
 兵士は何だか言いにくいことがあるようだ。話を促すと、困ったような顔をして答えた。
「それが……1度だけ、階段の下から人の声が聞こえたような気がしたんです。2人とも気のせいだ、と思ったのですが」
「そうか、ありがとう。もう戻って休んでいいよ」
「失礼致します」
 パタン……と扉が閉まると、夜着も寝巻も脱いでカジュアルな服に着替えた。そしてもう1度部屋を出ていった。





「ファーディル様……どうしたのですか、こんな時間に」
 さきほどの見張りの兵士がファーディルの姿を認めると驚いたように言った。どうやらまだ交代の時間ではなかったようだ。「ご苦労様」とその兵士たちに声をかける。
「もう1度地下倉庫に入れてもらえるかな」
 急いでここまできたので息が切れていた。ファーディルがよほど急いでいるように見えたのだろう、見張りの兵士たちは「もちろんかまいません」とさきほどの記録簿とペンを手渡す。ファーディルはそこに自分の名前を書きなぐった。

 Fardil 7/14 11:14

「すまないな、急ぐんだ」
「いえ、お役目ご苦労様です」
 うんと頷くと記録簿を返して階段を一気に駆け降りていった。



「間違いない……ここで、サルヴァーと兄上が……僕の暗殺計画を企てていたんだ」
 それは若い兵士の発言からも充分に読み取ることができる。だがここに入ってきた者がいない以上、この地下倉庫のどこかに秘密の抜け道があるのだろう。それを見つけだすことができれば……。
 できれば、どうなるのだろう。それをもとに兄上に問い詰めるのか。それとも……。
 とにかく、本当に抜け道があるのかどうなのか、調べることが先だ。あの時サルヴァーと兄上は階段の方へ向かって逃げていった。ということは、抜け道はきっと階段の近くにあるに違いない。
 階段の傍の壁や床を隈なく調べたが、結局は何も見つからなかった。それでも何度も何度も繰り返し調べる。だが、いくら探してもそれらしきものは全く見つからない。
 やはり、あれは夢でしかなかったのだろうか……そんなことを考え始めた時のことであった。
 這いつくばって床や壁を調べていたファーディルの指先に、何かがひっかかった。もう1度、今度は意識的にそのあたりを引っかいてみる。
 カリッ。
 まちがいなく、そこに何かがあった。床の窪みになっているところにちょうど挟まっているようであった。松明を近づけて、その『何か』を引っ張りだす。
「これは……まさか……」
 あの時サルヴァーが落とした物だろうか。それとも……。
 それを掌に置いてみた。それはメダルであった。直径にして7〜8センチのメダルが縦に挟まっていたようである。そのせいでどうやら今まで見つからなかったのだろう。
「何か彫られている……」
 円形のメダルの中に、6芒星。その中央に3頭の龍が描かれている。
「ゼルヴァータ王家の紋章……」
 一体どういうことだろう。サルヴァーが保持していたのか、それともファザット兄上が持っていたものをサルヴァーに渡したのか。
「ともかく、これで1つの証拠にはなるな……少なくとも自分の記憶が夢ではなかったということの……」
 ファーディルはその場での探索をこれで終了することにして、部屋に戻ることにした。



 さて……と。
 再び寝巻に着替えるとベッドに横になり、地下倉庫で見つけたメダルを自分の顔の上に掲げた。
 ……これまでのことを整理してみようか。
 疲れたようにそう思った。一体今日は何があったのか。そしてこれから何が起ころうとしているのか。それを自分なりに解き詰めてみよう、と。
 小物入れにメダルをしまうと、しっかりと鍵を掛けた。そして再びベッドに仰向けになると、魔法の灯を消して目を閉じた。
 ……まず、朝方から今日は全てがおかしかった。グレースの夢がまず第1だ。あれが全ての凶兆を暗示していたのかもしれない。
 ……全ての凶兆の源は、当然あのファザット兄上とサルヴァー宰相との密談だ。話の内容は、僕を殺す計画について。でも兄上はまだ僕を殺す決心がつかないと悩んでいる。しかしそれは……サルヴァーに言わせると……兄上の望みだという。
 ……次に夕方、あの地下倉庫を調べに行った時のこと。あの時地下倉庫を隈なく探索したはずなのに、あのメダルを見つけることはできなかった。もっとも僕が探したのは地下倉庫の奥の方で、階段の傍を探していたのはグレースだったけど。
 ……そして夜中。もう1度地下倉庫を調べた時、あのメダルを発見した。確かにあれではグレースも見つけられなくて当然かもしれない。窪みにちょうどはまっていて、僕も3、4度目にようやく見つけたのだから。
 ……問題はファザット兄上とサルヴァー宰相が一体何を目的にしているのか、ということだ。兄上の望みは僕を殺すことだとサルヴァーが言っていた。でもどうして兄上が僕を殺さなければならないんだろう。その理由が何もない。武芸にも学問にも全てに秀でている兄上。やがてはこの国の王にもなるというほどの器を備えている。それは誰が見ても明らかだ。それなのに一体何故……。
 ……よくある継承問題云々とは全く関係はないだろう。だいたい王位第一継承権者は兄上なのだ。どちらかといえば僕が兄上を暗殺する立場にあるのだろう。
 ……だとすると、個人的な恨み、だろうか。それも考えにくい。僕は別に何も兄上の弱みなんか握ってはいないし、誰かに羨ましがられるような性質もない。
 ……やはり兄上が心から僕に恨みを持っているということ事態がありえないのではないか。確かに自分が兄上を尊敬しているからひいきしようとしているのかもしれないが、あれほど自分を愛してくれた兄上。兄上が僕を殺す理由など何1つあるはずがない。
 ……だとすると、兄上はサルヴァーに騙されているのだろうか。兄上自身に僕を殺す理由がないかぎり、他の人間から動機を植えつけられたと考えるのが妥当だろう。
 ……しかし、サルヴァー宰相にしても、結局僕を殺す理由なんかないはずだ。仮にサルヴァーに権力欲があるとして、この国の王になりたいのだとするならば、僕を殺しても何の意味もない。殺すなら父上や兄上を殺さなければ意味がないだろう。それにもし僕がそういう立場にあるとしたならば、僕に兄上を殺させて、僕にその罪をきせるという方法を使うだろう。何も兄上を取り込むよりは僕を取り込んだ方がいいに決まっているのだ。というわけで、サルヴァーに権力欲があるというのもおそらく理由にはならないだろう。
 ……でも僕はサルヴァーに個人的に恨みを持たれるようなことは何もないはずだ。
 ……まあ、確かに僕は去年の国祭のフィナーレ・パレードはよくなかったと、あちこちに言いふらしてはいたけれど、それくらいのことでサルヴァー宰相が恨みを持つとは思えないし……それにあのパレードは本当に人気が悪かったから、別に僕は間違ったことを言っているとは思えないし。
 ……国祭といえば、たしか2人が密談していたときサルヴァーが『何をおっしゃるのですか。国祭はもうすぐなのですよ。計画が成功する可能性は100%、何も心配はございません』と言っていた。だが、何故国祭がもうすぐだと僕を殺さなければならないのだろう。別に今僕がいなくなったからといって、国祭の進行に何も影響するとは……少しはあるだろうけど……そうは思えないから、国祭を潰そうとしているのではないだろうけど。だとしたら一体何が目的なんだろう? そもそも二人の計画は、国祭が始まる前に行われるものなのか、国祭の最中に行われるものなのか。考えてみれば彼らの計画は「僕を殺そうとしている」ということしか分かっていないのだ。時間も場所も理由も、何もかもが分かっていない。
 ……それからあのメダル。あれは一体何だろう。あの紋章がゼルヴァータの国紋であるのは間違いないが、あのメダルそのものは,僕は見たことはない。何に使うものなのだろう。兄上はあのメダルのことを知っているのだろうか。
 ……そうだ、明日グレースに相談してみようか。……いや、グレースはきっと悲しむだろうな。これは僕1人で片付けなければいけない作業なんだ……。
 そこまで考えると、ようやく睡魔がファーディルを包み込んでいった。その心地よい感覚に身をまかせ、意識を暗転させてゆく。
 だが、その先に存在しているのが夢魔であることを、まだファーディルは知らない。





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