進化
〜 1 〜
ドーン!……と1発目の『花火』が夜空に輝いた。ファーディルはその芸術を、城のとあるバルコニーから1人で眺めていた。
……やはりここから始まったか……あの悪夢でもそうだったからな。
それまでとくにサルヴァー宰相も兄上も何もしてはこなかった。だがしかし、今日ここで何かが起こるということは、既に分かっていることだ。そして何故サルヴァーが自分を狙うのかも、何故兄上が自分を狙うのかも。そしてあの悪夢と異なる点には、全ての状況を知っているということともう1つ大きく異なる点があった。それは自分の手元に封印のメダルがなく、夢魔ヒュープーンの封印が解かれているという点である。奴は最後の勝負をつけると自分に言っていた。ということは、何かしらこちらの妨害をしてくることは間違いないのだ。
そして大事な点を見落としてはならない。この夢は最後の悪夢であるという点である。つまりこの悪夢を乗り越えることができればもう悪夢に怯える日々を過ごすことはなくなるということである。しかし、もし乗り越えることができなかったなら──? おそらくそのときは自分の命も、このゼルヴァータ王国の命運も尽きることになるだろう。
……やはり悪夢でも思ったとおり、全ての悪夢はあのグレースの夢を見てからずっと続いているのだ。あの日から目覚めることなく、ずっと夢を見続けているのだ。
『花火』がドーン、と鳴った。ファーディルと国祭実効委員会の思惑通り、国民は大満足しているようだった。1発ごとに歓声がこのバルコニーにまで聞こえてくる。花火はさまざまな芸術を夜空に描きだしていった。
そしてファーディルの待ち望んでいた通り、その時はついにやってきた。背後に人の気配。おそらくはこの時点ですでにもう近くまで宰相の兵隊が近づいてきているのだろう。残念ながら彼の手元に武器はないが、それでもファザット兄上をむざむざと殺させるような真似を繰り返すつもりはない。
「素晴らしいな、ファーディル。この『ハナビ』というものは」
突然──彼にとってはそういうわけでもないが──後ろから声がかかった。ゆっくりと振り返り、ファザットが武器を所持していないことを確認する。だが、夢と同じならば懐剣を所持しているはず。
彼は夢と異ならない展開であることに満足すると、再び夜空を見上げた。まさかこの辺りで自分が何もしないのに展開が変わることもないだろうという予測と確信があった。
ファザットも花火を見るため、ファーディルの隣へ行き、はるか天空を眺めた。
「……なあ、ファーディル」
ファザットが意を決したような声で話しかけてきた。
「何でしょうか、兄上」
ファーディルもゆっくりと返事をした。さて今度はどのような返答をしようか、と考える。さっきと同じ展開ではまた兄上が亡くなられてしまう可能性が高い。だとすれば、話の展開を変化させてしまう方がいいだろう。
「……昔のことを、覚えているか。昔、お前は俺にこう言ったな」
「自分を他国へ婿養子にだしても構わない、ですか?」
ファザットはかなり意表を衝かれたらしく、いくらかの狼狽を見せることになった。だがすぐに気持ちを切り換えたのか、再び話を続けた。
「よく、分かったな。どうしてそう思ったんだ?」
「兄弟ですから。兄上のことは何1つ分からないことなどないですよ……兄上の悩みのこともね」
ファーディルはいきなり核心を突いてみた。これなら兄上はどうやって切り返してくるだろう。兄は自分に全てを謝るつもりでここへ来たはずだ。おそらくは正直に答えるのだろうが──
「……俺の……悩みか」
ファザットはぼそりと呟いた。そういえば昨日、兄上がファーディルの部屋を訪れた夢。あれを一緒に見ていたのだろうか。確かヒュープーンは現実を夢に切り換えた、ということを言っていた。であれば、おそらく兄上も同じ夢を見たことになるはずだ。
「昨日……夢を見たんだ。お前と話し合う夢だった……俺はお前が憎くて……そしてお前も俺のことを理解してくれなくて……そう思っていたのだが、やはり俺はお前を信じきれていなかったようだな。現実のお前は俺のことを少しでも理解してくれている」
「人は誰しも悩むものです」
ファーディルは、内心ではカンニングをした子供のようなばつの悪い感じがしていたが、それを表面には出さないで優しく話しかけた。
「そうだな……そうだとも。お前の言うとおりだファーディル。人は誰しも悩む……この俺もな」
「もちろんです。兄上。この世界に誰1人悩まないものなどおりません。僕は、兄上。あなたのその悩みに立ち向かっていかれるところも含めて全てを尊敬し、愛しております」
「ありがとうファーディル」ファザットは涙を流していた「俺は……お前のような弟を持てて本当に神に感謝している……」
ファーディルは微笑み「僕もです、兄上」とファザットの肩に手をのせた。……ヒュープーンの言う通りだ。兄上はまだ精神が幼い。完全に成長仕切れていなかったのだ。それは兄上の悩みがいつまでたっても堂々巡りしていたからだ。だがこれからは違う。兄上は本当に強くなられるだろう。それこそもう2度と自分の助言が必要ないくらいに。
ゴウンッ!
──始まったか。
2人は──正確に言うとファザットは、はっとなってバルコニーから外を眺めた。王都の各所で火の手が上がっていた。突然の大火事に、国民は右往左往するばかりで、上から見下ろす限りでは全く混乱しきっていた。
ファーディルは素早く後ろを振り返った。するとたくさんの兵士が押しかけてきた。
(……相変わらず手際のいいことだ。さすがは切れ者と定評のあるサルヴァー宰相だ)
「ちょうどよかった……ファザット殿下もご一緒ですか……」
いつ聞いても聞き慣れないだみ声が兄弟の脳に響いた。もちろん声の主はサルヴァー宰相である。
「さあファザット殿下」
「黙れサルヴァー。兄上はお前のいいなりなどではないぞ」
彼はサルヴァーの言葉を無理矢理遮ると一気に走りだした。この突然の行動に、兵士たちも意表をつかれ、全く身動きがとれないでいる。
「ひっ、ひあっ、ひいいいいっ!」
サルヴァーの悲鳴が部屋中を満たした。ファーディルは握りしめた拳を力を込めて相手の顔面に打ち込む。
「ぎひょおおおおっ!」
サルヴァーはみっともない叫び声を上げた。その声で兵士たちは金縛りが解けたのか、彼に襲いかかってくる。
「雑魚はどいてろ!」
ファーディルは群がる兵士たちは殴り、蹴り、突き飛ばすと、のたうちまわっているサルヴァーのもとへ何とか近づこうとした。その時である。
投げ槍?
自分の死角──背後から突然槍が真っ直ぐに飛び込んできた。ファーディルはその槍の出所を目で追った。夢ではサルヴァーの位置から槍が飛び込んできた。今度は? しかしそこには誰もいなかった。誰もいない場所から突然槍が飛んできたのだ。
ヒュープーンか!
何故気づかなかったのだろう。サルヴァーの位置から槍が飛んできたときに気づいてしかるべきだったのだ。投げ槍など宰相にできるはずがない。これは常に彼の死角から投げ込まれるヒュープーンの罠なのだ。
「ファーディルーーッ!!」
「来てはいけない! 兄上!」
だが、悪夢は変わることはなかった。槍はファザットの腹を突き破り、ファーディルの胸に触れるか触れないかのところで止まっていた。ファーディルはやはり震える身体でゆっくりと兄の顔を見上げた。ファザットもまた震える身体でファーディルを見つめると、にこり、と笑った。
「兄上!」
どさり、とファザットの身体が崩れ落ちた。
「来てはいけないと、言ったではありませんか!」
ファーディルは涙声で、ファザットの身体を抱き上げた。
「ふぁ、ふぁー……」
ごぼっ、とファザットの喉から血が溢れだしてきた。兄の吐き出した血を、弟は顔からまともに浴びた。
そして息絶えた。
ファザットの身体は全ての制御から離れ、自らの重さで、がくり、と大地へと向かった。
──悪夢を変えることはできないのか!
彼はわなわなと震え、血まみれになった体で兄の体を抱き締めた。
「嘘だ。これは夢だ……これは最後の悪夢なんだ……夢はいつかさめる……必ず覚める……信じろ。夢は必ず覚める…………くそおおおおおおおっ!」
そして、ファーディルは次々と兵士を打ち倒していった。首を刎ね、脳を貫き、心臓を突き刺し。わずかな時間のあと、ついにこの部屋に生き残っているのは彼と宰相だけとなっていた。
「……くくく、もはや手遅れだ。教えてやろうか、この策略の全貌を」
サルヴァーが狂ったように言った。が、ファーディルは近くにあった剣を拾うと、聞く耳持たず、というふうに剣を一閃させた。
「いや、必要ない」
ぐぎゃあああああ、とサルヴァーの悲鳴が部屋に響いた。思えば野望を無理矢理ヒュープーンによって植えつけられ、自分の考えにないことをしなければならなかった男。哀れな男だ。もう放っておいても構わないだろう。
急がねば。
ファーディルは急いで部屋を飛び出そうとしたが、ぴたり、と止まると振り向いてファザットの死体に向かって1度深く礼をした。
そして急いでその場から走り去った。向かうは国王の間、ではない。このままでは夢の通りになってしまう。今自分が行くべき場所は、リアナの部屋であった。
〜 2 〜
「リアナ!」
リアナの部屋に辿り着いたとき、リアナはサルヴァーの部下たちによってまさに今、拉致されようとしているところであった。
「リアナ!」
まさかこんなことになっているとは──だがリアナだけは守らなくては。
1人目のみぞおちに肘宛をきめて失神させると、その兵士が腰に帯びていた長剣をすらりと抜きさる。
「死ねっ!」
ファーディルは一切手加減をしなかった。いくらファザットよりも腕が劣るとはいえ、並の兵士よりは剣をよく使うことができる。2人目の喉元に剣を突き刺し、そしてすぐにその剣を手放すと体が硬直したその男から剣を奪い取る。そして振り向きざま3人目の首を刎ね飛ばし、最後の4人目の利き腕を切り落とすと、鎧のつなぎ目を狙って心臓を一突きにした。
はあはあ、と呼吸を整える。ファザットの返り血、サルヴァーの部下たちの返り血。頭から足の先まで血で汚れきっていたが、そんなファーディルの胸に、リアナは飛び込んできた。
「リアナ」
「怖かった……怖かったよお……」
そっと妹の体を抱き寄せようと腕を方にまわしたそのとき、背後に殺気を感じた。
「リアナ危ない!」
ファーディルはリアナを突き飛ばす。先程失神させたはずの1人目が剣を振り下ろしてくる。回避するがかわしきれず、ぱあっ、と血飛沫が上がった。
「お兄ちゃん!」
だがその額の出血ほどにダメージはなかった。兵士の利き腕を取り、ねじ上げると兵士は剣を簡単に落とした。その剣を床に落ちる前に拾うと、喉元から頭に向かって剣を刺し貫いた。
「お兄ちゃん!」
決着がつくのを確認すると、リアナは素早く駆け寄ってきて、自分の服を引きちぎるとファーディルの怪我を止血し始めた。
「すまない、リアナ。助けに来たはずなのに逆に助けられるなんて」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。お願いだからしゃべらないでっ」
リアナは必死にファーディルの出血を止めようとした。
「さすが、頼りになるなリアナ」
「お兄ちゃん……」
止血が終わるとようやく落ち着いたのか、リアナはファーディルの血で汚れた胸の上に顔を埋めた。そして安堵感からだろう、うっうっ、と声を殺したまま泣いた。
「リアナ……」
ファーディルは可愛い妹を優しく抱きしめた。いつも愛されて生きてきた少女。おそらくこのような恐ろしい目にあったことなどないであろう。
「お兄ちゃん」
突然リアナが目を剥いてファーディルの胸元を叩きはじめた。
「いったい何が起こっているの? その窓から花火見ていたら、突然町中が炎に包まれて、それで何が何だか分からないうちに兵士たちがやってきて……」
「リアナ。よく聞いてくれ。これからこの城から脱出する」
「脱出?」
リアナは声が裏返るほど驚いていた。だがファーディルにはもう全て状況が把握できていた。このままこの城に残っていても、ヒュープーンの餌食になるだけなのだ。あとは──おそらくは父上も母上もすでに亡くなっているだろうから──グレースとうまく落ち合ってこの城からなんとか逃げきらなければならない。
いや、もしかしたらグレースは……。
とにかく、そのことをリアナに簡単に告げると、リアナは顔を曇らせた。そして瞳を潤ませてファーディルの顔を覗き込んだ。
「お父さんとお母さん……もう死んじゃったの……?」
「…………」
たしかにはっきりしたことは言い切れない。だがこの夢も今までの夢の通りに進んでいる。恐らくはもう……。
「……お兄ちゃん……ファザットお兄ちゃんは──」
「リアナ」
リアナは兄の表情から全てを察したのか、今にも泣きそうな顔になってしがみついた。
「……どうして? どうしてこんなことに……どうしてお兄ちゃん、どうして?」
「……それは……」
夢魔の封印が解けてしまったから……か。
それは何も今回の事件と無関係であった、そして誰よりもか弱いリアナに言えることではなかった。
「リアナ……とりあえず今は僕を信じてくれるかい?……僕が必ずリアナだけは守ってみせるから」
泣きたいのはファーディルも一緒であった。だが今リアナの前で泣くわけにはいかない。自分は兄であり男であり、そしてこの事件の裏を全て知っているただ1人の人間であるからである。
「……お父さんとお母さんは本当に……その……」
リアナが言いにくそうにしていることを察し、ファーディルは無言で頷いた。
「本当に?」
「確認はしてないけど、間違いない」
「どうしてたしかめないの?」
「それは……」
ファーディルは言葉に詰まった。どこまでをリアナに話していいのだろうか。それとも何も話さない方がいいのだろうか。
その純粋な瞳に、ファーディルの方が結局は折れた。
「……分かった。国王の間に行こう」
本当はあそこへは行くつもりはなかった。だがしかし、自分も確かめておきたかったのだ。父上と母上が本当に亡くなっているのかを。ファーディルは夢の時にはまっすぐ国王の間に向かった。そして亡くなっていた。だが今度は1度リアナの部屋に寄っている。以前の悪夢とは既に差異が生まれているのだ。これが理由となって、もしかしたらまだ生きているかもしれない。
そのようなかすかな期待を胸に、リアナを連れて国王の間へ向かうことにしたのだ。
「ファーディル第2王子、反乱!」
その報は瞬く間に宮邸中に広まった。ファーディルもリアナもびくんと体が硬直した。
…………。
ファーディルはリアナの顔を見つめた。
今の言葉を聞いてどう思うだろう。リアナは僕のことを信じてくれるのだろうか。
だが意外にもあっさりとリアナは兄の腕をとった。
「……お兄ちゃんはそんなことしないもん……」
か細い声。ファーディルはその言葉を聞いて心の中に幸福感があふれた。人に愛されること、それがどれだけ素晴らしいことなのか。ファザット兄上もこの幸福感を味わいたかったのだろう。それを思うと、自分は何と幸せな人間だろうか、と思わざるをえなかった。
「ファーディル王子だ!」
「ファーディル王子発見!」
わらわらとファーディルの周りに兵士が集まってきた。ファーディルはリアナを左腕に抱くと、右腕に剣を構え、四方に注意を向けた。
「リアナ王女を放せ!」
「この期に及んで、自分の妹を人質に取るのか!」
ふう、とファーディルはため息を吐いた。
「って言っているけど、どうする?」
「守ってくれるんでしょ? お兄ちゃん」
その言葉とは無関係に、リアナはファーディルの手からするりとぬけると、ファーディルの前に立ち、群がった兵士たちを見回して、凛とした声を上げた。
「無礼者! ゼルヴァータ王家の者に向かって剣を向けるとは何事か!」
ファーディルは目を丸くした。いまだかつてリアナがこれほど大きい声を上げたことは、知る限りでは1度もなかった。
だがそのリアナの叫びにも、兵士たちはなかなか従おうとせず「ですが」と反論をしようとしている。
「ファーディル第2王子が反乱を起こしたですって? 我が兄上がいったい何をしたというのですか!」
リアナの声に、目の前にいた兵士が小さな声で呟くように答えた。
「そ、それが──」
「聞こえません、もっとはっきりとおっしゃいなさい」
「は、はっ。国王陛下、皇后陛下、ならびにファザット王太子殿下の王族殺人、そして宰相サルヴァー様への傷害罪にございます」
「そんな……」
「待て」
リアナと兵士との話を中断させ、ファーディルは今の言葉の真意を問いただそうとした。
「ということは……父上と母上は亡くなられたのか?」
「……?」
その兵士の表情は簡単に読み取ることができた。『きさまが殺したくせに!』とその表情が語っている。なるほど、ではやはり父上も母上も亡くなられたのだ。
(父上、母上……)
おそらくは、あの悪夢そのままに。
理由も分からず、何も知らないままに。
「ではお前は我が兄を疑っているのですね」
「は……」
「ではこの私をも疑っているということなのですね」
「なっ……それは」
「お黙りなさい! 私は我が兄を信じます。お前が我が兄を信じられぬというのなら私も信じていないものと同じではありませんか」
ファーディルはいたたまれなくなってリアナを抱き寄せた。
「リアナ、もういい」
「……でもお兄ちゃん!」
「いいんだ。お前が僕を信用してくれるだけで充分だ」
ファーディルは眼光鋭く辺りの兵士を睨み付けた。兵士たちはその迫力に2、3歩退き、動揺が心の中に溢れた。
……誰か頼りになる仲間はいないのか。グレース。グレースはどこへ行ったのだ。いつも僕の傍で僕を支えてくれたグレースはどこで何をしているんだ。
「何をしている!」
だみ声が通路の奥から聞こえてきた。
「ファーディル王子ならびにリアナ王女も乱心なされたのだ。捕らえぬか!」
「乱心?」
何を馬鹿なことを言いだしたのだ。いったいそんな馬鹿なことを言っているのは誰だ。
「ファーディル王子は自分の父も母も兄も殺しているのだぞ。そしてこの私もこれほどの傷を負わされたのだ。さっさと捕らえぬか」
「……まだ生きていたのか」
ファーディルはぼそりと呟いた。こんなことになるのなら、きちんと殺しておくべきだった。
「サルヴァー、きさまか」
「気安く呼ばないでいただきたい。乱心なされた王子と王女などもはや何も価値などない。お前たち、やつらを捕らえよ!」
兵士たちはサルヴァーの言葉に従って、ファーディルとリアナの周りを囲み始めた。その数およそ12人。普通の兵士ならば何ということはない人数だ。だがその装備を見てみると、鎧の右胸に真十字が刻まれている。この鎧は近衛兵のものだ。近衛兵は1人ひとりがかなりの実力を持っている。そのうえこちらはリアナを守って戦わなければならないというハンデがある。
「サルヴァー。きさまの企みなどこちらは全て分かっているぞ」
ファーディルはこの状況から何とか切り抜けるために、仕方なくサルヴァーに口論を仕向けることにした。もはや逃れる術はそれしかない。
「何?」
「きさまがファザット兄上を唆して父上と母上を殺し、うまいこと僕ら3兄弟を全て葬り去り、自分がこの国の王になるという筋書きをな!」
兵士たちの間に動揺が走った。だがサルヴァーは冷や汗の1つすら見せず、堂々とその場に立っている。
「ふん、わしはそのようなゲスな考えなどしてはおらぬ」
「ああそうだったな。僕ら3人全てを殺すつもりはなかったな。殺すのは僕とファザット兄上のみ。リアナは生かしておくつもりだったな。自分の嫁にするために」
「なっ……なっ」
サルヴァーはさすがに驚愕の色を隠せず、口をぱくぱくと開いたり閉じたりしていた。ファーディルはどうやら自分の思いどおりに話が進んでいるようだ、と少し安心した。
「どうやら形勢が逆転したらしいな。諦めたらどうだ、裏切り者のサルヴァー宰相」
その声はサルヴァーのさらに後方から聞こえてきた。いったい誰が、とファーディルもリアナもサルヴァーも近衛兵たちもみなそちらに注意を向けた。
「サイラス。ナイスタイミング!」
「サ、サイラス隊長!」
近衛兵たちは一斉に畏まった。
「この馬鹿者どもが。我らが近衛兵の職務を忘れたのか。我ら近衛兵は『いかなる場合においてもゼルヴァータ王家に連なる者を守護せよ』が最大の職務である! もしかりにファーディル王子が乱心なされていたとしても、我々近衛兵は王族の守るためにあるのだ。ファーディル様を傷つけるなど、もってのほか!それが気に入らない者は即刻近衛隊から除名する!」
「さすが、サイラス。相変わらずの切れ者だな」
ファーディルが安心したように呟いた。もっとも相手は自分のことを覚えてはいないだろう。ファーディルがサイラスと会話をしたのは夢の中であったのだから。
「どうやら、それまでのようだね、サルヴァー宰相……」
サルヴァーはしかしにやりと笑うと右手を高々と上げた。
「くくくくくく……本当によくやるよ君たちは……」
──まさか──!
「ヒュープーン! きさま、サルヴァーに取り憑いていたのか!」
〜 3 〜
「ひょひょひょ、気がつくのが遅いですなファーディル王子。いつまでたっても気がつかないので、どうしようかと思いましたよ」
「なるほどね。最初からずっとそこにいたってわけだ。だからあれだけの傷を負ったサルヴァー宰相が動けるってわけだな」
ヒュープーンはにやりと笑うと高く突き上げた右手に紅球を生み出した。ファーディルは何をしているのかを察知し、叫びながらリアナを抱いて床に伏せる。
「みんな伏せろ!」
「“爆炎”」
叫びと、そのヒュープーンの言葉は同時であった。そしてさらに爆風と爆炎、爆音、それらも同時に巻き起こった。ファーディルは伏せていながらも吹き飛ばされそうになった。壁や天井の一部が崩れて、兵士たちの上に瓦礫が落ちていった。
やがて爆発の余波が収まると、ファーディルは1番に立ち上がった。既にヒュープーンの姿はない。どこかへ逃げたのだろうか。
ぐらり
ファーディルはそのとき城全体が揺れたような気がした。
城が……崩れる……。
瞬間的にファーディルの脳裏にこの城が崩れ落ちるイメージが浮かんだ。きっとそれはこれから起こる悲劇を予知したに違いなかった。
「サイラス! サイラス! 無事か?」
ファーディルはリアナを抱き起こすとサイラスや他の近衛兵を瓦礫の下から救い出していった。
「サイラス。この城は崩れる、早く脱出しよう」
「と言われましても、ここは城の中心部、逃げだす場所など──」
ぐらり、と城が揺れた。間違いない。もう崩壊は始まっているのだ。
「あるだろう、逃げだす場所なら。君の部屋にね」
「自分の──?」
「隠し通路があるだろう? 南の樹海に逃げるための」
サイラスは滅多に変化させない表情を、めずらしく驚愕の色を着色させた。
「何故それを?」
「さあ、何故かな。きっと君に教えてもらったからだと思うよ」
「……? 私は教えた覚えは──」
サイラスの言葉を待たず、ファーディルはリアナを連れて駆け出す。サイラスはしかたなさそうに、あとからファーディルの後を追った。近衛兵たちは逡巡していたようであったが、やがて誰からともなくその後を追いかけた。
「城が──」
リアナが振り返って言った。その声につられてファーディルもサイラスも近衛兵たちもみな一斉に城の方を振り返った。
紅く照らしだされた城が、何百年に渡って夢魔を封印し続けてきた城が、ついにその使命を終え、長き眠りにつこうとしていた。
それはまさしく1つの歴史の幕が下ろされたことに違いなかった。
「さあ、参りましょう」
いつまでも城を眺めることをやめないファーディルとリアナにサイラスが声をかけた。
「我々は逃亡者なのです。今のうちに少しでも先に進まないと……」
「いたぞーっ!」
その声はちょうど右側から聞こえてきた。何人かの兵士がこちらに剣を構えたまま向かってきた。その数50名といったところか。
「サイラス隊長!」
近衛兵の1人が叫んだ。
「ここは我々にお任せを。隊長は早くファーディル様とリアナ様を逃してください」
「分かった」
近衛兵たちが素早く動き始めた。その中の1人が、ファーディルの方に向かってくると、ぺこりと頭を下げた。
「先程は、御無礼を致しました」
その名前も知らない近衛兵はそれだけを告げると敵兵士のもとへと斬り込んでいった。
「……リアナ、行くぞ」
「……うん、お兄ちゃん」
ファーディルはリアナの手を取りながら先を走るサイラスの後を追った。
3人は追手を振り切ったことを確認すると、ようやく速度を緩め、ゆっくりと歩き始めた。南の樹海。全ての事件の、始まりの場所である。そしてファーディルはこの樹海に何が待っているのか、もはや当然のように分かっていた。ここにいるのはもう間違いはあるまい。グレースがこの先にいるはずである。
深く暗い森の中。辺りは一面の闇と化していた。ホーホー、とフクロウの鳴く声が聞こえる。ザアアアアッ、と時折草が風に吹かれている音も聞こえる。それらの音が浮き上がってはっきりと聞こえる程、この森の中は今、とても閑かだった。
ファーディルはその森の中を、リアナの手を取りながら1歩ずつゆっくりと歩いていく。土はやや湿っており、足音はほとんど聞こえない。音はあるのかもしれないが、少なくとも彼の耳にまで届くほどではない。
その風景は彼にとってはもはや何度も見ているものであった。そしてこの体の奥底から沸き上がってくる生理的な嫌悪感も、また同様であった。何度も何度も夢の中でこの感覚を感じ、そしてその度に嘆き、叫び、悲しんでいた。今回もまたそうなるのだろうか。
しかし今回のファーディルは前よりも使命感が強かった。その理由は、リアナ。自分の命を守るためだけではなく、可愛い妹も守らなければならない。ファーディルはそうやって気持ちを固めながら、前方に注意して歩みを進めた。
そしてファーディルは、はっと気がついた。10歩ほど先にある1つの人影。その影はこちらが相手に気がついたのを察したのだろう、同じようにゆっくりと前に進み出てきた。そして3人のすぐ目の前まできて、歩みを止めた。
「グレース……?」
深い闇の中に薄水色の瞳と紺色の髪が浮き上がった。腰の長剣もいつも通りである。そしてこの殺気。今までに見た二度の夢と全く同じ状況であるはずなのだが、ファーディルはグレースの様子が何だかおかしいことに気がついていた。目の前にいるのはグレースではない。まるで何かが乗り移ったかのような……!
「ヒュープーン! きさまグレースに……」
「おや、今度はすぐに気がついたみたいですね。かっかっかあっ。王子も少しは成長なさっているようですね」
ファーディルとヒュープーンは激しく睨み合った。事態が異常なことに気がついたのかサイラスはファーディルの傍に寄って小さく呟いた。
「あの方はグレース殿ではないのですか?」
ファーディルはああともいやとも答えることが難しく、何と言ったらいいものか、少し悩んだが、素直に答えることにした。
「あれは事件の黒幕だよ。グレースの肉体を操っているんだ。サルヴァーのときと同じようにね……今回の騒動の全てを操っていたのはこいつだ」
ファーディルはようやくそれだけを説明すると「サイラス。リアナを守っていてくれ」と言い、剣を構えたまま2、3歩前に進み出た。
「よい覚悟ですね、ファーディル王子。ですが、ちと無謀といえますな。サイラスと2人で手を組んだ方が、我を倒す可能性が高いでしょうに」
「……これは、この事件の黒幕であるお前だけは……」
ファーディルは、ふうー、と長く息を吐いた。
「僕が倒さなければならないんだ」
「くっくっ、そううまくいきますかねえ」
「ヒュープーン。お前は最後の勝負をフィナーレ・パレードでつけると言っていたな。今こそそのときだ。最後の決着をつけようじゃないか」
「……どうやら王子は、少し痛い目をみたいようですな……」
グレースの顔が、怪しく微笑んだ。
「こい、ヒュープーン」
ファーディルはあえてそれを無視するかのように、努めて冷静に受け答えた。
〜 4 〜
ファーディルは『グレース』の素早い踏み込みからの鋭い突きをうまく上体をそらすことでかわした。そして近づいた『グレース』の体に膝蹴りをあてる。くっ、と呻くと『グレース』は後ろに飛びすさる。
「なかなかやりますね、王子」
『グレース』の声でヒュープーンが語り続ける。かなり不愉快ではあるがそれを何とか堪える。冷静さを失っては戦いに勝つことはできない。
「ですがその程度で我を倒すことはできませんよ」
けらけら、という笑い。そして『グレース』は剣を構えると一気に間合いを詰めてファーディルに斬りかかった。
──くるかっ!
上から振り下ろされてくるリューネワントを受け流すと『グレース』に向かって鋭い突きを繰り出した。その一瞬のことである。
(殿下)
「!」
ファーディルは『グレース』を倒す絶好の機会だったにも関わらず、あえてその切っ先をそらした。
一瞬、薄水色の瞳が光ったような気がした。
それに、頭の中を駆け抜けた声、意識。
(まさか──)
グレースは、完全にヒュープーンに乗っ取られているというわけではない、ということだろうか。
それとも、それすらもあの小狡いヒュープーンの罠なのか。
「お兄ちゃん!」
ファーディルは後ろからかかった声にちらりと視線を送る。
(リアナ……)
細く、長く息を吐き出す。そして、再び精神を集中させた。
目の前の敵はグレースじゃない。夢魔ヒュープーン。敵だ。敵だ。敵、敵、敵、敵、敵敵敵敵敵敵敵…………。
ファーディルは腰をぐっと落とすと、気合を入れなおして突きかかった。だが『グレース』はその剣に対して剣を繰り出したのだ。
「ぐうっ!」
手に持つ剣が悲鳴を上げる。当然、より大きなダメージを受けたのはファーディルの剣の方であった。リューネワントの勢いに負け、剣をはじかれる。あまりの衝撃に手が痺れる。だが、気力を振り絞って剣を落とさないように力強く握りしめた。
「くっくくくっ」
『グレース』はその隙をついてファーディルの喉元を貫こうと剣を繰り出す。まだ痺れの取れない手で剣を合わせるわけにもいかず、何とか体術でかわしていく。『グレース』はかわされても2撃目3撃目を次々に繰り出してくる。ファーディルは回避しつづけるものの、その一撃ごとに体に裂傷を負っていった。
「くあっ」
そして何とか『グレース』の剣を止めようとして剣を合わせようとしたが、その剣をはじかれてしまい、ファーディルはついに剣を取り落としてしまった。
「しまった」
「死ねえっ!」
ファーディルは『グレース』の上から振り下ろされてくる剣を避ける術を持たなかった。右にも左にも後ろも前も、かわすだけの時間はない。受け止めるだけの武器も防具もない。
「グレース……」
ファーディルはグレースの剣が非常に遅く振り下ろされてくるのを呆然と見つめていた。
(ここまでか)
リアナ、守ってやれなくてすまない。
兄さん、自分も今そちらにいきます。
……グレース……君になら……。
(君になら、殺されてもいい)
ファーディルは覚悟を決めて目を閉じた。が、いつまでたっても最後の衝撃を受けることはなかった。おそるおそる目を開けると、そこで『グレース』は剣を振りかぶったまま、体をわなわなと震わせていた。
「グレース?」
「なっ、何だこの体──」
ヒュープーンが理解できないというように悲鳴を上げた。
(まさか)
「グレース? グレース!」
思った通りだ。
グレースは完全に支配されているわけではない。単に、その意識を表面に出すことができないだけなのだ。
「ちいっ」
『グレース』は何を思ったか自分の剣を投げ捨てた。そして右手に力を込めはじめると、その手をファーディルに向ける。
「まずいっ」
「“爆炎”!」
ファーディルは正面から燃えさかる炎に焼きつくされることを理解していた。もう今度はグレースも助けてはくれない。いよいよ死ぬのか、と諦めたときだった。
「殿下!」
1つの影がファーディルと爆炎の間に入り込んできた。
「サイラス!」
サイラスは全身を瞬時に焼きつくされ、どさり、と大地に落ちた時点ですでに息が途絶えていた。
「いやあああああああっ!」
リアナの悲鳴が、辺りに響く。ファーディルはその声を聞きながら、忠義の士に対して一瞬だけ黙祷を捧げた。
そして『グレース』を睨みつけた。
既に『グレース』の体は完全に固まっていた。顔には苦悩の表情。そして、体中ががたがたと震えている。
「グレース! そこにいるんだな!」
ファーディルは急いでリューネワントを拾うと『グレース』に向けて構えた。
「ふぁ、ふぁーでぃるでんか」
聞きにくい声が『グレース』の口から響いてきた。それは聞きにくいとはいえ、間違いなくグレース本人の声であった。
「い、いまの──」
いまのうちに──
その気持ちが痛いほどに伝わり、ファーディルは零れる涙には全く注意を払わず、一気に『グレース』の心臓目掛けてリューネワントを突き出した。
「ばかな!」
ズブリ、と嫌な感触がファーディルの全身に残った。
「すまない……グレース」
「ファーディル殿下……」
グレースの声は耳に響いてくるのではなく、直接脳に響いてきた。これがおそらく、グレースの最後の意識だろう。
『あなたに出会えて……よかった』
「グレース……」
ファーディルもグレースも、決して恋愛の対象としてお互いを見ていたというわけではない。だが、互いにこの地上で一番気にかかっていた者同士であったこともまた否定できなかった。互いに大切であり、互いに唯一の存在であった。ファーディルは自分の半身が失われたかのような喪失感が体中を走り抜けていた。
「グレース」
がくり、と力が抜けていくのをファーディルは抱き留めた。
「グレース……グレース!」
だがしかし、すでにグレースの魂はその体の中にはなかった。ファーディルは自分の憤りにまかせ、グレースの体を抱きしめた。
……だがそれもわずかな時間であった。グレースの体を横たえると、この場にただ1人残った妹の方を振り返った。
「おにいちゃん」
リアナもまた泣いていた。目の前で行われた悲劇。おそらく、何が起こっていたのかはこの少女にはほとんど理解できなかったであろう。だが、初代国王の血がやはり流れているのか、それが唯一の解決策であることを心得ているようであった。
グレースを殺し、同時にヒュープーンを殺すということが。
「リアナ……終わったよ」
これで、全ての悪夢は終わる。
「……帰ろう、あの場所へ……。僕と、リアナと、父上、母上、兄上、そして……そして、グレースがいた、あの場所へ……」
ファーディルはリアナを抱き寄せて、ゆっくりと目を閉じた。
目を開けた時には、きっと日常に戻っていることだろう。そして、あの忙しい日々が待ち受けているに違いない。国祭が賑やかに行われ、大切な人達が笑いあい、そして自分の傍には──
(グレース……)
目が覚めたら、言いたいこと、伝えたいことがたくさんある。
君はどう思うだろう。何を馬鹿なことをと笑うだろうか。それとも苦笑して受け流すのだろうか。
(…………ああ…………)
ファーディルはゆっくりと意識を失っていった。
くっくくっ。
だが、その心地よい感触は一瞬にしてあの生理的な嫌悪感にとってかわられた。一瞬で目を覚ますと、抱きしめていたリアナを見つめる。
「……終わったと思っていたのですか、殿下」
リアナの口からその言葉が溢れると、ファーディルは強烈な吐き気を催した。
「……リ……アナ……?」
「夢はもう覚めることはないのですよ、殿下」
くかかかかっ、と笑う。それは明らかにリアナのものではなかった。
「ヒュー……プーン……きさま、まだ……」
生きていたのか、と言うより早く『リアナ』は喋った。
「あまり警戒することはありませんよ。我はこの体を使ってどうこうしようというつもりはありませんから。ですが、我があなたにこの物語の結末を語る者が他にいなかったのでね」
「……結末、だと……?」
何がどうなっているのか分からず、ただただファーディルは呻いた。
「そもそも我は取り憑いた者と完全に同体になるわけではありませんよ。一時的に脳組織を利用させてもらうだけです。リアナ王女殿下と同じように」
「では──」
グレースを殺さなければならなかった理由は、なんだったというのだ?
「そうそう、その顔ですよ。我が求めているのは。そして何故この夢が覚めないか……それはですね、王子。この空間は既に夢ではないからですよ」
「夢……じゃない?」
「言ったでしょう? 夢か現実かを決めるのは我ではない、と。我は夢を見せるだけだ。現実にするかどうかは夢を見た人間次第だ、と。夢は夢のままならば夢で終わる、と。そして夢を変えようとすれば、それは現実となって時計の針が動きだすだろう、とね! ファザット王太子が亡くなったところまでは夢の通り。ですがそのあとリアナ王女の部屋に行くという夢を我は見せたことはありませんよ! 王子は悪夢の通り実行していけば、それが夢となって温かいベッドの上で目覚めたのだろうけど、夢を変えようとした。王子は夢に逆らったのですよ! だからこそ夢は現実となって時間を刻み始めたのですよ! 夢が覚めない原因は、あなたにあるんですよ! ファーディル第2王子殿下!」
けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
ヒュープーンが甲高い笑い声を上げると、リアナの体はがくり、と力尽きたように倒れた。
「馬鹿な……では、全て俺が……俺が導いた現実だというのか、これは。これは真に現実だというのか!」
ファーディルはその体をしっかりと受けとめると、きつく、きつく抱きしめた。
「夢ではないのか! これが現実だというのか、真実だというのか! 国が滅び、兄も父も母も死に、グレースを失い! これが現実だというのか! これが!」
ファーディルは1人泣き崩れると、その場で、うわああああああっ!と叫び声を上げた。
終章
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