「ここは……」
 銀色の長い髪を風になびかせて、男は砂漠を眺めていた。
「俺は……」
 身体中に疲労がたまっていた。何故自分がここにいるのかすら、もはや男の意識の中にはない。
 言葉にするものは何もなく、男はその大地へと倒れこんだ。休息が、これほどに心地よいものだとは、今まで知らなかった。
 血まみれの男は、そのまま眠るように気を失っていた。












PLUS.3

風の鼓動







Overture







「うーん、この世界がねえ」
 ジェラールからとりあえず一通りのことを聞いたラグナは、どうしたものかと頭を悩ませていた。
 ジェラールはといえば語るだけ語った後はばったりとまた倒れてしまった。怪我がこたえているのだろう、あれは落ちてきたときにできた怪我ではない。剣で斬られた痕だった。
 そこで、四人でエルオーネの作った食事をいただきながら先程の彼の言葉について考えていたのだ。
「それで、ラグナ君はやはりこの件に関わるつもりなのだな?」
「え? そりゃああたりまえじゃねえか。自分たちの世界が危機に直面してるんだぜ。まあアルティミシアを倒した時も、まだ何かありそうだなとは思ってたけどよ。こんなに早く次の問題がおこるとはなあ」
「嬉しそうだな、ラグナ君」
 そういうキロスもにやりと笑っている。ウォードも心なしか嬉しそうな表情だ。結局この男たちは、世界の危機であっても娯楽のようなものととらえるような思考回路ができあがっているらしい。それが不謹慎であるという意見もあるだろうが、未来を悲観して嘆くだけよりはずっと前向きといえるだろう。
「でも、どうするの? 私たちだけじゃどうしようもないし」
「うーん、やっぱスコールたちと連絡とらなきゃな。問題はどうやって連絡をとるかなんだが」
「私がコンタクトとろうか?」
 エルオーネが言うので、ラグナは目を瞬かせた。
「だから、スコールにこっちの状況を教えれば、来てもらうこともできるでしょ?」
「そっか、エルオーネは頭がいいな、はっはっは」
「ラグナ君の頭の方が問題だと思うがな」
 キロスの鋭い突っ込みはこのさい無視した。
「それで、いつできる?」
「今すぐにでも」
 エルオーネはラグナのリクエストに応え、すぐに準備を始めた。






「あれ……?」
 ぐらり、とスコールは強烈な睡魔に当然襲われた。目の前にはブルーが不可思議そうな目をスコールに向けている。
「この感じは」
 スコールは片膝をつく。それでも持ちこたえられず、床にばったりと倒れた。
(エル姉ちゃん)。
「おい、どうした?」
「スコール?」
 ブルーが珍しく表情を変えて、スコールに寄る。後ろにいたアーヴァインも慌てて駆け寄るが、この症状にはアーヴァインにも覚えがあった。
「ふうん。どうやらこれは、呼ばれたな」
「呼ばれた?」
 理解ができない、というようにブルーは顔をしかめる。
「うん。多分向こうでも何か起こってるんだと思う」
「向こう?」
「そう。僕らのたのもしい仲間。スコールのお父さんがね」






 一方、シュウの部屋に来ていたセルフィにも変化があった。
「あれ、この感じは……」
 セルフィはがっくりと力を失っていく。そしてそのままシュウのベッドに倒れこんだ。
「懐かしい……な、ラグナ様に、会える……」
 突如襲われた強力な睡魔に、セルフィは逆らわずに眠りについた。
「ちょっとセルフィ、どうしたの?」
「心配いらないわ、シュウ。どうやら、エルオーネに呼ばれたみたいね」
 冷静に事態を受け止めていたのは、この現象を経験したことがあるキスティスであった。
「こうなるとしばらくは目覚めないわね。ま、ティナのほとぼりが覚めるまで、しばらくここにいさせていただきましょう」
 ティナは突然健やかな寝息を立て始めたセルフィの傍に近づいて、その頭を優しく撫でた。
 少しだけ、キスティスは自分が呼ばれなかったことを悔しく思った。一体、向こうで何が起こったというのだろう。






「サイファー。誰か倒れてるもんよ」
 雷神の言葉に、サイファーは茂みの中を見つめた。
「救出?」
 風神がサイファーに尋ねる。緑色の髪をした男は意識もなく倒れているようである。サイファーはその男の顔を見ると、雷神におぶって連れていくように命じた。最近、この男はどうも少しだけ人に優しくするようになってきていた。
「すぐに次の町だ」
「分かったもんよ」
 雷神はその男をかつぎあげようとすると、不意に男が目を覚ました。
「え?」
 男はまだ意識が朦朧としていたようで、突然視界に入ってきた雷神の顔を見るなり、一気に目が覚めて叫び出した。
「うわっ、化け物!」
 それを聞いたサイファーと風神は同時に爆笑した。
「な、何がおかしいもんよ」
「はっはっはっ」
「我、可笑」
 その三人の様子を見ていた少年──といっていい年齢なのかは分からなかったが、どうやら雷神が普通の人間であることを察し、慌てて謝った。
「す、すみません。オーガーと勘違いしてしまって」
 この言葉は二人の笑いをさらに煽ることになってしまった。一人、雷神だけが憮然とした表情である。
 ようやく二人の笑いが収まったところで、少年はようやく自己紹介をした。
「僕はユリアンといいます」
 ユリアンは名乗ってからきょろきょろと回りを見る。
「それで、突然こういうことを聞くのもなんですが、ここはいったいどこなんでしょう?」
 少年には全く見覚えのない土地であった。確か自分は、とある町の宿屋に停泊していたはずだったのだが。
 そして何より、傍にいるはずの女性がいないことも気がかりだった。
「説明、雷神」
「おう、ここはガルバディアの近くだもんよ」
「ガルバディア?」
 ユリアンは全然耳にしたことがないといったふうな反応を示す。
「お前、ガルバディア知らないもんよ?」
「それって有名な町なんですか?」
「こりゃあ、重症だな」
 ようやく一番人相が悪いサイファーが口を開いた。
「お前、どこの人間だ」
「俺は、特別どこというわけじゃないけど、しいていうならシノンの村に住んでいる。最近は王国に仕えるようになって、村を留守にしているけど」
「シノンの村?」
「聞いたことないもんよ」
「王国、何?」
「だから、ロアーヌ王国の」
「ロアーヌ?」
 また改めてサイファーが顔をしかめた。
「どこだ、そりゃ?」
「どこって、大陸一番の王国で」
 この後、しばらくサイファーとユリアンの話し合いが続くが、ようやく互いのことが理解できるようになったのは一時間もした後のことだった。
「おめえ、この世界の人間じゃねえな」
「うん、俺もそう思う」
 ユリアンは既に顔が青ざめている。聞けば聞くほど、ここは自分の全く知らない土地であった。一体、何が自分の身におきたのか、理解できない。
 あの戦いの後、やはりロアーヌを飛び出したモニカに付き添って大陸各地を2人で旅して回っていた。そのはずなのに、突然全く知らない世界に連れてこられるとは。
 モニカは無事だろうか。この世界に来ているのだろうか。それとも、自分とはぐれて元の世界に留まっているのだろうか。
(その方がいい。この世界だと、もう会えるかどうか分からない。向こうの世界ならロアーヌに帰ればすむだけのことだ)
 胸がちりちりと痛む。それを自分が望んでいないことなど、自分が一番よくわかっていた。
(モニカ姫!)
 放心してなかなか戻ってこないユリアンに向かって、サイファーが「やれやれ」と毒づいた。
「仕方ねえな。しばらく一緒についてこい。そんなんじゃこの世界のどこに行っても通用しねえぜ」
 とりあえず今は、この人相の悪い男に頼るしかないようであった。とにかく、街へ行くこと。そこから始めなければ。
「ありがとうサイファー」
「礼にはおよばないもんよ」
 答えたのはサイファーではなく雷神だった。サイファーはユリアンの礼を聞いて、くるっと振り返ってさっさと歩きだしてしまっていたからだ。おそらく、照れ隠しなのだろう。人相は悪いが、きっと中身はいい人なのだと、ユリアンは判断した。
(無事でさえいてくれれば。それで僕は)
 だが、胸のつかえは取れなかった。






 カインはエアリスが世話になっているという、シドとイデアの家に連れてこられていた。ここでカインは自分が今いる世界が、確かに以前のものとは全然違うのだということを理解していた。
 まずそのことをはっきりと理解させられるために、世界地図をカインは見せられていた。そこにはカインの全く見知らぬ図がのっている。この一事をとっても、自分が異世界の人間なのだということを自覚せざるをえなかった。
(何故、俺はこの世界に?)
(いや、そんなことより、元の世界に帰ることはできるのか?)
 とにかく今は、目の前の二人の話を聞くことが先決のようであった。
「ときに、その槍だが」
 シドに尋ねられたのは、気を失っていた時ですらしっかりと握って放さなかったという槍である。これは、父の形見である。
「ガーディアンフォース、オーディンが持っているとされる、神槍グングニル、だね?」
 そのガーディアンフォースという言葉には聞き覚えがなかったが、オーディンの槍であることは分かっている。カインは素直に頷いた。
「父が、オーディンから授かったものです。今では、形見となってしまいましたが」
 どうやらシドは確認しただけだったらしく、頷いただけでそれ以上のことは聞かなかった。
「ところで、元の世界に戻る方法というのはあるのでしょうか」
 さすがにそればかりはシドもイデアも分かるはずがなかった。カインはかなり不安である。このままもしも元の世界に戻ることができなかったら、自分はどうすればいいのか。仲間たちにはもう二度と会うことはできないのか。
「だいじょうぶ、だと思うよ」
 焦燥がこみあげてくるカインに向かって、エアリスはにっこりと微笑んだ。
「だって、こっちの世界に来れたっていうことは、逆に帰る方法もあるってことでしょ」
 理屈を言えばそうなる。だが、それが不安を消す要因になることはなかった。
 カインが何か喋ろうとしたときである。
「──カイン」
 エアリスが名前を呼ぶ。カインは頷くと槍を強く握り締めた。
 何やら邪悪な気配を2人は感じ取っていた。ここから近いところ、おそらくは、浜辺に何かが、いる。
 それも、人ではない。
「三人はここにいてください」
 カインはすぐに立ち上がった。
「待って、私も行く」
「足手まといだ、くるな」
「あっ、ひど〜い。こう見えても、けっこう戦えるんだからね」
「その華奢な身体でか?」
「そうよ。文句、ある?」
 挑発的に微笑むエアリス。カインはため息をつくほかはなかった。
 結局、エアリスを説得することができず、カインは仕方なく連れていくことにした。
「絶対に俺から離れるな」
「分かった」
 それだけは必ず守るという条件のもとでだ。カインはエアリスが戦うことができるといのは、ほとんど話半分にしか聞いていなかった。
 扉を開けて、外を眺める。近くはまだ安全であることを確認して外に出た。そして目を凝らす。
『それ』は、はるか上空、遠い空の彼方にいた。
「なんだあいつは」
 まだかなり遠くにいるはずなのに、その巨大さが二人の目に映る。
 銀色に光る体。赤く光る3つの瞳。巨大な六枚の羽。鋭い爪がのびた両手足の指。ごつごつとしたボディ。そして頭には、巨大な角。
「あれは、あれは……」
 エアリスはいきなり浜辺へ向かって駆け出していた。いったい何事が起きたのかと、カインが止める間もなかった。
「あれは、ウェポン!」
(ウェポン?)
 その言葉を心に留めて、エアリスの後を追いかけて肩に手をかける。
「待て、エアリス!」
 そして後ろから組みとめてエアリスが進むのを止めた。
「はなして!」
 エアリスは明らかに冷静さを失っていた。
「そうはいかない。あれはどうみても危険だ」
「でも、あれを止めないと!」
「そんなことは分かっている」
 その言葉でエアリスが落ち着いたのを確認すると、カインはグングニルを構えてウェポンの方を向いた。
「エアリスはそこにいろ」
 するとカインは全力で駆け出し、ウェポンに突進していく。ウェポンは既にこちらに向かって急降下をしかけてきている。体当たりをするつもりだろうか。カインは駆けるスピードを緩めず、慎重に間合いをはかる。
 だがエアリスにしてみればカインのこの行動こそ無謀であった。自らウェポンの標的となりに駆け出しているようなものだ。
 エアリスは、叫んでいた。
「避けて、カイン!」
 エアリスの言葉と同時に、ウェポンの額についた第3の瞳から強烈なビーム光線が照射された。カインは不意をつかれたものの、余裕をもって大きくジャンプしてかわした。
(風だ)
 その瞬間、カインは故郷の空と同じ風を感じていた。そして、急降下をしかけていたウェポンを下に見定める。
(風。この風さえあれば、俺はどこででも生きていける)
 そしてそのまま上空から降下し、グングニルをウェポンの体に突き刺す。
 ギィエエエエエエエッ!
 ウェポンの悲鳴が辺りに響いた。エアリスが苦しげな表情を浮かべているようだったが、カインはそれにはかまっていられなかった。すぐにグングニルを引き抜くと大地に降り立ち、暴れまわるウェポンから離れ、すぐに第二撃を加えるため体勢を立て直した。
 だがウェポンはたまらず、上空へと逃れていった。そして上空で二度旋回し、遠くの空へと逃れていった。徐々に小さくなっていくウェポンの姿を、カインは苦々しげに見つめていた。
「逃がしたか」
 と、小さく呟く。勝てない相手ではなかった。おそろしくてこずるだろうが、今度やった時に負けることはないだろうと思った。
 そこに、エアリスが駆けよってきた。大丈夫かと尋ねてくるので、どこにも怪我はないことを示す。エアリスが本当に心から「よかった」と言うのをみて、カインはそのような無邪気な表情に戸惑いを覚えていた。それを隠すかのように質問を繰り出す。
「そういえば、エアリスはあの怪物を知っているみたいだったが」
 するとエアリスは少し悲しげな表情になって、それに答えた。
「あれは、私たちの世界にいたもの、ウェポン」
「エアリスの世界に?」
「そう。もともとは星を守るために生まれたはずのものが、あんな異形のものになっちゃったの。おかしいね、前の戦いは終わったと思ってたのに、またここでこうして出会うなんて」
(前の戦いか)
 エアリスは、笑っているのか泣いているのか、カインには判断がつかなかった。しかし、とにかく今はウェポンを撃退した。もしかしたらまた出会うかもしれない。その時は、今度こそしっかりととどめを刺そうと心に誓った。
「それじゃ、戻ろうか。シドおじさまとイデアおばさまが待ってるだろうから」
 エアリスの微笑みに、結局カインは従わざるをえなかった。






4.動き出す運命

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