どうして、私はまだ生きているんだろう。
でも、生きているかぎり、私は星を守るために先へ進まなければならない。
どれだけ苦しくても。
どれだけ辛くても。
それが、私の運命。
……私の、運命……。
PLUS.5
故郷にて……
A man with the red pupils
「……今の、ウェポンですよね」
金色、というよりもレモン色に近い髪の色をした女性が、傍らにたつ男性に声をかけた。男の方は赤毛の混じった金髪で、にやにやしながら答える。
「間違いないぞ、と」
男はちょっとだけウェポンの去って行った方角を見て、再び歩みを進めた。
「あ、待ってくださいよー、レノ先輩!」
女は男の後を追った。
「イリーナ、お前がのんびりしすぎてるからだぞ、と……ん?」
2人の前に、1人の人影が立ちふさがった。レノが先にそのことに気がつき、イリーナも足を止める。
怪しげな、紅の瞳と綺麗な金色の髪、白く透き通るような肌。異様、という言葉がまさにぴったりはまった。いや、容姿だけならば別に彼のような姿をする者は、決して多くはないかもしれないが探せばいくらでもいるだろう。だが、決定的に他者と違うものは、彼が身にまとっている妖気。鬼気、といってもよかったかもしれない。とにかくその邪悪な気配を察知して、レノは冷静にゆっくりと身構える。その様子を見てからイリーナもまた剣を抜いた。
「誰だ、お前は」
彼はレノを見ているようでいて、見ていないようでもあった。視点が定まっていない。レノの方を剥いているにすぎなかった。が、レノに尋ねられてようやくその視点が定まり始める。
「……僕?」
にっこりと、彼はその端麗な顔に微笑みを浮かべた。
「僕は……そう、君たちを止めにきたんだ、と言ってもいいかな」
レノとイリーナの腰が落ちる。いつでも動ける体勢だ。
「無駄だよ、抵抗しても。……とにかく、君達みたいに『あいつ』の味方になりそうなやつは、全部排除しなければだめなんだ」
「言ってることが分からないぞ、と」
軽口を叩きつつも、レノはその徐々に高まりつつある威圧感に押しつぶされそうになっていた。レノだからこそ何とか持ちこたえることもできているが、イリーナにはさすがに荷が重かったらしい。まだ戦闘になっていないというのに、既に肩で息をしている。
「お前……何者だ?」
「……さあ、いったい何なんだろう。ただ、これだけは分かってるよ」
レノは、さらなる威圧感に、思わず膝をついてしまっていた。
「『あいつ』を殺さないと僕には未来がないってことが……」
青年はレノに一歩近づくと、その瞳を覗き込んだ。
「……試してみる?」
その姿が、消えた。
「イリーナ、避けろ!」
レノは片手でイリーナを弾き飛ばすと自らも横に飛んで逃げた。直後、彼らのいた場所で小規模な爆発が起きる。
「何をしやがるんだぞ、と」
レノは後ろを振り返って言う。イリーナが驚いてその視線の先を追った。
そこに、紅い瞳の青年が立っていた。この一瞬の間に、彼は自分達の背後へ回りこんでいたというのだ。
(……魔法……?)
そうとしか考えられない。だが、だとしてもそれを防ぐ方法は今のレノとイリーナにはなかった。
「……言ってるだろう?『あいつ』の味方になりそうな奴は、排除しなければいけないって……」
青年の右手にパリッという音と共に電撃が生じた。
レノは慎重に相手の行動を見定め、イリーナはとにかくレノの邪魔にだけはならないように神経をはりめぐらせる。
……だが、青年は突然脱力した。
「……やめた。君らは殺さないよ」
「どういうことだぞ、と」
「メッセンジャーの役割を務めてくれないかな、君らを生かしておくお礼に……『あいつ』に伝えておいてくれ」
青年は天使のように酷薄な笑みを浮かべた。
「……ルージュは……僕はまだ生きてるって……」
次の瞬間、青年の姿は消えてなくなっていた。
「……せ、せんぱぁい……」
がくがくと膝が震えていたイリーナは、青年がいなくなったことでようやく地面に腰を下ろせていた。レノもまた額にびっしりと汗をかいていた。戦いになれば間違いなくやられていたのは自分たちの方だっただろう。
「……いったい、なんなんだぞ、と……」
レノは滅多にかかない汗を拭っていた。
「……なるほどねえ……」
シドはお茶を飲みながらエアリスの話を聞いていた。イデアも、カインもその場で一緒に聞いていたのだが、エアリスの話は自分たちにはとうてい未知の出来事であった。もっとも、カインやイデアの話にしたところで、他人からすれば未知の出来事なのだろうが。
星を救う者。
エアリスは元の世界で古代種と呼ばれる存在であった。そして代々伝わる白マテリアと呼ばれる魔法の球を用いて、世界の崩壊を食い止めたのだという。
その際、エアリスたちが戦った相手がウェポンであった──正確には違うそうなのだが本来は星を助けるものとして生まれたはずのウェポンであったが暴走、これを食い止めるためにエアリスたちは戦ったのだという。
そのウェポンは、少なくとも3体は存在し、その全てがこの世界へ来ているかどうかはエアリスにも分からないという。
「それで、エアリスはどうするつもりなんだい?」
シドが尋ねると、真剣な表情でエアリスは答えた。
「……ウェポンを、倒しにいきます」
「いくらなんでも、それは無理だ」
口を挟んだのはカインである。
「いくらなんでも、君のような女性に、あんな化け物と戦うことができるとは思えない」
「だいじょうぶ。私は、あれを止めることができるはずだから……」
もっとも、彼女にその自信はなかった。既に以前の戦いで白マテリアを失っていたエアリスには、どうすればウェポンの暴走を止められるか、その方法すら分からなかったのだ。
「それに、ここじゃウェポンが今どこにいるのかも分からないだろう。仮にその場所が分かったとしてもどうやって移動するのか。どう考えても無茶だ」
「それでも……。あれは私の世界のもの。ひょっとしたら、私がこの世界に来てしまったせいで連れてきてしまったのかもしれない。もしそうなら、私に責任があるもの。どうにかして止めないと」
「だが、危険だ」
「危険でも、私がやらなければならないことだから」
一瞬、怒鳴りそうになるのをカインは必死に抑えた。
「……君がこの世界に来たのは、君の意思じゃないんだろう」
こくり、とエアリスは頷く。
「だったら、君が責任を負うことも義務を感じることもない」
「同じ世界のものとして」
エアリスは反論した。
「……私が止めるべきものだと思う……」
「エアリス、だが──」
「2人とも」
周りを無視してひたすら口論を続けていたのを止めたのは、それをじっと優しく見守っていたイデアであった。
「移動手段は、ないわけじゃないよ」
そして、シドがその膠着状態に入り込むかのように話し掛ける。
「もっとも空を飛んでいくことはできないけど、船なら手配できる」
「船か……」
カインは改めて地図を見直した。ウェポンがどこへ向かって逃げていったのか、それさえ分かれば移動先も決めやすくなる。
たしか、北西の方角へ向かっていたようだったが……。
「エアリス、どうしても君は行くつもりか?」
「うん。絶対にこれだけはゆずれないからね、カイン」
カインは仕方がないなと呟くと、改めてシドに質問する。
「船はいつここへ?」
「明日か明後日といったところかな。彼らはここから北のF・H、それから東大陸のエスタ国とを巡回している。大体そのサイクルが1か月」
「……帆船なのか?」
「まさか。そんな旧型の船はこの世界では趣味でやる者しかいないよ」
「なるほど」
ではほぼ予定どおりにここへ来ることができるということだろう。その間に自分たちが行く場所を決めなければならない。もう少し、手掛かりがあればとも思うのだが。
(もう少し、この世界の情報が必要だな……)
そう考え、カインが地図に目を落とした時のことである。
「……誰か、来たようですね」
イデアが窓の外を見て言う。素早くカインが窓に近づいて見下ろす。だが、この場所からでは玄関は死角になっていて見えなかった。
「出てきます」
カインはそう言って玄関へと向かった。このタイミングでここへやってくるような人物。間違いなく自分やエアリスに何らかの関係のある人物のはずだ。しかし、敵か味方かは分からない。カインはいつでも槍を振るうことができる体勢をとって、慎重にドアを開けた。
扉の外には2人の男女。少し離れて立っていた。おそらくは警戒されていると自分たちでも分かっていたのだろう。
「よ」
男はぼさぼさの赤毛まじりの金髪で、どこか『暗い』雰囲気を持っていた。かなりの修羅場をくぐりぬけてきた戦士だということは一目瞭然だ。
それに比べて、レモン色の髪をした女の方は戦士としてはまだ未熟というべきか。なんというのか、押し売りの『新人』のような感じであった。
ただ、2人は客観的に見て相当見目のよい組み合わせであった。
「……誰だ?」
「お前こそ誰だぞ、と」
カインは顔をしかめた。おかしな口癖が妙に気になった。
「ここに、エアリスっていう女の子がいるでしょう。その人に会いたいんです」
やはり、とカインは内心頷く。だが、相手の目的も分からないまま家にあげるわけにはいかない。
「……何のために?」
「お前には関係のないことだぞ、と」
レノはカインを押し退けて入ろうとしたが、カインはそれを力ずくで止めた。
「礼儀がなってないな。人の家に上がる時は、相手の了解をとるべきだろう」
「お前、うるさいぞ、と」
レノはカインを睨み付けたが、カインも負けてはいなかった。2人とも激戦をくぐりぬけてきた勇者である。気迫は互いに劣ってはいなかった。
「…………レノ…………」
その時、後ろからエアリスの声がした。レノはエアリスに向かって「よう」と声をかける。
「久しぶりだな、と」
「……」
エアリスは答に窮していた。
(……同じ世界の人間……か?)
それにしては様子がおかしい。知り合いであることは間違いないようだが、かつての仲間だというわけではないらしい。
「話がある。もう知ってるはずだが、この世界にはウェポンが来ている」
レノはカインにはかまわず奥のエアリスに向かって話し出した。
「……ええ」
「その話だ。とりあえず、上がらせてもらうぞ、と」
カインはエアリスを見た。エアリスが頷くので、カインは仕方なく2人を通した。
「とりあえず、上に……」
エアリスは階段を示して、先にレノとイリーナを上がらせた。
「……エアリス……信頼できる奴なのか?」
こんな自分が何を言う資格があるのだろうかと思いながらも、カインは確認せずにはいられなかった。
「うん。大丈夫……だと思う」
「前の世界の仲間……というわけではなさそうだったが」
「……そう。敵……だった人」
「やはり、そうか」
「でも、最後は分かってくれたはず……だから、きっと大丈夫」
「そうか」
エアリスが2人に続いて階段を上り、最後にカインが2階へ上がった。
「……それで、話、というのは……?」
6人がとりあえず席について、簡単にシドとイデアに紹介してからエアリスが尋ねる。
「イリーナ、お前から話せ」
「は、はい」
イリーナと呼ばれたレモン色の髪の女性が丁寧な声を上げた。
「えーと、つまり、この世界と私たちの世界がリンクしちゃってるんです」
「……それは分かるけど……」
(分からないだろ)
カインは尋き返したかったが、とりあえずは話を聞くことにした。
「それで、このまま世界同士が絡み合うようになると、どういうわけか互いの世界が消滅してしまうみたいなんです、これが」
「消滅って、この世界も? クラウドたちがいる向こうの世界も?」
「つまりは、そういうことだぞ、と」
「だから、それを止めるために私たちはやってきたんです」
(クラウド? 消滅?……いったい、何を言っているんだ?)
カインはシドとイデアを見る。やはり何を言っているのか理解に苦しんでいるようだった。
「どういうことか、もう少し詳しく説明してくれないか」
話に割り込んできたのはカインである。さすがにイリーナの説明は省きすぎだったのか、今度はレノ自身が答えた。
「幾つかの世界がこの世界へ集まっているぞ、と。このままいけば世界同士干渉しあって、崩壊してしまうんだぞ、と。だからそれを防ぐためには、それぞれの世界の代表者が集まって何かする必要があるぞ、と」
「何か、とは?」
「それは知らないぞ、と」
レノははぐらかしているわけではないようだった。だが、険悪なムードになるのではないかと危惧したイリーナが後を続ける。
「本当に聞かされてないんです。ただ、私たちの世界の代表者はエアリスだということらしいので、ここまで探しに来たんです」
「探して、それからどうするつもりなんだ?」
「F・Hに戻るように言われているぞ、と」
「F・Hに?」
「そこにエアリスを待ってる人がいるんです」
「……誰?」
エアリスは、少しだけ期待をこめて口にする。だが、
「お前の知らないやつだぞ、と」
自分のいた世界から来た人ではない、ということだ。エアリスは少し悲しそうな表情を浮かべた。
「……エアリス、行くのか?」
カインが尋ねると、エアリスはしっかりと頷いた。
「うん。行ってみる……。カインはどうするの?」
「無論、俺も行く。俺も異世界の人間だからな」
「異世界? お前が?」
レノが値踏みするようにカインを見つめる。
「ああ。もっともお前らとは違う世界だが」
「……なるほどだぞ、と」
それにしても妙な口癖だ、とカインは苦笑しかけてこらえる。
「明日か明後日にはここに船が来るらしい。船はその後F・Hを目指す予定らしいから、それに乗せてもらうことにしよう」
カインが言うとレノは「かまわないぞ、と」と答えた。
6.月の影
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